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東京情報誌戦争:『ぴあ』 VS 『東京ウォーカー』 - pweb

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2001年度 上智大学経済学部経営学科 網倉ゼミナール 卒業論文

東京情報誌戦争:『ぴあ』 VS 『東京ウォーカー』

       

     

A 98 − 42312

            岩永智子

            2002/1/20

(2)

私の疑問、そして仮説

 我々にとって、今の世の中は数え切れないほどの選択機会に恵まれている。また、その選択を 行なうための情報も巷にあふれている。したがって、我々は多くの選択肢を数々の情報をもとに 比較し、自分にとって最適な選択をすることが出来るはずである。

 しかし、現在の社会を見回してみると様々な場面において、「我々は本当に正しい選択をして いるといえるのか?実は我々はそれらの情報に踊らされているだけではないのか?それ以前に 我々は数々の選択肢から自ら選ぶと言う行動を望んでいるのだろうか?」という疑問を感じずに はいられない。

  『WEEKLY ぴあ』(以下、『ぴあ』)の発行部数は『東京ウォーカー』の出現によって伸び悩 んでいるという。情報網羅型の『ぴあ』が、情報選択型『東京ウォーカー』の発行部数に及ばな いのは、このような現象が背景にあるのではないだろうか?

 したがって、私は次のような疑問と仮説を設定してこの卒業論文を書き進めたい。

疑問:なぜ『ぴあ』は『東京ウォーカー』の出現を境に低迷してしまっているのか?

仮説:『ぴあ』が『東京ウォーカー』によって低迷しているのは、読者がメディアという他 者によって、情報が「選択」されることを望んでいるためである。

東京情報誌戦争勃発

 『ぴあ』は、今から約 30年前の、1972 年に、映画、演劇、コンサートなどの興行情報をそ のまま掲載する雑誌を目指して創刊された。先に『ぴあ』は情報網羅型であると述べたが、それ は『ぴあ」の編集方針である、「首都圏エリアの映画・アート・スポーツ・演劇・イベント・新 刊などの情報を 完全網羅 。チケットぴあ前売り情報、東京の今を伝えるニュースが加わった、

行動する人のための総合アミューズメント情報誌。 客観性 ・ 安全性 ・ 平等性 を柱に、い つ、どこで、誰が、何を、いくらで、といった行動のための 基本情報 を正確に伝える。」を みても分かる。タウン誌のはしりとも言える存在で、『東京ウォーカー』が創刊されるまではそ の情報の網羅性を武器に圧倒的な強さを誇っていた。

 そのようなタウン誌市場も、今から約12年前の、1990年に角川書店によって創刊された『東 京ウォーカー』の出現によって大きく揺さぶられ、「東京情報誌戦争」とも呼ばれる両誌の戦い が始まった。『東京ウォーカー』の、創刊当初の誌名は『トウキョー・ウォーカー・ジパング』

といい、ページが現在と逆の左開きスタイル、文字は横組みだった。読者層を15〜25歳の男女 に設定し、情報の掲載方法も「洋画の原題や公開劇場を英語で表記するなど国際時代を意識した つくり」を売り物にしていたが、当初の予想とは裏腹に部数は伸び悩み、苦戦した。そこで創刊 からわずか半年後の、同年秋からあえて紙面を前面刷新し、誌名も現在の『東京ウォーカー』と 改題された。まず読者層を 20〜22 歳の男子学生にぐっと絞り込んだ。その上でこの層を、「興 味の持ち方が広く浅い。時間はあるが世間で言われているほど金持ちでもない」と分析し、「彼 らの生活に身近で必要な情報を提供する」という編集方針に改めた。情報の提供の仕方も工夫し、

映画館上映スケジュール表を三色刷にし、タイトルを見やすくするなど、紙面をビジュアル化・

カラー化した。また、各展覧会の紹介では、紹介本数を減らした代わりに作品の写真を入れるな

(3)

ど「わかりやすい」雑誌づくりに徹した。また、毎号 300 ページを超え情報量が多い『ぴあ』

に対し、『東京ウォーカー』はページ数を130ページ以下に抑え、情報誌を持ち歩いて活用して 歩く若者に対応した。これら紙面刷新の結果、部数は急伸した。

 都市型情報誌は従来、『ぴあ』のように、その地域の最新の文化・娯楽情報を可能な限り掲載 する網羅型だった。ところが『東京ウォーカー』は、「東京で何が出来るか」という視点で情報 をしぼり、カップルで、あるいは仲間と遊べるレジャー情報をメイン特集とし、グルメ情報では 食事なら 3000 円で上がるといった安くて実用的な情報を提供し、これに、コンサートや映画、

CD、ビデオ情報、テレビ番組表など、他の雑誌のよいところを全部取り入れた雑誌づくりを行 なった。それ一冊でとにかく間に合う手軽さ・便利さがその急進の原因とされた。旅行者向けの ガイドブックのように見所を絞ったタウン誌が受けるというのは、東京都その周辺に住む人々に とって東京が刻々と変化する一大観光地であるということに他ならない。ましてや 1 号あたり の情報量は決して多くはない訳で、『東京ウォーカー』の急成長は情報量の多さを必ずしも重視 しない若者の増加示す現象として、消費行動の変化を物語る現象の表れだと非常に話題となった。

 その一方で、70年代後半から80年代前半に全盛を極め、東京の情報誌といえばライバルのい なかった『ぴあ』は、部数を徐々に減らしていくことになる。70年代後半から80年代前半、当 時の若者の間では情報を貪欲に取り込み、今東京で何が上映され、いつどんなコンサートや舞台 が行なわれるかを知っていることは大事であった。そのような『ぴあ』であったが、都市文化の 情報量は増大化する一方で、『ぴあ』の収載する情報は膨れ上がりページ数は400項近い分厚い 雑誌になっており、若者はこの膨大な情報量を消化できなくなってきた。90年秋、「ぴあ」は情 報のサイクルが早まったこと、および量の増加を理由に週刊化を行ない、タイトルも『WEEKLY ぴあ』と改題した。掲載情報は隔週刊時には発売日から17日間だったのを11日間に短縮し、

厚さも平均 312 ページに薄くした。しかし、掲載サイクルが短くなったために情報の俯瞰性が 失われ、スケジュールを組む上でも持ち運ぶにも使いにくい雑誌になってしまった。92 年には 発売日を木曜日から「東京ウォーカー」と同じ火曜日に早めるなどの対処した(97 年からは更 に繰り上げ月曜日発売に)。ぴあでも、特集記事の拡充などの工夫を加えたが、情報洪水への「ぴ あ疲れ」という言葉さえ生み出させることとなった。

『ぴあ』・『東京ウォーカー』両誌の部数の推移

 ここで両誌の発行部数を挙げ、『東京ウォーカー』の創刊によって実際に『ぴあ』がどの程度 影響を受けたのかを見ておきたい。

 発行部数と一口で言っても実際には色々なところが、いろいろな名目で算出した数字があるが、

主なものしては、 公称部数 、 発行部数 、 実売部数 の3種類がある。 公称部数 とは、出 版社が自社で発表している「発行部数」のことを言い、広告スポンサー向け・雑誌同士のライバ ル関係により水増しした部数で、実態とはかなりかけはなれた数字である。それに対し、発行部 数とは、日本ABC協会(Audit Bureau of Circulations)の公査員(事務局職員)が発行社を 訪問し、調査・確認した部数を半年に 1 回発表する「公査レポート」での部数のことをいい、

実態に近いと言われており、別名「ABC 部数」とも呼ばれている。雑誌が実際に何冊売れたか

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という「実売部数」(販売部数)は、編集部の最も基本的な機密の一つであり、編集部によって は編集者の士気に影響するので、具体的な数値を内部の者にも明かさない場合さえあるようで 我々が窺い知ることは出来ない。このように、雑誌の発行部数にはいくつかの種類があるが、

ABC部数が公表されていない場合には実際の部数を知ることは極めて困難である。

 『東京ウォーカー』に関してはこのABC指数が公表されており、部数の推移を容易にうかが うことが出来る。 『東京ウォーカー』は紙面刷新後右肩上がりのカーブを描いて部数を伸ばし、

創刊されて2年後の92年末には20万部、これでも都市圏のみの部数では相当なものだったの が、93年にはほぼ38万部に、そして94年には42万部に達するという快挙を成し遂げた。そ の後98年、99年には大幅な部数減が見られる。しかし、これは98年に『横浜ウォーカー』、

99 年に『千葉ウォーカー』と派生した雑誌が増え、読者がそちらに流れたためで、必ずしも単 純に部数が減少したとは言えない部分がある(表1参照)。

 『ぴあ』も1989 年までは、ABC部数が発表されていた。しかし非常に残念なことに、なぜ か90年からは発表がされていない。90年といえば『東京ウォーカー』が創刊され、同時に『ぴ あ』が週刊化された年である。このことが『ぴあ』のABC部数が発表されなくなったことの原 因のひとつなのかという点は非常に気になるところではある。参考までに公称部数を見てみると、

90年とその翌年の91年は448,962部と1冊単位まで細かく出ている。しかし、92年から約5 万部減り、切りのよい40万部になり、それが99年まで続き、現在は32万部となっている。余 り確かではないと言われる公称部数ではあるが、『東京ウォーカー』の創刊以前は多いときで約 47万部(ABC部数、88年)あったことを考えると、『東京ウォーカー』の創刊されてから部数 がかなり減少しているのは確かだと思われる。実際の部数は、20 万部台後半あたりを推移して いるようであるが、99 年には部数減が目立ったようだ。公称部数が大幅に減らされているのも このこととは無関係ではないと思われる(表1参照)。

発行部数 

 ぴあ  東京ウォーカー  1990年 448,962  100,000  

1991年 448,962  200,000   1992年 400,000  250,000  

1993年 400,000  376,939 (ABC部数)  1994年 400,000  420,267 (ABC部数)  1995年 400,000  420,233 (ABC部数)  1996年 400,000  402,788 (ABC部数)  1997年 400,000  371,173 (ABC部数)  1998年 400,000  294,820 (ABC部数)  1999年 400,000  235,818 (ABC部数)  2000年 400,000  280,475 (ABC部数)  2001年 320,000  280,475 (ABC部数) 

資料: 

『ぴあ』の発行部数(公称部数)はメディア・リサーチセンター株式会社『雑誌新聞総カタログ』をもとに作成。ただし、

2001年の部数は日本雑誌協会のホームページに記載されていた最新の部数。 

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『東京ウォーカー』の発行部数は全国出版協会出版科学研究所『出版指標年表』およびメディア・リサーチセンター 株式会社『雑誌新聞総カタログ』をもとに作成。特に記載のないものは公称部数。

『ぴあ』・『東京ウォーカー』の読者層の比較

 それでは、両誌はどのような人々に読まれており、両誌の読者層にはどのような違いが見られ るのだろうか。次のデータは、日本雑誌協会のホームページに掲載されている読者層のデータで ある。

 「ぴあ」の読者層をみてみると、性別では(図1参照)男性が56%で女性が44%と男性のが 多い。職業をみると(図2参照)、会社員と公務員で50.4%と半分以上、その次に大学生の16%、

自営業者の15.6%、高校生の9.6%が続く。年齢層をみると(図3参照)24~26歳のところが一 番多く、20代が全体の約半分を占めている。しかし、10代の読者が23.2%、30歳以上の読者

が約4分の1の25.6%を占めていることから、比較的幅広い読者層に読まれていることが分か

る。

図1 ぴあ 読者層(性別)

男性 女性

出所:日本雑誌協会ホー ム ペー ジ

  図 2  ぴ あ   読 者 層 (職 業 )

会 社 員 ・公 務 員 大 学 生

高 校 生 自 営 業 自 由 業 無 職 そ の 他

出 所 :日 本 雑 誌 協 会 ホ ー ム ペ ー ジ

(6)

図 3 読 者 層

0.0%

5.0%

10.0%

15.0%

20.0%

25.0%

30.0%

35.0%

40.0%

18歳未満 18〜20歳 21〜23歳 24〜26歳 27〜29歳 30歳以上 年 齢

% ぴあ

東 京 ウォーカー

出 所 :

日 本 雑 誌 協 会 ホー ム ペー ジ

 これに対し「東京ウォーカー」の読者層を見てみると、性別では(図4参照)男性が64%で

女性が36%と男性の割合が「ぴあ」より更に多いことが分かる。また職業では(図5参照)、会

社員と公務員で「ぴあ」で半分以上を占めていた会社員・公務員が34.6%しかいないのに対し、

大学生が30.4%も占めている。年齢層をみても(図3参照)、21~23歳のところが35%と断然高

く、20代が66.5%と非常に高い割合を占めていることが分かる。続いて高い割合を占めている

のが10代の29.5%で、こちらも「ぴあ」と比べると高い割合を占めている。それに対し「ぴあ」

では4分の1も占めていた30歳以上の読者が「東京ウォーカー」では4%しかいない。

図 4   東 京 ウ ォ ー カー   読 者 層 ( 性 別 )

男 性 女 性

出 所 :日 本 雑 誌 協 会 ホ ー ム ペ ー ジ

(7)

図 5  東 京 ウォーカー  読 者 層 (職 業 )

会 社 員 ・公 務 員 大 学 生

高 校 生 自 営 業 自 由 業 無 職 そ の 他

出 所 :日 本 雑 誌 協 会 ホー ム ペー ジ

 両誌の読者層をこのように比較してみると、「ぴあ」が情報を網羅しているぶん、幅広い読者 に読まれているのに対し、「東京ウォーカー」は、20代前半という年齢をターゲットにし、その ターゲット層の必要とする情報にしぼって掲載しているため、必然的に読者層の幅は狭いことが 分かる。

我々はどのように情報を処理しているのだろうか?

 我々が「ブランド」(特定の企業が提供する商品やサービス)を購入するのは、何らかの情報 処理を行なった結果である。情報誌はこのブランド選択のための情報を提供するもののひとつで あるが、このようなブランド選択のための情報処理にはさまざまな「記憶」のメカニズムが必要 とされる。

反応

長期記憶 短期記憶

6 記憶モデル

忘却 忘却

外部の情報 感覚記憶

 記憶を構成する要素は、一般的に「感覚記憶(sensory information storage)」、「短期記憶

(short-term memory)」、「長期記憶(long-term memory)」の3つのシステムからなると考え られている。感覚器官が受容したイメージ情報は、ほんのわずかな時間(数分の1秒)、感覚記 憶に保持され、、無意識に分析される。その結果、その情報が必要なものであると知覚されると、

情報処理容量が割り当てられて短期記憶に送られる。短期記憶の情報は、数秒あるいは数十秒程

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度長さで記憶され、その間に必要に応じて解釈や意味付けが行なわれ、コード化・カテゴリー化 されて内部情報に変換される。そして、その一部分は長期記憶に送られる。我々の情報処理の過 程で特に大きな役割を果たしているのは、単に情報を保持するだけでなく、積極的に情報処理を 行なうところでもあることから作業記憶(working memory)とも呼ばれる短期記憶である(図 6参照)。

  短期記憶には、一度に貯蔵できる情報には限界があることが指摘されている。ところが、消 費者がブランド選択をする際に利用できる情報は非常に多い。さらに、短期記憶において外部情 報と内部情報を統合するような機能も求められる。これらの情報を限られた時間内に処理するに は、多くの情報をまとめたうえで処理したり、一部の重要な情報だけを利用したりすることによ って,短期記憶の限界容量を越えないようにする必要がある。しかし、そのように情報を処理し たとしても、それにも限界があるのである。

情報過多な状況で人はどのように情報処理を行なうのか

 近年情報量は年を追うごとに増大し、そのサイクルも短縮化していることは先に述べた。情報 が多く溢れているという状況は、人々の最適な選択を行なうための基準を与えるであろう。しか し、その一方で、情報もあまりに多いと必要のないゴミ情報が増え、必要な情報を探すのが大変 になるというデメリットも生じる。またそのような状況は、我々の情報処理能力の限界のために、

人々の状況判断能力を低下させることとなるのではないだろうか。

 ジャコビーらは、ブランド選択に際して消費者に与える情報の量を変えて、消費者の選択の正 確さへの影響を調べる実験を行なった。この実験で、消費者に与えられる情報量が増えれば増え るほど、正確な選択が出来るという結果にはならず、情報量が中程度で最も正しい選択が行なわ れている。情報量はこれより多くても少なくても、正しい選択の率は低下している。この実験か らも消費者の情報処理能力には限界があること、そして豊富な情報は情報処理の限界のために、

必ずしも最適な選択にはつながらないことが分かる(佐々木,1996)。

 このように、自己の判断力に対する自信は、入手情報が多くなればなるほど増加するが、一方 で、我々の情報処理能力を超える場合には、情報が過負荷になる状態が生じる(シェンク,1998)。 そして、そのような状況下においては我々の判断能力が低下することが明らかになった。したが って、日常的な場面において、身の回りにある情報の全てに、綿密な情報処理を我々が行なって いるとは考えられない。実際には我々のほとんどが、多くの場合、情報の選択や意思決定を第三 者に委ねことで情報負荷をなるべく回避しようとしているのではないだろうか。

 このように考えると、『ぴあ』が『東京ウォーカー』の創刊によって伸び悩んでいるのは、近 年の情報のサイクル短期化、および情報量の増加が人間の情報処理能力を超えてしまっているた めだという仮説が現実味を帯びてくる。

情報化社会における我々の知恵とは?

 また情報負荷を軽減しようという我々の思いの表れの一つが、「口コミ」というコミュニケー ションの手段の隆盛ではないだろうか。口コミの情報発信者は、一度取得した情報を自分なりに

(9)

処理した情報として発信するのであり、当然ながら何の処理もされていない情報よりも理解しや すく、受け入れやすくなっている。口コミ情報の受信者は、発信者にとってすでに加工され、意 味づけされた情報を得ることになる。したがって、受信者が処理すべき情報の量は少なくなり、

ブランド選択のための情報処理を容易にスムーズに行なうことが出来る(杉本,1997)。

 「口コミ」ブームは雑誌にも大きな影響を与え、バブルの崩壊後の1980年代後半から雑誌で 口コミのタイトルが目立ち始めた。先に『東京ウォーカー』は編集サイドが取捨選択した情報を 提供することで部数を伸ばしてきたのだと述べたが、それだけでなく読者と読者をつなぐジョイ ントとして機能することによって部数を伸ばしてきた点も見逃すことは出来ない。

 口コミは、一般の人達による個人的な横のつながりによって情報が行き交う双方向型のコミュ ニケーションのあり方であり、新聞やテレビ、雑誌といったメディアからの直線的かつ一方的な コミュニケーションのあり方とは一見まったく無関係なもののように見える。しかし、口コミは メディアとまったく切り離されたように存在するものではない。人々は自分がまったく関心のな い話題に耳を傾けることなどありえない。どのようなコミュニケーションの場においても、その 集団の共通な関心テーマに話題は集中し、また、それについて無関心な人は おいてきぼり を くうことになる。つまり、ひとつのテーマについて盛んに議論がなされるためには、共通の知識 と興味が存在する 場 (口コミの素材)が必要となる。しかし、これだけ多くの情報が氾濫す る中で、その 場 を形成することは決して容易ではない。そして、その役割を果たしているの が、情報を選択・加工したうえで発信するメディアなのである。マスメディアから発信されるす べての情報が、興味を持って受けとめる人々の集団で共通な関心テーマを形成し、それらの情報 に自らの体験を含めた評論や関心を交えたうえで口コミ話題として再発信されることが多いの だ(森,1987)。この場合、『東京ウォーカー』はエンターテインメント情報をあえてメジャー なものにしぼることで、『ぴあ』より万人受けする 場 を提供することに成功している。

 また、『東京ウォーカー』の記事には読者のコメントが掲載されていたりするなど、読者参加 型の企画が多い。編集者より親近感を覚えやすい読者の声を載せることでそれらの情報に取っ付 きやすさが加わっている。それに対し、『ぴあ』も、注目すべきシーンを詳しくガイドするなど 読み物としても充実させようとしており、読者参加型の記事がまったくないわけではない。しか し、やはり『東京ウォーカー』と比べるとカタログ臭が抜けておらず、中途半端な点があるよう に思われる。

インターネットの普及は情報誌に何をもたらすのか?

 ここ数年のインターネットの普及に伴ない、様々な情報の収集をネットによって行なう人も増 加している。『ぴあ』や『東京ウォーカー』に掲載されているようなエンターテイメント情報も その例外ではないだろう。

 それでは、まず、実際どの程度の人がインターネット利用し、またどのような使い方をしてい るのだろうか。日本放送協会による16歳から29歳の情報行動についての調査によれば、イン ターネットの利用頻度は、少しでも(「年に数回」以上)利用している人は64%にものぼってい る。利用頻度別には「ほとんど毎日」に、「週に4〜5回」利用している6%をあわせると、二割

(10)

に近い人がかなり頻繁に利用していることになる(図7参照)。

図7 インターネットの利用頻度

0%

5%

10%

15%

20%

25%

30%

35%

40%

45%

全体 16〜18歳 19〜22歳 23〜29歳 年齢

%

ほとんど毎日 週に4〜5回 週に1〜3回 月に数回 年に数回 利用しない

出所:日本放送出版協会

『NHK 放送と研究』2001年7月号

 ただし、インターネットに対する必要性に関しては、「絶対に欠かせないもの」という人は8%、

「かなり必要なもの」19%であるのに対し、「あったほうがよい程度のもの」をいう人が半数も 占めており、その必要性に対する評価は意外に低い(図8参照)。

図8 インターネットの必要性

0% 50% 100%

23〜29歳 19〜22歳 16〜18歳 全体

年齢

絶対に欠かせないも の

かなり必要なもの あったほうがよい程度 のもの

なくなってもまったく困 らないもの

出所:日本放送出版協会

『NHK 放送と研究』2001年7月号

 また、19〜20歳がよく+ときどき利用するインターネットの閲覧サイトトップ3は「YAHOO

などの検索ホームページ」(48%)、「音楽、映画、コンサート、イベント情報」(35%)、「ゲー

(11)

ム、占い」(27%)の順番となっている。情報誌に主に掲載される「音楽、映画、コンサート、

イベント情報」がかなり高い割合を占めていることが分かる。

  16〜29歳というのは、『ぴあ』や『東京ウォーカー』の読者の大部分をカバーする年齢層であ

るが、これは『ぴあ』や『東京ウォーカー』といった情報誌にどのような影響を与えるのであろ うか。

  2001 年秋に行われた、きかせて・net による「情報誌」に関するアンケートはこのような疑 問への重要なヒントを提供してくれるであろう。このアンケートはきかせて・netのモニターの うち首都圏在住の男女(15~39歳)で過去1年間に情報誌の購入を経験を持つ300人余りを対 象に、「情報誌の購読経験(過去 1 年以内)」「情報の入手経路」「情報源の使い分けの理由」な どを尋ねたものである。エンターテインメント情報の入手手段としては情報誌との併用者が

76.4%と最も多く、ネット利用者が1割半ばで、情報誌のみの利用者は1割以下という結果であ

った。情報の入手方法を使い分ける理由ではインターネットでは「手軽に手早く情報が得られる」

「最新情報が入手できる」といった〔即時性〕、情報誌は「持ち運べて便利」「ゆっくり情報収集 が出来る」「情報の保存が出来る」といった〔携帯性〕〔保存性〕が挙げられており、それぞれの 優位性を使い分けていることが読み取れる。

 別の調査(2000年8月の全国ランダムサンプリング調査)による「インターネットでしてい ること」の上位をみてみると、「興味のある商品についての情報を詳しく知るためにインターネ ットで検索する」「行ったことがない場所に行くときには、インターネットで交通手段や道順、

行き先の情報を調べる」「ある商品を比較するために複数のホームページを見る」といった 目 的がある場合 のインターネットの利用が特に一般化していることが指摘されている(古川・電 通デジタル・ライフスタイル研究会,2001)。

 これらのことを総合すると、ネットの普及は確かに情報誌に大きな影響をもたらしている。し かし、ネットの使われ方は、紙媒体である情報誌の使われ方とは多少異なるため、必ずしもそれ が情報誌の衰退につながるわけではなさそうである。しかし、データベース的な情報がネットで 簡単に調べられるようになり、今後ますますインターネットが普及していくと、そういった情報 をわざわざ雑誌を買って調べようとする人はますます少なくなるだろう。そうなると情報の網羅 性を武器にしている『ぴあ』は今後ますます不利な立場に立たされることになるのではないだろ うか。また、今後ますます情報量が増えていくことが想像されるが、そうなると他者に情報選択 を依存する傾向がますます強まり、『東京ウォーカー』のような情報選択型の雑誌がますます伸 びていくことになることが推測される。

結論

 『ぴあ』は、エンターテインメント情報を客観的に網羅している。情報が限られていた時代に はその網羅性が、情報が多くあることは良いことだという認識に支えられ、珍重された。しかし、

情報が膨大になるにつれ、読者が取捨選択しきれなくなってしまったという面はやはり否定でき ないのではないか。それに対し、『東京ウォーカー』は、メジャーでエンターテイメント性のあ

(12)

る情報を選択して提供することで、タウン誌界に旋風を起こした。それぞれに特徴はあるが、情 報の洪水の中で暮らす読者には、始めからある程度選んでくれていた方が「便利」なのは確かだ。

どんな時代でも、網羅的な情報誌の需要はあるだろう。しかし、そこに掲載される量がある限度 を超えたとき、発掘する楽しみより煩わしさが先行するのではないだろうか。

  91年には『ぴあ』と同じく「網羅主義」の発想で作られた『APO』(SSコミュニケーション ズ)が創刊されたものの、94年には創刊して2年半ほどで休刊になってしまった。それに対し、

97年に創刊された『東京ウォーカー』と同様に情報選択型の『東京1週間』(講談社)は、売れ 行きは伸び悩み、2001年春から隔週刊となったものの、マーケット規模を40万部から50万部 程度へと、10万部程度拡大させた。また、関西では『ぴあ関西版』が20万部なのに対し『関西 ウォーカー』が55万部、中部でも『ぴあ中部版』が12万部なのに対し『東海ウォーカー』は 25 万部と、と首都圏以外の地域でも『ウォーカー』が『ぴあ』を上回っている(いずれも隔週 刊)。やはり時代は取捨選択された情報を欲しているのだ。

 社会で個性化・多様化が進んでいる。特に若者の場合にその傾向が顕著で、ライフスタイルや 価値観はひとりひとりバラバラの状態になっていると言われている。このことは、情報過多な状 況において、第三者に情報処理を任せてしまうという仮説と矛盾して聞こえるかもしれない。し かし、これは、個性化・多様化が進む中で、専門化・オタク化する領域と、あえて個性を求めな い領域が(個人の中で)はっきりしてきたことの表れではないだろうか。お金や時間は投入すべ きところに投入し、それ以外の領域では「メジャーを押さえればよい」という心理が働き、その ために集中化が起こり、その結果が同質化として表れているのではないか。つまり、生活の全て を個性化・多様化することなどできないために、「どうでもいい」ことに関しては、メジャーに なびき、無駄なエネルギーを使わないようになったに違いない。毎年様々なモノが流行する。し かし、それらのコアとなるのは少数の個性的な消費者でも、その大部分は情報に乗って参入して くる付和雷同派なのではないだろうか。『ぴあ』はそのような若者の変化に対応しきれず低迷し、

『東京ウォーカー』はそれに合致することが出来たたために、あれほどの成功を収めたのだと思 う。「こだわっているようで、こだわっていない、こだわれない」というのが我々の悲しき実態 ではないだろうか。

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参考文献

きかせて・net『「情報誌」に関するアンケート』(http://www.kikasete.ne.jp/monitor/)

佐々木土師ニ(編著)『産業心理学への招待』有斐閣,1996.

白石信子・加藤明・齋藤喜彦「テレビは欠かせないインターネット・携帯電話でも多彩な 情報行動〜「デジタル情報社会における青少年とメディア」調査から〜」『NHK 放送研究 と調査』2001年7月号,2001.

杉本徹雄(編著)『消費者理解のための心理学』福村出版,1997.

全国出版協会出版科学研究所(編著)『出版指標・年表』(1990 年度版〜2001 年度版の各 年度版を参考)出版科学研究所.

電通EYE・くちコミ研究会(編著)『ヒットの裏にくちコミあり』マネジメント社,1995.

日本雑誌協会ホームページ(http://www.j-magazine.or.jp)

古川一郎・電通デジタル・ライフスタイル研究会(編著)『デジタルライフ革命』東洋経済 新報社,2001.

メディア・リサーチ・センター株式会社『雑誌新聞総カタログ』(1990年版〜2001年版の 各年版を参考)メディア・リサーチ・センター.

森俊範『「くちコミ」の研究―個性化社会のヒット現象を解く―』PHP研究所,1987.

デイヴィッド・シェンク〔著〕倉骨彰〔訳〕『ハイテク過食症―インターネット・エイジの 奇妙な生態―』早川書房,1998.

参照

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