• 検索結果がありません。

キム・ドンウク  氏  Dong Wook KIM

ドキュメント内 JAIST Repository: 創立20周年記念誌 (ページ 37-42)

独立行政法人 情報通信研究機構 ユニバーサルメ ディア研究センター 超臨場感システムグループ専 攻研究員

知識科学研究科 平成18年3月博士前期課程修了         平成21年3月博士後期課程修了

北村 達也

 氏 Kitamura Tatsuya

甲南大学 知能情報学部 知能情報学科 准教授 情報科学研究科 平成6年3月博士前期課程修了         平成9年3月博士後期課程修了

先生どうですかと、

野菜を売りにきた

ガスを分解して薄膜を作る研究に携わっ てきました。真空チャンバーの設計から始 めて、その製造を依頼するために東京へ 行き、できあがってきたものを自分で組み 立て、これを使用して薄膜を作るといった ように、研究は最初から最後まで全部自 分でやるような形で進めさせていただき、

いま思うと非常に充実していたと感じてい ます。現在は真空装置を作っている会社 に勤めておりますので、大学での研究内 容に近く、JAISTでひと通りの経験を積ん だことが、様々な問題解決のために役に 立っていますね。

̶̶̶修了生の皆さんのお話を伺ってい ましても、分野の壁を越え、新しい研究に 挑戦しようとした姿勢が感じられますが、

先生方はどんな思いで指導をされてこられ たのでしょうか?

國藤 ドンウク君が情報科学もマテリアル サイエンスも勉強して、新しい研究分野

松村 確か情報科学の一期生は試験が終 わった後に過労で倒れて救急車で運ばれ た人が何人かいたということを聞いていま すが。

北村 そんなこともありましたね。

松村 当時は材料科学といっていたマテ リアルサイエンスでも、同じように、一期 生の学生が試験の後で倒れて救急車で運 ばれたことがありました。その後当人が私 の研究室に入ってきたので、詳しく聞いて みたらその学生はもともと農学系の学部を 出たのですが、思うところあって物理系へ の転身を決意してJAISTに入ってきた。そ れで、入学して夏までの3〜4か月間に物 理系の勉強を片っ端から、毎日睡眠 2 時 間で頑張ったというんです。試験が終わっ たらホッとして倒れてしまった。異分野融 合と言いますが、本当に融合しようとした ら、学生にとっては大変な苦労があった のだろうと思いますよ。

̶̶̶簡単に物理、化学、バイオといっ ても全く違う分野ですからね。

本田 私は完全に物理の世界から来まし たので、化学、生物はほとんど勉強したこ とがなく、授業を受けても最初のうちは全 然わかりませんでした。家に戻って高校の 教科書をもう一度読み直したり、他の人に 教えてもらいながら、なんとか単位を揃え ていくという感じでしたね。

松村 教える側はそれぞれの専門分野だ けに通じているわけで、自分たちだったら このカリキュラムで単位取れるだろうかっ て、先生同士で話をしたものです。

本田 でも、異分野を学ぶという経験が できたのは非常に新鮮で面白かったです。

̶̶̶勉強の面では皆さん非常に努力さ れてきたようですが、JAISTでの学生生活 はどのようなものでしたか?

ドンウク 自分の場合は、友人、それも いろいろな国から来た友人ができたことが 大きな収穫でした。JAIST は他の大学に 比べて留学生が多く、ルーマニア、ブラ ジル、ネパール、チュニジアなど様々な 国籍の学生と仲良くなって、何度もみんな で山登りをしたものです。また、当時はギ リギリの生活をしていましたので、どうし ても学費に困ってしまったことがありまし て、山登り仲間でもあったポーランドの研 究員の方に相談して助けてもらったことが ありました。彼とはその後も交流が続いて いて、つい最近も彼から招待講演の依頼 が来たりしてるんですよ。

國藤 知識科学研究科は1/3 が留学生と いう環境ですからね。ただ言葉の面では 努力をしないといけなかったでしょう?

ドンウク そうですね。当時仲間内で一番 英語ができなかったのが自分だったんで すが、友人たちは逆に日本語ができず、 一緒に食事に行っても英語を使わないと 会話が進みませんから大変な面はありまし た。ただ、言葉というのは一朝一夕で身 につけられる性質のものではないので、 長期間にわたって英語を話す環境にいた ことは自分にとって良い訓練になったと思 います。いま国際会議に出席しても、あ る程度自由に議論ができるのもそのおか げと思います。

̶̶̶北村さんは一期生ですから、いろ いろ面白いエピソードもあったのではない ですか?

北村 当時はJAISTシャトルも、学内に売 店もなかったのでサバイバルの側面が強 かったです。どこかへ出かける時はクルマ を持っている人に相乗りさせてもらってい ましたし、親しくなった地元の人たちから 空いている畑を教えてもらい、野菜を作っ てみんなで食べたりとか。

赤木 その当時官舎に住んでいましたが、 

“いっぱい獲れたんで先生どうですか” と ジャガイモやタマネギを売りに来たことも あった。

̶̶̶あげるんじゃなくて売りに(笑)。

北村 とにかく、みんなで仲良くしないと やっていけないという環境でしたので、一 緒に食事をするのはもちろん、夜な夜な 寮のラウンジに集まって、飲んではしゃ べってました。後輩たちがあきれるくらい。

國藤 情報科学でも知識科学でも一期生 を預かりましたが、一期生は先輩がいな いから、とてもいい仲間ができるような気 がするんですよね。

をいま開拓中であるように、学生さんには 分野に関係なく、異分野融合で新しいこと にゼロからアタックしてひと通り経験して ほしいんです。その体験によって、いま の日本の大学院に増えている草食系の学 生ではなく、肉食系(笑)になるんじゃ ないかというのが私の直感です。草食系 のまま民間企業に出ても他の動物に食べ られるだけなので、我々はたくましい学生 を育てよう、そのためにできることは片っ 端からやろうという教育方針を立てていま す。ただ、学生さんにとってはたいへん な努力を要求することになりましたが。

ドンウク JAIST の良いところは、最初か ら研究室を決めて行くわけではなくて、

テーマづくりから自分でやらなくてはいけ ないので、コースワークを受けながら全て の分野を勉強するという点だと思います。

私の場合も國藤先生の授業を受けたこと に刺激されて、いまはまだ実現していな い新しいことに取り組もうという思いで “香 り” をテーマにしたんです。ただ、数か月 をかけて世界で出されている特許を調べ るうち、この研究テーマは難しいのではな いかと断念しようとしたこともありました。

國藤 特許を調べるのはとても良いこと で、それによって何が研究されていない か、つまりオリジナルな研究であるかどう かがわかる。だから彼には、それがオリ ジナルな研究であるなら、もっと頑張りな さいとエンカレッジした。私の研究室のス タイルは基本的に、どんな分野でもその 人のライフワークを見つけて、それをエン カレッジし育て上げるというものです。

赤木 そもそもJAIST の創設に際して初 代の慶伊学長は、いままでにないような 大学院、つまり同じ研究室の中でしか教 育されないタコツボ式のものではなく、大 学全体として教育を行うことを目指して始 められました。そのために、学生を受け 入れる1 年前には、教員を集めて講義の 知識単位をどう並べるかという話し合いが もたれました。ただ、みんなあまりにも理 想に燃えていましたので、知識単位が入 りすぎて、通常の大学院に比べるととんで

もない量の講義が入っていたかもしれま せん。

̶̶̶では、第一期の学生は相当大変 だったのでは?

北村 私は情報工学科という学部を出て いますので、経済、教育学部などの出身 者に比べればまだアドバンテージがあった んですが、それでもやはり大変でした。

赤木 当時の話で、慶伊先生の写真が あったんですが、こう片手を挙げている。

それを見て学生たちは「君たちの50%し か通さないぞ」といってるんだ、なんて 噂をしてたらしいです(笑)。

國藤 文系出身の人はものすごく苦労し たと聞いています。同期の人達が塾みた いなのをつくって教えていたとか・・・。

北村 情報系の出身者が文系の人達に教 えたり、また私も解らないことがありまし たので、他の方に教わったりすることもあ りました。

32 JAIST 20th

ドキュメント内 JAIST Repository: 創立20周年記念誌 (ページ 37-42)

関連したドキュメント