第1節 はじめに 大和銀行巨額損失事件
日本において、内部管理体制の構築の発端となった出来事として、大和銀行の巨額損失事 件が挙げられる。この事件は、1983年当時、大和銀行ニューヨーク支店に勤めていた、あ る 1 人の銀行員が引き起こしたものである。概要は、当時大和銀行に勤めていた当該銀行 員が変動金利債の取引で 5 万ドルの損失を出してしまい、この損失を取り戻そうと簿外取 引に手を出したことが発端である。結果として大和銀行は11億ドルの損失を出す事態にま でなったのである。問題となるのは、なぜ11億ドルという多額の損失がでるまで周りに気 付かれなかったのか、ということである。その理由として大和銀行の管理体制の問題が挙げ られる70。当時、大和銀行ニューヨーク支店では、国債のトレーダーと支店の国債保有高や 取引をチェックする人が同一人物という、管理体制の不備が存在していた。取引とそのチェ ックを行う人間が同じということは、裏を返せば、誰にも注意されることなく、好き勝手に 取引できるということである。もはやチェック機能がその役割を果たしていない状態であ った。その結果、この銀行員は他人の目を潜り抜け、誰にも怪しまれることなく取引をうま く隠蔽することができたのである。
この事件について大阪地裁は、以下のようにコメントをしている。
「健全な会社経営を行うためには、目的とする事業の種類、性質等に応じて生じる各種の リスク・・・の状況を正確に把握し、適切に制御すること、すなわちリスク・マネジメントが 欠かせず、会社が営む規模、特性等に応じたリスク・マネジメント体制(いわゆる内部統制 システム)を整備することを要する。そして、重要な業務執行については、取締役会が決定 することを要するから、会社経営の根幹に関わるリスク・マネジメント体制の大綱について
70 コンプライアンス研究会(2009),13頁。
は、取締役会で決定することを要し、業務執行を担当する代表取締役及び業務担当取締役は、
大綱を踏まえ、担当する部門におけるリスク・マネジメント体制を具体的に決定するべき職 務を負う 71」。ここではリスク・マネジメント体制として内部統制システムの整備の重要性 が語られているし、さらに、「この意味において、取締役は、取締役会の構成員として、ま た、代表取締役又は業務担当取締役として、リスク・マネジメント体制を構築すべき義務を 負い、さらに代表取締役及び業務担当取締役がリスク・マネジメント体制を構築すべき義務 を履行しているか否かを監視する義務を負うのであり、これもまた、取締役としての善管注 意義務及び忠実義務の内容をなすべきものと言うべきである72」と述べ、取締役の責任の重 大さを指摘している。
この事件は被害額が高額であったこともあり、日本での大スキャンダルとして取り扱わ れている。しかしながら、この事件が発覚した理由が外部からの調査ではなく、銀行員本人 の告白であったことから、当行のマネジメント、ガバナンス体制がいかに杜撰であったかが 理解できる。
このように、日本では、この事件を1つの契機として代表取締役および担当取締役の「内 部統制の構築義務」、並びにその他取締役および監査役の「監視義務」が規定されるように なっていったのである。そして、この事件を発端にして、日本でも内部統制の構築が要請さ れるようになり、1999年に「金融検査マニュアル」において、COSOの内部統制概念が取 り入れられることになった。この裁判においては内部統制をリスク・マネジメント体制とし て言及しており、内部統制がリスク・マネジメントとして機能することが期待されているこ とがわかる。また、この事件は日本の法制度にも大きな影響を与えている。どのような影響 を与えたかを示す前に、現在の日本の会社法、金融商品取引法で内部統制を取り扱うにあた
71 川村(2001),58頁。
72 川村(2001),57頁。
り、その手本となった米国の企業改革法での取り扱いについて取り上げることにしたい。
第2節 米国の内部統制に関する法制度
米国では、エンロン事件73をはじめとする一連の企業不祥事を受け、財務諸表の信頼性を 向上させるために2002年に「米国企業改革法(SOX法)」が制定された。この法律の目的は
「証券諸法に従った会社の情報開示の正確性および信頼性を高めることを通じて、投資家 を保護すること74」であった。よって、会社の情報開示は、あくまでも証券諸法の法目的に 合致した形式や内容が要求されること、さらに投資家保護は、会社による情報開示の正確性 の向上を通じて達成されるものであること、経済的弱者を恩恵的に保護するという発想で はなく、証券市場の情報開示・会計・監査制度の立て直しを通じて投資家を保護することな どが主旨となっている75。もとより、米国においては証券市場規制の一環として内部統制お よびガバナンスの問題が取り扱われてきたが、上記の不祥事を発端として、議会、SEC お よび自主規制機関などの迅速な法的対応は、従来以上に証券市場の公正性確保のためには、
ガバナンスの強化が不可欠となることは明らかであった76。とくに企業の内部統制は、証券 市場に対する情報開示が公正に行われるための不可欠な前提であり、そうした観点から米 国においては公開会社の内部統制をさらに充実させるための法的対応が行われてきた。こ の法的対応としては、内部統制についてSOX法の302 条と404条において言及されてい る。
まず、302条についてであるが、この条文は「財務報告に対する会社責任」を定めたもの である。とりわけ上級役員に対して、年次報告書および四半期報告書に、①報告書をレビュ
73 当時米国で総合エネルギー取引とITビジネスを行っていた企業エンロンが、巨額の不正経理・不正取 引による粉飾決算が明るみに出たことで、2001年12月に破綻に追い込まれた事件である。
74 Pub. L. No. 107-204, 116 Stat. 745(2002).
75 柿﨑(2005),370頁。
76 柿﨑(2005),280頁。
ーし、重要事実の省略や不実記載がないこと、②財務諸表等が公正であること、③内部統制 の構築・維持責任を負い、内部統制の有効性についても評価したこと、④内部統制評価後の 変更・重大な欠陥を監査人および監査委員会に報告したことなど、以上の項目の表明を掲げ た宣誓書を添付することが義務づけられている77。これにより、財務報告に係る透明性の強 化が図られているのである。
次いで、404条およびそのSEC規律は、SEC登録会社に対し、年次報告書における経営 者の内部統制の有効性評価の報告とその報告書に対する監査人の証明を義務づけている78。 すなわち、404 条の対象となる内部統制概念は、SEC 規定により「財務報告に係る内部統 制」に限定されるが、この「財務報告に係る内部統制」が存在するだけではなく、有効に機 能していることを経営者に評価させ、それを開示することが義務づけられた。この経営者評 価の開示について、重大な欠陥がある場合には「財務報告に係る内部統制」が有効であると の結論を出してはならないとされている79。そして、有効性の評価を行う時期についても会 計年度末として統一されたこと、また評価基準についても開示の対象とされたことで、投資 対象情報の比較可能性をさらに高めるものとして重要な意義があるとされている 80。そし て、このタイミングで内部統制に関する法制度が整備されるとともに、その有効性を評価す る時期も一律となり、このことから投資家のことを考慮していると言えるだろう。ちなみに、
本法906条の宣誓は、SEC登録会社のCEOとCFOに対し、いわゆる「刑事宣誓」の義務 を課している。CEOとCFOに対し、財務諸表を含む報告書が1934年の証券取引所法の報 告要件を十分に満たしていること、財務状態と経営成績がすべての重要な点において公正 に開示されていることを宣誓するよう要求している81。
77 15U.S. Code § 7262.
78 柿﨑(2005),281頁。
79 柿﨑(2005),371頁。
80 柿﨑(2005),371頁。
81 Lander(2003),p.8. 邦訳(2006),17頁。
上記のような内部統制に関する一連の改革は、監査委員会の機能強化にも影響を与えて いる。つまり、エンロンやワールドコムの不正会計事件において監査委員会がその役割を果 たしていなかったことを受け、SOX法301条では、監査委員会構成員は、すべて独立取締 役であることが要求され、その専門性の強化として、少なくとも 1 名以上の構成委員に財 務専門家としての資質を実質的に要求し、またその監査委員会の機能強化のための対応と しては、独立の弁護士やその他のアドバイザーを直接雇用する権限を予算措置とともに認 め、かつ外部監査人の任命、報酬、監査については監査委員会が直接的な責任を負うものと された82。つまり、本法は、監査委員会の構成員の独立性、専門性、および職務活動の実効 性を強化させている内容となっているのである。
また、本法では内部統制制度についての言明(内部統制報告書)を経営者に義務づけた。そ して、有効な内部統制システムを構築・維持することが経営者の責任であることを経営者自 ら認めた宣誓書の作成を義務づけ、さらに内部統制についての経営者の言明への信頼性の 保証を監査人に求めることを定めた。監査人は内部統制の評価報告書の証明を行うことが 義務づけられているが、あくまでも内部統制の最終的な責任を負うのは経営者であること は言うまでもなかった。
このように、それまで経営者の自主的な判断に任されていた内部統制についての言明を 経営者に義務づけており、この法律における「内部統制」はCOSO「内部統制」(1992)に 準拠するものとなっていることは明らかであった。
第3節 わが国の内部統制制度
一方でわが国では、「会社法」と「金融商品取引法」において内部統制に関する規定が取 り上げられている。もっとも会社法では、「内部統制」という用語は使用されていない。そ
82 柿﨑(2005),374頁。