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- 陽イオン交換樹脂のグラスアイオノマーセメントへの応用 -

Ⅱ- 1 . 序論

グラスアイオノマーセメント (以下GICsとする) は、約35年近く歯科臨床で 使用されてきた。1971 年に英国の Wilson と Kent によって開発されたこのセメ ントは、シリケートセメントと同様のフッ化物を含むアルミノケイ酸塩ガラス 粉末をポリアクリル酸水溶液と練和し損傷を受けた象牙質に対して接着性、抗 う蝕作用、適合性を兼ね備えている (Wilson A and McLean JW. 1988)。いくつか の研究報告ではGICsは寒天テストにおいて細菌の成長を抑制したと報告されて いる (McComb D and Ericson D. 1987; Palenik CJ et al. 1992)。また別の研究では抗 菌 物 質 ク ロ ロ ヘ キ シ ジ ン 添 加 型 GICs と し て 報 告 さ れ て い る も の も あ る (Türkün LS et al. 2008)。しかしながらこれらは高い抗菌性を発揮する一方で添加 した抗菌物質によるアレルギーや副作用等が懸念される。従って本研究では口 腔内の唾液中に絶えず存在するリゾチームを結合させる陽イオン交換樹脂を使 用することで局所的にリゾチームを集中させ高い抗菌効果と生体安全性に優れ た歯科用セメントを開発することとする。第 2 章においては、陽イオン交換樹 脂をGICsに添加しそのリゾチームの結合試験、抗菌試験、強度試験、細胞毒性 試験を行った。

Ⅱ- 2 . 目的

第1章を踏まえて、第2章においてTp を歯科用GICsに応用した場合のリゾ チームの結合量、抗菌性、強度、毒性を評価することである。

Ⅱ- 3 . 実験方法と材料

Ⅱ- 3-1. 歯科用セメント

水硬性のグラスアイオノマーセメントである Ketac Cem (ESPE, Seefeld, Germany) を使用した。

Ⅱ- 3-2.   試料作製

凍結乾燥したTp をGICsに添加した。そして試料をテフロンモールド使用に

てISO 7489 に基づき直径3 mm×高さ6 mmの円柱に成型した。GICsにおいて、

Tp を含まないコントロール試料は指定の混和比にて作製した。 

(第1章  実験方法と材料 参照)

Ⅱ- 4. 評価項目

Ⅱ- 4-1. リゾチーム結合試験

GICsに凍結乾燥したTp を1wt%、3wt%で加え硬化させた。硬化した試料を800

µg/mlのリゾチーム溶液1 ml中に入れ、恒温槽 (25℃) にて24時間浸漬しTp に

リゾチームを結合させ、リゾチーム溶液の吸光度測定 (OD280) を行った。リゾ チーム溶液の吸光度の減少からリゾチーム結合量を算定した。Tp を含有せず、

指定の粉液比で練和した試料をコントロールとした。

Ⅱ- 4-2. 抗菌試験

前記のリゾチームを結合させたGICs (以下、リゾチーム結合GICs) をBHI液体

培地にて12 時間前培養したS. mutans菌液 1 ml中に浸漬し、37℃、24時間・48 時間インキュベート [5% CO2(v/v)] した。インキュベート後に菌液の濁度測

定 (OD600) と生菌コロニー数をカウント (CFU, colony forming unit)した。PBS 1 ml中に浸漬しリゾチームを結合させていないGICsをコントロールとした。

Ⅱ- 4-3. 強度試験

ISO 規格に基づき 1wt%及び 3wt% Tp を含有したセメント試料を硬化させた 後、蒸留水中に24時間浸漬し、引張圧縮試験機 (SV-301, Shimazu, Kyoto, Japan) にてクロスヘッドスピード1 mm/minで圧縮破壊試験と引張り強度試験を行った。

Tp を含有していない試料 (指定の粉液比で練和した試料) をコントロールとし た。

Ⅱ- 4-4. 細胞毒性試験

細胞毒性試験はThe methylterazolium test (以下、MTT test とする) に従って行

った (Yang Y et al. 2002)。 GICsに凍結乾燥したTpを0wt%、1wt%、3wt%で加え 硬化させた。これらを70%エタノールとPBSで洗った。試料を24穴プレートに 2 mlのDulbecco’s Modified Eagle Media (DMEM) を入れ、37℃、3日間インキュ

ベート [5% CO2(v/v)] した溶出液を調製し、MTT test に用いる培養液とし た。表面のボリューム率を0.541cm2/mlとしISO規格 (0.5~6.0 cm2/ml) (Wataha JC et al. 1999) に従った。Balb/c 3T3 mouse fibroblast cell (1×104個) を96穴プレート にて10% fetal bovine serum (FBS) と100 U/ml penicillinを含む100 µl のDMEMで 37℃、24時間インキュベート [5% CO2(v/v)] してMTT testに用いた。各well から培養液を吸引し、前述の各溶出液を 0%, 40%, 80% 含む培養液 Eluate 0%

(DMEM 100 µlのみ)、Eluate 40% (DMEM 60 µlに溶出液40 µlを加えたもの)、Eluate

80% (DMEM 20 µlに溶出液 80 µlを加えたもの) を調製し 3,7 日間培養による

MTT testを行った。培養後それぞれのwellにCell Counting Kit-8溶液を10 µlずつ 添加しCO2インキュベータ内で 1〜4 時間呈色反応を行った。呈色反応後wellそ れ ぞ れ の 上 清 を 96 穴 プ レ ー ト に 移 し 替 え 、 オ ー ト プ レ ー ト リ ー ダ ー (ImmunoMini, Inter Med, Japan) を用い吸光度測定 (OD450) を行った。

Ⅱ- 4-5. 統計

全てのデータは ANOVA とシェッフェ多重比較検定法を用い解析し、p<0.05 を有意差とした。

Ⅱ- 5. 結果

Ⅱ- 5-1 . リゾチーム結合試験

Fig.9-(a) はTp 含有GICs 試料をリゾチーム溶液に浸漬し、インキュベートし

た後のリゾチーム溶液の吸光度を示す。吸光度測定において、OD280がそれぞれ

controlは1.72 ± 0.01、1wt%は1.69 ± 0.01、3wt%は1.65 ± 0.02 を示しTp 含有GICs 試料はcontrolとの間に有意差を認めた (p<0.05)。Fig.9-(b) はTp 含有GICs 試料

のリゾチーム結合量を示す。結合量が3wt% は39.6 ± 7.6 µg、1wt%は26.1 ± 2.7 µg、

controlは15.3 ± 3.6 µg を示し、control、1wt%、3wt%それぞれの間において有意 差を認めた (p< 0.05)。このことによりGICsへのTpの含有率が高いほどより多く のリゾチームがGICsに結合することがわかった。

Ⅱ- 5-2. 抗菌試験

Fig.10-(a),(b) はリゾチーム溶液に浸漬したGICs試料と浸漬していないGICs試

料の抗菌活性をOD600で測定した結果を示す。24 時間インキュベート条件の(a)

について、OD600は1wt% in PBSが0.783 ± 0.0160、 1wt% in Lyzが0.717 ± 0.0047、

3wt% in PBSが0.773 ± 0.0103、3wt% in Lyzが0.694 ± 0.0130 を示した。また48 時間インキュベート条件の(b)について、OD600は1wt% in PBSが0.669 ± 0.0066、

1wt% in Lyz が0.651 ± 0.0055、3wt% in PBSが0.670 ± 0.0048、3wt% in Lyz が0.642

± 0.0074を示し、いずれも1wt% in PBSと1wt% in Lyz 間、および3wt% in PBS

と3wt% in Lyz 間、1wt% in Lyzと3wt% in Lyz 間に有意差を認めた (p< 0.05)。

次にFig.10-(c),(d) はリゾチーム溶液に浸漬したGICs試料と浸漬していない

GICs試料の抗菌活性をCFUにて調べた結果である。24 時間インキュベート条件

の(c)について CFUは 1wt% in PBSが4.15×108 ± 8.5×107 CFU/ml、 1wt% in Lyz が2.94×108 ± 5.4×107 CFU/ml、3wt% in PBS が4.10×108 ± 5.5×107 CFU/ml、3wt% in Lyz が2.11×108 ± 4.1×107 CFU/mlを示した。また48時間インキュベート条件の(d) について CFUは 1wt% in PBSが 1.57×108 ± 1.5×107 CFU/ml、1wt% in Lyz が 1.17×10 8 ± 1.7×107 CFU/ml、3wt% in PBSが1.49×108 ± 1.1×107 CFU/ml、3wt% in Lyz が0.94×108 ± 1.7×107 CFU/mlを示し、いずれも1wt% in PBSと1wt% in Lyz 間、

および3wt% in PBSと3wt% in Lyz 間、1wt% in Lyzと3wt% in Lyz 間に有意差を 認めた (p< 0.05)。以上よりGICsへのTpの含有率が高いほどリゾチームの結合量

が多くS. mutansに対する抗菌性が高まることが確認できた。一方、PBSに浸漬し ただけのGICsはTpの含有率に関係なくS. mutansに対して抗菌性を示さなかった。

Ⅱ- 5-3. 強度試験

Fig.11は強度試験の結果を示す。圧縮破壊強度試験において3wt%の強度はコ

ントロールよりも著しく低かった。しかし3wt%含有GICsはISOスタンダード を満たすものであった。引張り強度試験においても3wt%の強度はコントロール よりも著しく低かった。

Ⅱ- 5-4. 細胞毒性試験

Fig.12は3日間および7日間における細胞毒性試験の結果を示す。controlと比

較して0wt%、1wt%、3wt%のEluate 40%、Eluate 80%どちらにおいても細胞毒性 を示さなかった。

また細胞組織像についても Eluate 0% と比べてどのセメント試料においても 大きな変化は見られなかった (Fig. 13, Fig. 14)。

Ⅱ- 6. 考察

近年、歯科材料に抗菌材料を加えることによって口腔内の疾病を防ぐ試みが なされてきた (Abe Y et al. 2004; Imazato S et al. 2001)。

リゾチームの結合試験において、1wt%、3wt%は control と比較してリゾチー ムの結合量は約2倍、3倍であった (Fig. 9)。一方、controlはTp を含有してい ないのに関わらず、約15 µgの結合量を認めた。これはセメント表面分子とリゾ チームが分子間力による一時的な静電相互作用により結合をしたためと考えら

れる。そのためその結合力もイオン結合によるものに比べて 1/10〜1/1000 の強 度しかないと考えられる。

抗菌試験においては、24時間、48時間のS. mutansに対しての抗菌効果を評価 した。濁度法、コロニーカウント法のどちらにおいてもS. mutansに対しての抗 菌効果を認めることができた。そして、リゾチームの結合量が多いほどつまり 抗菌性物質量が多いほど効果的に影響することがわかった。このことは過去の クロルヘキシジンを用いた報告 (Takahashi Y et al. 2006) やその他の抗菌物質

(Ikeda S et al. 2000; Yli-Urpo H et al. 2003) を歯科材料に応用した報告と比較して も同様なことが言える。

強度試験について、圧縮破壊試験と引張り強度試験どちらにおいても、3wt%

はcontrolと比較して強度が低かった (Fig. 11)。しかしながら圧縮破壊試験にお

いて3wt%の強度はISO 7489の基準をクリアするものでありGICsの基準からす ると問題ないものと考えられ、臨床的に補綴物の支持や歯の修復に十分耐える ことができると考えられる。

細胞毒性試験において、MTT assay法を用いてin vitroでTp 含有GICsの毒性 を評価した。control と比較して 1wt%、3wt%どちらにおいても培養期間、溶出 液の希釈濃度に関わらず高い細胞の生存率を示した (Fig. 12)。このことは、過 去の報告 (Nicholson JW et al. 1991; Hume WR and Mount GJ. 1998) と比較しても 相違なく問題ないと考えられる。しかしながら、この実験においてはあくまで マウスの繊維芽細胞を用いたものであるため、より臨床的な応用のことを考え

ると将来的にはヒトの歯髄細胞を用いて動物によるin vivoの研究をしていく必 要があると考えている。

このように、GICsに陽イオン交換樹脂を応用し唾液に含まれるリゾチームを 陽イオン交換樹脂に結合させ局所的に抗菌性蛋白質リゾチームの濃度を上げる ことは、臨床的に歯のう蝕予防や治療に有益であると考えている。またリゾチ ー ム は 、 別 の 報 告 に よ る と Candida albicans (C. albicans)Actinobacillus actinomycetemcomitans (A. actinomycetemcomitans), Porphyromonas gingivalis (P.

gingivalis)、Prevotella intermedia (P. intermedia) に対しても抗菌効果を示したとあ る (Ito H-O et al. 1997; Kamaya T. 1970; Marquis G et al. 1982)。C. albicans は義歯

性 口 内 炎 を 引 き 起 こ し (Arendorf TM and Walker DM. 1987) 、 A.

actinomycetemcomitansP. gingivalisP. intermedia は 歯 周 病 を 引 き 起 こ す

(Socransky SS and Haffajee AD. 1983)。それ故に、さらなる研究としてGICs同様 に他の歯科材料に陽イオン交換樹脂を応用することによりこれらの細菌に対し て抗菌効果を持つような材料開発を行っていくべきだと考えている。

(a)

(b)

   

Figure 9.

Tp含有GICsのリゾチーム結合試験

(a) リゾチームの吸光度 (OD280), (b) Tp含有GICsのリゾチーム結合量 試料間の有意差を*で示す (p<0.05)

(a) 24hr

(b) 48hr

(c) 24hr

(d) 48hr

Figure 10.

Tp含有GICsのS. mutansに対する抗菌試験

(a) 24時間後の濁度測定, (b) 48時間後の濁度測定, (c) 24時間後の培養法, (d) 48 時間後の培養法 

試料間の有意差を*で示す (p<0.05)

(a)

(b)

 

Figure 11.

Tp含有GICsの強度試験 (a) 圧縮強度, (b) 引張り強度

試料間の有意差を*で示す (p<0.05)

(a)

    (b)

 

Figure 12.

細胞毒性試験

(a) 3日間培養, (b) 7日間培養

(a) (b)

(c) (d)

(e) (f)

(g)

Figure 13.

Tp含有GICs溶出液にて培養した線維芽細胞の細胞像 (3日間培養)

(a) Eluate 0%, (b) Eluate 40% (Tp 0wt%), (c) Eluate 40% (Tp 1wt%), (d) Eluate 40%

(Tp 3wt%), (e) Eluate 80% (Tp 0wt%), (f) Eluate 80% (Tp 1wt%), (g) Eluate 80%(Tp 3wt%)

(a) (b)

(c) (d)

(e) (f)

(g)

 

Figure 14.

Tp含有GICs溶出液にて培養した線維芽細胞の細胞像 (7日間培養)

(a) Eluate 0%, (b) Eluate 40% (Tp 0wt%), (c) Eluate 40% (Tp 1wt%), (d) Eluate 40%

(Tp 3wt%), (e) Eluate 80% (Tp 0wt%), (f) Eluate 80% (Tp 1wt%), (g) Eluate 80%(Tp 3wt%)