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戦闘におけるLanchester - 明治大学

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(1)

戦闘における Lanchester の法則

理工学部数学科4年16組63番  渡邉隆之

2011 年 2 月 21 日

(2)

目 次

1章 はじめに 2

1.1 Lanchesterの法則とは . . . . 2

1.2 Frederick W. Lanchester . . . . 2

1.3 戦の移り変わり . . . . 2

2Lanchesterの一次則 43Lanchesterの二次則 8 3.1 Lanchesterの二次則 . . . . 8

3.2 Koopmanの戦力分割 . . . . 14

3.3 Engelの硫黄島の激戦モデル . . . . 16

3.4 モデルの検証 . . . . 20

3.5 Samzによる米軍補給人数の仮定. . . . 26

3.6 Engelの値とSamzの値のTheilの尺度による比較 . . . . 30

4章 三次則モデルの紹介 32

(3)

1 章 はじめに

1.1 Lanchester の法則とは

Lanchesterの法則とは、ある仮定の下交戦が行われた時、その戦闘の戦闘員の

損耗過程を連立微分方程式で定式化したものの法則である。交戦形態を大きく三 つに分け、今ではその交戦形態の仮定の下、一次、二次、三次則に分類されてい

る。軍事OR(オペレーションズリサーチ)つまり軍事作戦研究の中で最も基本的、

かつ中心的なものである。

1.2 Frederick W. Lanchester

Lanchesterは1866年にロンドンで生まれ、1946年に死亡した。もともとエンジ ニアであった彼は1916年に自費で[1]を出版した。これの第5章にn-二乗法則、今 でいうLanchesterの二次則が述べられており、Lanchesterにより軍事ORの礎は 築かれた。これは今でもOR学会でLanchester賞が設けられるほど高く評価され ているという。このモデルは第二次世界大戦中に米海軍ORグループの研究者た ちが発掘し、拡張して以降、軍事ORの中心的なテーマとして盛んに研究される ようになった。

1.3 戦の移り変わり

昔、まだ鉄砲伝来前の戦は局地戦であった。剣を剣で受け流したり、矢を楯で 守るような一騎打ちが行われていた。したがって戦闘員の士気や訓練の成果など の資質や、武装などの条件がともに等しければ、戦闘で勝利を得るために敵より 一人でも戦闘員を増やすことが勝利を得るために重要であった。この様な場合は、

後で紹介する一次則が成り立つ。

これに対して近代戦では武器の主役は銃や大砲となり、攻撃と防御が間接的に 行われるようになった。戦闘が集団的に行われ、自軍の持てる士気や物資を戦場 の一点に集中させるのも特徴である。この戦は特定の戦闘員を目標にするのでな

(4)

く、各戦闘員がランダムに狙われると考えられる。したがって、戦闘員数が多け れば多いほど攻撃は有利になり、逆に少なければ少ないほど不利になる。この様 な場合は、後で紹介する二次則が成り立つ。

最近の情報化社会では目標を探知する能力もおおいに戦いに影響するようになっ た。より的確に攻撃を与え、より的確に防空することでさらに戦闘が有利になる と考えられるようになった。この様な場合は、後で紹介する三次則が成り立つ。

時代の移り変わりによって戦闘の形も変わった。その基本的なモデルである

Lanchesterモデルは今でも軍事ORの研究対象として発展し続けている。

(5)

2 Lanchester の一次則

この章はLanchester[1],佐藤[2]を参考にする。

Lanchesterの一次則は、弓矢や剣などを用いた局地戦(一騎打ち)に見られる

法則である。以下の仮定の下考えられる。

· 両軍の兵士はどちらも敵一人を攻撃目標にする。

· 兵士の資質は両軍とも自軍の中では同じである。

· 戦は時間的に一様である。

· 戦闘員補給は行われない。

赤軍 x0 人vs白軍 y0 人で戦闘を開始するとする。時刻 t での有効戦闘員の数 x(t), y(t) の関係式は α, β > 0 を損害率(単位時間に撃破される兵力の期待数)の 定数 として

dx

dt =−α, dy dt =−β

で表わされる。これは次のように導かれる。∆t時間内に生じる戦闘員の減少数

∆x, ∆yはそれぞれ敵損害率に比例すると考える。 α, β をそれぞれ赤軍、白軍の

損害率を損害率を表わす定数として、

∆x=−α∆t, ∆y =−β∆t が成り立つ。これより

∆x

∆t =−α, ∆y

∆t =−β

がいえる。x, y は正の整数であるが、両者ともに t の連続関数で、t について微分 可能だと仮定すると、微分方程式系

dx

dt =−α, dy

dt =−β (2.1)

(6)

に書き換えられる。戦闘開始時t = 0 の初期条件は

x(0) =x0, y(0) = y0 (2.2)

となる。この解は

x(t) =x0−αt, y(t) =y0−βt (2.3) である。この兵力の損耗グラフは図2.1のようになる。図2.1はα = β = 1 であ り、横軸を t として、100人と70人で戦闘を開始したものである。

0 20 40 60 80 100

0 20 40 60 80 100

-1*x+100 -1*x+70

図 2.1: α=β = 1 の場合の兵力損耗のグラフ (2.3)より時間 t を消去すると

x0−x(t) y0−y(t) = α

β (2.4)

である。ここで E = α

β とおき、この E を 交換比 と呼ぶ。これは損害率の違い を表わす定数である。したがって (2.4) より

x0−x(t) = E(y0−y(t)) ()

を得る。これがLanchesterの一次則(一騎打ちの法則) である。

一方

β(x0−x(t)) =α(y0−y(t)) (2.5) であり、 x0−x(t), y0−y(t)は、それぞれ戦闘開始からある時点t までの赤軍白 軍の戦死者数を表わし、α, β はそれぞれ相手方の武器の性能とも考えられるから、

この弓矢などの戦における法則は戦力の概念として

(7)

0 20 40 60 80 100

0 20 40 60 80 100

"l1v"

x

図 2.2: E = 1 の場合の解直線と優勢分岐線 戦闘力=武器の性能×戦闘員数

とも考えられているようである。ゆえに、敵味方が同じ性能の武装の場合、戦闘 員数を多く持つことが勝利につながるといえる。

図2.2は、横軸をx軸、縦軸をy軸として、Lanchesterの一次則の解軌道を表わ したものである。初期条件 (2.2) を決めれば、平面上の1点 (x0, y0)を始点にし、

一本の線分が決まる。すなわち、 (2.1) の解がただ一つきまるのである。

また、この解のグラフより優勢分岐線、つまりその線分を境に優勢軍が代わる 線分がはっきり分かる。Lanchesterの一次則の場合優勢分岐線は

y= β

αx (2.6)

である。図2.2は E = 1 の場合であり、この場合 y= x である。そして x0 > y0 のとき、すなわち赤軍の初期戦闘員数が白軍のそれより多い場合、やはり白軍の 全滅時に赤軍が生存する。 また y0 > x0 すなわち白軍の初期戦闘員数が赤軍のそ れを上回る場合も同じことがいえる。

これは次のことからも分かる。( )において E = 1 とすると x−y=x0 −y0

となり、ここで一方の軍が全滅した時を考えて y= 0 とおきx >0 に注意すると x=x0−y0 >0

(8)

すなわち

x0 > y0

である。このことからも E = 1 のとき、Lanchesterの一次則では初期戦闘員数が 大きい軍が勝利することがいえる。

もし赤軍100人、白軍70人が同じ性能の武器で戦うとすると、白軍が全滅した ときの赤軍の生存者数は()より、E = 1, y(t) = 0, x0 = 100, y0 = 70 とおいて

x(t) = x0−y0 = 10070 = 30(人)。

これが赤軍の生存者数である。図2.1はこの戦いの戦闘員の損耗を描いたもので ある。

(9)

3 Lanchester の二次則

3.1 Lanchester の二次則

この節はLanchester[1],佐藤[2]を参考にする。

Lanchesterの二次則は銃や大砲を使うような近代戦に見られる法則である。一

対一でなく集団的に行われ、両軍とも戦場の一点に物資など兵力を集中し戦闘を 有利にする努力がされる。またこれを集中効果と呼ぶ。この戦いは以下の仮定の 下考えられる。

· 両軍の兵士はどちらも敵全員から攻撃目標にされる。

· 兵士の資質は両軍とも自軍の中では同じである。

· 両軍の兵士の死傷率は敵軍兵士の数に比例する。

· 戦は時間的に一様である。

· 戦闘員補給は行われない。

赤軍 x0 人vs白軍 y0 人で戦闘を開始するとする。時刻 t での有効戦闘員、つ まり戦うことのできる兵士の数 x(t), y(t)の関係式はα, β >0を損害率(単位時間 に敵の単位兵力に撃破される兵力の期待数)を表わす定数 として

dx

dt =−αy, dy

dt =−βx

で表わされ、その解から、時間t を消去してx(t),y(t)の関係を表わしたフェーズ 解は、E = α

β を用いて

x20 −x(t)2 =E(y20−y(t)2) () となる。これがLanchesterの二次則である。

微分方程式は次のように導かれる。∆t 内の戦闘員の減少数は敵の総数 x, y と 損害率 α, β に比例すると考えるから α, β >0を定数として

∆x=−αy∆t, ∆y =−βx∆t

(10)

である。両辺を∆tで割ると

∆x

∆t =−αy, ∆y

∆t =−βx となる。したがって

dx

dt =−αy, dy

dt =−βx (3.1)

が導かれる。

戦闘開始時 t = 0 の初期条件を

x(0) =x0, y(0) = y0 (3.2)

である。(3.2)を満たす(3.1)の解法を考える。まず(3.1)を次のように書き換える (

x y

)

= (

0 −α

−β 0 ) (

x y

)

. (3.3)

また初期条件(3.2)は

x(0) = (

x0 y0

)

(3.4) と書ける。これを

dx

dt =Ax, x(0) =x0 (3.5) とおき、この(3.5)の初期値問題を解く。この解は

x(t) = 1 2

{ (x0+

α

β y0)eαβ t+ (x0

α

β y0)eαβ t }

(3.6)

y(t) = 1 2

{ (

β

αx0+y0)eαβ t(

β

αx0−y0)eαβ t }

(3.7) となる。

この解法は以下の様である。

A = (

0 −α

−β 0 )

より、この固有値は t2−αβ = 0 から t =±

αβ

(11)

であるから

±αβ

である。α, β > 0だから固有値は相異なる実数となる。この場合の行列のスペク トル分解を行う。

λ1 =√

αβ, λ2 =

αβ (3.8)

とし、固有値 λi に対する固有空間をFi = {x|Ax = λix}(i = 1,2)とする。

F1

F2 = {0}, X = R2 = F1 ⊕F2 (直和)であり、 X から Fi の上への射影 を Pi : X Fi で表わす。するとP1 +P2 = I, Pi2 = Pi, P1P2 = P2P1 = 0, (A λi)Pi = 0(i = 1,2) が成り立つ。これらよりA = A(P1 + P2) = AP1 +AP2 =λ1P1+λ2P2が成り立つ。

λ1P1 =AP1 =A(I−P2) = AAP2 =A−λ2(I −P1) であることより

(λ1−λ2)P1 =A−λ2I であり、ゆえに

P1 = A−λ2I λ1 −λ2 である。同様にして

P2 = A−λ1I λ2 −λ1 である。また

An= (λ1P1+λ2P2)n=λn1P1+λn2P2 であるから、従って

etA =e1P1+e2P2 となる。これより (3.5) の解は次のように表わせる。

x(t) = etAx0 = (e1P1+e2P2)x0

これよりLanchesterの二次則を導く微分方程式系 (3.1) の解を (3.2) の初期条件 のもとで求める。 (3.8) より

P1 = 1 2

αβ (

αβ −α

−β αβ

)

P2 = 1 2

αβ (−√

αβ −α

−β −√ αβ

)

(12)

となり

x(t) = (e1P1+e2P2)x0

= {

eαβ t 1 2

αβ (

αβ −α

−β αβ

)

−eαβ t 1 2

αβ (−√

αβ −α

−β −√ αβ

)}

x0

= 1 2



eαβ t

x0

α βy0

β

αx0+y0

+eαβ t

x0+√

α βy0

β

αx0+y0



である。よって (3.2) を満たす(3.1)の解は (3.6), (3.7) つまり x(t) = 1

2 {

(x0+

α

β y0)eαβ t+ (x0

α

β y0)eαβ t }

y(t) = 1 2

{ (

β

αx0+y0)eαβ t(

β

αx0−y0)eαβ t }

となる。

α=β = 1, x0 = 100, y0 = 70 として(3.6),(3.7)は

x(t) = 5(17et+ 3et), y(t) = 5(17et3et) (3.9) である。x0, y0 =0でないと意味がないので、(3.9)より y(t)=0となるt の範 囲を求めると

5(17et3et)=0 3et 517et

e2t5 17 3

2t5log 17 3

t 5 log 173

2 = 1.734601

2 = 0.867301.

したがって t の定義域は

05t50.867301 である。

x(0.867301)+71.414284

であるから、赤軍100人白軍70人で戦闘を始めた場合白軍にはどんどん死傷者が 出て、赤軍にはさほど戦死者が出ないことが分かる。この時の赤軍の死傷者は

x0−x(0.867301)+10071.4 = 28.6

(13)

となり、したがって29人に留まる。このグラフは横軸を t として図3.1に描いて ある。弓矢などの戦いでは赤軍にも70人死傷者が出るが、集中効果の大きい近代 戦ではそうはならないのが大きな違いである。

0 20 40 60 80 100

0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8

"niji70"

"niji70" using 1:3

図 3.1: E = 1, (3.9)の戦闘員損耗グラフ

Lanchesterの二次則を用いると、初期条件 (3.2)を満たす(3.1)の解が具体的に 求まらなくとも、同様の結論を導けるとともに、Lanchesterの一次則との法則の 違いをはっきりできる。 dx

dt =−αy に 2βxをかけdy

dt =−βx2αy をかけて 足し合わせると

β2xdx

dt −α2ydy dt = 0 であり、 t について積分すると、

βx2−αy2 =C を得る。ここで t= 0 とおくと、初期条件より

C =βx20−αy02 これを代入して整理すると

β(x20−x2) = α(y20−y2) (3.10) となる。x, y は戦闘中の任意の時点の赤軍と白軍の有効戦闘員数であるからx20−x2y02−y2は戦死者が戦闘員の数の二乗の割合で生ずることを表わす。また、α, β は武器の性能とも考えられるから、この法則は戦力内容の概念として

(14)

戦闘力=武器の性能×(戦闘員数)2 と考えられているようである。交換比 E を用いて

x20 −x(t)2 =E(y20−y(t)2) () と表わされる。こうしてLanchesterの二次則は導かれた。

0 20 40 60 80 100

0 20 40 60 80 100

"l2v"

x

図 3.2: E = 1 の場合の解曲線と優勢分岐線

図3.2は横軸をx 軸とし縦軸を y軸としてLanchesterの二次則の解曲線を表わ すものである。初期条件(3.2)を決めれば、平面上の1点 (x0, y0) を始点にし、一 本の双曲線が決まる。すなわち、 (3.1) の解がただ一つきまる。

またその線分を境に優勢軍が代わる優勢分岐線はLanchesterの二次則の場合 y=

β

αx (3.11)

である。

百発百中の白砲一門は百発一中の赤砲百門に対抗できるかという軍備の質対量

論争にLanchesterの二次則モデルは大きな影響を与えた。(3.11) に見て取れるよ

うに、兵力は損害率の平方根に比例し、交換比が 1001 なので赤砲百門と同等な白 砲は10門必要となる。

(15)

0 20 40 60 80 100

0 20 40 60 80 100

"l2v15"

sqrt(5)*x

図 3.3: E = 15, α= 1, β = 5 の場合の解曲線と優勢分岐線 図3.3は 優勢分岐線が y=

5x となり、交換比によってグラフは大きく変化す ることが分かる。

3.2 Koopman の戦力分割

この節は佐藤[2]を参考にする。

KoopmanはLanchesterの二次則を分析し、人数が少ない軍でも人数の多い軍を

何らかの方法で分割できれば勝つこともできると考えた。

E = 1 の場合、つまり戦闘員の数以外同じ条件で戦闘が行われる場合。赤軍 x0 人、白軍y0人で戦闘開始するとし、白軍全滅時を考える。()にてE = 1, y = 0 とおくと

x2 =x20−y20 = (x0−y0)(x0+y0) である。また、 x0 >0, y0 >0であるから

x0 > y0

であり、これが赤軍が勝利するための条件である。この時の赤軍の残りの戦闘員 数は

x=

x20−y02 となる。

(16)

次に赤軍は x0 人で戦い、白軍はy0 人を分割して戦闘を開始する場合を考える。

分割の割合を θ(0< θ <1) で表わし、白軍が戦闘員の一部θy0 人を温存して、残 りの戦闘員(1−θ)y0 人で赤軍のx0 人と戦うものとする。したがって、初期条件は

x(0) =x0, y(0) = (1−θ)y0 である。このとき()より

x20−x2 = (1−θ)2y20−y2

がいえ、前と同様な計算で赤軍が白軍第一陣を全滅させる条件は

x0 >(1−θ)y0 (3.12)

であることがわかる。この時の赤軍の残りの戦闘員数 x1x1 =

x20(1−θ)2y20

である。この後、白軍の温存していた第二陣θy0 人が赤軍の残りの戦闘員x1 と戦 う。赤軍が白軍第二陣を全滅させて勝利を得る条件は、これまで同様に

x1 > θy0

であることがわかる。この両辺を二乗して x0, y0 で書き換えると x20 > y02(12θ+ 2θ2)

であり、両辺の平方根をとると x0 > y0

12θ+ 2θ2 (3.13)

である。ここで

12θ+ 2θ2 >(1−θ)2 であるから、(3.12),(3.13) よりx0 > y0

12θ+ 2θ2 > y0(1−θ)がいえ、(3.13) が白軍を全滅させる条件であることが分かる。この最終時点での赤軍の生存者数は

x2 =

x21−θ2y02 =

x20 (12θ+ 2θ2)y02 である。

ところが、もしx0 5 y0 つまり赤軍の兵力が白軍に劣る場合であっても、何ら かの方法で白軍を分割することができれば赤軍が勝つ場合も生まれてくる。それ

(17)

θ が (3.14) を満たすかで決まる。赤軍に最も有利な白軍の分割法は x2 を最大 とするθ の値で決まる。それは 12θ+ 2θ2 が最小となるθ の値である。θ につ いて微分して

d

(12θ+ 2θ2) = 2 + 4θ = 0

これよりθ = 12, つまり白軍の初期戦闘員数y0 を半分に分割することができれば、

初期戦闘員の少ない赤軍も勝てるのである。

θ = 12 を (3.14) に代入すると

x0 > y0

2 = 0.0707y0

すなわち、赤軍は白軍の約71パーセントの戦闘員数で勝つことができる。

次に E = 1 の場合にこれまで同様に考えると、赤軍が勝利する条件は()より x0 >

α

β y0 (3.14)

であることが分かる。

3.3 Engel の硫黄島の激戦モデル

この節はEngel[3],佐藤[2],飯田[6]を参考にする。

太平洋戦争でアメリカ空軍B-29が日本を空爆するためには往復約16時間も要 した。そこでアメリカは中継基地として硫黄島を占有したかった。この歴史的な戦 争をJ. H. Engelは詳しく分析し、Lanchester二次則の方程式を拡張したモデルを 考案し、硫黄島の戦いにおいてこのモデルが成立することを実証した。Lanchester 二次則を導く仮定を戦闘員補給のあるものに変え、この戦争において

· 両軍の兵士はどちらも敵全員から攻撃目標にされる。

· 兵士の資質は両軍とも自軍の中では同じである。

· 両軍の兵士の死傷率は敵軍兵士の数に比例する。

· 戦は時間的に一様である。

· 米軍のみは三度の戦闘員補給を行った。

という仮定をする。そこでEngelは x, y はそれぞれ米軍、日本軍の有効戦闘員の 数であり、 p(t) は期間中単位時間当たり補給される兵力と考え、

dx

dt =−αy+p(t), dy

dt =−βx (3.15)

(18)

このように拡張した。また、初期条件を

x(0) =x0, y(0) =y0 (3.16)

として、この解は



x(t) =x0cosh

αβ t−y0

α

β sinh

αβ t+∫t

0 cosh

αβ(t−s)p(s)ds y(t) =−x0

β

αsinh

αβ t+y0cosh

αβ t−

β α

t

0 sinh

αβ(t−s)p(s)ds (3.17) と表わされる。

以下の様な解法で (3.16) を満たす (3.15) の解 (3.17) を求める。まず (3.15) を 行列を用いて (

x y

)

= (

0 −α

−β 0 ) (

x y

) +

( p(t)

0 )

とし、これを

x =Ax+p(t) (3.18)

と表わすとする。また、初期条件 (3.16) を行列を用いて

x(0) =x0 (3.19)

と表わすとする。ここで定数変化法を用いて解く。(3.19)を満たす(3.18)の解をひ とまずx(t) = eAty(t) とおく。またyt について微分可能で y(0) =x(0) =x0 である。ここで xt について微分すると

x(t) =AeAty(t) +eAty(t) = Ax+eAty であり、これを (3.18) に代入してまとめると

eAty =p(t) となり、逆行列をかけて

y =eAtp(t) を得る。 t について積分し x(0) =x0 に注意すると

y(t) =

t 0

eAsp(s)ds+x0

(19)

であり、 xに戻すため eAt を両辺に左からかけると eAty(t) =x(t) = eAt

t 0

eAsp(s)ds+eAtx0

である。eAteAs=eA(ts) より、(3.19) を満たす (3.18) の解は x(t) = eAtx0+

t 0

eA(t−s)p(s)ds ()

である。

さてAの固有値はdet

(−λ −α

−β −λ )

=λ2−αβ = 0より、λ1 =

αβ, λ2 =−√ αβ である。これより λ1, λ2 に対応する固有空間の上への射影は

P1 = A−λ2I λ1−λ2 = 1

2

 1

α β

β

α 1

P2 =I−P1 = 1 2

 1 √

α

β β

α 1

であり、従って

eAtx0 = (e1P1+e2P2)x0

= 1 2



eαβ t

 1

β α

β

α 1

+eαβ t

 1 √

α

β β

α 1



 (

x0 y0

)

=

eαβ t+eαβ t

2

α β

eαβ teαβ t 2

β α

eαβ teαβ t 2

eαβ t+eαβ t 2

 (

x0 y0

)

=

 cosh

αβ t

α

β sinh αβ t

β

αsinh

αβ t cosh αβ t

 (

x0 y0

)

=

x0cosh

αβ t−y0

α

β sinh αβ t

−x0

β

αsinh

αβ t+y0cosh αβ t

(20)

である。一方

t

0

eA(ts)p(s)ds =

t

0

 cosh

αβ(t−s)

α

β sinh

αβ(t−s)

β

αsinh

αβ(t−s) cosh

αβ(t−s)

 (

p(s) 0

) ds

=

( ∫t

0 cosh

αβ(t−s)p(s)ds

β α

t

0 sinh

αβ(t−s)p(s)ds )

である。これらのものを () に代入すれば、 (3.16) を満たす (3.15) の解として (3.17) つまり



x(t) =x0cosh

αβ t−y0

α

β sinh

αβ t+∫t

0 cosh

αβ(t−s)p(s)ds y(t) =−x0

β

αsinh

αβ t+y0cosh

αβ t−

β α

t

0 sinh

αβ(t−s)p(s)ds を得る。

硫黄島の戦いでは戦闘開始時点 t = 0 では、硫黄島に上陸していた米兵はいな かったので、初期条件(3.16) は

x(0) =x0 = 0, y(0) =y0 (3.20)

と考えられる。したがって (3.17) は



x(t) =−y0

α

β sinh

αβ t+∫t

0 cosh

αβ(t−s)p(s)ds y(t) =y0cosh

αβ t−

β α

t

0 sinh

αβ(t−s)p(s)ds

(3.21) と考えられる。

この式を利用して第 t 日から第t+ 1日の兵力を導く式を求める。まず、戦闘開 始から t日たったその日の間に補給された米兵を Ct とする。これはt によって決 まる負でない整数であるから

p(s) =Ct, (t 5s < t+ 1) (3.22) とおく。次に、 (3.21) は

x(t+ 1) =−y0

α

β sinh√

αβ(t+ 1) +

t+1

0

cosh√

αβ(t+ 1−s)p(s)ds  であるが、右辺の第二項は

t+1

0

cosh√

αβ(t+ 1−s)p(s)ds

=

t 0

cosh√

αβ(t+ 1−s)p(s)ds+

t+1 t

cosh√

αβ(t+ 1−s)p(s)ds

(21)

である。ここで cosh (α+β) = coshαcoshβ+ sinhαsinhβ であるから

t 0

cosh√

αβ(t+ 1−s)p(s)ds

= cosh√ αβ

t

0

cosh√

αβ(t−s)p(s)ds + sinh√

αβ

t

0

sinh√

αβ(t−s)p(s)ds

t+1

t

cosh√

αβ(t+ 1−s)p(s)ds =Ct

t+1

t

cosh√

αβ(t+ 1−s)ds

=Ct

[

sinh√

αβ(t+ 1−s)

√αβ

]t+1

t

= Ctsinh

αβ αβ

となる。これを元の式に代入し、 cosh

αβ,sinh

αβ についてまとめると x(t+ 1) = cosh√

αβ(−y0

α

βsinh√ αβ t+

t 0

cosh√

αβ(t−s)p(s)ds)

α

βsinh√

αβ(y0cosh√ αβ t−

β α

t 0

sinh√

αβ(t−s)p(s)ds− Ct

α) を得る。ここで y(t+ 1) についても同様に計算すると



x(t+ 1) =x(t) cosh

αβ−(y(t) Cαt)√

α

βsinh αβ y(t+ 1) =−x(t)

β

αsinh

αβ+ (y(t)Cαt) cosh

αβ+ Cαt

(*)

を得る。

3.4 モデルの検証

この節はEngel[3],佐藤[2],飯田[6],Morehouse[7]を参考にする。

硫黄島の戦いは1945年2月19日から3月26日までの36日間行われた。しか し、戦闘開始から28日目の3月18日には硫黄島は米軍によってほぼ完全に制圧さ

(22)

れた。Engelはモデル () を検証するため、係数 α, β を次のように推定した。T を戦闘最終日、すなわちT = 36 とし、S = 28 を硫黄島がほぼ完全に制圧された 日と考える。まず、(3.15) の第二式を T まで積分すると

y(T)−y(0) =−β

T

0

x(t)dt

となる。これより

β = (y(0)−y(T))

T 0 x(t)dt となる。ここで分母の積分を

T t=1

x(t) で置き換えれば、 β の値は

β = (y(0)−y(T))

T t=1

x(t)

(3.23)

と考えられる。これより、 y(t) の近似式

¯

y(t) = y(0)−β(

t u=1

x(u)), y(0) =¯ y(0) (3.24) が得られる。次に (3.15) の第一式を 0から S まで積分すると

x(S)−x(0) =−α

S

0

y(t)dt+

S

0

p(t)dt (3.25)

である。また(3.22) よりp(t) は負でない階段状の関数であるから

S

0

p(t)dt=

S t=0

p(t) (3.26)

である。一方、(3.25) の y(t) に(3.24) の y(t)¯ を代入すれば、近似的に (3.25) は x(S)−x(0) =−α

S t=0

¯ y(t) +

S t=0

p(t)

と考えられる。ここでx(0) = 0 であるから

α = (

S t=0

p(t)−x(S))

S t=0

¯ y(t)

(3.27)

(23)

と考えられる。

Engelは1954年に表3.1のMorehouseの文献による実測値から α, β の近似値を 求めた。今回私は、表3.1のMorehouseの文献のデータから計算機を用いてEngel が試みた計算を追試した。栗林忠道中将率いる日本軍は硫黄島を約21500人で防衛 しようとし、36日間戦い、この時点で戦闘能力をなくしたと考えられているから、

y(0) = 21,500(人), y(36) = 0(人)

と考える。一方、米軍は表3.1のMorehouseの文献による実測値より x(0) = 0(人),

36 t=0

x(t) = 2,024,829(人) である。これらの値を(3.23) に代入して β を計算すると

β = 21,500

2,024,879 +0.0106 (3.28)

である。また米軍の補給は次のように行われたという。

p(t) =





























54000 05t <1 0 15t <2 6000 25t <3 0 35t <4 0 45t <5 13000 55t <6

0 65t

(3.29)

28日目にあたる3月18日に硫黄島はほぼ完全に制圧されたことを考え、表3.1 の主戦闘期間の戦史データを用いて以下の計算結果を得る。

x(28) = 52,735,

28 t=0

p(t) = 73,000,

28 t=0

¯

y(t)+372,242 であるから

α= 73,00052,735

372,242 +0.0544 (3.30)

このときの交換比は

E = α

β +5.1271 (3.31)

(24)

表 3.1: Morehouseのt日終了時の有効米兵数実測データ

1 52839

2 50945

3 56031

4 56031

5 53749

6 66155

7 65250

8 64378

9 62874

10 62339

11 61405

12 60667

13 59549

14 59345

15 59081

16 58779

17 58196

18 57259

19 56641

20 54792

21 55308

22 54796

23 54038

24 53938

25 53347

26 53072

27 52804

28 52735

29 52608

30 52507

31 52462

32 52304

33 52155

34 52155

35 52155

36 52140

(25)

である。この値より米軍の損害率は日本軍の損害率の約5倍にもなり、日本軍は米 軍より武器も人数も圧倒的に不利であったにも関わらず、巧みな戦術で跳ね返し、

効果的な戦闘を展開したことが分かる。太平洋戦争の中でもこの戦いで被った米 軍の損害は、第一位の沖縄攻略戦についで大きなものだったといわれている。

算出した α, β の値と Ct に (3.29) を代入することにより、 () の計算を t = 0 から行うと、米軍と日本軍の兵力の時間的推移がわかる。図3.3は計算機を用いて 米軍と日本軍の時間的推移を算出し、横軸を t として表わしたものである。

0 10000 20000 30000 40000 50000 60000 70000

0 5 10 15 20 25 30 35

"engelfinrironnchi.dat"

"engelfinrironnchi.dat" using 1:3

図 3.4: 米軍、日本軍の時間的推移

日本軍の実測データは「東京大空襲時に焼失してしまった」ということで、はっ きりしたデータは分からなかった。しかしながら約21,500人という値を記したも のは多かったのでEngelの扱った値を採用した。この図3.5は、横軸 t として米 軍のデータを比較したものであるが、Morehouseの実則データと比べたこの図は、

Lanchesterの二次則の方程式を拡張したこのEngelのモデルにとてもよく当ては

まることが見て取れる。

(26)

0 10000 20000 30000 40000 50000 60000 70000

0 5 10 15 20 25 30 35

"engelfinrironnchi.dat"

"active-US-troops.dat"

図 3.5: Engelのモデルの計算値とMorehouseの実測データの比較

(27)

3.5 Samz による米軍補給人数の仮定

この節はSamz[4],Lind[5],Morehouse[7]を参考にする。

Samzは硫黄島の戦いにおける米軍の戦闘員補給について、Engelの三度の補給 説を否定した。54,000人もの人数を一日に上陸させるのは不可能であり、船も足 りなければ、上陸しても浜辺が混雑してしまうだけであると考えた。このことか らSamzはBartleyとMorehouseの文献より、新しい上陸者数を仮定した。新しい 仮定は次のようである。

p(t) =

























































30000 05t <1 1200 15t <2 6735 25t <3 3626 35t <4 5158 45t <5 13227 55t <6 3054 65t <7 3359 75t <8 3180 85t <9 1454 95t <10 252 105t <11

0 115t

(3.32)

私はこのSamzの仮定について、Engelの方法で戦闘員の時間的推移を計算機を 用いて計算をした。しかしながら、表3.1のデータは初日を終えた時点で52,839人 という値であり、初日の上陸者数30,000人というSamzの仮定が全く当てはまら ない。(しかし表3.1は実践記録による一次資料として信頼されているようである)

そこで私はまず、被害者数から新しく有効戦闘員数のデータを算出することを 試みた。(3.29) の p(t) のその日までの通算上陸者数つまり表3.2の2列目から

Morehouseの実測データつまり表3.2の3列目の差をとり、その日までの総被害者

数を求めた。それが表3.2の4列目である。そして総被害者数よりその日ごとの被 害者数を求めた。表3.2はこれらを算出した値の表である。

次に、有効戦闘員数を算出する。私は、その日までの通算上陸者数つまり表3.3 の2列目からその日までの総被害者数つまり表3.2の4列目を引けば、Samzの仮 定によるその日ごとの有効兵力が算出できると考えた。Morehouseの文献の有効戦 闘員数のデータがactive-US-troopsという名前であったのに対し、Samzの仮定か

(28)

表 3.2: 左から t, p(t−1)の通算, Morehouseの t 日目終了時の有効米兵数, t 日目終了時までの米軍総被害者, t 日目終了時の米軍被害者, を表わす表

0 0 0 0 0

1 54000 52839 1161 1161

2 54000 50945 3055 1894

3 60000 56031 3969 914

4 60000 56031 3969 0

5 60000 53749 6251 2282

6 73000 66155 6845 594

7 73000 65250 7750 905

8 73000 64378 8622 872

9 73000 62874 10126 1504

10 73000 62339 10661 535

11 73000 61405 11595 934

12 73000 60667 12333 738

13 73000 59549 13451 1118

14 73000 59345 13655 204

15 73000 59081 13919 264

16 73000 58779 14221 302

17 73000 58196 14804 583

18 73000 57259 15741 937

19 73000 56641 16359 618

20 73000 54792 18208 1849 21 73000 55308 17692 -516

22 73000 54796 18204 512

23 73000 54038 18962 758

24 73000 53938 19062 100

25 73000 53347 19653 591

26 73000 53072 19928 275

27 73000 52804 20196 268

28 73000 52735 20265 69

29 73000 52608 20392 127

30 73000 52507 20493 101

31 73000 52462 20538 45

32 73000 52304 20696 158

33 73000 52155 20845 149

34 73000 52155 20845 0

35 73000 52155 20845 0

36 73000 52140 20860 15

(29)

ら導くものをnewactive-US-troopsとすると、第 n 日の終了時点の newactive(n) は

newactive(n) =

n1 t=0

p(t)(第 n 日終了時までの総被害者) (3.33) この算出したnewactive-US-troopsを用いてEngelの方法で計算しなおす。また、

算出したnewactive-US-troopsは表3.3の右端に書いた。

日本軍のデータは先も述べたように残っていないため y(0) = 21500(人), y(36) = 0(人)

として考える。一方

x(0) = 0(人),

36 t=0

newactive(t) = 1,843,451(人) であるから。これを (3.23) に代入して計算すると。

β = 21500

1843451 +0.0117 (3.34)

である。また表3.3より

newactive(28) = 50,980

28 t=0

p(t) = 71,245,

28 t=0

¯

y(t)+390,768 であるから

α= 71,24550,980

390,768 +0.0519 (3.35)

となり、このときの交換比は

E = α

β +4.4466 (3.36)

である。

(30)

表 3.3: 左から t , Samzの仮定したp(t−1)の通算, 第 t 日終了時のnewactive- US-troops を表わす表

0 0 0

1 30000 28839 2 31200 28145 3 37935 33966 4 41561 37592 5 46719 40468 6 59946 53101 7 63000 55250 8 66359 57737 9 69539 59413 10 70993 60332 11 71245 59650 12 71245 58912 13 71245 57794 14 71245 57590 15 71245 57326 16 71245 57024 17 71245 56441 18 71245 55504 19 71245 54886 20 71245 53037 21 71245 53553 22 71245 53041 23 71245 52283 24 71245 52183 25 71245 51592 26 71245 51317 27 71245 51049 28 71245 50980 29 71245 50853 30 71245 50752 31 71245 50707 32 71245 50549 33 71245 50400 34 71245 50400 35 71245 50400 36 71245 50385

(31)

0 10000 20000 30000 40000 50000 60000 70000

0 5 10 15 20 25 30 35

"samzrironnchi.dat"

"samzrironnchi.dat" using 1:3

図 3.6: Samzの仮定から算出した米軍と日本軍の時間的推移

3.6 Engel の値と Samz の値の Theil の尺度による比較

この節はSamz[4]を参考にする。

Theilの尺度とは実測データと理論値のずれを計算するものであり、[0,1]の中に

収まり0に近ければ理論値が実測値に近いということを表わす。例えば U = 0.01 は精度がよく、 U = 0.50ならば悪いのである。

U =

36 i=1

(Di−Oi)2

36 i=1

Di2+

36 i=1

Oi2

(3.37)

Di はその日の変化の予測値で、 Di =x(i)−x(i−1) で表わせる。

Oi は実際の変化の値で、 Oi =p(i−1)(i日の被害者) で表わせる。

 計算機を用いてEngelの追試の値と表3.1の値よりU を計算する。またp(t) の

値は(3.29) であり、被害者数は表3.2の右端の値を用いる。Engelの計算結果は、

先に述べたように

α+0.0544, β +0.0106, E +5.1271

(32)

であった。これより計算結果は

U +0.025762 となる。

また、Samzの仮定から算出した値と表3.3の右端のnewactive-US-troopsの値 より U を計算する。Samzの (3.32) の仮定を用い、被害者数は表3.2の右端の値 を用いる。先に述べたように

α+0.0519, β +0.01117, E +4.4466 であった。これより計算結果は

U +0.043207 (3.38)

となる。

Samzの論文には、Morehouseの文献にはその日の実測被害者数が載っていると 書いてあるが、今回Morehouseの文献を見ることはできなかった。そのため表3.1

の値とEngelの p(t)から被害者数を算出した表3.2の右端のデータを利用した。こ

れによればEngelのモデルは、もしMorehouseの表3.1の値が正しければ、Theil の尺度から見てもかなり正確であったと言える。

またSamzの算出したU の値は 0.0234688となり、私の算出した値0.043207と は違っていた。やはりMorehouseの文献[7]を一度読む価値がありそうである。

(33)

4 章 三次則モデルの紹介

この章は佐藤[2],飯田[6]を参考にする。

Lanchesterの法則は軍事ORの研究によってさらなる進化を遂げている。ここ

では、最近の技術革新により戦場の精密情報の取得が可能になり、高性能の兵器 が戦域を支配するようになった現代の戦闘の法則に少し触れたいと思う。

Lanchester自身は一、二次則のみ提唱したが、その後、研究により三次則が提

唱された。三次則は情報化が進んだ現代の戦いに見られる法則である。現代のミ サイル戦での戦闘力は、攻撃力と防空力の両面から作用し、射撃目標の偵察能力 と防空力を考慮する必要がある。次のような仮定の下考えられる。

· 兵士の資質は両軍とも自軍の中では同じである。

· 両軍の兵士の死傷率は自軍の一単位に対する攻撃力に(攻撃密度)比例する。

· 戦は時間的に一様である。

· 戦闘員補給は行われない。

赤軍 x0 人vs白軍 y0 人で戦闘を開始するとすると、時刻 t での有効戦闘員の数 x(t), y(t) の関係式は α, β >0を損害率の定数 として

dx

dt =−αy x, dy

dt =−βx y で表わされ、そのフェーズ解はE = αβ を用いて

x30 −x(t)3 =E(y30−y(t)3) () となる。これがLanchesterの法則を発展させた三次則である。

また次のように三次則を導く。 ∆t 内の戦闘員の減少数は 自軍の一単位兵力に 加えられる敵数と損害率に比例すると考えるから α, β >0 を損害率を表わす定数 として

∆x=−αy

x∆t, ∆y =−βx y∆t

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