法的 原則 だ﹂ とい うの で
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ある
。と いう こと は、
R u l e o f L a w
を 私た ちが 理解 する にあ たっ ても、法 学で いう
l a w
︵ 法︶ をイ メー ジす るの で はな く、︽諸 法︵
l a w s
を︶ 抽象 化し た、 それ らを 統合 する ひと つの 法則︵
a L a w
︶ のこ とだ︾と みる ほう がい いの で はな いか
、と 私は 考え てい る︵ この 点に つい ては
、﹁ おわ りに
﹂で もふ れる
︶。
⑷
超︱ 法的 原則 の淵 源 法を 法た らし める 法則 性は、反 復継 続さ れる 人び との 自発 的行 動に おい て遵 守さ れ、 この 行動 のな かに 立ち 現れ る。 この 捉え 方こ そハ イエ ク思 考の 特徴 であ る︵ この 思考 は、 H・ L・ A・ ハー ト︹
H . L . A . H a r t
︺の ルー ルの 捉え 方で もあ る︶
。
﹁保 障さ れる 自由 領域
﹂を 画定 する ルー ルは
、人 びと の自 発的 なプ ラク ティ スの なか に、 いつ の間 にか でき あが る。 これ が先 に述 べた
n o m o s
で ある。こ のこ とを ハイ エク は
T
H EC
ON ST IT UT IO NO F
L
IB ER TY
にお いて
、こ う述 べ てい る。
﹁こ のル ール は、 個体 がそ れと して
︵保 護領 域を 画定 する もの とし て︶ 知っ てい るの では なく
、行 為す るさ いに 尊重 する
ので ある
。…
…一 般に ル﹅ ー﹅ ル﹅ が﹅ 行﹅ 為﹅ に﹅ お﹅ い﹅ て﹅ 遵﹅ 守﹅ さ﹅ れ﹅ る﹅ と﹅ い﹅ う﹅ 事﹅ 実﹅ は、 この ルー ルを 発見 して 言葉 によ って 定式 化し なけ れば なら ない
、と いう わけ では
( )
ない
﹂。
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何気 なく 述べ られ
、読 者が 読み 飛ば して しま いそ うな この 一文 は、 ルー ルの 見方 につ いて きわ めて 重要 な意 味を もっ てい る。 反復 継続 され る事 実の なか に妥 当性 が立 ち現 れる
。ル ール その もの は、 それ に従 う行 為そ のも のの なか に示 され てい る、 とハ イエ クは いう ので ある
。 この 反復 継続 行動 に現 れる ルー ルに は命 令者 の意 思が ない
。特 定の 目的 を実 現し よう とす る目 的が ない
。人 為に よっ て可 視化 され たも ので もな く、 可視 化さ れる 必要 もな い。 自発 的行 動の なか に現 れる 一般 的で 抽象 的な 法則 性を もつ ルー ルは
、そ の包 括性 ゆえ に万 人の 選好
︵意 思︶ を受 容で きる
。︽ この 行動 のな かに おの ずか ら現 れる ルー ルこ そ、 万人 の自 由を 最大 限尊 重し てい る︾ とい うわ けで あ る。 これ まで 多く の法 学徒 も、 議会 制定 法を
﹁正 しき 法﹂ のも とに 置こ うと 試み てき た。
﹁高 次の 法﹂
︵
h i g h e r l a w
︶ によ って 人為 法を 統制 しよ うと する 試み であ る。 その さい
、あ る論 者は
、理 性を 具現 して いる 自然 法や
、人 間の 尊厳 なる 価値 を内 実と する 法を 口に して きた
。法 源の 違い こそ あれ
、こ れら の
l a w
は、法 規範 とし て捉 えら れて いる 点、 さら には
、実 体的 価値 序列 の高 低を 含意 して いる 点で は共 通し てい る。 こう した 法学 的思 考傾 向と 対照 すれ ば、 ハイ エク の着 想は 実に 特異 であ る。 経済 学者 であ るば かり か社 会哲 学者 であ る彼 は、 これ まで の法 学の 基本 概念 とそ の捉 え方 にも 挑戦 した ので ある
。法 学は
、意 思と その 発現 であ る行 為
に関 する ルー ル体 系を たび たび 口に した り、 ある 法律 を理 解す るに あた って は﹁ 立法 目﹅ 的﹅
﹂は 何か を探 求し たり し てき た。 この 発想 と言 葉の 用法 に対 して ハイ エク は、 根本 から 揺さ ぶり をか ける
。 本章 の
⑵
で既 にふ れた よう に、 意思 とは 特定 の目 的だ けを 選択 する 精神 活動 だと みた から こそ、ハ イエ クは
、議 会の 意思 を包 括性
・抽 象性 等の 形式 のも とに 置こ うと した
。実 体的 な接 近法 を意 識的 に避 ける この 着想 は、 法学 の 体系 の外 にい った ん出 て、 法学 でい う
l a w
を、 別のL a w
概 念︵ 人知 から 独立 した 法則 のイ メー ジ︶ で解 明し よう と する 点で も特 異で ある。
⑸
﹁善 き生
﹂か ら独 立し たル ール ハイ エク が、
﹁法 の支 配﹂ にお ける 法の 意義 を探 ると き、 実体 的な 接近 法を 避け たの は、 次の 理由 とも 関連 して いる ハ 。 イエ クは
、西 洋の 嫡流 の﹁ 精神
/身 体﹂
、﹁ 精神
/物 質﹂
、﹁ 理性
/知 性﹂
、﹁ 政治
/経 済﹂ とい う二 分法 と、 精神 や理 性を 物質 や経 済的 欲求 の上 位に 置く 垂直 的発 想を 極力 避け た。 人間 の自 由の 条件 を語 ろう とす ると き、 理性 や 精神 の崇 高さ に目 を奪 われ るこ とな く、 日常 的な 対人 的関 係︵ 相互 行為 に︶ おい て、 人間 が意 図的 に作 り上 げて い る障 碍が どこ にあ るの かと 問う 思考 を研 ぎ澄 まそ うと した ので ある
。こ の思 考は
、
l
自由 とは 意図 的な 強制 の不 存 在を いい、
m
人び とは、強 制の ない なか でこ そ、 各自 の知 識に 基づ いて 相互 行為 でき
、
n
相互 行為 のな かで、知 識 は財 にも 宿り 伝達 され るの であ って
、精 神︵
m i n d
︶に のみ 宿る ので はな い︵ それ どこ ろか
、財 にこ そ知 識が 凝縮 され てい る︶
、と 展開 され てい く。 この ハイ エク の見 解に 抗し て、 ドイ ツの 社会 的法 治国 の構 想や
、大 恐慌 以降 ケイ ンズ 理論 に影 響さ れた アメ リカ の革 新主 義的 裁判 例に みら れる よう に、 現代 法理 論は
、自 由を
﹁精 神的 自由
/経 済的 自由
﹂に 大き く二 分し た。 そ して
、前 者こ そ自 由ま たは 民主 政に とっ て基 本的 で重 要で ある のに 対し て、 後者 は人 間の 不平 等︵ 現に 生活 して い
る人 びと の間 の権 力格 差︶ の元 凶と もな る、 とも 説い てき た。 この 価値 序列 の論 拠づ けの なか には
、精 神的 自由 の 実体 的な 価値 は経 済的 自由 のそ れよ りも 優位 して いる
、と いう もの もあ る。 これ は、 右で ふれ た﹁ 精神
物質
﹂ま
>
たは
﹁政 治 経済
﹂と いう 垂直 的優 劣関 係を みて とる 立場 であ る。 この 理論 は、 また
、① 経済 市場 での 弱者 保護
、
>
②大 企業 によ る独 占の 防止
、③ 情報 の非 対称 性の 緩和
、④ 不景 気や 失業 に対 処す るた めの 総需 要の 喚起 等々
、﹁ 自 由を 実質 的に 保護 する ため に﹂
、市 場へ の国 家の 介入 を要 請す るの であ る。 こう した 現代