メ計
経営耕地面
@ 積
家族農
ニ労働
條ヤ
所得 所得
人 人 a 時間 時間 千円 千円 千円 千円
・ ・ 3」0 119.0 ・ 噸 顧 匿 昌 127.7 48.4 8.9 185.0
謄 塵 」 269 科7.7 5109 4776 255.6 102.5 21.0 379」
1949 P955 P960 P965
● 層 ● 2.27 98.2 3971 3724 225.2 184.3 39.5 449.0
5.28 1.86 103.2 2987 2792 365.2 395.6 74.3 6 匿
4.84 t63 108.7 2661 2503 508.0 885.2 198.7 1591.9
4.56 1.41 113.1 2245 2142 1146.0 2268.4 546.3 3960.7
4.40 1.18 117.8 1949 1874 952.3 3562.9 1078.6 5593.8
4.34 1.14 126.0 1926 1843 1065.5 4437.0 1413.4 6915.9
1970 P975 P980 P985 P990 P995 Q000 Q003
4.25 1.04 132.6 1779 1697 1163.1 5438.4 1797.2 8398.7
4.19 1」3 170.0 1941 1840 1442.1 5452.9 2021.5 8916.5
3.98 1.03 178.8 1795 1685 1084.2 4974.6 2221.0 8279.8
3.79 1.03 185.0 1790 1679 1103.0 4323.0 2286.0 7712.0
資料)農林水産省2007.「農林水産基本データ集」による.
農家所得をグラフで表せば次のとおりである。総農家所得に占める農外所得の割合が 徐々に増加していることが分かるが、この場合の農外所得とは2)、農村観光を通じた農外 所得ではなく公務員、自営業など他産業への就業による収入である(図3−1)。
農家経済の総括
(万円)
1000 900 800 700 600 500 400 300 200 100
0
昭・30年 35 40 45 50 55 60 平・2 7 可2 雲 馨 得
図3−1農家経済の総括
資料)農林水産省2007.「農林水産基本データ集」による.
1992年6月に出された農水省「農山漁村の女性に関する中長期ビジョン懇談会報告書」
においては、「自分の生き方を自由に選択し自分の人生を自身で設計」する女性像が描かれ、
並行して発表された「新しい食料・農業・農村政策の方向」(新政策)でも、女性の役割の 明確化がうたわれている。また、毎年の『食料・農業・農村白書』においても、「農業就業 人口の60%を占める女性の活躍が期待されており、女性による起業も活発化」等の記述が
見られる。
農業就業人口に占める女性の割合は、1960年以降60%前後で推移している。
農水省の『第80次農林水産省統計表(2004〜2005)』によると、2005年の農家人口は 8,325,044名で、うち男性4,092,880名(49%)、女性4,232,164名(51%)である。また、
農業就業人口は3,337,635名で、うち男性1,557,294名(46.7%)、女性1,780,341名(53.3%)
である。女性について年齢別にみると、15歳〜19歳が36,827名(構成比:2.1%)、20歳
〜29歳が35,121名(同2.0%)、30歳〜39歳が72,527名(同4.1%)、40歳〜49歳が142,212 名(同8.0%)、50歳〜59:歳が283,466名(同15.9%)、60歳〜69歳が496,726名(同27.9%)、
70歳〜79歳が713,462名(同40.1%)である(表3・2)。
この数値からみると、農業は高齢の農村女性が営んでいると言っても過言ではない。
表3−2農業従事者に占める女性の割合
(単位 人・%)
年度 総農業就業人口数(人) 女性の就業人口割合(%)
1920 一 一
1930 一 『
1940 一 一
1946 16,320,822 54.6%
1960 14,541,624 58.8%
1970 10,451,956 61.2%
1980 6,973,085 61.7%
1990 5,653,321 60.2%
資料)熊谷苑子1995.「家族農業経営における女性労働の役割評価とその意義」,農山漁村文化協会
日本における第二次世界大戦後の地域振興政策の流れをみると、1945年から1950年代 初期まではGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の下での戦災からの国土復興期で、食料 増産、産業復興、地方計画の策定、産業振興による経済力増強、農村計画策定中心の開発 事業の展開等が行われた。また、朝鮮戦争を経て、国家政策として地域開発策定路線が決 定され、国土計画基本方針、復興国土計画要綱、地方計画策定基本要綱、経済復興計画第 一次試案などの国総法が実施された。.
1950年代は、工業化・産業化のための電源開発と河川総合開発が積極的に行われた。この ため、地域開発ブームが起こり、社会資本整備が進み、1953年には町村合併促進法が制定 された。1960年代は、地域開発が強行され地域問題が発生する時代で、高度経済成長が始 まり地域間格差が拡大した。日本における戦後農業・農村政策の比較は次の<3−3>のとお
りである。
表3−3戦後農業・農村政策の比較
大 小区分 年代 時代背景 国総法、国土法を巡る 地域開発係施 その他の関連制度
区 動き 策・立法
分
資 食糧増 1945 戦災復興 国土計画基本方針
産と国 1946 GHQの下産業復興 復興国土計画要綱 自作農創設特別措置
源 土復興 法
期 1947 地方計画の策定 地方計画策定基本要綱 教育基本法・学校基本
開, 法策定
1948 産業振興による経 経済復興計画第一次試
発 済力増強 案
1949 農村計画策定中心 国土計画案要綱 25年度農村建 土地改良法
期 の開発事業の展開 設実施要綱
1950 朝鮮動乱 国土総合開発法 北海道開発庁 建築基準法
国家政策としての 発足北海道開 港湾法
地域開発策定路線 発法首都建設
決定 法
電源開 195正 新規工業地域建設 特定地域の指定 北海道総合開 森林法
発と河 (〜1957年) 発計画国土調
川総合 査法
開発期 1952 第2次産業偏重の 国土総合開発法改正 電源開発五ヵ 農地法、電源開発促進
方向決定 年計画策定 法、道路法
1953 空間集積=地域集 特定地域総合開発計画 離島振興法町 中志向と公共投資 (〜1957年) 村合併促進法 の効率化
1954 産業基盤整備・立地 総合開発の構想 土地区画整備法 政策の強行 (案)
経 産業基 1955 戦前水準の回復
盤整備 1956 地域開発ブーム開 全国総合開発計画準備 首都圏整備法 海岸法・空港整備法、
済 期 始社会資本整備化 作業 北海道東北開 都市公園法
発公庫発足
成 1957 地域開発体制の整 北海道総合開 自然公園法・高速自動
備社会資本整備が 発計画東北開 車国道法、国土幹線自
長 拡充 発促進法 動車道建設法特定多
目的ダム法策定
1 1958 東北開発促進
計画
期 1959 全国総合開発計画準備 九州地方開発 九州地方開発促進法
作業 促進計画
地域開 1960 高度経済成長の開 国民所得倍増 四国地方開発促進
発の強 始 計画 法、北陸地方開発促進
行と地 地域間格差の拡大 四国地方開発 法、中国地方開発促進
域問題 促進法 法
1961 大都市問題(公害) 全国総合開発計画草案 低開発地域工 水資源開発促進法、農
太平洋ベルト地帯構想 業開発促進法 業基本法 公表
1962 拠点開発構想 全国総合開発計画 低開発地域工 新産業都市建設法 業開地区指定
(65)
北海道第2期
総合開発計画
1963 近畿圏整備法 新住宅市街地開発法
1964 東京オリンピック 第1次臨時行政調査会 新産業都市指 工業整備特別地域整
新幹線開通 定(65) 備促進河川法
各地方開発促 、 進計画
地 1965 地域開発係施 山村振興法
域 策・立法
経 再 1966 公害問題の広汎化 公害対策基本法
編 過密・過疎問題化
1967
設置
成 1968 高度成長の 都市計画法
1969 成長の安定的持続 「地域開発制度整備方 地方生活圏の 農業振興法
長 針」 設定 都市開発法
新全国総合開発推進本
H 部設置
大規模 正970 大阪万国博覧会 国土利用基本法素案 広域市町村圏 都市開発法
期 工業開 の設定
発期 過疎対策緊急
措置法
農村地域工業導入促 進法
沖縄振興開発特別措 置法
1972 日本列島改造論 新全国総合開発計画改 自然環境保全法
P 正 工業再配置促進法
1973 第1次オイルショ 国土総合利用法案 沖縄振興開発 都市緑地保全法
ツク 国土総合開発法案 計画 エ場立地法
地価高 首都圏工業等
制限区域拡大
社会開 1974 国土利用計画法、国土 地域振興整備 生産緑地法
発への 庁発足 公団発足
転換期 近畿圏工場等制限区域
の拡大
1975 安定成長 第3次全国総合開発計 画概案
1976 国土利用計画(全国計 首都圏基本計
画) 画(第3次)
1977 第3次全国総合開発計 工業再配置計
画 画
1978 「地方の時代」 工業再配置特 大規模地震対策特別
別誘導地域指 措置法 定北海道総合
開発計画(第4 次)、近畿圏基 本整備計画(3 次)、中部圏基 本開発整備計 画
経 経済構 1979 第2次オイルショ モデル定住圏決定 新広域市町村
造転換 ック 計画策定圏地
済 期 選定定住基盤
総合整備計画
成 策定圏地選
定、東北(3
長 次)、北陸(2
次)、中国(2
皿 次)、四国(3
次)、九州(3
期 次)、地方開発
促進計画
1980 〈地方の人口再流 過疎地域特別 農住組合法
出〉 措置法
1981 琵琶湖総合開
発計画変更
1982 沖縄振興開発
計画(2次)
1983 三全総フオローアツプ テクノポリス 〆
作業報告 法
1984 四全総長期展望作業中
間とりまとめ
1985 つくば万博(人間・ 国土利用計画(全国計 半島振興法
居住・環境) 画第2次)
プラザ合意
1986 東京圏一極集中「バ 四全総合審議経過報告 首都圏期本計 鉄道事業法(国鉄民営
プル経済」 画(4次) 化)、民活法
リゾー 1987 国土利用計画法改正 リゾート法 集落地域整備法
ト・バ 第4次全国総合開発計 関西文化学術 緊急土地対策要網
ブル経 画 研究都市建設
済崩壊 促進法
期 1988 本四連絡橋、青函ト 近畿圏基本整
ンネル併用 備企画(4次)
地域産業高度 化促進に関す る法律、国の機 関下の移転に ついて閣議決 定、多極分散型 国土形成促進 法、北海度総合 開発計画(第5 期)、中部圏基 本開発計画(3
次)
1989 東北開発促進
計画(4次)
1990 株価暴落 北陸(2次)、
バブル経済崩壊 中国(3次)、四
国(4次)、九州
(4次)、地方 開発促進
1992 平成不況(複合不 地方拠点法 都市計画改正法
況)
資料)青木呼出 2004.『グリーン・ツーリズム実践の社会学』p.3−4による.
3−1生活改善普及事業の取り組み
日本の生活改善普及活動は、農業改良助長法(1945年7月15日制定)にもとつく協同 農業普及事業の一環として発足し、その活動内容は、同法のなかで「改良普及員は直接農 民に接して農業又は農民生活に関する科学的技術及び地域の普及指導に当る」(第14条の 2)ものとされた。
この普及事業以前の農業技術指導としては、明治時代の農会法による農会技術員による 指導が行われていたが、いくつかの戦争の経緯のなかで、食料増産のための技術指導より もむしろ食料の供出、割当、督促といった事務的な業務に変わっていった。
戦前の生活改善活動については、それなりの時代的背景と意義を有し興味深い事例も断 片的、地域的にはみられるが、戦後の普及事業は、GHQ天然資源局の指示である「農業 会の解体と農業協同組合の設立に対する新法律に関する覚え書き」で、「現在農業会により 行われているものに代わり、全農民により求められ且つより利用される技術的助言奉仕施 設の設立に関する計画」の提出を求められたことから始まる。
このようにGHQの指導はあったが、その理念は、戦前の農業会による指導が統制業務