本章では,
STEM
のスキャンの直交性,ならびにスキャン不安定性に起因する局所ゆがみを測定した.STEMのスキャン⾓度を系統的に変化させながら,
SrTiO
薄膜試料を
[001]晶帯軸⼊射として原⼦分解能観察し,試料ドリフトによるひずみを
積算時に補正した.原⼦カラムを⽰す各輝点にフィットしたガウス関数の強度と 標準偏差について,近接原⼦との⽐をとることで
Sr
原⼦カラムとTi/O
原⼦カラム をクラスタリングした.Sr 原⼦カラムの解析からスキャンの直交性からのズレを⾒積もり,アフィン変換により補正した.また,スキャン回転⾓度を変えた像の解 析から,スキャンに由来する局所ゆがみを抽出した.スキャンに由来する局所ゆが みはスキャン⽅向に相関し,その量は最⼤でも
0.5%程度であることが⽰された.
このように,
STEM
における装置不安定性は,以下に⽰すような⾦属ナノ粒⼦の局 所格⼦ひずみの解析において⼤きな障害とはならないことが明らかとなった.材料中の⼀部の領域を参照した場合の相対的な局所格⼦ひずみは⾼い精度で解 析できた⼀⽅で,原⼦間距離の定量といった絶対的な解析は装置の系統誤差によ って⼤きな影響を受けることが⽰唆された.近年では原⼦配列解析における
STEM
の⾼い相対位置精度が注⽬されている.今後は,電⼦線⼊射⽅向を軸として標準試 料を回転させて解析するなど,より詳細な研究から装置の系統誤差を低減するこ とで,絶対的な位置に関しても⾼い正確度が実現されるものと考えられる(50).こ のような研究により,原⼦配列の解析がさらなる段階へと進むことが期待される.第 4章 ⾦ナノ粒⼦の形状に起因する格⼦ひずみ
. ⾦ナノロッド試料
本研究で⽤いた⾦ナノロッドは平均⻑軸⻑さ
. nm,平均短軸⻑さ . nm,平
均アスペクト⽐が約5.2
で,溶液中での吸光ピークが現れる波⻑はnm
である.図
4.1
に本研究で⽤いた⾦ナノロッド分散溶液の吸光度スペクトルを⽰す.図 4.1: 本研究で⽤いた⾦ナノロッドの分散溶液に対する吸光度スペクトル(⼤⽇本
塗料株式会社より提供)
⾦ナノロッド溶液中には,分散剤である臭化ヘキサデシルトリメチルアンモニ ウム(Hexadecyltrimethylammonium Bromide : CTAB)が⾼い濃度で含まれている.
CTAB
のような炭化⽔素系の残留分⼦が試料中に含まれると,電⼦線照射によって 解離し,試料表⾯にカーボンの堆積物ができ,コンタミネーションが発⽣する.本 研究では,⾦ナノロッドの透過型電⼦顕微鏡観察時のコンタミネーションの低減 のため,遠⼼分離機 (Eppendorf 社製 CentrifugeR)により g,15
分間の 遠⼼分離操作を⾏った.その後,CTABが多く含まれる上澄み液を除去し,⾦ナノ ロッドが多く含まれる残りの溶液を純⽔で再分散した.この操作を数回繰り返し,試料溶液を得た.⾦ナノロッド周囲を
CTAB
が覆うことで⾦ナノロッドは分散さ れるため,CTAB
を過度に除去すると⾦ナノロッドは凝集する.⾦ナノロッドをのせる⽀持膜には,不要な電⼦散乱を避けるため膜厚が薄いこと,
⾦ナノロッドを安定して保持できること,後述するパルスレーザー光照射の衝撃 および温度上昇による破れないが求められる.本研究では,電⼦顕微鏡観察に際し
て
Quantifoil
炭素膜 タイプR /
を⽤いた.Quantifoil炭素膜は膜厚~ nm
で,あらかじめ決められた⼤きさの円形の⽳が開けられている.
試料作製に際して,⽀持膜はプラズマクリーナー (⽇本電⼦社製 電⼦顕微鏡
⽤親⽔化処理装置
DII- HD)により親⽔化処理した.親⽔化処理とはスライ
ドガラス,カーボン板,カーボン⽀持膜などの疎⽔性基盤の表⾯に僅かな傷をつけ ることで,濡れ性を向上させる処理のことである.この親⽔化処理により,⽀持膜 上で⾦ナノロッドが凝集せず,⽀持膜上全体に⾦ナノロッドを分散させることがで きる.図4.2a
に⽀持膜中で凝集した⾦ナノロッド,図4.2b
に⽀持膜中で適度に分 散した⾦ナノロッドの画像をそれぞれ⽰す.親⽔化処理した⽀持膜に⾦ナノロッド溶液を滴下し,真空乾燥させた.さらなる コンタミネーション防⽌策として,試料を約 -
Pa
程度の真空中にて1
時間,100℃
の条件で加熱した.これにより炭化⽔素系の残留分⼦を排除した.この条件では⾦
ナノロッドはほとんど変形しないということを,HC補助電⼦顕微鏡 (⽇本電⼦社 製
JEM- HCKM),加熱 TEM
ホルダー (Gatan
社製Model Double Tilt Heating Holder),温度コントローラー( Gatan
社製smartset model hot stage controller)
を⽤いた加熱「その場」実験から確認している.
図 4.2: ⽀持膜上で凝集した⾦ナノロッドの透過電⼦顕微鏡明視野像(a),⽀持膜上に
分散した⾦ナノロッドの透過電⼦顕微鏡明視野像(b).
a b
. 像の積算フレーム数と S/N ⽐の関係
単結晶球状ナノ粒⼦の原⼦分解能
HAADF
像を連続的に取得し,積算枚数とS/N
⽐の関係を定量的に⾒積もった.ここで,
HAADF
像の取得条件は,加速電圧kV,
プローブ収束半⾓. mrad,ビーム電流 pA
とした. ナノ粒⼦の⼀連のHAADF
画像は,512×512
ピクセルで1 μs/ピクセルの短いスキャン時間で取得し,
画像シリーズの総数は
26
フレームとした.この連続して取得したシリーズのうち,積算フレーム数 N を変えて積算像を得ることで,積算枚数と
S/N
⽐の関係を⾒積 もる.図
. a-c
に⾦ナノ粒⼦のHAADF
像を⽰す.連続シリーズのうちの単⼀のフレームが図
. a
に⽰されている.原⼦を⽰す輝点を認識できるが,S/N
⽐が低いため,ガウス分布のフィッティングによる原⼦位置の決定は不可能であった.図
. d
は,図
. a
の⾼速フーリエ変換 (FFT)パターンである.図. d
には,⾦の{111}反射( pm)
- および{002}反射(pm)
- のスポットが⾒られる.図. b
は,⼀連の複 数の画像のうち5
フレームを積算した像である.各フレームは,図a
と⽐べ原⼦配 列を容易に認識することができ,S/N
⽐の改善により各輝点から原⼦配列を決定す ることができる.図. e
のFFT
パターンには,⾦{022}に対応する( pm)
- での スポットが観察され,より⾼い周波数情報が反映されている.さらに積算枚数を増 やし,26 フレームの積算により,図. c
に⽰すように,粒⼦内部の原⼦配列のみ ならず表⾯原⼦をも観察できる.図. f
の対応するFFT
は,⾦{133}反射を⽰す( pm)
- でのスポットを反映している.FFT パターンには,例えば図. f
中に⽔⾊⽮印で⽰すように,結晶周期の整数倍に位置しないピークが⾒られる.これは,
結晶の周期性と,
STEM
プローブ位置の周期的変調といった周期性を有するノイズ との⼲渉によるものと考えられる.図 4.3: 積算枚数の異なる⾦ナノ粒⼦の HAADF 像(a-c),ならびにそれらの FFT パタ ーン(d-f).積算枚数はそれぞれ N=1 (a, d),5 (b,e),26 (c, f).
図
. a
は,異なる積算枚数のHAADF
画像について,ある{111}に沿ったライン プロファイルを⽰す.ラインの位置は,図. a, b, c
に中にそれぞれA-A ',B-B',
C-C 'で⽰されている.
N = (⻘線)では,強度は原⼦コラムを明確に⽰す⼀⽅,N = (⾚線)ではノイズ成分がより顕著にみられる.ここで,原⼦分解能
HAADF
画像において投影された原⼦列は,原⼦列の位置を頂点とするガウス関数の重ね 合わせとしてモデル化される(57).StatSTEM
を使⽤して,図. c
の画像 N = にガ ウス関数をフィッティングすることでモデル像を計算した.図. b
は,モデルか ら実験値を差し引いて得られた残差ラインプロファイルを⽰す.積算フレーム数 N が増加してS/N
⽐が改善されるにつれて,ガウス分布の重ね合わせで表される理 想的なモデル像に近づき,強度残差の変動は減少している.図 4.4: (a)ラインプロファイル.(b)モデル像から実験像を差し引くことで得られる強 度差分プロファイル.ここで,プロファイルを取得したラインの位置は,図 4.3a, b, c 中でそれぞれ A-A',B-B',C-C'として⽰されている.
S/N
⽐は,以下に⽰す平均⼆乗誤差 (MSE),⼆乗平均平⽅根誤差 (RMSE),正 規化平均⼆乗誤差(NMSE),およびピーク対信号雑⾳⽐(PSNR)
から定量的に評価される(58).ここで,インデックス i,jはピクセル位置を⽰し,𝑆 は対象とする画像の総ピクセル数,
𝐹 𝑖, 𝑗
はノイズのないモデル像,𝐺 𝑖, 𝑗, 𝑁
は実験 像であり,積算フレーム数 Nを変数としている.ここでは𝐹 𝑖, 𝑗
を,先述のガウス 関数フィッティングで得たモデル画像をとした.フレーム数 N= での計算の例を 図に⽰している.𝑀𝑎𝑥は画像ビット数の最⼤値に対応し, Gatan DigitalMicrograph
TM ソフトウェアで取得したHAADF
像のビット深度は16
ビットであるため,この場 合の最⼤値は2
16-1 = 65535
である.MSE
𝑁 ∑ ∑ ‖𝐹 𝑖, 𝑗 𝐺 𝑖, 𝑗, 𝑁 ‖
𝑆
(4.1)RMSE
𝑁
MSE𝑁
(4.2)NMSE
𝑁 ∑ ∑ ‖𝐹 𝑖, 𝑗 𝐺 𝑖, 𝑗, 𝑁 ‖
∑ ∑ ‖𝐹 𝑖, 𝑗 ‖
(4.3)PSNR
𝑁
log𝑀𝑎𝑥
RMSE
𝑁
(4.4)図 4.5: 像𝐹 𝑖,𝑗 ,フレーム数 N=1 での実験像𝐺 𝑖,𝑗,𝑁 1 ,ならびに差分像𝐹 𝑖,𝑗 𝐺 𝑖,𝑗,𝑁 .
HAADF
検出器で検出される散乱電⼦の個数は離散的で有限であるため,HAADF
像には主にポアソンノイズが含まれる.ポアソン過程では,イベント数 (ここでは
HAADF
検出器で検出される散乱電⼦の個数)が N倍に増加すると,標準偏差𝜎
は1⁄
√𝑁
倍となる.ここで,式 (4.1)の分⼦の⼀部は,特定のピクセルの標準偏差の 乗に対応するため,‖𝐹 𝑖, 𝑗 𝐺 𝑖, 𝑗, 𝑁 ‖ 𝜎 𝑖, 𝑗, 𝑁
と書ける.したがって,式 (4.1)
は次のように書き換えられる.
積算フレームが
1
枚,すなわち最初に取得したときの値MSE𝑁
1 を初期値とすれ ば,ポアソンノイズのみが混⼊する場合の理論的な平均⼆乗誤差MSE𝑁
を定義できて,同様に
MSE, RMSE,NMSE, PSNR
についても理論値 MSE𝑁 ∑ ∑ 𝜎 𝑖, 𝑗, 𝑁
𝑆 ∝
1𝑁
(4.5)
MSE
𝑁
MSE N 1𝑁
MSE ,
𝑁
(4.6)
RMSE
𝑁
RMSE ,√𝑁
(4.7)NMSE
𝑁 𝑁𝑀𝑆𝐸
,𝑁
(4.8)PSNR
𝑁
PSNR , log𝑁
(4.9)を求められる.
積算フレーム数 Nに対する
S/N
⽐の関係を図4.6
に⽰す.ここで,PSNR は像質 の指標であるのに対し,MSE,RMSE,および NMSE
は,モデル𝐹 𝑖,𝑗
と⽐較した ときの画像𝐺 𝑖, 𝑗, 𝑁
の誤差を⽰す.すなわち,PSNR の増加と,MSE,RMSE,およ びNMSE
の低下は,いずれも像質の向上を⽰す.図4.6
から,積算フレーム数 Nの 増加とともにS/N
⽐が向上することが定量的に⽰された.理論プロットは実験プ ロットをよく再現しており,HAADF像ではポアソンノイズが⽀配的であることが⽰唆される.Nが増加すると理論上の
S/N
⽐は無限⼤にまで向上するが,⻑時間の 観察では,電⼦ビームの損傷や焦点条件の時間的変化など,他の実験上の問題が発⽣する.したがって,S/N ⽐とこれらの実験的外乱の競合によって,観察対象の材 料や解析⽬的などに応じた適切な積算フレーム数が存在すると考えられる.この ように,S/N ⽐は,電⼦ビームの照射に対して弱い材料を観察する際の積算フレー ム数の尺度として活⽤可能である.
図 4.6: 積算フレーム数Nの関数としてのSNR.(a): MSE,(b): RMSE,(c): NMSE,な
らびに(d): PSNRのプロット. 緑と⻩⾊の線は,それぞれ実験と理論を⽰す.