本研究で求めようとしている回遊図が個体群としてのものであろうとも、移動経路や移動の緩急と いった動態を個体レベルで把握することも、回遊を明らかにする上で不可欠である。また、鉛直分布、
環境水温、摂餌といった行動生態の知見も、回遊の意義を明らかにするのに重要である。
しかし、個体レベルの詳細な移動経路や移動動態を知ることはこれまで困難であった。標識放流で は、放流と再捕の 2 点の情報しか得られない。超音波発信機を付けた魚を追跡するピンガー追跡は、
マグロ属魚類では大西洋のクロマグロ(Carey and Lawson 1973、Carey and Olson 1982、Lutcavage et al. 2000、Brill et al. 2002)、ミナミマグロ(Davis and Stanley 2002)、キハダ(Carey and Olson 1982、Holland et al. 1990b、Cayré 1991、米盛 1982、Block et al. 1997)、メバチ(Holland et al.
1990b)、ビンナガ(Laurs et al. 1977)に用いられ、クロマグロでも用いられているが(久田ら 1984、 Marcinek et al. 2001)、追跡期間が数日以内であることが多く、また、船で常時追跡していることが 行動に影響を及ぼしている可能性もあり、自然な状態における長期間の遊泳行動データを得ることは できない。
これらの問題を解決するものとして、装着した動物の行動、環境水温、生理的状態を、直接に同時 に測定してメモリーに記憶しておく電子機器であるアーカイバルタグが開発された。あるタイプのア ーカイバルタグは単にデータを保存するだけであるが、測定した環境データから地球上での位置を推 定する機能を持つタイプのアーカイバルタグが、1980年代から魚類の個体の行動調査機器として切望 されてきた(Hunter et al. 1986、Anon. 1994)。Metcalfe and Arnold (1997)は、アーカイバルタグで 測定した魚の深度変化と時刻との関係から、潮流によってある地点の水深が変化することを利用して、
底魚であるカレイ類の移動経路を推定した。しかし、この方法は遊泳深度を自由に変える浮魚類には 適していない。浮魚類に適した方法として、1日の照度変化から緯経度を推定するアーカイバルタグが、
1990年代初期に開発され、広く用いられている(Gunn 1994、Kitagawa et al. 2000、2001、2002、 2003、Arnold and Dewar 2001、Block et al. 2001、Inagake et al. 2001、Schaefer and Fuller 2002)。
本論文ではこのタイプについてのみ言及する。
アーカイバルタグの位置推定精度は、いくつかの実験結果から、緯経度1度程度とされている(Gunn et al. 1994、Welch and Eveson 1999、Musyl et al. 2001)。しかし、アーカイバルタグで得られるデ ータそのものの精度に関する検討はまだ不十分と考えられる。特に、位置推定精度等の試験は、これ まで固定されたブイや飼育魚への装着に限られており、検討数も少ない点で注意を要する。また、魚 への装着の影響もさらに検討が必要であろう。
本研究では、まずアーカイバルタグが収集した位置、温度、深度データを検討し、また魚へのアー カイバルタグの装着の影響を検討することで、クロマグロ若齢魚の回遊、行動をアーカイバルタグを 用いて調べることの妥当性、問題点を明らかにする。次いで、遊泳深度、環境水温、腹腔内温度の128 秒ごとの時系列データから、クロマグロ若齢魚の鉛直分布、好適水温、摂餌を検討する。そして、緯 経度、水温の 1 日ごとの時系列データから、クロマグロ若齢魚の水平分布、移動の動態を明らかにす る。
4-2.アーカイバルタグの性能試験 4-2-1.材料と方法
本研究で用いたアーカイバルタグの概要
本研究で用いたアーカイバルタグは、米国のNorthwest Marine Technology社製である。ステンレ スカバーに覆われた直径16mm、長さ100mm、重量52gの本体に、直径2.2mm、長さ150mmの柔 軟なケーブルが付いている。本体は動物の体内に挿入し、ケーブルが外部に出るようにして用いる。
ケーブル末端には温度センサー(外部温度センサー)と光を感知する部分があり、光はケーブル末端 から光ケーブルを通って本体へ導かれ、光ダイオードによって照度が測定される。本体内には照度セ ンサーのほかに、圧力センサーと温度センサー(内部温度センサー)が備えられている。温度センサ ーは反応速度が外部で3秒、内部で20秒、分解能が0.2℃であり、圧力センサーは分解能が深度126m
までは1m、深度510mまでは3mである。時計の時刻のドリフトは1年で30秒以内である。128秒
ごとに測定したデータは 256K バイトのメモリーに蓄えられ、光ファイバーコネクターを通じてパー ソナルコンピュータにダウンロードされる。バッテリーが尽きるまで7年以上にわたって機能する。
メモリーには2タイプのデータファイルが作られる。一つのタイプは1日1レコードのデータで、
日付、日出と日没の推定時刻、深度0mと他の2水深(60mと120mを選択した)の水温、位置推定 のための補足的な情報を含む。前回のメモリークリア以後の全ての日のデータを記録する。このファ イルを以後、サマリーファイルと称す。日出と日没時刻(世界標準時基準)は、照度変化の最大の時 点から推定する。照度は、深度と水の透明度から海面における値に補正する。経度は、ある 1 日の日 出と日没の中間時刻と12:00との差に15°/時の割合を掛けて求める。緯度は昼間の長さから求める
(Hill 1994)。
他のタイプのファイルは、128 秒ごとに測定した外部温度、内部温度、圧力、照度の時系列データ である。128秒の整数倍の間隔での記録も可能だが、128秒を選択した。メモリーには約54,000レコ ード(約80日間)を蓄えることができる。このファイル(以後、詳細ファイルと称す)はユーザーに よって任意の 2 期間に分割でき、前半では蓄えたデータが変化しないが、後半では最も古いレコード を最新のデータで上書きする。すなわち前半は放流後のデータを含み、後半は再捕前のデータを含む。
本研究では前後半の記録期間を、1995、1996 年の放流では 40日:40 日に、1997 年の放流では 20 日:60日に割り当てた。
陸上におけるアーカイバルタグの試験
アーカイバルタグの位置推定精度を調べるため、合計117本のタグを屋外(34°59’N・138°59’E)の 人工的な照明の影響がない場所に放置した。1996年7-9月に5本を55日間、1997年5-8月に14本 を86日間、1997年10月に100本を5日間試験した。2本のタグは2つの試験で使用した。
また、外部温度と内部温度センサーを、装着前のタグ全てならびに再捕後のタグ9本に対して、5℃
から 30℃までの5℃区切りの水に順次漬けて試験した。圧力センサーを、放流前のタグ全てと再捕後
のタグ27本に対して、分解能0.1気圧の圧力計の付いた圧力チャンバーに入れて20気圧まで次第に
加圧し、次いで次第に減圧して試験した。各条件で少なくとも 2 レコードを記録するよう、タグを同 一水温、圧力に5分間以上さらした。
飼育魚によるアーカイバルタグの試験
アーカイバルタグの装着方法や魚に装着した状態での位置推定精度を調べるため、1994 年11 月に 鹿児島県笠沙(31°25’N・130°11’E)において、生簀(40×25m、深さ12m)で飼育されていたクロマ グロ3個体(93-97cmFL)にタグを装着し、同じ生簀で飼育を継続した。魚は2年以上飼育されてお り、その環境に慣れていた。
2個体には、以下の方法でタグを腹腔内に装着した。手釣りで船上に上げた魚を、黒色ポリエチレン 袋を敷いた発泡スチロール製の箱に入れ、魚をおとなしくさせるためにそのポリエチレン袋の端で目 を覆った。メスで魚の腹部を肛門の約4cm前から前方へ切り、抗生物質(人工ペニシリン、田辺製薬 製)を腹腔内に注入し、タグ本体を腹腔内に挿入した。切り口の中央を溶解性の糸(Coated Vicryl、
type J583G、Ethicon Inc.)で一ヶ所縫った後に、魚を元の生簀に放流した。タグを含めた全ての道 具は、予め100%エタノールで消毒した。腹部を切り始めてから放流までの処理は90秒以内に完了し た。目を覆うと魚が充分におとなしくなったことと、装着が短時間で完了したことから、麻酔は使用 しなかった。
残る 1 個体には、発泡スチロール製の箱に入れた後に、タグを外部装着した。ワイヤーの片方の端 にタグをつなぎ、他方の端に金属製の銛先をつなぎ、この銛先を第2背鰭付近の筋肉に刺した。
その後の飼育において、タグの装着によって死亡した個体はなかった。外部装着したタグは、魚か ら脱落して生簀の網底に引っかかっていたのが装着4日後に回収された。腹腔内装着した1個体から は、市場への出荷のために取り上げられた装着453日後に回収された。残る1個体は生簀の破損時に 逃げ、タグを回収できなかった。
野生魚へのアーカイバルタグの装着と再捕
1995-1997年の 11-12月に、東シナ海北東部の対馬近海で、クロマグロ漁業に従事している商業曳
縄船をチャーターし、合計166個体(43-77cmFLの0-1歳魚)に前述の方法でアーカイバルタグを腹 腔内装着し、放流した。市場等における発見の確率を高めるため、1997年からは1個体に2本の通常 標識を第2背鰭基部に装着した。
30本のタグ(18.1%)が回収された。放流期間は13個体が50日未満、13個体が96-211日、3個
体が359-375日で、これらは全て日本近海で再捕された。1個体は、放流から610日後に、東部太平
洋のメキシコ西岸沖で漁獲された。1個(放流期間30日)を除いて全てのタグからデータをダウンロ ードすることができた。
4-2-2.結果
位置推定精度
飼育魚から 453 日後に回収したアーカイバルタグの推定位置を、既知の位置と比較した。図 4-1