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副題:ソニー株式会社の株価変化と資本構成変化・ケーススタディ

A Case Study:Impact of selected events of Sony Corporation on changes in capital structure and stock prices

第1節 はじめに

本章の目的は,企業の資本構成の変化や株価への影響についてイベントスタディの手 法を用いて事例研究を行う.具体的には,ある企業のイベント(経営戦略上のイベント もあれば,決算発表・財務上のイベントもある)が発生した際の前後で,当該イベント ごとに資本構成にどのような変化が生じるのか.また,発生以前の資本構成の状態へ収 束するかしないか,収束する場合は収束までの期間の長さについて株価への影響を調査 し,財務情報の情報効果を検証することである.

本章では,ソニー株式会社(以下,ソニーと略す)を例示し,イベントの抽出,その 前後での資本構成の変化,および収束状況を分析する.また,株価への影響を調査し,

抽出したイベントより生じる,投資に対するリスクにマーケットがどのように反応して いるかを明らかにする.

本章の構成は,次の通りである

第2節では,資本構成の伝統的理論であるMM理論,および資本調達の伝統的理論と してペッキングオーダー理論について先行研究レビューを行い,また,本研究において 引用したWelch(2004),川島,武田(2012),および山崎,井上(2006)のレビューを行う.

第3節では,それらの理論に基づいた仮説を設定し,使用するデータソースと各変数 の定義,および分析手法について明らかにする.

第4節,第5節では,分析の結果について,検証及び考察を行う.

第6節では,本研究の結論を述べる.

第2節 先行研究

企業の資本構成に関する理論は,Modigliani and Miller (1958) のMM理論を源流とし て,様々な研究がなされてきた.多くの研究は,株式を公開している非金融企業の負債 比率についての実証研究である.資本構成に関しての条件付理論は数多く存在するが,

唯一の理論は存在しない.本章では,資本構成の伝統的理論である MM 理論と資本調 達の伝統的理論であるペッキングオーダー理論をレビューする.

企業の資本構成に関する最も基本的な理論となるのは,Modigliani and Miller (1958) のMM 理論である.MM理論では,「完全市場では企業価値は資本構成とは無関係に 一定である」ことが示された.ここでの完全市場とは,税金,デフォルトリスクがない,

69 投資家は企業経営者と同じ情報を有している市場である.しかしながら,現実の市場や 企業の経営戦略においては,上記の前提が成り立つことはない.これらは企業価値を減 少させるコスト要因であり,各企業の資本構成によって,その影響は変化するため,最 終的に企業価値は資本構成の影響を受けてしまう.

さらに,負債利用度を高めることによる節税効果の機会損失コスト及び倒産コストの 関係から最適資本構成が決定されるトレードオフモデルが提唱されている.企業が負債 調達した場合,債権者への支払利息は課税所得から控除されるが,株主への配当は税引 き後利益より支払われるため,控除対象とならない.その結果,負債比率を高めること で,支払利息の課税所得控除分だけ,企業価値が高まることになる.このことを Modigliani and Miller (1963)は,節税効果と呼んだ.しかし,負債比率が高くなるほど,

節税効果は大きくなり,企業価値は増加するが,それと同時に企業は様々な財務上の困 難に直面することになる.倒産可能性の増大による様々な倒産コストは大きく二つ考え られる.第一には,倒産や会社更生による法的コストや事務経費,操業停止コストや資 産の叩き売りによるコストであり,倒産コストにおける直接コストである.第二は,倒 産コストにおける間接コストであり,例えば,債権者は倒産の可能性が高い企業のリス ク事業への投資を抑制し,その企業の投資機会を奪ってしまう.企業は仮に倒産の可能 性が少しでもあると,そのリスク分だけ競争市場での評価は下がってしまうため,倒産 コストは,直接倒産した場合のコストだけでなく,倒産の可能性がある場合の間接コス トも十分に考慮しなければならない.

次にエージェンシーコストが企業価値に影響を与えるというエージェンシー理論が ある.エージェンシーコストとは,プリンシパル(依頼人)とエージェント(代理人)

の利害不一致により生じるコストである.(Jensen and Meckiling, 1976)

通常,エージェントはプリンシパルの利益を第一に行動すべきであるが,実際はその ような行動を常にとるとは限らない.そのため,プリンシパルがエージェントの行動を 監視し,抑制しなければならない.この際にかかる費用がエージェンシーコストである.

エージェンシー理論に基づく最適資本構成は,あくまで企業にとって,現時点の資産,

税金,投資家を考慮した場合の,現時点における静的な最適資本構成である.

企業は,より現実的に,恒久的な最適資本構成を考えなければならない.つまり,将 来の新規資金調達フローによって生じるコストも考慮する必要がある.これを理論化し たものが,ペッキングオーダー理論である.Myers and Majluf (1984) とMyers (1984) によって示されたペッキングオーダー理論では,新規資金調達により発生するコスト,

すなわちファイナンシングコストを考慮している.ファイナンシングコストとは,既存 投資家と新規投資家との間の企業に対する情報の非対称性から派生するコストである.

ペッキングオーダー理論とは,企業は外部資金調達よりも内部資金調達を好む,つま り企業は内部留保,社債発行・借入,増資の順で資金調達を行うという理論である.

情報の非対称性を除いて,完全資本市場,既存株主の利益を目的として行動する経営 者を前提としている.投資家は経営者に比べて,企業の現有資産と成長機会の情報を正 しく評価できない.このように,ペッキングオーダー理論に従えば,企業は内部資金で 投資コストをまかなえない場合,負債調達を行う.負債調達が不可能もしくは負債調達 により財務破綻のリスクが高まる場合にのみ,企業は株式調達を行う.したがって,ペ

70 ッキングオーダー理論を考慮すると,将来発生するファイナンシングコストを低減させ るため,企業はコストが最も低い内部留保を厚くし,自己資本が増加する.その結果,

トレードオフモデル,エージェンシー理論を考慮した最適資本構成よりも,現在の負債 比率は低い値になる.

ペッキングオーダー理論は,様々な研究者によって,その適用可能性も検証されてい る.Fama and French (2002)は,1965年から1999年の大規模なデータを用いて,ペッ キングオーダー理論を検証した.その結果,ペッキングオーダー理論では,小規模な成 長企業が株式調達を頻繁に行う理由を説明するのが難しいと示した.

以上の先行研究において,企業の最適資本構成には,節税効果,倒産コスト,エージ ェンシーコスト,ファイナンシングコストが影響を及ぼすことが明らかであり,これを 俯瞰した.

Welch(2004)では,米国企業の財務情報,株価情報をもとにして,株式の時価を用 いた時価総額により調整された資本構成は,マーケットベースでの資本構成を予測する 最適な変数であることを示している.本章では,この点に着目し,企業のイベントに対 する資本構成の変化について Welch(2004)の推定式をもとに日本企業での財務情報,

株価情報を用いて分析を行い考察する.また,Welch(2004)では,株式の時価を用いた 時価総額を用いて分析していることと,イベント日の特定についてはイベントスタディ の手法を参考とする.そのため,本章では,イベントが発生したことによるWelch(2004) の推定式による分析とイベントスタディの手法による正常収益率,異常収益率の測定に よりイベントが発生したことによる株価への影響の2通りの分析を行う.

株価収益率についての企業のイベントに対する株価への影響については,多くの先行 研究が存在するが,本章では,川島,武田(2012),山崎,井上(2006)による株価収益率 のイベントスタディを参考とした.川島,武田(2012)による株価収益率についてのイベ ントスタディでは,東日本大震災による福島原子力発電所事故をイベントとして特定し,

東京電力,東北電力を含めた電力業界の株価への影響について分析を行っており,イベ ントが与えた株価への影響について分析されている.また,山崎,井上(2006)による特 許法35条と職務発明制度についての理論と実証においては,特許法35条に関連して発 明に対する対価の判例を事案として,オリンパス社の元社員がオリンパス社に対して提 訴に関する判決の日付をイベントとして抽出したものと,青色発光ダイオードの発明者 であるカリフォルニア大学サンタバーバラ校の中村修二教授が,かつて所属していた日 亜化学工業に対して起こした裁判の判決の日付をイベントとして抽出し,その判決が株 価に与える影響について分析している.

第3節 イベントの抽出と実証研究の方法

実証研究では,次節で述べる5つのイベントを抽出し,イベントが発生したことによ

る Welch(2004)の資本構成変化推定式による分析とイベントスタディの手法による正常

収益率,異常収益率の測定によりイベントが発生したことによる株価への影響の2通り の分析を行う.