ムックリ(口琴,「ムックリ」の表記もある)は,現在もつくり続けられているアイヌ 民族の伝統的な楽器であり,東南アジアやヨーロッパなど世界に広く分布する口琴の 一種である。ムックリに関する従来の研究をみると,名称,構造,演奏法,曲名,分布及び 淵源に関する研究などはあるが,ものづくり教育における教育的な意味に関する研究 はほとんどない。
このことを踏まえて,筆者は,ムックリ製作の第一人者である鈴木紀美代氏に直接指 導を受けることによって,「見る」,「触れる」行為,「鳴らす」行為,「つくる」行為と いう三つの切り込み口から教育的な意味の検討を行った。
第 1 節 「見る」,「触れる」行為とアイヌ文化への関心
「見る」,「触れる」行為を通して, これまでの普通教育でほとんど取り上げられな かったアイヌ民族の伝統的な楽器を知るとともに,その大きさや形,色,感触,重さ,持 ち味などの特徴に気づき,アイヌ文化への関心を高めることができる。
北海道阿寒郡鶴居村の鈴木紀美代氏が製作するムックリ(図 1)は,祖母の秋辺サヨ 氏から父・秋辺福太郎氏へ,そして,紀美代氏へと受け継がれてきたものである。紀美 代氏が制作するようになって三十年近くになる 1)。鈴木氏のムックリは,縦 15~16cm, 幅 1~1.5cn,厚さ約 2 ㎜のもので,中央には, 幅 2~7mm,厚さ 1~3 ㎜の弁がある。弁の 根元に約 17cm の木綿糸のひもと弁の先に直径 6~7cm の木綿糸の輪が付いている。弁 の幅は根元側が約 7 ㎜であるが中程からは幅が約 2mm に細くなる。厚さはその逆に,幅 の広い部分が約 l ㎜と薄く,幅の狭い部分は約 3mm と比較的厚くなっている。弁の幅や 厚みの変わり目はゆるやかなカーブになっている。長い経験の蓄積から生まれたその 形は,長さや幅,厚みなどの均衡がとれており美しい。
図 1 ムックリ(口琴,製作者:鈴木紀美代)
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ムックリの材料は主に竹であり,現在本州産の孟宗竹が使われることが多いが,萱野 茂著『アイヌの民具』に「北海道では真竹がないので,根曲がり竹を用いて作りました」
とあり,以前は北海道に自生する根曲がり竹(チシマザサ)が使われたようである2)。鈴 木氏のムックリも現在正月用の門松に使用する孟宗竹が使われているが,以前は身近 にある竹のほかに,サビタ(ノリウツギ)やオンコ(イチイ)の木など地域に自生する木も 使ったことがあるという。形や大きさは各自で製作したものなので様々であるが,枠と 弁があるという基本的な構造は同じである。また,手づくりであるため製作者が同じで も一本一本少しずつ削り具合などが違っている。
ムックリは現在製作されているもののほかに,以前に製作されたものを博物館や江戸 時代の見聞録などで見ることができる。市立函館博物館に保管されているムックリは, どちらも鈴木氏のものよりムックリの先端部分が細くなっており,ひもの先にガラス玉 が付いているものもある。弁の幅の変わり目の切断はほぼ直角である。また,北海道大 学農学部博物館に保管されているムックリには,ひもを通す穴が弁の根元に一カ所ある ものと弁を切り取った場所の前方にもう一つの穴をあけて二か所にしたものがある。
一カ所のものは鈴木氏のムックリと同じように弁の先端部分と枠との間にひもを通す ようになっているが,弁の幅の変わり目は斜めに短く切り取られている。穴が二か所あ るものも同じように斜めに短く切断されている。東京国立博物館に保管されているム ックリは,先が尖っているものや丸くなっているもの,弁の付け根側の角が少しだけ削 られているもの,ひもを通す穴が一カ所のものと二か所になっているものなどがあり, 弁の幅の変わり目はほぼ直角に切断されている。
松浦武四郎の『蝦夷漫画』3)には,アイヌ民族の他の楽器とともに,長さ四五寸として, 全の幅がほぼ同じムックリが記されている。谷元旦の『蝦夷紀行附圖下』4)には,先が尖 り丸みを帯びたムックリが描かれ,山口高品の『蝦夷拾遺』5)には,幅がほぼ同じで先が 丸くなっているムックリが示されている。
こうしたムックリを教材化した場合には, どのようなことが考えられるであろうか。
子どもが学校で見慣れている楽器は,主にピアノやオルガン,笛,鍵盤ハーモニカなど であり, ムックリを初めて見る子どもが大部分であると思われる。ムックリはそれらの 楽器と形や大きさ,材料など様々な点で視覚的,触覚的に異なっている。初めて見たと きには「これは何だろう?」という新鮮な驚きをもって見る子どももいるであろう。
そのような状況を踏まえて, ムックリの実物を見たり触ったりすることによって,その 大きさや形,色,感触,重さ,持ち味などの特徴に気づかせるとともに,江戸時代の見聞 録などから,アイヌの人々に古くから伝承されてきた楽器であることが理解できるよ うにしたい。
「どのように鳴らすのか」,「どんな音色なのか」,「どのようにつくるのか」,「ど んな目的でつくったのか」,「生活の中でどのように使われてきたのか」など, 上記の 事は,ムックリヘの関心を高めることにもつながるだろう。それは同時に,これまで学 習する機会の少なかったアイヌ文化への関心を高めることにもなる。
第 2 節 「鳴らす」行為と楽器の特性を実感として把握すること
「鳴らす」ことによって, ムックリは楽器としての形態と機能が一体化しているこ
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と,人間の身体との密接な関係によって独特の音色を出すこと,一本一本の音色が違い 同じムックリでも鳴らし方によっては違った音色が出ることなどを実感として把握す ることができる。
鳴らすときには, まず片方の手の小指に輪になっているひもをかけムックリの端を 持ちながら,もう一方の手で弁の根元に付いたひもを引いたり緩めたりすると弁が振 動して音が出るようになる。このままではまだ音が小さいが,少し開いた口にムックリ の細くなった部分を当て,弁を振動させると,口腔に音が響いてムックリ独特の音色に なる。口腔の大きさや息の強弱,舌の使い方,ひもの引き具合などによって音色が変化 し様々な表現が可能である。また,ひもの長さは自分の手の大きさに合わせて調節する ことができるようになっている。ここでは聴覚と同時に唇を通じての触覚的感触も重 要な役割を果たしている。音と振動との関係を自分の身体で直接に感じ取ることがで きるからである。
ムックリを鳴らす様子は,江戸時代や明治時代の記録に残っている。菅江真澄の『蝦 夷廼天布利』6)には,「女(メノコ)ども口(ハル)にふくみて,左の手に端を持て,右手し てその絲を曳く。口の内には,何事かいふといへり。外に出てこれを見れば,女子(メノ コ)ども磯に立ちむれ,月にうかれて, ここかしこに吹すさむ声の,おもしろさいはん かたなし。この声の,うちに,をのかいはまほしき事をいへば, こと人は,そのいらへを も吹つ。又人らずひめかくす事なとを,この含是(ムクンリ)に互に吹通はすとなん」と あり,子どもが浜辺でムックリを鳴らす様子が描かれている(図 2)。
図 2 ムックリを鳴らす様子(菅江真澄『蝦夷廼天布利』/図の一部)
(北海道大学北方資料室)
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また,松浦武四郎の『蝦夷漫画』にも, トンコリと呼ばれる五弦琴やカチョと呼ばれ る太鼓などのアイヌの楽器とともにムックリを鳴らす様子が紹介されている。さらに西 川北洋の『明治初期アイヌ風俗図巻』7)には,「其ムックリと云お,は竹にて網針の様 に根元を太く末は細く掘り根元の中央に五六寸の糸を付け又輪形に糸を結び其糸を左 手に掛け末の細き方を口に営て息の出し入れで調子を取り右手の糸を引いて鳴らす物」
として,女性がムックリを鳴らす様子が描かれている。その音色は「白鳥の鳴く音とか 種々の音」を出しとあるとともに,アイヌの人々の楽器として「最も珍重せらる」とも 記されている。
民族音楽を研究している谷本一之は,ムックリの使用目的について,古くは舞踊の伴 奏具として用いられていたが,近くは主に独奏楽器として用いられており,舞踊,歌唱 に伴うことは極めて稀であることを述べている。さらに曲の多くは自然界の音響の模 倣であつて,模倣する音響を説明する言葉が出の名前になることを指摘している。曲名 の例としては「雨もりの曲」,「海馬の曲」,「小鳥の曲」,「熊と犬との争いの曲」8)
などをあげている。
現在,幕別の安東ウメ子氏は,「山と川と」,「山頂にて」,「水辺にて」,「風・雨・
熊」,「白則,「シマフクロウ」,「チセの中」,「きまり小屋」などの曲名でムックリを 演奏している。その曲の説明からは,アイヌの人々の自然や家族などに対する思いとと もに,生活の中でムックリがどのように使われてきたのかを知ることができる9)。
「山と川と」には,「先祖たちがこよなく愛し恐れたこの自然の営み,沢山のごちそ うを与えてくれた神々に対しお礼を込め,小川の水音をバックに長めのムックリとや や短めのムックリで演奏した」とある。また,「山頂にて」には,「大地を見下ろす丘の 上に立ち,先祖たちが狩りに行った夫や息子の帰りを待ったり,天気の予測をしたり, 自然の移り変わりを確かめていたころのコタンの生活を思い浮かべて奏でたものであ る」とある。さらに「水辺にて」には,「水辺で遊んだ幼いころに一緒に遊んでくれた 兄弟や友達のこと,黙々とチセの周りで家族のことを気づかいながら働くハボ(母)の ことを思い出し,柔らかな水音と時折飛び舞う小鳥たちの声をバックに演奏したもの である」とあり,「白鳥」には,「冬が近づくとレタッチリ(白鳥)がコタンの周りにや つて来る。遠くシベリアからやって来る。鳥たちは毎年同じ水辺にやつて来る。コタ ンを流れる途別川は今でも厳冬期に凍らない川である。親鳥や灰色の幼鳥と『ググッ, ググッ』と鳴く声を思い浮かべて演奏した」とある。「チセの中」には,「アイヌ民族の 家『チセ』はクギを使わず; ツルや縄を使いドスナラなど腐らない木材を組み立て,屋 根と壁をヨシやカヤで覆つたものである。チセはモセムという張り出した玄関(物置兼 用)から入ると土間からに引き続いて居間になっている。居間の入り口中央には炉(ア ペオソ)がある。炉はチセにおける生活の中心であった。食事の煮たき・家族の団欒・
年寄りの昔話・ムックリの演奏・文様の練習・ウポポ(座ったままの作業や儀式の際に 歌を唄う行為)・炉に飾った火の神(アベフチカムイ)への祈り(カムイノミ)などが炉を 囲んで行われた。厳しくも温かかった家族を思い出して演奏した」とある。このよう な記述からは,自然の恵みに感謝する心や家族を思いやる心などを音色に込めながら, 水音や小鳥のさえずりなどの自然の音と一体になってムックリを奏でていることがよ くわかる。