の区 別の 問題 とし て捉 える こと に存 する
。第 二の 誤り は、 国家 と社 会を 区別 し対 峙さ せる 場合
、そ の不 可欠 の内 容と して
、両 者の 厳格 な区 別と 無関 係性 を措 定す るこ とに
( )
ある
﹂。
72
この 論者 のい いた いと ころ を無 視し て、 私な りに 右の 二点 を説 明し 直せ ば、 こう なる
。 第一
の誤 りは
、国 家と 社会 を共 同体 と捉 えた だけ でな く、 国家 を
c i v i t a s
に、 市民 社会︵ブ ルジ
ョ
ア 社会︶を
c i v i c s o c i e t y
︵
c i v i l s o c i e t y
で はな く︶ に、 すな わち、と もに 善き 共同 体へ と人 為的 に︵ 議会 制定 法を 通し て、 設計 主義 的に
︶作 り上 げ よう とし てい る点 にあ る。
﹁国 家/ 市民 社会
﹂の 区別 は、
﹁組 織/ 秩序
﹂、
﹁組 織の ルー ル/ 秩序 のル ール
﹂の 区別 に相 応し てい るこ とを ドイ ツ国 法学 は見 落と した のだ
。 第二 の誤 りは
、市 民社 会と は放 縦を 許容 する
︵ま たは 市民 社会 にお ける 個々 人の 自由 は放 縦と なり やす い︶ か、 人間 を私 化す る本 来的 性質 をも つ﹁ 自由 放任
﹂の 空間 であ る、 と決 めつ けた 点に ある
。市 民社 会は 人間 を私 化す るど ころ か、 交換 的正 義に 従っ て活 動す るル ール を人 びと に習 得さ せた ので ある
。 ベッ
ケン フェ ルデ の先 の診 断と 私の 右の 所見 は同 一で はな い。 とは いえ
、彼 も、
﹁自 由の 制度 的な 保障 は、 国家 と社 会の 区別 によ って 条件 づけ られ た
( )
もの
﹂だ とか
、﹁ 国家 と社 会の 区別 をな くし てし まう なら ば、 必然 的に
、国
73
家的 任務 と、 単な る公 共的 任務 ない し公 的に 重要 な任 務と を区 別す るこ とま でも
、不 可能 にな って し
( )
まう
﹂と いっ
74
てお り、 私見 と共 鳴し あう とこ ろが ある
。
⑿
社会 の国 家化﹁社 会国 家﹂︵
S o c i a l s t a a t
︶ なる 用語 と概 念は、英 米法 の伝 統に はあ りえ ない
。
アメ リカ 公法 学は
、﹁ 国家
/市 民社 会﹂ の別 を当 然視 して いる ため なの か、 この 二分 法の 根源 にあ るも のを 政治 哲学 的に 分析 する こと が少 ない
。ヘ ーゲ ルを 知ら ない 国で ある
。ヘ ーゲ ルを 知ら ない 人び とも
、﹁ 社会 国家
﹂な る 造語 の不 可解 さは すぐ にみ てと るだ ろう
。
﹁社 会国 家﹂ が何 であ れ、 国家
︵官 僚団 の知 識に 先導 され て制 定さ れる 法令 の︶ 知識 が、 市民 社会 に分 散さ れて いる 知識 より も正 義に 近い
、ま たは
、誤 りが 少な いと いう 思考 自体
、疑 問視 され なけ れば なら ない
。市 民社 会に おけ る 人び との 知識 は、 暗黙 的で あり
、実 践的 であ り、 局所 的で あり
、主 観的 であ る。 実定 化で きな いの だ。 国家
︵実 定 法︶ の知 識が 社会 を先 導で きは し
( )
ない
。ま して や、 国家
︵実 定法 が︶ 国民 や社 会を 統合 でき る、 と期 待す るの は楽
75
観的 すぎ る。 ハイ エク であ れば
、社 会国 家は
﹁幻 想﹂ であ るば かり か、 自由 の漸 進的 簒奪 とな る、 とい うに 違い ない
。
i
幻 想だj
と いう 理由 は、 人為 的な 最適 秩序 なる もの は人 間の 知性 でも って は知 りよ うも なけ れば 実現 でき よう もな いか らで ある。
i
自由 の漸 進的 簒奪 だj
とい う理 由は、個 人の 享有 する 自由 の質 と量 を、 個人 の占 める 地位
・ 身分 に応 じて 国家 が管 理す るよ うに なる から であ る。 この 国家 に登 場す る基 本権 は、 自由
︵権 で︶ はな く﹁ 身分 権﹂ とな る。 私は
、こ の国 家を
﹁財
・サ ービ スを 配給 する 国家
﹂と 呼ん でい る。 今日
、私 たち は、 配﹅ 給﹅ され る財
・ サー ビス を手 に入 れよ うと
、行 政機 関の 前で 行列 をな して いる かの よう だ。 社会 国家 は、
﹁社 会法
﹂に よっ て市 民社 会を 規制 して いる ので はな い。
﹁社 会法
﹂と いう 公法 によ って 個々 人に 国 家内 地位
︵身 分権 を︶ 付与 して いる ので ある
。こ れは
、﹁ 市民 法原 理﹂︵ 私法 の体 系︶ とは 相容 れな い。 私法 の体 系が 故意
・過 失を 法的 責任 の必 須要 素と した のは
、地 位・ 身分 に伴 う法 的請 求を 無効 化す るた めだ っ た。 この こと をハ イエ クは 次の よう に表 現し てい る。
﹁自 生的 秩序 にお いて は、 各人 の地 位は 他の 多く の人 びと の諸 行為 が合 成さ れた 結果 であ る。 とい うこ とは
、多 くの 人び との こう した 別々 の諸 行為 が一 定の 人物 に有 利と なる 特定 の結 果を 保証 する 責任 を誰 も負 うこ とは なく
、ま た、 その 力を 誰も もつ こと はな い。 ある 人の 地位 は他 者の 行為 また は複 数の 人間 の協 同行 為に よっ て影 響さ れて いる かも しれ ない が、 それ らだ けに 依存 して いる こと は稀 であ ろう
。そ れゆ え、 自生 的秩 序に おい ては
、あ る人 物の ある べき 地位 を決 定す るル ール は存 在し
( )
ない
﹂。
76
︵
︶ ハイ エク の立 憲主 義論 が権 力分 立レ ベル
︵ま たは 成文 憲法 典レ ベル
︶と
、原 理的 レベ ルの 二層 から なっ てい るこ とを 述べ る論 攷と して
、参 照 48
、土 井崇 弘﹁ ハイ エク にお ける 立憲 主義 につ いて の一 考察
﹂原 秀夫 ほか 編﹃ 法の 理論
﹄︵ 成文 堂、 二〇
〇三
︶三
〇頁
。 22
︵
︶ HA
YE
,K
LL L -II I, su pr an ot e3 2, at 99 -1 00 .た だし
、訳 文の
①~
⑤は 阪本
。
︵ 49
︶ ベッ ケン フェ ルデ
・前 掲注
︵
︶訳 書二 八頁
。 50
47
︵
︶ 参照
、C
・シ ュミ ット
、田 中浩
=原 田武 雄訳
﹃合 法性 と正 当性
﹄︵ 未來 社、 一九 八三
︶六
~七 頁。 C・ シュ ミッ ト、 尾吹 善人 訳﹃ 憲法 理論
﹄ 51
︵木 鐸社
、一 九七 二︶ 五〇
、四 九頁 は、
﹁市 民的 法治 国﹂ の要 素と して
、基 本権 の承 認、 権力 の分 立、 人民 代表 を通 じて の立 法権 への 人民 の最 小 限の 関与 をあ げて いる
。法 治国 家の 構成 要素 の捉 え方 はド イツ の論 者も さま ざま なよ うで ある
。こ の点 につ いて は、 シュ テル ン・ 前掲 注︵
︶47 訳書 一八 五頁 以下 参照
。
︵
︶ 参照
、ベ ッケ ンフ ェル デ・ 前掲 注︵
︶訳 書二 九頁
。 52
47
︵
︶ 前掲 注︵
︶に おけ るベ ッケ ンフ ェル デの 指摘 をみ よ。 また
、特 殊ド イツ 的な 歴史 背景 につ いて は、 後掲 注︵
︶お よび その 本文
、藤 田宙 53
47
69 靖﹃ 行政 法学 の思 考形 式︹ 増補 版︺
﹄︵ 木鐸 社、 二〇
〇二
︶八 九頁 以下
、K
・ヘ ッセ
、初 宿正 典= 赤坂 幸一 訳﹃ ドイ ツ憲 法の 基本 的特 質﹄
︵成 文 堂、 二〇
〇六
︶一 一~ 一二 頁を 参照 せよ
。
︵
︶ 参照
、シ ュミ ット
・前 掲注
︵
︶訳 書﹃ 憲法 理論
﹄二 三〇 頁。 また
、阪 本・ 前掲 注︵
︶﹃ 憲法 国 制ク ラシ ック
︹第 版︺
﹄﹇
﹈~
﹇
﹈ 54
51
17
2 51 53 も参 照願 う。
︵
︶ ベッ ケン フェ ルデ
・前 掲注
︵
︶訳 書二 九頁
、た だし
、︵
︶内 は阪 本。 55
47
︵
︶ 同訳 書三 二頁 には
、次 のよ うな 注目 すべ き記 述が みら れる
。 56
﹁法 治国 家の 法律 概念 とは
、︽ 実質 的︾ 法律 とか
︽形 式的
︾法 律と か言 う場 合の 法律 概念 では なく
、一 つの 統﹅ 一﹅ 的﹅ な概 念で ある
。つ まり
、こ の概 念に おい て、 実体 的内 容的 契機 と、 形式 的手 続的 契機 とが 結び つけ られ
、一 つの 分か ちが たい 統一 へと もた らさ れる
。す なわ ちこ の意 味で の法 律と は…
…討 論と 公開 性を 備え た手 続を 通じ て、 国民 代表 の同 意の 下に 成立 した 一般 的規 則の こと であ る﹂
︵傍 点は 訳書 のま ま︶
。
︵
︶ 法律 国家 とい う観 念が
、﹁ 行政 の法 律適 合性 原則
﹂に だけ 焦点 が当 てら れて いき
、さ らに は法 実証 主義 のも とで 形式 的法 治国 概念 へと 展開 し 57 てい く背 景に つい ては
、参 照、 同訳 書三 八頁 以下
。ま た、 シュ テル ン・ 前掲 注︵
︶訳 書一 七〇 頁も 法治 国家 は、 自由 権保 障と いう 視点 を持 47 って おら ず、
﹁つ まる とこ ろ法 律国 家﹂ だっ た、 とい う。 法治 国原 理の 諸要 素に 基本 権保 障を 含ま せた のは
、シ ュミ ット であ った が、 その 保障 も法 律に よる 介入 を容 認す るも ので あっ た。
︵
︶ この 点に つい てベ ッケ ンフ ェル デは 同訳 書六 五頁 にお いて
、主 権国 家に おい ては
﹁も はや 特定 の個 人が 他の 諸個 人に 対し て支 配権 を行 使す べ 58 きで はな い。 具体 的に は、 ある 身分
︵貴 族︶ が他 の身 分︵ 農民
︶に 対し て支 配権 を行 使す べき では ない
﹂と 巧み に説 明し てい る。
︵
︶ 参照
、同 訳書 六二
~六 九頁
。た だし
、そ こで の説 明は
、﹁ 国家
/市 民社 会﹂ にお ける それ ぞれ の自 律性 の解 明を 超え て、 社会 が国 家統 治に 参 59 加し てい く展 開ま で言 及さ れて いる
。こ こま で視 野を 拡大 して しま うと
、市 民社 会に おけ る自 由︵ リベ ラリ ズム
︶問 題が デモ クラ シー 問題 に シフ トし てし まっ て、 焦点 定ま らぬ もの とな る。 こう した 典型 例が ヘッ セ・ 前掲 注︵
︶訳 書﹃ ドイ ツ憲 法の 基本 的特 質﹄ 一一
~一 五頁 でい う 53 Ge me in we se nな る用 語と 概念 だ、 と私 はみ てい る。 そう 考え たか らこ そ私 は、 市民
︵社 会︶ の政 治参 加の 側面 につ いて は、 本文 では 意図 的に 省略 した
。人 びと の全 生活 領域 を﹁ 共同 体﹂ とし て組 織化 しよ うと する 思考 は、 リベ ラリ ズム と真 っ向 から 対立 する
。な お、 ヘッ セの
﹁国 家と 社会
﹂に 関す る立 場と
、そ れに 対す る批 判に つい ては
、工 藤・ 前掲 注︵
︶二 九〇 頁以 下、 参照
。 19
︵
︶ 参照
、マ ルク ス・ 前掲 注︵
︶訳 書﹃ ユダ ヤ人 問題 によ せて
ヘー ゲル 法哲 学批 判序 説﹄ 二七 頁、 その 他各 所。 60
19
︵
︶i 市民 社会 は自 律的 に動 くj とい う論 じ方 は、 D・ ヒュ ーム
︵D .H um e︶ から A・ スミ ス︵ A. Sm it h︶
、そ して
、A
・フ ァー ガス ン︵ A. Fe r -g 61 as on
︶に みら れる スコ ット ラン ド啓 蒙思 想ま たは イギ リス 国民 経済 学の 立場 であ る。 ヘー ゲル はこ のこ とを 熟知 しな がら
、﹁ 国家
/市 民社 会﹂ 二分 論を 独自 にア レン ジし た。 その さい
、彼 は市 民社 会に 対し てア ンビ ヴァ レン トで あっ た。
﹁法 の哲 学﹂ 18 3と 18 5を 比較 せよ
。本 文で
§§
私は
、市 民社 会論 者の 多く が﹁ ヘー ゲル 左派
﹂に よる もの だ、 と述 べた のは
、こ の学 派が
﹁法 の哲 学﹂ 18 5の 捉え 方の ほう に共 鳴し てい る、
§
とい うこ とを 含意 させ てい る。
︵
︶ 参照
、C
・フ リー ドリ ッヒ
、志 水望
=渡 辺重 範= 大越 康夫 訳﹃ 比較 立憲 主義
﹄︵ 早稲 田大 学出 版部
、一 九七 九︶ 九頁
。
︵ 62
︶ 参照
、川 越修
﹁社 会国 家の 思想 的基 盤﹂ 社会 思想 史学 会年 報三 三号
﹃社 会思 想史 研究
︿特 集﹀ 福祉 国家
・社 会国 家の 思想 再訪
﹄︵ 二〇
〇 九 63
︶八 頁以 下。
︵
︶ フリ ード リッ ヒ・ 前掲 注︵
︶訳 書一 二頁
。フ リー ドリ ッヒ は、 続け て﹁ 自由 を求 める 衝動 は、 充足 を必 要と する よう にお もわ れる 他の 衝 64
62 動に 道を 譲っ てい る﹂ とも いう
。
︵
︶ 参照
、ベ ッケ ンフ ェル デ・ 前掲 注︵
︶訳 書四 四頁
。 65
47
︵
︶ 前掲 注︵
︶お よび それ に続 く本 文で もふ れた よう に、 ハイ エク は、
﹁社 会的 正義
﹂︵ so ci al ju st ic e︶ がカ テゴ リー ミス テイ クで ある こと を 66
46 何度 も指 摘し てき た。
︵
︶ 参照
、ベ ッケ ンフ ェル デ・ 前掲 注︵
︶訳 書四 七頁
。 67
47