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化学と生物 Vol. 54, No. 11, 2016
はじめに:自己紹介から
夢みる力を鍛えよう! 挑戦しよう! 人と科学の出会 いで目標は実現できます.持続的で安定的な農業生産,われ らに続く世代のために,地球温暖化対策と地域環境保全は,
あらゆる施策の前提です.さまざまな手段を総動員して,輝 く未来を共創してまいりましょう.
所属していない学会の機関誌への投稿は新たな出会いを 予感できてワクワクします.農芸化学とはお友だちですが,
少し距離のある分野で生きてきたので,まずは自己紹介をさ せていただきます.2015年4月からの現職での担当は,バイ オマス,生物多様性,地球温暖化,再生可能エネルギーで す.農林水産省へ転籍する前は,1984年から農業・食品産 業技術総合研究機構にいました.うち,3年間はタイ国に JICA専門家として住んでいました.研究課題は,同時並行 で複数もちつつ,広域排水診断,農業集落排水処理,水質保 全,水管理,バイオマス利活用などを10年単位で変遷して いきました.現地調査,実験,シミュレーションが手段で す.自然科学系の仕事が多いですが,根幹は農村計画にあり ます.地域の問題解決を団体戦による技術のシステム化によ り成し遂げることに醍醐味を感じております.
日夜,先端技術の開発にまっしぐらという方も,一期一 会ですので,スルーしないで,最後まで好奇心旺盛にお読み いただけると嬉しいです.
プロジェクトメイキング:霞が関物語
バイオサイエンススコープの今シリーズでは,農林行政 に携わる行政官から研究者に対する情報発信を行っています が,私自身の本職は研究者でありますし,行政官としての経 歴はあまりに短いので,そうした立場から見た流石と思う行 政官ウォッチも交えさせてご紹介させていただきます.
霞が関で仕事をしていると,毎日のようにすぐ締め切り の作業が出てきます.そんななかでも,予算を獲得して国家 プロジェクトを企画していくプロセスに燃えます.たくさん の情報が飛び交うなかで,幹部の行政官の臭覚,スピード,
構成づくりからの学びは大きいです.題するなら,国家プロ ジェクトはいかにつくるかです.
ここでは,記憶に新しいと思われる地球温暖化対策を取 り上げます.2015年度から2016年度にかけての主な動きと しては,地球温暖化適応計画,COP21(パリ協定),エネル ギー革新戦略,エネルギー・環境イノベーション戦略,科学 技術イノベーション戦略2016, G7新潟農業大臣会合,地球温 暖化対策計画,バイオマス活用推進基本計画(改訂)などが ありました.
これらは,外部有識者を含むメンバーや委員長の人選,
複数回の会合,事務局による骨子・素案の提示と修正,関係 省庁協議を経て決定されていきます.会合での配布資料や議 事録は,ほとんどがホームページで公開されます.一字一句 の文言には,どの部局が施策の推進に責任をもつかが貼り付 けられます.修正意見を出す場合には,その根拠と理由が求 められます.ある施策を推進しようと思ったら,しかるべき 文言が入る必要が生じます.必ず聞かれるのは予算の裏づけ はあるのか,フォローアップに耐えられるのかということで す.文言が入れば予算要求の根拠にもなります.ただし,何 の保証もありません.一方,文言が入っていないと予算要求 の根拠を失います.まさに,鶏と卵の関係です.
地球温暖化対策となる研究開発のネタはたくさん持ち合 わせています.あれこれ提案しますが,こうしたい,こうす るべきだという夢を語る場ではないようです.上記のような 大きな決定に即して,今,提案していることが必要だと言わ せるストーリーが重要です.ニーズ,シーズ,投資効果,実 施主体候補,過去の施策との関連など説明事項は多岐にわた ります.まさに,針に糸をとおしていくようなプロジェクト メイキングです.
こういうなか,センスと経験ある行政官の方々は,情報・
情勢の分析,折衝,人脈を駆使して戦略を練り上げていきま す.ある方は,論理的合理性の追求と表現されていました.
私のようなにわか行政官がそのノウハウを簡単にマスターで きるものではありませんが,とても参考になります.また,
かつて,このような苦労の末に成立したプロジェクトに研究 開発責任者として応募し担当できたことに感謝の気持ちが膨 らみました.
この記事が掲載となる時期まで,今,同僚とともに考えて
地球温暖化対策 ・ 地域環境保全への技術貢献
柚山義人
農林水産省農林水産技術会議事務局研究調整官 農政新時代を切り拓く技術の現在と未来-5
日本農芸化学会 ● 化学 と 生物
バイオサイエンススコープ
854 化学と生物 Vol. 54, No. 11, 2016 いる平成29年度の新規プロジェクト提案が生き残り,将来の
研究担当者に活躍の機会がつくれることを念願しています.
地球温暖化と地域環境保全の対策:持続的 農業生産あってこそ
地球温暖化対策を講じること,地域の環境保全を推進す ることに総論として異議を唱える方はいないでしょう.前者 には気候変動に伴う極端現象への対応,適応策,緩和策が対 象になります.後者は,水質,土壌,生きもの,臭気,煙,
大気汚染物質,景観などが対象になります.洪水,渇水,自 然災害への対応も広義には含まれるでしょう.環境悪化は外 部不経済を,環境保全は外部経済をもたらしますが,当該分 野の農業研究の意義については直接的な投資効果を説明しづ らいところに悩ましさがあります.目下の課題は,環境によ いことをすることを農業の収益性向上,地域経済の発展につ なげることです.なぜなら,持続的農業生産には,良質の水 と土,栄養・有機物の供給,病虫害・雑草防除,種子更新,
営農者,花粉を媒介してくれる昆虫,エネルギー・資材・関 連設備や機械,再生産に必要な利益などを確保する必要があ るからです.
私は,自然豊かな農村で生まれ育ち,田んぼ,ため池,
里山が身近でした.人の営みによって守り育まれる自然や生 きものの恩恵は計り知れません.生物多様性に関する研究プ ロジェクトの運営管理の担当になり,生きものがますます気 になり,いつもキョロキョロ観察をしています.図1は,知 人に描いてもらったカエルのイラストです.食物連鎖の中間 に位置し,水とのかかわりが深い指標種です.図2は,毎日 の通勤時に日比谷公園の池でよく出会うアオサギです.鳥類 は移動性が大きいですが,一般の方々にも馴染みがあり訴求 力が高いので,慣行農業と環境保全型農業・有機農業の水田 への飛来や採餌の差に注目しています.
何らかの対策は,人(組織),技術,制度,情報,資金の 面から成立させることが必要です.対策技術は,物理,化 学,生物学的方法に大別されます.具体的な技術貢献には何 があるでしょうか.ここでは3つの例を紹介します.これら を通して,農芸化学分野の方々が出番を手繰り寄せていただ くとともに,積極的にアドバイスや提案をいただけたら幸い です.
1. エネルギー・環境イノベーション戦略
エネルギー・環境イノベーション戦略(1)は,COP21で言 及された「2 C目標」,さらには「1.5 C努力目標」の達成の ために,世界全体で抜本的な排出削減のイノベーションを進 めることが不可欠との認識で策定されました.
有望分野としては,①AI,ビッグデータ,IoT等の活用 によるエネルギーシステム統合技術,②次世代パワーエレク トロニクス,革新的センサー,多目的超伝導などのコア技 術,③革新的生産プロセスや超軽量・耐熱構造材料による省
エネ技術,④次世代蓄電池や水素等製造・利用による蓄エネ ルギー技術,⑤次世代の太陽光発電や地熱発電による創エネ ルギー技術,⑥CO2固定化・有効利用技術が特定されまし た.また,大胆な研究開発体制の強化を掲げています.
農林水産分野の貢献としては,本戦略で掲げられている エネルギーシステム統合技術の農業・農村への展開,工業圏 で発生するCO2の資源としての農業利用,バイオマスから化 石資源由来の資材を代替えする有価物の製造,植生などによ る効率的なCO2の固定が考えられます.革新技術としては,
熱を安価に貯蔵・搬送する技術開発が期待されます.
2. 4/1,000イニシアティブ
このイニシアティブはCOP21でフランス政府から提唱さ れたもので,わが国も参加しています(2).これは,世界の陸 地土壌の炭素含有率を毎年0.4%上昇させると,化石資源の 燃焼などによって排出されるGHGの排出量相当となり,地 球温暖化の進行を止めることができるというものです.画期 的な大作戦です.2016年5月に新潟で開催されたG7農業大 臣会合の宣言でも言及されていました.
図1■カエルは生物多様性を象徴する指標
図2■環境保全効果を訴求力高く説明できるアオサギ
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このイニシアティブの実現可能性を考えていると,わが 国では相対的に農地土壌の炭素含有量が多いこと,10年で 4%増加させるとなると倍以上の含有量になること,2030年 に向けた農地吸収源対策を超えた水準であること,コストに 見合うそれなりの収入増加を期待しがたいなど問題は山積み です.しかし,世界には劣化した土地はたくさんあり,そこ への継続的な有機物投入は,農業地図や気候を一変させるか もしれません.わが国で基盤的な手法を開発し,現地適正技 術をそれぞれの国・地域へ展開したいものです.
次世代のために仕組むべき研究プロジェクトを考えてい ると,土壌炭素量は,先史時代からずっと減り続けていると いう図に出会えました.さまざまな土壌や営農に対応した GHGの排出・吸収に関する研究は進んできています(3).
さて,具体的にどのように土壌の炭素含有量を増加させ るかですが,すぐに分解してしまうような有機物施用では成 立しません.地域にあるバイオマスや用途のない副産物を回 収し,土壌改良剤になるバイオチャー(炭)などを製造し,
効率的に施用する技術の開発はいかがでしょうか.個々の工 程での技術はローテクでも,排水改良,IPM,ケイ酸補給,
酸度矯正などともつなげ,インセンティブ付与も含めて安定 的な生産に貢献していきたいです.わが国での効果は限定的 としても,世界的に見ると劣化した土壌・植生は多く,大き なポテンシャルがあります.その再生は,気候・気象変動の 緩和,食料生産の増加をもたらしてくれるはずです.
土は,本当に重要と思います.陽さんは,土の力を18 cm の奇跡と表現し警鐘を鳴らしています(4).映画『サティ シュ・クマールの今ここにある未来』でも,大切なものとし てSoil, Soul, Societyが挙げられています.生命という意味 合いです.持続的農業生産と地球温暖化の緩和につながる土 づくりの技術開発と導入が望まれます.
3. バイオマス利活用
バイオマス利活用は,この15年間での私の主要テーマで す.農業分野では資源循環が第1の目的と認識しています が,地球温暖化対策になること,地域環境保全に貢献するこ とを前提に推進してきました(5).周到に計画・運営しない と,その両立はかないません.
バイオマスのほかの再生可能エネルギーに比べての特徴 には,エネルギーとともに資材をつくり出すこと,固体・液 体・気体燃料をつくれること,貯蔵性があること,地域活性 化との親和性が高いことが挙げられます.
ここで一つの経験を紹介します.総務省がバイオマス利 活用の政策評価(6)を行うに際し,CO2削減量を指標にするこ とになりました.バイオマス利活用をエネルギー生産と捉え ると,CO2削減量は変換によって生成されるバイオガス,
BDF,バイオエタノールなどの熱量の原油換算値から計算 されます.そうしますと,エネルギーを生産しない堆肥化事 業などは適切に評価されない危険性があります.そこで,
CO2削減量だけで評価するのは不適切で,その方法を用いる 場合にも生成資材のもつ間接エネルギーを評価すべきという
意見を出し,取り入れられました.農業で使うエネルギーに は,燃油,電気,熱,ガスなどがあり,これらは直接エネル ギーと呼ばれます.農業で使う資材など(化学肥料,農薬,
種苗,施設・設備,水管理サービス)が間接エネルギーで す.
ここしばらく注目し応援したいと思っているのは,創エ ネに資する成長の早い草木の育成・導入,カーボンマイナス 農業の実現,セルロースからの新たな糖産業の創出,木質リ グニン産業の創出,藻類産業の創出,乾式メタン発酵技術の 精緻化,さまざまな技術のシステム化です.
先端技術と地域問題解決のための技術:あ なたの出番は
研究開発にはさまざまな目標設定がなされます.地球温 暖化対策・地域環境保全にかかわる研究開発においても同様 です.期間や予算規模はさまざまです.先端技術の開発は新 規性が重要で基礎から長い時間をかけて行い,地域問題解決 型の技術開発は既存技術の改良やシステム化により短期間で 成果を生み出すという違いがあるように思います.前者は論 文や知的財産の確保が,後者は社会実装と目に見える貢献と 横展開が求められます.先端技術の開発ではあっと驚く異分 野連携が,地域問題解決型の技術開発では社会科学系・農業 経営系の研究者の参画が効果的と思われます.
昨今,イノベーションという言葉をよく耳にします.響 きがよく憧れます.ある先生は,提案された研究課題をご覧 になって,それは,インプルーブメント(改善)だとおっ しゃいました.既存の発想や経験からはイノベーションは生 み出せません.自らのひらめきとともに,小学生の夢,ある いは上映開始当時のバック・トゥ・ザ・フューチャーからヒ ントを得て,技術的裏づけの可能性を積み上げていくのがよ いのかもしれません.技術的特異点(シンギュラティー)と どう向き合うかは意識しておくべきです.
必ずものにすべき技術開発とイノベーションの可能性を 秘めたハイリスク・ハイレターンの研究開発は,スキームを 分けてつくるべきです.目的基礎から実用化までをつなぐプ ロジェクトはどのように生み出せるものでしょうか.「地球 温暖化と地域環境保全の対策」で例示したエネルギー・環境 イノベーション戦略の展開は,そのチャレンジになることで しょう.
時代を先読みする調査結果(7)もアンテナを高くしておく観 点からレビューしておくとよいでしょう.最近目にした科学 技術予測調査は丹念な作業をされていると思いました.あな たの立ち位置や出番が見えてくるかもしれません.
夢見る力を鍛える:ビジョンづくり
仕事には,ビジョン,シナリオ,プログラムをこの順に
日本農芸化学会 ● 化学 と 生物
856 化学と生物 Vol. 54, No. 11, 2016 つくっていくことが必要と言われます.それは,研究者個
人,組織としても同じです.個人としては,組織に身を置き 役割が変わる場合も多いでしょうが,信念あるいは想いに相 当するビジョンは,手段としてのプログラムや工程としての シナリオをPDCAの中で見直しつつも,大切にしたいもの です.共感を得られることが条件になります.言い換えれ ば,自分の専門分野の貢献による未来の姿を夢として描き実 現することです.もし,そのような整理をされていない方 は,夢見る力を鍛えるためのトレーニングとして,この機会 にやってみられたらいかがでしょうか.図3は,その際に念 頭においていただきたい,社会貢献や新たな価値の創造(8, 9) の考え方を組み込んだ設計図の例です.自らの立ち位置,研 究開発の内容,あるべき未来の姿をデザインいただけたらと 思います.
私からのメッセージを披露して結びに代えます.未来社
会には,技術革新により機能・効率を徹底的に追及した部分 と,心の豊かさを重視した部分が共存します.農村地域に は,生きもの,水資源,土地資源,バイオマス資源,太陽光
(熱),水力,風力,温泉,地熱,地域情報(伝承),伝統行 事,芸能,慣習・文化,景観(観光資源),人的資源などの さまざまな地域資源が存在します.これらの宝ものを発掘・
フル活用し,徹底した資源循環と生産基盤の再整備により,
化石資源に依存しないエネルギー生産型農業・農村システム を確立します.食べものの生産と食生活,環境,暮らし,エ ネルギー利用が健全で美しい防災力の高いスマート・ビレッ ジ(10)をともに創り上げていきましょう.KPI(重要業績評価 指標)は,EPR(エネルギー収支比)>1.3の実現で,現状か らの改善は,地域のエネルギー支出の減少,1.0を超える部 分は農山村の新たな収入源になります.
文献
1) 総合科学技術・イノベーション会議:エネルギー・環境 イノベーション戦略,2016.
2) Ministry of Agriculture, Agrifood and Forestry, France:
JOIN THE 4 ‰ INITIATIVE, http://agriculture.gouv.
fr/sites/minagri/files/4pour1000-gb̲nov2015.pdf, 2015.
3) 白戸康人:土壌の炭素貯留で地球温暖化の緩和,北陸地 域環境保全型農業推進シンポジウム,2014.
4) 陽 捷行: 18 cmの奇跡 ,三五館,2015.
5) 柚山義人:バイオマスタウンの構築と運営,農研機構農 村工学研究所,2013.
6) 総務省:バイオマス利活用に関する政策評価書,2011.
7) 文部科学省科学技術動向研究センター:第10回科学技術 予測調査「国際的視点からのシナリオプランニング」, 2015.
8) 福岡正伸: 感動と共感のプレゼンテーション ,風人社,
2004.
9) 斉藤 徹: BEソーシャル! ,日本経済新聞出版社,
2012.
10) 柚山義人:農村計画学会誌,33,21(2014). プロフィール
柚山 義人(Yoshito YUYAMA)
<略歴>1984年京都大学大学院農学研究科修士課程修了/同年農 林水産省農業土木試験場採用/1999年タイ国水管理システム近代 化計画(JICA)専門家/2002年農業工学研究所地域資源部室長/
2006年農研機構農村工学研究所農村総合研究部チーム長/2011年 同研究所資源循環工学研究領域上席研究員/2015年農林水産省農 林水産技術会議事務局研究調整官<研究テーマと抱負>環境,エ ネルギー,経済が調和するエネルギー生産型農業・農村の構築<
趣味>ジョギング,山歩き,自然観察,地域活動,ワークショッ プ
Copyright © 2016 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.54.853 図3■私の研究開発で拓く未来のデザイン