はじめに
2016年7
月12日に、仲裁法廷は、南シナ海におけるフィリピンと中国間の紛争(1)に関する判断(本案判断)を出した(2)。主たる3つの論題は、第
1
に、中国のいわゆる9段線
(3)の国際 法上の効果、第2に、海上地形(maritime features)の法的地位、第3に、中国の漁獲、海洋汚 染、海上危険航行などの活動に対する法的評価である。本稿は、第1の論題に関する判断部 分を検討する。それは、この論題が、海洋にかかる現象に対して、国際法はどのような論理 で規律を及ぼすかという、海洋法だけではなく国際法の根本的な問題に触れるからである。それを、本稿では、国際法の妥当性の問題と呼ぶ。
本稿の問題意識を明らかにするために、9段線に関する中国の主張と、本案判断による紛 争の定式化をみておこう。中国は、一貫して本件手続きには不参加であったので、正式な申 立てはない(4)。本案判断が挙げた
2015
年10月30日の中国の主張は、南シナ海における中国の 関連する権利(relevant rights)は、長い歴史的経緯のもとで形成され、国連海洋法条約を含 む国際法に基づくものであるという(本案判断、246。以下、誤解を生じない場合には、これら の番号は、そこで引用する判断や判決のパラグラフやページを指す)(5)。また、南シナ海に関す る中国の主権と関連する権利は、長期の歴史により形成され、中国国内法(6)により繰り返し 確認されるとともに、国連海洋法条約を含む国際法により保護されるという主張がある(187)。 あるいは、中国の権利は、「主権+国連海洋法条約+歴史的権利」とも評価される(7)。他方で 中国は、2016年5月12日の主張において、国連海洋法条約はすべての海洋法の側面を処理す るものではなく、9段線は、国連海洋法条約にはるかに先行して確立していることから、本 件仲裁は管轄権をもたないと主張する(200)。中国の学説には、中国の歴史的権利の主張が、国際法に基づいていることを論ずる例があ る(8)。それらは、たとえば、中国の歴史的権利の主張は、国連海洋法条約に基づく権利主張 を補完するものであるとか(9)、歴史的権利の観念は国際法上で認められており、国連海洋法 条約によって否定することはできないといった主張である(10)。
中国の権利は、歴史に基づくという主張が散発的にはみられる(11)。しかし、大半の中国の 見解や学説は、国連海洋法条約および慣習国際法ないしは一般国際法に権利主張を根拠づけ ている。したがって、生成は歴史的過程によるとしても、歴史によって法に凌駕するという、
法に対して挑戦的な態度はとらず、そのような権利を慣習国際法ないしは一般国際法が認め
ているとして、国際法上の権利として主張するのが中国の大方の見解であろう。そして、法 廷による紛争の定式化をみると、法廷も中国の権利の根拠を法に求めている(12)。
本案判断は、「法廷は、国連海洋法条約が、国連海洋法条約に反しかつ国連海洋法条約の 発効に先行して成立した権利の存続(preservation)を許しているか、という問題に直面してい る。この問題に答えるためには、国連海洋法条約と他のありうる国際法上の権利の源(other
possible sources of rights under international law)
との関係を検討する必要がある(235)」という。法廷は、中国が主張する権利の根拠を、「ありうる国際法上の権利の源」と定義している。し たがって、法廷は、中国が主張する権利の根拠を、あくまで、法に求めようとしている。
フィリピンは、中国が南シナ海で権利を獲得していたかもしれないが、国連海洋法条約を 超えるものは、中国による国連海洋法条約の批准により消滅したと主張する(188、192)。そ れに答えて法廷は、結論からいえば、中国の主張する権利は国連海洋法条約(上の権利)に よってとってかわられた(supersede)として、中国の権利を否定した。その結論に至る法廷の 論理はいかなる特徴をもつだろうか。それは、唯一の論理であったのであろうか。国際実践 や歴史的権利をめぐる議論にみられる、国連海洋法条約と他の「法たるもの」との相互作用 という観点から、本案判断はどのように評価されるであろうか。
これらは、およそ海洋事象に関する国際法の規律確保あるいは妥当性の問題といえる。た だし、本案判断はフィリピンと中国という国連海洋法条約の当事国間の紛争に国連海洋法条 約を適用しているので、本稿では、国連海洋法条約の当事国間における国連海洋法条約の妥 当性に焦点をあてる。よって本稿は、9段線の国際法上の効果それ自体や、歴史的権利が国 際法上で効果をもつ要件といった問題(13)それ自体を扱うわけではない。
1
中国の歴史的権利の性質法廷は、国連海洋法条約298条1項(a)(i)に基づく
2006
年の中国の宣言が(14)、本件紛争を 法廷の管轄権から除外しているかという問題として、中国が南シナ海で主張する権利の法的 性質を検討しこれを明らかにする(207−214)
(15)。法廷は、歴史的権利・歴史的権原・歴史 的水域の用語を検討する(217−225)。法廷によれば、歴史的権利(historic rights)は、一般 的用語であって、歴史的状況が伴わなければ生じない権利であり、主権のみならず主権に至 らない権利(たとえば、漁業権のような資源に対する権利)も含む(225)。歴史的権原(historictitle)
は、主権であり、歴史的水域は、歴史的権原が及ぶ海域であり、典型的には内水あるいは領海である(225)(16)。この法廷による用語の整理を踏まえて、以下では、混乱を生じない ように、かつ「主張する」を繰り返さないように、中国が南シナ海で主張する権利について は、「中国の歴史的権利」という表現を用いる。
中国の歴史的権利について、法廷は、以下のように認定する。中国の歴史的権利は、「長 い歴史で形成された」権利であり(206)国連海洋法条約から独立に生ずる権利(207、211)
である。現実に中国が主張している権利は、石油開発(208)、漁業規制(210)についての権 利である。中国は、これらの権利を行使する海域で、航行や上空飛行の自由を認めており、
沿岸国が外国に対してそれらを禁止できる領海や内水を、中国は主張してはいない。結論と
して、中国の権利は、生物・非生物資源に対するものである(214)(17)。
法廷は、298条1項(a)(i)に基づく中国の上記宣言の適用に関しては、中国の主張は同条文 にいう歴史的権原ではなく、歴史的権利であるため、同宣言に基づく除外には該当せず、法 廷は管轄権をもつとした(229)。
2
国連海洋法条約と中国の歴史的権利との関係(1) 法廷による認定
法廷は、中国の生物・非生物資源に対する歴史的権利と、国連海洋法条約との関係を論ず るに際して、フィリピンの申立てに照らして、3つの問題を設定する。第1に、国連海洋法条 約は生物・非生物資源への権利で国連海洋法条約に反するものを認めているか、第2に、中 国が国連海洋法条約に先行してそのような権利を有していたか、第3に、国連海洋法条約締 結後に中国は権利や管轄権を獲得したかである(234)。ここでは第1の問題に注目する(18)。
第1の問題につき、法廷の認定の骨子は以下のとおりである。まず、法廷は、国連海洋法 条約と他の法源との関係について国連海洋法条約311条、適用法に関する
293条 1項、法たる
もの(bodies of law)の相互作用に関する一般国際法としての「後法優先」の原則を確認する(235―237)(19)。国連海洋法条約
311条は、国連海洋法条約と「他の条約
(conventions)及び国 際協定(international agreements)」との関係に関する規定であるが、法廷によれば、この規定は、国連海洋法条約と他の国際法規範、たとえば歴史的権利(に関する国際法規範)との相互作用 についても、等しく適用される(235)。このような311条の解釈には疑問が提起されようが、
ここでは法廷の見解の確認にとどめる。また、311条と
293条1
項は、「法たるもの」の相互作 用に関する国際法の一般規則を反映しており、条約当事国の意図が、その相互関係を規律す る(237)(20)。ここでの法廷の見解は、国連海洋法条約の当事国間についての見解である(21)。この国連海洋法条約と他の法たるものとの相互関係に関する規定や原則から、法廷は、国 連海洋法条約がそれらとどのような関係にたつかにつき、4つの命題(propositions)を導く
(238)。これらの命題を前提として、法廷は、国連海洋法条約には生物・非生物資源に対する 歴史的権利を許容する明示の規定はないこと(239)から、かかる権利が国連海洋法条約に反 しないかを、国連海洋法条約の関連条文(240―245)、国連海洋法条約の交渉過程と排他的経 済水域(EEZ)制度の確立(248―254)、先例(257―
260)
を検討したうえで、中国の歴史的 権利の主張は国連海洋法条約に違反すると結論する(261)。この結論により、法廷は、中国や中国人学者の、中国の歴史的権利は国連海洋法条約に先 行しており、国連海洋法条約は先行する権利を否定することはできないという見解(22)を葬り 去った。
(2) 国連海洋法条約の包括性
① 国連海洋法条約の関連条文や起草過程などの検討により、中国の歴史的権利が国連海 洋法条約に反すると認定するにあたり、法廷が強調するのは、第1に、国連海洋法条約の包 括性(231、245、261)である。そして、国連海洋法条約という国際法の妥当性の観点からは、
この包括性という論理が最も注目される。
包括性の意味としては、法廷は、次の2つを強調しているようにみえる。一つは、国連海 洋法条約は地球上の海域(海底を含む)をすべて覆うこと、すべての海洋利用を規律するこ と(comprehensiveness)(231)(23)である。もう一つは、およそ他の国際法によることなく国連 海洋法条約だけが海域制度を定め、海洋の利用を規律すること(exhaustiveness)(24)である
(245)(25)。この
2つの意味は、相互に排他的ではない。
先にみたように、法廷は、中国の歴史的権利が国連海洋法条約からは「独立」の権利であ るとしている(26)。そこにいう独立の意味も、国連海洋法条約の包括性との関係で意味が明確 になるはずである。一方で、国連海洋法条約がおよそすべての海域や海洋利用を規律する包 括的な国際法であり、欠缺(vacuum)はないとすれば(27)、それから独立であるということは、
海洋利用(の権利)としては国連海洋法条約に規律されておらず、そもそもそのような存在 を認められないということになる。他方で、国連海洋法条約が包括的であるとは、海域や海 洋利用を規律するのは国連海洋法条約だけであり他の法たるものは排除するという意味であ れば、独立であるとは、国連海洋法条約以外の法たるものに規律されているかもしれないが、
国連海洋法条約の規律はそれを排除しそれに優位するということになろう(28)。
② 法廷は、中国の主張する歴史的権利と国連海洋法条約との関係について、3つの問題 をたてた。第2の問題「中国は、国連海洋法条約に先行して歴史的権利を有していたか」を 検討するに際して、法廷は、歴史的権利は「例外」であると述べ、歴史的形成過程と他国の 黙認(acquiescence)により成立するという(268)。例外も、国連海洋法条約の包括性と関連し うる概念である。もっとも、ここで法廷は、国連海洋法条約に先行する海洋法秩序との関係 で歴史的権利を例外と述べているのであって、国連海洋法条約との関係においてではない。
仮に国連海洋法条約との関係で歴史的権利が例外であるとすると、法廷の論理に従って国連 海洋法条約がここで説明した2つの意味で包括的であるならば、例外にあたる海域や海洋利 用は存在しないはずであるし、排除されるはずである。しかし、この点について法廷は論じ ていない(29)。法廷は、国連海洋法条約には、生物・非生物資源に対する歴史的権利を許容す る明示の規定はないことを確認しているだけである。
歴史的権利をめぐる議論においては、それに対する国際法の規律の確保という観点からは、
次の論理的可能性を考えることができる。それらは、第1に、歴史的権利を、たとえば、EEZ に関する一般規則の例外の問題ととらえることであり、第
2に、一般規則の存在を否定し、
歴史的権利をそれ自体法的根拠をもつ独立の権利と解することである。第1と第
2は、一般規
則の存在それ自体についての見解を異にする。他方で、一般規則の存在を前提とすると、第1の論理との対比で、第3
に、歴史的権利の内容を包含するような、一般規則を想定する論理が考えられる。南シナ海仲裁では、国連海洋法条約という国際法が前提にあるので、第
1と
第3の論理の対比が意義をもつ。このような整理を前提として、本件における法廷の論理を評価するために、歴史的水域を めぐる議論を簡潔に検討しておく。歴史的水域との関係では、領海の境界画定の法理が想定 されているが、「歴史的権利」との関係では、それ以外の領海、EEZ、大陸棚などの法理が想 定されるという相違はある。しかし、論理に着目して評価を与えるに際しては、「歴史的水
域」を「歴史的権利」に置き換えることに差し支えはないであろう。
(3) 国際法による規律の手法としての一般規則と例外との関係
① 歴史的水域の法的制度の研究として、1962年報告書(30)は、歴史的水域を国際法の一般 規則の例外として位置づける論理に対する否定を示す。「歴史的水域のレジームは、国際法の 一般規則に対して例外を構成するという広く受け入れられている見解には、議論の余地があ る。現実的な見解は、歴史的水域をそのような規則に対して例外であるとか例外ではないと かといった関係付けをしないで、歴史的水域への権原(title)を独立に、それ自身の価値
(merit)において考えることである」という(31)。歴史的水域を例外とみなすことへの反対論 は、そもそも湾その他の海域の境界画定に関する一般規則それ自体が成立しておらず、それ ゆえに、歴史的水域を例外と呼ぶことはできないとする(32)。これは、上で整理した、第
2の
論理に該当する。他方で、歴史的水域の法的制度は、例外的であり、想定される規則の例外を成すという考 え方は(33)、その理由を、歴史的湾の主張は、先在の法が、変化する法に対して生き残るため であったとか(34)、海洋境界画定の規則との関係において、歴史的水域論は、「安全弁」とし ての機能をもち、それがなければ、一般規則を導き出すことは不可能になる(35)と説明する。
これは、例外という安全弁を認めることにより、多様で必ずしも一貫していない実践や、先 在の法に基づく権利主張に直面しても、国際法規則を導き出すことができるという考えであ る。国連海洋法条約をみても、歴史的湾に関する
10条6
項(36)、歴史的権原を規定する領海の 境界画定に関する15条は(37)、そのような趣旨で解される。本案判断も、同様の趣旨で15条に 言及していると読める(221、223)(38)。これは、上で整理した、第1の論理に該当する。② 1962年報告書とここでみた歴史的水域に関する第
1
と第2の論理を、歴史的権利に即 してもう一度整理すれば、歴史的権利を一般規則の例外とみなすか、例外とはみなさないか という2つの論理になる。2つの論理の相違は、主として、そもそも想定される一般規則の導 出可能性についての判断の相違に起因する。いいかえれば、個別具体的な事例を尊重するこ とにおいては、いずれの論理も同じである。しかし、一方は、個別具体的な事例に例外とし ての重みを与え、他方は、個別具体的な事例に一般規則を否定する重みを与える。これに対 して、一般規則の存在は肯定するという前提にたてば、第1の論理との対比で、第3の論理と
して、個別具体的な事例の考慮を内包する一般規則を想定することが考えられる。この点で、歴史的水域に関する事例であるが、その論理が最も注目されるのは、1951年漁 業事件における国際司法裁判所(ICJ)判決である(39)。詳細に踏み込むことはできないが、こ
の事件で
ICJは、ノルウェーの採用する直線基線の方式を、一般規則の例外としてではなく、
その適用の一環であるとして、一般規則のなかに包含する論理を採用した(130)(40)。もっと も、ICJは、直線基線の採用において考慮されなければならない要因(considerations)を3つ挙 げて(133)(41)、ノルウェーの直線基線は一般法の特別な事例への適用であるとする(131)(42)。
3つの要因は、ノルウェーの一方的措置が、イギリスに対抗できるための要件である
(43)。このように、ノルウェー漁業事件判決は、ノルウェーの歴史的事情を含む特別な事情に基 づく直線基線の方式を、例外ではなく一般規則の適用であるとして一般規則のなかに包含し
た(44)。かつ、その一般規則は、3つの要因を考慮することで、ノルウェーの直線基線方式の ような個別具体的な事例の考慮を許す規則であった。
③ 第
1の論理により、歴史的権利を一般規則の「例外」と呼ぶにせよ、第 3の論理によ
り、一般規則の「適用」と呼ぶにせよ、歴史的権利という個別具体的な権利を尊重すること に相違はない(45)。第
3の論理が第 1
の論理と実質的に区別されるとすれば、それは、特に、一 般規則が個別具体的な事情の内容を規定しており、一般規則の「適用」という作用により個 別具体的な事情が考慮され、法的評価を与えられる場合である。そこでは、紛争解決、特に、一般規則を解釈・適用する裁判解決の担保が密接にかかわってこよう。
他方で、歴史的水域それ自体に関する法については、歴史的水域は慣習国際法ないしは一 般国際法に根拠をもち、それらにより規律されるとしたうえで、その成立要件については、
個別具体性を尊重するという発想もある。チュニジア・リビア大陸棚事件(46)はそのような見 解を示す(100)。また、海域への歴史的権原については、一般国際法は認められないという 学説もある(47)。それは、歴史的水域の主張が、多様であり共通性を導くことが難しく、要件 の特定の試みはありうるものの(48)、それを特定することはできない(49)、あるいは適当ではな いという判断といえるかもしれない(50)。いずれにせよ、歴史的水域が、個別具体的考慮を強 く要請することは明らかである。このことは、歴史的権利についても該当しよう。
以上を踏まえて、南シナ海仲裁の本案判断の論理を検討しよう。
(4) 南シナ海仲裁判断における国連海洋法条約の規律の論理
① 南シナ海仲裁の本案判断の論理は、中国の歴史的権利は国連海洋法条約から独立であ り、国連海洋法条約は包括的であるということであった。国連海洋法条約から独立であると いうことは、国連海洋法条約に根拠をもたないということであり、国連海洋法条約の包括性 を認めれば、中国の歴史的権利が国連海洋法条約によって「とってかわられた」という結論
(そして、例外として中国の歴史的権利も認められないであろうこと)は、論理的には自明であっ たともいえる。
このような法廷の論理は、第1の論理のように、一般規則に対する歴史的権利という例外 を認めるものではない。法廷は、国連海洋法条約に先行する海洋法秩序との関係では、中国 の歴史的権利を例外と呼ぶ。しかし、国連海洋法条約については、包括的という法廷の論理 を突き詰めれば、例外を許す明示の規定がない限り、例外は認められないであろう(51)。かつ、
法廷の論理は、国連海洋法条約という法を前提としているから、第2の論理のように、歴史 的権利に対置される一般規則の存在を否定する論理でもない。しかも、法廷は、フィリピン に対する対抗力としてではなく、「対世的(erga omnes)」に、中国の歴史的権利を否定して いる(52)。
② それでは、法廷は、第3の論理により、国連海洋法条約において、実質的に中国の歴 史的権利の考慮を許すことを想定しているであろうか。
この点で、法廷は、中国の領海においては、フィリピン漁民、つまり、個人の権利として ではあるが、歴史的漁業権を認めている(805以下)。法廷は、既得権に関する法は、国連海 洋法条約2条
3項にいう「国際法の他の規則」に該当し、沿岸国の領域主権はそれに服すると
いう。該当海域が中国の領海と考えられる場合、そこにおいては、歴史的漁業(artisanal, tra-
ditional fishing)
権を認めて、フィリピンのEEZ
においてはそれを認めないというのは、沿岸国は、領海では領域主権をもつが、EEZでは特定の目的や機能に限定した主権的権利しかも たないという点を考慮すると、理解しにくい。法廷は、EEZを国連海洋法条約に固有(sui
generis、国連海洋法条約55
条)の法制度であり、それからの逸脱を厳しく否定する制度と解し、領海では、領域主権国が裁量によって歴史的権利を温存させることも許されると解している とでも考えない限り、法廷の判断は理解しにくい。
さらに、EEZに関する国連海洋法条約の規定では、歴史的権利を考慮することを許すよう な規定もある。そのような規定の意義のとらえ方によっては、法廷のいうEEZに関する国連 海洋法条約の包括性を損なうことなく、歴史的権利の考慮を許す余地がありえた(53)。
国連海洋法条約62条
3
項は、漁業に関する歴史的権利の内容を反映しているようにも読め る。学説では、62条3項は、間接的に漁業に関する歴史的権利を認めているという評価もあ
る(54)。しかし、本案判断は、62条3
項に言及はしているものの、特には注目しておらず、結 論としては、EEZ制度および大陸棚制度により国連海洋法条約は生物・非生物資源に対する 歴史的権利にとってかわったとした(55)。これについては、国連海洋法条約は漁業に関する歴 史的権利を62条3
項で「上書き」したのであり、それ以上に歴史的漁業権が柔軟に考慮され る余地はないという見解もある(56)。むすびにかえて
本稿では、南シナ海仲裁における本案判断について、中国の歴史的権利の主張に対して、
国連海洋法条約という国際法の規律を確保する論理という観点から検討してきた。
国連海洋法条約は、他の問題でも、規律の確保ないしは妥当性を問われることがある。法 廷は、EEZと大陸棚とを区別していない(247)(57)。本稿では問題の指摘にとどめるが、大陸 棚の沿岸国の主権的権利については、北海大陸棚事件判決(58)でICJが「当然に、最初から
(19、39)」沿岸国に帰属する権利としている。それゆえに、特に、国連海洋法条約の非当事 国が大陸棚でもちうる権利と国連海洋法条約との関係が問題になる(59)。EEZとの関係では、
歴史的権利を考慮する可能性を認めながらも、大陸棚における沿岸国の主権的権利の固有性
(inherency)を根拠に、大陸棚に関しては、歴史的権利を主張できないという主張もある(60)。 南シナ海仲裁における本案判断で、法廷は、一方で、例外を許す明示の規定がある場合は おくとして、一般規則に対する例外を認めるという論理をとっていない。他方で、法廷は、
一般規則の適用のなかに歴史的権利という個別具体的な権利の主張を包含するという論理も とらなかった。これらの論理は、例外を認める一般規則であるという意味での弾力性、ある いは、個別具体的な事情に基づく権利主張の考慮を内包する規則であるという意味での弾力 性を、法に与えようとする。法廷は、いずれの意味でも、国連海洋法条約に弾力性を与える ことを拒否した。そのような国連海洋法条約の理解が、個別具体的考慮を強く要請する歴史 的権利の主張に直面して、国連海洋法条約の妥当性の確保の仕方として、最善であったかは 疑問なしとしない。なぜなら、法廷は、例外を認めることで、それに逸脱する事象に直面し
ても、国連海洋法条約が依然として法たることを維持することを認めていない。かつ、法廷 は、個別具体的な歴史的状況に基づく歴史的権利を国連海洋法条約に内包することで、国連 海洋法条約の規律を確保してもいないからである。法廷は、確かに、中国の歴史的権利の主 張という挑戦に対して、国連海洋法条約により明確にこれを退けた。しかし、法廷は、国際 法が絶え間なく、かつ、強靭に、妥当性を確保する論理を構築したとは言いがたい。
国際法は、生成してくる事象に対して、あるいは潜在の法に基づく権利主張に対して、い かにこれらを法の世界にとりこみ、法の規律を及ぼすかに常に腐心していかなければならな いのである。
(1) 常設仲裁裁判所の定める事件名に従い、本件を、適宜、「南シナ海仲裁」と呼ぶ。
(2) The South China Sea Arbitration(The Republic of The Philippines v. The People’s Republic of China), Award of 12 July 2016〈https://pca-cpa.org/wp-content/uploads/sites/175/2016/07/PH-CN-20160712-Award.
pdf〉. All URLs cited in this paper were last accessed on the 15th January, 2017.
(3) 中国は9点からなる破線を引いて、南シナ海に権利主張している。これは、「9段線」(nine-dash line, nine-dotted line)、U型線(U-shaped line)などと呼ばれている。本稿では、「9段線」と呼ぶ。中国 は、国内的には9段線(正確には、最初は11段線)を1948年に公式の地図において記した。中国が 9段線を国際社会に向けて正式に公言したのは、2009年にベトナムとマレーシアが延伸大陸棚に関 する共同申請を行なった際に、これに対する抗議として中国が同年5月7日に国連事務総長に提出し
た2つの口上書に添付された地図においてである。CML/17/2009, CML/18/2009〈http://www.un.org/
depts/los/clcs_new/submissions_files/submission_mysvnm_33_2009.htm〉. 9段線内の海域についての中国 の主張の歴史的経緯について、たとえば、Zhiguo Gao and Bing Bing Jia, “The Nine-Dash Line in the South China Sea: History, Status, and Implications,” The American Journal of International Law, Vol. 107, 2013, pp.
100–108; Li Jinming and Li Dexia, “The Dotted Line on the Chinese Map of the South China Sea: A Note,” Ocean Development & International Law, Vol. 34, 2003, pp. 287–290.
(4) 中国外務省は、2014年12月7日にPosition Paperを発出して、本件仲裁法廷の管轄権を否定してい る〈http://www.fmprc.gov.cn/mfa_eng/zxxx_662805/t1217147.shtml〉。
(5) 注3の2009年5月7日の口上書では、中国は、島と近接海域に対して主権を有し、関連水域(the
relevant waters)と海底およびその下に、主権的権利と管轄権を有するとし、中国によりこの立場は 一貫してとられてきており、また、国際社会にも広く知られているとする。2011年4月5日にフィ リピンが中国の南シナ海における主張に対して抗議したことに応えて、中国は、2011年4月14日 の口上書で、島と近接海域に対して主権を有し、関連水域とその海底およびその下に、主権的権 利と管轄権を有するとし、この主権と関連する権利と管轄権は豊富な歴史的および法的証拠によ り支持されているとする。フィリピンの口上書、Note Verbale No. 000228, 5 April 2011. 中国の口上書、
CML/8/2011. いずれも、注3で記したURLで入手できる。
(6) 中国国内法において歴史的権利を規定ないしは想定していると解されるのは、1998年EEZ及び大 陸棚法14条と、1999年改正環境保護法2条である。これらの邦訳は、海洋政策研究財団『平成17年 度 中国の海洋政策と法制に関する研究』、2006年参照。
(7) Cited by Zou Keyuan, “China and the South China Sea Conundrum: Any Prospective Solution in Future?” Ger- man Yearbook of International Law, Vol. 56, 2013, p. 16.
(8) Gao and Jia, supra note 3, p. 98.
(9) Ibid., p. 99. また、歴史的権利は、国際法上で認められている権利であるとしたうえで、中国の南
シナ海での権利主張は、国連海洋法条約に基づく主張であるとともに、一般規則である国連海洋法
条約に対する例外としての歴史的権利の主張は、国連海洋法条約上の権利主張を補完するものであ るという見解がある。Keyuan Zou and Xinchang Liu, “The U-Shaped Line and Historic Rights in the Philip- pines v. China Arbitration Case,” in Shicun Wu and Keyuan Zou eds., Arbitration Concerning the South China Sea:
Philippines versus China, Routledge, 2016, pp. 138, 142–143.
(10) Ibid., pp. 138–139.
(11) Beckman教授も、中国の南シナ海での権利主張は、国連海洋法条約だけではなく、歴史に基づい
ていることに注目する。Robert Beckman, “The UN Convention on the Law of the Sea and the Maritime Dis- putes in the South China Sea,” American Journal of International Law, Vol. 107, 2013, p. 153.
(12) フィリピンの申立ての1および2のうち特に2は、中国が南シナ海の9段線に囲まれる海域で主張 する、主権的権利、管轄権、「歴史的権利」が国連海洋法条約に反するものであり、法的効果をもた ないとする(169)。本件仲裁は、国連海洋法条約附属書VIIのもとに設定された法廷である以上、フ ィリピンが国連海洋法条約に照らして争点を構成するのは当然である。
(13) 歴史的権利を包括的に検討する文献としてClive R. Symmons, Historic Waters in the Law of the Sea: A Modern Re-Appraisal,Martinus Nijhoff Publishers, 2008; Leo J. Bouchez, The Regime of Bays in International Law,
A. W. Sythoff, 1964. 中国の9段線の検討については優れた多くの文献があるが、紙数の関係で、他
の箇所で挙げる文献に加えて最小限のものを挙げるにとどめる。Peter A. Dutton, “An Analysis of China’s Claim to Historic Rights in the South China Sea,” in Yonn-Huei Song and Keyuan Zou eds., Major Law and Policy Issues in the South China Sea: European and American Perspective, Ashgate, 2014, p. 71–73; Melda Malek, “A Legal Assessment of China’s Historic Claims in the South China Sea,” Australian Journal of Maritime
& Ocean Affairs, Vol. 5(1), 2013, pp. 31–34;西本健太郎「南シナ海における中国の主張と国際法上の評 価」『法学』78巻(2014年)、238―246ページ;吉田靖之「南シナ海における中国の『九段線』と国 際法―歴史的水域及び歴史的権利を中心に」『海幹校戦略研究』2015年6月(第5巻第1号)、15ペ ージ以下;坂元茂樹「9段線の法的地位―歴史的水域と歴史的権利の観点から」、松井芳郎ほか編
『21世紀の国際法と海洋法の課題』、東信堂、2016年、170―182ページ。歴史的水域の検討として、
多くの学説により引用されるのは、1962年に国連事務局が作成した「歴史的湾を含む歴史的水域の 法制度」という研究報告書である(1962年報告書)。Juridical Regime of Historic Waters, Including Historic Bays, A/CN.4/143, Yearbook of International Law Commission, 1962, Vol. II, pp. 1–26.
(14)〈http://www.un.org/depts/los/convention_agreements/convention_declarations.htm#China after ratification〉.
(15) フィリピンの申立て1、2については、中国の主張する権利の性質にかかわるために、もっぱら先 決的性質をもたない問題の考慮を含むとして、管轄権判断では、本案判断に決定を持ち越したもの である(413)。
(16) もっとも、法廷は、ここで、チュニジア・リビア大陸棚事件判決の、以下の点を参照する。一般 国際法は、歴史的水域あるいは歴史的湾について単一のレジームを設定しておらず、各々の具体的 な事例において特定のレジームがあるということである。Continental Shelf(Tunisia/Libyan Arab Jamahiriya), Judgment, ICJ Reports 1982, para. 100.
(17) Gao教授およびJia教授は、9段線内で、中国は漁業のみならず、航行、資源の探査・開発につい
て、歴史的権利を主張できるという。Gao and Jia, supra note 3, pp. 109–110. Zou教授は、中国の9段線 を国連海洋法条約上の大陸棚およびEEZと関連させてとらえて、中国の権利を「緩和された主権」
と呼ぶ。Zou Keyuan, “Historic Rights in International Law and in China’s Practice,” Ocean Development & Inter- national Law, Vol. 32, 2001, p. 160. 9段線を、特定の活動や資源に対する歴史的権利ととらえても、
その歴史的権利の及ぶ海域の範囲を9段線が示しているのであるから、その意味では、「水域」への 主張といっても実質的な相違は説明しにくい。Zou Keyuan, “China’s U-Shaped Line in the South China Sea Revisited,” Ocean Development & International Law, Vol. 43, 2012, pp. 20–23, 28–29.「歴史的排他的経済水 域」、「歴史的大陸棚」を述べる見解として、Jiao Yongke, “There Exists No Question of Redelimiting
Boundaries in the Southern Sea,” Ocean Development & Management,Vol. 17, 2000, p. 52, cited by Florian Dupuy and Pierre-Marie Dupuy, “A Legal Analysis of China’s Historic Rights Claim in the South China Sea,” American Journal of International Law, Vol. 107, 2013, p. 135. これを批判するものとして、Clive R. Symmons,
“Rights and Jurisdiction over Resources and Obligations of Coastal States: Validity of Historic Rights Claims,” in Tran Truong Thuy and Le Thuy Trang eds., Power, Law, and Maritime Order in the South China Sea, Lexington Books, 2015, pp. 148–150.
(18) 第2の問題について、法廷は、中国が行使してきた権利は、漁業権であり航行権であるが、これ は公海の自由の行使であり、歴史的権利を生まないとする(263―272)。第3の問題について、法廷 は、条約を改正するには、一方的行為では不十分であるとし、中国の権利主張については、他国の 黙認や十分な時間の経過がないとする(273―275)。
(19) 法廷は、ウィーン条約法条約30条2項と3項を参照する。
(20) ここで法廷が293条1項に言及したのは、他のおよそ法たるものに対して、国連海洋法条約が優先 することの根拠としてこれを援用する意図であったと理解する以外にはない。
(21) 歴史的権利およびそれを規律する規則と、国連海洋法条約のような一般規則を想定すると、その 適用関係は、非当事国が含まれると、複雑になる。一般的に、条約と例外としての歴史的水域との 関係について、1962年報告書が検討して整理している、73―78項。
(22) 典型的には、李国強「中国と周辺国家の海上国境問題」『境界研究』No. 1、2010年、52ページ。
冒頭で確認した、本案判断で法廷が引用した中国の2016年5月12日の主張。
(23) 法廷は国連海洋法条約前文に注目して、国連海洋法条約は海洋法に関するすべての諸問題を解決 することを意図しており、海洋の法的秩序を確立することが望ましいとしている点を挙げている
(245)。しかし、国連海洋法条約前文8項は、国連海洋法条約が規定しない問題があることを想定し て一般国際法の規律を規定してもいる。この点について、法廷は言及していない。
(24) McDorman教授は、この概念を挙げて、国連海洋法条約は国家が水域や資源についてもちうる権
利に関してexhaustiveではないとする。Ted L. McDorman, “Rights and Jurisdiction over Resources in the South China Sea: UNCLOS and the ‘Nine-Dash Line’,” in S. Jayakumar et al. eds., The South China Sea Disputes and Law of the Sea, NUS(National University of Singapore)Centre for International Law, Edward Elgar, 2014, p.
153.
(25) 法廷は、309条の留保禁止規定を挙げていることから(245、253)、そのように解される。ただし、
注23で確認したように、法廷は245項で、国連海洋法条約前文を挙げてもいるので、法廷が、ここ に記したいずれの意味を重視して包括性を強調しているのか、双方の意味を含むのかは判断しにく い。
(26) 本稿第1節参照。
(27) 坂元教授は、国連海洋法条約が前文8項で、国連海洋法条約に規律されない事項には一般国際法 の規律が及ぶとしていることから、国際法には欠缺(legal vacuum)は存在しないとする。これは、
国連海洋法条約ではなく国際法には欠缺がないという意味であろう。Shigeki Sakamoto, “Historic Waters and Rights Revisited: UNCLOS and Beyond?” in The Rule of Law in the Sea of Asia: Navigational Chart for Peace and Stability(not for sale), Paper submitted for the International Symposium of the Law of the Sea hosted by the Ministry of Foreign Affairs of Japan, 12–13 February, 2015, p. 67.
(28) 少なくとも、国連海洋法条約の当事国を想定すれば、このような論理的整理になる。
(29) 法廷は、中国が領海を越えて行なっていた漁獲、海上航行、海上貿易は、公海の自由の行使であ るとし、それらは例外であるはずの歴史的権利を生ずることはなく、国連海洋法条約を批准するこ とによって、(国連海洋法条約はEEZを設定しているから)中国は公海の自由を放棄することにな ったと説明している(269―271)。
(30) この1962年報告書の研究として、中村洸「歴史的水域の制度の法典化について―歴史的湾を含
む歴史的水域の法律制度・国際連合の事務局によって準備された研究・記録に関連して」『法学研 究』第38巻4号(1965年)、30ページ以下。
(31) 1962年報告書、184項。
(32) そのような学説とノルウェー漁業事件でのノルウェーの見解について、同上、49―53ページ。
(33) 1962年報告書が歴史的水域の法的制度を例外と位置づける学説や、ノルウェー漁業事件でのイギ
リスの見解を挙げている、42―48項。
(34) Andrea Gioia, “Historic Titles,” in Rüdiger Wolflum ed., The Max Planck Encyclopedia of Public Interna- tional Law, Oxford University Press, Vol. IV, p. 817, para. 11.
(35) Gilbert Gidel, Le droit international public de la mer, Vol. III, Topos Verlag, 1934, p. 651.
(36) いわゆるヴァージニア・コメンタリーは、10条6項の歴史的湾に関する規定が、「例外」としての 規定振りであることを確認している。Satya N. Nandan and Shabtai Rosene eds., United Nations Convention on the Law of the Sea 1982: A Commentary, Vol. II, Martinus Nijhoff Publishers, 1993, Article 10, 10.1, 10.5(e).
(37) Ibid., Article 15, 15. 1, 15. 12(a).
(38)法廷が、238項では言及していながら、なぜここで歴史的湾についての国連海洋法条約10条6項に 言及しないのかは、明らかではない。法廷は、例外的に内水あるいは領海になる水域を宣言した先 例として、1951年漁業事件には言及している(221)。
(39) Fisheries Case(United Kingdom v. Norway), Judgment of December 18th, 1951, ICJ Reports 1951, p. 116.
(40) 本件における当事国の論理の詳細な検討として、1962年報告書、46―53項。中村、前掲論文、注
30、39―41ページ。
(41) これは、1958年領海および接続水域に関するジュネーヴ条約4条に反映され、国連海洋法条約7条 でも踏襲されている。
(42) ICJは、ノルウェーの直線基線について、それが一貫していたことと他国からの抗議がなかったか を検討して(136―139)、基線を引く際には、住民の死活的必要性に基づき、長期の平和的慣行に より証明されるそのような権利を考慮することを認められるとしている(142)。なぜ、3つの要因 だけをもって、直線基線の国際法適合性判断の基準としなかったのか、なぜ、それらに加えて、一 貫性と他国からの抗議の不存在を認定したのかは、わかりにくい。この点を指摘するものとして、
江藤淳一「一方的行為の国際法上の効力―漁業事件」、山本草二ほか編『国際法判例百選』、有斐 閣、2001年、13ページ。
(43) 奥脇教授は、3つの要因(奥脇教授は、「要件」とされる)の充足という点に注目し、ICJは、法の 欠缺において一方的国内措置の対抗力をとらえられるのではなく、国際法が認める裁量の範囲であ る限りにおいて対抗力が認められるのであり、rule内在的な合法性の判断の枠内で対抗力概念が用 いられているとする。奥脇直也「過程としての国際法―実証主義国際法論における法の変化と時 間の制御」『世界法年報』第22号(2003年)、75ページ。
(44) もっとも、ノルウェーの直線基線の実行について、それを国際法に反するものとみなしていなか ったことを示す、一貫したかつ十分に長期の実行により強固なものになったというICJの認定部分 に焦点をあてる見解として、湯山智之「歴史的水域に関する米国連邦最高裁判所の判例」『立命館法 学』333・334号(2010年)、1682―1683ページ。
(45) この点で、たとえば、チュニジア・リビア大陸棚事件で、チュニジアの歴史的権利の主張につい て、これは歴史的権利の主張ではなく、つまり、一般国際法の例外の主張ではなく、直線基線を設 定する際の考慮要因の主張であるという評価もある。このような考え方は、例外を認めることも、
考慮要因を考慮することも、個別具体的な権利の尊重の方法という点で同じであるという、本稿と 同様の発想に基づくと言える。Andrea Gioia, “Tunisia’s Claims over Adjacent Seas and the Doctrine of
‘Historic Rights’,” Syracuse Journal of International Law and Commerce, Vol. 11, 1984, p. 339.
(46) Supra note 16.
(47) Shabtai Rosenne, “Historic Waters in the Third United Nations Conference on the Law of the Sea,” in Terry D.
Gill and Wybo P. Heere eds, Reflections on Principles and Practice of International Law: Essays in Honour of Leo J. Bouchez, Martinus Nijhoff, 2000, p. 203. この見解が、歴史的水域の権原および定義を慣習国際法あるい は一般国際法が規律することも否定しているとすれば、歴史的水域は国際法による規律の対象外と なる。
(48) 1962年報告書によれば、第1に、歴史的権利を主張する国による権限(authority)の行使、第2に、
権限の行使の継続性、第3に、他国の態度である。
(49) そのような立場と解せるものとして、たとえば、Tullio Scovazzi, “Le régime des eaux historiques,” in D.
Pharand & U. Leanza eds., The Continental Shelf and the Exclusive Economic Zone: Delimitation and Legal Regime, Martinus Nijhoff, 1993, p. 326 et seq.
(50) そのような立場と解せるものとして、たとえば、Rosenne, supra note 47, p. 203.
(51) 法廷は、国連海洋法条約15条にいう歴史的権原を領海境界画定規則に対する例外と認めていると 読めるが、それは、国連海洋法条約が明示に例外を規定しているからであろう。
(52) この点で、坂元教授の指摘は重要である。坂元、前掲論文、注13、200ページ。
(53) これは第3の論理と言えるが、それが一般規則に例外を認める第1の論理と実質的に相違するか は、62条3項が実質的な規律内容をもつかということや、紛争解決手続き、特にそれを解釈・適用 する裁判解決手続きが担保されるかにかかわってくる。
(54) McDorman, supra note 24, p. 157; Ted L. McDorman, “The Law of the Sea Convention and the U-Shaped Line:
Some Comments,” in Shicun Wu and Keyuan Zou eds., Arbitration Concerning the South China Sea: Philippines versus China, Routledge, 2016, p. 153; Symmons, supra note 17, p. 148.
(55) フィリピンは、申立て10において、伝統的漁業権に触れる国連海洋法条約の条文として、62条3 項に言及している(782―783)。法廷も同様である(804)。
(56) 西本、前掲論文、注13、243―244ページ。
(57) 大陸棚について法廷は、国連海洋法条約77条と81条に言及している(244)。大陸棚とEEZとの関 係をどう考えるかについて、兼原敦子「排他的経済水域の沿岸国の権利―アークティック・サン ライズ号事件を素材として」『上智法学論集』60巻4号(近刊)参照。
(58) North Sea Continental Shelf Cases(Federal Republic of Germany/Denmark; Federal Republic of Germany/
Netherlands), Judgment of 20 February 1969, ICJ Reports 1969, p. 3.
(59)「当然に、最初から」沿岸国に帰属する権利であり、固有の権利であることや国家実践により慣習 国際法の権利となったことを強調する学説として、たとえば、Ted L. McDorman, “The International Legal Framework and the States Activities Regarding the Continental Shelf beyond 200-n. Miles in and Adjacent to the East and South China Seas,” in Jon M. Van Dyke et al. eds, Governing Ocean Resources: New Challenges and Emerging Regimes: A Tribute to Judge Choon-Ho Park, Martinus Nijhoff Publishes, 2013, p. 169;兼原敦子
「200海里を越える大陸棚の限界設定をめぐる一考察」、村瀬信也・江藤淳一共編『海洋境界画定の 国際法』、東信堂、2008年、109―116ページ。
(60) McDorman, supra note 24, p. 160: McDorman, supra note 54, pp. 152–153.
かねはら・あつこ 上智大学教授