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と思

いま

す︒

山口ほかに︑ご質問の方いらっしゃいますか︒何でも︑

ご白

山に

どう

ぞ︒

﹁ お 勧 め の 子 育 て 方 法

﹂ は

須田緊急サポートネットワークの須田と巾します︒子育

て支 扱を 県内 でや って いま す︒

やはり一帯は子育てのことですので︑それについてお聞

きしたいと思います︒﹁お勧めの子育て方法﹂とか教えて

ください︒あとは個人的に︑﹁どうやったら皆さんのよう

に若々しく︑いつまでもきれいでいられるのかな﹂と思い

まし て︑ その 辺も 教え てく ださ い︒ よろ しく お願 いし ます

下村﹁子育て︑お勧めのメニュー﹂って︑レストランで

何がお勧めみたいな感じを受けたんですが︑﹁我こそは﹂ とい︑ヱベ乎を挙げていただけますか︒子育てをなさってのご純除︑失敗政でもいいんじゃない?失敗は成功のもと

︒せ っか くで すか ら︑ 官崎 さん

宮崎この後でお話ししようかと思っていましたが︑今︑

私が考えているのはね︑子どもを明るく伸び伸び育ててい

くの は︑ やっ ぱり お母 さん の優 しい 戸だ と忠

︑つ んで すね

お母さんが一日のうちにどれぐらい本気で優しい戸を子ど

もに

かけ

るか

実は︑大抵の人は︑かけてないんですよ︒よく考えてみ

てく

ださ

い︒

﹁あ

んた

︑早

くし

なさ

いよ

﹂と

か﹁

だめ

じゃ

ない

何しているのよ﹂とか︑﹁子どもとの一日の会話の八五%

ぐら いは 怒っ てい る﹂ と思

︑つ んで すね

︒あ との 二五

%は

﹁何 か難 しい 話を する か︑ ただ 無表 情に 話を する か﹂

優しい戸は︑体力がないと出ません︒精神的にもある程

度余裕がないと︑出ません︒したがって︑お母さんが︑い

かに自分をコントロールするかーということね︒自分の心

と体 の余 裕を 持っ て子 ども に按 する とか :: :︑ ここ がみ そ だと 思っ てお りま す︒

山下お父さんでもいいんですか?

宮崎お父さんでもいいんですよ︑もちろん︒

だけど︑子どもは小さいときはお母さんのほうが影響力 が大 きい のと

︑満 足度 が述

︑つ のね

︒お 母さ んに

︑優 しい 戸

をかけてもらったほうが︑お父さんよりも︑なぜか知らな

いけ れど も満 足度 があ るん です よね

だけど︑私は︑とっても努力しているお父さんも知って

いま す︒ 子ど もが すご くな つい てい るお 父さ んも いま す︒ だか ら︑ 別に お父 さん が思 いわ けで はな いし

︑お 父さ んも

おじいちゃんも︑おばあちゃんも︑努力していただきたい

と思

いま

す︒

下村大森先生︑何かさっき︑﹁子育てのことを︑ちらつ

と言 おう

﹂と して いら っし ゃい まし たが :: :︒

大森いや︑﹁もう子育ては後悔である﹂という:::︒私

も本 当に 後悔 して いま す︒ 仕事 を︑ 本当 に一 所懸 命す ると

子どもには︑何もしてあげられないんですよね︒私がその

ときに幼稚園の心理学の先生に教わったのは︑﹁何もして

あげられないお母さんは︑毎日︑最後に︑頭の毛だけなで

てあ げな さい

﹂っ て︒

だから︑私は子どもに何もしてあげられないので︑毎日

髪の毛をすいてあげることだけは絶対に守りました︒

仕事をするときには︑私はパッと洋服を着せなきゃなら ないので︑うちの子どもはボタンを小学四年生までかけられ

ませ んで した

︒学 校で

︑つ んと 怒ら れた とい うけ れど も︑

ボタンをかけさせていたら︑こっちが遅刻しなきゃなりま

せんから︑ボタンをかけなくてもいい服をぱっと着せて︑

そん な生 活を して いま した

先ほど﹁お孫さんの面倒を見てあげることが大事です﹂

というお話がありましたね︒私もしゅうとめに面倒を見て

もらいました︒﹁家族が面倒を見る﹂ということは︑大事

ですから︑ぜひ子育ては家族全員でやっていただきたいと

思い

ます

下村先生︑何人お子さんがいらしゃるんですか︒

大森 一番 最初 は死 にま した から

︑そ れか ら後 に二 人い ます

下村二人ね︒

大森はい︒

下村頭をなでただけで立派な子になっているんですか︒

大森いや︑だけど︑全然感謝は︑されません︒

下村皆さん︑お子さんのことに興味があると思うので︑

例えば蟹瀬さんのお嬢さんは︑世界的なバレリーナになら

れているんですよ︒この問︑﹃週刊新潮﹂で︑すごい美女

の写真も見ましたけど︑あなたのスペシャル子育てを教え

てく

ださ

い︒

盤瀬私の助合は︑上は三十一の息子がおりまして︑もう

結婚 いた しま した

︒下 が今 二十 一で

︑十 歳ぐ らい 述︑ つん で

すが︑今の﹁慌しい戸﹂というのは︑ほとんど出したこと

がなくて︑﹁会社よりは優しかった程度﹂ですが︑一番気

を付 けた のは

﹁食 べる

﹂と いう こと です ね︒

人は戦場でもどこでも︑死んでいく時に︑﹁おかあさー

ん﹂ って 一司 って 死ぬ と古 いま すね

︒何 を思 って いる かと い

うと︑多分︑お母さんが作ってくれた煮つ転がしとか︑お

母さんが作ってくれたお弁当とか︑そういうことが︑きっ

とその人をずっと育てていったんだろうと思っています︒

﹁お ふく ろの 味﹂ と言 って も︑

﹁お やじ の味

﹂は ない よう に︑ 食べ 物だ けは 手を 抜き ませ んで した

下の子は私立でしたので︑下の子から上の子まで二十年

近くお弁当を作りましたけれども︑その中に十三色の色を

入れるということをやりました︒上の子は同校の三年まで

弁当を持っていきましたから︑とにかく一週間に一回︑い

ろんな材料を全部ゆでたり︑蒸したり︑いろんなことをし

て冷 蔵庫 にド lンと入れて︑一週間ガl

ッと 料理 を毎 朝作

って︑夕方に子どもが一人のときも︑ベピl

シッ タ

1が

て︑私の作ったものが食べられるような状況を︑子どもが

大きくなるまでつくりました︒ジャムもクッキーも︑ケー

キも︑夜中に全部焼いて︑保育凶のパザlに百台出したり

とかしました︒若いからできたんですけれども︒でも︑今

でも﹁お母さんのクッキーはおいしいよね﹂とか︑﹁チー

ズケ ーキ はお いし いよ ね﹂

﹁カ レー ライ ス︑ おい しい よね

﹂ って 言っ てく れま す︒

食べ物はだれでも作れるし︑今は簡単にいろんなところ

で買えるんですけれども︑売っている味というのは︑やっ

ぱりある程度は毎日食べていると飽きてしまう︒でもお母

さんの味は︑毎日ちょっとずっ愛情が迅うので︑今日は機

嫌が思いなとか︑今日は機嫌がいいなっていう味を︑子ど

もが食べ物で感じてくれている︒私は︑それが今︑非常に

いい 子に 育っ てい るも とに なっ たん じゃ ない かな と思 いま す︒

それは︑﹁食べ物がお母さんから与えられないと︑伐たち

は困 るぞ

﹂と いう 恐怖 にも なっ てい たん だと 思い ます が︑

﹁誰

でもできること﹂というのは︑とにかく﹁食べ物だけは親

が作 る﹂ とい う︑ それ だけ でし た︒

山口ありがとうございました︒

それ では

︑最 後の

Cグループのメンバーをご紹介した

いと

思い

ます

向かって左から︑テレビ東京の元アナウンサーで︑ボイ

スコンサルタントとボイストレーナーをなさっておられま

す宮 崎絢 子さ ん︒

文京学院大学外国語学部教授・同大学大学院の教授でい

らっ しゃ る山 下泰 子さ ん︒

株式会社リクルート社で﹁

HU MA N‑ AD

﹄の編集長

をな さっ てい る︑ 波迫 嘉子 さん

最後に私の自己紹介を︒セブン・イレブン・ジャパンで

取締役をやっております山口杭忠でございます︒よろしく

お願 いい たし ます

︒ では

︑宮 崎さ んか らお 話を

働く場で︑一つ一つ女性の権利を確立

宮崎いろんな素晴らしい方がたが︑とてもいいお話をた

くさんしてくださいまして︑私はもう︑ほとんど言うこと

がないかな︑と思うのですが︑私も一九六0年代の初めか

ら︑ 一九

九0年代の終わりにかけて︑テレビ局で︑ずっと

仕事 をし てま いり まし た︒

六0年代の初めというと︑まだ働く女性の権利は確立し

ていないころでした︒放送局の中というのは︑外から見て

いると︑女の人が華やかに働いていて︑﹁きっと女性のい

ろんな状況はよいのではないか﹂と思われるかもしれませ

んが︑実はそうではなくて︑男女差別が非常に舷しいとこ

ろで

す︒

私が入ったころは︑アナウンサーの職場というのは︑結

梢︑ 徒弟 制度 みた いな もの があ りま した

普通は事務所に入ると机があって︑自分の机というのを

もらうわけですけども︑私たちは︑自分の机というのがな

くて

︑み んな の共 同作 業机 です から

︑新 人ア ナウ ンサ ーは

座る場所がないので︑基本的には立っているんですよ︒

﹁おはようございます﹂と言って立っている︒先輩がス

タジオに入って︑いすが空くと座る︒いす取りゲl

ムみ

たいなんです︒先輩が出できたら︑パッと立つみたいな

・︑ うっ かり 座っ てい ると

︑怒 られ ると いう よう な︑ そ うい う新 人時 代を 過ご しま した

︒ 当時 は︑ 女性 と男 性は

︑仕 事の 分野 が決 まっ てい まし て︑

ニュースは女性は読ませてもらえない︒女性は︑いわゆる

(ひ ま) ネ夕

︑﹁ 桜が 咲い た﹂ とか

﹁お 祭り があ りま した

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