トップPDF アディナ ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

アディナ ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

アディナ ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 「さあ」と私は言った。「あの石を手放しちゃったことを後悔するは分かるよ。誰かが君に 話して納得がいかなくなったんだろう。」  「それこそみんなですよ!僕はどうしようもない馬鹿で、何て馬鹿なことをしたか黙っておけ ないんだと。十一スクードを持って帰って、使い切れないくらい金を持っていると思ってい たんです。最初にしたは行商人から金メッキ髪どめを買って、それをニネッタにプレゼン トしたんです ─ 村女の子で仲良くしていたんです。その子はそれをおさげに挿して、鏡で 自分様子を見ていました。それから、どうして突然僕がこんなにお金持ちになったか聞く んです!それで『そうさ、僕は君が考えているよりお金持ちなんだ』って言ったんです。それ で持っているお金を見せて、石話をしたんです。その子はとても頭いい子で、頭いい奴 がちょっと一言いえばすべて分かっちゃうんです。彼女は私に面と向かって大笑いし、私が何 てまぬけで、あの石には少なくとも五百スクード価値はあっただろうし、その外国人はひど いペテン師だって言うんです。私はそれを持って帰ってきて、兄や信頼できる人に見せるべき だったって。結局、彼女言うことは正しかったんです。私は大きな富を手にしていたのに、 それを犬に与えてしまったんです。彼女はこのありがたい話を終わらせようと、頭から髪どめ を外してそれを私顔めがけて放り投げたんです。彼女は二度と私に会おうとしませんでした。 そんなことするくらいなら、道端で出会った目不自由な乞食と結婚する方がましだと考えた だと思います。私に何が言えるでしょうか?彼女には、ローマで貴婦人 ─ 公爵夫人なんで すが ─ 侍女をしている姉がいるんですが、その夫人が、ローマ平原で見つかった古い宝石 で作った高価なネックレスをお持ちなんです。僕はうなだれてその場を立ち去り、自分愚か さを呪いました。僕は自分金を地面に放り投げて、その上につばを吐きかけたんです!フォ リエッタを飲みに酒場に行きました。そこで三、四人知り合いに会ったんです。僕はみんな に酒をおごって回りました。自分持っている金が憎くて、全部使ってしまいたかったんです。 もちろん彼らもどうして僕がそんなに羽振りがいいか知りたがりましたよ。ですから正直に 話したんです。あのニネッタような雌ギツネよりはもうちょっとましなことを言ってくれる んじゃないかって願ってましたけど。でも、彼らはグラスをテーブルに叩きつけて声をそろえ て僕ことを馬鹿にしたんです。どんな間抜けなロバでも、草をはんでいるときにそれだけ 宝物を鼻で掘り出したら、口にくわえて飼い主ところに持って帰るだろうにって。何慰め にもならない慰めでしたよ。僕はワインで怒りを流し込み、瓶を次から次へと空にしていきま した。生まれて初めて酔っ払いましたよ。あの夜は最悪でした!次日、私は残った金を叔父 ところに持って行き、それを貧しい人たちに与え、教会ために新しいろうそくを買い、そ して不敬な僕魂を償うためにミサ言葉を述べるよう頼みました。叔父はその金を真剣に見 つめて、それを邪な方法で手に入れたではないだろうなと質しました。僕は叱られる覚悟 ができていましたので、彼 4
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ある肖像画の物語 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ある肖像画の物語 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 エベレットは約束朝に父親であるエベレット氏エスコートで現れた。エベレット氏 は物事を望ましい形式で行うことを大変誇りにしており、あらかじめバクスターに紹介されて いた。バクスターとマリアンと間に短いが丁寧な挨拶が交わされ、その後で二人は仕事に取 りかかった。エベレットはバクスター希望や思いつきに気持ち良く応じ、同時に、どういう ことをすべきでどういうことはすべきでないかについて多く確信を臆することなく披露した。  彼女確信が的を得ており彼女希望は余すところなく共鳴できるものであることにその若 い芸術家はまったく驚かなかった。頑迷で不自然な偏見と折り合いをつけることも、自分最 善意図を近視眼的な虚栄心犠牲にすることも要求されないことが彼には分かった。  エベレットが中身ない女性であるかどうかということはここで言及されることではない。 しかし少なくとも、彼女は次ことを理解するだけ分別は持ち合わせていた。つまり、蒙を 開かれた聡明さ関心は、それが絵画主たる目的であるだから、画家視点から見て良い ものであるべき絵によって最も良く満たされなければならない。さらに、彼女名誉ために 以下ことをつけ加えてもいいだろう。絵画が、その情熱持続というまがい物 ― へたな模 倣 ― 以上何かになるためには、情熱要請によって遂行された絵画にどんなに偉大な芸術 真価が適切に付与されるべきであるか、彼女は余すところなく理解していた。そして、彼自 身ためであれ他人ためであれ、非論理的で利己的な関心介入ほど芸術家情熱を冷めさ せてしまうものはないことを、彼女は本能的に悟っていた。
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あやまちの悲劇 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

あやまちの悲劇 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 「何も知らないですって!驚かさないで下さい。町人が彼に『こんにちは』と挨拶するだ けで、すべて秘密が明らかになりますわ。」  「ああ!君が考えているほど人は私たちことなど気にしていないよ。僕たちだってそうだ ろ?僕たちだって他人不品行を心配している時間などないよ。ねえ、程度差はあっても他 人たちだって同じさ。船が座礁して木っ端微塵になって、浮かんでいる丸太にしがみついて 陸にたどり着こうとしている人間は、波と格闘している他人になんか目もくれないよ。彼ら 目は海岸に釘づけになっていて、彼らが考えるは自分安全だけさ。人生では私たちはみん な荒れた海を漂っているさ。私たちはみんな富や愛や余暇といったどこか乾いた土地を目指 してもがいているんだよ。波うねりや私たちがけり上げる波しぶきが目に入り、他人が言 ったりしたりしていることは彼らには聞こえないし見えないんだよ。私たちが這い上がって乾 いた所まで登ったとして、私たちは彼らことを気にするかね?」
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ある問題 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ある問題 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 「聞かなきゃいけないよ。今までこの話をしたことなかったは単に忘れてしまっていたか らなんだ。すっかり忘れていたよ。でも、君話を聞いて思い出したんだ。僕も一度運勢を見 てもらったことがあるんだ。インディアン女でもなかったしジプシーでもなかった。たまたま いた女性一人だった。名前は忘れてしまったよ。まだ二十歳になる前だったと思う。何か パーティーで彼女は人運勢を占っていたんだ。カードを持っていた。贈り物としてもらった ふりをしていたけどね。僕は何をしゃべっていたか忘れたけど、あのくらい年頃男によ くあるように、結婚生活をからかっていただと思う。一人女性が僕をその女性に紹介した んだ。ぜったい結婚しないって言っている男性がいますってね。本当かしら?その女性はカー ドを見て、まったく事実と違っている、僕は二度結婚するって言ったんだ。その場にいた人た ちがいっせいに笑って僕は恥をかいたんだよ。『三度結婚するって言ったらどうだい?』と僕 が言うと、『カードには二度と出ていますわ』とその女性は答えたよ。」デイヴィッドはソファ から立ち上がって妻前に立った。「不思議だと思わないかい?」デイヴィッドは言った。  「ええ、不思議ですわ。あなたはそのことを何か不思議なこと以上ことだと考えていらっ しゃるようですけど。」
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オズボーンの復讐 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

オズボーンの復讐 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

し、頭はコングリーブ嬢ことでいっぱいで、目は絶えず彼女顔を見ていた。ときどき彼女 と視線合うときがあった。激しい嫌悪感がふつふつと胸にわき起こった。ヘンリエッタ・コ ングリーブに必要なは、彼女が他人を利用したと同じように彼女も人に利用されることだ と彼は独り言を言った。明らかに今牧師を利用していると同じように。水流中ほどで空し く底を手探りしながら、耳まですっぽり彼は恋に落ちていた。その間、乾いた靴を履いたまま 彼女は水辺に座っているだった。彼女は教訓を学ぶ必要があった。しかし、誰がそれを彼女 に与えることができるだろうか?彼女すべて師が知っている以上ことを彼女は知ってい るだ。男性は彼女に近づき、魅了され虜になるだけだった。もし彼女が、自分と同じほど明 晰な頭脳、活発な想像力、不屈意志を持つ者、あるいは師と仰ぐ者に出会いさえすれば!テ ーブルをひっくり返し、彼女出先をくじき、彼女を虜にし、そして突然時計を見て別れ挨 拶をする、そんな男性に出会いさえすれば!そうすれば恐らくグラハムも安心して眠りにつく ことができるだろう。人心をもてあそぶということがどういうことか彼女にも分かるであろ う。というのも、彼女心は、まるでブロンズに対するガラスようなものだからである。オ ズボーンはテーブルを見まわした。しかし、カーペンター夫人招待客には、彼が心に描く ― ブロンズ心と水晶頭を持つ ― 英雄にほんのわずかでも似ている男性はいなかった。彼ら はまさに、若い女性をそばにはべらせるが似合う若者たちに過ぎなかった。しかし、ヘンリ エッタ・コングリーブはそのような女性一人ではなかった。彼女は舞踏会にいる単に軽薄な 女性ではなかった。彼女しぐさにはどこか真剣で高貴な何かがあった。それは知的な喜びで あった。誠実な男性心を最後一滴まで飲み干し、恐ろしい食品に白い花を咲かせるだっ た。オズボーンが辺りを見わたすと、周囲存在、サンドウィッチやシャンパンことを 一瞬忘れてしまったかように見える若い女性に目がとまった。彼が彼女ことを見ている に気がつくと、もちろん、その女性はすぐに目皿に視線を落とした。しかしオズボーン は彼女視線意味を読み取った。それ ― まだ清純さ残る乙女視線 ― は、容易に翻訳 できる言葉で、「あなたこそ私が探し求めていた男性です!」と語っているように思われた。つ まり簡単に言うと、オズボーンさん、あなたは何て素敵な方なんでしょう、ということである。 オズボーンは脈が速くなるを感じた。彼計画は始まっただ。彼際立った容姿がコング リーブ嬢心を傷つけるに十分な装備だというわけではなかったが、少なくともそれは彼 任務を外に向かって表現するものだった。
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ファーゴー教授 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ファーゴー教授 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 「皆さん」と彼は叫んだ。「私が主に大切だと考えているは、亡くなった人々に及ぼす私 特異な影響力ではないです。というも、結局ところ、幽霊は幽霊です。いずれにせよ大し たことはできないです。触ることはできないし、一日うち半分は見えないです。もしそ れが小さい娘霊だったら、気がおかしくなってしまうでしょう。大切なことは、それが生き ているものに不思議な影響を与えることができるということです。皆さんはそれを目を使って することができますし、声を使ってすることができますし、ある種動きですることもで きます ― ここまで皆さんがご覧になったように。ただそれに心を向けるだけで何も使わなく てもできるです。もちろんそれは、できる人がいるということです。あまり多くはいません ― 皆さんがときどき出会うある種お金持ち、権力を持った人、共感する力強い人たちで す。それは磁力と呼ばれます。それについてはさまざまなことが書かれました。さまざまな説 明試みもありました。しかし大した成果をもたらしませんでした。言えることはただそれが 磁力ということであって、人はそれを持っているか持っていないかどちらかなです。神は それを私に授けることを適切だとお考えになったです。これは大きな責任ですが、私はそれ を正しく使うつもりでいます。私はあらゆる類ことができます。何かを見つけ出すこともで きますし、人が心中で思っていることを語らせることもできます。人を病に伏せることもで きますし、健康にすることもできます。恋をさせることもできます ― どうです?再び恋から 目を覚まさせることもできます。そして、割に合わなければ、もう二度と好きな人と結婚なん てしないと誓わせることもできるです。正直に言いますが、どういう風にそれをするかは 皆さんにお話しすることはできません。ただ自分に『さあ教授、これを治そう、あれを治そう』 と言うだけでいいんです。ただで与えられた才能なです。つまり、磁力ということです。そ れを動物的磁力と呼ぶ人もありますが、私はそれを霊的磁力と呼んでいるです」
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吉田健一と英文学 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

吉田健一と英文学 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

と続ける。吉田健一娘・吉田暁子が父・吉田健一を冷静沈着な態度で眺めたように、吉田健 一父・吉田茂に対する眼差しは、底に実父に対する敬愛念をたたえた清冽なものである。 父・吉田茂現実主義的政治手法を直視した上で、父・吉田茂にさらなる魂啓培場、すな わち「言葉世界」を提供したかったという息子切ない想いではないだろうか。父・息子両 者生き方根底には実人生と緊密に絡んだリアリズムという精神が厳存していることに間違 いはないが、ただ、父・吉田茂にとってリアリズムというは、まさに非情な外交を主とし た生臭い現実政治を舞台にしたものを指す。そんな父に、軽妙洒脱で、考えること尊厳を重 んじる文化人・知識人たちと交遊を通じて感知できる、人間奥底にあるもうひとつ リアリズムにさらにもっと接して欲しかった、と吉田健一は述べるだ。なぜなら本来、父・ 吉田茂にはそれを受容するに足る資質があった、と吉田健一は思ったからである。また、長谷 川郁夫は、著書『吉田健一』(新潮社、2014 )なかで、父・吉田茂外務大臣就任に伴って 吉田健一は、「英語力」と「秀でた知力」とを買われ、しばらくあいだ父・吉田茂「秘書 役」と見られる立場にいたらしいが、それも短期間に終わった、と記す。そしてその後に続け て長谷川郁夫は、「父もまた、長男が政治に不向きなことを早々に悟っただろう。息子勤勉 な性質を知る父は同時に、ノンシャランな対応を認める余裕をもっていたものと思われる。こ 父と子情愛通うほのぼのとした関係は、何種かユーモラスな対談なかにも濃密にあら われている」(長谷川郁夫 229 )と、言う。父・吉田茂は、息子・吉田健一「勤勉な性質」 を見抜いていたである。ちょうど吉田健一娘・吉田暁子が父・吉田健一「勤勉な人生」 を見通していたと同じように。吉田健一は、しんそこ「勤勉な」学徒であっただ。  さて、実父・吉田茂からも実娘・吉田暁子からも「勤勉な」文学者だと認められた吉田健一 英語教育に関する所見はと言えば、それは吉田健一『近代詩に就て 英語と英國と英國人 
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福井七子教授 略歴および主要研究業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

福井七子教授 略歴および主要研究業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

「日本人行動パターン」共著 山折哲雄、ポーリン・ケント(1997)NHK 出版 1-172 “Background Research for The Chrysanthemum and Sword Dialectical Anthropology”   共著 Pauline Kent(1999)Kluwer Academic Publishers 173-180 “The Lady of the Chrysanthemum: Ruth Benedict and the Origins of the Chrysanthemum and the Sword” 共著(2004)The Johns Hopkins University Press

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キルギス語とロシア語のコード・スイッチングに関するパイロット研究 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

キルギス語とロシア語のコード・スイッチングに関するパイロット研究 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 CS 研究に関するレビュー論文である田崎(2006: 65)が指摘するとおり、これまでに異なる 二言語併用コミュニティを対象とする研究によって、様々な CS 機能リストが提案されてき た。それらには共通する部分も多く見られるが、対象とするコミュニティによって全く異なる 機能が含まれている場合もある。本稿冒頭部で指摘した通り、キルギスとロシア CS は、近年 CS 研究傾向とは異なり、多数派であるキルギス人間で頻繁に観察されること が特徴である。また、キルギス共和国では CS が言語政策上主要な論点となり、CS をめぐる 言説が活発に展開されているという背景も大きな特徴として指摘できる。以上を踏まえ、キル ギスとロシア場合に顕著に見られるが、他事例には当てはまらない機能有無を検討 することが、今後探究すべき課題 1 つとして挙げられよう。
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関西大学図書館所蔵ちりめん本の整理 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

関西大学図書館所蔵ちりめん本の整理 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 ちりめん本は、縮緬布ように細かい皺を施した紙を用い、欧文に訳した日本昔話などに 浮世絵画家たち絵をもとにした多色刷り挿絵を添えて印刷した本で、明治半ば、長谷川 武次郎により刊行されたものが、その中心をなしている。なつかしい昔話という題材はもとよ り、そのしんなりと手になじむ布ようなやわらかさ、そして一流絵師による美しい多色 挿絵とが相まって、ちりめん本はいまも読者こころを捉えて離さない。もとは、日本国内 人びと、特にこどもたちが外国を学ぶため教科書として意図されたが、その美しさと異国 情緒により、日本にやってきた外国おみやげとして人気を得ることになったようである。  ちりめん本については、石澤小枝子氏が深く研究されており、その著書『ちりめん本すべ て 明治欧文挿絵本』を参考にさせていただき、本学図書館所蔵ちりめん本整理を試み た。石澤氏によると、ちりめん本としてもっともよく知られている「日本昔噺」シリーズは 20 冊からなるが、No. 16 に重複があるので 21 冊となっており、また、同じタイトル平紙本も 出版されていた、ということである。さらに、“Enlarged English Edition”として Nos. 21∼25 出版が続き、そのうち、Nos. 23, 24, 25 は、ラフカディオ・ハーンが訳したもので、後に、こ れに二冊が加えられ、箱入りで売り出されることになった。この加えられた二冊うち一冊は、 「日本昔噺」セカンド・シリーズ(第二弾)五冊うち一冊であったようであるが、本学は
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「日本の英文学研究」考 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

「日本の英文学研究」考 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

Another is for there to be more ‘original’ or ‘creative’ writing. English continues to focus on enabling you to respond to the world around you. (Robert Eaglestone 133 )  私たち日本英文学専攻者にとって有意義だと思われる箇所を、本稿論旨である実践知性 として英文学研究視点からまず引用したが、実は著者ロバート・イーグルストンは第 1 部 第 1 章 ‘Where did English come from?’ 中で、英文学という学科目がどのような歴史的背景 もとでイギリスに設置されるに至ったかを詳述している。英文学本家であるイギリス事 情を知っておくことも大切であろうから、以下に、簡潔にまとめてみる:「元々英文学研究なる ものはイギリス大学では受け入れられず、特に古典学教授たちにとっては無用長物であ った。ところがこの英文学は 1835 年、一つ正式な学科目としてインドにおいて誕生した。当 時インドを統治していたイギリスは、英文学研究を通して現地インド人をイギリス化させよ うと目論んだである。そしてやがてこれがイギリスに逆輸入されることになる。そうした逆 輸入者代表的人物が、詩人・思想家マシュー・アーノルド(Matthew Arnold)であり、 彼は当時イギリス人に文学的教養を身につけさせようと思ったである。具体的には、有益 で文明的な道徳的価値観修得が目標とされた。これに対して、英文学を研究してもほとんど 意味がないと考える一派も存在し、彼らは、教養ではなく、むしろ言語研究として英文学を 志向した。こうしたせめぎあい中、1893 年オクスフォード大学に英文学学位コースが導入 されたが、英文学専攻は主としてフィロロジー研究を意味した。この流れが変わるは 1917 年 以降である。ケンブリッジ大学講師たちが中心となって、主としてフィロロジーから成り立 っている英語専攻コース抜本的改革を進め、やがて言語研究だけではない、今日私たちが 知っている豊潤な英文学基礎が作られたである」。
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at Workにみるルース・ベネディクトの肖像 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

at Workにみるルース・ベネディクトの肖像 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

意味で共通悩みなではないかと思っている。ベネディクトが抗い難い時代軋轢に悩みな がら、いうならば当時社会絶対的な基準や常識と考えられていたことに対してどのように 対応し、諸問題をいかにして切り崩していこうとしたか、彼女底知れぬ強さと忍耐過程 は猛烈な模索期間であるとともに、彼女個を求めていくことに繋がっていくことでもあった。  マーガレット・ミードとベネディクトは一時期、同性愛関係にあったことは事実である。 しかし、その関係は長くは続かなかった。本を翻訳している過程で、私たちは何度も同性愛 やフェミニズムについて討論した。同性愛という観点からベネディクトをとらえ、書かれた 書もある。それも研究として可能かもしれない。しかし、ベネディクト書いたものに触れて いると、そのように結論を出すは少し短絡的ではないかと感じさせられる。ベネディクトは 理屈っぽく、幼いころには自分自身をコントロールできず、激しい癇癪に悩まされていた。自 分気持ちを理解してくれる相手を希求していた。ミードとは違い、ベネディクトは自分気 持ちを率直に外に出すタイプ人ではなく、内にこもっていくタイプ女性であった。肉体的 なハンディ、つまり片方聴力が極端に悪かったことも一因かもしれない。しかし、それだか らこそ、一時期ミードがベネディクトに果たした大きな役割は、重要なものであったことも想 像に難くない。聞き取れない講義をミード援助によってハンディを軽減されたも大きな助 けとなったであろう。性格においてもミードとは異なるが故に、惹かれるものがあったも事 実であろう。ミードにとっても、ベネディクトは魅力ある人間であった。
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有余年の大学生活を振り返って 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

有余年の大学生活を振り返って 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 2009 年頃より、翻訳を中心に研究を深めている。翻訳をするにあたって、英語ニュアンス も含め、著書深遠な部分理解が求められる。これは私個人的な思いだが、バイリンガル な人とよぶことができるは菊地敦子先生をおいて私は知らない。何年にもわたって菊地先生 と行なっている翻訳・解釈セッションは私仕事に励みと力を与えてくれている。菊地先生 と仕事はこれからも当分続くことになるが、これまた結構なことである。
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北村 裕先生との四半世紀 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

北村 裕先生との四半世紀 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

竹 内   理  我々が敬愛する北村 裕先生が、65 歳定年を迎え、本学をご退職になられる。言葉では言 い表せない、強い寂しさを感じずにはいられない。  北村先生とは、お互い前任校時代から数えて、もう 25 年を越えるおつきあいとなる。私が まだ 20 代後半、先生が 40 代前半時であった。学会でお会いしたが初めてであったが、そ 素晴らしい英語力には感服するしかない、と印象を覚えた。その後、先生が長期留学経 験を一切持たず、日本でのみ英語を学んできたという話を聞き、ふたたび驚いた次第である。 また、ご研究面でも、パソコンという言葉がまだ一般化していない時代に UNIX ワークス テーションを駆使して、まさに外国教育工学という言葉にふさわしい業績を打ち立てられて いた。その後も、ベルギー著名な心理学者 G. d’Ydewalle 先生と共著で眼球運動に関する認 知心理学的研究を行われたり、米国 CNN 社と契約して英語教育教材を開発されたりと、常に フロントランナーとして、面目躍如たる活躍を続けられていた。これらに加えて、恩師大西 昭男先生(関西大学元学長・理事長)薫陶を十分に受け、幅広い分野で深い教養をお持ちで もあった(更にフルート名手でもある)。このように、私からすれば、北村先生は真に仰ぎ見 るような存在であった。その先生と、国際研究大会実行委員会メンバーとして、またその後 は、(先生が愛してやまない)関西大学同僚としてご一緒させていただき、間近に接する機会 が持てたことは、後研究者・教育者として人生に大きな影響を与えたことは言うまで もない。
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ゴードン・スコット・ジョンソン教授 略歴及び主要業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ゴードン・スコット・ジョンソン教授 略歴及び主要業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

  平成元年 3 月  関西大学経済政治研究所 「研究双書」 第 67 冊 pp. 130-155. “Sketch-tour books and prints of the early twentieth century” 単  平成 2 年 1 月  Andon Vol. 10, No. 37 pp. 3-33. “The ‘Sketch-Tour’ Books and Prints and the Role of Osaka Publisher KANAO Tanejiro” 単  平成 3 年 3 月  関西大学経済政治研究所「研究双書」第 77 冊 pp. 86-127. “The Japanology Class and the Audio-Visual Center”

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北村裕教授 略歴及び主要研究業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

北村裕教授 略歴及び主要研究業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

宇佐見太市,北村裕,河合忠仁,山本英一,竹内理(共編)(2002)『外国研究 : 言語・文 化・教育諸相』ユニウス出版 Kitamura, Y., K. Horii, O. Takeuchi, K. Kotani & G. d’Ydewalle. (2003). Determining the param- eters for scrolling text display technique. In Hyona, J. & others ( Eds. ), The Minds’ Eye:

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想い出すことども 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

想い出すことども 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 帯文案は縦書きで、「空前絶後 宗教史家ミルチャ・エリアーデ 中心思想と方法論を  余すところなく捉えた、新進気鋭 28 歳 スペイン人哲学研究者 マルセリーノ・アヒース・  ビリャベルデ恐るべき才能をつぶさに伝える 学会デビュー作、本邦初登場」というもので あった。じつは、これがわたしいちばんお気に入り「訳者自装」本にほかならない。  この本については、エリアーデ『イメージとシンボル』(せりか書房)を訳された和光大学 名誉教授、前田耕作氏が、読書新聞 〔2013 年(平成 25 年)7 月 19 日(金曜日)〕 に書評を寄せてく ださった。それによると、〈エリアーデ伝記をふくめた最初本格的な研究書邦訳は、デイ ヴィッド・ケイヴ『エリアーデ宗教学世界』(せりか書房・1996 年/原題:新しいヒュー マニズムへミルチャ・エリアーデ視線・1992 年)が初めてであった。ケイヴ著作も次 年に刊行されたダニエル・デュビュイッセンもまた「エリアーデと聖なるもの」(『20 世紀神 話学―デュメジル/レヴィ・ストロース/エリアーデ』・1993 年)を主題としながら、それら より先に刊行されていたアヒース=ビリャベルデ処女作でもある本書(1991 年・サンティア ゴ・デ・コンポステーラ大学出版局)にはまったくふれていない。本書邦訳が刊行されなけ れば、エリアーデ「中心思想と方法論」淵源を歴史的に抽出し、その思考枠組みを緻密 かつ包括的に論じた本書を私たちがついに目にすることはなかったかもしれない〉。
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『外国語学部紀要』発刊に際して 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

『外国語学部紀要』発刊に際して 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

宇佐見 太 市  大阪十三にある第七藝術劇場で、柳家小三治ドキュメンタリー映画『小三治』を観た。 康宇政監督が当代随一噺家・柳家小三治に三年以上も密着して撮り続けた作品である。エド ワード・サイード魂に心打たれ、それを伝えたいという衝動に駆られた佐藤真監督が、己 感性で創出し、世に問うた作品『エドワード・サイード OUT OF PLACE』とイメージが重な った。両者とも、それぞれ被写体人間像がみごとに映し出されている。ふだん著作を通じ て読者が知りうるエドワード・サイード像からいくぶん漏れた未知なる部分を佐藤真監督が観 客にそっと垣間見させてくれたように、康宇政監督も、高座にかけられる小三治師匠完成さ れた芸内側に潜む噺家・小三治人間性をさりげなく表出した。四六時中、落語と格闘し続 けるひとり噺家ひたむきな生き方を私たちはここに見てとることができた。
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中国語と近代─ 東アジアの言語環境における思考─ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

中国語と近代─ 東アジアの言語環境における思考─ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

タームが使用されているが、New Idea and New Terms(1913)著者 A. H. Matter(著名な 宣教師狄考文未亡人)も認めているように宣教師が作成した文法関係タームは 1913 年時点 では一般に認められなかった 13) 。西洋人によって西洋言語で著された著作や辞書などは、西洋 言語学枠組み中で中国音韻、文法、語彙について記述することでは一応成功を収め たと言ってよいであろう。しかしその中国で書かれた著作は、中国読者に言語に関する研 究において新たな道筋を示すには十分ではなかった。馬建忠『馬氏文通』(1898)や厳復 『英文漢詁』(1904)はいずれも直接西洋文献から知識を受容したものである。西洋言語学に関 する知識多くが日本語を学習する過程で導入されたことはこれまでに指摘されていなかった 事実である。言語学タームは、その大多数を日本語から借用したということがこの点を如実 に物語っている。言語「科学」的研究は、明治期日本学者も目指した目標であることを 付け加えておきたい。中国を含む言語研究近代化過程において、外国、特に日本影響 等について解明しなければならない点が多々ある。
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杉谷眞佐子教授 略歴及び主要研究業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

杉谷眞佐子教授 略歴及び主要研究業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

1996 年 Kontextualismus als Verhaltensprinzip. In: A.Thomas (ed.) Psychologie interkul- turellen Handelns. Göttingen: Hogrefe. pp. 227 275.(単) 1997 年 Das Selbstkonzept im Sprachverhalten. In: A.Knapp-Potthoff/M.Liedke (eds.) Aspekte interkulturellen Handelns. München: iudicium. pp. 41-64.(単

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