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し い給 盆則 につ いて は今 後の 課題 とし

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( 2 5 )   P .   L .  

96 

51 1,  S e c ti o

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( a ) .   -f>(ill\lll~

来訟8E減法の協匹打から三カ月以内に︑各政府機関の長は情報管理活動を担当する一人の上級責任者

(A S en i o r f f i c i a l .  

ただし︑軍︑国防省は二人︶をそれぞれ任命すると規定されている︒

( 2 6 )   Mc Cl ur e,   Bi s h op ,   Do t y ,  a nd   Be r g er o n ,  o p .   c i t

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.  

p .  

53 . 

( 2 7 )

情報システムの統合化の問題については︑

C f .

U .  

S .   C on g r es s ,  f f i c e   o f   Tech no lo gy   As s e ss m e nt ,   In fo rm in g  t h e  N at io n:   F ed e r al   I n f or m a ti o

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gg in at io ni na nE

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Ge

ov er nm en ta l  P r in t i ng   O f f i c e ,  

19 88 , p p

47 .  

48 . 

( 2 8 )   Cf•

Da y, e  M lv in   S .,  

N a

^•

t io n a l  I nf o r ma t i on   P ol i c y:   Th e  B ro ad er   Co n t ex t

" , G  ov er nm en t  I n fo r m at i o n  Q ua r t er l y ,  V o l.  

6,  

No . 

2,  1 98 9,  p p

160.  

  , 1 62 . 

( 2 9 ) 第三 章第 二節 参照

︒ ( 3 0 )   O ha s h i,   o p .   c i t . ,   p .  

60 . 

一九

0

年十二月十一日に成立した文書業務削減法は同法案に署名したカーターにではなく︑新たに誕生したレー ガン政権の下で一九八一年四月一日から施行されることになった︒本章では︑

のインプリメンテーション及びそれに対して影響を及ぼした諸要因について論じることにする︒

第 五 章 文 書 業 務 削 減 法 の イ ン プ リ メ ン テ ー シ ョ ン

1

レ ー ガ ン 政 権

関 法 第 四 二 巻 第 六 号

>

レーガン政権における文書業務削減法

︵一 五六

0)

アメ

リカ

連邦

政府

にお

ける

情報

資源

管理

政策

背景的要因ーーーレーガン政権の情報政策

︵一 五六

本節は文書業務削減法の施行に関わる背景的要因︑とりわけレーガン政権のイデオロギー︑行政スタイル及び情報

政策の特徴を主として取り扱う︒なお︑厳密な分析にとっては政権の第一期と第二期を区別した上でその相違点を明

らかにする作業が必要と思われるが︑レーガンの情報政策に限って言えば︑基本的な方向性︑

促すといったケインズ流の考えによるのではなく︑ スタイルの点で第一︑

二期を通じてかなりの一貫性が存在するというのが筆者の見方である︒それゆえ︑ここでは特に両者を区別する仕方

さて︑﹁強いアメリカ﹂と﹁小さな政府﹂を訴えて大統領選挙を戦ったレーガンは現職のカーターを破り勝利を収

めた︒結果は︑大統領選挙人の獲得数で見れば四八九対四九とまさに﹁圧勝﹂であった︒大統領に就任する前後から︑

彼は重要な施策を次々と打ち出しはじめる︒様々な分野にわたるそれらの施策を貫いていたのが次の二つの方針︑す

なわち連邦政府の規模を本質的な機能を果たすのに必要な最小限のレベルにまで縮小すること︑そして最大限の効率

でそれらの本質的な機能を実行することであった︒これらの方針が最も明瞭な形で表れている政策の一っが︑サプラ

イサイド・エコノミクスを基盤とするマクロ経済の運営であろう︒政府支出の増大によって有効需要を創出し成長を

レーガンは減税︑政府支出の削減︑規制緩和により供給側に﹁刺

激﹂を与えて成長を促す政策を選択した︒言うまでもなく︑これらは﹁小さな政府﹂を志向する元来の彼のイデオロ

ところで︑様々な利益集団や議会︑さらには政府内部からの圧力に抗して支出削減や規制緩和を推進していくこと

はー一九七八年のカリフォルニア州の﹁提案二二号﹂に代表されるような減税︑政府規模の縮小を求める世論の高 ギー路線にも適うものであった︒ はとらないことを︑あらかじめ断っておく︒ 第一節

>

まりやレーガンを大統領の地位につけた多数の国民からの支持があったとしても1容易ではない仕事である︒レー

ガンはそれを集権的な統治スタイルで達成しようと試みた︒すなわち︑従来のように政府機関や議会︑あるいは利益

集団の﹁要求

(d em an d)

﹂を汲み取った上で政策を決定し実行していくようなディマンドサイド重視のスタイルでは

なく︑大統領︵及びそれを補佐する大統領府︶の側がまず政策目標を設定し︑集権的なリーダーシップを用いてトッ

(2 ) 

プダウン的にそれを実行していくといったやり方をとったのである︒J・キャロルらはそれを﹁サプライサイド・マ

(3 ) 

ネジメント﹂と名付けている︒具体的には︑それはまず政治的任命者からなる管理責任者

(m

an

ag

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)

とキャリアの

執行者

( o p e r a t o r )

との﹁階級区分﹂の明確化という形をとって現れる︒このことにより︑大統領の意向を代弁する

少数の管理責任者が実行すべき政策課題をまず設定し︑執行者がその実現にあたるといったトップダウン的アプロー

(4 ) 

チが政府機関内部において徹底されることとなった︒

策の形成︑調整︑実施及び評価について大統領を補佐する﹁政策開発局

( t h e O ff i c e  o f   Poli

cy

  De ve lo pm en t)

﹂が大

(5 ) 

統領府内に設置されている︒同機関の設置により︑政策決定に関わる行政府内部の諸アクター1内閣︑官僚︑そし

OMBー~は「上から」統合される形となり、さらにそれまでは他の行政アリーナにおいて取り扱われていた諸問

(6 ) 

題︑争点は︑ホワイトハウスによる一元的な評価や調停に付されることになった︒

周知のように︑レーガンはこのようなスタイルによって︑国内経費の大幅な削減を含む様々な﹁改革﹂を試みよう

(7 ) 

とした︒そこで問題となるのは︑以上との関連で︑レーガン政権による情報あるいは文書業務に関わる施策において

はいかなる特徴が見いだせるのかということである︒最大公約数的には︑それは﹁情報コストの削減﹂と﹁機密措置

の強化﹂の二つに大別され得る︒以下︑順次見ていくことにしよう︒

関 法 第 四 二 巻 第 六 号

一方︑政府機関間の調整に関しても︑レーガン政権時に国内政 二三四

︵一 五六

アメ

リカ

連邦

政府

にお

ける

情報

資源

管理

政策

提案された︒これは︑ るキャンペーン︑いわゆる﹁浪費に対する戦い 政権の誕生直後から︑級管理責任者の職務上のニーズに直接関係のないデータ・情報を取り扱う活動は︑﹁過多な﹂人員を温存させておく

(8 ) 

ような典型例の︱つであった︒情報関連プログラムが支出削減の対象として姐上にのせられたのは当然の成り行きで

あったとも言えるのである︒

就任して間もなく︑

これらの帰結として︑ 情報コストの削減

︵一 五六

一九八四年一月の記者会見の場に︑新 一九八一及び一九八二会計年度におけるすべての定期刊行物︑ レーガンは情報関連プログラムの大幅なカットを試みようとした︒レーガンにとっては︑上レーガンは連邦政府の出版及びオーディオ・ビジュアル関連物における不必要な支出を削減す

(W

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  on

a   W

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﹂を

O M

Bを中心として展開し始める︒就任直後の

一九八一年四月二

0

日の演説において︑彼は政府機関による定期刊行物︑パンフレット︑映像関連物に対する新規発

( 9)  

行の一時停止

( M o r

a t o r

i u m )

を求めた︒これとの関連で︑翌日の四月ニ︱日には

O M

Bによる﹁告示八︱│︱六号

( B u l

l e t i

N n  

o .

  81 

16

)﹂が出されている︒その内容は︑

パンフレット︑映像関連物に対して政府機関は﹁見直し﹂を行い︑﹁政府機関の任務遂行にとって必須のものを除く

すべての出版物を廃止する﹂よう求めるものである︒この対象は同年七月二四日の﹁告示八一ーニ三号

( B u l

l e t i

( 1 n

0 ) 

N o .   8

1 23

﹂によってさらに拡大され︑議会に定期的に提出される行政機関の報告書の削減が指示されることとなる︒)

一九八四年までに三二八七の出版物が廃止され︑その他五六一の出版物については整理統合が

( 11 )  

一 五

0

万部以上の出版に直接影響を与えるものである︒

たに廃刊処分となった出版物が詰められたゴミ袋を片手に登場した大統領顧問のE

.ミ

ース

と OMB

のJ

・ラ

イト

は︑

( 12 )  

﹁すべての連邦出版物の四分の一を排除し︑さらに四分の一についてはコストを削減した﹂との宣言を行った︒

二三五

サービスに関する全国計画策定委員会(NCLIS)

﹂は

営化され︑﹁精神衛生アブストラクト

(C

he

mi

ca

l  I

nf

or

ma

ti

on

  System)

﹂も

︵一 五六 四︶

( 13 )  

出版物以外では︑これまで政府が所有・運営してきたデータベースの民営化が推進されることとなった︒その例を

あげれば︑﹁国立精神衛生研究所

( N a t i o n a I n l s t i t u t e   o f   M

en

ta

l  H e al t

h )﹂が所有するデータベースは一九八二年に民

この

結果

一時間あたり一五から三五ドルであった使用料は六

0

ドルヘと引き上げられるようになった︒また︑環境

保全局

(E PA )

九八四年に二つの民間ベンダーの手に委ねられている︒この措置に対し︑以前ならば︱つのシステムで検索できた情

( 14 )  

報が︑二つのシステムと契約しないと手に入らなくなったとの強い不満がユーザー側から寄せられた︒

この

に他

も︑

や情報サービス機関のネットワーク化を推進するため一九七

0

年のニクソン政権時に設置された﹁図書館及び情報

一九八三年度予算ではゼロ査定を下された︒また︑図書

( 15 )  

館振輿法関連予算は一九八三年度予算において前年度より約二七パーセント減となっている︒連邦政府予算全体で見

ても

の 一 ︱

0

のデータベースで構成される﹁化学情報システム

レーガン政権の下では図書館・情報関連予算が大幅に削減されている︒たとえば︑全米の公立図書館

レーガン政権のほぼ第一期目にあたる一九八一から一九八五会計年度では︑政府印刷局

(G Po )

( 16 )  

めて統計・情報関連予算は削減されている︒

キャロルらによれば︑以上のレーガン政権による情報政策の特徴はいわゆる﹁サプライ・サイド的命題﹂に基づく

ものとされる︒それは︑民間主体によって収集され提供し得るような情報を政府は取り扱う必要はなく︑ひいては政

( 17 )  

府による情報の収集は民間部門への不当な負担となるというものである︒このような考え方を基盤としてレーガンに

よってなされた措置の目的は︑結局のところ︑効率の追求を第一の目標として情報を物理的にコントロールすること 関法第四二巻第六号

(M

en

ta

l  H

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h  A b s t r a c t s

) ﹂として

D I A L O

Gで新たに利用可能となった︒

の予算を含

二三 六

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