二〇一九(平成三十一)年度 東北学院中学校入学試験問題
〈前期2教科型〉
国 語
注意事項 一.受験番号・氏名を解答用紙にはっきり記入してください。
二.解答は、すべて解答用紙に記入してください。
三.解答用紙だけを提出してください。
二〇一九(平成三十一)年一月七日 (月)
九時~九時五〇分(五〇分間)
著作権に関する注意
本校の入試問題は著作権の対象となっており,著作権法で保護されています。
「私的使用のための複製」や「引用」など著作権法上認められた場合を除き,無断で複製・転用することはできません。
お 断 り
本校の入試問題中で引用した文章・文献等について,著作物保護の観点から一部掲載を控えた箇所があります。ご了承ください。
所。 、家でも学校でもなく、その中間地点にあるような場所です。
な
ぜ、このサード・プレイスが重要なのか。それは大人にとっては、家族であれば親として、仕事であれば労働者もしくは経
営者として、それなりの責任をもって行動しなくてはならない束 そく縛 ばくがありますが、サード・プレイスはそのような責任から解放
されて自分自身をとりもどす機会を提供してくれるからです。
サ
ード・プレイスは、公式ではない集まりの場として機能しています。この「公式ではない集まりの場」というのは、都市に
おいてとても重要な意味をもっています。それは、ちょっと大げさに言えば、民主主義をはぐくむ場ともいえるのです。おたが
い共通の利害をもっていない市民が集まって、いろいろと議論をするうちに、そのような議論を通じて、共通の問題意識をもつ
グループができていくかもしれません。
最
近では、インターネットの普 ふ及 きゅうによって、そのような「公式ではない集まりの場」が、場所という空間をこえて形成される
ようにもなってきています。会ったこともないのに、インターネットのあるサイトで、チャットなどで情報交 こう換 かんなどしていくう
ちに、だんだんと親しみをもっていくようなこともあるかもしれません。 、インターネットという仮想空間でのコミュニ
ケーションと、実態のある都市という空間における五感によるコミュニケーションとでは、その質が異なります。
都 市デザインの研究をされ、旭 あさひ川 かわ市の買物公園などを設計した大阪大学名 めい誉 よ教授である鳴 なる海 み邦 くに碩 ひろ先生は、都市空間は基本的に
「イエ的な空間」と「ミチ的な空間」に分けられるといいます。「ミチ的な空間」とは、多くの人々が通行や遊びに利用する、道
路や広場のことなのですが、鳴海先生はそれを「自由空間」とも呼んでいます。 、「たんに交通のみの場ではなく、そこ
は自然と出会い、人と出会い、さまざまな仕事や情報と出会う場であり、それが都市らしさを支えている」からです。サード・
プレイス的な機能をもった、より公共的な空間だともいえます。
ア
メリカのフロリダ州に、シーサイドというリゾートタウンがあります。一九八一年にできた、まだ歴史の浅いまちです。こ
この開発を計画したロバート・デービスという人は、それをつくるうえで、アメリカが失ってしまった古きよきコミュニティを
再生することを意識しました。そのためにデービスは、設計を依 い頼 らいした建築家とともに世界中を旅行し、うまく機能しているコ
- 2 -
C
D
柑
B
桓
次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。
自分の居場所
をつくることも、まちを楽しむうえでの重要なポイントです。
この場合の居場所は、家とか学校とかではありません。家では、きみたちは家族という社会単位の一員です。子どもとしての
役割を担うことが求められます。親とちがって、家族を扶 ふ養 ようする責任はないかもしれませんが、好き勝手にわがままにふるまう
ことはできません。学校でもやはり、学生としてしっかりと勉学、スポーツに精を出すことが求められます。それなりに学生と
してふるまうことが求められるのです。
家は、自分が自発的に選んだわけではありません。親を子どもが選べないのと同様に、家は自分の意思とは別に、そこで生活
させられるところです。 、家出という選 せん択 たく肢 しがないわけではないですが、生活していく経済力がない子どもや未成年は、
家で過ごすことを余 よ儀 ぎなくされます。学校はあるていど自発的に選ぶことができますが、学校自体に行くことは自分の意思とは
関係なく、強制であったりします。中学校までは義務教育ですし、高校もとりあえず働きたくないから、という弱い目的意識の
人も含 ふくめて、多くが通っているのが日本の現状だと思われます。
それらに対して、私がここで提案している「自分の居場所」とは、家でも学校でもなく、誰にも強要されずに、自分の自発的 だれ
な意志で、そこに行く、そこにいるような居場所です。わかりやすい例だと、放課後に友だちと集まる喫 きっ茶 さ店 てんやダンスサークル やバンド仲間が集 つどうスタジオ、公園にあるバスケットボール・コートのようなところです。『二〇世紀少年』の秘密基地なども、
そのような場所です。
このような場所は、サード・プレイスとも言われます。サード・プレイスは、ファースト、セカンド、サードのサードです。
三番目という意味ですし、野球が好きな人にはとっつきやすい言葉だと思われます。さて、このサード・プレイスですが、何
に対してサードなのでしょうか。ファースト・プレイスは「家」、セカンド・プレイスは「職場」です。学生の場合は、これは
「職場」ではなくて「学校」になります。それでは、サード・プレイスとは何かというと、ファーストでもセカンドでもない場
一
※
※
- 1 -
A
※
敢
著作物保護のため掲載を控えます
所。 、家でも学校でもなく、その中間地点にあるような場所です。
な
ぜ、このサード・プレイスが重要なのか。それは大人にとっては、家族であれば親として、仕事であれば労働者もしくは経
営者として、それなりの責任をもって行動しなくてはならない束 そく縛 ばくがありますが、サード・プレイスはそのような責任から解放
されて自分自身をとりもどす機会を提供してくれるからです。
サ
ード・プレイスは、公式ではない集まりの場として機能しています。この「公式ではない集まりの場」というのは、都市に
おいてとても重要な意味をもっています。それは、ちょっと大げさに言えば、民主主義をはぐくむ場ともいえるのです。おたが
い共通の利害をもっていない市民が集まって、いろいろと議論をするうちに、そのような議論を通じて、共通の問題意識をもつ
グループができていくかもしれません。
最
近では、インターネットの普 ふ及 きゅうによって、そのような「公式ではない集まりの場」が、場所という空間をこえて形成される
ようにもなってきています。会ったこともないのに、インターネットのあるサイトで、チャットなどで情報交 こう換 かんなどしていくう
ちに、だんだんと親しみをもっていくようなこともあるかもしれません。 、インターネットという仮想空間でのコミュニ
ケーションと、実態のある都市という空間における五感によるコミュニケーションとでは、その質が異なります。
都 市デザインの研究をされ、旭 あさひ川 かわ市の買物公園などを設計した大阪大学名 めい誉 よ教授である鳴 なる海 み邦 くに碩 ひろ先生は、都市空間は基本的に
「イエ的な空間」と「ミチ的な空間」に分けられるといいます。「ミチ的な空間」とは、多くの人々が通行や遊びに利用する、道
路や広場のことなのですが、鳴海先生はそれを「自由空間」とも呼んでいます。 、「たんに交通のみの場ではなく、そこ
は自然と出会い、人と出会い、さまざまな仕事や情報と出会う場であり、それが都市らしさを支えている」からです。サード・
プレイス的な機能をもった、より公共的な空間だともいえます。
ア
メリカのフロリダ州に、シーサイドというリゾートタウンがあります。一九八一年にできた、まだ歴史の浅いまちです。こ
この開発を計画したロバート・デービスという人は、それをつくるうえで、アメリカが失ってしまった古きよきコミュニティを
再生することを意識しました。そのためにデービスは、設計を依 い頼 らいした建築家とともに世界中を旅行し、うまく機能しているコ
C
D
柑
B
桓
著作物保護のため掲載を控えます
さ
て、このような豊かな東京の都市イメージをもっていたり、家と学校以外に大切なサード・プレイスをもっていたりする高
校生にとって、東京という大都市で生活していることはとても楽しいことかとも思われます。しかし、そのようなイマジネーショ
ンをもっておらず、たとえば のように、家というファースト・プレイスと学校というセカンド・プレイス、そして、そ
れをつなぐ電車の線しか描けない場合は、ちょっともったいないかと思います。
そのような人は、
まちを探検するといいと思います。
す こし緊 きん張 ちょうするかもしれませんし、背 せ伸 のびをした気分になるかもしれませんが、きみたちの世界観をちょっと広げてくれるよ
うな効果がきっとあるでしょう。知らない本に出会ったり、知らない音楽に出会ったり、知らないファッションに出会ったり、
そしてなにより、変わった人に出会ったりするかもしれません。おもしろい建物や荘 そう厳 ごんな宗教建築に、そのまちの歴史に思いを
めぐらし、興味をひかれるかもしれません。
私
もふりかえれば、多くのことをまちから学びました。まちが私の先生であったといえるかもしれません。かならずしもいい
ことばかりを教えてくれたわけでもありませんが、まちを通じて大人として求められる作法とか社会で生きていくうえで不可欠
のことを教わったように思います。
(服部圭郎『若者のためのまちづくり』より)
※扶養…養うこと。 ※余儀なく…やむをえない。
※『二〇世紀少年』…漫 まん画 が作品のタイトル。
問一
本文中の
〜 にふさわしい語を次の中から一つずつ選び、記号で答えなさい。
ア
たとえば
イ
つまり
ウ
しかし
エ
もちろん
オ
なぜなら 問二
部敢「自分の居場所」とはどのようなものですか。本文の言葉を用いて三十字以内で答えなさい。なお、句読点や記号も一字とし、以下同じとします。
- 4 -
棺
地図4
AD ミュニティの要件を探りました。その結果、パブリック・スペース(公共空間)がコミュニティに活力をもたらすこと、自動車
ではなく、歩いて日常生活の用を足せることが重要であることがわかりました。
シ
ーサイドでは、町の中心部に会議室、郵便局やよろず屋、カフェなどを配置するようにしました。多くの住民がこの中心部
に来ることになり、そこで知り合ったり、交流したりできるようにするためです。まさに、サード・プレイスを計画的に配置し
たのです。
私
は、この本を書くために、高校生にアンケート調査をしました。現役の高校生が自分の住んでいる都市をどのようにイメー
ジしているのかを知るために、東京の文京区にある高校の生徒たちにアンケートに協力してもらいました。自分たちが思い描 えがく
東京の地図を描いてもらったのです。
協
力してくれた一九二名のうち、ファースト・プレイスである家を記したのが三三名でした。そして、セカンド・プレイスと
して学校を記したのが四七名いました。しかし、この高校生たちが、いかに東京という都市を楽しんでいるかを知るためには、サー
ド・プレイスをどのように表現したかを分 ぶん析 せきすることが必要でしょう。残念ながら、サード・プレイスをしっかりと描いてくれ
た高校生はそれほど多くはいませんでした。しかし、その数名の高校生が描いてくれた地図は、いろいろなことを語りかけてく
れます。 では、自宅と学校以外に某 ぼう男子校にハート・マークをつけたり、個人的に思い入れのある地区が記されていたりしま
す。アニメの主人公が住んでいる地区まで描かれているのはご愛嬌ですが、東京という都市空間に対する豊かなイマジネーショ
ンをうかがい知ることができます。おそらく、この高校生は豊かなサード・プレイスを東京にもっていると思われます。
地
図2も、東京という都市空間に対する豊かなイメージを、描き手がもっていることがわかります。後楽園や東京タワー、皇
居などのランドマークを起点としてイメージが広がっていることが推察されます。
地 図3は、先の二つの地図とはちがって簡素ですが、辰 たつ巳 みプール(東京辰巳国際水泳場)が強調して描かれています。おそら
く、これを描いた学生にとって、この場所は重要な意味をもつのでしょう。
- 3 -
地図1
著作物保護のため掲載を控えます
さ
て、このような豊かな東京の都市イメージをもっていたり、家と学校以外に大切なサード・プレイスをもっていたりする高
校生にとって、東京という大都市で生活していることはとても楽しいことかとも思われます。しかし、そのようなイマジネーショ
ンをもっておらず、たとえば のように、家というファースト・プレイスと学校というセカンド・プレイス、そして、そ
れをつなぐ電車の線しか描けない場合は、ちょっともったいないかと思います。
そのような人は、
まちを探検するといいと思います。
す こし緊 きん張 ちょうするかもしれませんし、背 せ伸 のびをした気分になるかもしれませんが、きみたちの世界観をちょっと広げてくれるよ
うな効果がきっとあるでしょう。知らない本に出会ったり、知らない音楽に出会ったり、知らないファッションに出会ったり、
そしてなにより、変わった人に出会ったりするかもしれません。おもしろい建物や荘 そう厳 ごんな宗教建築に、そのまちの歴史に思いを
めぐらし、興味をひかれるかもしれません。
私
もふりかえれば、多くのことをまちから学びました。まちが私の先生であったといえるかもしれません。かならずしもいい
ことばかりを教えてくれたわけでもありませんが、まちを通じて大人として求められる作法とか社会で生きていくうえで不可欠
のことを教わったように思います。
(服部圭郎『若者のためのまちづくり』より)
※扶養…養うこと。 ※余儀なく…やむをえない。
※『二〇世紀少年』…漫 まん画 が作品のタイトル。
問一
本文中の
〜 にふさわしい語を次の中から一つずつ選び、記号で答えなさい。
ア
たとえば
イ
つまり
ウ
しかし
エ
もちろん
オ
なぜなら 問二
部敢「自分の居場所」とはどのようなものですか。本文の言葉を用いて三十字以内で答えなさい。なお、句読点や記号も一字とし、以下同じとします。
棺
地図4
AD
著作物保護のため掲載を控えます
問六 部棺「まちを探検するといいと思います」について、筆者がこのようにすすめるのはなぜですか。三十字以内で説明
しなさい。
- 6 -
問三 部柑「なぜ、このサード・プレイスが重要なのか」について、なぜサード・プレイスは都市において重要なのですか。
本文の言葉を用いて二十字以内で答えなさい。
問四 部桓「ミチ的な空間」に当てはまらないものを次の中からすべて選び、記号で答えなさい。
ア
家や学校
イ
公園にあるバスケットボール・コート
ウ
インターネットのチャットサイト
エ
道路や広場
オ
郵便局やよろづ屋、カフェ
問五
次 の図は本文中の地図1〜4です。この中から、に当てはまるものをそれぞれ一つ選び、記号で答えな
さい。
アイウエ
- 5 -
地図4地図1 問三 部柑「なぜ、このサード・プレイスが重要なのか」について、なぜサード・プレイスは都市において重要なのですか。
本文の言葉を用いて二十字以内で答えなさい。
問四 部桓「ミチ的な空間」に当てはまらないものを次の中からすべて選び、記号で答えなさい。
ア
家や学校
イ
公園にあるバスケットボール・コート
ウ
インターネットのチャットサイト
エ
道路や広場
オ
郵便局やよろづ屋、カフェ
問五
次 の図は本文中の地図1〜4です。この中から、に当てはまるものをそれぞれ一つ選び、記号で答えな
さい。
アイウエ
- 5 -
地図4地図1 問三 部柑「なぜ、このサード・プレイスが重要なのか」について、なぜサード・プレイスは都市において重要なのですか。
本文の言葉を用いて二十字以内で答えなさい。
問四 部桓「ミチ的な空間」に当てはまらないものを次の中からすべて選び、記号で答えなさい。
ア
家や学校
イ
公園にあるバスケットボール・コート
ウ
インターネットのチャットサイト
エ
道路や広場
オ
郵便局やよろづ屋、カフェ
問五
次 の図は本文中の地図1〜4です。この中から、に当てはまるものをそれぞれ一つ選び、記号で答えな
さい。
アイウエ
- 5 -
地図4地図1
著作物保護のため掲載を控えます
問六 部棺「まちを探検するといいと思います」について、筆者がこのようにすすめるのはなぜですか。三十字以内で説明
しなさい。
いた悠人の顔が硬 こう直 ちょくし、怯 おびえたように曇 くもっていく。
「ええんや、信也。ボール、受けられへんかってもええんや」
正
浩はゆっくりと立ち上がり地面に転がっているボールを拾った。そして信也に向かって思い切り投げる。ビュンと、ボール
が空気を切る音がする。
信 也は正浩が投げたボールを難なく受けると、また同じように空気を切り裂 さく音を強く立てながら、正浩に返球する。ボール
が胸に当たるバチンという音だけが、何度も何度も繰り返される。
「なあ信也。悠人、さっきはちゃんと、おまえの顔を見ながら逃げとったと思わへんか」
信 也の投げたボールが高く逸 それたのを、ジャンプして両手でつかむと、正浩が穏 おだやかに話し出した。信也は首を傾 かしげたまま、
正浩からのボールをいとも簡単に胸で止める。
「おれの顔見ながら?」
「うん。おれが帰ってきた時は、悠人、頭を抱 かかえこむようにして逃げてたやろ?
そら、
あんな逃げ方してたらボールは見えへんし、
ましてや受けるなんて絶対無理や。でも、さっきは悠人、おまえや水樹ちゃんの顔見ながら逃げてたんや。すごい上達やで」
全力でボールを投げるのをやめて、
正浩はふわりと高いボールを投げた。信也は正浩の話を黙 だまって聞いている。線の細い正浩と、
体格のいい信也は、二歳 さい年の差があるとはいっても、こうしていると同級生のようにも見えるし、ボールを投げる速さや、体の
使い方だけなら、信也の方が年長に見えるくらいだ。
「なあ信也。これから悠人には、相手の顔を見ながら逃げることだけ、教えてやれよ。ボールは受けられなくてもいいから」
「そんなんじゃ、またやられてしまうやろ」
「そんなことない。頭抱えて目え瞑 つぶって逃げるんと、相手の顔を見ながら逃げるんとでは全然違うで」
悠 人は思い込みが強い。一度「恐 こわい」と思ってしまうと、どうしようもなく恐くなる。頭で考える前に、体と心がすべてを拒 きょ
絶 ぜつしてしまう。そんな悠人にただ「立ち向かえ」と教えても、絶対に無理なのだと正浩は信也を諭 さとす。
- 8 -
桓次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。
下を向いたまま、
悠 ゆう人 とはしゃくり上げ始めた。
正浩は困ったなという顔を見せたが、またいつもの微笑を浮かべて、 まさひろびしょうう
「ほな、お兄ちゃんも今日は一 いっしょ緒に寄せてくれや、信 しん也 やとの練習。せっかく塾 じゅくから早く帰れたし、おれもたまには遊びたいわ」
と悠人の頭を何度か
撫 なでた。そして足元に転がっていたボールを信也に蹴 けり返すと、
「信也と水 みず樹 きちゃんが外野な。おれと悠人は中で逃 にげるわ」
と 勢いよく駆 かけ出した。信也はにこりともせずにボールを手にすると、水樹に「向こう側に回れ」というふうに手で指示を出
した。「よし、お兄ちゃんと一緒にボールに当たらんように逃げるでっ」
はしゃいだように正浩は悠人と手を
繋 つないで、コートの中をいったりきたり、走り回る。
「な、悠人。一回も当たらへんかったやろ?」
し ばらく続けた後、塾用のリュックの中から水 すい筒 とうを取り出すと、それを悠人に手 て渡 わたしてやりながら、正浩が言った。確かに、
信也と水樹が二人を挟 はさみ込 こんでボールを投げていたが、手を繋いだ正浩と悠人はそのボールの軌 き道 どうから上手に外れ、球をかすめ
ることすらなかった。正浩に手を繋いでもらい安心しているせいか、悠人はこれまでの動きがなんだったのかと思わせるくらい
に、俊 しゅん敏 びんに走ることができた。だが信也は、
「でも、悠人、一回もボール受けてへんやん。これやったら今までと同じや。こんな練習、意味ない」
と
不 ふ機 き嫌 げんな顔をして、怒 ど鳴 なるようにして声を荒 あらげる。
「こんな練習したって、いつまでたっても悠人はボールを受けられへん」
せ
っかく悠人がまた、練習を再開しようとやる気を出したのにと、水樹は信也を睨 にらむ。正浩の隣で、笑いながらお茶を飲んで
二
※
- 7 -
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敢
柑
A
著作物保護のため掲載を控えます
いた悠人の顔が硬 こう直 ちょくし、怯 おびえたように曇 くもっていく。
「ええんや、信也。ボール、受けられへんかってもええんや」
正
浩はゆっくりと立ち上がり地面に転がっているボールを拾った。そして信也に向かって思い切り投げる。ビュンと、ボール
が空気を切る音がする。
信 也は正浩が投げたボールを難なく受けると、また同じように空気を切り裂 さく音を強く立てながら、正浩に返球する。ボール
が胸に当たるバチンという音だけが、何度も何度も繰り返される。
「なあ信也。悠人、さっきはちゃんと、おまえの顔を見ながら逃げとったと思わへんか」
信 也の投げたボールが高く逸 それたのを、ジャンプして両手でつかむと、正浩が穏 おだやかに話し出した。信也は首を傾 かしげたまま、
正浩からのボールをいとも簡単に胸で止める。
「おれの顔見ながら?」
「うん。おれが帰ってきた時は、悠人、頭を抱 かかえこむようにして逃げてたやろ?
そら、
あんな逃げ方してたらボールは見えへんし、
ましてや受けるなんて絶対無理や。でも、さっきは悠人、おまえや水樹ちゃんの顔見ながら逃げてたんや。すごい上達やで」
全力でボールを投げるのをやめて、
正浩はふわりと高いボールを投げた。信也は正浩の話を黙 だまって聞いている。線の細い正浩と、
体格のいい信也は、二歳 さい年の差があるとはいっても、こうしていると同級生のようにも見えるし、ボールを投げる速さや、体の
使い方だけなら、信也の方が年長に見えるくらいだ。
「なあ信也。これから悠人には、相手の顔を見ながら逃げることだけ、教えてやれよ。ボールは受けられなくてもいいから」
「そんなんじゃ、またやられてしまうやろ」
「そんなことない。頭抱えて目え瞑 つぶって逃げるんと、相手の顔を見ながら逃げるんとでは全然違うで」
悠 人は思い込みが強い。一度「恐 こわい」と思ってしまうと、どうしようもなく恐くなる。頭で考える前に、体と心がすべてを拒 きょ
絶 ぜつしてしまう。そんな悠人にただ「立ち向かえ」と教えても、絶対に無理なのだと正浩は信也を諭 さとす。
桓
著作物保護のため掲載を控えます
「もう……あかん。おれが倒 たおれてしまうわ」
そ う言うと、階段の一番下に座りこんで乱れた呼吸を整える。水樹は、呼吸のリズムに合わせて上下する正浩の華 きゃ奢 しゃな肩 かたや薄 うす
い胸を見ていた。
「やっぱり正浩ちゃんはすごいわ。悠ちゃん、ちゃんとボールよけられるようになったもんな」
水樹がはしゃぐと、
「ほんまや。こんな短い練習時間やのになあ」
と正浩は立ち上がり、悠人の頭の上に手を置いて撫でる。
「正浩ちゃんは、なんでもわかってるんやなあ。悠ちゃんのことも、なんでも」
水樹は思わず正浩の
腕 うでをつかんだ。兄と同じ年のはずなのに、正浩といるとなんだか学校の先生と一緒にいるような錯 さっかく覚に陥 おちいる。
「ボールを投げてくる奴 やつの顔を見ながら逃げる。これが悠人の闘 たたかい方や。人によって、闘い方はそれぞれ違うんや。だから、自
分の闘い方を探して実行したらええねん」
「自分の闘い方?」
「悠人は悠人なりの。信也は信也の。水樹ちゃんは水樹ちゃん、おれはおれ。自分に合ったやり方を見つけたら、とことんそれをやっ
たらええんや。無理することはないって」
「かっこ悪くない?
逃げてばっかりやったらかっこ悪いって、信ちゃんが言うんや」
悠人が
甘 あまえるように正浩の方をまっすぐ見上げた。
「かっこ悪ないよ。悠人、おまえ今お兄ちゃんを睨 にらみつけながら、えらい素 す早 ばやく走ってた。たくさんのこと考えんと、走って走っ
て走って逃げたらええんや」
正浩が力を込めたぶんだけ、悠人の目に力が
漲 みなぎっていく。
「ドぉは、どりょくのド。レぇは、れんしゅうのレぇ」
- 10 -
棺 款
※
歓
「今はボールを受けることはせんでいいよ」
正 浩が断言すると、信也はやってられない、という顔をしてボールを足元に置いた。そして正浩の胸の辺りに向かって強く蹴 け
り出すと、
「そしたらお兄ちゃんが教えてやって」
と言い残し、そっぽを向いて家とは反対の方向に歩いて行ってしまった。
やれやれ、という表情で正浩は足元に転がったボールを拾うと、
「悠人、あとちょっとだけ続きやろっか」
と優しく声をかける。
「水樹ちゃんも付き合ってくれる?
コートの中に、悠人と一緒に入ってやって」
水樹が悠人の手を引いてコートの中に立つと、
「悠人、お兄ちゃんの顔見ろよ。投げるぞ」
と 正浩がボールを投げてくる。緩 ゆるやかな放物線を描くボールは、虫 むし捕 とり網 あみでも捕らえられそうなくらいゆっくりと投げられ、
水樹と悠人は余 よ裕 ゆうの横走りでその球をよけた。
正
浩は、ボールを投げると反対側に走り、自分でそのボールを拾い、また投げては反対側に走る。肩で息をしながら何度も何
度も、その動作を繰り返した。
そ
のうちに、正浩が「投げるぞ」と声をかけないでも、悠人の体は自らボールをよけるようになり、視線もボールが飛んでく
る方向に向けられるようになった。
「すごいな悠ちゃん、ちゃんと目、開けてられるようになったやん」
水 樹は、笑 えみさえ浮かべながら楽しそうにコートの中を走る悠人に向かって拍 はく手 しゅした。いつもの萎 い縮 しゅくした感じも、怯えた感じ もなく、悠人は次に自分に向かってくるだろう球筋を読みながら、体を翻 ひるがえせるようになった。
どれくらい、練習を続けただろう。ついに正浩がばててしまった。
- 9 -
※
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B
※
著作物保護のため掲載を控えます
「もう……あかん。おれが倒 たおれてしまうわ」
そ う言うと、階段の一番下に座りこんで乱れた呼吸を整える。水樹は、呼吸のリズムに合わせて上下する正浩の華 きゃ奢 しゃな肩 かたや薄 うす
い胸を見ていた。
「やっぱり正浩ちゃんはすごいわ。悠ちゃん、ちゃんとボールよけられるようになったもんな」
水樹がはしゃぐと、
「ほんまや。こんな短い練習時間やのになあ」
と正浩は立ち上がり、悠人の頭の上に手を置いて撫でる。
「正浩ちゃんは、なんでもわかってるんやなあ。悠ちゃんのことも、なんでも」
水樹は思わず正浩の
腕 うでをつかんだ。兄と同じ年のはずなのに、正浩といるとなんだか学校の先生と一緒にいるような錯 さっかく覚に陥 おちいる。
「ボールを投げてくる奴 やつの顔を見ながら逃げる。これが悠人の闘 たたかい方や。人によって、闘い方はそれぞれ違うんや。だから、自
分の闘い方を探して実行したらええねん」
「自分の闘い方?」
「悠人は悠人なりの。信也は信也の。水樹ちゃんは水樹ちゃん、おれはおれ。自分に合ったやり方を見つけたら、とことんそれをやっ
たらええんや。無理することはないって」
「かっこ悪くない?
逃げてばっかりやったらかっこ悪いって、信ちゃんが言うんや」
悠人が
甘 あまえるように正浩の方をまっすぐ見上げた。
「かっこ悪ないよ。悠人、おまえ今お兄ちゃんを睨 にらみつけながら、えらい素 す早 ばやく走ってた。たくさんのこと考えんと、走って走っ
て走って逃げたらええんや」
正浩が力を込めたぶんだけ、悠人の目に力が
漲 みなぎっていく。
「ドぉは、どりょくのド。レぇは、れんしゅうのレぇ」
棺 款
※
歓
著作物保護のため掲載を控えます
問一 部A「しゃくり上げ始めた」、B「そっぽを向いて」の意味としてふさわしいものをそれぞれ一つ選び、記号で答え
なさい。
ア
声や息を吸い上げるように泣き始めた イ
こわくなってふるえ始めた A「しゃくり上げ始めた」 ウ
声を出さずに泣き始めた
エ
怒りで顔が赤くなり始めた オ
涙が次から次に流れ始めた ア
見下して イ
無視して B「そっぽを向いて」 ウ
視線をそらせて
エ
あおぎ見て オ
白い目で見て 問二 部敢「はしゃいだように正浩は悠人と手を繋いで、コートの中をいったりきたり、走り回る」について、なぜ正浩は
このようにふるまったのですか。その説明としてふさわしいものを次の中から一つ選び、記号で答えなさい。
ア
せっかく塾から早く帰れたので、年下の弟たちと思い切り遊びたいから。
イ
練習がうまくいかない悠人がしょげているので、元気づけようと思ったから。
ウ
信也が不機嫌そうな様子なので、楽しい気分にさせてやろうと思ったから。
エ
塾で忙しくて弟たちと遊べないので、この機会につぐないをしたいから。
オ
悠人や信也と一緒に遊ぶことで、弟たちの成長を確認したいと思ったから。
健検検検検倦検検検検倹
健検検検検倦検検検検倹
- 12 -
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高らかに悠人が歌いだしたので、水樹は思わず吹き出し、
「なにその歌」
と笑う。ドレミの歌のメロディにおかしな歌詞がついている。
「信ちゃんが作ってくれたんや。勇気がなくなったら歌えって。続きあるんやで、聞いててや」
ドはどりょくのド、レはれんしゅうのレ。ミはみずきのミ、ファはファイトのファ……。
「ミは、水樹のミなん?」
「うん。信ちゃんがそうしようって。水樹ちゃんの顔を思い出すと頑 がん張 ばれるから」
悠人は言うと、また最初から歌い出す。調子の外れた歌声に水樹と正浩は目を合わせて笑い、歌い終わるまで静かに聞いた。
(藤岡陽子『手のひらの音符』より)
※俊敏…すばやいこと。
※放物線…ものを投げたときにできる山なりのカーブ。
※萎縮…縮こまること。
※華奢…か弱い様子。
- 11 -
著作物保護のため掲載を控えます
問一 部A「しゃくり上げ始めた」、B「そっぽを向いて」の意味としてふさわしいものをそれぞれ一つ選び、記号で答え
なさい。
ア
声や息を吸い上げるように泣き始めた イ
こわくなってふるえ始めた A「しゃくり上げ始めた」 ウ
声を出さずに泣き始めた
エ
怒りで顔が赤くなり始めた オ
涙が次から次に流れ始めた ア
見下して イ
無視して B「そっぽを向いて」 ウ
視線をそらせて
エ
あおぎ見て オ
白い目で見て 問二 部敢「はしゃいだように正浩は悠人と手を繋いで、コートの中をいったりきたり、走り回る」について、なぜ正浩は
このようにふるまったのですか。その説明としてふさわしいものを次の中から一つ選び、記号で答えなさい。
ア
せっかく塾から早く帰れたので、年下の弟たちと思い切り遊びたいから。
イ
練習がうまくいかない悠人がしょげているので、元気づけようと思ったから。
ウ
信也が不機嫌そうな様子なので、楽しい気分にさせてやろうと思ったから。
エ
塾で忙しくて弟たちと遊べないので、この機会につぐないをしたいから。
オ
悠人や信也と一緒に遊ぶことで、弟たちの成長を確認したいと思ったから。
健検検検検倦検検検検倹
健検検検検倦検検検検倹
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次の 線部
①
〜⑤
のカタカナを漢字に直し、⑥
〜⑩
の漢字の読みをひらがなで書きなさい。
①
ウチュウ
ステーション。
⑥
チーム
一丸となる。
②
人工 エイセイの打ち上げ。
⑦
身を
粉にして働く。
③
急速な技術
カクシン。
⑧
八百屋
でリンゴを買い求める。
④
成功を
オサめる。
⑨
問屋から小売店に商品を
卸す。
⑤
全力を
アげる。
⑩
不易流行
三
- 14 -
問 三
部柑「正浩の隣で、笑いながらお茶を飲んでいた悠人の顔が硬直し、怯えたように曇っていく」について、この時の悠人の気持ちを四十字以内で説明しなさい。
問 四
部桓「信也は正浩の話を黙って聞いている」について、この時の信也の気持ちの説明としてふさわしいものを次の中から一つ選び、記号で答えなさい。
ア
自分の理想の練習方法を正浩に否定されて、なんとか正浩を説得しようとする気持ち。
イ
水樹の前で正浩が悠人を上達させたため、自分の立場がなくなりくやしがる気持ち。
ウ
悠人の上達ぶりにおどろいて、自分よりも指導のうまい正浩をねたましく気持ち。
エ
正浩の言う悠人の変化はわかるものの、まだ素直に受け入れることができない気持ち。
オ
正浩の話に
納 なっ得 とくし、今まで自分がとってきた練習方法の間違いを反省する気持ち。
問 五
部棺「正浩といるとなんだか学校の先生と一緒にいるような錯覚に陥る」について、この描写から正浩がどのような人物であると読み取れるか、答えなさい。
問 六
部款「悠人が甘えるように正浩の方をまっすぐ見上げた」について、この時の悠人の気持ちの説明としてふさわしいものを次の中から一つ選び、記号で答えなさい。
ア
自分が上達したことを実感し、正浩にもっとほめてほしいと思う気持ち。
イ
自分が上達した姿を水樹の前で見せることができて満足している気持ち。
ウ
これまでボールから逃げてばかりいた自分をふりかえって恥ずかしく思う気持ち。
エ
逃げる闘い方はやはりかっこ悪いので、別の闘い方を教えてほしいと願う気持ち。
オ
自分の闘い方にまだ自信が持てず、本当にそれでいいのか確認したい気持ち。
問 七
部歓「正浩が力を込めたぶんだけ、悠人の目に力が漲っていく」について、正浩との練習を通して悠人はどのように変わったことが読み取れますか。二十五字以上、三十五字以内で答えなさい。
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①
〜⑤
のカタカナを漢字に直し、⑥
〜⑩
の漢字の読みをひらがなで書きなさい。
①
ウチュウ
ステーション。
⑥
チーム
一丸となる。
②
人工
エイセイの打ち上げ。
⑦
身を
粉にして働く。
③
急速な技術
カクシン。
⑧
八百屋
でリンゴを買い求める。
④
成功を
オサめる。
⑨
問屋から小売店に商品を
卸す。
⑤
全力を
アげる。
⑩
不易流行