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戦後初期のコア・カリキュラムの構造論議一 - 福島大学

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コア・力婆キュラム購懇と「総合的学習」・「挺会科学習_1(墨〉 i

コア・カリキュラム構想とギ総合的学習r「社会科学習」(1〉

戦後初期のコア・カリキュラムの構造論議一

臼 井 嘉 高 宮 文

一(鮭会科教育〉

枝伏学醜教蕎学麟究科)

 塞稿1ま,戦後琶本の教育改革簸にがタキュラム編成の今後のあり方を蓬論的にも,実践的にも大 きく弓一ドしたと考えられるコア・力瞬キュラム連盟における力琴キニラム纏成をめぐる諸i論議を 主な素馨とし,それらを分摂㌔検討することを還して,今藝的潤題となっている「総合的学習雄及 び鍛金科学習まのあむ方をさぐることを霧的とする。

 霞」では「戦後擁難のコア・力琴キュラムの構造詮議」(末羅資料庫裏参照),「濁では紅三 懸馨領域論議」,そしてヂ羅」では「8本鮭会の基本鵜題と縫合科力琴キュラム講談諜,さらに「轡」

では「蒙教纏教蕎課程構想と『総合学習領域選論議雌をそれぞれ分梼・鹸詳し,今後の力鯵キュラ ム纒成に隷夕る聡金的学割及びr社会科学謝の盤錯と意義1こついて我々な塑)鷺題提莚を該

みている。

〔キーワ一縷コア・力解キュラム 三懸霞領綾 露本授会の基本鶴龜 総合麟学習 被会科学蟹

玉 はじめに

 欝98(平駿1欝〉年鴛鍔麓霞告示の小学校および中学 校の学習捲導要領は,今回はじめて礎示された「総合 的な学習の蒔懸の取擾い」について,それぞれ次のよ うに述べている。

「i 総合的な学習の暗闘においては,各学校は,地 域や学校,箆童(小学校,中学校は「生後」一引講者 注)の実態等に応じて,横紙的・総合的な学習や発童

(小学校.中学校は「生経」一弓1綴巻注)の興殊・関 心等に基づく学習など麟意工夫を生かした教育活動を 行うものとする。」(ノ卦・中)

「2 総合的な学習の暗闘においては次のようなねら いをもって捲導を行うものとする。

 鱗 §ら課題を晃{寸け,自ら学び,自ら考え,主鉢 的に鵯織し,よりょく賜題を解決する資質や能力を育 てること。

 121学び方やものの考え方を身に付け,翼題の解決 や探究活動に主体的,麟造的に取鯵緩む態度を育て,

自己の生き方を考えることができるようにすること。」

(小・中)

ヂ3 各学校においては,2に示すねらいを踏まえ,

饑えぱ国際理解,嬉報,環境篠縫・健康などの横駈 的・総合的な課題,児童(小学校,中学校は「生健3 一瞬絹者注)の興練・麗心に基づく課題,地域や学校 の特色に臨むた課題などについて,学校の実態に応む た学習活動を行うものとする雌(小・中〉

「4 各学校における総合的な学習の蒔薦の名称につ

いては,各学校において逓燐に定めるものとする。擁

「5 総合的な学習の時間の学習活動に当たっては,

次の事項に醗癒するものとする。

 (il自然体験やボランティア活動などの挺会体験,

観察・実験,見学や調査,発表や討講,ものづくりや 生産的活動などの体験的な学習,問題解淡的な学習を 積極的にと鯵入れること。

 ② グループ学習や異年齢集毯による学習などの多 様な学習形態,地域の人々の協力も得っっ全教晒が一 体となって捲導に当たるなどの捲導体麟,地域の教材 や学習潔境の積極的な落馬などについて工夫するこ

と。

 〔31国擦理解に関する学習の一環としての外蟹議会 諸等を行うときは,学校の実態等に籐む箆童が外覆語 に触れた鯵,外国の生活や文化などに慣れ親しんだり することなど小学校段墜にふさわしい体験的な学習が 鴛われるようにすること。(この3項目はヂ小学校」

のみ。一弓禰者注)(i・2の項目一小・中,3の項

目一ノ1、)]

 以上の,小・中学校双方に新設された「総合的な学 習の時購3(以下ヂ総合的学習」とする)は一方で ε横蟻的・総合的な学習」という力婆キュラム全体に 麗わる鍵懸を持つとともに,地方で「総合的な学習の 暗闘まとういう文字通む,独熱こ設立されたがタキュ ラムの一領域の時購という灘嚢を持っている。この講 者の襲嚢奮は,力饗キュラムの全ての領域毒部分に鷺わ るところであるが,後者の鍵灌は,力積キ講ラムの一

(2)

2 醸島大学教鳶実践醗究紀要第36弩

領域として,その領域の時翻において,文字通む総合 的な学習が展醗されるところである。

 繰せて,この二つの精嚢の問題とともに,この「総 合的学習藍の時簡の内容携面として「擁えば蟹際運無 情報,環境,篠鮭・健康など窪という,いわゆる社会 的課題が位置づけられていることにも注意する必要が

ある。

 すなわち,今罎の「総合的学習葺の提起は,内容的 には社会科内容とも重なる縫会的課題の学習論を提起 しっっ,そのような学習の力陰キュラムのあむ方とし て,横籔的・総合的旗・わばク讐ス学習論と,総合学 習の暗闘設定をする「総合的学習」績域論が提起され たわけである。

 これらの「総合的学習3の提起は,ややもすると,

その時間を形式的1こ設定することが先行した鯵,ク農 ス学習ということで教科連携が機械的に実施されたむ することが危撰される.もちろんそのような試みも全

く無意蘇であるとはいえないし,そのような試みも一 定穫度積み重ねることによって,真の「総合的学習」

が麟設されていくともいえないことはない。しかしな がら少なくともこのような貴重な試みを意味あるもの

として位置づけていくためにも,「総合的学習珪の理 論的な位置づけ・験討は不可欠の課題といえる。

 その点で今騒.小論で換討する戦後擁鱗のコア・力 華キュラム論議は,以上に述べた三つの方法論的携角

(①社会科内容とも重なる社会的課題の学習論,②横 騒的・総合的ないわばク欝ス学習論,③総合学習の暗 闘設定をする「総合的学習韮領域論)を,ある意辣で 含みこんでいる論議でもあり,その譲議の結果,§本 生活教育連盟の窪豊本社会の基本難題韮と》う社会科 力蔭キュラム譲をも生み虚したものである。

 コァ・力馨キ蕊ラム論議を,この三つの方法論的幌 角を踏まえて吟辣・検討することを遷して,今8の 夢総合的学習3のあり方と,それとの麗わ鯵で鮭会科 力嘆キュラムをどうとらえ位置づけるかという問題の 基礎的考察を試みたい。

昼 戦後初顔のコア・力婆キュラム論議  と三つの方法論的視角

 戦{愛初鶏のコア畜力1タキュラム誰議とは,ig壌8(昭 秘23)年欝欝3§縫に結威された異聞教蕎醗究鑓捧であ る「コア・力婆キュラム連盟蚕酪称コア連)における が}キュラム編成に関わる理講的・実践的な論議のこ とを捲しているが,この論議は単にコア連内部の講議 にとどまらないで,外藩からの幾覇やそれに麗わる論 争なども含みこむような戦後窮難窪本(欝48奪〜簿酪 年頃)における涯目すべき論議である。このような譲 議について磯馨一雄は「学校教育の機能を,とくに生 活と教育との麗連の椀点から,総体的に認識しようと するならば,コア・力婆キュラムの構造論の提起した

餐捲§一6

瞬題そのものは,やは参戦後教育改革の一つの遺産で あったといえる」としっっ,「その遺産が,その後の 運動の展開のなかで必ずしも有効にひきっがれている

とはいえない」とも述べている。(滋〉

 コア・力撃キュラムという矯語は,歴史的にはヘル バルト嶽の中心統合法における紅中心教科藩,中等教 育の大衆化にともなう選毅科目の増大に対癒して栓会 的連帯の態度を養うために鑑じた「必修学習雄,すべ ての学習を総合するr中心学習」という三つの類整が あると整渥されているが,この三つの類型1ますべて ドコアとしての」力婆キュラムとなっていることであ

る。

 それに端して・戦後窃難のコア・力撃キュラム講談 においてはコア連独§の規定がなされておむ,それは 錘アを有するが纏ユラム蓬という,いわば構造的 な力婆キュラム論であったといえる。それゆえに,コ ア・方書ナキュラム論議は「力移キュラムの全体構造論 とつねにかかわること」になったと患、われる。(漣2)

 さて,先遮の三つの方法論的視角からみると,戦後 初類のコア・力彗キュラム講議はどうとらえられるの であろうか。

葉.社会的課題の学習論という観角からみる  まず授会的課題の学習講という糧角からみると,こ のコア・カ1フキュラム論議は力琴キュラムの全体購造 としての彩コア」(中心課程)と「周辺課程」との関 わ鯵及びそこにおける「コア」をどうとらえ,その中 に社会的課題を蕉醸から紘罎づけるか否かという問題 の論議となる。

 コア連においては,当擁のいわ瞠る「作業単元ま

「経験単発擁重視の鋳類においては,この鮭会的課題 は必ずしも歪面から鍵1置づも、ておらず,したがってそ の徴判者からヂ牧歌的力蓼キュラム」講として厳しい 幾判が震灘された。しかし,その幾判に対してコア連 内灘からその自己撰1覇がなされ(注3〉,力陰キュラム において現代薮本の課題を五面から佳麗づけるべきこ とが論議されていくようになる。

 そして,新たな「三籐羅領域藩論という力婆キュラ ム構造講において,三つの「繕」のひとつとして「霧 題単元課程斐を{立遜iづけることになる。なお地の二つ は「生活単元課程」「系統単元課程肇となっているα

(蓬4〉

 しかしその後,以上のようなコァ・力撃キュラム論 議を一歩進めた霞本生活教育連盤(酪称・殺生連,

欝53年改称)のカ13キュラム購想では「霞本釜会の基 本翼題」を歪面から位置づけっっも,なおかっ地邊・

歴史・公畏(政治・経済・社会分野)め系統的学習も維 み念わせてε教科としての娃会科韮観に立つ社会科力

1穿キュラム構想が{立直づけられるようになる。(漉5〉

(3)

コア・力勝キュラム構想と「総合的学習」・「嫉会科学習」(至) 3

2.横欝1的・総合的なク薩ス学習論という複角か  らみる

 次に横断的・総合的なクロス学習論という視角から みると,コア・がタキュラム講議はがタキュラムにお ける「コア」と「周辺課程薙との関連づけというとら え方において,その犠薮的・総合的なク冒ス学習とい

う観点が位置づいているともいえる。そして,次の に三屡難領域」論においてもその「問題単元課程達「生 活単発課程」「系統単元課程嚢との関連づけが中心課 題となっておむ,と鯵わけ「系統単元課程」の櫨の二 つの課程との相互経連姓が重視されていたといえる。

 以ま1のコア・力車ナキュラム論議1こおけるク霞ス学習 という観点は,その後の諸教科学習における鐵懸的・

総合的学習という観点とは決して遽等の観点とは言い 難いが,それにも通じるような問題が堤起されていた

ととらえうる。

3.「総合的学習」領域論という複角からみる  最後に「総合的学習」領域論という観月からみると,

コア・力積キュラム譲議はそもそもカ1ナキュラム領域 論をその内に含めているといえるが,具縫的には「コ ア」もヂ周辺課程雄もそれぞれ領域といえるし,次の

「三緩1霧領域」蠢蠢華こおける三つの「緩韮(紅翼題単元課 程」紅生活単元課程並「系統単元課程暴)はそれぞれ領 域ととらえうる。なお,上記の「響っの領域ま識の提 莚は,全館として鱗っの馨標識(ギ生産の高度化と経 済の自立」,野議近代の払拭による民叢叢義の確立」,

「単秘愛好と蟹鰹強請葺,野窮乏よむの解散と生活水準 の海上」)に対癒するものである。先に整鍵した三つ の「屡韮の領域論とはレベルの異なるものである。

 さて,以一目こ述べた三つの罎達と「教科」との関 わりであるが,ギ生活単元課程」はいわゆる「教科外」

領域(特懸活動・窓治的活動領域〉,ゼ系統単元課程雌 はいわゆる誓教科雌領域1こ,それぞれほぼ潟癒するの に対し,「縫題単元課程壁は,ややそれらとレベルを 異とする領域であ鯵,これこそがコア連における,ま

さに中心課程としての領域であったといえるG  先に晦根語が勝懇守一との論争において,ダ問題単元 課程聾のことを,「領域塗としての社会科と名付けて

いたと述べたが,まさにこのようなε問題単元課程珪 をいわば「総合的学習掻領域として綾羅づけていたこ とがうかがえる。(この領域としての「総合的学習」

論を,ド教科としての挺会科」と混織しかねない,梅 根の主張は再整理する課題が残されていたが。〉

 ところが,この領域としての夢総合的学習韮譲は,

コア・がナキュラム論時代の産暢であって,コア・カ リキュラム論から一歩離逸した継本穏会の基本閤題涯 社会科論においては,鰻に領域としての軒総合的学習3 論から,社会科かヌキュラムにおける「総合的学習ま 論へと移行していったととらえうる。したがって,後

に§本教職員綴合(麩教維)の教育課程改革試案で提 起されるような,教科領域・§治活動領域(教科外領 域〉と蔓立して,郵総合学習3領域が構想されるのは その後の新しい試みであると位置づけうる。(注の  以上の整理からもうかがえるように,この整理の作 業は,今8の「総合的学習謡講をとらえる幌鶏及びそ れらと社会科力婆キュラムとの麗わ瞬こついて検討す る上での,基本的論点を析幸することにそのねらいが

あった。

 その基本的論点とは,今後の「総合的学習3におい て社会的課題の学習は継かなるものとしてイメージし うるかということであ善,異鉢的にはこの社会的課題 の学習はr教科3領域・「教科外」(遵徳も含む)籟域 1こおいてはどう関わ鯵,欝せて以上の二大領域に換え て萩たに「総合的学習葺領域を設定する意義はどこにあ

るのか,という点である。願下において,この基本的 譲点を踏まえて,戦後擁難コア・力琴キュラム論議か ら構を学ぶべきかについての基礎的考察を試みたい。

聡 社会的課題学習におけるr総合的学  習」論と社会科力解キュラム論

↑.〈勝霞・梅根論争〉の意義と議題

 〈勝醗・権根譲争>の詳綴な験討はここでは省略す るが,この論争は一方の晦根嬉はコア連の立場を代表 して「問題単元課程墜領域(ヂ領域としての匿社会 科選雌)の意義を主張し,縫方の勝遜守一は教育科学硬 究会全羅連絡協議会(教科硬)の立場を代表して「教 科としての縫会群棲の意義及び系統的な地理・歴史教 育の意義を主張するものであり,そのことを通して互 いに「生活捲導と教科課程3の統一の意義及び野生活 課程と教科課程」の統一の意義を確認しあったことに 意義があったといわれている。(窪衿

 このような意義に簾えて,確認しておきたいことは 第一に本論争においてはコア連の野問題単元課程雌領 域の設定の意殊が講者において一定程度理解しあえた こと,第二にコア連の名称改称後の欝生連において

「教科としての鮭会科3という立場から軒8本歓会の 基本問題墜という鮭会科カリキュラム構想が提起され るきっかけをつくった講争であったということである。

 もっとも,以上の被会的課題の学習の二選馨の力婆 キュラム的繋癒は,』二律背反的にとらえがちではある が,今数的梶点から,これらを統一的にとらえること に意義を晃》だしえな継かということである。そのよ うな統一的なとらえ方は今響の「総合的学習韮論を豊 かにとらえ直す上で重要な意殊づけをしてくれるよう に患える.その点について取下に述べてみる。

2.社会的課題学習におけるヂ総合的学習」論  と社会科力琴キュラム輪

投会的課題学習はコア連の硬究史及び欝生連のr教

(4)

4 福島大学教育実践醗究紀要第舗野

稗としての娃会科聾構想の醗究成果を踏まえれば次の ような学習類型として整理できる。

 轡 力llキュラム全体におけるコアとしての新鶴題 単元課程」の学習類型一「総合的学習]領域としての ヂ総合的な学習の時閣」

 麟 「教稗としての社会科」の「8本鮭会の基本問 題3の学習類型一「教科としての娃会科雌における社 会的課題学習領域の設定(8井が雛束から提起してい る「融合社会科」鱗域で,戦後補鞘社会科における

「一一毅社会科」領域とほぼ重なるもの〉

 (31 コアとしての「問題単元課程まの学習は,まさ にコアとしての役割を果たしながら「生活単元課程輩

(墾わば教科外領域・自治活動領域。)や野系統単発課 程涯(いわば教科鎖域。ただしコア達後結では教糾領 域は漂難的には認めていない。)の諸領域との樽互関 連的学習を全体として保鐘する学習額璽一横瀬的・総 合的ないわばク欝ス的学習。

 以上において整理したように,社会的課題の学習は,

繕「総合的学習3領域として,/2拝教科としての社会 科ゴとして,(31「総合的学習3領域がコアとなって力 馨キュラム全体の穫籔的総合的学習・クβス学習を課 瞳するものとして,それぞれ展麗されて鮎・るととらえ

うる。

W 「コア・ヴキュラム」の理論と実際

潅.コア・カ》キュラム運動の出発

 コア幣力1ナキュラム連蟹(=コァ連〉は,欝聡(昭 秘23)年驚月に結成され,コア・力蔭キュラム運動を 広く全国に展講ずるためにヤ月鷺雑誌ζ力蓼キュラム雲 を欝49(羅秘24)年i湾に麟干暮した。

 コア連の鐵発点における力董3キュラム論のエッセン スは次のような,コア連結成の際1こ,東票高等騒範醗 属小学校講堂で闘かれた全蟹コア・力婆キ講ラム麟究 協議会の鷺上での海後勝雄の言葉に明縢に翼れている。

 「私は攣に鍵来の教科内容を繕合する合科的なコアを超 えて,新しい人澗を奮て圭1げるための教官内容の根本的見 薩しから鐡発したい。それは縫鋳にいわゆるスコープの鶏 題でもある。教育は子繰の発達薄能盤,その要求を麗麗さ せて,現実の被会に適癒させ,発展させるようにするため のものである。問題はこの縫合の講造と機能であるが,こ れは広く歓会科学の問題である。われわれは今蒙の社会諸 科学の水準でスコープを考えたい。私はこれを一臨生産・

政治・文イヒに構造づけたい。この現実の栓会の機能が行わ れるためには,その基礎的,準備的なものとして算数・妓 籍・霊誰その{竈の表現技徳などの修練が必要とされる。こ れまでの教科主義縁この基礎能力だけをいくつかに分けて 練習させたものであり,叢も大燐な鮭会生活そのもの,総 合された生活を内容とする時賜をもたなかった。コア教材 は何よむもまずこの生活させることを中心1こ入れ,単元と

憶弱一6

して学習活動に展開させることにある。子供はこの生活単 元の学習の遍程において基礎懸な練習(学馨)に当懇する。

その基礎的な諸能力を韓等かの漂選からグループづけたの が灘辺教誘に飽ならない。そこに中∫む教材と周辺教舞との 統一された構造がある」(窪8)

 以上の海後の言葉から,当時のコア連がエッセンス として引き鐡そうとしたものは,第一に学校と疑会を どうとらえるか(デューイの教育譲に基づく〉,第二 に鮭会の活動分析をふまえて生産・政治・文化として 構造磐け,これをコアとする,第三に周辺教梶を必要

とする,の三点に集約される。以上の三点をいかに方 響キュラムの全体購造の中に監置付けていくのかとい うところがら鐡発したのである。

 コア連は.当時の文藻省の推進する教科主義が}キ ュラムヘの幾判的立場から,教科纒織そのものへの再 験討を種びかけ,児童生縫の生活経験をコァ的活動と して,新たな力讐キュラムを購築しょうとする運動を 麗麗した。コア連による新しい力馨キュラム醗究は,

アメ鱗力のヴァージニアプランの「コア・力婆キュラ ム」に端を発し,我が覆独自の実態に合わせたがタキ ュラムづくセ)を摸索するものであった。

2.コア連によるギ3ア・力鯵キュラムユ構造論  の展雛

 購 「コァ・力勝キ藷ラム塞におけるコアの内容  コア連当窃の「コア・力陰キュラム涯の購造設1は,

海後氏の言葉にもあるように,「中心教軽」(二中心課 程または中核課程〉と「周透教紡3(薫震辺課程また

は基礎課程)という二課程からなる,単純な溺∫1〉円的 構造から鐡発した。

 二課程からなる方書ナキュラム構造論において開題と なるのが,中心課程と題辺課程の講容をどのように緩 織するか,二つの課程の相互関係をどのようにとらえ,

カリキュラムの全体構造に盤置付けていくのかであっ た。この問題は,コア連が常に力蓼キュラム構造論導こ 着§して論議を展開している隈蓼において離々の問題 ではなく,常に講時壷行的に論議が行われることにな

る。

 まず,生活経験単発による学習を中心課程に据え,

周辺課程はそれと騰達する基礎的・技能的な学習とし て,この二課程をがナキュラム全体に統一するための 講議がコア連内蔀において農関するのである。

 しかし,中心課程の内容がコア連内藩においてもま だまだ曖蘇なものであむ,それに基づく周辺課程の内 容については,具体的に定まるものではなかった。そ こで,コア連の初雛の論議は中心課程の内容が中心と

なった。

 当時コァ連委員長石山絡華氏は艶コアの内容につい て次のように運べている。

(5)

コア・力管キュラム構想と「総会的学習3・紅娃会科学習」(至) 5

 「…それは疑会の共選の生活課題の解決に絶する経験で あるから,鍵来の教科分類によれば縫会科の学習活動に最 も近いものであるが,しかしこれを中核のうちめ中核とし ながらも,そのほかに必要な経験要素を多方露から鰻飯し 統合しているが緬えに,実質的には娃会科よむも一懸広い 内容を有する統合的中該である」(漉鶴

 石出氏は戦後欝47(昭報22)奪に文藻省によって新 設された紅縫合科3を意識しっっ,娃会科を含むもっ

と広い意秣での内容をコアととらえている。それでは,

文離省による誓社会科墜とはいかなる教科であったの か。当鋳文蕊省による小学校ε社会科」の学習指導要 領製舞に携わった重授騰泰氏は.力鯵キュラム全体に おける小学校「鮭会科達の位置について次のように運 べている。

 「…すなわち,小学校の縫会科縁,その当擁から,きわ めて多1欝的な活動を,教懸にも発童にも許奮しょうとした

ものである。その愚昧でも教奮課程中の盤置は難題であっ た。二十二隼の末ごろ,私たちは地の学習捲導要頻の編纂 を邉当している人々(以麟の鑓書監修憲,当時は文藷事務 窟と呼ばれていた)1こ,娃会科を説聡し検討を受けたこと がある。その人々は,社会科に醒心をもち,教科の中でど のような泣麗を要求するかについて転注§していた。こと に申 さ教科としての特殊泣羅を要求しはしないかというこ と1こついて,警戒する∫む持があったのではないかと,患わ れる。私たちは,この会合において,二つのことを主張し た。その一つは,教壽課程そのものも文部省の天下鯵的1こ 決定してしまうべきものではなく,餐種の学習指導要領の 試案を実施しながら,濠進的に決定していくべきものであ るということであった。社会科が中心教稗であるかどうか の議譲は大して重要でない。飽の教科と多少重複するとこ ろがあっても,それは実践の場で,教懸警身の手によって 是蕉されうるということであった。今一っは,社会科は中 心教科というよ辱は,むしろ鞄の教科の土台ともいうべき ものである。子盤たちが,裟分裟身の生活,さらにその基 礎となっている自然に饅を饑き,これを考察していく力を つけようとするのであるから,これを土台として,蓬科・

国語・数学その纏の教科が発展していくのであって,高学 隼乃至中学の娃会科となるとシだんだん教税醗になってく

るが歩なおそれを土台にして,地遷や獲史,その懸の被会 科学的教科が生まれてくるのである,という考え方であっ た」(滋鋤

 文部省によって新設された「社会科」の性格と,そ の力撃キュラムにおける{壷鐙づけは当窃よむ問題挽さ れており,カ1タキュラム全体購造論を硬究の中心にお くコア連は,文藻省の学習指導要領による力琴キュラ ムとは異なる独§の力撃キュラム構造論を展開する。

また,教科否定の立場をとるコア連は,教科としての

「挺会科藤を認めていない。石山氏の「社会科」を意 識してのコアの内容も,文藻省1こよる教科としての ヂ歓会科墜とはその性格を異にするものである。

 次に,当時コア遠離委員長である晦根語氏はコアの 内容について,石山氏とは違った確論を靉靆する。

 旛根氏は,生活教育の徹底のためには,教科主義の カリキュラムではなく子供の生活経験を中心とした総 合的ながタキュラムにならなければならないという立 場から独窪の遅論を展開する。梅根氏はコアの内容に ついてゼ子僕中心主義ではこのコアの内容は子供の鬱 然の生活である蓼遊び潅であるべきだということにな 鯵社会中心主義では,それはむしろ社会に必要なゼ仕 灘でなければならぬ」と逐べ,r遊び」と野仕事」

についてその嬉立を調和させるべく.コアの内容を導 き鐙すための人聞の生活について,ゼ遊び雄「社会奉仕3

「職業活動墜の三つの領域に区離し,これをもとに 褻人生力鯵キュラム珪を設定する。晦鰻氏は「…人間 の一生はまず遊びに始まって遊びに終わるのが常懇で ある達として,これを学校にあてはめ「生港学校が生 濾することによって生活することを学んでいく学校で あるならば,生活学絞の力謬キュラムはその基本構造 において,この人生力撃キュラムそのものでなければ なるまい珪と違べ,コアの内窮を講ずるのである。(注

i至)

 以上のように石建1氏と梅根比のコアの内容に薄する 見解には違いがあ鯵,褥難におけるコア連肉離のコア の内容が統一されていなかったことがうかがえる。そ こでコア連は,コアの内容における講議を活発化し,

コアの内容を精選していくのである。

 麟 中心課程から露鴬生活課程が分化する過程  「コア・力鞍キュラムま㊧理講的概究が論議されて いく中で,コア連傘下の実践醗究も盛んに鴛われてい った.しかし,その実践1こおける中心課程の実態は多 様であった。現場では,鮭会科に重点をおくものが多 かったが,娃会科や理科を関連させたものや,その地 全教科にわたるものまで多様に震聡されたのである。

 こうして,コア連によるカリキュラム構造論は,実 践の影響を受けながら,中心課程についてその内容を 整窪していくのである。

 権根氏は,文麟雀による「縫会群」について,社会 機能から割磐越された「ごっこ遊び3を童な内容とし て作業単元を籔うことについて概利し,「行事登5綴織 的な猶常的文化活動3に着目する.まず,文藻省によ るがタキュラムに,「行事葺緩織的な8常的文化活動」

が綾羅付酵られていないことを概利し,それらを力写 キュラム全体に位置付ける重要性を主張する。次に,

コア連が設定する中心課程にも着目しながら,その内 容を明確化する上で,次のような提案を行うのである。

(6)

6 福島大学教育実践麟究紀要第3§号

 「…かくてわれわれは作業単元からなる中心課程の外に,

聡にこの種の行事や獲常約文建活動の課程を灘意する必要 があるG作業単元からなる課程を連続麟長単元課程とよぶ ならばこの第二の課程は題難約定難的小単元課程とでも響 ぶべき盤質のものである。繭者が大観模で後者が小規摸で あるという意辣から言えば単に薄姦を大単元課程後者を小 単元課程と露ってもいも・。講者が中心課程と呼ばれるなら ば後者は麟中心課程或いは第二中心課程(第二コァ〉とも よんでいいであろう。われわれ連盤は一穂麟者を中心課程,

後者を8常生活課程と呼ぶことに協定したがこれも絞称で ある。われわれは選1論的にも経験的にもこのような生活課 程,二覇藝のコア・コースが必要であること華こ至っている」

(注i2〉

 権根比は,中心課程の内容が雑多であったのに繁し,

そこから教科外的な「行事」紅綴織的な総常的文化活 動雌訟漏常生活課程を分化し,新たな課程として成立 すること,つまり,中心課程を{乍業単元と8常盤三活課 程轟こ分け,力琴キュラムの全体購造の中に有機的に緩 み込もうとしたのである。

 しかし.力琴キュラム全体構造の中に中心課程であ る作業単元と馨常生活課程をどのように位置付けるか という瞬題について,海後勝雄氏と権根落氏の論議が 展開される。

 癒縷氏は,馨常生活課程の重要性について次のよう に述べている。

 ヂ…否更に一歩すすめて言うならば,それ慧果たして第 二コアであるか,域いはむしろそれこそ第一コアに観する べきものであって作業単元の方がむしろ第二コアではない かというよう1こさえ考え得る。在来われわれがコアと考え て来たいわゆる作業単元の系粥,時に力勝フ孝ルニア的な 作業単元の系列はむしろ.この纏繞的な馨常約文姥活動の 基藏の上にのっかっている上縷建築麟なものであって,も し基底的なものがよむ根本的で,鍵ってよ鯵重要であると いう見解に立つならば,そうした作業単元の系列がむしろ 第二コアであるといっていいかもしれない。」(滋3〉

 梅根氏は,暮常生活課程が力鯵キュラムの土台とな ることを述べ,その重要性を主張する。一方梅根氏の 主張に蝿して海後氏は欝欝生活課程の極端な拡大を戒 め,次のように述べている。

 「…欝欝生活課程が予慧タ蓉に楽しく流せるからといって これを拡大して全鉢の力琴キュラムに馨常生活性を与える ようになることはいきすぎである。ことに高学年や中学校 の生経の学習で,被会的課題や総合的経営の問題に,プロ ジェクトとして取り績ませることは,今嚢の我が函として 重要な問題なのである。そのほか,文化遺産もしくは文化 継承としての力琴キュラムを,しっかむ子供の能力として

簿§§一6

身につけるまで学習させることは,金貸のよう惣高痩鑑 された抵会生活を考えると,灘にましてその重要性を麟 えつつあるということができよう。そのような認分は,

経連諜程として,もしくは独立した粥ル・コー・スとし て櫨当の時翼を醒するべきであると考える。B常生活課 程がしだいに多くの学習欝霞を姦めて,楽しくはあるが 琴藝代社会のきびしい礫境を忘れた,いわ塗る牧歌的な甘い 方響キュラムと化しないような絹 むが必要であろう。](漉

工4)

 海後氏は,梅根氏と共通して中心課程が「ごっこ遊 び」的に掻われることへの撹鵯を行うとともに,社会 の現状の変革や改善をめざしての中心課程の内容であ るべきことを強講ずると共に,文化遺産をしっかむと 子供の能力として身につけさせる学習の重要性につい て遽べている。

 権根比と海後氏の講議は,中心課程の内容がどうあ るべきかということに集約される論議であ鯵,中心課 程を作業単元と雛常生活課程の二つに分けること,{乍 業単元をゼごっこ遊び堅約に籔うことへの幾鵯は共通

した意見であるととらえることができる。

 権銀鼠と海後氏の論争がコア連内部で駿籠される中 で,コア連内藤にお》て,廣岡亮藏氏はコア連につい て次のような自己畿判を行っても、るα

 「…今後わが蟹の危機的課題は次の三つとなる。i.生 産復興 2.翰墨振興 3.前近代性払拭 これは薩接的 には経済や政治の課題であるととも1こ,隅ま斐詳葬こは教育の i探題でもあ翰目標でもある。…教育はいつも一定の璽i史的 現実1こおける営みであった。もっともくだらない歴史的麗 実にでも追随せよとすすめるっもむは私にはない。教養の 進諮は籔鐙釣鍵念は雛象的な,葬縫史的な存在ではなく,

歴史的縫会の異体姓にメタモルフ津一ゼしていくものであ る。錘史的被会の現実が盈しいものであれば,それから遊 離する教育は糧なし草にひとしい空虚なむだごとにすぎな (荘紛

 廣騨氏は,社会賜題の歴史的綾羅づけを欠麸た力撃 キ論うムを携鵯し,欝本のおかれているきびしい歴史 的現実をふまえたがタキュラムを設定する必要盤につ いて述べている。また,多くの学校で行われていた鐸 業単元の中1こは誓い牧歌的なものが多いことについて

も叢鷺判を待ったのである。

 巌根氏は,廣岡氏の霞ξ三幾宰彗により,聡題単発的要 素を重複する必要性を述べることになる。擁根比は,

まず,目的活動としての生活単元における欝常生活課 程にも作業単元にも,講者に違誕・はな》ことを確認す

るとともに,聾者をまとめて生活単元課程とし,有機 的な経連を持たせながら,甥の課程として問題単元課 程をカリキュラムに位置付けることを遠べるのであ

(7)

コア・力婆キュラム構想と「総合的学習卦「鮭会科学習謡(夏) 7

る。さらに,擁根比は問題単元課程の必要性につい て,これまでの「コア・力陰キュラム3が中心課程と 周遊課程という属心跨的な構造論についての権互関連 が表麟的だったことを反省すると共に,その穏互関連 をはかるため蓄こ,「霞常の生活及び生活単元の中での 学習経験の授省擬戦を当面の目的として鐡発するもの であるが,それ慧霞密な帽的の追求によって郷麟さ れな墾)知的活動であるが故に関係の溺察は次第に拡 大深化して,広い梶野のもとに盤面の問題を置いて 考えるようになる」開題単元課程を要求するのであ

る。

 8常生活課程が分達することによって中心課程の性 格を鮭会問題との関係でどのように編成するか,その 中心諜穫の位置と役割とは簿かが課題として生まれて

くることになる。

 麟 周辺課程と地理・歴史・公鷺硬〉位置付け  中心課程の内容が論議されていく中で,購辺課程の 内容の論議も活発化していく。中心課程と周辺課程の 有機的な関連を力鯵キュラム構造論として考えるコア 連は.縁辺課程の内容について,関連課程やド1タル・

コースと呼ばれるような,基礎的・技能的な学習をど のように位置付けるべきかという論議が展雛されるこ とになる。

 コア連が購懇する織辺課程は,社会生活に必要な基 礎的・技能的な学習を総合的尋こ展雛彗するためにはどう するべきかであ鯵,さらに,中心課程と密接に関わら せた上での周辺課程が講議されたのである。これ1ま,

文藻省による教科雛の基礎的・鼓能的な学習では,そ れぞれ離々に行われていくことによって,中心課程と の関連が不萌確になるという幾舞からである。しかし,

ここで開題となるのが,中心課程と灘接結びつかない 技能的な学習がある。饑えば,薪よみ・かき・そろば ん]等である。中心課程と総びつかない技能的な学習 をどのように周辺課程に醍直するのかの論議において も.一貫して力撃キュラム構造論を念頭においたうえ での論議の展聡であり,直接的ではなくても臨接的な 関連を考癒しながら,力婆キュラムに位羅づけるため の論議である。

 また,当蒔のコア連に対して,学力が低下するので はないかという撰覇が趨されていた。このような撹覇 に対して,馬場瞬郎氏は学力について次のように述べ ている。

 「…学力の意味が今露もはや単にゼよみ・かき・そろば ん譲的な基礎的技能や,縫来賠記科§と曄ばれてきた教科 にお継て棒暗記されたような無識学の有無のみを意賺する ものではないことは韓人も疑わなも、であろう。新しい教蕎 を主張する人々蓄こよれば,霧少年が現実の生活に直鬱して,

目らの力でこれを解決していく生活能力こそ学力の重要な

要絆であると考えている。すべての簿識や技能も結羅われ われの娃会生活の侮らかの場面において難いられるもので あむ,かような生活の場蠧毒こおいて有熱な働きを示すこと によってそれぞれの要素的経験と辱ぶことができるのであ

る。」(経絡〉

 馬場氏は,コァ連が主張する学力とは,生活場面に おも、て有効に働く能力であ鯵,単に「よみ・かき・そ ろばん」のような技能的なものではなく,総合的な生 きた能力であることを童張するのである。そして,コ ア連の主張する学力を育むための力謬キュラムの構造 につ墾て関連課麗(鷺麟辺課程)に涯§しながら次の ように運べている。

 「歪しく醗癒されて編成されている新しい力管キュラム,

特にコア・力謬キュラムは欝1題解決をめざす中心課程から 徳議されて,幾途に深くその技能を練む,また重要な知識 を問題解決とのつな海鏡蓼を背景1こおきなカまら集中詳聾こ深iめ た取ξ)擾いをも行うのである。コア・力琴キュラムが関連 課程としての基礎課程を行うのは鐙にこのためである。−

3ア・力嘆キュラムにお》ては,瞬題解決との甕接のつな がむは持たないがヤかなり時懸を購てたある時簸に中心課 程の穰題解決に役立てたり,また懸接的に釈絹される系統 約分イヒ学習をも教毒課程の一部事こ含んでも薄る。 ここでは練 習も積み,論鍵鹸系列によって積み上げていく系統的な学 習が行われる3(柱舞)

 馬場氏は,「コア・力喜多キュラム3について,夢系統的蕪 な学習を力撃キュラム構造に位置づけていることを強 調するものであり,縫会科でいうならば,臨題単元の 勉に,地理・歴史・公民(政治・経済・祇会分野〉を

「関連課程としての基礎課程」として「系統的」に位 置付けていることを主張するものである。また,醗述 の中心課程と直接結びつかない技能的な学習を周辺課 程として罫問題解決」の学習を媒介としながら力撃キ

ュラムに位羅づけようとのコア連憂)意識がうかがえる。

 玉9薦(昭秘24)隼琵月に,コア連は,馬場饗鶴氏を 中心として「コア・カリキュラム窪のかヌキ藷ラム全 体構造論の整理を行った。「コア・がヌキュラム垂の 構造は,中心課程と溝辺課程の単純な瞬心轡的機造で

はなくな鯵,騒罷越した騒常生活課程の露彗設なども.ε、く めて醤っのコースに整理された。磁鰺)

i 中心課程一作業単元を流す(驚連課程)直結して練習  習得すべきもの

2 騒常生活課程一挺会(絶交)生活に属するもの 3 教養課程一芸徳の鑑賞麟鐸体鳶,および娃会聖自然の  知的探究そのものを趣秣として身につける(宗教)(一

下線藻琴濡者淺〉

蓬 技能課程一基礎鼓能の反復練習

(8)

8 纏臨大学教書実験襲究紀要第3§号

気養

中心課程

露営生活課程

能一!.課

/〆程

3者の離合は教育の各靉靆

によって変化する

 以上の轡課程の中で,まず注目すべきは,中心課程 から第二コアとして騰常生活課程が分化したことであ

る。 8常生活課程の分化により,中心課程の内容の複 雑さが整礫された。次に,購辺課程がε教養課程涯と

「技能課程」にな紀),その内容を瞬確乾させるととも に,外部からの学力低下への幾判に遜えようとするも のである。ここで.地漣・歴史・公民(政治・経済・

社会分野)は「教養課程涯において「蛙会・§然の知 的探究」に位羅づけられたものと鑑察できるが,はた

して紅系統的」な学習として鐙統に位置づけられたか は,曖妹さを残していた。

3.「コア・方響キュラム」の意義と問題点  コア連の運動力種鱗9年の舞寺朗をピークと称されるよ

うに,コア連による力讐キュラム構造論は,中心課程 と周辺課程の観心円的講遜譲からよ静詳綱な多面的内 容をもつ構造蓬論へと整理されていくことになった。

r三屡購造涯論と「四課程構造雌講は平行して論議が 深められ・海根比によって「三展難領域」論として整 鯉されていくことになる。

 ドコア・力蜂キュラム」構造論を展開する中で,カ リキュラム全体購造論を明確化しようとしたコア連の 努力は,8本の教曹界に与えた影響も大きく,貴重な 力撃キュラム編成の経験であったと評慰することがで

きる。

 しかし,「コア・力勝キュラム]構造論は,選i論が 先行し,様々な障害や璽難が続継し,不満や撹料が多 かったことも事実である。常に力婆キュラム構造につ いて一貫した葺嚢論を展弱したことへの意義は高く評優 できるが,その反面軒樋式主義3ド形式主義」などの

緯弱一6

鍵鵯も糧次秘、だ。また,学力低下の開題やしっけの混 乱をめぐって,漫論を卷き込んでの概覇が,コア連に 擁してして行われたのである。この状浅に薄してコア 連はi瓢§(昭和器)年にゼわれわれの信条嵯を発表し,

またこれに先立って実験学校としてr総髭学園」と合 わせて,rがヌキュラム醗究辮」を設置し,鍵論と実 践の統一を蟹るための醗究活動を麗麗していくのであ

る。コア連は,題辺課程について中心課程との関連の 申で譲議を交わし,周辺課程に代わって,新たに「技 能課穫藩r教養課程3を設け,全体構造を鱗課程とし てその防朧を行おうとした。ヂ技能課程3「教養課程」

の新設は,周辺課程の発展とも考えられるが,学問的 発展をふまえた「系統的擁な学習とは言えない。また,

「ヨア・カ1タキュラム」が,段まい懇る経験主義」との 幾舞を受けるに至ったのは,中蓬ン課程における作…業単 元が,「ごっこ遊び]的な段階に止ま鯵,知識・技能 を経験に発展させるカ1タキュラム構造の理論が曖昧で あったためである。つま諺,コア連内外における概率彗 として「系統達の鬱念を明確にすることなく,中心課 程とその縁辺の関連にのみ論議が集中してしまった観

がある。

 以上の幾鵯に帰して,コア連はその羅究の真懸を発 揮すべく,自aの課題を克服する理論の展開を試みる のである。

(資料)コア・力解キュラム連盟年表

コア・が穿キュラム連盟麗孫事項 i鱗8年

欝婚

コア・力琴キュラム連盟設立協議会発起

l鎗氏による連蟹結成の招講釈を総絞に

ュ送

巨ャをかねて第一鬱金遜コア・力移キュ ラム醗究協議会を東京蔑等麟縫学校購属 小学校で開き,コア・がメキュラム連鷺

(葺ア連〉発達。(第一鶴醗究総会〉,東 京文礫群大学教育学麟究室(東京都文京 区大塚窪郷〉に本部を護く。

  ※委曇長石鐵鯖平,譲委翼長秘泉久雄・

  癒根緒・重松魔泰,幹事長海後勝錐 ii 網石購羅罐、学校プランの蓬葺究発表大会    (呉羅懸籟女子部醗霧小〉

i2 ・第二襲全露コア権力琴キュラム毒筆究協議   会(東京第一舗籍女子部,桜醗小)

i§嘆§年  i  機関紙ζ月干蒙力婆キュラム凄(誠文堂新

2

36

光社〉麟鷺

〈資料〉

石漆籍平rコァ・ヵ》キ像ラムヘの必然 性凄.権譲懐ゼ生活学校とコア・力鱗キュ

ラム≦(ぎ方響キュラム事号麟

関東地琶二}ア細力撃キュラム醗究鶉議会

(東京文選科大学)

福沢合憲瞬究集会(神奈燐・福沢小〉

コア・力勝キュラム醗究九州大会(大分・

(9)

コア・カリキニラム購懇と「総合的学習」・葬鮭会軽学習逢(玉〉 §

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i春麟}小)

…〈資料〉

…馬場瞬鶏「教育現場と新しいカ》キュう

陛媛蹴(長野 l

l甑轟轟ノ1・)

1〈資料>

箱根懸コ7.縛駈ラムと行勃

1建方騨キュラム新弩麟

 コア・力撃キュラム醗1究九蝕1大会(鹿難,

1島 大縛小)

1中学校教育醗究全馨大会(由梨・畢購鷺i l中)第二次醗究総会(東京潔港区・桜錐1

小学校〉

1※地域がナキュラムの箆較験試 力謬キ・

i蔦ラム構成の手続きを中心縅した醗究を1

モげ  ア

i{丁つ

i『力馨キュラム構疲の手琴瑟(コア連編〉

1発行 1<資料〉

i

1

梅根梧継常生活課程の重要性藩,簾ア i蓬「私たちのi悪く方響キュラムの構造」

露甥キュラ翻勢

i霞醗合宿醗究集会(熊本・畷癒小)

i麗東寺琴キュラム醗究大会(千葉・成鐙 隣小)

擁光難(鯨躯魎腿紛コ礎一

iの実験学校となる

…が建ユラ畷究鰍鯨都千代駆禅

麟離}小川ビル鶴)設立 1〈資料〉

!離縦r篠戦韻難活講」,

I

l広岡亮蔵算牧歌的力勝キュラムの露包摂:

1

i糊(勃讐キュラム嬉号雲〉

1学駕麗ぎカ》キュラム』(七瞬)発行

1

1紹ケ膿に禰)

1第三懸全醒コア・がタキュラム瞬究協議

!会(鼓隼・鮫察大鐸掘蕊翻心)

i「われわれの髭条」を作成

I

iコァ・力婆キュラム講究丸輯大会(大分・『

1春馨驚・1・)

※ r戦後隻活教育年表」(欝奉生活教育連盟鞍奉の生  活教育灘隼一子どもたちと瞬き舎いつづけて一凄掌文  縫)をもとに年表を作絞

       (轡記)

 本稿は,1〜黙認藁井,押は嚢井の搭導のもとに高 宮が執筆した。

(注i)

(注2〉

(捜3)

(注4)

(漉5)

(涯6)

(涯7)

(注8)

(涯§)

(注鋤

(磁歪)

(滋2)

(注至3)

(注i逢)

(滋5)

(注i§〉

(注至7)

(滋8〉

         (注)

 磯鍵一雄「コァ・カIJキュラム運動におけるカ1フ キュラム構造漣譲の展霧灘韓婁絹・穏透編ゼ教奮課 程総論違巣窟大学鐵叛会欝警隼)騒2頁

 磯懇一難黙葬書選5履3翼

 広1羅亮蔽「牧歌的力1穿キュラムの姦濫畿幕獣(罫方 響キュラムiさ号違王95巷年3霧)

 ここの「開題単元課程」を,徳根張はド教科以醜 の,超教稗的な課程」である,と麟懸守一との講争 で主張し,なおかっ,この課程をε社会科」と名韓 けている。そのような,いわば「領域としての議会」

観に対して,勝鐙は「教科としての蛙会科盛観を嬉 還している(「勝鐡・梅嬢譲争」)。

 鰺§3隼9月鍾8牽部常任委員購究会葬社会科改善 ついての撰案」ぼ力蔭キュラム灘号遷i§酪隼餐月〉。

なお以上の提案を発展させてまとめられたのが『生 活教葺の講進娃会科揚導計錘〈総競編准(欝罷隼5 月〉及びr生活教育の麟進娃会科指導案銭編誰(欝欝 年§月)においてであるQ

 馨教緩中央教鳶課程鍵裂委轟会置教畜課程改革試 案雲一ツ箱書募欝76年捻月

 たとえば今野喜清野解説達(郵蓉本教育論争史録第 瞬巻無代繕(下建策一法綬鐵飯株式会嫉欝鍵隼7 月〉など参黙

 晦根奮ギコア・が多キニラムの実践と窯張」(ぎ力 琴キュラム3§怨毒謄轟2葺三3鐸)

 石出鰭平「コア・カリキュラムヘの必然性](ゼカ リキュラム工号垂i§尊§零i舞〉

 重鞍鷹泰「第i章挺会群発建の事績」(ζ挺会科教 法遜譲文堂新光挺鴛55年)

 梅穣轄垂「生活学校とコア・カリキュラムー」(ゼカリ キュラムi号選欝4§年三月)

 梅縷幸吾「コア・カ}ナキュラムと行事」(『カリキュ ラム9号壌欝磐葺三9舞)

 梅綴擁}紅暮常生活課程の重要{生」(『カリキュラム 1i号違姫鱒年i絹)

 海後勝鑑「作業単発と8常生活課程」(郵力彗キュ ラム鯵号藻欝欝奪三3月)

 広舞亮蔵薪牧歌的力》キュラムの登呂撰1等彗」(蓼力 婆キュラムi§号凄i§5(》葺三3罵〉

 馬場羅部「教育甕実と新しいがメキュラム」(ゼカ 彗キュラム7{藩i{縫§年7欝)

 馬場露郎 購上

 :コア・力琴キュラム連盟「私たちの画く力撃ギュ ラムの構造」(蓼力琴キュラム簸筆捲欝裏}隼1玉屑〉

       (受遺月8 3月緯8)

参照

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