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⑿ 社 会

ドキュメント内 立憲国家と法治国家︱︱ (ページ 37-42)

の区 別の 問題 とし て捉 える こと に存 する

。第 二の 誤り は、 国家 と社 会を 区別 し対 峙さ せる 場合

、そ の不 可欠 の内 容と して

、両 者の 厳格 な区 別と 無関 係性 を措 定す るこ とに

( )

ある

﹂。

72

この 論者 のい いた いと ころ を無 視し て、 私な りに 右の 二点 を説 明し 直せ ば、 こう なる

。 第一

の誤 りは

、国 家と 社会 を共 同体 と捉 えた だけ でな く、 国家 を

c i v i t a s

に、 市民 社会

︵ブ ルジ

ア 社会

︶を

c i v i c s o c i e t y

c i v i l s o c i e t y

で はな く︶ に、 すな わち

、と もに 善き 共同 体へ と人 為的 に︵ 議会 制定 法を 通し て、 設計 主義 的に

︶作 り上 げ よう とし てい る点 にあ る。

﹁国 家/ 市民 社会

﹂の 区別 は、

﹁組 織/ 秩序

﹂、

﹁組 織の ルー ル/ 秩序 のル ール

﹂の 区別 に相 応し てい るこ とを ドイ ツ国 法学 は見 落と した のだ

。 第二 の誤 りは

、市 民社 会と は放 縦を 許容 する

︵ま たは 市民 社会 にお ける 個々 人の 自由 は放 縦と なり やす い︶ か、 人間 を私 化す る本 来的 性質 をも つ﹁ 自由 放任

﹂の 空間 であ る、 と決 めつ けた 点に ある

。市 民社 会は 人間 を私 化す るど ころ か、 交換 的正 義に 従っ て活 動す るル ール を人 びと に習 得さ せた ので ある

。 ベッ

ケン フェ ルデ の先 の診 断と 私の 右の 所見 は同 一で はな い。 とは いえ

、彼 も、

﹁自 由の 制度 的な 保障 は、 国家 と社 会の 区別 によ って 条件 づけ られ た

( )

もの

﹂だ とか

、﹁ 国家 と社 会の 区別 をな くし てし まう なら ば、 必然 的に

、国

73

家的 任務 と、 単な る公 共的 任務 ない し公 的に 重要 な任 務と を区 別す るこ とま でも

、不 可能 にな って し

( )

まう

﹂と いっ

74

てお り、 私見 と共 鳴し あう とこ ろが ある

社会 の国 家化

﹁社 会国 家﹂

S o c i a l s t a a t

︶ なる 用語 と概 念は

、英 米法 の伝 統に はあ りえ ない

アメ リカ 公法 学は

、﹁ 国家

/市 民社 会﹂ の別 を当 然視 して いる ため なの か、 この 二分 法の 根源 にあ るも のを 政治 哲学 的に 分析 する こと が少 ない

。ヘ ーゲ ルを 知ら ない 国で ある

。ヘ ーゲ ルを 知ら ない 人び とも

、﹁ 社会 国家

﹂な る 造語 の不 可解 さは すぐ にみ てと るだ ろう

﹁社 会国 家﹂ が何 であ れ、 国家

︵官 僚団 の知 識に 先導 され て制 定さ れる 法令 の︶ 知識 が、 市民 社会 に分 散さ れて いる 知識 より も正 義に 近い

、ま たは

、誤 りが 少な いと いう 思考 自体

、疑 問視 され なけ れば なら ない

。市 民社 会に おけ る 人び との 知識 は、 暗黙 的で あり

、実 践的 であ り、 局所 的で あり

、主 観的 であ る。 実定 化で きな いの だ。 国家

︵実 定 法︶ の知 識が 社会 を先 導で きは し

( )

ない

。ま して や、 国家

︵実 定法 が︶ 国民 や社 会を 統合 でき る、 と期 待す るの は楽

75

観的 すぎ る。 ハイ エク であ れば

、社 会国 家は

﹁幻 想﹂ であ るば かり か、 自由 の漸 進的 簒奪 とな る、 とい うに 違い ない

i

幻 想だ

j

と いう 理由 は、 人為 的な 最適 秩序 なる もの は人 間の 知性 でも って は知 りよ うも なけ れば 実現 でき よう もな いか らで ある

i

自由 の漸 進的 簒奪 だ

j

とい う理 由は

、個 人の 享有 する 自由 の質 と量 を、 個人 の占 める 地位

・ 身分 に応 じて 国家 が管 理す るよ うに なる から であ る。 この 国家 に登 場す る基 本権 は、 自由

︵権 で︶ はな く﹁ 身分 権﹂ とな る。 私は

、こ の国 家を

﹁財

・サ ービ スを 配給 する 国家

﹂と 呼ん でい る。 今日

、私 たち は、 配 され る財

・ サー ビス を手 に入 れよ うと

、行 政機 関の 前で 行列 をな して いる かの よう だ。 社会 国家 は、

﹁社 会法

﹂に よっ て市 民社 会を 規制 して いる ので はな い。

﹁社 会法

﹂と いう 公法 によ って 個々 人に 国 家内 地位

︵身 分権 を︶ 付与 して いる ので ある

。こ れは

、﹁ 市民 法原 理﹂ 私法 の体 系︶ とは 相容 れな い。 私法 の体 系が 故意

・過 失を 法的 責任 の必 須要 素と した のは

、地 位・ 身分 に伴 う法 的請 求を 無効 化す るた めだ っ た。 この こと をハ イエ クは 次の よう に表 現し てい る。

﹁自 生的 秩序 にお いて は、 各人 の地 位は 他の 多く の人 びと の諸 行為 が合 成さ れた 結果 であ る。 とい うこ とは

、多 くの 人び との こう した 別々 の諸 行為 が一 定の 人物 に有 利と なる 特定 の結 果を 保証 する 責任 を誰 も負 うこ とは なく

、ま た、 その 力を 誰も もつ こと はな い。 ある 人の 地位 は他 者の 行為 また は複 数の 人間 の協 同行 為に よっ て影 響さ れて いる かも しれ ない が、 それ らだ けに 依存 して いる こと は稀 であ ろう

。そ れゆ え、 自生 的秩 序に おい ては

、あ る人 物の ある べき 地位 を決 定す るル ール は存 在し

( )

ない

﹂。

76

︶ ハイ エク の立 憲主 義論 が権 力分 立レ ベル

︵ま たは 成文 憲法 典レ ベル

︶と

、原 理的 レベ ルの 二層 から なっ てい るこ とを 述べ る論 攷と して

、参 照 48

、土 井崇 弘﹁ ハイ エク にお ける 立憲 主義 につ いて の一 考察

﹂原 秀夫 ほか 編﹃ 法の 理論

﹄︵ 成文 堂、 二〇

〇三

︶三

〇頁

。 22

︶ HA

YE

,K

LL L -II I, su pr an ot e3 2, at 99 -1 00 .た だし

、訳 文の

①~

⑤は 阪本

︵ 49

︶ ベッ ケン フェ ルデ

・前 掲注

︶訳 書二 八頁

。 50

47

︶ 参照

、C

・シ ュミ ット

、田 中浩

=原 田武 雄訳

﹃合 法性 と正 当性

﹄︵ 未來 社、 一九 八三

︶六

~七 頁。 C・ シュ ミッ ト、 尾吹 善人 訳﹃ 憲法 理論

﹄ 51

︵木 鐸社

、一 九七 二︶ 五〇

、四 九頁 は、

﹁市 民的 法治 国﹂ の要 素と して

、基 本権 の承 認、 権力 の分 立、 人民 代表 を通 じて の立 法権 への 人民 の最 小 限の 関与 をあ げて いる

。法 治国 家の 構成 要素 の捉 え方 はド イツ の論 者も さま ざま なよ うで ある

。こ の点 につ いて は、 シュ テル ン・ 前掲 注︵

︶47 訳書 一八 五頁 以下 参照

︶ 参照

、ベ ッケ ンフ ェル デ・ 前掲 注︵

︶訳 書二 九頁

。 52

47

︶ 前掲 注︵

︶に おけ るベ ッケ ンフ ェル デの 指摘 をみ よ。 また

、特 殊ド イツ 的な 歴史 背景 につ いて は、 後掲 注︵

︶お よび その 本文

、藤 田宙 53

47

69 靖﹃ 行政 法学 の思 考形 式︹ 増補 版︺

﹄︵ 木鐸 社、 二〇

〇二

︶八 九頁 以下

、K

・ヘ ッセ

、初 宿正 典= 赤坂 幸一 訳﹃ ドイ ツ憲 法の 基本 的特 質﹄

︵成 文 堂、 二〇

〇六

︶一 一~ 一二 頁を 参照 せよ

︶ 参照

、シ ュミ ット

・前 掲注

︶訳 書﹃ 憲法 理論

﹄二 三〇 頁。 また

、阪 本・ 前掲 注︵

︶﹃ 憲法 国 制ク ラシ ック

︹第 版︺

﹄﹇

﹈~

﹈ 54

51

17

2 51 53 も参 照願 う。

︶ ベッ ケン フェ ルデ

・前 掲注

︶訳 書二 九頁

、た だし

、︵

︶内 は阪 本。 55

47

︶ 同訳 書三 二頁 には

、次 のよ うな 注目 すべ き記 述が みら れる

。 56

﹁法 治国 家の 法律 概念 とは

、︽ 実質 的︾ 法律 とか

︽形 式的

︾法 律と か言 う場 合の 法律 概念 では なく

、一 つの 統 な概 念で ある

。つ まり

、こ の概 念に おい て、 実体 的内 容的 契機 と、 形式 的手 続的 契機 とが 結び つけ られ

、一 つの 分か ちが たい 統一 へと もた らさ れる

。す なわ ちこ の意 味で の法 律と は…

…討 論と 公開 性を 備え た手 続を 通じ て、 国民 代表 の同 意の 下に 成立 した 一般 的規 則の こと であ る﹂

︵傍 点は 訳書 のま ま︶

︶ 法律 国家 とい う観 念が

、﹁ 行政 の法 律適 合性 原則

﹂に だけ 焦点 が当 てら れて いき

、さ らに は法 実証 主義 のも とで 形式 的法 治国 概念 へと 展開 し 57 てい く背 景に つい ては

、参 照、 同訳 書三 八頁 以下

。ま た、 シュ テル ン・ 前掲 注︵

︶訳 書一 七〇 頁も 法治 国家 は、 自由 権保 障と いう 視点 を持 47 って おら ず、

﹁つ まる とこ ろ法 律国 家﹂ だっ た、 とい う。 法治 国原 理の 諸要 素に 基本 権保 障を 含ま せた のは

、シ ュミ ット であ った が、 その 保障 も法 律に よる 介入 を容 認す るも ので あっ た。

︶ この 点に つい てベ ッケ ンフ ェル デは 同訳 書六 五頁 にお いて

、主 権国 家に おい ては

﹁も はや 特定 の個 人が 他の 諸個 人に 対し て支 配権 を行 使す べ 58 きで はな い。 具体 的に は、 ある 身分

︵貴 族︶ が他 の身 分︵ 農民

︶に 対し て支 配権 を行 使す べき では ない

﹂と 巧み に説 明し てい る。

︶ 参照

、同 訳書 六二

~六 九頁

。た だし

、そ こで の説 明は

、﹁ 国家

/市 民社 会﹂ にお ける それ ぞれ の自 律性 の解 明を 超え て、 社会 が国 家統 治に 参 59 加し てい く展 開ま で言 及さ れて いる

。こ こま で視 野を 拡大 して しま うと

、市 民社 会に おけ る自 由︵ リベ ラリ ズム

︶問 題が デモ クラ シー 問題 に シフ トし てし まっ て、 焦点 定ま らぬ もの とな る。 こう した 典型 例が ヘッ セ・ 前掲 注︵

︶訳 書﹃ ドイ ツ憲 法の 基本 的特 質﹄ 一一

~一 五頁 でい う 53 Ge me in we se nな る用 語と 概念 だ、 と私 はみ てい る。 そう 考え たか らこ そ私 は、 市民

︵社 会︶ の政 治参 加の 側面 につ いて は、 本文 では 意図 的に 省略 した

。人 びと の全 生活 領域 を﹁ 共同 体﹂ とし て組 織化 しよ うと する 思考 は、 リベ ラリ ズム と真 っ向 から 対立 する

。な お、 ヘッ セの

﹁国 家と 社会

﹂に 関す る立 場と

、そ れに 対す る批 判に つい ては

、工 藤・ 前掲 注︵

︶二 九〇 頁以 下、 参照

。 19

︶ 参照

、マ ルク ス・ 前掲 注︵

︶訳 書﹃ ユダ ヤ人 問題 によ せて

ヘー ゲル 法哲 学批 判序 説﹄ 二七 頁、 その 他各 所。 60

19

︶i 市民 社会 は自 律的 に動 くj とい う論 じ方 は、 D・ ヒュ ーム

︵D .H um e︶ から A・ スミ ス︵ A. Sm it h︶

、そ して

、A

・フ ァー ガス ン︵ A. Fe r -g 61 as on

︶に みら れる スコ ット ラン ド啓 蒙思 想ま たは イギ リス 国民 経済 学の 立場 であ る。 ヘー ゲル はこ のこ とを 熟知 しな がら

、﹁ 国家

/市 民社 会﹂ 二分 論を 独自 にア レン ジし た。 その さい

、彼 は市 民社 会に 対し てア ンビ ヴァ レン トで あっ た。

﹁法 の哲 学﹂ 18 3と 18 5を 比較 せよ

。本 文で

§§

私は

、市 民社 会論 者の 多く が﹁ ヘー ゲル 左派

﹂に よる もの だ、 と述 べた のは

、こ の学 派が

﹁法 の哲 学﹂ 18 5の 捉え 方の ほう に共 鳴し てい る、

§

とい うこ とを 含意 させ てい る。

︶ 参照

、C

・フ リー ドリ ッヒ

、志 水望

=渡 辺重 範= 大越 康夫 訳﹃ 比較 立憲 主義

﹄︵ 早稲 田大 学出 版部

、一 九七 九︶ 九頁

︵ 62

︶ 参照

、川 越修

﹁社 会国 家の 思想 的基 盤﹂ 社会 思想 史学 会年 報三 三号

﹃社 会思 想史 研究

︿特 集﹀ 福祉 国家

・社 会国 家の 思想 再訪

﹄︵ 二〇

〇 九 63

︶八 頁以 下。

︶ フリ ード リッ ヒ・ 前掲 注︵

︶訳 書一 二頁

。フ リー ドリ ッヒ は、 続け て﹁ 自由 を求 める 衝動 は、 充足 を必 要と する よう にお もわ れる 他の 衝 64

62 動に 道を 譲っ てい る﹂ とも いう

︶ 参照

、ベ ッケ ンフ ェル デ・ 前掲 注︵

︶訳 書四 四頁

。 65

47

︶ 前掲 注︵

︶お よび それ に続 く本 文で もふ れた よう に、 ハイ エク は、

﹁社 会的 正義

﹂︵ so ci al ju st ic e︶ がカ テゴ リー ミス テイ クで ある こと を 66

46 何度 も指 摘し てき た。

︶ 参照

、ベ ッケ ンフ ェル デ・ 前掲 注︵

︶訳 書四 七頁

。 67

47

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