Ⅶ アジア通貨危機
• 通貨危機と金融危機
• アジア通貨危機の発生メカニズム:資本収支 危機
• ダブル・ミスマッチ:通貨ミスマッチと満期ミス マッチ
• 東アジア経済圏と東アジアにおける金融協力
アジア通貨危機
• 1997 年 7 月、タイの通貨バーツの急落をきっかけ
に、インドネシアや韓国などで波及的に通貨が暴 落し ( 通貨危機 ) 、金融機関や企業の破綻が相次 ぎ、実体経済にも深刻な影響を及ぼした ( 経済危 機 ) ⇒ why?
• ヘッジファンドを筆頭とする投資ファンドや、欧米 の金融機関が、一斉にアジア諸国から短期資金 を引き揚げたのが一因。
• タイ、インドネシア、韓国の 3 カ国は国際通貨基金
通貨危機 (currency crisis)
① 固定相場制を採用している国の通貨が、外国為替市場で大量に 売り浴びせられ、
② 通貨当局による自国通貨の防衛(外貨準備を用いた自国通貨の 買い支え)にもかかわらず、
③ 外貨準備が枯渇してしまうと、自国通貨の価値が維持できなくな り、通貨価値が暴落することを意味する。
当該通貨が売り浴びせられるのは、近い将来その国の通貨価値 が維持できない(通貨価値が大きく下落する)という予想から、通 貨価値を維持している(通貨価値が高い)間に売っておこうとする からである。
また、通貨危機に陥った国は、国際通貨基金(IMF)から短期資金 (国際流動性=通常は米ドル)の供与を受け、枯渇した外貨準備を 補填すると同時に、IMFからは通貨危機に陥った要因を除去す るような緊縮政策をコンディショナリティーとして求められる。
タイの通貨危機
• タイの通貨バーツの場合、1ドル=25バーツ(1バーツ=0.04ドル)と いう固定相場制(ドルペッグ制)を採用
• 経常収支の悪化(対外支払いの必要性)から、外国為替市場では バーツを売ってドルを買う動き(ドル需要)が強まっていた。固定相 場制を採用している場合、外国為替市場でドルを供給するのは通 貨当局であるので、通貨当局の外貨準備は減少し始める。
• 外貨準備が減少し始めると、やがて通貨当局はバーツを切り下 げるのではないか(例えば1ドル=30バーツ[1バーツ=0.03ドル])と いう予想から、多くの市場参加者はバーツが高いうちに売ってお きたいという動機から、一斉にバーツを売り浴びせることとなった。
• そのため、タイの中央銀行の外貨準備は枯渇し、実際に(自己実 現的に)バーツの通貨価値は大きく下落し(1ドル=40バーツ[1バー ツ=0.025ドル])以下に急落し、固定相場制を維持できなくなった のである。
アジア通貨危機のメカニズム ( タイのケース )
アジア通貨危機における「トリレンマ」
① 通貨危機の直接の引き金となったのは、バーツの過大 評価
(
実質実効為替レートの増価)
② バーツの過大評価による「経常収支危機」は結果であり、
その原因は、
BIBF
の開設を契機とした資本の自由化と、過大な資本流入による「資本収支危機」。
③ 通貨当局による不胎化介入は無効。資本流入があれば、
本来ならば資金の需給が緩み、金利が低下するが、固 定相場制を維持するためには不胎化介入を行ってマネ タリーベースを一定に保つ結果、金利が上昇し、さらなる 資金流入。
⇒①②③は、「資本移動が自由である場合、固定相場制 の下では、金融政策
(
マネタリーベースを一定に保つ不実現不可能な三位一体 (Impossible Trinity) Frankel(1999)
①為替レートの安定
③金融政策の独立性
②自由な資本移動
(a)完全な変動相場制 (b)完全な固定相場制
(または通貨同盟) (c)完全な資本規制
資本移動の自由化
両極の解
①資本の自由化 ( 巨額の資本流入 )
• 1986
年~1995
年の10
年間のタイ経済は、平均成 長率が9.5%
という極めて高い経済成長を記録し、新興国の仲間入りを果たすとともに、
1990
年にIMF
の8
条国に移行した(
経常取引に関する為替管理の 撤廃)
。•
これに続き1993
年には、BIBF(Bangkok
International Banking Facilities)
というオフショア市 場を創設し、事実上の資本の自由化に踏み切った(
資本取引における資本規制の撤廃)
。これをきっか けに、タイの高い成長率(
高い投資収益率)
を求めて、外国から巨額の資本流入が始まった。
アジアの新興市場諸国への資本移動 (1991-2004)
(資料)International Monetary Fund, World Economic Outlook 各号より作成
-150 -100 -50 0 50 100 150
1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 年
10億ドル
民間資本移動 直接投資 証券投資 銀行融資など 公的資本移動
②固定相場制
•
タイへ巨額の資本が流入したもう一つ重要な理由は、固定相場制であった。タイの経済成長を支えたのは 対米輸出であり、対米依存度の高い多くのアジア諸 国と同じく、米ドルに対して自国通貨を固定するドル ペッグ制を採用していた。
•
全く為替リスクのない状態で高い収益率を入手でき るので、外国の金融機関はタイへの投資を拡大して いった。•
他方、1995
年からアメリカがドル高政策(
後述)
に転 じると、米ドルに対して固定されてバーツも連動して、他の通貨に対して過大評価されることになり
(
実効 為替レートの増価)
、タイの経常収支は悪化した。• 実質為替レートの増価
で定義されるREが、タイ国内のインフレ(バブル)により P↑⇒RE↓(実質増価)
• 実効為替レートの増価
当時は、ドル高・円安であり、ドルにペッグしていたバーツも連動し てバーツ高・円安
• 不胎化介入
資本流入(ドル売り・バーツ買い)⇒バーツ高圧力⇒固定相場制を 維持するための市場介入(ドル買い・バーツ売り)⇒インフレ圧力⇒
それを相殺するために売りオペ(バーツ買い)の不胎化政策⇒金利 上昇⇒資本流入⇒・・・の悪循環
の物価水準 自国通貨で測った自国
の物価水準 自国通貨で測った外国
× =
=
×
= P
P S
P S P
RE
*
*
アジア諸国の実質実効為替レート
③独立した金融政策
• タイの通貨当局は、資本流入によるマネーサ プライの増加 ( バーツ売り ) と、それに伴うイン フレと実質為替レートの増価を防ぐため、不 胎化介入 ( バーツ買い ) を行おうとするが、
バーツ買いは金利を上昇させ、さらなる資本 流入を招き、マネーサプライは増加を続け、
インフレとバブルをもたらすこととなった。
「資本収支危機」としてのアジア通貨危機
資本収支危機 (vs. 経常収支危機 )
資本の自由化 → 資本流入 ( 資本黒字 )
→ 自国通貨高
→ 固定相場維持のための自国通貨売り介入
→ インフレ → 自国通貨の過大評価
→ 輸出競争力の低下 → 経常赤字
アジア危機における「ダブル・ミスマッチ」
(1)満期ミスマッチ( maturity mismatch )
現地の金融機関が、15国際金融市場から資金を短期 で借り入れ、それを国内企業に長期で貸し付け。
→国内企業への融資が不良債権化したために、国際 金融市場での借換えが困難。
(2)通貨ミスマッチ( currency mismatch )
現地の金融機関が、国際金融市場から資金をドル建 てで借入れ、それを国内企業に現地通貨建てで貸し 付け。
→現地通貨の対ドル相場が大幅に下落、ドルを返済 するために必要な現地通貨建て支払額が大幅に増大。
東アジアの奇跡のメカニズム
( 東アジアにおける貿易と投資の有機的連関 )
日本
NIES
ASEAN
中国
アメリカ
貿易 (輸出)
投資 (FDI)
有機的連関
① HFは、1ドル=25バーツの時点で、将来のバーツ切り下げ を見越して、バーツの空売りを行なった(バーツを借り入れ、
25バーツで1ドルを買った)。
② 実際に、バーツが、1ドル=35バーツに下落した時点で、バ ーツを買い戻して、1ドル当たり10バーツの利益を稼ぎ出し た(1ドルで35バーツを買い、25バーツを返却した)。
① この時点で、HFに対して、25バーツで1ドルを売ったのは、中央銀行。つまり交 換性を停止していないので、中央銀行は無制限にドルを供給する義務があった
。HFは、猛烈な勢いでバーツを売り浴びせた(=中央銀行の外貨準備を枯渇さ せるくらい、1日で数十億ドルのドルを買いまくった)。
② この時点で、HFに対して、1ドルで35バーツを売ったのは、バーツを投げ売りでも して為替差損を回避したいバーツの保有者(つまり、バーツに対してロング・ポジ ションにある外国銀行)で、早くバーツを売ってしまわないと1ドルを購入するのに 50バーツも支払わなければならない。
③ さらに、バーツが1ドル=50バーツ近くまで下落したとき、バーツの売買は成立す るだろうか? もちろん成立する。それは、
– (a)バーツに対してショート・ポジションにあるHFがバーツを買い(買い戻す=
できるだけ安い価格で買いたいから)、
– (b)バーツに対してロング・ポジションにある外銀がバーツを売る(これ以上バ
ーツが下落すれば、ますます為替差損が大きくなるから)。
ASEAN+3(ASEAN プラス日本・中国・韓国 ) の 東アジア地域金融協力の枠組み
① 危機が発生した際における流動性供給スキームの構築
⇒チェンマイ・イニシアティブ(CMI) 2国間スワップ協定網
⇒CMIのマルチ化
② 平時における「ドル建ての短期資金の流入」に依存しない「現地 通貨建て投資資金」の安定的な供給スキームの創出
⇒アジア債券市場の育成
(a)アジア債券市場育成イニシアティブ(ABMI) ⇒供給側(下)からのアプローチ
(b)アジア・ボンド・ファンド(ABF) ⇒需要側(上)からのアプローチ
ABF1 [June 2003, US $1 billion]
ABF2 [May 2005, US$2 billion]
⇒アジア共通通貨(ACU)の可能性
2 国間スワップとしての CMI
21
CMI のマルチ化 (2010 年 )
・2010年3月、CMIマルチ化契約が発効。
・一本の契約の下で、通貨スワップ発動のための当局間の意思 決定の手続きを共通化し、支援の迅速化・円滑化。
・スワップの発動条件は、基本的にIMF融資とリンク
http://www.mof.go.jp/international_policy/financial_cooperation_in_asia/cmi/index.html
アジア債券市場の育成
• 「外国通貨建ての短期資金」を借り入れ、それを「現地通貨建て の長期資金」として貸し付けていたという「通貨と期間のダブル・
ミスマッチ」が、アジア通貨危機の一因。
• アジア債券市場が育成され、現地通貨建ての長期資金が調達 できれば、このダブル・ミスマッチは解消されるはず、という論拠。
• 債券市場(欧米型) vs. 銀行融資(アジア型)という問題に帰着。
→債券市場の育成には、「欧米流の市場原理主義」の貫徹が必要 不可欠。これまでアジアで債券市場が育成されなかったのは、
市場を必要としない相対取引である銀行融資が主流であったか ら。貸し手(銀行)が保有する借り手(企業)の情報は、市場におい て取引できないので、企業と銀行の取引は、継続的かつ長期的
23
アジア債券市場の育成をめぐる動向
(出所) 財務省のホームページ(http://www.mof.go.jp/jouhou/kokkin/ABMI-ABF.pdf)
銀行融資
(bank loan) vs.
債券市場(bond market)
• 銀行融資 ( 相対取引 )
⇒関係的ファイナンス
(relational finance)
⇒銀行
(
貸し手)
が企業(
借り手)
との間に「長期・継続 的関係」を維持⇒両者の間の情報の非対称性
(
逆選択・モラルハ ザード)
を軽減するため。⇒途上国、アジア諸国で優位
• 債券市場 ( 市場を必要 )
⇒
距離を置いたファイナンス (arm’s-length finance)東アジアにおける中間的金融市場
B経済: 「関係的ファイナンス」が支配的 A経済:「距離を置いたファイナンス」が支配的
ビッグバンによる金融統合
Case 1 : 収斂(Convergence) Case 2 : 経路依存性(Path dependence)
「関係的ファイナンス」は消滅 「関係的ファイナンス」も存続
東アジアにおける中間的金融市場
東アジア地域は最適通貨圏か?
• In comparison with the EU, the area of East Asian Countries is not a de jure Optimum Currency Area at all.
• However, this area may gradually become a de facto Optimum Currency Area.
• The EU has met most conditions of OCA
through inter-government agreements, whereas the East Asian Countries have gradually met
some conditions of OCA through consensus of
general public, but with no government
アジアにおける証券化の動き
• 証券化とは、銀行などの原資産の保有者(オリジネーター)が、融 資や不動産などの原資産を、特別目的事業体(Special Purpose Vehicle: SPV)や特別目的会社(Special Purpose Company:
SPC)に売却し、SPVが証券の発行体となって、買い取った原資 産を裏付けとして証券を投資家に売却する仕組み。
• 「特別目的会社」(SPC)「特別目的事業体」(SPV):企業や銀行な ど、資産の原保有者から原資産を購入し、買い取った原資産を裏 付けとして、株式や債券など証券を発行する特別な目的のために 設立される「発行体」。
例:「銀行融資の証券化」
• オリジネーターであるA銀行、B銀行、C銀行が保有する原資産(例 えば住宅ローンや中小企業向け融資などの銀行融資)をプーリン グし、それをSPVに譲渡
• SPVは、それを裏付けとして証券を発行し、投資家への証券の売
却代金は、オリジネーターである銀行に、譲渡代金として支払い。
アジア債券市場と証券化の概念図
原罪仮説 (Original Sin Hypothesis) by Eichengreen
• 自国通貨では対外借入れができないという制約 (the inability of a country to borrow abroad in its own currency)
• 原罪指標 (index of original sin)
29
−
= max 1 , 0
証券 国によって発行された
国通貨建て証券 i
OSIN
ii
原罪指標 (index of original sin)
• i 国通貨建て証券が、 i 国の居住者に対してのみな らず、 i 国以外でも発行されているならば、
– i
国通貨建て証券/i
国によって発行された証券>1となり、 OSINi =0となる ( 原罪は存在しない ) 。
• 例えば、ドル建て証券は、アメリカの居住者のみな らず、アメリカ以外でも発行されているので、
0 1 ∴OSINUS = て発行された証券>
アメリカ居住者によっ
ドル建て証券
• i 国が、全ての証券 ( 国際資本市場で発行する国 際債 ) を外国通貨建てで発行しているならば、
– i
国通貨建て証券/i
国によって発行された証券=0
• となり、 OSINi = 1 となる ( 原罪は最大となる ) 。
• 例えば、タイが全ての国際債をドル建てで発行し ているならば、
• すなわち、
であり、 OSINi の値が大きいほど、原罪が大きい
0 OSINThai 1
= ∴ =
バーツ建て証券
タイ居住者によって発行された証券
1
0 ≤ OSIN
i≤
原罪指標 (1993年-98年)
原罪指標
(1999年-2001年) 金融センター 0.07 0.08
ユーロ圏 0.53 0.09 他の先進国 0.78 0.72 オフショア市場 0.96 0.87
途上国 0.96 0.93
ラテンアメリカ 0.98 1.00 中東およびアフリカ 0.95 0.90 アジア太平洋 0.99 0.94
東欧 0.91 0.84
33
8,360億ドル
8.8 兆ドル
10倍以上
(国別)
秋山(2014)
cf.日本国債は8.5兆ドル。
社債も含めた円債市場全 体は約9.2兆ドル。
(国債・社債別)
異次元緩和下での ABM の拡大
•
異次元緩和下で低金利運用に苦しむ生命保険会社や年 金基金などの機関投資家にとって、急成長中のアジア新 興国の債券市場が有望な投資対象。•
金利水準は日本国債の20
年物が1%強に過ぎないのに 対して、中国、フィリピン、インドネシアは、それぞれが3.68
%、約5.5
%、9%超と高い利回りで推移。•
みずほ銀行は9月にタイバーツ建て債券(3年物、固定ク ーポン=2.33
%)をAMBIF債の1号案件として発行。*AMBIF(ASEAN+3 Multi-Currency Bond Issuance Framework)