形態 の変 動
ઃ
秩序 形態 の現 状を 示唆 する 具体 例 秩序 形態 の変 動に 関す る実 証的 研究 は少 ない が︑ 近年 現れ 始め てい る︒ ジャ ーナ リス トの 分析 も実 態を 探る 上で有用 であ る︒ 以下 では
︑金 融行 政︑ いわ ゆる 市場 検察
︑安 全等 に関 する 規制
︵技 術基 準の 設定
・実 施︶ に関 する 動 向を 参照 し︑ 現状 に関 する 示唆 を得 る︒
⑴ 金 融 行 政 戦後 日本 の経 済シ ステ ムに おい ては
︑大 蔵省 と︑ 新規 参入 を厳 格に 管理 され た金 融業 界︵ 銀行
︑証 券︑ 保険 と︶ の間 なら びに それ ぞれ の関 係者 間の 継続 的関 係を 基礎 に︑ 慢性 的な 資金 不足 のも とで 銀行 貸し 出し を中 心と する シ ステ ムが 形成
・維 持さ れ︑ 戦後 復興 と高 度経 済成 長に とっ て中 枢的 な役 割を 果た
( )
した
︒大 蔵省 銀行 局︑ 証券 局︑ 保
174
険部 によ る規 制は
︑﹁ 過度 の事 前規 制・ 調整
﹂の 典型
︵﹁ 護送 船団 行政
﹂︶ とさ
( )
れた
︒
175
一九 八〇 年代 の金 融自 由化 の過 程で も︑ 業態 別︵ とり わけ 都市 銀行
︑長 期信 用銀 行︑ 信託 銀行 等︑ 証券 会社
︶の 行政 裁量 中心 の管 理体 制の もと で既 得権 の調 整が 難航 し︑ 容易 に環 境変 化に 適応 でき ない 状況 が続
( )
いた
︒バ ブル 崩壊
176
後︑ 一九 九〇 年代 に景 気低 迷が 続く 中で 銀行 の不 良債 権問 題が 深刻 化し
︑メ ディ アと 政府
・与 党の 大蔵 省批 判が 強 まる なか で︑ 一九 九六 年一 一月 に橋 本首 相が いわ ゆる
﹁ビ ッグ バン 総理 指示
﹂を 発表
( )
した
︒大 蔵省 の五 つの 審議 会
177
にお ける 審議 を経 て︑ 一九 九七 年六 月に 金融 制度 調査 会︵ 銀行 問題
︶︑ 証券 取引 審議 会︑ 保険 審議 会か ら答 申が 発 表さ れ︑ 他の 審議 会か らの 答申 とあ わせ て金 融シ ステ ム改 革︵ 金融 ビッ グバ ン︶ に関 する 大蔵 省の 公式 声明 とし て 統合 され た︒ 報告 にお ける 提案 の大 半が 法案 化さ れ︑ 一九 九八 年六 月に 国会 を通 過し 法律 とし て成 立
( )
した
︒
178
他方
︑そ れと は別 に︑ 一九 九五 年の いわ ゆる 住専 問題 や大 和銀 行事 件を 契機 に一 九九 六年 初め 以降 大蔵 省解 体論 が勢 いを
( )
増し
︑一 九九 六年 一二 月に 第二 次橋 本内 閣の 連立 与党
︵自 由民 主党
︑社 会民 主党
︑新 党さ きが け︶ は︑ 金融
179
監督 庁の 設置 を決 定し た︵ 財政 と金 融の 分離
︑但 しこ の時 点で は金 融に 関す る企 画・ 立案 機能 は大 蔵省 に残 ると され
︑発 足後 の金 融庁 にな って
( )
移管
︒︶ 一九 九八 年六 月に 金融 監督 庁が 発足 し︑ 二〇
〇〇 年七 月に 金融 庁に 改組 さ
( )
れた
︒
180
181
金融 シス テム 改革 の政 策目 標は 多岐 に渡 るが
︑戸 矢哲 朗の 整理 によ れば
︑大 きく
︑﹁ 自由 化と 規制 緩和
﹂に よる
﹁競 争の 拡大 と政 府に よる 干渉 の削 減﹂ と︑
﹁市 場イ ンフ ラス トラ クチ ャー の拡 充﹂ によ る﹁ 市場 の発 展︑ 公正 性︑ 透明 性の 確保
﹂に 分類 さ
( )
れる
︒こ れは
︑﹁ 過度 の事 前規 制・ 調整 型社 会か ら事 後監 視・ 救済 型社 会へ の転 換﹂ とい
182
う政 策目 標そ のも ので ある
︒も ちろ ん︑ 制度 化を めぐ り︑ 既得 権側 の抵 抗も 含め 攻防 が見 られ
( )
たが
︑当 時の
﹁空
183
気﹂ の支 配下 で基 本的 に行 政改 革委 員会 や行 政改 革会 議で の議 論と 同じ く規 制の あり 方が 目標 とさ れた と言 える
︒ 戸矢 は︑ 行政 と民 間の 相互 作用 のレ ベル で生 じた 変化 を︑ 二〇
〇〇 年の 時点 で次 のよ うに 分析 して
( )
いる
︒
184
まず 政策 策定 過程 に関 して
︑メ ンバ ーシ ップ が固 定さ れた 業界 団体 やM OF 担︵ 大蔵 省担 当社 員︶ との イン フォ ーマ ルな 情報 交換
・協 議︵ しば しば 接待 を伴 う︶ から
︑ア ウト サイ ダー の増 加の もと で︑ フォ ーマ ルな ヒア リン グ や会 議が 多用 され るよ うに なっ た︒ また
︑業 界の 情報 不足 を補 うた めに 弁護 士や 会計 士の 雇用
︵任 期付 き公 務員
︶ が始 まっ た︒ 次に
︑政 策手 段に 関し ては
︑行 政裁 量に よる アド ホッ クな 規制 や行 政指 導か ら︑ ルー ルに 基づ く法 的な 規制
︵行 政処 分な ど︶ に移 行し た︒ 一九 九三 年に 制定 され た行 政手 続法 の影 響が 大き いが
︑問 題発 生に 対し ては
︑イ ンフ ォ ーマ ルな 内々 の処 理で はな く︑ 法的 ルー ルに 基づ く行 政処 分が 用い られ るよ うに なっ た︒ イン フォ ーマ ルな 手段 に よっ て事 前に 問題 を回 避す る予 防的 な行 政か ら︑ 事後 の規 制へ と変 化し
︑問 題発 生後 に事 後的 に行 政処 分な どの 法 的手 段を ルー ルに 基づ き適 用す るよ うに なっ た︒ 予防 的対 応に おい ても
︑早 期是 正措 置の よう な裁 量の 余地 の小 さ い公 式の 行政 処分 が導 入
( )
され
︑実 際に 用い られ るよ うに なっ てい る︒
185
その 後二 一世 紀に 入っ てか らの 金融 行政 の展 開は どう であ った のか
︒ 二〇
〇〇 年代 前半 は︑ 裁量 行政 から の訣 別期 であ り︑ 金融 再生 プロ グ
( )
ラム によ り銀 行の 不良 債権 処理 を加 速化 さ
186
せる 過程 で︑ 上記 の﹁ ルー ルに 基づ く事 後監 視﹂ への 転換 を厳 格に 実施 して い
( )
った
︒金 融庁 と業 界・ 規制 対象 企業
187
との 関係 は︑
﹁距 離感 が遠 い﹂
︑﹁ 緊張 関係 が高 まっ た﹂ など と評 され て
( )
いる
︒竹 中平 蔵大 臣は
﹁建 設的 な緊 張関 係﹂
188
とい う表 現を よく 使っ てい たと のこ とで
( )
ある
︒他 方︑ 金融 行政 の中 枢を 歩み 二〇
〇七 年に 金融 庁長 官に 就任 した 佐
189
藤隆 文は
︑金 融行 政に 対す る金 融関 係者 のイ メー ジが
︑金 融行 政の 本来 の趣 旨か ら乖 離し
︑コ ミュ ニケ ーシ ョン を 困難 にし たと
( )
する
︒同 じく 金融 行政 の中 枢を 歩い た大 森泰 人は 率直 に︑
﹁行 政と 業界 が本 音の 対話 のな いま ま硬 直
190
した 一〇 年を すご した
﹂と 表現
( )
する
︒
191
しか しな がら
︑二
〇〇
〇年 代半 ば以 降︑ 新た な局 面に 入っ てい る様 子が うか がえ る︒ まず
︑金 融庁 は二
〇〇 七年 に﹁ 金融 規制 の質 的向 上︵ ベタ ー・ レギ ュレ ーシ
ョ
ン︶﹂ なる 方針 を打 ち出
( )
した
︒背 景
192
は︑ 上記 のよ うに ルー ルの 厳格 な執 行へ の転 換が 銀行 行政 と保 険行 政に おい て維 持さ れ︑ 銀行
︑保 険会 社双 方の 不 祥事 と行 政処 分が 多発 する な
( )
かで
︑ル ール とい う法 規範 形式 の本 質的 な
( )
限界 にも 由来 する
︑被 規制 者側 の硬 直的
・
193
194
形式 的な 法令 遵守
( )
姿勢 と︑ それ によ って
︑本 来の 規制 目的 が必 ずし も適 切に 実現 され ない とい う
( )
状況 が︑ より 良い
195
196
規制 のあ り方 を求 める 必要 性の 認識 を少 なく とも 規制 者側 に醸 成し た︒ 個別 企業 に対 する 重い 処分 への 被規 制者 側 の反 発も あ
( )
った
︒二
〇〇 六年 秋の 金融 担当 大臣 の交 代を 契機 に︑ 市場 の国 際化 をさ らに 進め るた めに
︑﹁ 国際 標準
﹂
197
とし ての 欧米 の金 融行 政を 参照 する とい う動 きも 行政 内部 にあ
( )
った
︒
198
こう した 背景 のも とで
︑イ ギリ スの 金融 行政 の状 況︵ 但し 二〇
〇八 年の リー マン シ
ョ
ック 以後 の金 融規 制強 化以 前の( )
状況
︶を 参考 に︑
﹁ル ール
・ベ ース の監 督と プリ ンシ プル
・ベ ース の監 督の 最適 な組 み
( )
合せ
﹂を 探る とい う指 針が
199
200
示さ れた ので ある
︒ 金融 庁の 公式 見解 およ び佐 藤隆 文金 融庁 長官 の講 演︵ ホー ムペ ージ 上に
( )
公表 に︶ よれ ば︑ この 政策 の要 点は 次の
201
とお りで ある
︒ 第一 に︑ プリ ンシ プル の導 入は
︑ル ール に比 べて 被規 制者 の行 動の 自由 度を 高め
︑そ れに より 被規 制者 たる 金融
機関 等の 自主 的取 組み を促 すこ とを 目的 とし てい る︒ 市場 関係 者の イン セン ティ ブと 自助 努力
︑自 己規 律を 重視 す る発 想で ある
︒自 主的 取組 みの 主体 は︑ 個別 企業 と業 界団 体や 自主 規制 機関 とが 考え られ る︒ 東京 大学 大学 院法 学 政治 学研 究科 がソ フト ロー 研究 を組 織的 に開 始し たの は二
〇〇 三年 度で あ
( )
るが
︑そ の成 果が 公表 され 始め たの はこ
202
の時 期で ある
︒ル ール とプ リン シプ ルを どの よう に組 み合 わせ
︑適 用分 野︑ 制定 主体
︑執 行主 体を どの よう に機 能 分担 する か︑ 制定 と執 行の 仕組 みを どの よう に組 み合 わせ るか 等が 課題 に
( )
なる
︒
203
第二 に︑ 市場 から の情 報の 収集 と市 場へ の情 報の 発信 の双 方の 面で
︑金 融機 関等 の市 場関 係者 との コミ ュニ ケー ショ ンの 強化 を重 視し
︑ル ール
・ベ ース の監 督と プリ ンシ プル
・ベ ース の監 督の ベス トミ ック ス︵ 最適 の組 み合 わ せ︶ 自体 のあ り方 も︑ 市場 関係 者と 協議 する とし てい る︒ 当面 の具 体策 の第 一に
﹁金 融機 関等 との 対話 の充 実﹂ が 挙げ られ
︑﹁ 金融 シス テム が抱 える 問題 につ いて 官民 が協 同し て解 決策 を探 って いく 上で も対 話は 必要 不可 欠﹂ と する
︒改 めて
﹁率 直な 意見 交換 がで きる よう な信 頼関 係を 築く こと が必 要﹂ であ り︑
﹁官 民が 協同 して 解決 策を 探 って いく うえ でも 対話 は必 要不 可欠
﹂と され て
( )
いる
︒
204
あわ せて
︑金 融行 政を 担う 専門 的人 材の 不足 と育 成の 必要 性が 強調 され てい る︒ この 点は
︑多 くの 関係 者の 懸念 する とこ ろで
( )
ある
︒
205
次に
︑戦 前以 来の 保険 行政 の変 遷を 分析 した 保井 俊之 は︑ 金融 ビッ グバ ン以 後の 保険 行政 の展 開を
︑一 九九 七年 から 二〇
〇四 年ま での コン ティ ンジ ェン シー
︵危 機管 理︶ 志向
︑二
〇〇 五年 から 二〇
〇七 年ま での コン プラ イア ン ス︵ 法令 遵守
︶志 向と して 位置 づけ
︑二
〇〇 八年 から は︑ コン バー ジェ ンス
︵目 標集 束︶ 志向 に転 換し たと
( )
する
︒
206
保井 によ れば
︑二
〇〇
〇年 代半 ばに 社会 問題 とな った 保険 会社 の保 険金 不払 い問 題へ の対 応過 程で
︑金 融ビ ッグ バ ン後 のル ール の厳 格な 執行 と行 政処 分の 発動 態勢
︵コ ンプ ライ アン ス志 向の 保険 規制 監督 行政 が︶ 行き 詰ま った
︒す なわ ち︑ 膨大 な不 払い 事案 を前 に行 政側 の人 的リ ソー スの 逼迫 が深 刻化 し︑ 他方 で︑ 保険 金不 払い 問題 が生 損保 業