トップPDF ピア・ラーニングに対する学習者の認識と学びのプロセス 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ピア・ラーニングに対する学習者の認識と学びのプロセス 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ピア・ラーニングに対する学習者の認識と学びのプロセス 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

5.2 3 群学習ピアラーニング認識学びプロセス分析  プレ調査により、L1 L2 いずれも「書く」ことへ好意性が高い L1H & L2H 型、L1 作 文へ好意性は高いが L2 作文へ好意性は低い L1H & L2L 型、逆に L1 作文へ好意性は低い が L2 作文へ好意性が高い L1L & L2H 型があることを先述したが、この H-H 型参加大 半は L1H & L2H 型で、L-H 型参加は L1H & L2L 型や L1L & L2H 型であった。毎授業振 り返り 5 週間セッション最終日に提出された全体振り返りシートを分析する全員が ピア学習に対して効果があるという評価をしていた。その理由として、異なる視点から見ても らえるので、推敲に役立つことグループワークに対する自分自身やピア協力方法につい て以前よりも考えるようになり、次第にうまくいくようになっている感じているという回答 が多かった。今後改善点については、ピアワークに時間が取られる執筆作業を進まない で、その点調整が必要であるというコメントもあった。
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日本人学習者の目指す明瞭性()の高い英語発音とは 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

日本人学習者の目指す明瞭性()の高い英語発音とは 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 母語話者が学習発音上エラーをどの様に認識しているか、また、どのタイプエラー がコミュニケーションに支障をきたすかを探ろうする研究は数多い。母語話者に比較的受け 入れやすいエラーもあれば、コミュニケーションに重大な障害を及ぼすものもある。英語母語 話者話す第二言語( L2 ) について、そのエラー重大度( error gravity )を調べたものに、 ドイツについては( Delisle, 1982;Politzer, 1978 )、スペインでは( Chastain, 1980; Guntermann, 1978)、フランス語に関しては(Ensz, 1982;Piazza, 1980)がある。 Hughes and Lascaratou(1982)はギリシャ人英語を扱っている。前述諸研究では、そのほとんどが学 習作文から抽出した「書きことば」サンプルを分析対象している。その内、Piazza (1980)は例外的に、「書きことば」のみならずテープに録音した被験「話しことば」も言 資料としてフランス人に提示し、その「理解しやすさ」、発音を聞いた際に感じる「いら 立ち度」(degree of irritation)を調査した。「外国なまり」を含む発話を母語話者が聞いて理 解する際には、認知過程において情報処理作業に当然負荷がかかる。聞き手は、すんなり理解 できないため、それが心理的負担なり「いら立つ」ことがある考えられる。その心理的負 担が、学習話す英語に対する言語態度(language attitude)にも反映されるである。
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自己調整語彙学習における自己効力感の影響 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

自己調整語彙学習における自己効力感の影響 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

応なし)を行った結果が表 9 である。態度を除くすべて変数で統計的に有意な差が確認され て、多重比較でもカテゴリー間平均値に違いがあることがわかった。自己効力感Ⅱにおいて 3 つカテゴリー間に差があるということは、自己効力間Ⅰ(質的変数)回答カテゴリー選 択にその傾向が現れていることを意味し、自己効力間Ⅰを要因として使用する事が妥当である ことを裏付けている。態度平均値に差が見られなかった理由は、自己効力感違いにかかわ らず、学習たちは語彙学習重要性は認識しているからではないかということが推測できる。  これら結果により、自己効力感違いによって、態度以外自己調整語彙学習プロセスに 違いが出てくるということが確認された。つまり、リサーチ・クエスチョン 1「自己効力感 違いによって、自己調整語彙学習における各段階で違いはあるか。」については、「態度以 外すべて変数において違いがある」という結果が得られた。これら結果は、自己調整学習 における自己効力感重要性を主張している先行研究(伊藤,2009;Pintrich & De Groot, 1990; Schunk & Zimmerman, 1994;山田・堀・國田・中條,2009;Zimmerman & Bandura, 1994; Zimmerman, Bonner, & Kovach, 1996;Zimmerman & Martinez Pons, 1990)に一致するもので ある。
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国際協働プロジェクト参加を通しての「学びの質」 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

国際協働プロジェクト参加を通しての「学びの質」 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

やコンフリクトは、日本人同士場合よりも、むしろ明確な形で表面化し、原因を特定し、解 決へ努力がしやすい可能性もあろう。またコンフリクトが解決し、相手が理解できたとき「全 く違う思っていた人分かり合えた」喜びもなるであろう。参加が話し合いを通して コンフリクトを解決していく対話プロセスについては出口・八島(2009)で報告している。  コンフリクトを解決したグループにおいてその解決道筋を経験した人は、そうでない人 比べて、より大きい達成感を得たり、あるいは質違った学びがあるだろうか。出発前オリ エンテーションである男性語りが、この問い答えヒントなる。彼は、ハンティング 施設運営に関わるプロジェクトに参加したが、その際、プロジェクトメンバー一人が、作 業意義を動物保護・環境保護という観点から疑問視し、問題提起した。これを受けてこの 活動意義について、メンバーで一日議論したことが報告された。この経験は彼に強いインパ クトを与えたようだ。こういった経験を通して、集団として成長や変化が、個人成長にど ように関わるか。逆に個人貢献がグループ全体変化にどのように関わるか、このあ たりを明確にすることが、ミクロマクロをつなぐ意味で重要である。また、実践共同体 ( Wenger, 1998 )として異文化集団学び可能性や意思決定プロセスを探ることも今後
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母の糸遊び―手芸と絵本のゆたかな出会い― 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

母の糸遊び―手芸と絵本のゆたかな出会い― 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 以上から明らかなように、ジョゼフ行動を追う Taback 版に対し、家族生活に重点を置 く Gilman 版では、絵に描かれるもの、その描き方が全く異なっている。Gilman 絵本場 合、このストーリー展開かぎであるテキスト繰り返しは、視覚的テキスト繰り返しに より補強され、こうして、この絵本テーマが強調されることになっている。すなわち、「おじ いちゃんなら直してくれる」……「まだまだ何か作れるぞ」というテキストが現れる見開きに は、必ず、左ページに、ジョゼフ内部一階二階を示す絵が、そして、右ページには、 その家を外から見た絵が配されているである。こうして、家庭内で起っていること外 で出来事が同時に提示されることで、この家族生活がイディシュ・コミュニティ中で営 まれているということが強調されることになる。その上、ページすそには、一階床下ネ ズミ家族生活も描かれている。そこでは、おじいさんが切り落とした布切れをネズミが再 利用する様子が展開されており、人間共存するネズミグループ生活ぶりが示されている。 このように、Gilman 絵本では、コミュニティというテーマを基に、多層的にストーリーが展 開している。技法はテンペラ画ようであるが、Taback 原色を生かしたコラージュは対照 的に、茶色を基調しており、ジョゼフを取り巻く家族やまわりひとびとの暖かさが伝わっ てくる絵本になっている。
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ビセンテ・ウイドブロ『北極の詩』(抄) 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ビセンテ・ウイドブロ『北極の詩』(抄) 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ⅳ) モンテローザはスイスイタリア国境に位置するペンニネアルプス連邦。山名「ローザ」 rosa は、イタリアではスペイン同じ綴り単語同様にバラを意味し、「芳香」に結びつくが、 山名自体は現地アオスタ方言で「氷河」に当たる rosia に由来するという説がある。モンブラン は、フランスイタリア国境にある、言わず知れたアルプス最高峰。むろん「白い山」意。モ ンスニは古くからアルプス越えルート一つなっている峠で、フランス南東部に位置する。二行 後「葉巻」へ言及は、仏名 Mont Cenis からスペイン「灰」ceniza 連想か。「〈頂〉」原語 は Zenit なっており、これも山名音に連関する。
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キルギス語とロシア語のコード・スイッチングに関するパイロット研究 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

キルギス語とロシア語のコード・スイッチングに関するパイロット研究 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

一連会話中で二言語を織り交ぜながら併用する CS は、二言語併用中でも特に動的なも であるいえよう。  ソ連崩壊後旧ソ連諸国では、基幹民族 2) (titular nation)中心国家運営一環として、各 基幹民族を「国家(state language)」として推進する言語政策が実施されてきた。キルギ ス共和国では、国家であるキルギスに加え、ソ連時代に広く普及したロシアが「公用 (offi cial language)」として定められ、首都を中心として現在もなお様々な領域で使用されてい る。すなわち、同国では公的に二言語主義が実施されているである。その一方で、特に行政 や学術分野でキルギス普及が進まない現状が問題視され、語彙整備や辞書出版など、 同言語をあらゆる領域で使用するため取り組みも行われてきた。その過程では、国会議員に 対してロシアを混合せずに「純粋な」キルギスを話すよう要請が行われるなど 3) 、一部で CS がキルギス普及障害として表現される傾向が見られる。このように、CS 現象存在自 体は現地人々によっても広く認知され、言語政策上主要な論点 1 つとなっている。また、 国内外研究や現地メディア、そして一般人々によってもある種社会現象(キルギス ロシアを混合する話し方)として指摘されてきたが、これまでその実態は、事実上、学術 的に解明されてこなかった 4) 。
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社会科学の目的と「自由」に関する考察 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

社会科学の目的と「自由」に関する考察 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

その若者が成し遂げたことは、イーグル・イン・ザ・スカイズグループ栄光繁栄に貢献 するが、賛辞は若者に与えられた。捕まえた馬を分配したり、バッファロー肉を分配する栄 光に浴するもその若者であった。そしてその若者貧しい家族は彼武勇を自慢し、居留地 まわりを行進し、彼業績を叫んだ。彼ような息子を得たい思うような指導たち中から、彼は妻を探した。イーグル・イン・ザ・スカイズ馬を使わせてもらえなければ、 彼は部族評判を上げることはできなかっただろうが、彼に馬を使わせるは慈悲によるもの ではない。その若者がバッファローを捕まえたり、敵馬を獲得したりすることによって、イ ーグル・イン・ザ・スカイズ自負心は若者自負心同じくらい大きくなるである。栄養 が行き届き、乗馬に長けているグループは、あくまでイーグル・イン・ザ・スカイズにとって 有利なである。他グループに属していたブラック・フット族で自分たちリーダーに不満 を抱いている人たちは、イーグル・イン・ザ・スカイズグループに入り、彼栄光にあやか ろうした。イーグル・イン・ザ・スカイズグループは拡大していった。グループ人たち は彼に仕え、彼もまたグループメンバーに仕えた。ある可哀想な若者が襲撃でイーグル・イ ン・ザ・スカイズりっぱな馬を失った時、酋長はそれをなんとも思わなかった。自分馬を 部下に使わせてやることで大きな利益が得られるであれば、たまに馬がなくなったとしても 何とも思わなかった。酋長部下間に相互利益が循環していた。
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オズボーンの復讐 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

オズボーンの復讐 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

良心に対する任務負担は軽くなったように感じられた。理屈上では彼女は不愉快だっ た。しかし現実には、もし彼女ことを嫌うつもりがなければ、彼女に好意を抱くはとても 楽しいことであっただろう。彼見解による、肉体偶然出会いによって彼女は親し い存在になったである。オズボーンは自ら怒りを決してあきらめるつもりはなかった。彼 記憶中で、気の毒なグラハム亡霊は険しい表情でまっすぐ座り、明滅する炎に力を与え ていた。しかし、復讐対象である女性、砂浜でちょっとした事件女性を和解させ、 害ない女性を報復色に染めるは少し困難な仕事であった。いろんな事が次から次へ起 こり、計画を実行に移すことができず彼はむしろ上機嫌だった。彼はいろんなところから招待 を受け、ぶらぶら時を過ごしては海水浴をしたり、おしゃべりをしたり煙草を楽しんだり、 乗馬に出かけたり外で食事をしたりして、際限なく新しい人に会い、表向き服装は快活な半 喪服に変えてしまった。しかしこういったことをしていても、グラハムに対して不誠実な気持 ちにはならなかった。奇妙なことだが、グラハムが死んでしまった今ほど、こんなにも彼が生 きているように感じられることはなかった。肉体をともなっているとき、彼には半分生命力 しかなかった。グラハム精神は非常にやる気にあふれていた。しかし、肉体は致命的に脆弱 だった。彼は困惑しがっかりしていた。元気で活発だったは気持ちであり、愛情であり、思 いやりであり、理解力だった。オズボーンには、それらを唯一受け継ぐは自分であることが 分かっていた。遺産大きさに対する健全な感覚で胸が一杯になるを彼は感じていた。そし て、グラハムを暗い片隅に呼び出し、寂しい場所で彼死を悼む気持ちが日に日に薄れていく ことを意識していた。取り消すことできない厳粛なたった一つ切望をもって、自分屈強 な身体活発な精神を友人美徳命ずるがままにしておいた。自分旅行が休暇へ変化す ることを感じながら、彼は長い手足を伸ばし、かすかにあくびをしながらアーメン 4 4 4 4
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「日本の英文学研究」考 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

「日本の英文学研究」考 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

Another is for there to be more ‘original’ or ‘creative’ writing. English continues to focus on enabling you to respond to the world around you. (Robert Eaglestone 133 )  私たち日本英文学専攻にとって有意義だ思われる箇所を、本稿論旨である実践知性 として英文学研究視点からまず引用したが、実は著者ロバート・イーグルストンは第 1 部 第 1 章 ‘Where did English come from?’ 中で、英文学という学科目がどのような歴史的背景 もとでイギリスに設置されるに至ったかを詳述している。英文学本家であるイギリス事 情を知っておくことも大切であろうから、以下に、簡潔にまとめてみる:「元々英文学研究なる ものはイギリス大学では受け入れられず、特に古典学教授たちにとっては無用長物であ った。ところがこの英文学は 1835 年、一つ正式な学科目としてインドにおいて誕生した。当 時インドを統治していたイギリスは、英文学研究を通して現地インド人をイギリス化させよ う目論んだである。そしてやがてこれがイギリスに逆輸入されることになる。そうした逆 輸入代表的人物が、詩人・思想家マシュー・アーノルド(Matthew Arnold)であり、 彼は当時イギリス人に文学的教養を身につけさせよう思ったである。具体的には、有益 で文明的な道徳的価値観修得が目標された。これに対して、英文学を研究してもほとんど 意味がない考える一派も存在し、彼らは、教養ではなく、むしろ言語研究として英文学を 志向した。こうしたせめぎあい中、1893 年オクスフォード大学に英文学学位コースが導入 されたが、英文学専攻は主としてフィロロジー研究を意味した。この流れが変わるは 1917 年 以降である。ケンブリッジ大学講師たちが中心なって、主としてフィロロジーから成り立 っている英語専攻コース抜本的改革を進め、やがて言語研究だけではない、今日私たちが 知っている豊潤な英文学基礎が作られたである」。
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杉谷眞佐子教授 略歴及び主要研究業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

杉谷眞佐子教授 略歴及び主要研究業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

1999 年 「言語コミュニケーション教育価値観変容」日本コミュニケーション研究会議 (岡部朗一 編) 『1998 年日本コミュニケーション会議プロシーディング 9 』pp.81 133. (単著) 2000 年 Deutschunterricht und Germanistik in Japan. L. Götze/G. Helbig/H. Anz/G. Henrici/ H.-J. Krumm/W. Veit (eds.): Deutsch als Fremdsprache. Ein internationales Handbuch

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ファーゴー教授 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ファーゴー教授 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

るさびれた裏通り入口にいた。むさ苦しい家屋が私たち前に並んでいた。アイルランド人 浮浪児が家入口間で六人ばかり私たち足もとで寝そべっていた。 「分かった!分か った!」彼は叫んだ。「分かりました ― 分かりました!」「何が分かったですか?」という 問いに対して、彼は次ように答えた。 「科学が長年にわたって探し求めてきたものです ― 測 り知れないものに対する解答です!おそらく、私運命でもあります。間違いなく私永遠 生命です!急いで、急いで!消え失せてしまう前に書きとめなければなりません」そして彼 薄汚い宿に私を急がせた。戸口で彼は立ち止まった。 「今は話すことができません」彼は叫ん だ。 「まず書きとめなければならないです。しかし、今晩公演を聞きにきて下さい。最初ひ らめきがやってきたとき、私は一気にお話しすることができる思います」公演には必ず行く 約束した。そのとき、大佐部屋窓から不吉なファーゴー教授顔が見えた。それまで私 は大佐情熱で興奮していたが、教授出現で体からさっと熱が引いた。大佐突然ひらめ きは素晴らしいものであったかもしれないが、自分宿屋根下で同僚に会ったというショ ックせいで、せっかくひらめきをつかみ損なうではないか心配した。一瞬彼をそのま ま姿勢にしておくため口実を見つけ、教授姿が見えなくなってしまうを待った。次 瞬間扉が開き教授が入ってきた。彼は急いで帽子をかぶっただろう。ふんぞり返った彼い つもの歩き方究極ように勢いよく一方に傾いていた。エクセルシオール・ホール きよりも明らかに彼は上機嫌だった。しかし、教授微笑もしかめ面も正直それではなか った。大佐私に極めて寛容な微笑を向け、反対方向に帽子を傾け、前をとおり過ぎよう した。しかし、彼は突然思い直して立ち止まり、ポケットから黄色い小さなチケットを取り出 して私によこした。エクセルシオール・ホール入場券だった。
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北村 裕先生との四半世紀 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

北村 裕先生との四半世紀 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

竹 内   理  我々が敬愛する北村 裕先生が、65 歳定年を迎え、本学をご退職になられる。言葉では言 い表せない、強い寂しさを感じずにはいられない。  北村先生は、お互い前任校時代から数えて、もう 25 年を越えるおつきあいなる。私が まだ 20 代後半、先生が 40 代前半時であった。学会でお会いしたが初めてであったが、そ 素晴らしい英語力には感服するしかない、印象を覚えた。その後、先生が長期留学経 験を一切持たず、日本でのみ英語を学んできたという話を聞き、ふたたび驚いた次第である。 また、ご研究面でも、パソコンという言葉がまだ一般化していない時代に UNIX ワークス テーションを駆使して、まさに外国教育工学という言葉にふさわしい業績を打ち立てられて いた。その後も、ベルギー著名な心理学者 G. d’Ydewalle 先生共著で眼球運動に関する認 知心理学的研究を行われたり、米国 CNN 社契約して英語教育教材を開発されたり、常に フロントランナーとして、面目躍如たる活躍を続けられていた。これらに加えて、恩師大西 昭男先生(関西大学元学長・理事長)薫陶を十分に受け、幅広い分野で深い教養をお持ちで もあった(更にフルート名手でもある)。このように、私からすれば、北村先生は真に仰ぎ見 るような存在であった。その先生、国際研究大会実行委員会メンバーとして、またその後 は、(先生が愛してやまない)関西大学同僚としてご一緒させていただき、間近に接する機会 が持てたことは、後研究・教育として人生に大きな影響を与えたことは言うまで もない。
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トーマス・ロッカー絵本の整理と展望 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

トーマス・ロッカー絵本の整理と展望 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

し、「道徳的寓意」を描こうしていたことが理解できる。(Millhouse, 66) 18)  寓意性を持つは、描かれた対象が一義的な意味を超え、別次元で意味を帯びることで ある。描写が写実的である場合、意味はその次元にとどまる。まさにロッカー場合がそうで、 彼は写実的な描写に徹しており、描かれた人間が寓意性を帯びることはない。科学発展によ り科学的知識に裏付けされた彼認識では、人間も自然も写実的にとらえるしかない。彼作 品においては、自然中で人間が浮き立ってしまうことが多いが、自然中に不自然に佇む人 間描写を見るとき、そこからは、自然対峙する姿勢を身に付け、もはや自然中に溶け込 むこできない人間ありようが伝わって来るようである。さらには大自然中に人間が配 されること自体が不自然である、という悲しむべきメッセージも聞こえてきそうである。ノヴ ァックによる、ハドソン・リヴァー・スクール画家たちは、その絵中に文明象徴であ る斧や汽車、そして人間を描くことで、来るべき未来を予感させることはあっても、「その未来
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母音梯形と母音三角形 ─ 発音指導と評価 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

母音梯形と母音三角形 ─ 発音指導と評価 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

瞭で自然な発話が要求される 1) 。さらに高度なコミュニケーションを想定した場合、たとえば ニュースようにスピードある発話を理解するためには、意味なる間に短く挟ま れる文法要素を的確に聞き取らなければならない。また長いセンテンスを、ある程度スピー ドで、適切なイントネーションで「読む・言う」為には、日本には存在しない結合現象習 得が不可欠だ。たとえば前置詞 de 定冠詞 la が続く場合、前後関係によっては[də la] ではなく、de [ə]が脱落して[dla]つながり、[d]から[l]へ移行部分で一種破 裂音(両側外破)ができる。この結合現象を聞いただけで 2 つ子音があることを知覚し、真 似できる日本人学習はほとんどいない。この結合現象を知らない学習多くは、[d]ある いは[l]どちらか一つ子音として聞き取る。その結果、前置詞 de を使わずに名詞を 2 つ続けたり、de 後ろ名詞冠詞が必要であっても省略をしたりするなど間違いが定着し てしまう。このように発音上聞き間違いが、文法基本的な間違い原因なっていること は珍しくない。
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岐路に立つルクセンブルクの3言語主義 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

岐路に立つルクセンブルクの3言語主義 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

5 .ドイツ外国? ― 言語間距離言語教育  ドイツ屋根なし外部方言を造成して作られたルクセンブルクは、ドイツ同じ西ゲ ルマン系派に属すため、当然ながらドイツ距離は極めて近い。Sokal et al.(1992)で は、Ruhlen(1991)による言語学的分析に依拠しながら、主要な印欧語距離を樹形図であら わしている。それによるルクセンブルクはドイツやオランダ同じグループに属して いて、言語間距離はとても近くなっている。その距離は、ポルトガルガリシア、スペ インカタルーニャ、チェコスロバキア、デンマークスウェーデンノルウ ェーなど同等評価されている。これに対して、ルクセンブルクフランス語距離 ははるかに遠い。数字で表す、ルクセンブルクドイツ距離がおよそ 0.9 程度する 、ルクセンブルクフランス語距離は 15 程度にもなる(Sokal et al. 1992: 7671)。ちな みにルクセンブルク英語距離はおよそ 2.9 程度であることから、英語はドイツより距 離が遠いが、フランス語よりはるかに近い。言語距離が近ければ学習が容易になるが、同時 に転移(transference)が発生しやすくなるという問題もある。しかし、転移による混同を避 ける学習よりも、まったく異なる形式を学習する方がはるかに難しい。したがってルクセンブ ルク言語系統が同じドイツ語は、ルクセンブルク母語話者にとって最も学びやすい 言語である。
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通訳の仕事 ―通訳者に必要な資質と能力の養成 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

通訳の仕事 ―通訳者に必要な資質と能力の養成 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

なチーム数を揃えたりします。英語で大学通訳訓練コースを終了して、B クラスで仕事を 始めているならば、会議通訳としてデビューチャンスです。 5 . 2 . エージェント通訳養成校  サイマルインターナショナル、インターグループ、日本コンベンションサービスなどは国際 会議や記念行事など企画から実施まで全体運営一環として通訳派遣をしていますが、専 属英語や中国通訳がいます。このような大手エージェントが提供している通訳養 成コースで通訳訓練を受けることが出来ます。英語や中国では上級英語・中国レベル から本格的な同時通訳訓練まで一貫したコースで訓練を受け、専属になり、会議通訳し て仕事を始めることが可能です。英語以外外国場合は、受講生レベル人数問題が つきまといます。エージェントや語学学校通訳という名ついた授業はせいぜい週一回授 業しかありませんので、自分知識や外国不足部分などに気づくきっかけや練習方法発 見にはなりますが、そこで訓練を受けて技術を磨く練習は充分には出来ません。
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フランス語教育に必要とされる文法知識 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

フランス語教育に必要とされる文法知識 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

在形誤用が 1.8%であった比べるかなり確率で完了用法に現在形誤用が見られ、イ ンフォーマントにとっては複合過去形が現在時事象は結び付きにくいことを窺がわせる。  以上研究報告から日本語を第一言語する学習が作り上げる複合過去形学習文法一 例をまとめてみよう。複合過去形役割は事行で表される出来事を終了局面から捉え、完結し た事柄として表すことにあったが、学習文法知識中では、事行から想起される「長さ/ 短さ」という概念を指標として構造化されている。半過去形誤用対照的に複合過去形は事 行が表す事柄短さ結び付いて概念化される。「短さ」を想起させる文要素指摘はない が、半過去形誤用例から類推する、動詞(句)、時間表現などが考えられるだろう。動詞に ついて言えば、半過去形結びつきやすい状態動詞対局にある動詞、すなわち動詞意味内 容に完了点を含む完了動詞、到達動詞は「短さ」を想起させ、複合過去形結び付きやすい 言える。複合過去形を概念化するもう一つ指標は時間軸である。複合過去形は「過去」とい う概念密接に結び付いている。過去事に成立した事行結果が現在時において確認される完 了用法、特に結果相は「過去」という時間軸上指標から外れており、学習が考える複合過 去イメージは強く結び付いていない。
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中国語と近代─ 東アジアの言語環境における思考─ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

中国語と近代─ 東アジアの言語環境における思考─ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

古今東西に通じ、知識を求め、国を強くしたいもある。勉学を始める前に自ら考えなければ ならない。今、揚子江流域、沿海地方では中西学館称し、英語を教える学校が数え切れない ほど多い)」 2) 。英語学習施設急激な増加や目的多様化が覗える。一方、それまで殆ど中国 人視野に入っていなかった日本語は日清戦争敗戦後初めて外国学習対象なった。 「為通 事為買辨以謀衣食」という英語等学習動機異なり、日本語学習は西洋新知識を吸収する 捷径考えられ、20 世紀初頭からブームが沸き起こった。外国遭遇により中国は相対 化され、また教科書、辞書編纂により、他言語間に語句レベルにおいて対応関係が 築かれようした。その過程で訳語、新語著しい増加があった。また表現様式、文型上も大 きな変容がもたらされた。幅広い接触深い相互作用が中国を含む東アジア言語近代的 特徴である。近代言語接触は、国境地帯雑居や移民、貿易等によって引き起こされる直接 接触に比べ、新知識受容、そして伝播媒体として言語間接接触はもっと大きなウェー トを占めている。前者は口頭を主することが多く、生活、物質名称借用やピジン言語な どの現象を引き起こすが 3) 、後者は主として文章を通して現れ、抽象的語彙発生や文章形 式変革を促進する。
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at Workにみるルース・ベネディクトの肖像 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

at Workにみるルース・ベネディクトの肖像 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

意味で共通悩みなではないか思っている。ベネディクトが抗い難い時代軋轢に悩みな がら、いうならば当時社会絶対的な基準や常識考えられていたことに対してどのように 対応し、諸問題をいかにして切り崩していこうしたか、彼女底知れぬ強さ忍耐過程 は猛烈な模索期間であるとともに、彼女個を求めていくことに繋がっていくことでもあった。  マーガレット・ミードベネディクトは一時期、同性愛関係にあったことは事実である。 しかし、その関係は長くは続かなかった。本著を翻訳している過程で、私たちは何度も同性愛 やフェミニズムについて討論した。同性愛という観点からベネディクトをとらえ、書かれた著 書もある。それも研究として可能かもしれない。しかし、ベネディクト書いたものに触れて いる、そのように結論を出すは少し短絡的ではないか感じさせられる。ベネディクトは 理屈っぽく、幼いころには自分自身をコントロールできず、激しい癇癪に悩まされていた。自 分気持ちを理解してくれる相手を希求していた。ミードは違い、ベネディクトは自分気 持ちを率直に外に出すタイプ人ではなく、内にこもっていくタイプ女性であった。肉体的 なハンディ、つまり片方聴力が極端に悪かったことも一因かもしれない。しかし、それだか らこそ、一時期ミードがベネディクトに果たした大きな役割は、重要なものであったことも想 像に難くない。聞き取れない講義をミード援助によってハンディを軽減されたも大きな助 けなったであろう。性格においてもミードは異なるが故に、惹かれるものがあったも事 実であろう。ミードにとっても、ベネディクトは魅力ある人間であった。
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