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5〈溝45> 0
r)^〔 /
5 10cm
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ノ
法量(cm)
色 調 胎土
番号 器種
口径 底径 器高 形態・手法の特徴ほか
1 壼 19.9 15.0 13.2 (内)ヨコナデ,オサエ,工具ナデ(外)口縁端面凹線3条,ハケ
′縺C凹線14条・刺突文,ケズリ,口縁1/2,頸部2/3残 黄褐 細砂
2 甕 10.8 一 一 (内)ヨコナデ,ケズリ(外)ヨコナデ,ハケ,煤,被熱,1/4残 淡積 細砂,粗砂含む
3 高杯 一 一 『 (内)ナデ,しぼり,ケズリ(外)ナデ後ヘラ描沈線,穿孔,1/2 淡榿 微砂,
4 甕 一 10.0 一 (内)ヘラケズリ(外)工具ナデ,黒斑あり,1/3残 淡燈,淡榿白 細砂
5 壼? } 10.0 一 (内)工具ナデ(外)工具ナデ(ミガキか),底部ナデ,1/4残 榿褐 細砂,粗砂含む
図74 9層検出溝出土土器(3)溝35・39・43・45(縮尺1/4)
で、検出できた長さは6m程である。断面の形状は丸底を呈し、埋土は灰茶色砂質土1層で ある。出土遺物は土器数点が認められたが、図化できるものはなかった。
溝39(図64・72)
AZ−8ラインの南側に沿うように、09−40ライン以西で検出した。09−40ラインより東側 は削平されていて、検出できなかった。ほぼ東西方向に走行する。検出レベルは標高3.05m、
底面のレベルは標高2.7〜2.8mを測る。溝幅1。2m、深さ0.4m、断面形状は東側では丸底を呈 するが、西に行くにつれV字状に近い。埋土は分層可能なところでは4枚に分けられ、淡黄灰
\夕べ乙ゾ\,
S14
〈溝35出土〉S15
〈溝43出土〉0 5㎝
番号 器種 最大長(㎜) 最大幅(㎜) 最大厚(㎜) 重量(9) 材質 特 徴
S14 石核 74.5 37.6 19.7 64.0 サヌカイト 打面を転位して剥離している S15 石鎌 60.2 17.9 6.9 6.2 サヌカイト 有茎式
図75溝35・43出土石器(縮尺2/3)
色〜灰褐色の砂質土を主体とする。出土遺物は土器数点が認められ、うち2点を図化した。図 74−3は高杯の頸部片、4は底部片である。高杯は弥生時代後期のものと思われる。
溝40(図64・72)
09−70ライン以西で、溝44と重複して検出した。大半が溝44によって削平され、底面のみの 確認となった部分がほとんどである。底面のレベルは標高2.9m、断面の形状は逆台形に近 い。残りの良い部分で深さ0.15mである。埋土は灰褐色粘質土1層で、出土遺物はみられな かった。
溝瑚(図64・73)
調査区の南東角に位置する。東西方向に走行する溝が、09−50ラインで南向きに流れを変 え、南壁へ抜ける。この地点での北側に膨らむ流路は、地形に起因するものと思われ、溝36・
43も同様の流路をたどる。検出レベルは標高3.lm、底面のレベルは標高2。7〜2。8mである。
溝幅0.5m、深さ0。4mで、断面の形状は緩やかなV字状を呈する。埋土は部分的には3枚に分 層でき、灰褐色〜灰茶色を呈する砂質土である。出土遺物は土器数点が認められたが、図化で
きるものはなかった。その他に鉄津数点が出土している。
溝42(図64・73)
調査区東壁付近で溝36・41の間で検出された。溝二36・41により削平されており、09−50ライ ン以西の流れは不明である。検出レベルは標高3。1m、底面のレベルは標高3.Omを測る。溝幅 は不明、深さは0.2mである。断面の形状は逆台形を呈し、埋土は灰茶色砂質土1層である。
出土遺物はみられなかった。
溝43・44(図64・73)
調査区南部、AZ−9ライン付近を基本的には東西方向に走行する。北側を溝44、南側を溝 43として検出した。09−60ライン周辺でこの2条の溝をつなぐバイパス状の流路があり、この 地点で2条の溝はZ字状につながる平面形を呈している。流路の方向・分岐している点等は溝 45と類似する。検出レベルは標高3.Om、底面のレベルは標高2.7mである。溝43は溝36・45に よって削平されている。溝幅1.Om、深さ0.3m、断面形状は丸底を呈する。出土遺物は溝43か ら土器数点、石器1点、溝44から土器数点が認められた。このうち土器・石器各1点を図化し た。図74−2は土師器甕の口縁部片である。弥生時代後期初めのものと思われる。図75−Sl5 は有茎式石鐵である。その他に溝43から鉄津が出土している。
溝45(図64・72)
調査区南部、AZ−9ライン周辺を基本的には東西に走行する。09−60ラインより東側では 後世の削平により検出できなかった。09−60ラインから西に延び、09−80ライン付近で二叉に 分岐し、さらにそのうちの北側の流路が09−90ライン付近で二叉に分岐して、そのうちの北側 の1条については西壁へと抜ける。残りの2条は南壁へと向かっていくが、撹乱によって切ら れている。検出レベルは標高3.lm、底面のレベルは標高3.Omである。溝幅0.6m、深さ0. lm であるが、上面は後世の削平をかなり受けているものと考えられる。断面の形状は逆台形を呈
し、埋土は暗灰褐色粘質土1層である。
本溝には底面中央にピットが伴っており、溝本体の検出ができなかった09−60ライン以東で もピット列がまとまって検出された。これらのピット列も本来は溝に伴うものであり、上面を 削平されているものと考えられる。ピットは径0。3m程で円形を呈するものがほとんどである が、東に行くほどいびつな楕円形を呈するものが顕著になり、最大では長径0.9m、短径0.5m の規模のものも認められる。ピットの埋土は暗灰褐色の砂質土が主体で、ピットの深さは残り の良いものでも0.1m程度である。出土遺物は鉄津1点があるのみで、検出状況からは第3群 の溝群のなかで最も新しく位置づけられる。
第3群の溝群(溝34〜45)も、第1・2群と同様、互いに重複関係を持って、基本的には東
響 撃 ぷ 謬 翼
西方向に走行する。このうち最も古い 段階の掘削と考えられるものが溝34〜
36であり、その後37〜39→43・44→45 という順で流れを変えて使用されたも のと推測できる。第2群との関係で は、溝37が溝31を切っている。
本溝群についても弥生時代後期〜古 墳時代の範疇におさまるものと思われ
4
32mr
i−r断面 1.灰白色粗砂 2.灰色粘質土
3・暗灰色粘質土 O lm
4.暗赤褐色粗砂 一
5.灰白色砂質土
6.灰白色細砂〜暗灰色砂質土 7.灰褐色〜暗灰色砂質土
図76 溝46断面図(縮尺1/3)
るが、下限については明確な時期を決定づける遺物に乏しい。
第3群のうち最も新しい溝45については底面にピット列を持つという特徴がある。このよう な溝の類例として津島岡大遺跡では第14次調査地点溝5(古墳時代初頭)、溝16(13世紀後 半)、第16次調査地点溝5(13世紀)等、数例が知られている。柵列のような性格も考えられ るが、断定はまちたい。
第4群
第4群とした溝は、溝46〜50の5条である。これらは調査区の北半に位置する。
溝46(図64・76)
調査区北東角に位置する。南東から北西方向に走行する溝で、東壁から北壁へと抜ける間の 長さ10m程を検出した。東端の一部を溝49に切られる。検出レベルは標高3.05m、底面のレベ ルは標高2.7mを測る。溝幅は1.6m、深さは0.3mである。断面形状は丸底を呈し、埋土は7 枚に分層できるが、埋土の質・堆積状況から1〜3層、4〜7層の2回の底を認めることがで
きる。出土遺物は土器数点が認められたが、図化できるものはなかった。その他に鉄津もわず かに出土している。
溝47(図64・77)
調査区中央、AZ−6ライン付近に位置する。ほぼ東西方向に走行し、西端で若干北へ振れ る。検出レベルは標高3.lm、底面のレベルは標高2.5mである。溝幅1.4m、最大幅2.8m、深 さ0.6mである。断面形状は逆台形、埋土は8枚に分層でき、2層(灰褐色粘質土)の段階に 新しい段階の底を求めることができる。それ以外は基本的に灰褐色系の砂質土を主体としてい る。出土遺物は土器片数点が認められたが、図化できるものはなかった。その他に鉄澤もわず かに出土している;
溝48
AZO9−49区に位置する。溝47にとりつくもので、溝47を切っている。溝47がほぼ埋まりか
j
<溝50>メ
k
<溝i49>
蔓2」mj・
k−k 断面 溝47・48・49 溝48
暗黄褐色〜淡黄褐色粗砂 溝47
1.暗灰褐色砂質土 2.灰褐色粘質土
/
3.灰茶褐色細砂〜粗砂 4.淡黄褐色粗砂 5.灰白色微砂〜粗砂 6.灰白色微砂 7。灰褐色微砂
j−j 断面 溝49・50 溝50
灰茶褐色砂 溝49
.灰茶褐色砂 2.灰褐色砂
〈溝49>
溝49
1.灰茶褐色砂〜赤褐色粗砂 2.灰褐色粘質土
3,灰茶褐色砂〜赤褐色粗砂 4,灰褐色細砂
5.灰色粘質土
3.灰茶褐色砂〜赤褐色粗砂 4.灰褐色粘質土
5.灰茶褐色砂〜赤褐色粗砂 6.暗灰褐色細砂〜粗砂 7.灰色砂
8,赤褐色〜暗赤褐色粗砂 9.灰色粘質土
32』k・
0 1m