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ことわざ

ドキュメント内 cardmaster 最近の更新履歴 野菜トランプ (ページ 38-44)

「大根頭にごぼう尻(じり)」

 大根は頭の方がおいしく、ごぼうはお尻の方がおいしいとい う意味。大根は先の方が辛く、頭の方が甘い。また、ごぼうは お尻の方が組織がやわらかいので、このようにいわれる。

「大根食ったら葉っぱ干せ(ほせ)」

 大根の葉のようにいつもは捨ててしまうようなものでも、まさかの時に役に立 つという意味。大根の葉にはビタミン類やカルシウムなどの栄養が豊富。

「大根どきの医者いらず」

 大根を収穫する時分には、みんな健康になり医者がいらなくなるという意味。

大根には消化をよくする働きがあり、昔から体によいとされてきた。

「秋なすは嫁(よめ)に食わすな」

 年中出まわっているナスの中でも秋ナスが一番おいしいの で、姑(しゅうとめ)が嫁いびりに食べさせないという説と、

ナスは体を冷やすので嫁の体を気づかい食べさせないという説 もある。

「秋鯖(さば)嫁に食わすな」「五月蕨(わらび)は嫁に食わすな」など類似の諺もある。

「なすの花と親の意見は千に一つも仇(あだ)がない」

 なすの花は咲けば必ず実をつける。親の意見も同じように、すべて子のために なってむだがないということ。子を思って話す親の意見は聞くべきであるという 教え。

「1日1個のトマトは、医者を遠ざける」

「トマトが赤くなれば、医者が青くなる」

という諺がヨーロッパにある。

ダイコン編

ナス編

トマト編

「瓜のつるに茄子は生らぬ」

 ある原因からは、それ相応の結果しか生まれないという因果 のことわりをいったもの。また、血筋は争えないというたとえ や、平凡な親から非凡な子は生まれない、子は親に似るという 意味にも使う。

「西瓜(スイカ)は土で作れ 南瓜(ナンキン)は手で作れ」

 物の性質を知り、それに応じて育てよという教訓。西瓜を作 るには、まず肥料を入れて土地をよくすることが第一。南瓜は 手入れをよくして、つるを上手に整理してやれば、あとは自然 によくできるという意味。

「南瓜(かぼちゃ)に目鼻」

 ずんぐりした不美人の形容。「団子に目鼻」は丸顔。「卵に目鼻」は美しい整っ た顔の形容。

「スイカは二つ持つな」(イランの諺)

 スイカは二つ持てないと言うところから、「物事は一つ一つ片付けていけ」と 言う意味。二兎を追うものは一兎をも得ずという日本の諺の意味に似ている。

「芝居蒟蒻芋南瓜(しばい・こんにゃく・いも・かぼちゃ)」

 江戸時代、女性の好きな物を、言葉の調子がいいように並べたもの。同じ意味 で「芋蛸南瓜(いも・たこ・なんきん)」というのもある。

「冬至にかぼちゃを食べると風邪をひかない」

 一年で一番昼の短い日(冬至)にかぼちゃを食べて柚子(ゆず)をいれた風呂 に入ると風邪をひかないと昔から言われている。栄養のあるかぼちゃを食べて、

寒くなる冬に備えようという昔人の知恵。

スイカ編 カボチャ編

「冬瓜の花の百一」(ひゃくいち)

 トウガンにはむだ花が多く、花が咲いてもほとんど実を結ば ない。数ばかりが多くて、役に立つものが少ないことのたとえ。

また、数は多くても本物は少ないというたとえ。

「まめに食うとまめでいられる」

 豆をまめに食べる。よく食べるとまめ(健康)でいられると いう意味。ダイズはこうした願いをこめて行事食に使われてい る。おせち料理に欠かせない黒大豆も「今年はまめに暮せるよ うに」という願いがある。

「豆名月(まめめいげつ)」

 旧暦で 9 月 13 日のお月さまのことをいい、新暦の 10 月下旬。「栗名月(くり めいげつ)」ともいわれ、このころが大豆や栗の旬(しゅん)、一番おいしい時期。

「大豆は米にまさる」

 これは日本でもっとも古い医学書『医心方(いしんほう)』に出てくる言葉。

ダイズは植物なのに、たんぱく質と脂質をたくさん含んでいる作物。「畑の肉」

と呼ばれる。

「炒(い)り豆に花」

 炒った豆から芽がでて花が咲くことはありえないことから、とてもありそうに もないことが起こることのたとえ。

「鳩が豆鉄砲を食ったよう」

 鳩が豆鉄砲で撃たれ、驚いて目を丸くしているようすから、思いがけない出来 事に驚いて、きょとんとしていることのたとえ。食うは、食らう、こうむるの意 で、鳩が豆を食べるという意味ではない。「豆鉄砲を食った鳩のよう」ともいう。

マメ編 トウガン編

「酢はなます ごぼうは田麩(たぶ)」

 なますは酸味(酢)があってこそおいしく、同じようにお麩

(ふ)はゴボウがあってこそおいしい。料理をつくるときに欠 かせない組み合わせのこと。

「鴨が葱を背負って来る」「鴨葱」

 鴨がねぎを背負って向こうからやってくれば、すぐにも鴨鍋 にして食べることができるので、うまい話が重なってやってく ることのたとえ。お人好しが、こちらにとって利益になる材料 を持ってやってくる時などに使う。

「倹約とけちは水仙と一文字」

 一文字とは葱(ねぎ)のこと。葱は古名を「キ」と呼び、一音であるところか ら女言葉で一文字といった。水仙と葱は少し似ているが、まったく別の植物。同 じように、一見したところ倹約とけちは似ているように見えるが、じつはまった く違うものだということ。

「ニンジン飲んで首くくる」

 江戸時代、高価な朝鮮人参薬を飲んで病気を治したが、その 後、金銭に窮(きゅう)して首をくくらないといけなくなるこ と。前後のことをよく考えないことや、身分不相応のことをし て、身を滅ぼすことのたとえ。

「馬の鼻先に人参をぶら下げる」

 馬はニンジンが大好物ある。そのニンジンを目の前にすると、馬は食べようと して、走り出すというような意味。この諺はやる気を示さない者に対して、褒美 をちらつかせることで奮起させるというような意味。

ニンジン編 ネギ編 ゴボウ編

※朝鮮人参(ウコギ科)はニンジン(セリ科)の仲間ではない。

「米の字の祝い」

「米寿(べいじゅ)の祝い」

 米の字を分解すると「八十八」になることから。

「実るほど頭(こうべ)を垂(た)れる稲穂かな」

 稲は実を熟すほど穂が垂れ下がるように、人も人格者や学問にすぐれている人 ほど謙虚であるということ。

「雨後のたけのこ」

雨が降ったあと、たけのこが続々と生えるようすから、物事が次々と続いて現れ るようなことのたとえ。

「青田から飯になるまで水加減」

 米は田にあるうちから、飯を炊くまで収穫量も味も、水加減に左右されるとい う意味。どんなことも加減が大切ということ。

「竹を割ったよう」

 竹がまっすぐ縦に割れることから、物事にこだわらない、さっぱりとした性質 である人をあらわすたとえ。

「藪医者」(やぶいしゃ)  診断や治療の能力が劣った医者。

「雀医者」(すずめいしゃ)  これからヤブに飛んでいこうとしている医者。

「筍医者」(たけのこいしゃ)  これからヤブになっていく医者。

「師走筍寒茄子」(しわすたけのこかんなすび)

 「師走」は十二月。「寒」は小寒(しょうかん)(1月6日ころ)

から節分(2月4日)までの約三十日間。一年のうちでも特に 寒い時期。タケノコの旬は春、ナスの旬は夏から秋。どちらも 旬でない冬場に手に入れることは、むずかしいことから、望ん でもかなわないことをいう。

タケノコ編 イネ編

「芋の煮えたも ご存じない 」

 世間知らずの人を、からかっていう言葉。いもが煮えてい るのか、煮えていないのか区別が分からないような育ちの

良い人をさしていう。 また注意が足らず、うっかりしてい        る場合にも使われる。

「芋の子を洗うよう」

 桶や樽にたくさんの芋を入れてかき回して洗うように、狭い所に大勢の人が混 み合っているようす。

「栗よりうまい十三里」

 里とは昔の道のりを計る単位。1里は約 3.9km。十三里とはサツマイモのこと。

クリ(九里)とより(四里)を足すと十三里。ちょうど、江戸から十三里のとこ ろに、サツマイモの産地(埼玉県川越)があったため。

「青菜に塩」

 それまで元気だった人が、急にしょんぼりするさま。新鮮な緑の野菜に塩を振

「家柄より芋がら」

 江戸時代には、武士の家系よりも町人の財のほうがものをいった。格式だけで 実際にはあまり役に立たない家柄なら、食べることができる芋がらのほうがよい ということ。

「青菜は男に見せるな」

 青菜は大きく見えるが、茹(ゆ)でると小さく縮んでかさが 減ってしまう。だから炊事のことを知らぬ男には見せない方が 良い。そうでないと減らしたのではないかと疑問を抱かれるこ とから、人事全て疑われそうな事はなるべく避けた方が賢明で あるということ。

なっぱ編 イモ編

良い人をさしていう。 また注意が足らず、うっかりしてい       

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