(1)職業ストレッサーを整理するうえでの先行研究の議論
本章の目的は教師の職業ストレッサーを体系的に把握し,そこからバーンアウト に与える影響を検討することである。前章では教師の担う個別の職務をストレッサ ーとして整理したが,第1節で職務遂行にかかわるもの以外も含めた職業ストレッ サー全体の把握を行うための議論を行う。ついで,第2節で複数の要因からなる教 師の職業ストレッサーが相互にどのような関係を持ちながらストレス反応を規定す るのかを仮説モデルにまとめる形で検討を行う。第3節以降でこれらの分析と考察
を行なう。
Cooper, Cooper, & Eaker(1988)は職業ストレッサーの個別のものは①職務 自体のストレッサー,②役割ストレッサー,③仕事上の人間関係,④キャリア発達 を阻害する問題,⑤組織の風土・構造上の問題,⑥仕事と家庭の相互に干渉する問 題の6つを取り上げている。Cooperら(1988)のストレッサーの分類は先行研究 のレビューを通してまとめられたものであり,それぞれの関係性を量:的に議論して いるわけではない。一方で,このような複数の職業ストレッサーの種類が相互に関 係を持ちつつストレス反応を規定するモデルを提示したものとしてCherniss
(1980)の研究をあげることができる。Cherniss(1980)の検討したモデルは対人 専門職の職業ストレッサーを検討したもので職業ストレッサーを職務自体の要因,
職場環境の要因,個人的要因の3つの要因にまとめ相互の関係性を検討しながらス トレス反応にいたる過程のモデルを通しての検討を行っている(図3−1の。
職場環境の諸条件
・職場からの援助の有無
・職場の指導力・管理性
・職員の職場での自立性
など
職務自体の諸要因
・職務遂行上の能力の有無
・職務遂行上の問題
・職務遂行上の負担
など
個人的諸要因
・個人的な属性や価値観
・家族からの援助や負担
・職場以外からのストレッ サー など
職業ストレス反応
・バーンアウト
・態度全般の変化
・個人の孤立
・個人の自己中心化 など
図3−1.ストレッサー・ストレス反応因果モデル (Cherniss,1980)
本章では個別の教師の職業ストレッサーを質問項目を整理するうえではCooper ら(1988)をもとに,これらのストレス反応にいたるまでのメカニズムのモデル設 定の上ではCherniss(1980)を参考に教師のストレッサー・バーンアウトの調査・
分析を行う「ことを目的とする。そこで,Cherniss(1980)の対人専門職のストレッサ
ー・ Xトレス反応過程モデルをもとに教師の職業ストレッサーを職場環境の要因と,
職務自体の要因,個人的要因の3要因にわけ,ストレッサーからバーンアウトにい たるメカニズムを検討することとした。3要因の下位尺度はCooperら(1988)をも とに構成し,国内のストレスに関する先行研究を参考に個別の下位尺度を構成する ことで独自に尺度化を行うこととした。
(2)教師の職業ストレッサーの種類ごとの先行研究の議論
まず,Cooperら(1988)のストレッサーの種類ごとにわが国の教師の職業スト レッサーの議論を整理することとした。その中で,概念ごとに内容が重複するもの
の扱いや,Cherniss(1980)のいうところの職場環境の要因と職務自体の要因のど ちらの位置づけがなされるかを整理する。
①職務自体のストレッサー :Cooperら(1988)では職務を遂行する際のストレ ッサー全般としてこの問題を取り上げている。具体的には,与えられた時間や設備,
諸条件では遂行できない職務が与えられることや,自らの職務とは理解しにくい職 務の遂行の問題を挙げている。
前者の問題としては宗像・稲岡・高橋・川野(1988)や,大阪教育文化センター
(1996),伊藤(2000)など様々な先行研究が教師の職務遂行の困難やそのことに 関する悩みをとりあげ,バーンアウトや様々なストレス反応と関係があることを明
らかにしている。本研究では第二章で整理した動機づけの高い職務の遂行困難と動 機づけの曖昧な職務の高い負担はここでの定義に基づいている。
これらはCherlliss(1980)のモデルに従えば職務自体の諸要因の構成内容といえ
よう。
②役割ストレッサー :Cooperら(1988)によれば与えられた役割の曖昧さにより遂 行する職務が増え結果として多忙となることでのストレッサーつまり役割の曖昧さ と,役割に関して仕事上関係のある他者と自らの意見や価値観の違いの大きさであ るストレッサーつまり役割葛藤からなるとしている。Schwab&lwanicki(1982)
は教師を対象に役割ストレッサーを尺度化しており,バーンアウトとの関係を検討 している。わが国の研究では岡東・鈴木(1997)が養i護教諭を対象に,このSchwab
&lwanicki(1982)の作成した尺度の邦訳版を測定しており,これがバーンアウト と有意な関係にあることを明らかにしている。
ここで問題になっている役割ストレッサーは慢性的なストレッサーを与える組織 自体の構造の評価である(Cohen,:Kessler,&Gordon,1995)。そのため Cherniss(1980)でいうところの職場環境の要因と定義できる。しかしながら,すで に職務自体のストレッサーでとりあげた動機づけの曖昧な職務の負担はここでいう
ところの役割が曖昧になることにより生じた職務自体の負担を具体的にまとめたも のであるといえる。そのため,両者の内容は類似すると判断しここでは役割葛藤の
みを取り上げることとする。
③仕事上の人間関係 :Cooperら(1988)は同僚や上司,部下との人聞関係と職 務遂行の際に接するクライエントとの人間関係の2つに大きく分けて論じている。
教師にとってのクライエントといえる児童生徒さらに,保護者との人間関係の難 しさなどは宗像ら(1988)や,大阪教育文化センター(1996),岡東・鈴木(1997),
伊藤(2000)など量的な検討でもすでに様々な角度から検討がなされている。これ らについては本研究第二章ですでに職務のストレッサーとして議論の対象としてき たためここではとりあげない。
また,教師にとっての同僚や上司との関係については秦(1991)や大阪教育文化 センター(1996)などインタビューや自由記述形式での質問などを通してストレッ サーとして深刻なものであることがとりあげられているが,量的には詳細な検討が あまりなされていない。さらに,教師ストレス研究はもとよりストレス研究全般に おいて対人関係の影響といえばストレス掬制要因であるソーシャルサポートの観点 からの検討が中心となっており,ストレッサーとしての尺度化や影響力の議論は近 年になってから積み重ねられている状況である(橋本,1997)。そのため,
Cherlliss(1980)のモデルが示すところの職場環境の要因として教師の同僚や上司 との人間関係のストレッサーを独自に質問項目として整理することとした。
④キャリア発達を阻害する問題 :Cooperら(1988)については雇用体制上の安 定や他の職と比較した上での社会的威信,報酬や休暇などの魅力,現在の職業を今 後の職歴として誇れる程度,発展的な転職の余地などが低いことをキャリア発達を 阻害する問題によるストレッサーとしている。
わが国の教師ストレス研究では採用試験を控えた常勤・非常勤講師の問題や他の 職種と比べた際の威信の低下で職務遂行が困難になっているとする問題をインタビ
ュー 竡ゥ由記述式の回答をまとめる形で整理した研究(大阪教育文化センター,
1996)や,量的な検討で給与の満足感とストレス反応に有意な関係がないことを明 らかにした岡東・鈴木(1997)などがある。また,転職の余地などについては次節 で示すような質問紙作成における現職教師との協議においても「日常あまり現実的
な問題であると感じたことがない」などとされることから,わが国の教師ストレス 研究において検討することがあまりなじまないと判断し,ここではとりあげないこ
ととした。
⑤組織風土・組織構造の問題 :Cooperら(1988)は職場での決定事項の参加の 余地のなさや,適切な職業上の評価がなされない状態,さらに職場から仕事をする 上での援助がなされていないことなどの職務遂行を困難にする職場環境の問題を取 り上げている。そのため,この問題はCherniss(1980)のいうところの職場環境 の要因とすることができよう。
ここで示されたような問題については大阪教育文化センター(1996)が自由記述 形式の調査をもとに職務遂行が困難な職場の雰囲気をまとめており,岡東・鈴木
(1997)は学校の職場環境や勤務上の構造の問題をそれぞれ取り上げ個人特性やバ ーンアウトとの関係を検討している。また,組織風土の検討については露口(2000)
が校長のリーダーシップにより組織風土が良好となり,そのことが間接的に職務の 遂行が良好になっているとするモデルを量的に検証している。このことから組織風 土や職場環境の雰囲気が職務のストレッサーを改善するとすることが明らかにされ ているといえよう。学校組織の改善は教育経営学の分野で具体的な介入を意図した 議論が増えており,例えば牧(1999)のように学校組織の健全さを診断するチェッ クリストなども開発されている。
⑥仕事と家庭の相互に干渉する問題 :Cooperら(1988)は仕事の多忙が家庭や 私生活での時間的または体力的余裕をなくしたり,職場でのストレッサーの蓄積が 家庭や私生活でのストレッサーの感じやすさや問題行動の増加をもたらすとしてい
る。
わが国の教師ストレス研究では女性教師のストレス反応の高さを報告する研究が 多く,その原因として職業上のストレッサーが育児や家事といった私生活面での仕 事と相互に干渉しあっているとの推測での議論が多くなされてきた(例えば,松本・
河上,1994;岡東・鈴木,1997;伊藤,2000)。大阪教育文化センターはこの問題 をインタビューや自由記述から詳しく整理し女性教師の問題として議論している。