依田 高典 京都大学教授
通 信 な ど サ ー ビ ス 融 合 を
いだ・たかのり 年 生まれ。京都大経卒、同 大経済学博士。専門は応 用経済学
新電力は価格面で競争優位性打ち出せず電力会社の時間帯別料金設計は問題多い健康管理も視野に入れた基盤融合めざせ
2016年4月から家庭需
要家を含めた電力小売りの全
面自由化が始まった︒年の
東京電力福島第1原子力発電
所の事故以降︑2割以上も電
気料金単価が上昇しており︑
活発な競争を通じてサービス
の多様化と費用低下が実現す
ると期待された︒しかし年
1月現在︑電力会社を乗り換
えた家庭は約3百万世帯︵市
場の5%︶にとどまり︑期待
外れとの声も聞かれる︒
筆者の調査では︑現在契約
中の電力会社から別の電力会
社へ乗り換えを検討している
か家庭に聞いたところ︑自由
化前の年度には%が検討
すると答えていたが︑自由化
後の年度には%と大幅に
低下している︵図1参照︶︒
乗り換えたくないという家庭
も増えており︑今後も大幅な
乗り換えは期待しにくい︒
だからといって︑全面自由
化が失敗だったと考えるのは
早計だろう︒英国では配電小
売会社を地域別に分離分割し
て1999年に全面自由化に
踏み切ったが︑自由化後1年
で乗り換え率は%だった︒
英国には及ばないものの︑日
本の5%という乗り換え率は
ドイツ・フランスの実績に比 べて悪いものではない︒
また現代経済学によれば︑
有効競争の経済効率性は市場
シェアそのものよりも︑むし
ろ適正な料金体系や技術革新
にかかっている︒本稿では︑ 家庭の電力小売市場の課題と
将来への展望を述べたい︒
まず全面自由化1年で︑家
庭の乗り換え率が5%にとど
まった理由を探ってみよう︒
筆者の年度調査では︑電
気代が5%安くなれば1割︑
%安くなれば5割︑%安
くなれば9割の家庭が︑契約
中の電力会社から別の電力会
社への乗り換えを検討すると
答えている︵図2参照︶︒大
幅な乗り換えには電気料金の
〜%の割引が必要だ︒
しかし横浜市の戸建て家庭
1千世帯の次世代電力計デー タを基に︑東電と新電力会社
の電気料金の支払額を比較し
たところ︑新電力会社の割引
率はせいぜい数%だった︒新
電力会社の多くは発電所設備
を十分に自前で確保できてお
らず︑また卸電力取引所の取
引量は全需要の3%を占める
にすぎず︑新電力会社が価格
面で競争優位性を打ち出すの
は難しい︒乗り換え率が5%
にとどまるのも無理はない︒
ここで注意しておきたいの は︑電気料金の水準もさるこ
とながら︑料金体系が非常に
重要であるということだ︒日
本の電気需要がピークを迎え
るのは夏の午後だ︒電気の需
給が逼迫するピーク時とそう
でない非ピーク時の電気料金
単価が一律という既存の料金
体系は︑真水を砂漠と草原で
同じ値段で売るような経済的
非効率性がある︒本来︑ピー
ク時の単価を上げ︑非ピーク
時の単価を下げる時間帯別電
気料金の導入が望ましい︒
ところが全面自由化後︑各
電力会社が顧客の囲い込みを
狙って新しい料金メニューを
発表しているが︑電気を多く
使う世帯ほど安くなる大口割
引が中心だ︒これでは夏の昼
間など電力需給が逼迫する時
に︑もっと電力を消費するよ
う言っているようなもので︑
経済的効率性を悪化させる︒
電力会社は時間帯別料金を
導入しているが︑その内容に
は問題も多い︒筆者は横浜市 の家庭需要家データを使い︑
一律型電気料金から時間帯別
電気料金へ乗り換えた場合︑
どれだけの家庭が電気料金支
払いで得になるのかを計算し
てみた︒その結果は衝撃的だ
った︒%の家庭が時間帯別
料金に切り替えると電気料金
の支払いが増えるという結果
が出たのである︒新しい料金
体系を設計する場合︑新旧電
気料金の間で平均的支払額が
一定となることを収入中立性
と呼ぶ︒どうやら電力会社は
収入中立性を勘案せずに電気
料金体系をつくったようだ︒
自由化には良い競争と悪い
競争がある︒悪い競争では大
口顧客の囲い込みのために割
引して︑結局は電力需給の逼
迫を悪化させる︒本来︑良い
競争では料金
体系を工夫し
て電力消費の
負荷率を平準
化し︑静学的な効率性を高め
る︒もっと良い競争は次世代
電力計データから電力消費パ
ターンを学習して︑節電の自
動化などスマートな電力消費
を支援して︑動学的な効率性
を高める︒悪い競争から良い
競争へという︑レジームチェ
ンジ︵枠組み転換︶が必要だ︒
原発再稼働がままならず︑
燃料費の高騰のあおりを受け
やすい今の日本で︑電気料金
だけを念頭に置いて︑劇的に
水準を下げることは難しい︒
何とか手立てはないものか︒
年4月からは︑電力に続
きガスの小売りも全面自由化
される︒既に大手電力会社が 参入を決め︑標準的な家庭で
5〜6%程度の割引になる電
気・ガスのセット料金を発表
している︒複数のサービスを
ひとまとめにして範囲の経済
性を生かし︑全体の料金水準
引き下げに活路を見いだすの
が一つの方向性となろう︒
ちょうど電気通信の分野で
も︑光ファイバー接続サービ
スの卸売りが始まっていて︑
携帯電話会社がNTT東西地
域会社の光ファイバー接続サ
ービスを自社ブランドで売り
出している︒このように他社
設備のサービスを卸で仕入
れ︑最終財として売ることを︑
伝統的な設備競争と対比して
サービス競争という︒電力も
ガスもサービス競争を推し進
め︑最終的には通信サービス
とも融合させながら︑サービ
スのユーザー訴求力を高め︑
多様なセット料金で大幅な割
引を実現すべきではないか︒
インターネットの身近な利
用はスマートフォンに集約さ
れつつある︒そう考えると将
来には︑携帯電話会社がサー
ビス競争のプラットフォーム
︵基盤︶を提供することも考
えられる︒携帯電話会社は自
らが発電設備を持たないエネ
ルギーサービスに本格的に乗
り出すことに及び腰だが︑い
ずれは本気で融合サービスを
展開することに期待したい︒
さもなければ早晩︑米アマゾ
ン・ドット・コムや米グーグ
ルのような巨大なIT︵情報
技術︶企業によりプラットフ
ォームを席巻されかねない︒
プラットフォーム融合を視 野に入れたサービス競争の先
にも目を向けたい︒電力産業
は足し合わせてもたかだか
兆円だ︒それに対して︑医療
・介護・年金は100兆円産
業だ︒あらゆるモノがネット
につながるIoTの一種であ
る次世代電力計を活用してビ
ッグデータを収集できる世の
中になれば︑ウエアラブル端
末を活用して︑健康のバイタ
ルデータ︵生体情報︶を収集
することも可能になる︒
スマート社会の入り口はエ
ネルギーだが︑出口はヘルス
ケアだろう︒共通基盤として
のICT︵情報通信技術︶を
有効に活用し︑エネルギー・
ヘルスケア・教育文化も視野
に入れたスマートライフ・ア
ンド・シティーを築き上げる
グランドデザインが必要だ︒
日本は自動運転をはじめと
してIoTの要素技術には強
みを持つ︒東日本大震災後の
電力危機に見舞われたうえ︑
世界に先駆けて超少子高齢化
に突入する日本こそ︑世界の
社会問題先端国家なのだ︒日
本のスマート分野での技術革
新を国内外の社会問題解決に
役立てていかねばならない︒
年に日本が東京五輪を開
催するのも好機だろう︒その
時に︑昔ながらの土地や建物
の箱モノ一辺倒の投資では︑
一過性のバブルに終わる懸念
がある︒五輪後をしっかりと
見据えて︑次世代から継続し
て活用されるインフラを残す
ことこそ肝要だろう︒IoT
もビッグデータも人工知能も
その一例だ︒そうした未来志
向の視点から︑電力システム
改革を考えていきたい︒