シネマ
私の 私の
最近の考古学の発展に伴い、中国国内の発掘作 業により、単なる伝説と考えられていた古代の 国々の遺跡が発掘されるに伴って、新しい歴史観 が日々形成されている。
私が、「史記」を最初に手にしたのは1961年で あったが、最近また手元に置いて毎日読み進めて いる。何回読んでも読むたびに深い感銘を受けて いる。
著者の司馬遷は漢朝7代皇帝・武帝の時代(お よそ2,100年前)に活躍した人で、代々大史公を 受け継ぎ、朝廷の歴史、事件などを記述する役目 を担っていた。若年の頃から漢土をあまねく旅行 をし、山川草木、人情風土をことごとく自分の目 で見ていた人のようだ。
しかし、49歳頃(39歳頃とも)罪に落ちた友人 を擁護したため罪にとわれ、死刑か宮刑(男根の 切断)かの罰を選んで宮刑に服し、刑務所に収容 されている。
3年後大赦により出獄、その後、紀元前91年に 友人に送った手紙が奇跡的に現存し、その中で彼 は自身の職務遂行について悲壮な決意を吐露して いる。以後伝説上の堯、舜帝に続く夏王朝、殷王 朝にいたる伝説的な時代から、紀元前2世紀まで の各朝廷の本紀・世家・列伝・書・表と書き分 け、各王朝の実態を立体的に分かりやすく記述し ていて、以後の王朝の歴史書の規範となってい る。
殷は最近実在が証明されている。司馬遷の殷本 紀に王統30代が記されているが、従来一片の作文 と見られていたのに、20世紀に旧殷都の遺跡が発 掘され、出土したおびただしい甲骨文から司馬遷
の記した系譜が殆ど正確であったことが証明され ているそうです。当時、文献など考えられない数 百年から千年以上の遠い昔の状況のことを、それ らが大きな誤りもなく記されていることに驚嘆の 念を禁じえない(ちなみに殷朝の始まりは紀元前 1711年ごろと推定されている)。
以後、殷から周へと進み、秦の始皇帝の全国統 一王朝、群雄割拠の戦国時代を経て、司馬遷に心 酔した司馬遼太郎の書いた「項羽と劉邦」の壮絶 な消耗戦から漢王朝の確立へと続くのである。
賢王あり悪王あり、賢者あり悪人あり、その織 り成す古代の歴史が司馬遷の筆によって、眼前に 彷彿と浮かんでくるような作品である。そして、
これが彼一人で成し遂げた業績であることは、奇 跡としか思われないのである。
「史 記」
鳥取市 大谷整形外科医院
大 谷 武
史記(1〜8)
司馬遷 著(徳間書店)
鳥取県医師会報 19.11 No.773 88
団塊の世代が75歳になる2025年、65歳以上の5 人に1人が認知症患者といわれている今、書店に は高齢者・認知症・介護に関連した書籍があふれ ています。急速に進む高齢化社会を前に、日本の 社会経済が崩壊するがごときメディアの在り方、
国の施策の緊迫感にどこか違和感を覚えるのは後 期高齢を目の前にした小生だけでしょうか。
私にとって認知症への目覚めはきのこエスポア ール病院に勤務していた当時、副院長の故藤沢嘉 勝先生に紹介された小澤 勲先生の『痴呆老人か らみた世界』(岩崎学術出版社)でした。そんな 記憶がある中、書店の棚に「認知症の人の心の中 はどうなっているのか?」の表題に目が留まりま した。心理学者である著者が認知症患者の精神世 界を患者さんの目線から問いかけている内容にふ れ、手に取った次第です。
内容は学生さんがテレノイドというロボットを 使っての施設実習などをつうじて 認知症の人の 心の中がみえていますか と現場からやさしく問 いかけています。また、本書の中では、業務時間 のうち利用者との会話はたった1パーセント、介 護職員と利用者との会話のうち77パーセントは介 助のための声かけという2つの施設調査結果の引 用もありました。
介護施設の現場ではとても会話が少ないこと、
会話が少ないことは認知症状のせいと、考えられ てしまう介護現場の実態があることなども述べら れています。多忙な介護現場の実態がある一方 で、認知症の人の心の世界が見えていることの介 護の大切さを感じさせられました。
私ども診療所に認知症対応型デイサービスを併 設しておりますが、診療の合間には、利用者の皆 さんと一緒の昼食、また様々な作業に取り組みな がらの会話、笑いの絶えない風景に出合う時間が あります。本書のいう 認知症の人の心の中 が どこまで捉まえられているかは心もとないです が、物忘れ、見当識障害をスタッフと共にそのま ま受け入れ過ごす中、通所時の一時ではあって も、皆さんが自分の居場所を見つけておられる様 子が伺われます。
本書を読み終えて、 痴呆症 から 認知症 への病名変更はありましたが、高齢社会(成熟社 会)を迎えている中、認知症を 隠喩としての 病 (スーザン・ソンタグ)にしてはならないこ とを改めて考えさせられる一冊でした。
「認知症の人の心の中はどうなっているのか?」
米子市 ふれあいクリニックやざき
矢 崎 誠 一
認知症の人の心の中はどうなっているのか?
佐藤眞一 著(光文社)
もともと本は嫌いではなく、書店へも好んでよ く行くのですが、思えば自分がこれまで購入して きた本は、実用書的なものであったり、何とな く格好良さそうな難しげな本で途中で挫折した り、逆に頭を使うのも嫌になって漫画本に走った り…と、人に胸を張って見せられるような本棚に はなっておりません。とくに小説は数える程しか 読んでおらず、なぜだろうかとこの際考えてみま した。おそらくどんなジャンルでも多読できるタ イプでもなく、もともと好みの幅が狭いことが一 つ。それから、小説の世界が奥深くてその中から 好みの小説を探し出すという作業が面倒くさいた め、書店へ行っても「(小説は)また今度」と無 意識に避けていたことがもう一つの原因と思われ ます。
そんな数少ない過去に読んだ小説の中から一冊 紹介させて頂きます。森沢明夫の「海を抱いたビ ー玉〜蘇ったボンネットバスと少年たちの物語
〜」です。2007年の発刊で、新刊で平積みにされ ていたときに、爽やかなバスと青空の表紙に惹か れ、さらに帯に書いてあった「3回、涙が出た」
を見て手に取りました。ソフトカバーであまりか しこまらず、手に持った感触も気に入ったことを 覚えています。
さて、内容ですが、瀬戸内海の大三島で運転手 の親子に愛されながら活躍していたボンネットバ スが昭和48年に現役引退し、自動車解体業者へ引 き取られ28年間野ざらしになり、スクラップ寸前 のところで福山市の福山自動車時計博物館へ引き 取られレストアされて、博物館での展示を経て、
新潟県湯沢町で町おこしのために再び活躍するお
話です。この中で、「とても古いモノや人の気持 ちを一身に浴び続けたモノには《魂》が宿る」と いう モノを大切にする というテーマがあり、
古い車たちや樹齢3,000年の楠が魂で会話するフ ァンタジー的な面と、著者が緻密に取材旅を行い なんと半分以上が実話で主な登場人物も実在し実 名で登場しているというノンフィクションの面も ある作品です。あとがきにはスクラップ寸前のと きやレストア中のボンネットバスの写真も出てき ます。更には、2004年の新潟県中越地震の旧山古 志村にも場面が切り替わり、当時の生々しい情景 が描写されています。これらがボンネットバスと 青いビー玉で繋がっていく。どこに話が落ち着く のだろうという感じがしますが、サラサラと読み 進められ、読みお終わった後には爽やかな気持ち になれるので、おすすめできると思います。
「海を抱いたビー玉」
境港市 荒木医院
服 岡 泰 司
海を抱いたビー玉〜甦ったボンネットバスと少年たちの物語〜
森沢明夫 著(山海堂)
鳥取県医師会報 19.11 No.773 90