9月1日 福岡県遠賀郡芦屋町浜崎 八朔節句
ANAの最終便で18:30時小倉に到着。その足で芦屋へ行く。本年は八朔節句をやる家は3軒あった。
そのうち中西善八さんの家と福田学さんの家は初馬節句。他の1軒は「だごびな」(団子雛?)であった。いづれ も昨年の八朔節句以後生れた子供の家である。福田さんの家で聞いた所によると藁馬は 150頭程つくる。これは家 人や親戚のものが集って作る。別に少し大きい立派な親馬、雌雄 2 頭をつくる。これは芦屋に八朔馬をつくるのを 専門にしている人があって芦屋の金屋町に住んでいる。石田伝次郎という人形師である。
どちらの家も表の硝子戸を外すとすぐ縁付の座敷になっている店の間の正面1番上壇に親馬2頭を置き、家紋の ある幕を引きその下の壇から畳の上まで数段の壇をつくって殆ど座敷一ぱいに藁馬をつくる。これを明朝早く町内 の子供が貰いに来るので 1 匹づゝ藁馬をやるが、またたく間になくなるので、特にやりたい親戚や知己の家でもら いに来なかったもののために表へ飾ってない予備の藁馬も用意する。これを「隠し馬」という。福田さんの家でも
「隠し馬」は20~30頭置いてあるとのことである。
馬の隅の所に鳳仙花(つまぐろ)を必ず飾る。まだ笹を立てゝその枝に千羽鶴、短冊などを吊る。福田さんの家 の祝い児は行ったときはお風呂に入っていたが、間もなく上って来たので、縁先の馬を少し横にずらせて坐って貰 う。幼児誕生を祝ってくれた町内の子供達にお祝の印に藁馬を返したのが初まりのようであるが、現在は藁馬は来 る子供に早いもの勝にやることになる。
もとは午前 1 時頃から、町内の子供が門口で「馬おくれ」と騒ぎ立てたので、今夜は寝られなかったということ であるが、この頃は3~4時に戸を開けることにしている。現に中西さんの家では戸口に「馬は4時半から渡します」
と貼紙がしてあった。
近頃はお祝いを貰った家へは今日の昼中に別にお祝いの返しの饅頭を配る。そのとき饅頭と一しょに八朔賀と書 いた元気のよい2頭の馬の走っている版画をお返しにする。
女児の生れた家では「だごびな」といって藁馬の代りに団子で雛人形をつくる。最上段に大裡雛をつくり、金紙 で屏風を曳き、それから下の段には、各種のものを団子でつくる。
米を粉に挽いて絵具で染め、これを水でねって鯛、菊花、踊っている人形、家、蛤など全く奇麗ないろいろのも のをつくって、1つゞつ方10㎝位の白紙の上に乘せる。これも藁馬同様、明朝早暁に貰いに来た子供にやる。
藁馬の家へは男子、だごびなの家へは女子が貰いにやって来るとは限らない。男女の区別なく、どちらの家へも 行く。