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⑷ 超 ︱

ドキュメント内 立憲国家と法治国家︱︱ (ページ 45-48)

法的 原則 だ﹂ とい うの で

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ある

。と いう こと は、

R u l e o f L a w

を 私た ちが 理解 する にあ たっ ても

、法 学で いう

l a w

︵ 法︶ をイ メー ジす るの で はな く、

︽諸 法︵

l a w s

を︶ 抽象 化し た、 それ らを 統合 する ひと つの 法則

a L a w

︶ のこ とだ

︾と みる ほう がい いの で はな いか

、と 私は 考え てい る︵ この 点に つい ては

、﹁ おわ りに

﹂で もふ れる

︶。

超︱ 法的 原則 の淵 源 法を 法た らし める 法則 性は

、反 復継 続さ れる 人び との 自発 的行 動に おい て遵 守さ れ、 この 行動 のな かに 立ち 現れ る。 この 捉え 方こ そハ イエ ク思 考の 特徴 であ る︵ この 思考 は、 H・ L・ A・ ハー ト︹

H . L . A . H a r t

︺の ルー ルの 捉え 方で もあ る︶

﹁保 障さ れる 自由 領域

﹂を 画定 する ルー ルは

、人 びと の自 発的 なプ ラク ティ スの なか に、 いつ の間 にか でき あが る。 これ が先 に述 べた

n o m o s

で ある

。こ のこ とを ハイ エク は

T

H E

C

ON ST IT UT IO NO F

L

IB ER TY

にお いて

、こ う述 べ てい る。

﹁こ のル ール は、 個体 がそ れと して

︵保 護領 域を 画定 する もの とし て︶ 知っ てい るの では なく

、行 為す るさ いに 尊重 する

ので ある

。…

…一 般に ル は、 この ルー ルを 発見 して 言葉 によ って 定式 化し なけ れば なら ない

、と いう わけ では

( )

ない

﹂。

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何気 なく 述べ られ

、読 者が 読み 飛ば して しま いそ うな この 一文 は、 ルー ルの 見方 につ いて きわ めて 重要 な意 味を もっ てい る。 反復 継続 され る事 実の なか に妥 当性 が立 ち現 れる

。ル ール その もの は、 それ に従 う行 為そ のも のの なか に示 され てい る、 とハ イエ クは いう ので ある

。 この 反復 継続 行動 に現 れる ルー ルに は命 令者 の意 思が ない

。特 定の 目的 を実 現し よう とす る目 的が ない

。人 為に よっ て可 視化 され たも ので もな く、 可視 化さ れる 必要 もな い。 自発 的行 動の なか に現 れる 一般 的で 抽象 的な 法則 性を もつ ルー ルは

、そ の包 括性 ゆえ に万 人の 選好

︵意 思︶ を受 容で きる

。︽ この 行動 のな かに おの ずか ら現 れる ルー ルこ そ、 万人 の自 由を 最大 限尊 重し てい る︾ とい うわ けで あ る。 これ まで 多く の法 学徒 も、 議会 制定 法を

﹁正 しき 法﹂ のも とに 置こ うと 試み てき た。

﹁高 次の 法﹂

h i g h e r l a w

︶ によ って 人為 法を 統制 しよ うと する 試み であ る。 その さい

、あ る論 者は

、理 性を 具現 して いる 自然 法や

、人 間の 尊厳 なる 価値 を内 実と する 法を 口に して きた

。法 源の 違い こそ あれ

、こ れら の

l a w

、法 規範 とし て捉 えら れて いる 点、 さら には

、実 体的 価値 序列 の高 低を 含意 して いる 点で は共 通し てい る。 こう した 法学 的思 考傾 向と 対照 すれ ば、 ハイ エク の着 想は 実に 特異 であ る。 経済 学者 であ るば かり か社 会哲 学者 であ る彼 は、 これ まで の法 学の 基本 概念 とそ の捉 え方 にも 挑戦 した ので ある

。法 学は

、意 思と その 発現 であ る行 為

に関 する ルー ル体 系を たび たび 口に した り、 ある 法律 を理 解す るに あた って は﹁ 立法 目

﹂は 何か を探 求し たり し てき た。 この 発想 と言 葉の 用法 に対 して ハイ エク は、 根本 から 揺さ ぶり をか ける

。 本章 の

で既 にふ れた よう に、 意思 とは 特定 の目 的だ けを 選択 する 精神 活動 だと みた から こそ

、ハ イエ クは

、議 会の 意思 を包 括性

・抽 象性 等の 形式 のも とに 置こ うと した

。実 体的 な接 近法 を意 識的 に避 ける この 着想 は、 法学 の 体系 の外 にい った ん出 て、 法学 でい う

l a w

を、 別の

L a w

概 念︵ 人知 から 独立 した 法則 のイ メー ジ︶ で解 明し よう と する 点で も特 異で ある

﹁善 き生

﹂か ら独 立し たル ール ハイ エク が、

﹁法 の支 配﹂ にお ける 法の 意義 を探 ると き、 実体 的な 接近 法を 避け たの は、 次の 理由 とも 関連 して いる ハ 。 イエ クは

、西 洋の 嫡流 の﹁ 精神

/身 体﹂

、﹁ 精神

/物 質﹂

、﹁ 理性

/知 性﹂

、﹁ 政治

/経 済﹂ とい う二 分法 と、 精神 や理 性を 物質 や経 済的 欲求 の上 位に 置く 垂直 的発 想を 極力 避け た。 人間 の自 由の 条件 を語 ろう とす ると き、 理性 や 精神 の崇 高さ に目 を奪 われ るこ とな く、 日常 的な 対人 的関 係︵ 相互 行為 に︶ おい て、 人間 が意 図的 に作 り上 げて い る障 碍が どこ にあ るの かと 問う 思考 を研 ぎ澄 まそ うと した ので ある

。こ の思 考は

l

自由 とは 意図 的な 強制 の不 存 在を いい

m

人び とは

、強 制の ない なか でこ そ、 各自 の知 識に 基づ いて 相互 行為 でき

n

相互 行為 のな かで

、知 識 は財 にも 宿り 伝達 され るの であ って

、精 神︵

m i n d

︶に のみ 宿る ので はな い︵ それ どこ ろか

、財 にこ そ知 識が 凝縮 され てい る︶

、と 展開 され てい く。 この ハイ エク の見 解に 抗し て、 ドイ ツの 社会 的法 治国 の構 想や

、大 恐慌 以降 ケイ ンズ 理論 に影 響さ れた アメ リカ の革 新主 義的 裁判 例に みら れる よう に、 現代 法理 論は

、自 由を

﹁精 神的 自由

/経 済的 自由

﹂に 大き く二 分し た。 そ して

、前 者こ そ自 由ま たは 民主 政に とっ て基 本的 で重 要で ある のに 対し て、 後者 は人 間の 不平 等︵ 現に 生活 して い

る人 びと の間 の権 力格 差︶ の元 凶と もな る、 とも 説い てき た。 この 価値 序列 の論 拠づ けの なか には

、精 神的 自由 の 実体 的な 価値 は経 済的 自由 のそ れよ りも 優位 して いる

、と いう もの もあ る。 これ は、 右で ふれ た﹁ 精神

物質

﹂ま

たは

﹁政 治 経済

﹂と いう 垂直 的優 劣関 係を みて とる 立場 であ る。 この 理論 は、 また

、① 経済 市場 での 弱者 保護

②大 企業 によ る独 占の 防止

、③ 情報 の非 対称 性の 緩和

、④ 不景 気や 失業 に対 処す るた めの 総需 要の 喚起 等々

、﹁ 自 由を 実質 的に 保護 する ため に﹂

、市 場へ の国 家の 介入 を要 請す るの であ る。 こう した 現代

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