1.本章の課題
本章ではアメリカ系多国籍企業5社を取り上げて検討する。具体的には、マレーシアの Campbell Soup、シンガポールの Hewlett-Packard、IBM、タイの P&G、さらに香港の
Bestfoods Asiaを順次、取り上げて検討する。業種はすべて製造業である。視点と課題は前
章と同様であるが、最後に、ヨーロッパ系多国籍企業とアメリカ系多国籍企業とを「多国 籍内部労働市場」という観点から比較する。
2.Campbell Soup (Malaysia)
(1)企業の概要と歴史
①親会社の概要
Campbell Soup Companyはその社名に示されるとおり、スープを事業の主体とするアメ
リカの多国籍企業である。100年以上の歴史を誇る老舗である。経営理念では、消費者 に提供する同社の製品・サービスの質の高さを最初に謳い、続いて、同社の顧客である卸 売・小売業者、従業員、同社へのサプライヤー、地域社会、それに株主への責任などを謳 っている(注1)。
1997年度の売上高は約80億ドルとなっており、ここ4~5年、前年度比7~8%
の成長を続けている。主たる事業は、3種類の食品関連ビジネスから成る。第1が、スー プおよびソース事業で、97年度の売上高が42億ドルに達している。第2の事業が、ビ スケットおよび菓子類で同売上高は15億ドルである。第3が、フード・サービス事業で 同売上高は0.5億ドルにとどまる。残る約20億ドルはその他の各種事業から成ってい る。97年9月には、上記3事業に経営資源をさらに集中的に投入するために、3事業に 含まれない7つの事業の切り離し(スピン・オフ)を行った。
97年度の全世界の従業員数は約37,000人で、これは前年度の約41,000人 より1割減となっている。
②Campbell Soup(M)の歴史と概要
1995年以前のCampbell Soup社のマレーシア市場との関わりは、駐在員事務所を構 えてデンマーク資本の現地販売代理店を通じて自社製品を販売していたにとどまる。同社 のマレーシアでのプレゼンスが高まるのは、1995年、地元で各種ソースを製造してい たメーカーCC社を買収したことに始まる。この買収により、Campbell Soup社100%出 資の販売会社Campbell Soup Southeast Asia社(Campbell SS社)と、製造機能を持つ合 弁会社Campbell CC社が誕生した。Campbell CC社の出資構成は、Campbell Soup社7 0%、地元CC社30%である。なお、CC社は元々同族企業であった。
このように、Campbell Soup社はマレーシアに販売・マーケティングのCampbell SS社
と製造のCampbell CC社の2社を保有することになるが、これは法的にみた場合の側面で
あり、実体的には両者は同じ社屋にあり、役員も全く同じとなっていることから単一の会 社と見なすことができる。このため、以下では両者を区別せず、まとめてCampbell Soup
(M)と呼ぶことにする。
97年度の売上高は6,200万マレーシア・リンギ(1マレーシア・リンギ約30円 換算で約19億円)である。従業員数は約250人で、うち管理職は12人である。国外 からの派遣者は2人で、2人とも米国人である。後に詳しくみるように、派遣者2人のう ちの1人は財務の役員であるが、いま1人は製造部門のマネジャーである。
(2)親会社・子会社関係
①Campbell Soup(M)の多国籍企業組織への変革
既述のようにCampbell Soup(M)は地元のCC社を95年に買収することにより成立 したが、その直後は社長として本社からアメリカ人を派遣していた。ところが、この社長 が昇進して香港の地域本社に転出し、しばらくは地域本社役員とマレーシア子会社社長を 兼務していたが、それも体力的に不可能ということになり、香港の地域本社専任となって、
98年に社外から現社長をスカウトしたのである。ちなみに現社長は、これまでP&G、P epsi、レブロンなどアメリカ系多国籍企業での勤務経験を有している。
これまでの同族会社を多国籍企業の一子会社にするにはかなりの変革が行われざるを得 ないことは明らかである。Campbell Soup(M)では次のような2つの内部変革が行われた。
第1は、Campbell Soup社の世界標準を目に見える形で導入したことである。具体的には、
製造では親会社の水準を達成するために、”Good Manufacturing Practices”(GMP)を導 入し、人事制度では親会社のグレード制を導入した。第2は、Campbell Soup社のValue を持ち込んだことである。それ以前には、文書になったものがなく、上司・部下の関係は 親分・子分の関係であった。このような恣意的な慣行をなくし、従業員の意識(Mind-set)
を変え、組織に透明性と一貫性を持たせるには、時間のかかるプロセスとなることは否め ない。
Campbell Soup(M)には4人の執行役員(Executive directors)がいる。社長(MD)
の下に、財務担当役員、製造担当役員、営業・マーケティング担当役員がいる。人事担当 はまだマネジャーである。この中で、財務担当役員はアメリカのグループ会社からの派遣 者で、直接に社長の指揮命令下に入ると共に、間接的にではあるが香港にある地域本社の ファィナンス・コントローラーの指揮命令下にも入っている。製造担当役員は被買収企業 である現地のCC社の出身者である。なお、登記上の役員(Directors)はこれら4人の他 に、企業外部から会長が、また香港の地域本社からファィナンス・コントローラーが2人、
非常勤で加わっている。
②グループ企業の世界的な統括組織
Campbell Soup社の世界的な統括組織は図4-1のようであり、規模の差を除外すれば
ユニリーバ社のそれによく似ている。すなわち、アメリカにある世界本社のすぐ下には3 つの地域統括会社が置かれ、その下に各国の子会社が置かれているのである。
図4-1 Campbell Soup社のグローバル統括組織
(出所)ヒアリングから筆者作成。
Campbell Soup(M)は、香港にあるアジア・パシフィック地域本社の傘下にある。香港 の地域本社の規模は、社長(President)、4人のDirectors、それに2人の秘書の総勢7人 だけの組織である。
地域本社の役割は次の3点にある。第1は、各国に所在する子会社と世界本社との橋渡 し役である。第2は、各国の子会社のボスとして、各国の子会社を統括することである。
第3は、地域(Region)内の利害、経営資源の配分等を調整することである。
なお、親会社・地域本社・子会社の間でコミュニケーションが問題になることはほとん
どない。親会社がアメリカにあり、当社がマレーシアに所在することにより、時差が12 時間あることが、コミュニケーションする場合、若干負担となる程度である。さらに、派 遣者とローカル・スタッフの間のコミュニケーションも英語が通じるため、問題がない。
③権限委譲とグレード
権限委譲について論じるには、親会社から子会社への権限委譲よりは、香港の地域本社
とCampbell Soup(M)との権限委譲の関係を考える方がより適切である。というのも、
Campbell Soup(M)が直接、世界本社と関連を持つことはほとんどないからである。
売り上げ・利益の達成目標、製品製造での一定の品質の維持、それに現地政府の政策や 規則の遵守などについては、はっきりと基準が与えられるが、それ以外の点では現在のと
ころ、Campbell Soupグループ全体として明確なガイドラインがあるわけではない。子会
社の独自の意思決定が大幅に認められているといえる。ただし、投資については15万マ レーシア・リンギまではCampbell Soup(M)で決められるが、それを超える案件につい ては、香港の地域本社、より具体的にはファィナンス・コントローラーの承認が必要とさ れる。
また、毎年、人的資源計画(HR Planning : HRP)の会議が、香港で地域本社社長の同 席の下で開催されている。その場で、自分の部下の長所や短所、昇進可能性などの評価が なされるのである。昇格の決定は、Campbell Soupグループ全体でグレード制がとられて おり、以下のようなグレードごとに所管が異なる。
マネジャー層以上のグレードは、表4-1に示されるように、レベル20から始まりレ ベル66まで47グレード存在する。レベル66に格付けされるのは、世界本社の会長で
ある。Campbell Soup(M)など子会社の専権事項となるのはレベル25以下のマネジャー
層に限られる。それ以上となると、地域本社以上の決定となるのである。レベル33以上 はストック・オプションを受けられる層である。
表4-1 Campbell Soupのグレード制
(出所)ヒアリングから筆者作成。
(3)国際人的資源の育成と管理
①国外からの派遣者
既述のように現在、2人の派遣者がいる。2人とも米国人で、1人は財務の役員で、い ま1人は製造部門のマネジャーである。アメリカ人の派遣者受け入れはコスト的に高いの で、必要最小限の戦略部門でのシニアな人材の受け入れに限られる。本来なら内部人材で まかないところだが、現状ではそういうわけにもいかないのである。派遣に当たっては心 の準備を目的として事前に夫婦での現地視察も行われている。基本的にアメリカ人は国外 勤務を望んでいないとみられている。
グループ全体で派遣のあり方を考えると、先進国からそれ以外への異動しかありえない。
というのも、Campbell Soupグループの場合、技術やノウハウはアメリカを中心に集約さ れているからであり、また、兄弟企業間を異動していくというのはP&Gやユニリーバのよ うにそれぞれに歴史が異なる子会社が世界中に存在しないと不可能だからである。
さて、財務の役員は年齢40歳で、Campbell Soupグループでの勤続年数は10年を超 えている。MBAとCPA(公認会計士)資格を有する財務の専門家である。元々の派遣期間 は2年間であるが、あと2年ほど継続的に勤務してもいいという本人の申し出もあり、そ うなる予定である。製造部門のマネジャーは37~8歳で、技術系の修士課程修了者であ る。Campbell Soupグループでの勤続年数は約5年と比較的短い。
派遣者受け入れのコストは100%、Campbell Soup(M)の負担である。処遇はアメリ カでの給与プラス諸手当ということになる。
②親会社の人的資源管理システムの移転
階層
職位 組織レベル66 本社 Chairman 世界本社が決定
~ ストック・オプション対象層
レベル33
レベル32 世界本社・地域本社が決定
~ レベル30
レベル29 地域本社が独自に決定
~ レベル26
レベル25 Managers 子会社が独自に決定 ~
レベル20