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シェムリアップ州農村部の貧困現状分析

はじめに

本章では、シェムリアップ州にて独自に行った現地調査データを基に農村部の貧困現状 と課題を 3 つの側面から明らかにする。カンボジアは後発開発途上国であり、特に農村部 の状況を表す公的なデータはほとんど存在しない。故に、現地にて直接世帯を訪問し収集 したデータを用いた分析を行う。第1節では、観光業の盛んなシェムリアップ州において、

観光業の経済的影響は農村部まで及んでいるのかを明らかにするため、選択した村に関す る比較検証を行う。第 2 節では、農村世帯内の就業状況、所得状況、消費状況、世帯主状 況等、詳細な分析を行い、農村の経済状況及び貧困状況を明らかにする。第 3 節では、調 査世帯内で行われているラタン産業の現状と課題及び将来性に関する分析を行う。

第1節 観光業が農村に与える影響 4-1-1 調査及び調査村の概要

図4-1-1 8つの村の位置

シェムリアップ 市街地

1. クラバン

2. サウススラスラン 3. ノーススラスラン

国道6号 アンコール

ワット

空港 バライ

西バライ

5. サムボア 4. カラベイリエル 6. クナト

7. チェリー

8. プレダ アンコール・トム

出所)筆者作成。

この調査の目的はシェムリアップ州における農村への観光業の影響を分析する事である。

調査対象農村は農業を中心に行っている村のグループ(グループA)と農業に加えて観光客 向けの産業も行っている村のグループ(グループT)とに分けて選択した。図 4-1-1 は 選択した村の位置を示したものである。図の中で太く表示されている道路はシェムリアッ プ州の中心街から主要観光地であるアンコールワット・アンコールトムまでの道であり、

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ほとんどの観光客が車やトゥクトゥク107で利用する道である。故にこの道路沿いにある

村々(村1~3、丸で表示、グループT)は観光業の影響を最も受けると考えられ、これら

の村周辺ではレストランや土産品店が開かれている。これらの村々との比較のために観光 業の影響をそれほど受けていないと思われる5つの村(村4~8、四角で表示、グループA)

を選択し、これらの比較分析を行う。表 4-1-1 はこれらの村々の総世帯数と総人口及び サンプル世帯数を示している。

表4-1-1 8つの村の概要

出所)筆者作成。

注)8 つの村は全てシェムリアップ州に属し各村のアドレスは以下の通りである。①シェムリアップ郡ノ コトム(Nokor Thom)行政区内クラバン、②シェムリアップ郡ノコトム行政区内サウススラスラン、③ シェムリアップ郡ノコトム行政区内ノーススラスラン、④ポーク(Puok)郡カラベイリエル行政区内カラ ベイリエル、⑤シェムリアップ郡サムボア行政区内サムボア、⑥ポーク郡クナト行政区内クナト、⑦シェ ムリアップ郡サムボア行政区内チェリー、⑧バンテアイ・スレイ(Banteay Srei)郡プレアダック行政区 内プレアダック。

調査方法は面接調査を採用した。調査内容の中で人々の生活水準を測定する最も基本的 な指標は、所得額であると思われる。しかし発展途上国の農村世帯では、自らの世帯の所 得額を正確に把握していない場合や農業従事者の場合、現金での収入がない場合が多いた め、所得データの入手は困難である。故に、この調査では費用額から所得額を推計する方 法を採った。費用額は想起法により過去1週間または1カ月の食費・非食料費を計算し測 定している。調査の内容は、米の生産額、米の自家消費量、米の購入費、米以外の食糧費、

家畜のエサ代、非食料費、貯蓄額、教育費等である。米の自家消費量に関しては被調査者 の回答に基づいているが、このデータが不明瞭だった場合は、米生産に関するデータを使 用して推定している。これらのデータから推定の所得額を計算した。

107 座席のついた客車をバイクで引いて走るバイクタクシー。

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推定所得額を求めるためには以下の公式を用いている。

推定所得額=R + F + N + Edu + S

ここでRは米の消費額(生産額-自家消費額)、Fは米以外の食糧費、Nは非食糧費、Edu は教育費、Sは貯蓄額を表す。つまりこの調査における推定所得額は、米の消費額、米以外 の食料費、非食糧費、教育費、および貯蓄額を合計した額と定義し、本節における「所得」

は推定所得額を表す。

4-1-2 分析

図4-1-2は1日1人当たりの平均所得額を表している。Ministry of Planning(2006)

によるカンボジアの貧困ラインは2,124リエル(約0.53ドル)である。本調査の推定所得 額は全てこのラインより高いという結果になっている。しかし国別貧困ラインは一般的に 世界銀行の設定する貧困ライン(1日1ドル未満)よりも低い傾向がある。特に、プレアダ ック村の平均所得額は世界銀行の貧困ラインよりも低く、0.84 ドルに過ぎない。平均所得 の最も高いカラベイリエル村でさえ1.58ドルに留まっており、2ドルにも達していない。

この事から 8 つの村全てにおいて低所得水準での生活を余儀なくされていると言えるだろ う。

図4-1-2 村別1日1人当たり平均所得額

1.36 1.20

1.37

1.58

1.21 1.36

1.28

0.84

0.00 0.20 0.40 0.60 0.80 1.00 1.20 1.40 1.60 1.80

クラバン

(25)

サウス スラスラン

(12)

ノース スラスラン

(30)

カラベイ リエル

(26)

サムボア

(34)

クナト

(19)

チェリー

(20)

プレア ダック

(62)

USドル

出所)筆者作成。

注)村名のカッコ内の数字は有効サンプル数を表す。

表4-1-2は2つのグループ毎の所得の結果を表したものである。平均所得はグループ

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Tが約1.33ドル、グループAが約1.15ドルという結果となった。グループTの平均所得 の方がグループ A よりもわずかに高いが、この差異はそれほど大きなものではない。また 変動係数の数値にも大きな差異が生じていないため、両グループの所得の傾向は似通って いると予想される。

表4-1-2 グループ毎の所得の結果

グループT グループA

有効サンプル数 67 161

平均値 1.331 1.147

標準偏差 0.972 0.829

変動係数 0.730 0.723

出所)筆者作成。

表4-1-3 2つのグループの所得五分位とジニ係数

グループ 20% 40% 60% 80% 100% ジニ係数

T 6.67% 19.16% 36.08% 58.44% 100.00% 0.3186 A 7.75% 19.64% 35.74% 58.90% 100.00% 0.3119

出所)筆者作成。

図4-1-3 2つのグループのローレンツ曲線

0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8 0.9 1

0 0.2 0.4 0.6 0.8 1

T A

出所)筆者作成。

表4-1-3は両グループの所得五分位とジニ係数を表しており、図4-1-3はローレン

ツ曲線を表している。この 2 つから明らかなように両グループはほとんど同様の所得分配 の傾向を示している。ジニ係数もグループTが約0.32で、グループAが約0.31とその差

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はほとんど確認できない。Ministry of Planning(2006)による農村地域のジニ係数は0.372 であるため、調査村の結果はこれより低い結果となっている。

表 4-1-4 は、貧困世帯数、貧困率、貧困ギャップ、二乗貧困ギャップをそれぞれ両グ

ループについて表したものである。基準となる貧困ラインはMinistry of Planning(2006)

より0.53ドルを基準としている。グループTの貧困率は11.94%と、グループAの14.29%

よりも低い一方で、貧困ギャップ及び二乗貧困ギャップに関してはグループ T の方がグル ープA よりも高い数値になっている。これらの指数は単純な貧困率に比べ、より貧困の深 刻度を測定する指標であるため、グループ T では貧困に陥っている世帯自体は少ないが、

実際に貧困に陥っている世帯の状況はグループ A よりも厳しい状況(貧困ラインよりもか なり低い)に陥っていると考えられる。

表4-1-4 貧困世帯数、貧困率、貧困ギャップ、二乗貧困ギャップ

グループ 貧困世帯数 貧困率

(%)

貧困ギャップ

(%)

二乗貧困ギャップ

(%)

T 67世帯中8世帯 11.94 1.27 0.34

A 161世帯中23世帯 14.29 0.98 0.17

出所)筆者作成。

注)ここで貧困ラインは0.53ドルと設定している。

第2節 農村の経済状況 4-2-1 調査及び調査村の概要

この調査はシェムリアップ州の農村における生活環境及び貧困状況の把握を目的として 行った。調査内容及び調査対象地域は、今回の調査に先立つシェムリアップ州内での数回 の農村調査108及びシェムリアップ州で行われたその他の調査に基づき決定した。調査に使 用した質問票は、CSES 2003/04のアンケート質問票109に基づき作成したものを基本とし、

前回までの調査を踏まえ、より農村の社会経済状況の把握ができる質問項目を加えて作成 した。調査時に起こり得るバイアス110に関しては、可能な限り排除するように努めた。基 本的に筆者及び調査員は対象村までは車での移動となるため、対象となる村は舗装された 道路からそれほど離れていない地域から選択することになった。故に、選択し得る村の数 は限定されるため、対象村の選択においてバイアスが生じていることは否定できない。し かし、発展途上国においては、農村毎に主要産業や世帯状況に大きな差異が生じている恐

108 最初の調査は前節で述べた8つの村における調査であり、2回目の調査は20111222日から25 日の4日間でシェムリアップ州内の、アンコール遺跡群から見て南西に位置するブラユース(Bra Youth)

村において行った。この調査の目的は、村内の全世帯を対象として当村内の大部分の世帯が行っているラ タン産業の現状や農村部の生活状況の分析を行うことであった(Yamakawa、2012)

109 CSES 2003/04の内容に関してはMinistry of Planning(2006)を参照。

110 バイアスに関しては、Chambers(1983)を参考。

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