通常、共同社会関係は、闘争と正面から対立するものである。しかし、
そうはいっても、次の点に誤解があってはならぬ。すなわち、非常に親密 な共同社会関係でも、気の弱い人間に対しては実際にいろいろな暴力が振 るわれるのが極く普通のことであるし、また、他の場所と同様、共同社会 関係内部でも諸類型間の淘汰が行なわれ、そこから、生存及び残存のチャ ンスの差異が生まれるということである。他方、利益社会関係は、相反す る利害の妥協に過ぎないことが多く、この妥協によって、闘争目標や闘争 手段の一部分だけは排除される――或いは、とにかく、それが試みられる
――ものの、利害の対立そのものはもとより、他のチャンスの競争はその まま存続する。闘争と共同社会というのは、相対的な概念である。
(マックス・ヴェーバー、清水幾太郎訳『社会学の根本概念』岩波文庫、
2004年、68頁)
第一節 プロイセン協同組合法の成立概観
1. F・リットナーによる成立史把握とその論点
プロイセン協同組合法は、わが国で近代的団体法として扱われたことはない。長い引用
になるが、協同組合法の設立前後の状況に触れているので、「登記されていない協同組合」
なる文言に関説しF・リットナーが述べているところを紹介する。
「(b) 支配的見解がしがみついている『登記されていない協同組合』という措辞は・・・・
アナクロニズムに他ならない。協同組合法第1条 (登記済み協同組合の概念及び種類) 及び 第13条 (設立中の協同組合) は、1866年2月2日のプロイセン政府草案に由来するもので ある。当時、権利能力を有する協同組合の法は、ALRプロイセン一般ラント法第II 編第 6 章第25条以下で掲げられた『許可された会社』(S.432.)35の法の下で、かつ、第25条以下の 規定を考慮に入れ、『ゲノッセンシャフト』の実務的経験から発展させられた。こういった
『会社』に、シュルツェ・デーリッチュの第一草案の表題で言われているように、『裁判と 法律行為の資格証明を容易にするために』、権利能力を取得するチャンスが与えられるべき であったのだ。故に、プロイセン政府草案の起案者は、協同組合法第13条にいま置かれて いる定式で、そっくり言い当てることをした。蓋し、起案者自身が言うように、『協同組合 は、国の許可を得なくとも存在し得、かつ、協同組合の権利は国の許可を得ない場合には 組合契約 (Sozietätsvertrag) に関する普通法律に従って正整される、ということが話題とな っているのではなく・・・・商法典第211条36 (株式法第41条第1項第1段に同じ) におい て株式会社に関係するような、協同組合を登記 (政府案に拠れば、まだ、法人格を授与) す る以前のゲノッセンシャフトの法的諸関係に関する規定』が必要であったからである。
当時はまだ登記されていないゲノッセンシャフトの特殊な法形式は思いもよらず、当時 の法に掲げられた普通の結合タイプ (において掲げられている規範 訳者補) が見込まれ ていた。そうこうする間にこれらのタイプに換えて他の結合タイプが登場したので、特殊 な法形式にはそれだけが関連することになる。
c) こういった歴史的な脈絡が過去のものとなってゆけばゆくほど、協同組合法の意義で の協同組合と、特有に経済的意義 (任意参加の企業の担い手により共同で負担される扶助企 業) での協同組合との区別がますますはっきりしなくなっていった (はっきりしなくなる)。
こうして、今日の多数説の根拠となる誤解(単に「協同組合」というときは、登記済みの協 同組合の権利を欠いているものの協同組合が存在する、そのために、「成立途上の協同組合」
を指すのだ、という誤解 訳者補) が生じることになる。それが支配的となった時点は、ほ ぼ正確なところ、第一次大戦末としてよいであろう。かくして、例えば、Nußbaum (1914) にしてみれば、権利能力を欠く社団が、何をおいても、『登記されていない協同組合』の『ほ ぼ定まった形式』であることは自明なことであった。当時、Nußbaum を引用したヴィゴジ
ンスキWygodzinskiは、だいたいのところ、『自由な』協同組合は、『民法典の組合』であれ、
35 第25条ではなく、第2条の誤りである。第25条 (S.433.) は、法人たるコルポラツィオーン及びゲマイ ンデに関する定めにあたる。
36 1861年の普通ドイツ商法典 (ADHG) 第211条に「承認を受け商事登記簿に登記が行われる前は、株式
会社はかかるものとして存在しない。承認を受け商事登記簿に登記が行われる前に会社の名義で行為が為 されたときは、当該の行為を為した者が一身的かつ連帯して責任を負うこととする」と。Allegemeines deutsches Handelsgeseßbuch, München 1862, S.95. 本資料を引用するに付いて、明治大学教授、中 川雄一郎教授の格別の御計らいに預かった。記して謝意を表する。
権利能力を欠く社団であれ、古くなってしまった法の掲げるタイプであれ、他の『法的諸 形式』に結びつくのだと意識していた。だいぶ後になると、登記された協同組合の (権利能 力を欠く) 異種を念頭においているのか、それとも法律の上で典型的な他の結社のバリアン テが想定されているのか明らかにされないまま、『登記されていない協同組合』について語 るにすぎなくなる。
d) にもかかわらず、『登記されていない協同組合』が権利能力を有する協同組合に遷移す るについては、支配的見解の言説に照らし成るほどと思われるように出来し得るわけでは ない。かような結社は、組織的にも (協同組合法の意義での) 協同組合にかなり対応するこ とが可能な、法律の上で典型的な規制のあるものに常に服するものである。こういった『登 記されていない協同組合』は通例『共同事業経営』のメルクマールを呈するので、(協同組 合は 訳者補) 合名会社、BGBの組合、BGBの権利能力なき社団に当たりはしないかという ことになる。こういったタイプから登記された協同組合への遷移が可能か否かは、管見す るかぎり、協同組合文献の上での支配的見解すらもがこれまで詳細な検討を加えていない。
可能か否かという問いには、おそらく、いずれにしても、権利能力なき社団については肯 定され得よう。だがそれでは堂々巡りではないのか」37。
以上の引用から確認しておくべきことが若干ある。論述にしたがって含意するところを 含めて整理すると、第一に、権利能力を――制限的にか、普通にか、今は問わない――有 する協同組合を規律する法、つまりプロイセン協同組合法は、ALR (1794年施行) に基づく
「許可された会社」の形式を用いたゲノッセンシャフトの経験を基礎とするものであり、
第二に、特有の法形式を未だもたず別の法形式に拠っている「こういった『会社』に、シ ュルツェ・デーリッチュの第一草案の表題で言われているように、『裁判と法律行為の資格 証明を容易にするために』、権利能力を取得するチャンスが与えられるべきであった」。第 三に、協同組合法案を作成した段階では、協同組合は、組合契約に服する組合で登記が許 されないのだということではなく、登記が予定され、かつ、その登記は行政庁による権利 能力の「授与」に懸かるものであるので、登記申請の日から登記簿への登録がなされるま での協同組合をどのように処遇すべきかと言えば、株式会社に適用される類の規範が必要 であった。第四に、したがって、特殊に協同組合にのみ適用を見るような規範を政府が構 想したわけではなく、ALR に掲げられている通常の会社タイプに同じ登記前の処遇規範を 念頭において第1条、第13条に「登記されていない協同組合」という文言を置いた。しか し、第五に、後の学者たちは、〈「登記されていない、、、、、、、、
」協同組合〉を、「成立途上の協同組合」
と解し、つまり、〈登記されていない「協同組合、、、、
」〉であると把握したが、登記済み協同組 合と、〈登記されていない「協同組合、、、、
」〉の異同を棚上げにしたまま「登記されていない協 同組合」を語るのが常となった。そのために、第六に、この、〈登記されていない「協同組、、、
合、
」〉つまり「自由な」――とは、法的人格がない、、
、という意味であるが――法的組織形態 は何であるのかと思案し、例えば、「権利能力のない社団」であるとし、こういった社団は
37 Fritz Rittner, Die werdende juristische Pesrson, Tübingen 1973, SS.74-76.
登記によって「登記済み社団」に遷移すると安直に解している、(傍点、〈 〉は、筆者によ る)と。
「登記されていない協同組合」を巡る団体帰属判断は、それとして意味があった。協同 組合をめぐる国会審議に照らしてみると、19 世紀当時は、一般に、登記申請から裁判所の 判断 (準則規定を定款が充たしているか否か、という意味での準則適合性の判断) が下され 登記簿に登録されるまで、1年はおろか数年を要することも稀でなかったからである。起業 家にとっての困難もさることながら、その間における当該団体の法的性質が何であるかは 実務上で重要であった。今ではこういった事態と比べると、団体の帰属性判断はさほど深 刻ではなく、稀に生じる可能性のある紛争を前提とする学術的な論議の圏内に止まる。と はいえ、特殊に協同組合にかぎって言えば、今でも、登記申請から登録まで時間がかかり すぎ、これは社会的協同組合を立ち上げる上で深刻な障害となるので、協同組合法の設立 手続を簡素化するための監査法人制度の改革が提起もされている38。この論点は第4章で検 討することにして、引用したくだりとの関係で、ここで確認しておくべきことは以下であ る。
第一に、「許可された会社」erlaubte Gesellschaftという文言について。
会社は、1856 年に草案が完成していたADHG普通ドイツ商法典 (1861 年施行) に即して 言えば、合名会社、合資会社、株式会社のいずれかに当たる。この内で「許可された」会 社とは国による認許に基づいてのみ設立が許される会社のことで、株式会社にかぎって言 いうるものである。すなわち、ADHG第208条に、「株式会社は、国の承認を得ることによ ってのみ、これを設立することができる。会社契約 (定款) の作成及び内容は、裁判所又は 公証人の証書により作成されなければならない」39とある。
ところが、上述の件で問題となる「許可された会社」とは、プロイセン一般ラント法に 則しての観念である。同法は、伝統的に、法人格を有するコルポラツィオーン及び市町村 を規定した他、二種のゲゼルシャフトについて規律していた。「その一つは、今ひとつ他の ものよりも法人格を有する結社に親近する。すなわち、産業目的に従事する組合 (第1編第
17章第3節、S.255.) であり、今ひとつは、財産権的ではないそれ以外の目的に従事する『許
された会社』(第2編第6章)である。後者に関しては、法典そのものが、それは対外的にで はないが対内的にはコルポラツィオーンの権利を有する (第2編第6章第13条、第14条)、
という原則を立てていた」40。問題は、「許された会社」は対外的にコルポラツィオーンの 権利を有するものではないので、ゲゼルシャフトの名において不動産、資本を取得しえず
38 Bolfgang Blomeyer, Aller Anfang ist schwer-zur Erleichung der Gründung von „Kleinen Genossenschaften‟, Zeitschrift für das gesamte Genossenschatswesen: ZfgG, Heft 2, Göttingen 2001,SS.79-97, bes.89-93;Hans-Jürgen Schaffland, Änderungen des Genossenschaftsgesetzes aus der Sicht der Praxis, ZfgG, H.3, Göttingen 2001,
SS.208-213. コーポレート・ガバナンスの観点からドイツの協同組合制度における外部監査制度を精緻に検
討したものとして、多木誠一郎『協同組合における外部監査の研究』全国協同出版、2005年。
39 ibid., ADHG, S.91. 因みに、プロイセン暫定憲法 (1850年 第31条に、社団の権利の授与又は拒絶の要件
は、これを法律で定める、とある。
40 Hermann von Sicherer, Die Genossenschaftsgeseßgebung in Deutschland, Erlangen 1872, S.44.