たとえば、L.330-3条の制定以前の事案ではあるが、アジャン控訴院
1989
年10
月23
日 判決では、ザーが過去の事業経験ならびに評判について説明をせず、そのことによってジー がフランチャイズ契約を締結してしまった場合において、ジーは本質に関する錯誤に陥っ ていたとして本契約の無効が認められた510。同じく、エクス=アン=プロヴァンス控訴院
1995
年11
月30
日判決は、ザーの使用する 標識(enseigne)につき、ジーが店舗を設置し経営を行う地域において著名性(notorieté)が欠如していたことを理由に、人に関する錯誤に基づき契約の無効を主張したものである が、本件ではそのような事実は認められないとして錯誤無効の主張を認めなかった511。
フランチャイズ契約における人に関する錯誤では、名声(honorabilité)、事業経験、免許
(diplôme)や債務の支払い能力(solvabilité)といった要素が本質的性質となる512。もっと も、判例においては、こうした要素について錯誤があった場合に民法典
1110
条に基づき錯 誤無効が主張されるよりも、詐欺が援用される場合のほうが一般的といえる513。というのは、上記で挙げた事業経験等の要素は、ドゥバン法においてザーが提供すべき情報として情報 提供義務の中に含まれている要素であるところ514、同法が定める情報の不提供は詐欺的沈 黙を特徴付けるからである515。そうしたことから、事業経験等、ザー自身に関する情報の不 提供があった場合には
1110
条よりも1116
条の詐欺を援用したほうが適当であるといえよ う。第5節 小括
以上の検討から、人に関する錯誤にせよ契約の本質的性質に関する錯誤にせよ、前章で整 理した一般的な錯誤論に基づいてジーの陥った錯誤が宥恕され得るものでない限り、錯誤 無効は認められていないということができる516。とはいえ、
L.330-3
条が法定する情報につ いてはザーに情報提供義務が課せられることから、同条で法定された情報をジーは収集す る義務はない。これは、L.330-3
条の情報提供義務による錯誤の宥恕性の拡大を意味するも509 F.-L. Simon, supra note 49, no 164, p.115
510 CA Agen, 23 oct. 1989, Juris-Data no 046163.
511 CA Aix-en-Provence, 30 nov. 1995, Juris-Data no 050808.
512 Ph. le Tourneau et M. Zoïa, supra note 57, no 106.
513 V. par ex., CA Paris, 14 janv. 2015, Juris-Data no 000340 ; CA Paris, 1er, avr. 2015, Juris-Data no 007549 ; CA Paris, 3 déc. 1999, Juris-Data no 117889.
514 V. Ph. le Tourneau et M. Zoïa, supra note 57, no 94. 具体的には、L.330-3条1項1号から4号で規定 される情報(とりわけ、4号が規定するザーの事業経験に関する情報)が該当するといえよう。
515 F.-L. Simon, supra note 49, no 165, p.116.
516 Ph. le Tourneau et M. Zoïa, supra note 57, no 106.
113
のと言える517。したがって、詐欺のみならず錯誤についても
L.330-3
条の情報提供義務が果 たしている意義は決して小さくない。もっとも、ザーの情報提供義務違反がただちに錯誤無効をもたらすのではなく、ジーに事 業経験があれば宥恕し得ない錯誤として契約の無効は認められない傾向にある。これは、ジ ーに事業経験がある場合には、そうしたジーには情報の不提供を補い得るに足る十分な能 力が備わっていると評価することができるからであろう518。
しかし、売上予測に関する情報については
L.330-3
条が提供すべき情報として法定され ていないため、かかる情報の不提供をもってジーの錯誤が顧慮されるものではない。誤った 売上予測に関する情報が提供された場合には、もっぱら詐欺で処理するというのが従来の 判例の姿勢である。そうした中、ザーの情報提供義務違反とは無関係に収益に関する錯誤を 本質的性質に関する錯誤としたのが2011
年判決である。かかる点に2011
年判決の意義の うちの1
つを見出すことができる。そこで、以降において
2011
年判決の考察を進めていきたいが、その前提作業として、次 章では、収益に関する錯誤についての先例とされる2005
年判決および本判決をめぐる学説 の議論を整理する。そして、その整理を通じて2011
年判決の考察にあたり必要な視座を獲 得したい。第3章
2005
年判決の検討 第1
節 はじめに本章では、
2011
年判決の検討に先立ち、収益に関する錯誤についての2005
年判決(建築 用地賃貸借(bail à construction)の事例。)の検討を行う。ここで建築用地賃貸借契約の事 例である本判決を検討するのは、本判決は2011
年判決と同じく収益に関する錯誤が本質的 性質に関する錯誤として無効原因になり得るかが問題となったものであるので、20 11
年判 決を論じる際に先例としてしばしば引き合いに出されるからである519。第1
章第3
節で述 べたように、収益に関する錯誤は本質的性質に関する錯誤として顧慮されない価値に関す る錯誤に包含されるとして、動機に関する錯誤と同様に契約の無効が認められない錯誤と して位置づけられてきた。事実、本章で取り上げる2005
年判決では、収益に関する錯誤は 本質的性質に関する錯誤にはならないと判示されている520。しかし、2011
年判決は1110
条 に基づき収益に関する錯誤を本質的性質に関する錯誤であると判示した点で、先述した伝517 V. C. Grimaldi et al., supra note 43, no 154, p.125-126.
518 V. F.-L. Simon, supra note 49, no 162, p.111.
519 V. par ex. F. Terré et al., supra note 315, no 218-1, p.244 ; J. Flour, et al., supra note 310, no 203-1, p.
191. ゲスタンは、2011年判決の検討の中で、2005年判決を収益に関する錯誤についての原理的判決
(arrêt de principe)であると述べている(J. Ghestin, supra note 423, 135.)。
520 Cass. 3e civ., 31 mars 2005, Bull. Civ. 2005, Ⅲ, no 81 ; pourvoi no 03-20096.
114
統的見解と相反するようにみえることから、従来の価値に関する錯誤との関連性において 注目に値するものとされる521。
そこで、2011 年判決の意義および本判決の錯誤論における位置づけを明らかにするため に、以下において同じく収益に関する錯誤が問題になった
2005
年判決を取り上げ、次いで 本判決に対する学説の見解を俯瞰したい。第
2
節 2005年判決の概要および検討 第1
款 2005年判決の概要【事実】
本件では、賃貸人である
Y(不動産配給会社:société civile d’attribution)と賃借人であ
る
X(不動産民事会社:société civile immobilière)との間で、25
年の期間で建築用地賃貸借契約が締結された。本契約に基づき
X
はY
から賃借した土地上に18
戸の居住用建物を 建設した。しかし、X
は本契約を締結することで得られると期待した利益を得られなかった ことから、Y に対して収益に関する錯誤を理由に契約の無効を主張した。原審はX
の錯誤 無効の主張を否定した。Xが破毀申立て。【判旨】
一方で、不動産の建築が
X
の目的(objet)であるところ、本契約はそうした目的に反す るものではなく、そうした目的を満たすものであった。他方で、「事業における経済的収益 性についての誤った評価は、当該事業の経済的価値および本契約によって負うことになる 義務を評価すべきであるX
の合意に瑕疵を生じさせ得る本質に関する錯誤を構成しない」と原審が判断したのは正当であった。
第
2
款 学説の反応以上のように
2005
年判決は、賃借人が主張した収益に関する錯誤は本質的性質に関する 錯誤を構成しないとして、契約の無効を認めなかった。ゲスタンらによれば、本判決は価値 に関する錯誤(正確な前提事実に基づく誤った経済的評価)と本質に関する錯誤とを区別す るこれまでの判例の立場に沿ったものであるという。そうした区分に従い、2005年判決で は、賃借人が陥った錯誤は価値に関する錯誤に過ぎず、したがって契約の無効は認められな いとされたと述べる522。そして、そうした価値に関する錯誤は1118
条523が規定するレジオ521 Th. Genicon, supra note 422, p.64.
522 J. Ghestin et al., supra note 337, no 1178, p.954 ; Y. M. Serinet : JCP 2005,Ⅰ, 194, p.2309.
523 民法典1118条
「レジオンは、一定の契約または一定の人に関する場合においてのみ、合意(convention)を瑕疵ある ものにする。」