やしていく必要のあることが、関数のグラフからわかってくる。
なりのイメージを図2として以下に示す。
高度化
高水準
請求権と供給の関数としてのオプション 一一→惨
一 一 一
請求権 低水準図2 低水準
、.........
高水準
供 給
3. <請求権>と<供給>をめぐる「現代の社会紛争」
<請求権>や<供給>といった概念の真価は、それによって現実の社会紛争や社会変動 がどの程度よく説明できるか、にかかっている。『現代の社会紛争』のタイトノレ原語は、
Der moderne soziale KonDiktであるが、そもそもmodernの意味は 「同時代J、「当世」
といったところであり、時代としてのいわゆる「現代Jに限られているわけではない。そ れはこの言葉を使う人聞が、どの時点から自分の同時代を認めるか、また何をもって自分 の時代の根本的特徴と考えるか、に結びついている。ダーレンドルフの場合、明らかにヨ ーロッパの近代以降を modernな時代として意識しているので、「近現代の社会紛争Jと するのが無難であろうが、ここでは便宜的に「現代の社会紛争Jとしておく。
(1) <請求権>の党派と<供給>の党派
ダーレンドルフは、歴史的な政治勢力をその中心的な主張の面から、誇求権を重視する いわゆる<請求権>の党派左供給を重視する<供給>の党派に分類した上で、その桔抗と
して現実政治をとらえる興味深い見方を提示している (26)。
それによると、<供給>の党派は、経済成長すなわち財やサービスを増やし、その質を 向上させ、多様性を増やすことが大事と考える。このような党派は、誰かの利益が必ずし も別の人の不利益にならないようなプラスサム ・ゲームとして、さまざまな問題の解決策 を考える傾向がある。その意味で彼らにとって、全体の利益を増やすことで痛みを伴わな い進歩も可能である。人は当然、努力しなければならないが、努力すれば報われる、とい う信念を彼らは持ちがちである。そして、貧困の境界線を後退させ、すべての人がより多 くの利益を手にできるようにしなければならない。そのような意味で、<供給>の党派に とって、あらゆる重要な問題は、経済的な問題として捉えられ、検討されることになる。
一方、<請求権>の党派のほうはどうか。彼らは、利益を得た側がそうでない側に支払 わなければならないゼロサム・ゲームが必要な場面もある、と主張する。ときには人の痛 みを伴う厳しい決断を下さなければならない。進歩は、貧困の境界線を後退させることで はなく、陽の当たる場所をめぐって争われる集団関の紛争を通じて実現する。権利の確立 や財の再分配のためには、意識的な行動も必要になってくる。そのような意味で、<請求 権>の党派にとって、主要問題は政治的な問題として検討されるのである。
「この二つの党派はどこにでも存在し、ときに同じ政治集団の内側にさえ存在するJ(27)
と、ダーレンドルフは指摘している。ダーレンドルフ自身も属している自由主義勢力の1 8世紀以降の帰趨に、これを当てはめてみよう。 18世紀の革命から 1948年の革命失 敗あたりまで、自由主義者の多くは、自由の拡大を求めるという意味で、<請求権>の党 派に属していた。そこにエド、マンド・パーク CEdmundBurke)やアレクシス・ド・トク ヴ、イル(Alexisde Tocqueville)のような人物が現れて、こうした革命に伴う犠牲に注意 を促しても、自由主義者はさほど不安を抱かなかった。しかし、<請求権>の拡大を求め ていた闘士も、まもなく<供給>の問題に関心を移すようになってし1く。自由主義者の陣 営はやがて<請求権>の党派と<供給>の党派に分裂する。一部の自由主義者は<請求権
>を求めてさらに戦い続けたが、しだいに熱が冷めてし、く。そこで今度は、社会主義の形 をとった新しい<請求権>の党派が歴史に登場してくる、とし、う流れとなる。
ダーレンドノレフの見方によると、両派の対立はさまざまな形をとって今日まで続いてい る、という。その例として、社会民主主義派とネオリベラル派の論争や、ケインズ派とフ リードマン派の論争があげられている (28)。この場合、<請求権>の党派は社会民主主義 派でありケインズ派、またく供給>の党派はネオリベラル派で、あり、 フリードマン派とい
う位置づけになる。
(2) <請求権>の党派と<供給>の党派の闘いとしての 「現代の社会紛争J
<請求権>の党派と<供給>の党派の闘いとしての社会紛争の舞台として、近代のいわ ゆる「市民革命J、すなわち産業革命とフランス革命について考えてみよう。ダーレンドル フは、英国で始まった産業革命を<供給>革命、 1789年のフランス革命を<請求権>
革命だとして、この両者を明確に区別し、これらの混同を厳しく戒めている (29)。たしか に革命の担い手を観察するなら、産業革命もフランス革命も、 ドイツ語で表現するなら、
たしかにいわゆる「市民Jたるビ、ユルガー (Burger)の革命といえた。しかし、ダーレン ドルフは次のようにいう。
英国とフランスで起きた出来事をよく分析するなら、それら推進勢力の二つの顔は 一つの姿をとらず、二つの形をとったことがわかる。英国の創意に富んだ企業家と、 フランスの第三身分は、どう考えても同ーの社会集団をなしていなかった。二つの顔
をもっヤヌスではなく、おそらく双生児、それも一卵性双生児であった。 (30)
日本語で一般的に「市民Jと訳されることの多いドイツ語のビ ュルガーとしづ概念は、
非常にあいまいであり、社会科学の用語として使うのは難しい場合がある。ダーレンドル フの見方では、ピュルガーをフランス語で表現するなら、単なるシトワイヤン (citoyen) ではなく、またブ、ノレジョワ (bourgeois)でもなく、むしろ双方の意味が含まれている (31)。
シトワイヤンは、英語のシティズン (citizen)とほぼ同義である。シティズンとは、シ チズンシップ (citizenship)を保有する者である。シティズンシップについては後述する が、ここでは簡単にみておきたい。ダーレンド、ルフによると、「シティズンシップとは、あ る社会的な単位、特にある国民 (Nation)の成員であることから生じる権利と義務をいうJ
(32)。ここからシティズンを再定義するなら、「ある国の国籍をもつことから生じる権利と 義務を担う者Jといえるだろう。国のような社会的単位を前提せずして、シティズンは考
えられない。このようなシティズンをドイツ語でふつうに表現する場合、一般には、ピュ ルガーの頭に Staat(国家)を前に付けて、 Staatsburger(国家市民)という。これは、
ピュルガーという言葉だけでは、「国民であることから生じる権利や義務Jというニュアン スが伝わらず、シトワイヤンやシティズンの意味を十分に表しきれなし、からである。
ここで、シティズン、シトワイヤン、プルジョワ、ビ、ユルガーなどの概念を少しでも明 確にしておきたい。フランス語でいうならば、 citoyenまたはその形容詞としての civilが ほんらい都市国家であった古代ローマに由来し、またbourgeoisは語源的にも実態的にも 中世都市に住んだ町人に由来することは疑いないところであろう。したがって、この両者 が 混 同 さ れ が ち な の は 今 に 始 ま っ た と こ ろ で は な く 、ジャン ・ジャック ・ル ソ ー (Jean "Jacques Rousseau)も、「近頃の人々の間では、大部分の人が都市(ville)を国家 (cite)と、また町人 (bourgeois)を公民 (citoyen)と取り違えている。都市を作ってい るのは家屋だが、国家 (cite)を作っているのは公民 (citoyen)であることを彼らは知ら ないJ(33)と批判しているとおりである。ルソーの時代でさえ、 bourgeoisとcitoyenは混 同されがちだ、った。
それから2世紀を経た今日、再びcivilsociety論が復興していることは周知のとおりで ある。これは最初、ラテンアメリカから東ヨーロッパに向かつて広がった。東ヨーロッパ では、共産党政権が倒壊するなかで、人々が新しい拠り所を探し始めた地域で、キーワー ドとして使われるようになった。 しかし、 その意味は、ロックのciviIsocietyとは似て非
なるものである。人々が合意に基づき築き上げる政治社会がロックのcivilsocietyだとす れば、現代のcivilsocietyはむしろ、国や政府から自立して活動する民間団体ないしはそ の活動領域を総称したもののようである。わが国ではやはり 「市民社会」と訳されるのが ふつうで、シピル・ソサエティなどとカタカナで呼ばれることもある。内容として、それ に何を含めるかは、論者により異なるようであるが、たとえば民間非営利団体 (NPO) や非政府国際団体(NGO)や民間の財団、シンクタンクを指すのが一般的のようである。
教会や草の根住民団体を含める場合もある。 civilsocietiesのように複数形で使われ、個別 のsocietyが意識される場合には、「民間団体jという日本語訳が最もふさわしいようにも 思われる。
この新しいcivilsociety論の眼目はなによりも、政治社会における民間団体の積極的、
建設的役割を高く評価するというところにあるわけで、「市民社会」というありきたりの訳 語では不十分であろう。同じような問題事情が、 ドイツでも現れたから興味深い。 civil societyのドイツ語訳としては、 burgerlicheGesellschaftがまず考えられる。しかし、へ ーゲ、ノレやマルクスによって使い込まれたこの用語は、手垢がつき過ぎている。そこで、そ れと判然と区別する意味で、新たに考え出されたドイツ語の造語が、 Zivilgesellschaftで あった。ダーレンドルフは、この系譜のcivilsocietyの訳語として、独自の意味合いを付 加しつつBurgergesellschaftと表現している (34)。
こういうわけでcivilsocietyは、きわめて複雑な概念史をたどってきた。この点から考 えても、 civilsocietyの担い手としてのシティズンをどう日本語で表現するかは、かなり の難問といえる。「ある国の国籍をもつことから生じる権利と義務を担う者jとこれを定義 するなら、「国民」が最も適切である。 citizenとは、まさに国民のことである。しかしな がら、国民というのは、片一方でnationの訳語としても考えられるので、それとの訳し分 けを強く意識する場合には、紛らわしさを極力避けるとしづ意味で、 「国民」以外の訳語が 望ましいかもしれない。そこで本稿では、 citizen、citoyenの訳語と して「公民j を提唱 したい。用語としての「公民Jは、政治理論史の福田歓一氏が年来使用してきた訳語 (35)
であり、奇抜なものではまったくない。
ダーレンドルフの議論に戻ることにしよう。それによると、産業革命はブ ルジョワを担 い手とする<供給>革命、フランス革命はシトワイヤンを担い手とする<請求権>革命で ある。すでに説明したように、ブ ルジョワとシトワイヤンは同一の社会集団ではなかった。
1 8世紀のヨーロッパやアメ リカでは、次の三つの段階を踏んで<ライフ ・チャンス>が