令 和 三 年 度 大 学 院 人 文 科 学 府 修 士 課 程 第 2 期 入 学 試 験 問 題
︵ 日 本 史 学
︶
次 の 一 ~ 八 の 設 問 か ら 6 問 を 選 び 解 答 せ よ ︒ 但 し
︑ 解 答 は 全 て 縦 書 き と す る こ と
︒
一 左に 掲げ た史 料に 関す る設 問︵ 一︶
~︵ 三︶ に答 えよ
︒
︵一
︶現 行通 用の 字体 を用 いて
︑全 文を 翻刻 せよ
︒但 し︑ 改行 は原 文通 りと し︑ 破損 部分 には 適切 な文 字を 補う こと
︒
︵二
︶事 実書 の部 分を 読み 下せ
︒
︵三
︶﹁ 三綱
﹂と は何 か︑ 簡潔 に説 明せ よ︒ 二
日本 古代 史の 研究 で扱 われ る出 土文 字資 料に はど のよ うな もの があ るか
︑分 類し て示 し︑ それ ぞれ の 概要 につ いて 例を 挙げ なが ら説 明せ
よ︒
著作権上の理由により,WEB 公開版
では,問題文から削除した。
三 次の 文書 は︑ 太宰 府天 満宮 の社 家・ 小鳥 居氏 の文 書の 中の 一通 であ る︒ 発給 者の 在宣 は︑ 京都 の公 家 で︑ 菅氏 長者 の唐 橋在 宣で ある
︒こ れを 読み
︑設 問︵ 一︶
~︵ 五︶ に答 えよ
︒
﹃安 楽寺 造営 料所 筑前 国々 衙職 事︑ 自正 応三 年御 寄進 以来
︑於 目代 職者
︑小 鳥居 法眼 代々 相 伝之 処︑ 先立 思外 ニ︑ 大内 被管 人申 付内 藤肥 後入 道候 間︑ 小鳥 居再 三歎 申候 而︑ 去々 年応 永 二十 三︑ 探題 へ以 状雖 令申 候︑ 不事 行候 之由 申候 之間
︑法 印及 数度 可出 去状 之由
︑切 々内 藤 方へ 致催 促候 へ共
︑更 不事 行候
︑不 及是 非次 第候
︑﹄ 所詮 此上 者︑ 公方 へ預 御披 露︑ 如元 小鳥 居法 眼令 安堵
︑安 楽寺 専造 営候 者目 出候
︑憑 入存 候︑ 委細 之旨
︑使 者可 令申 候︑ 恐々 謹言
︑
七月 十三 日
在宣
︵花 押︶
松梅 院御 坊中
︹小 鳥居 文書
︺
︵一
︶本 文の
﹃
﹄の 中の 部分 を書 き下 せ︒
︵二
︶こ の文 書は
︑何 年に 年代 比定 され るか
︑和 年号 で答 えよ
︒
︵三
︶安 楽寺 造営 がう まく いか ない 理由 を説 明せ よ︒
︵四
︶こ の史 料に 見え る﹁ 目代 職﹂ とは
︑具 体的 にど のよ うな 役職 であ るか
︑記 せ︒
︵五
︶こ の史 料に 見え る﹁ 公方
﹂と は何 を意 味す るか
︑答 えよ
︒ 四
次の 語句 を説 明せ よ︒
︵一
︶ 石築 地役
︵二
︶ 闘茶
︵三
︶ 闕所
︵四
︶ 新安 沈没 船
︵五
︶ 室町 幕府 御教 書
五 次の 史料 を読 み︑ 設問
︵一
︶~
︵三
︶に 答え よ︒
︵早 稲田 大学 所蔵
︶
︵一
︶史 料全 文の 釈文 を作 成せ よ︒ 但し
︑漢 字・ 変体 仮名 は︑ 現行 の字 体を 用い て︑ 適宜
︑読 点を 施す こと
︒
︵二
︶こ の史 料の 発給 者は
︑神 奈川 奉行 であ り︑ 宛所 は外 国奉 行で ある
︒史 料の 内容 を踏 まえ つつ
︑こ れが 作成 され た制 度的 な背 景に つい て︑ 考え られ ると ころ を記 せ︒
︵三
︶発 給者
・宛 所と なっ た人 物の 履歴 を詳 しく 調べ たい
︒そ の際
︑適 切と 思わ れる 調査 方法 につ いて
︑ 史料 所蔵 機関 名・ 史料 名・ 文献 名な どを 示し つつ
︑論 ぜよ
︒
著作権上の理由により, WEB 公開版では,問
題文から削除した。
六 日本 近世 史に 関す る次 の語 句①
~⑤ を説 明せ よ︒
①
﹃解 体新 書﹄
② 支藩
③ 琉球 使節
④ 北前 船
⑤ 荻原 重秀
七 次の 史料 を読 み︑ 設問
︵一
︶~
︵五
︶に 答え よ︵ 史料 は一 部書 き改 めて いる
︶︒ 桂公
今回 の御 処置 は実 に千 載の 恨事 遺憾 の極 に御 座候
︒何 故解 散を 断行 し正 々堂 々の 処置 に出 ら れざ りし か︒ 山本 の出 現を 機会 に議 会を 其儘 放擲 して 辞職 せら れた るは 何人 も心 事を 疑は ざる を 得ざ る次 第に 御座 候︒ 閣員 一同 も実 際唖 然た る有 様に 御座 候︒ 山本 の政 友会 の蔭 武者 たる は新 し きこ とに は無 之此 人或 は勅 諚に 依り 政友 会の 鎮撫 効を 奏せ んと する を見 て出 動の 機会 を逸 せん こ とを 恐れ 自ら 乗り 出し たる には 相違 無之 桂公 も此 人に 責任 を被 せて 政友 会を 苦め んと する 権略 に 出で 咄嗟 に決 定せ られ たる 由に 御座 候得 共乍 去権 変に 走り て国 家を 思は ず政 権を 弄し て益 々社 会 の状 態を 険悪 なら しめ られ たる の害 悪は 其責 を免 れ難 きこ とゝ 存候
︒此 如く 政府 に権 威無 けれ ば 将来 の変 化如 何成 り行 く可 きか 憂慮 に堪 へず
︒山 県老 公も 実に 憤慨 致さ れ居 り候
︒閣 下今 暫く 御 滞鮮 相成 候て 世の 視聴 を避 け︑ 徐々 に形 勢の 推移 を御 観望 被成 候こ と必 要の 儀と 存候
︒ 山本 内閣 も成 立中 々六 ケ敷 或は 政友 会分 裂の 動機 と相 成哉 も難 計と 存候 山本 大将 も功 名に 走ら れ たる 為め 前後 の思 慮な く飛 び出 し西 園寺 原等 の方 々に 利用 せら れた るの 形勢 は歴 然に 御座 候而 し て桂 公の 此機 を利 用し て新 政党 の拡 張に 努め らる ゝも 必然 に可 有之
︑是 亦公 の胸 算中 に数 へら れ たる こと ゝ被 存候
︒︹ 中略
︺木 越陸 相は 留任 と決 定せ し模 様に 御座 候︒ 増師 問題 を条 件と せら れた る由 に御 座候 得共
︑如 何な る程 度迄 確実 なる もの なる や否 は不 明に 御座 候︒
︹中 略︺
十五 日
義一
拝
寺内 閣下
︵一
︶傍 線部 につ いて
︑内 容を 説明 せよ
︒
︵二
︶二 重傍 線部 につ いて
︑句 読点 を補 いつ つ︑ 読み 下せ
︒
︵三
︶波 線部 の﹁ 新政 党﹂
︑﹁ 増師 問題
﹂に つい て︑ それ ぞれ 四行 以内 で説 明せ よ︒
︵四
︶こ の史 料で 言及 され てい る人 物に つい て︑ その 姓名 を全 て記 せ︒ ただ し︑ 史料 の発 信者
︵作 成者
︶ と受 信者 は除 くも のと する
︒
︵五
︶こ の史 料の 作成 年代 を推 定せ よ︒ また
︑そ の推 定の 根拠 を︑ 史料 の内 容も 踏ま えつ つ︑ 説明 せよ
︒
八 日本 近現 代史 に関 する 次の
①~
⑥の 語句 の内
︑四 つを 選び
︑説 明せ よ︒
① 明六 社
② 行政 裁判 所
③
﹁六 三法
﹂
④ 社会 大衆 党
⑤ 大日 本産 業報 国会
⑥ 経済 安定 本部