要約
単細胞性シアノバクテリアSynechococcus elongatus PCC 7942 (S. elongatus) は,最も単純な概日時計のモデル生物として知られている。この生物は絶対光要 求性の光合成生物であり,暗期では代謝活性が著しく低下し,細胞分裂も停止す る。したがって,光への依存性が極めて強い生物である。S. elongatus は連続明 条件下でゲノムワイドな概日転写リズムを示すが,暗条件に移すと時計遺伝子群
kaiABCを含む,大部分の遺伝子の転写が強く抑制されmRNA量はただちにゼロ
レベルまで低下する。この条件においても KaiC 蛋白質のリン酸化振動は持続す る。このことから,概日振動は翻訳後修飾レベルで生じ,暗期では時計による転 写調節は行われなくなると考えられていた。しかし,私たちはDNAマイクロアレ イを用いて暗期に誘導される遺伝子群の発現パターンをkaiABC 遺伝子破壊株と 野生株とで比較したところ,夜間に発現するほとんどの遺伝子について顕著なkai 遺伝子依存性を明らかにした。さらに暗期での転写が概日時計によって調節され ている可能性を検討するため,連続明期におけるさまざまな概日時刻で細胞を暗 期に移した際の暗誘導遺伝子群の発現パターンを解析したところ,複数の遺伝子 の暗誘導に顕著な概日時刻依存性が観察された。さらに,夜間に概日時計によっ て転写調節を受けている遺伝子の中に連続暗条件下で概日転写リズムを示す遺伝 子を見出した。これらの結果は従来の常識を覆し,時計遺伝子の転写が完全に停 止する暗期においても概日時計の転写に関わる出力機構が機能しうることを示し た。
序論
シアノバクテリアにおけるゲノムワイドな概日転写リズム
シアノバクテリアでは,連続明条件下においてほとんどの遺伝子のプロモータ ー活性に概日リズムがみられることが報告されていた (Liu et al., 1995)。しかし Liuらが用いた実験系は,プロモータートラップ法と呼ばれゲノム上にプロモータ ーなしのルシフェラーゼ遺伝子luxAB をランダムに導入し,発光リズムを観察す るというものであった。この系ではゲノムワイドな発現プロファイルを検討する 上でいくつかの技術的問題が考えられた。例えば,luxAB 遺伝子がゲノム上に導 入される位置によって発光レベルが変わってしまう可能性や発光レポーターを用 いているため細胞の代謝を介して間接的にリズムを検出している点,さらには発 光リズムが明確に観察できる個体を選んできている点である。これらの問題点を
踏まえ Ito ら (2009)は,より詳細にシアノバクテリア概日転写プロファイルを検
討するためAffymetrix社のhigh-density oligonucleotide microarray (GeneChip CustomExpress Arrays)を用いた網羅的遺伝子発現解析をおこなった。その結果,
連続明条件下では全遺伝子 2515遺伝子中 30%に当たる 800 遺伝子が統計的に概 日転写リズムを示すことが明らかとなった。さらに概日リズムを示す遺伝子群は 大きくわけて主観的夜明けに発現ピークを持つ遺伝子と主観的黄昏に発現ピーク を持つ遺伝子の2 グループあることがわかり,それぞれ400遺伝子あることが示 された。
一方,連続暗条件下では代謝活性の低下に伴い転写活性も著しく低下し,kai 遺伝子群を含むほとんどの転写蓄積量がゼロレベルにまで低下し,暗期 4 時間以 内に明期の転写蓄積量の20%以下にまで低下する。さらに,統計的な解析の結果,
暗期では概日転写リズムを示す遺伝子はみつからなかった (Ito et al., 2009)。その ため,暗期では概日時計からの転写出力は停止するとされた。しかしながら,実
際にその詳細は検討されてこなかった。
概日転写出力系の分子機構
概日転写出力機構の解析は,もっぱらkaiBC遺伝子をターゲットとしておこな わ れ て き た 。 ま ず 概 日 転 写 出 力 機 構 に 関 わ る 因 子 と し て 同 定 さ れ た の が KaiC-binding Sensory Histidine Kinase であるSynechococcus adaptive sensor A (sasA)である。SasAはKaiCと蛋白質レベルで相互作用し,sasA遺伝子破壊に
より kaiBC 遺伝子を含め多くの遺伝子の転写リズムの振幅が劇的に低下する
(Iwasaki et al., 2000)。これらの結果から,SasAは転写出力系のアクチベータと し て 考 え ら れ て い る 。 さ ら に SasA の パ ー ト ナ ー 探 索 の 結 果 ,regulator of phycobilisome-associated (rpaA)が発見された。バクテリアでは,ヒスチジンキ ナーゼとレスポンスレギュレーターからなる二成分制御系が主要なシグナル伝達 経路として知られており,ヒスチジンキナーゼからレスポンスレギュレーターへ のリン酸基転移によってシグナル伝達をおこなっている。rpaA を 破壊する と sasAを破壊したときと同様,kaiBC遺伝子の転写蓄積量が劇的に低下する (Takai et al., 2006)。さらに,KaiABC振動子とSasA,RpaAを試験管内で混合すると,
SasAからRpaAのリン酸基転移反応が促進され,KaiABC振動子のリン酸化リズ ムに伴って SasA/RpaA のリン酸化基転移が調節されることが示された(Takai et al., 2006)。これらの結果からRpaAが SasAの下流で働く出力因子であることが 示唆された。SasAはkaiBC遺伝子の転写を正に制御する出力因子である一方で,
kaiBC 遺伝子の転写を負に制御する low-amplitude and bright (labA),circadian input kinase A (cikA)が同定されてきた (Taniguchi et al., 2007; Taniguchi et al., 2010; Schmitz et al., 2000)。これらは,いずれも破壊するとkaiBCの転写レベル が上昇し,転写リズムの谷が浅くなる。また,これらの因子は RpaA の上流で働
くことが示唆されている。CikAは発見当初,その破壊株で概日時計の暗刺激に対 する位相応答が鈍感になることから入力機構に寄与する因子であると報告されて いたが (Schmitz et al., 2000),現在では出力機構にも関与する因子であることが 報告されている。このように SasA,LabA,CikA そして RpaA によって kaiBC 遺伝子の転写は調節され,ロバストな転写リズムを刻んでいると考えられている。
さらに最近の研究から,RpaAの下流の分子機構についても明らかとなってきた。
RpaAは前述の通りKaiABCの時刻情報を受け取りkaiBC遺伝子の転写を制御す る因子と考えられているが,RpaA は DNA 結合能を持たず kaiBC 遺伝子のプロ モーターに結合しない。よってRpaAの下流で働きkaiBC遺伝子のプロモーター に直接結合する転写因子が存在することが示唆されていた。Hanaoka ら (2012) は,生化学的解析により RpaA と相互作用し kaiBC の転写領域に直接結合する RpaBを特定した。RpaB は主観的黄昏に kaiBC 遺伝子のプロモーター領域に結 合し,RpaA の活性化と共にプロモーター領域からリリースされる,kaiBC 遺伝 子の転写を負に制御することでリズムを生み出している転写因子と考えられてい る。このようにKaiABC振動子からkaiBC遺伝子の転写を制御する出力機構の全 体像が明らかとなってきた。
実験方法
使用した野生株および培養条件 詳細は2章に記述した。
シアノバクテリアの形質転換
S. elongatus は外来の DNA を自然に取り込む性質があるため,容易に染色体
DNAと相同組換えを起こす。この性質を利用して形質転換体を作製した。形質転 換の要領は以下の通りである。シアノバクテリア細胞を BG-11液体培地で OD730
>1になるまで培養した。その後,15 mlのファルコンチューブに10 ml分注した。
3000 rpmで 5 分遠心し,上清を捨て,新たにBG-11培地を 500 μl加え再懸濁し た。再懸濁培養液に形質転換用にデザインしたDNA断片もしくはプラスミドを1 μg入れ,よく混和してチューブをアルミホイルで包み遮光して,一晩暗期で浸透 培養した。翌日,φ90 mmプレートのBG-11寒天培地に100 μlほどまき,培地 上に薄くのばし後,弱光 (5~10 μE• m-2• s-1)連続明条件下でさらに一晩培養させ た。翌日,寒天培地の下に形質転換体セレクションのためデザインしたDNA断片 もしくはプラスミドに対応した抗生物質をまき,~30 μE• m-2• s-1の連続明条件 下で 1 週間ほど培養した。生えてきたコロニーの中から数個選んで,寒天の下に 抗生物質をまいた新しいφ90 mmプレートに移し,形質転換体のセレクションを 行った。正常に生長してきたものを本実験で使用した。
形質転換体の作製
実 験 で 使 用 し た 時 計 遺 伝 子 kaiABC 遺 伝 子 破 壊 株 (NUC43; ΔkaiABC)は
NUC42 をホストとして kaiABC 遺伝子の ORF 領域をカナマイシン耐性遺伝子
(Kmr)で置き換えたものを使用した (Nishimura et al., 2002)。
ウェスタンブロット解析を行うため,NUC42をホストとしてhspA,digA遺伝 子 の ORF ス ト ッ プ コ ド ン 直 前 に FLAG エ ピ ト ー プ 配 列 (5′-GACTACAAGGACGATGACGACAAG-3′)を in-frame で挿入した株 (ILC48,
ILC56)を PCRにより作製した。抗生物質のセレクションマーカーとしてカナマイ
シン耐性遺伝子 (Kmr)を使用した。
rpoD5遺伝子の破壊株 (ILC357)は,NUC42をホストとして rpoD5のORF領 域をカナマイシン耐性遺伝子 (Kmr)で置き換えたものを使用した。
短 周 期 変異 体 kaiCS157P は ,Nakajima ら に よ り 作製 さ れ た もの を 使 用 した (Nakajima et al., 2005)。rpoD5 遺 伝 子 破 壊 株 と 短 周 期 変 異 体 の 二 重 変 異 株 (ILC504)は,kaiCS157PをホストとしてILC357 と同様の方法で作製した。形質転 換体の詳細を表1. にまとめた。
表1. 本研究で使用した形質転換体一覧
Strain Host strain Reporter cassette Marker Description References
NUC42 - PkaiBC::luxAB::Cmr Cm Wild-type Nishimura et al., 2002
NUC43 - PkaiBC::luxAB::Cmr Cm, Km kaiABC-null Nishimura et al., 2002 ILC48 NUC42 PkaiBC::luxAB::Cmr Cm, Km digA::flag This study
ILC56 NUC42 PkaiBC::luxAB::Cmr Cm, Km hspA::flag This study ILC357 NUC42 PkaiBC::luxAB::Cmr Cm, Km rpoD5 -null This study
kaiCS157P - PkaiBC::luxAB::Cmr Cm, Sp Short period (21 h) Nakajima et al., 2005
ILC504 kaiCS157P PkaiBC::luxAB::Cmr Cm, Km, Sp kaiCS157P; rpoD5-null This study Cm, Km and Sp represent chloramphenicol, kanamycin and spectinomycin respectively.
ノーザンブロット解析 詳細は2章に記述した。
DNA マイクロアレイ解析
今回のDNAマイクロアレイ解析は,野生株と時計遺伝子破壊株の2種類の細胞 を用いて行った。
はじめにサンプルから抽出した RNAを用意した。RNAの抽出は,ノーザンブ ロット解析のときと同様に行った。トータル RNA 10 μg に対し,150 ng/μl の random primer (Invitrogen) を 10 μl加えて,溶液の全量を30 μl にして,70℃ で10 分,25℃で10 分インキュベートし4℃で冷やした。上記の混合液に,5 × 1st Strand Buffer 12 μl,100 mM DTT 6 μl,10 mM dNTP (Invitrogen) 3 μl, SUPERase・In (20 U/μl; Ambion) 1.5 μl,SuperScript III (200 U/μl) 7.5 μlを混 ぜ,25℃で10 分,37℃で1 時間,42℃で1 時間,70℃で10 分保温の後,4℃ で冷やした。さらに1N NaOH を 20 μl加え,65℃で30 分保温した。その後,
1N HClを 20 μl加え中和処理した。処理溶液をMinElute PCR Purification Kit
(QIAGEN)で処理溶液を精製した。これにより,cDNAを得た。
次に,cDNA のフラグメンテーションを行った。上記反応で得た cDNA を 1.5 μg/40.5 μlになるよう調整した。調整液に,10 × DNaseI buffer 5 μlとDNaseI (0.1 U) 4.5 μlを加え,DWでトータル50 μlとした。次に,37℃で10 分,98℃ で 10 分反応させ-20℃で保存した。次いでフラグメーション反応を終えた cDNA のラベリングを行った。このラベリングには BioArray Terminal Labeling Kit with Biotin-ddUTP for DNA Probe Array Assays (ENZO) を用いた。cDNAフラ グメンテーションの反応溶液全量に,5×reaction bufferを20 μl, 10×CoCl2 10 μl, Biotin-ddUTP 1 μl,Terminal Deoxynucleotide Transferase 2 μlを混ぜ,トータ ル100 μlになるようにDWで調整し,37℃で1時間反応させた。反応後,0.5 M EDTA を 2 μl 加え,ラベリング処理を行った。ラベリング反応の後,GeneChip
(Affymetrix) 解析に用いるハイブリカクテルを作製した。ハイブリカクテルは,