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そんな力を備えた人材の育成を」 “Get on the Map”

ドキュメント内 JAIST Repository: 創立20周年記念誌 (ページ 31-35)

人々が注目し、学生が集まる 大学であるために

 そもそも私がJAISTに関与することになりましたのは、初代学長 である慶伊先生とのご縁がきっかけでした。カリフォルニア大学を 辞して帰国し、東北大学の教授として勤め始めたのが昭和60年 のことですが、その数年後にJAIST創設の準備が始まり、平成元 年には創設準備室が設置されました。そんなある日、慶伊先生か ら「今度、アメリカスタイルの大学院をつくるから、来てくれないか」

という電話がありました。「アメリカから帰ってきて大変じゃない?

東北大でいじめられてない?」と言われるから、「いえ、ハッピー にやってますよ」とお答えしたら、電話の向こうで困っておられる ご様子で(笑)。それじゃあということで、平成2年の開学時から 東北大学との “併任教授” という形で着任し、以後、客員教授を 経て平成16年に学長に就任したという経緯なんです。

 学長に任命された際に、要望されたことの一つが国際化を推進 せよというものでした。従来JAISTでは外国からの留学生や教員 を積極的に受け入れてきていましたが、さらに国際交流を進める 施策として、平成17年より「デュアル大学院プログラム」をスター トさせたんです。これはベトナム国家大学とJAISTが共同実施する 教育プログラムであり、同大学ハノイ校において毎年ベトナムの 学生を十数名受け入れ、JAISTから恒常的に教員が出向いて講義 を実施。プログラムの後半では学生がJAISTに転入して、研究教 育指導を受け、JAISTの修士または博士の学位を取得できるとい う仕組みをつくりました。

 入学式はテレビ会議のように双方向遠隔システムで行われ、ベ

アメリカスタイルの大学院に 来てくれないか

国際化への新たな一歩を刻む

「デュアル大学院」をスタート

学問の目標は一人ひとり違う

ならば、JAISTの教育はどうあるべきか?

地元・能美市長とともに ロシア・シェレホフ市へ

世界で活躍できる人材を育てることから、 新しい時代への突破口を

平成16年4月〜平成20年3月 北陸先端科学技術大学院大学  学長 現職 独立行政法人物質・材料研究機構  理事長

26 JAIST 20th

将来エンジニアになろうとしている人のためのタイプE、アカデミッ クな世界に進もうとしている人のためのタイプSといったプログラ ムを設定しています。“何のために学ぶのか” をしっかり見据えた 教育システムといえるものです。平成20年度から実施された本プ ランは開学以来最大の教育改革となり、現在のJAISTの大きな特 徴となっていますね。

 また、改革という話で申し上げれば、学内の組織体制も見直し を行いました。昔から国立大学には「技官」というポジションがあり、

今は技術職員と呼ばれますが、従来、彼らの待遇は事務職と同様 のものでした。ところが、技術職員にはマスターやドクターを持っ ている人もおり、かなり専門化しているのです。そこで、教員、

事務職に加えて、技術職員が所属する3つめのセクションとして

「技術サービス部」をつくり、俸給についても従来のサラリーにプ ラスαを加えることとしました。

 学長に就任した際、JAISTは国立で大学院大学ということから、

産業界や地元の方々にとって敷居の高いところだと言われたんで す。そこで、そんなことはないということを伝えようと、外部との交 流を盛んに行うようにしてきました。とくに、地元、能美市の酒井 市長とはいろいろな活動を共にさせていただき、忘れられない思 い出がたくさんできました。平成19年に酒井市長と共に能美市の 姉妹都市であるシェレホフ市への訪問使節団に参加させていただ いたことがありました。能美市の前身である旧根上町の町長を務め られていたのが、森喜朗元総理大臣のお父様である森茂喜町長で あり、長く日ソ間の友好親善活動に尽力されたことはよく知られて います。そんな経緯からシェレホフ市には森町長の分骨されたお 墓が建てられているのですが、我々が訪れたシェレホフ市の博物 館に、そのお墓参りをしている写真が飾られている。よく見ると森 町長のお墓に、かのプーチン氏が花束を捧げている写真だったん ですよ。その後ろに神妙な顔で数珠を持って立ってらっしゃるのが、

森喜朗先生なんです。なんとも感慨深いものがありましたね。

 とにかく面白かった。私にとってJAISTでの経験は、そんな思 いとともにあります。創立20周年を迎え、JAISTがさらに存在意 義の高い教育機関として生き残り、発展していくためには、国際 化を含めて外の世界との交流をさらに進めることが重要であると思 います。優秀な人材を招き、また教員も学生も外部との交流を活 性化すること、日本という島の外で活躍する人を育てられる大学に なっていくことを望みます。

トナム側からは副大臣が祝辞を述べられるなど、画期的な試みと して非常に注目されるものとなりました。以降、プログラムは非常 に順調に推移し、現在ではアジアを中心とした各国の大学との交 流が広がっていると聞きます。国際的な科学技術の発展に貢献す る基盤を築くことができたのではないかと思っています。

 国際的な交流を進める一方で、学内でも様々な取り組みを進め ました。世界的な水準の研究者を招聘する「特別招聘教授」とい うポストを創設したことも私の任期中のことです。大学の教育研究 レベルを高めるためには、優秀な学生がより多く集まる大学でなく てはならない。そのために、非 常にビジビリティの高 い 方、

「JAISTにあの人が行ったのか」とまわりが驚くような方に来ていた だき、大学の知名度を上げる必要があると考えたのです。英語で よく言うところの “Get on the Map”(地図に載る)を目指したとい うことです。このポストに初めて来ていただいたのが、計算科学の 分野で世界的に著名な寺倉清之教授であり、このニュースは学外 にも大きなアピールとなりましたので、制度の目的を十分に達成し たと感じています。

 学生集めの問題が深刻化していたのは、JAIST開学の数年後よ り文部省(当時)が大学院重点化の名のもとに既存大学院の定員 を増やし始めたことに起因しています。大学院をもつ各大学では 優秀な学生を囲い込む動きが強まり、このあおりを受けてJAIST の志望者が減少するという事態が生まれていたのです。これに対 し、なんとか定員割れを防ぎたいという思いで、タスクフォースを 設定し大学全体での取り組みを開始しました。タスクフォースは「入 試」、「就職」、「広報」の3つを柱とし、主に学生の“入り口”と“出口”

を開拓するものでした。優秀な学生を集めるための施策を練り、

実行して結果を出す。そして修了生の進路を様々な形で支援する 等の活動を手がけ、これは現在のキャリア支援センターの取り組 みにつながるものとなりました。

 取り組みは “入口” と “出口” ばかりではなく、大学の中身、つ まり教育システムの改革にも及びました。JAISTでは開学より “次 代の科学技術創造の指導的役割を担う人材を組織的に育成する”

という理念のもと、学生本位の教育体制を築いてまいりましたが、

それをさらに強化するために策定したのが、「新教育プラン」です。

 このプランは、学生一人ひとりのキャリア目標を実現するために、

きめ細かいプログラムを用意していることが特徴であり、例えば、

インタビュー

JAIST history of 20 years

潮田 資勝

3

代学長

「日本の外で生き残る。

  そんな力を備えた人材の育成を」

“Get on the Map”

人々が注目し、学生が集まる 大学であるために

 そもそも私がJAISTに関与することになりましたのは、初代学長 である慶伊先生とのご縁がきっかけでした。カリフォルニア大学を 辞して帰国し、東北大学の教授として勤め始めたのが昭和60年 のことですが、その数年後にJAIST創設の準備が始まり、平成元 年には創設準備室が設置されました。そんなある日、慶伊先生か ら「今度、アメリカスタイルの大学院をつくるから、来てくれないか」

という電話がありました。「アメリカから帰ってきて大変じゃない?

東北大でいじめられてない?」と言われるから、「いえ、ハッピー にやってますよ」とお答えしたら、電話の向こうで困っておられる ご様子で(笑)。それじゃあということで、平成2年の開学時から 東北大学との “併任教授” という形で着任し、以後、客員教授を 経て平成16年に学長に就任したという経緯なんです。

 学長に任命された際に、要望されたことの一つが国際化を推進 せよというものでした。従来JAISTでは外国からの留学生や教員 を積極的に受け入れてきていましたが、さらに国際交流を進める 施策として、平成17年より「デュアル大学院プログラム」をスター トさせたんです。これはベトナム国家大学とJAISTが共同実施する 教育プログラムであり、同大学ハノイ校において毎年ベトナムの 学生を十数名受け入れ、JAISTから恒常的に教員が出向いて講義 を実施。プログラムの後半では学生がJAISTに転入して、研究教 育指導を受け、JAISTの修士または博士の学位を取得できるとい う仕組みをつくりました。

 入学式はテレビ会議のように双方向遠隔システムで行われ、ベ

アメリカスタイルの大学院に 来てくれないか

国際化への新たな一歩を刻む

「デュアル大学院」をスタート

学問の目標は一人ひとり違う

ならば、JAISTの教育はどうあるべきか?

地元・能美市長とともに ロシア・シェレホフ市へ

世界で活躍できる人材を育てることから、

新しい時代への突破口を

平成16年4月〜平成20年3月 北陸先端科学技術大学院大学  学長 現職 独立行政法人物質・材料研究機構  理事長

ドキュメント内 JAIST Repository: 創立20周年記念誌 (ページ 31-35)

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