• 検索結果がありません。

「コノ」「ソノ」の指定指示用法

第四章 指示連体詞「コノ」「ソノ」の後続名詞類の特徴

第二節 「コノ」「ソノ」の指定指示用法

1.先行研究と問題の所在

文脈指示の「コノ」「ソノ」は代行指示と指定指示に分けることができる。第四章第一節 では、代行指示を中心に小説の地の文における「コノ」「ソノ」の後続名詞類について、「人 物」「物体」「人間行動」「事態・様相」「時間」「場所」「抽象的名詞」の七種類のカテゴリ ーに分けて考察したが、指定指示の場合については、十分に検討していない。そこで、本 節では、その続きとして、指定指示の「コノ」「ソノ」の後続名詞類について、カテゴリー を分けてその特徴を考察する。

林(1983)は文脈指示を代行指示と指定指示に二分類した上で、「夢十夜」における指定 指示について、「コノ」の 22 例のうち、13 例が「反復」で、残りの 9 例が「表現のとらえ 直し」としている。それに対して、「ソノ」の 23 例のうち、「反復」は 7 例で、「表現のと らえ直し」は 16 例であると指摘している。「反復」とは「先行する名詞を反復して指定す る形」であり、「表現のとらえ直し」とは「先行詞」を別の「名詞句に変えて受けとめてい る」場合であるとしている。

庵(2007)は林(1983)の考察を踏まえ、指定指示の場合の「コノ」「ソノ」の交代可能 性を通して、両者が用いられる文脈を考察し、その相違点として、先行文脈の「言い換え」

や「ラベル貼り」の場合は「コノ」しか使えないことを指摘した。庵の言う「言い換え」

は「コノ」の後続名詞類が言い方を換えて先行詞を表現する場合である。たとえば先行詞 は人物の名前「エリザベス」で、後続文脈で指示表現「この女優」を用い言い換えており、

「女優」は「エリザベス」の「言い換え」である。「ラベル貼り」は「先行する発話や文連 続を指示しそれらに名付けをする(ラベルを貼る)用法」である。庵は「ラベル貼り」の 例として、次のようなものを挙げている。

○ 夜、ある町の外科医のところへ大怪我をした男が治療を受けにきた。住所をきく と隣りの町から来たという。「隣りの町なら、有名な外科医がいるのに、どうしてわ ざわざここまで来たんです?」

このジョークのおちは読者に考えていただこうと思う。

(織田正吉『ジョークとトリック』)

庵は「このジョーク」は波線のついた先行文脈の長い内容に名付けをする(ラベルを貼

る)用法であると指摘している。庵は「ラベル貼り」は「言い換え」とは別に扱うが、筆 者は「ラベル貼り」は先行文脈の反復ではなく、先行文脈を言い換えて指示語を用いてい る以上、言い換えの一種であると考える。また、庵の指摘とは異なり、場合によっては、

言い換えに「ソノ」の使用も可能である。たとえば、次のようなものである。

(1)玩具の兵隊のような派手な制服を着たサーカスの男が、一郎の手にグラブをは めた。檻の中に入れられた。直立しているカンガルーと向い合うと、その動物の 方が一郎より背が高かった。カンガルーは、じっと立っているだけである。しか し、一郎が拳を突出すと、動物も反射的にグラブをはめた前肢をピョコンと振る。

(吉行淳之介「樹々は緑か」)

「その動物」は先行の「カンガルー」を指示し、「動物」は「カンガルー」の上位語で、

言い換えである。このように、「その」が言い換えに用いることができるのである。

上記のように、先行研究は指定指示の下位分類について統一した基準がない。さらに、

庵の指摘では、「この女優」の「女優」が「エリザベス」の上位語で、「上位型の言い換え」

とされている。一方で、「このジョーク」は先行の長い事柄をまとめて表現しており、「ラ ベル貼り」とされている。このように、後続名詞類が人物のカテゴリーである場合と事柄 のカテゴリーである場合とでは言い換えの具体的な用法が異なっており、後続名詞類のカ テゴリーは言い換えの具体的な用法と関係していると思われる。そこで、統一した観点で 指定指示を分類し、「コノ」「ソノ」の後続名詞類との関わりを考察する必要がある。

本節では先行研究を踏まえ、指定指示の下位分類を規定し、分類したうえで、小説の地 の文における指定指示の「コノ」「ソノ」の用例を調査する。また、後続名詞類を第一節と 同様に七種類のカテゴリーに分けて考察し、それぞれの指定指示用法の特徴を明らかにす る。

2.「コノ」「ソノ」の文脈指示用法の分類

本研究では、先行研究を踏まえ、指定指示の分類を次のように規定する。まず指定指示 を反復と言い換えに二分し、言い換えの下位分類として、「上位型の言い換え」、「内包型の 言い換え」、「ラベル貼りの言い換え」、「類義型の言い換え」と「カテゴリーの転換」の五 種類に分類しておく。以下は例を挙げて説明する。引用例はすべて CD-ROM 版『新潮文庫 の 100 冊』による。

2.1 反復

反復とは、先行文脈にある名詞類が「コノ」「ソノ」の後続名詞類として再び出現する場 合である。本研究は林(1983)の「反復」の概念と用語を受け継ぎ、用いている。

(2)しかし、もっと彼女たちに意外だったことは、そのお時さんが、傍の若い男と親 しそうに何か話していることだった。その男の横顔は、彼女たちに見おぼえがなか った。 (松本清張「点と線」)

「その男」は先行の「傍の若い男」を指示しており、「男」が反復されている。

2.2 言い換え

言い換えとは、「コノ」「ソノ」の後続名詞類が先行文脈に出現していないが、先行文脈 には相当する語句がある場合である。林(1983)の言う「表現のとらえ直し」に相当する。

庵(2007)の言う「言い換え」より広い概念である。本研究では、言い換えを具体的に次 の五種類に分類する。

2.2.1 上位型の言い換え

庵(2007)は先行詞をその上位概念で言い換えたものを「上位型の言い換え」としてい る。本研究では、この概念を受け継ぎ、「上位型の言い換え」という用語と概念を用いる。

(3)そのときには劇薬一○八○剤を使ったので、一夜あけて訪れるとネズミは巣穴 の周辺でバタバタ死んでいた。この薬は微量でも神経をたちまちマヒさせるから、

ネズミは自分の死体をかくす余裕なくその場でたおれてしまうのである。

(開高健「パニック」)

「この薬」は先行文脈の「劇薬一○八○剤」の言い換えである。「薬」は様々な薬の集合 であり、「劇薬一○八○剤」はその中の一種である。つまり、「薬」は「劇薬一○八○剤」

の上位語である。

2.2.2 内包型の言い換え

庵(2007)は「上位型の言い換え」以外に、「内包型の言い換え」も言い換えの一種とし ている。庵の言う「内包型の言い換え」とは後続文脈で先行詞をその属性で言い換えた場 合である。本研究でも、「内包型の言い換え」を用いる。

(4)彼らはひとびとに失政を説き、うやむやに葬られた過去の不正事件の数々をあば きたて、官僚の腐敗をののしり、ピロッティ・スタイルの県庁舎を指さして鼻持ち ならぬまやかしの近代主義だときめつけたのである。彼らの一人はその採光のゆき

とどいた、輝くようなガラス張り建築物のなかでおこなわれている卑屈で暗い政治 を弾劾する材料の一つとして、どこから探りだしたのか、俊介の家へ上申書ボイコ ット事件のいきさつを聞きにやって来た。 (開高健「パニック」)

先行文脈の「ピロッティ・スタイルの県庁舎」を、「その採光のゆきとどいた、輝くよう なガラス張り建築物」という長い名詞句で指示している。「その」の後続名詞類は先行の「県 庁舎」の具体的な様子・属性であり、「内包型の言い換え」である。

2.2.3 ラベル貼りの言い換え

「ラベル貼りの言い換え」は以下の「この作業」のような表現で先行内容を承けて、ま とめるような言い換えである。庵(2007)の言う「ラベル貼り」は「言い換え」とは異な り、独立した概念として用いている。本研究では言い換えの一種とする。

(5)慈念は慈海の胸に耳をあててじっとしていた。やがて鉢頭をうなずかせて立ち上 ると表庭へもどった。百日紅の下の蕗の葉を手くらがりの中でむしり取りはじめた。

この作業は一時間余かかった。慈念の手は蕗のアクで黒くよごれた。慈念はその葉 を床下に何どもはこんだ。 (水上勉「雁の寺」)

「この作業」は先行の慈念が「百日紅の下の蕗の葉を手くらがりの中でむしり取」るこ とを指示している。先行文脈に「作業」という語がないが、「作業」についての具体的な内 容がある。それにまとめて捉え、ラベルを貼るように言い換えているため、「ラベル貼りの 言い換え」とする。

2.2.4 類義型の言い換え

「コノ」「ソノ」の後続名詞類が先行詞の意味と似ており、先行詞を類義的な表現で言い 換えた場合を「類義型の言い換え」と言う。

(6)弟は剃刀を抜いてくれたら死なれるだろうから、抜いてくれと云った。それを抜 いて遣って死なせたのだ、殺したのだとは云われる。しかしそのままにして置いて も、どうせ死ななくてはならぬ弟であったらしい。それが早く死にたいと云ったの は、苦しさに耐えなかったからである。喜助はその苦を見ているに忍びなかった。

苦から救って遣ろうと思って命を絶った。それが罪であろうか。殺したのは罪に相 違ない。 (森鴎外「高瀬舟」)

「その苦」は先行の「苦しさに耐えなかった」ことの言い換えである。「苦」は「苦しさ」

と意味が似ており、「類義型の言い換え」である。この場合は反復に近いと考えられる。