トップPDF 再論 中国語の統語成分について(上) −中国語教学文法の再構築を目指して− 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

再論 中国語の統語成分について(上) −中国語教学文法の再構築を目指して− 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

再論 中国語の統語成分について(上) −中国語教学文法の再構築を目指して− 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

その補語には本来補語以外に、動詞「是」目的や連動句・連述句・兼語句後ろ部分 補語と認定しいる。 張志公等(1959)は「補語」と称し、「補語は動詞あるいは形容詞連帯成分であり、 動詞あるいは形容詞補充説明するに用いられ、動作状況、結果、数量および性質・状態 程度等表わす」と述べいる。丁声樹等(1961)は「補語」と称し、「動詞あるいは形容 詞後に別動詞形容詞加え、前成分結果、方向等表わす、このような成分は補語 と呼ばれる。なぜならばそれは前成分に対して説明や補充する所があるからである」と述べ、 さらに結果、方向補語以外に、中間に「得」「不」「個」有無による分類も行っいる。 胡裕 樹等(1979)は「補語」と称し、「動補述語中補語は一種類位置しかないが、異なる類型 がある」「動詞と形容詞後にはいずれも補語伴うことができる。形容詞は目的伴えな いので、形容詞述語文には目的と補語混乱と言う問題は無い。動詞後は目的それとも 補語かという問題は一般的に区分しやすい。名詞あるいは名詞句は目的にしかなれず、補語 にはなれない。動量表わす数量詞句は補語にしかなれず、目的になれない。物量表わす 数量詞句は目的にしかなれず、補語になれない。時間量表わす数量詞句のみが目的にな る時もあれば、補語になる時もある」と目的と補語区分についても論じいる。張静等 (1980)は「補語」と称し、「補語は動詞性あるいは形容詞性中心補充、説明するものであ る。「どの様であるか」「何回か」「「何処か」「「何時か」「どのような結果か」等が提起する問 題に回答することができ、中心と附加および被附加主従関係が発生する。補語はいずれも 中心後に置かれ、方向動詞、数量詞と一部形容詞は直接補語になることができるが、通 常は「得」字で連接され、時間・場所名詞は「在」「到」でよく仲介される」と述べいる。 黄伯栄等(1980)は「補語」と称し、「補語は動詞・形容詞句中心附加成分である。 ……動詞・形容詞、動詞・形容詞句、前置詞句などが補語となり、動作結果、方向、数量、 時間、場所あるいは性質・状態程度等説明する。一部補語は中心間に助詞「得」 がある」と述べいる。朱徳熙(1982)は「補語」と称し、 「述補構造成分述語と呼び、 後成分補語と言う」「補語と目的位置はともに動詞後にある。目的は体言性成分 であっもよいし、また用言性成分であることもできる。補語は用言性成分でしかありえず、 体言性成分ではありえない。意味からいうと、目的役割は動作と関連する事物(受け手、 関与するもの、道具等)提示することにあり、補語役割は動作結果あるいは状態説明 することにある」と述べいる。
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再論 中国語の複文について −新しい中国語教学文法の再構築を目指して− 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

再論 中国語の複文について −新しい中国語教学文法の再構築を目指して− 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 1960年前後になると丁声樹等(1961)は「〈對比句〉はその中各節意味が対立するもの である。前節が後際立たせるに用いられいる。……〈譲歩句〉はある種譲歩と なり、主節が真意述べいる。あるものは先に事実承認した後で真意述べいる。…… あるものは仮定的事実承認した後で真意述べいる」と区別し定義しいる。また張志 公等(1959)は「〈転折関係〉とは主従複文一種である。前節がある意味述べ、後節 が前意味に沿っ続けおらず、逆接しおり、前節とは全く正反対意味ある いは前節と相対する意味述べいる。このような二つ関係が〈転折関係〉である」 と定義しいるが、〈転折関係〉と〈譲歩関係〉共存あるいは混同ないし混用が見られる。  1980年前後には胡裕樹等(1979)は「前節でまずある一面述べ、後節で前意味 に沿っ話し続けいくではなく、前節と相対する、相反するあるいは部分的に相反す る意味に転化しいる。これがつまり〈転折関係〉である。……ある主従複文には着想一 歩控えるという意味含んでいる。この節間関係が〈譲歩関係〉である」と両者区別した 説明いる。また黄伯栄等(1980)は「主節が従節意味と相反するかあるいは相対する もの、これがすなわち〈転折関係〉という」と簡潔に定義した後、連接語句について詳説し いる。また張静等(1980)は「〈譲転〉とは譲歩と逆接両関係総称である。この種複文 においては、二つ意味は往々にし対立する立場にあり、まず話し手が一つ節が表わ す所事実あるいは理由存在承認あるいは容認し、然る後に真意述べる。譲歩表わ す節が従節であり、逆接表わす節が主節である」と定義しいる。また教学文法では史錫堯 (1991)が「二つ節が表わす意味が順調に話し続けられいくではなく、二番目[後] 節が表わす意味が最初[前]節に対していうと、ある種転換・逆接が生じる。このような 二つ節が構成する複文は〈転折複句〉と称される」と定義されきた。
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フランス語動詞事象の意味分類に関する考察 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

フランス語動詞事象の意味分類に関する考察 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

฀ 動詞意味はこれまでに様々な方法論で分析されきた。J.฀François฀et฀L.฀Gosselin฀(1991) によれば、主として動詞事象状態と出来事に大別し分析する方法と、この二つに事象にお ける行為項関係交え分析する方法に分けられるという 3 ) 。前者方法論用いた研究 代表は Z.฀Vendler฀(1967)であり、後者については W.฀Chafe฀(1970) 4) があげられる。Vendler 研究は英語動詞分類試みたものであるが、動詞状態、活動、完了、瞬間4つに分け るその方法は現在ではフランス語動詞分類にも広く用いられいる。しかし、分類枠知名 度に比べると彼が分析に用いた方法論そのものは以外に知られいないように思われる。本稿 は Vendler 動詞意味分類紹介し、その後研究によってその方法論がどのように検討 され、フランス語動詞事象意味分析が発展しきたか考察するものである。
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河合忠仁教授を偲んで 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

河合忠仁教授を偲んで 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

追悼 河合忠仁教授 7 いかと声かけ下さった。これにより、教養部所属でありながら、専門科目も教えることが でき、一層やる気が出た思い出す。この時学生は、河合先生熱心な指導ためであろ うが、専攻が法学や経済学なのに、中学校英語先生になり、今も現役で活躍しいる者が 多数いる。

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李氏朝鮮期中国語会話テキスト『朴通事』に見られる存在文について 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

李氏朝鮮期中国語会話テキスト『朴通事』に見られる存在文について 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

  “你那里有来?”文に対してはすでに解釈がなされいる、つまり、 “有”が“在”意味であり、 “来”が“来着”に相当し、“你那里有来?”は“你在哪儿来着”意味であると認識する。 しかし、 このような解釈は“我有认色了”に適応できない。このタイプ文にはまた別解釈ができると考 えられる。つまり、“你那里有来”は“你那里来的”意味であり、この“来”は、後文“你来怎 么这般黄瘦 ”“来”と同じく動詞に属し、助詞“来着”とは見なせない。“黑夜道场里你有来么” は“黑夜道场里你来了(或いは‘的’)吗”と解釈でき、“我有认色了”方は“我认了色了”(“色” はお金品質指す)と解釈できる。このような解釈に基づけば、“有+動詞”は“動詞+了”ある いは“動詞+的”に相当する。
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中島 巖先生に心からの感謝を込めて 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

中島 巖先生に心からの感謝を込めて 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

界が広がる貴重な機会となった。現在そのひとりは、ドイツシュタイナー学校外国教員 養成専門課程で、数少ないアジア系学生一人として健闘しいる。  先生は終戦間近、小学校4年生でお父様亡くされ、その後お母様と二人生活で大変な苦 学されたそうである。新制中学義務教育終えると本来就職すべきところ、担任先生 勧めもあり県児童福祉奨学生として昼間働きながら夜間高校に学ぶことになる。しかし体調 壊され、昼間高校に編入し卒業された。そこで就職する予定であったが、その強い勉学 意志に対してご親族から教員になること勧められ、日本育英会特別奨学生として神戸大 学・教育学部に進学された。学部生時代片道3時間列車通学され、さらにその際、学資 得るため家庭教師も続けられたそうだ。大学卒業に際し再び予想外進路が開ける。指導教授 強い勧めで大阪大学大学院へ進学され、再び日本育英会奨学生となられた。またお母様に も「神戸友家」(羽仁もと子愛読者会会館)に管理人として住み込む機会が訪れた。そ し大学院修了後は研究者として進まれることになる。その間、マルガレーテ・澤田 氏、故前田嘉明教授、故森昭教授と出会いから専門領域でドイツやドイツ世界へ入ら れ、やがて学際的な言語教育研究契機ともなるテオ・ヘルマン教授と出会い、共同研究始 められることになる。因みに、ヘルマン教授もミュンヘンゲーテ・インスティトゥート本部 で教授法国際セミナーに、故ハンス・エブリ教授とともに講師として参加されいる。  先生は、関西大学では学生部長初め多く要職勤められたが、そのドイツ語力が最も 発揮されたは1999年4月より2年間国際交流センター長時代ではなかったかと思われる。 時石川学長下、同年7月にはゲッティンゲン大学と交流基本協定が締結された。今から考 えると信じられない速さである。そして翌年、学生交流協定署名に漕ぎ着けられ、同大学外国としてドイツ」部門責任者と連絡とっ、交渉結果、8月からサマーコース で本学学生用に20名枠が準備されることになった。そして2004年夏までに延べ100名関大生 が、毎夏ゲッティンゲンで熱心にドイツ学んできた。同年修了式典では、両大学交流 に尽力された功績が称えられ、先生へ感謝記念メダル贈呈式が行われたほどである。ドイ ツのみならずヨーロッパでも名門ゲッティンゲン大学では異例ことであり、学生交流含 めた信頼関係構築に尽くされた先生ご努力に対する高い評価が窺われる。
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諸沢 巖先生に心からの感謝をこめて 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

諸沢 巖先生に心からの感謝をこめて 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

タイプではなかったが、ご自分で納得できた論文堅実に発表されこられた。また19世紀ド イツ文学研究会にも参加され、学外研究者とも交流深めおられた。  諸沢先生業績として特筆すべきは、1999年に共著として出版した『遠来客』(関西大学 出版部)である。これはドイツシュトゥットガルト大学デール教授招聘し、本学で俳句 や連句開いたとき記録であるが、英文学、国文学先生方も交え、国際色豊かな会で あったとうかがっいる。このユニークな試みは、世にも認められ、英国ハイク協会「ササカ ワ賞次席」受賞された。また最近は、比較文化研究観点からドイツ文学、国文学、法律 学、医学というそれぞれ領域専門家とともに異文化衝突と受容諸相に関する共同研究 行われ、その成果『医学と文学と法律学間―森鴎外ドイツ留学と明治期における異文化 受容―』(遊文舎)という大変興味深い編著書にまとめられいる。さらに諸沢先生は人望 によって、関西大学独逸文学会会長に推され、学会運営や後進指導に尽力されたことも、 ここで述べおかねばならない。
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ある問題 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ある問題 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

イカサマ師たわごとが実現するかどうかが彼女にとってまるで大きな問題になっしま った。陰鬱な雲が彼ら結婚生活に立ち込めいた。まっとうな若い夫婦がなぜそのような妙 なこと言われなければならないか?なぜそのような解読不可能な謎にめぐり会うことにな ったか?エマは自分秘密話ししまったことひどく後悔した。しかし、デイヴィッド が自分秘密話さず、あんなにひどい出来事中にしまい込んだままにしいたら、彼 女人生と運命にどんなに不吉なことが起こっいたかもしれないと思うと嬉しくもあった。 今ではもうそのことは忘れしまい気にならなくなり笑いとばすことができた。そしてデイヴ ィッドも彼不可思議な予言について笑いとばし忘れ去ることができた。エマ想像力がこん なにも活発になったことはなかった。考え得るあらゆる限り角度から二通りある自分運命 について考えみた。デイヴィッドが自ら宿命重圧に屈し彼女去り、彼女が自由に 婚できる可能性想像しみたり、彼が神託に従うという考えにとり憑かれ、激しく乱暴な意 思によって彼女押し潰ししまうこと考えみたりした。あるいはまた、まるで自分意 思がとても強いものように思い運命力によって守られいるかように感じるだった。 言うまでもなく愛は豊富にあった。しかし、運命はそれ以上にあった。それでは愛ない運命 とは一体どんなものなか?デイヴィッド愛したようにエマは別男性愛することになる だろう。彼女未来主人呼び出そうと貧しい自分想像力痛めつけた。正直に言っそ れはあまり成功したとは言えない。デイヴィッド忘れることなどエマにはできなかったが、 それにもかかわらず彼女は罪悪感感じた。彼女はデイヴィッドこと考えた。彼も罪悪感 感じるかしら。彼も別女性夢見いるかしら。
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鳥井克之先生に心からの感謝を込めて 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

鳥井克之先生に心からの感謝を込めて 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 また、平成12年4月本機構創設、特に大学院外国教育研究設立にあたっては、中 心的な任務担われ、大いに貢献しこられました。  先生はこれまで学内では多く役職・委員務めこられましたが、学外でも日本中国語学 会理事長・奈良県日中友好協会理事長・大阪府日中友好協会附属日中友好学院副委員長など 要職務められこられました。現在は、日本選出世界漢語教学学会理事や奈良県日中友好 協会顧問として、引き続き大きな役割担っおられます。
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中国新時代的来 留学生教育 −以北京大学 例 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

中国新時代的来 留学生教育 −以北京大学 例 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

速增加,加中国的大学对接收短期留学生的年龄条件有所限制,日本短期赴华留学生的成分和 年龄越来越青年学生化。上述四种类型各占的比重也悄悄发生了变化,出于“友好”和“文化” 动机的比例在缩小,出于“实用”和“旅游”动机的比例在增加。另外,还新增添了“修学旅行 型” ,即部分在校大学生,有些人说不有什么明确目的,只是想利用学校提供的机会,进行一 次在中国的学习、生活体验。在日本人赴华短期留学动机更加多元化的同时,随着日本在经济、 贸易、文化等各个领域对汉语人才需求的增加,越来越多的青年人,不仅想通过短期留学提高自 己的汉语水平,加强对中国的了解,而且打算以后中国深造,最终能找到一份合适的与中国 有关的工作。事实,在北京大学确有不少日本短期留学生,后来又返回北大成了长期留学生。
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HolesとWhirligigを読む:「味わって読むコース」教育実践レポート 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

HolesとWhirligigを読む:「味わって読むコース」教育実践レポート 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 時間や労力以外に、本質的な問題も残りました。すなわち、紙面にコメント与えるだけ では、内容的に対応しきれないという点です。秋学期ように考える内容が深くなればな るほど、限られた時間内で、そして、書き言葉では伝えきれないことが多いです。また、学 生から発信されたものに対する私個人反応だけで、そこには一対一、そして多く場合に は、一回限り対話しか成り立たず、連続性が確保できないことが、この方法限界でした。  2005年度は、宿題ジャーナルクラスグループ・ワーク中に効果的に取り入れようと 計画しいます。その際に、50人学生ディスカッション一人で聴い回ることには、限 界があります。またクラス内で用いる課題全部手作りしいますが、ひとりで考案しいる ので一面的なものになっしまっいます。そこで、クラス・ディスカッション、グループ・ ワーク、課題考案などに別視点導入することで、授業より充実させいくことができ ると考え、全学共通教育機構が提供する「活用した授業」に応募し、2005年度春学期に は、確保することができました。貴重な意見と行動力に支えられ、目下授業が進行 しいる最中です。文学作品用いたクラスで、学生にとってより効果的な授業方法が見つか るよう試行錯誤が続いいます。その成果については、後日報告したいと考えいます。
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授業の改善に向けて −グループ・ワークによるリーディング指導− 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

授業の改善に向けて −グループ・ワークによるリーディング指導− 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

4.グループ・ワーク(グループ学習)特徴 Learner-centered Teaching 一形態に、グループ・ワーク(Group Work)がある。この指導法 は「学習は、学習者自らが発し、自らが活動し行うものである」と観点に立ち、学習者 自立促し、授業場面で人間関係に着目した指導形態である。教育的意義は、学習効率化 とグループ・メンバーにおける社会性向上である。つまり、学習者個人発言や活動機会 が多くなり、自発的に学習行うことで学習意欲が高まり、学習が効率化される。また、共同 作業を通じて他メンバーと一体感が生まれ、相互に助け合っ学習する経験を通じて社会 性養成するである。学習者反応は、一般に「気軽にきける」「授業が楽しい」「助け合い ができる」「積極的に発表ができる」などと、好意的に受け入れられる場合が多い。
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複合環境における第二言語不安 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

複合環境における第二言語不安 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

られるようになった。 1 . 1外国不安  Horwitz et al. (1986) は、外国学習において「不安」は口頭コミュニケーション能力習 得阻害し、それは特に教室活動における外国学習に特有な「外国不安」であるとし、 3 種類言語不安として「コミュニケーション不安」「テスト不安」「否定的評価に対する不安」 という構成概念提示した。これら概念と共に学習スキルセンター臨床報告、学習者や教 師経験など参考に33項目から成る「外国教室不安尺度(Foreign Language Classroom Anxiety Scale)」(以下、FLCASとする)開発したが、米国大学スペイン学習者75名 対象に行った調査では、外国学習不安存在とそれと口頭コミュニケーション活動と関 係実証しいる。1980年代以降、ほとんど研究が、外国不安と習得度と間には負相 関(Young, 1986; Aida, 1994)があること報告しいる。また言語能力自己評価と言語不 安と間にも負相関があることが確認されいる(MacIntyre, Horwitz, & Cope 1997)。不 安が負影響もたらすという認識下に、習得、記憶保持、そして産出へ妨害作用 (MacIntyre & Gardner, 1991, p.86) や、言語情報入力、処理、出力へ妨害や言語習得に必
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中国語と近代─ 東アジアの言語環境における思考─ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

中国語と近代─ 東アジアの言語環境における思考─ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

タームが使用されいるが、New Idea and New Terms(1913)著者 A. H. Matter(著名な 宣教師狄考文未亡人)も認めいるように宣教師が作成した文法関係タームは 1913 年時点 では一般に認められなかった 13) 。西洋人によって西洋言語で著された著作や辞書などは、西洋 言語学枠組み中で中国語音韻、文法、語彙について記述することでは一応成功収め たと言っよいであろう。しかしその中国語で書かれた著作は、中国読者に言語に関する研 究において新たな道筋示すには十分ではなかった。馬建忠『馬氏文通』(1898)や厳復 『英文漢詁』(1904)はいずれも直接西洋文献から知識受容したものである。西洋言語学に関 する知識多くが日本語学習する過程で導入されたことはこれまでに指摘されいなかった 事実である。言語学タームは、その大多数日本語から借用したということがこの点如実 に物語っいる。言語「科学」的研究は、明治期日本学者も目指した目標であること 付け加えおきたい。中国語含む言語研究近代化過程において、外国、特に日本影響 等について解明しなければならない点が多々ある。
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English in Context: A Teaching Note 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

English in Context: A Teaching Note 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 本論文では、日本語による重要表現解説伴う良質教科書が手に入り、現代アメリカ 英語による若者生活描いた映画Good Will Hunting(邦題『グッドウィルハンティング/ 旅立ち』シナリオ利用し、場面・文脈中で英語表現意味合い学習させる教育実践 について、学習者からレポートも引用しながら、その効用と限界について論じる。とりわ け、この映画で多用されるスラング(profanity)と字面解釈にとどまらない間接的表現が 伝えるメッセージ重要性に注目し、それぞれ表現、それが用いられる様々な社会的コ ンテクストに結びつけ教育行なうこと意義について論じる。
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The Liaison of English Part One 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

The Liaison of English Part One 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 (それぞれ正解については、拙稿末注釈参照にしもらうように願う。)  この一部学習課題では、連声において音素同士連結や挿入的補助中心としい る。 2 部大部分は、子音同士連続が齎す問題に対する解決法細かく明らかしいく。 Key words

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The Liaison of English Part Two 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

The Liaison of English Part Two 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

A. Stephen Gibbs アントニー・スティーヴン・ギブズ  外国としてフランス語に対する伝来教授法さておかせもらえば、日本で行われ いる外国教育におけるliaison [連声] に対する注目度が未だに極めて低くいままで ある。英語実際発声方法に頻繁に見られる連声があまりに無視されいるゆえに、 いわゆる「カタカナ英語」という、英語らしくない発音様式が、日本で中等英語教育音 声面では、逆効果もたらせいる。
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故河合忠仁教授を偲んで 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

故河合忠仁教授を偲んで 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 私は1979年(昭和54年) 4 月に近畿大学教養部に専任講師として赴任したが、翌年河合先生 も近大専任講師になられた。私は1991年(平成 3 年) 4 月に関西大学文学部英文学科に異動 したが、河合先生も1999年(平成11年)に関西大学文学部に移っこられた。そして河合先生 には翌年創設外国教育研究機構ためにご尽力いただいた。感謝念に堪えない。  特に河合先生には、外国教育研究機構発足と同時に新設した大学院文学研究科修士課程外 国語教育専攻英語教育部門で本領発揮しいただいた。現行独立研究科・外国教育研究科ができるまで 2 年あいだ、彼は全精力そこに傾注した。堅固な志操と使命感にあ ふれた真教育者ならびに研究者であった。おそらくその 2 年間は彼生涯においては黄金時 代であったと思う。全院生に対する緻密で濃密な個別指導は正に教師鏡であった。先生は寝 食忘れ院生指導に当たられた。大学院で河合先生指導受け、豁然と目開かされた数 十名愛弟子たち体内で今なお河合先生は生き続けおられることだろう。
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ビセンテ・ウイドブロと1910年代のスペイン前衛詩 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ビセンテ・ウイドブロと1910年代のスペイン前衛詩 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 この十字架の下には、礼拝堂の本体が控える。詩形の斬新さに比べると、詩語はなおモデル ニスモの響きをひきずっている。アポリネールがのちにおこなったように、現実の断片をキュ ビスムのコラージュ風に統合するというカリグラムの特徴はまだ十分に得られていない。  そのあとも、ウイドブロは、カリグラムの手法の探求をつづけた。それは、かならずしも 「夏の日本情緒」のように詩行で何か[r]

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あやまちの悲劇 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

あやまちの悲劇 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 「何も知らないですって!驚かさないで下さい。町人が彼に『こんにちは』と挨拶するだ けで、すべて秘密が明らかになりますわ。」  「ああ!君が考えいるほど人は私たちことなど気にしいないよ。僕たちだってそうだ ろ?僕たちだって他人不品行心配しいる時間などないよ。ねえ、程度差はあっも他 人たちだって同じさ。船が座礁し木っ端微塵になっ、浮かんでいる丸太にしがみつい 陸にたどり着こうとしいる人間は、波と格闘しいる他人になんか目もくれないよ。彼ら 目は海岸に釘づけになっ、彼らが考えるは自分安全だけさ。人生では私たちはみん な荒れた海漂っいるさ。私たちはみんな富や愛や余暇といったどこか乾いた土地目指 しもがいいるんだよ。波うねりや私たちがけり上げる波しぶきが目に入り、他人が言 ったりしたりしいることは彼らには聞こえないし見えないんだよ。私たちが這い上がっ乾 いた所まで登ったとして、私たちは彼らこと気にするかね?」
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