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ポスト 3.11 のコミュニケーション ―「絆」の分析を通して―

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2012 年日本コミュニケーション研究者会議プロシーディング用原稿

ポスト 3.11 のコミュニケーション

―「絆」の分析を通して―

吉武 正樹(福岡教育大学)

1.私が被災者支援活動を始めるまで

2011年3月11日、研究室でインターネットを通じて東日本大震災の速報を目にし、当時まだ アナログであったテレビのスイッチを急いでオンにした。ブラウン管の中では、恐らくヘリコプ ターであろう、南北に長く伸びた東北の海岸へと向かう高波を上空から捉えていた。それはまる で横一列に乱れることなく整列し、今まさに敵地に攻め入らんばかりに突撃している軍隊のよう にも見えた。やがて波は人間をあざ笑うかのように軽々と防波堤を乗り越え、海へ向かう川を逆 流し、縦横無尽に田畑を横切り、さきほどまで人々が生活を営んでいたはずの家々を無慈悲に押 しつぶし、街を破壊していった。鳥瞰的な視点から映し出された映像にほとんど人影はない。し かしながら、テレビ画面に映し出されずとも明らかにそこには呼吸し、脈打つ人々の存在が「あ った」。そこにいたはずの数々の見えない命の存在を思うと、胸が引き裂かれたように痛む。

被害状況が次第に明らかになるにつれ、私たちが未曽有の大惨事に遭遇したという現実を目の 当たりにすることになる。街は壊滅し、死者・行方不明者は1万人を超えた。さらには、マスメ ディアやソーシャルメディアで繰り返し流される地震や津波の映像は、見ている人々の心にも被 害の大きさへの認識を半ば暴力的に強要し、原発事故をめぐって飛び交う不明確でさまざまな情 報が人々の不安を煽った。

「何かしなければ…」という焦りのような感情が、粘着質な物体のように私の心の奥底にねっ とりと貼りついていた。日本を連続した国土と見たとき、九州と東北は東西の両極に位置する。

「遠方」の九州にいる私には被災地に親類や仲の良い友人はおらず、「自分こそが動かねば」とい う強迫観念を感じざるを得ない個人的な事情はなかった。精神的にはどんよりとした気持ちのま ま、4月初めまでの1ヶ月普段と何かわらぬ生活を送っていた。

そんな私が勤務する福岡教育大学にて4月中旬から支援活動を始めるには、ひとつのきっかけ があった。3 カ月後に控えた日本コミュニケーション学会の年次大会の基調講演者がたまたま、

現在日本最大級の被災者支援組織である「ふんばろう東日本支援プロジェクト」代表西條剛央氏 であり、同学会の学術局の仕事をしていた私は著書、ブログ、ツイッター(Twitter)等での西條 氏の言動をフォローしていたのだった。そのため早い段階から、宮城県出身の西條氏が震災に関 するレポートをブログにつづり、「ふんばろう」をシステム化していく一連の動きをリアルタイム で目の当たりにする機会に恵まれた。次々に実現されていく効率的な支援システムは、行政を介 した非効率なシステムとは異なり、「必要なものを必要な人に必要な分だけ全国にいる送れる人が 直接送る」まさに画期的なシステムであった。実際、西條氏の言動やツイッターでの様子を追っ ていると、一日単位で次々に物が届けられていく様子が手に取るように分かった。

こうした展開を前に、私は「『ふんばろう』の仕組みを使えば、九州の片田舎にいてもできるこ

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とがいっぱいあるのではないか。しかも、所属組織で人々の協力を得れば、個人で行う以上の大 きな支援活動の波ができるのではないか」というインスピレーションを得たのだ。これは使わな い手はない。長くせず、私は西條氏に感染されるように学内で動き始めた。

まずは理解者と協力者を集める必要があった。そこで私は学内で「ふんばろう東日本支援プロ ジェクト」を使った被災者支援活動の説明会を開くことにした。私の描いていた構想は以下のよ うなものだ。まず、「ふんばろう」のサイト内に更新される必要物資のうち、学内で集めることが できそうなものをピックアップし、大々的に学内の教職員および学生らに呼び掛ける。それを協 力者らといっしょに収集、梱包し、同時に募った募金を使って集めた物資を現地へ直接発送する。

つまり、「ふんばろう」を用いれば、まさに「必要なものを必要な分だけ必要な所に直接送ること ができる」のだ。

実は私自身も西條氏同様「ボランティア経験」があったわけではない(西條、2012a)。当然の ごとく、最初は正直迷う気持ちもあった。学生に対し「ふんばろう」の説明会を開催するには、

まず学生らに説明会を周知し、参加を呼び掛けなければならない。母校に勤める私は、20年ほど 前にこのキャンパスで学園祭に出す部活の店のビラ配りをしたことがあるが、まさか先々教員と してビラ配りをすることになるとは思わなかった。校門から坂を上ってくる学生に頭を下げ、時 に無視されながらビラ配りをする自分を想像すると、流石にちょっとしたプライドのような感情 が刺激され、それを拒む自分がいたことも確かである。しかし、記憶に刻まれた被害状況を思い 起こすと、自分の「プライド」や「悩み」など現地の方々の苦しみと比べればほんの些細なこと のように感じられた。しかも、そのころ私は「孔子曰、我四十にして惑わず」という年齢を数か 月後に控えており、孔子の教えの通り、私の中から自然に「惑う」気持ちが消えていったという こともあった。私は意を決し、ビラ配りをすることにした。ありがたいことに、英語研修を世話 した学生やルーム生(ゼミ生)、私の授業を受講した学生ら数名も一緒に配ってくれ、無事に説明 会の開催に至った。4月19日、震災より1カ月と1週間ほど経ってのことである。

説明会には計30名以上の学生と2名の教員が参加し、本人の同意のもとその場で簡易的なメー リングリストを作成することができた。募金も 5000 円ほど集まり、活動資金もできた。最初に メンバーから譲ってもらったドライヤーを発送したのが4月22日、学内で呼びかけ集めた食料物 資の第一便を送ったのが連休明けの5月6日。そうこうしているうちに、特に意欲のある学生ら の呼びかけで活動をサークル化することにし、私がその顧問になった。最初は「ふんばろう東日 本支援プロジェクト@福岡教育大学」(略して「ふんばろう@FUE」)として活動し、その後名称 を「被災者支援サークルあくしゅ」に変更し、参考資料にあるような活動を行ってきた1。できる だけ多くの人に知ってもらい、「これなら自分たちもできる!」という思いを共有してほしいと考 え、本学の広報誌に見開き一ページの特集を組んでもらったり2、朝日新聞の取材を受け記事にし ていただいたり3、学内で行われた震災関連のシンポジウムで活動を紹介したり、積極的に外に向 けた発信も意識して行ってきた。

1 福岡教育大学被災者支援サークルあくしゅブログはその記録である。http://fumbarofue.jugem.jp

2 福岡教育大学「広報誌JOYAMA」第21号, pp. 10-11。

http://fue.ac.jp/download.rbz?cmd=50&tg=95&cd=306&inline=1

3 朝日新聞(九州版)2011825日朝刊に掲載。

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3 2.コミュニケーション学と支援活動の乖離

私自身が以上のような支援活動に従事してきたこともあり、先に述べた日本コミュニケーショ ン学会年次大会で設けられた、震災とコミュニケーションに関するランチミーティングで発言す る機会があった。実はそのとき、それまでの 3ヶ月の活動とコミュニケーション学との関係につ いて語るためのはっきりとした言葉を、自分の中に持ち合わせていなかった。私の意識の中にお いては、私が主導してきた支援活動はコミュニケーション学者としてというよりも、一個人とし てのものであったと思う。むしろ、震災とコミュニケーション学は私の中では「接続」していた というよりも、「断絶」していたといっても過言ではない。もしかしたら、震災という現実とコミ ュニケーション研究者としての私の間に横たわる乖離を埋めるためにこそ、支援活動という実践 的な行動をとったのかもしれない。

東日本大震災から1年以上が過ぎ、日本コミュニケーション学会年次大会から約9ヶ月たった 今(執筆時2012年3月)、日本コミュニケーション研究者会議という場で、事後的にではあるが、

今回の震災をコミュニケーション学的に解釈してみたいと考えた。しかし、何について話そうか。

発表をお引き受けした2012年1月の時点で、私の脳裏に2つことが浮かんできた。

一つは、2011年の今年の漢字にも選ばれた「絆(きずな)」とテレビ等で頻繁に用いられた「が んばろう日本」という、2つの言葉に対して私の中でくすぶっていた違和感である。誤解された くないのだが、「絆」や「がんばろう日本」という言葉を掲げながらすばらしい活動をされている 人も多く、そういう方々の挙げ足を取るつもりは毛頭ない。例えば、俳優の渡辺謙が世界に呼び かけたプロジェクトkizuna3114は芸能人の応援のメッセージや歌、朗読を通して人々の心を支え、

同サイトからつながるUNITED FOR JAPAN5では海外のセレブリティたちがメッセージを寄せ、

寄付を訴えている。また、震災から1年後の春の選抜高校野球の選手宣誓では、

日本中に届けます。感動、勇気、そして笑顔。見せましょう!日本の底力、絆を。我々高 校球児ができること、それは全力で戦い抜き、最後まであきらめないことです。いま野球 ができることに感謝し、全身全霊で正々堂々とプレーすることを誓います。

と高らかに宣言し、見ている人々の心を揺さぶった。そのような「個別」の活動や思いを別にし て、社会的にこれらの表現が連呼されるとき、その空気に対し当時の私の心の中に何か引っ掛か るものがあった。今回の論考でその違和感について紐解いてみたいと考えた。

二つ目は、学内で支援活動を展開するにあたり、東北から見ると日本の反対側にある九州とい う土地にいて、どうしたら学内の人たちや「あくしゅ」のメンバーが震災をもっとリアルに感じ ることができ、より積極的に支援活動に協力・従事してくれるだろうかという、それまで多々問 い続けてきた疑問である。個々の事情があるため致し方ないことではあるが、どうしても私や「あ くしゅ」メンバーと他の学内の人々との間には温度差があったし、さらには「あくしゅ」メンバ ー間でもそういう差が少なからずあった。この点についても、今回の論考を機にぜひ考えてみた いと思った。

以上の 2つの課題に共通するのは、人と人との.....

「つな...

がり」...

を. どう..

捉えるか....

ということだ。そ もそもサークル名である「あくしゅ」も、まずは被災地にこちらから手を差し出してつながって

4 http://kizuna311.com/(2012年3月22日アクセス)

5 http://www.uniteforjapan.org/u4j/(2012年3月22日アクセス)

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いきたいという思いがあり、そこに握手する際のあの「ぎゅっ感」を込めた名前にしたという経 緯がある。ちょうど2011年の漢字に選ばれた「絆」に対する違和感について記した小論を2011 年12月13日に「あくしゅ」のブログに寄稿しており、それから長くせずお話をいただいたこと もあり、この「絆」についての考察を糸口に、震災における「つながり」の意味を手繰っていけ るのではないか、という直感めいたものもあった。そんな思いを胸に、本稿の題目を「ポスト3.11 のコミュニケーション―『絆』の分析を通して―」とすることにした。

3.「絆」への違和感

まずは「絆」への違和感という「糸口」から見ていこう。「絆」とは震災前から存在する日常語 である。広辞苑によると「絆」には二つの意味があり、一つは「馬・犬・鷹など、動物をつなぎ とめる綱」、もう一つは「断つにしのびない恩愛。離れがたい情実」である。震災以後に多用され ている「絆」の意味は後者の方であろう(斎藤、2011年12月11日)。

以上のことを念頭に置き、「絆」という概念が成立する前提条件として、以下の2点が取り出せ ると考える。一点目は「絆」が「恩愛」や「情実」という「情緒面」を指す言葉であること、二 点目は「絆」が示す結びつきとは、つながるという行為というよりもつながっている「状態」を 表すことである。前者と後者は関係しており、絆が「行為」ではなく「状態」であるのは、それ が「情緒面」の言葉であるからだ。簡潔にいえば、絆とはすでにつながっている心の状態..............

もしく...

はそういう状態への志向...........

性.

を指すのである。

私が「絆」に感じた違和感はこの点に起因する。私のテーマが「つながり」であったことは先 に述べたとおりだが、「絆」の意が「断つことのできない人と人との心の結びつき」にあるならば、

そこでの「結びつき」は当初から「断」たれることなく存在していることになってしまう。しか し、人々は震災によって「断絶」されてしまったのではなく、むしろ、もともと断絶されていた のではないか。東(2011)は、今日における世代間の連帯、地域の連帯、職場の連帯の急速な解 体を指摘し、こうした事態を「震災前からぼくたちはばらばらだった、震災はそれを明らかにし ただけだった」(p. 12)と表現する。それでいて「絆」を強調することは、行動が伴った支援活 動なしには、「断絶」を隠蔽し、「つながっている」という虚構を作り上げてしまうのではないか。

だとすれば、現在必要とされている「つながり」とは、はじめから「断」たれることなく存在し ている、あるいは存在した「結びつき」を志向するのではなく、断絶をベースにあらたにつな.............

が. りを..

紡いでいくこと.......

ではないか。

例えばそれは、携帯電話に知り合いの電話番号やメールアドレスを登録していることで、その 人たちと「つながっている」と考えてしまう状態に似ている。それはあくまでも「登録」であっ て、いったん携帯電話をなくしてしまったら消えてしまうものにすぎない。つまり、日常的な感 覚では、連続したつながりが存在し、それが一時的に途絶えたにすぎないのだが、実は携帯電話 によって「知り合い」というお墨付きを得ている「つながり」は、それほど「つながり」として 保障されているほどのものではない。ソーシャルコミュニティサービスであるフェイスブック

(Facebook)の友達登録も 1000 や2000 を超えてしまえば、それを「友達」といえるのか。そ のような「登録リスト」は電場番号やメールアドレスという形をとった、「つながり」のアリバイ として機能しているだけで、その関係を保障しているのは携帯電話的なものにすぎないのではな

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いか。中島(姜、中島、2011)が夢野久作の「東京が失ったのは『家』ではなく『顔』だ」(p. 255)

という言葉を引用しているように、集団とは人数が増えれば増えるほど「顔=固有性」は見えに くくなっていく。実際、「ふんばろう」の説明会に顔を出してくれた人々や「あくしゅ」のメンバ ーのほとんどが、新たに構築された関係というより、授業や研修やサークルなど個人的にすでに 知っていた学生であり、そういう個と個の顔が見える「つながり」が今日の「あくしゅ」の活動 の基盤となっている、という側面がある。そう考えると、人間関係が多様化し、希薄化している 今日においては「接続」よりも「断絶」の方にリアリティがあるのではないか6。ここではつなが っていない状態こそが日常的であり、今回の震災はつながりを断絶したというよりも、断絶して いた事実を私たちに対して突きつけたと私には思えるのである。

「絆」に対して私が感じた違和感は、現在求められていると考える「断絶されている人々を新 たにつなぐ必要性」にもかかわらず、あたかもそもそも通っていた暖かい結びつきが災害によっ て断絶され、それを元通りにしようとし、見失ったつながりを再発見する意味を内包する「絆」

という概念でそれを表現しようとしている、その乖離にある。そして、「絆」を欲望する心のあり 様は「断絶」していることへの意識を希薄にし、つながっている状態への「自己満足」を生み出 しやすいのである。

4.「がんばろう日本」への違和感

私の違和感は主として「絆」に向けられていたが、特にサッカー日本代表の試合を見るにつけ、

同じような違和感を「がんばろうニッポン!」というキャッチフレーズに感じることがあった。

次にその点の分析にコマを進めてみたい。ちなみに、日本サッカー協会90周年の合言葉として使 われていたのは「絆KIZUNA」である。

4.1.「がんばろう」の主語に関する違和感

Google で「がんばろう日本」と検索した結果を上位からいくつか羅列してみると、「国内旅行

復興キャンペーンポータルサイト」である「がんばろう!日本―日本を元気に、旅で笑顔に」7

「『がんばろう!!日本』復興支援プロジェクト」8(有志の中小企業や個人が運営)、検索エンジ ン goo による特設サイト「東日本大震災 復興支援募金『がんばろう!日本』」9、「がんばろうニ ッポン―つなげる想い、つながる希望―」10、48Projectと呼ばれるグループによる「がんばろう 日本」11などが表示される。また、フェイスブックにおいて「がんばろう 日本」で検索すると 25件が表示される。

以上のような一つ一つのインターネットサイトやキャンペーン名もさることながら、何と言っ ても最もインパクトが大きいものに、日本サッカー協会が掲げていた「がんばろうニッポン」12

6 むろん、そういう「つながり」が携帯電話をきっかけに発生し、携帯電話をなくしても残るほどのつながりに 発展することは大いにありうる。

7 http://kokunai.nihon-kankou.or.jp/ (2012322日アクセス)

8 http://ganba-nippon.com/ (2012322日アクセス)

9 http://special.goo.ne.jp/donation_earthquake/list.html (2012322日アクセス)

10 http://shinsai.yahoo.co.jp/ganbaro_nippon/(2012322日アクセス)

11 http://www.affection-japan.jp/48project/ (2012322日アクセス)

12 日本サッカー協会(http://www.jfa.or.jp/ganbaro_nippon/;2012322日アクセス)のデザインでは、「が んばろう」と「ニッポン」の間に赤線で描かれたサッカーボールが入り、そのボールの真ん中には同じくハート マーク(♡)が描かれている。ここでは単に「がんばろうニッポン」と記すことにする。

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ある。この言葉はサッカー日本代表チームが試合をするときなど、応援の基調としてテレビの画 面や垂れ幕などに絶えずデザインとして組み込まれ、繰り返し言及されていた。また、オフィシ ャルホームページにある動画では、昨今の日本代表の試合のスローモーション映像が雄大なオー ケストラ音楽とともに流され、そのところどころには次のような言葉が挿入されている。

サッカーにできること 全力で闘うこと― 決して諦めないこと― 日本がひとつ になること― 共に信じ合うこと― 互いに支え合うこと― 一日も早い復興を目 指して 「がんばろうニッポン サッカーファミリーのチカラをひとつ!」

このメッセージは「全力で闘うこと」から「互いに支え合うこと」までは特に今回の震災に関 係なく、サッカーの試合やチームワーク競技のすべてに当てはまる内容である。それを「サッカ ーにできること」と「一日も早い復興を目指して」という震災を意識した言葉で挟み込むことに よって、全体として日本サッカー協会が「被災地の復興や日本が困難を乗り越えるために闘って いる」という意味を付与する形になっている。言ってみれば、日本代表によるサッカーが復興の ために「がんばっている」姿の比喩..

として表示されているということになる。

似たようなフレーズに「がんばろう東北」がある。例えば、国土交通省東北地方整備局では合 言葉として「がんばろう東北!」というフレーズを用い、東北観光推進機構「いいなぁ 東北」で は「みんなと共に―がんばろう!東北」というデザインが大きく前面に打ち出され、そのキャン ペーンである「今こそ東北に行こうキャンペーン」の枕詞のように使われている。また、クロネ コヤマトの東北応援企画は「がんばろう東北!」であり、フェイスブックで「東北 がんばろう」

で検索をかけると14件が表示される(「絆 東北」では3件、「きずな 東北」では1件)。 さて「がんばる」という動詞だが、「がんばろう日本」という場合、この主語は大きく言って「被 災者」と「非被災者」に分けられる。「がんばろう日本」にしても「がんばろう東北」にしても、

メッセージが全国で共有されていることを鑑みれば、「がんばる」の主語は「東北」地方の人々に 限定されるとは言えない。また、被災者の方々にとって「がんばろう」は、恐らく「これ以上ど うがんばればいいのか」とむなしく響くであろうし、その意味で、この「がんばろう」には「共 に」という言葉が内包されていると考えられる13。そこには「共感」のメッセージが込められて おり、被災地の方々に対する「私たちは同じ日本人としてあなたがたと共にがんばります」や「東 北のために共にがんばります」という宣言として、または「共にがんばりましょう」という呼び かけとして機能している。

先の「絆」以上に、「がんばる」という動詞は日常的に多用する言葉である。例えば、何か仕事 を任されたときに、私たちはとりあえず「がんばります」と連呼し、相手に大変なことが起こっ たとき、励ましのつもりで別れ際に「がんばってね」と言い添える。このような大震災に直面し た現在、頻繁に繰り返された「がんばろう日本」というフレーズは日本人にとってごく自然なも のであったといえよう。

その「自然」であるはずの「がんばろう日本」のどこに違和感を抱くだけの余地があるのか。

私なりに内省してみると、そこに二重の意味で違和を感じていると思われる。一つは、上記のよ うに、「がんばろう」の主語である「日本」に対するものである。「がんばろう日本」の「日本」

13 「ふんばろう東日本支援プロジェクト」の「ふんばろう」は、そういう「がんばろう」が内包する意味への違 和からつけられたものである。

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は正確には日本人の総称として擬人化された「呼びかけ」であり、「がんばろう、日本人よ」とい う程度の意味であると思われる14。震災によって断絶された、もしくは、震災によって断絶が明 るみになったと認識している私にとって、「日本人」として括ることができるリアリティはなく、

むしろ反対に、「日本(人)」という言葉を使用することによってこそ発語内行為として「一つに 繋がっている日本」を表象し、発語媒体行為として分裂を隠し、「絆」で塗り替えたように映るの である。つまり、「がんばろう」という呼びかけと「主語=日本」への呼びかけが対になったとき、

「がんばろう日本」は本当は存在していない「絆」があたかもそこにあるように見せる「キャッ チフレーズ」もしくは「掛け声」として機能するという意味で、「絆」と同様の問題を含んでいる ように思われる。

4.2.「がんばろう」の目的語に関する違和感

もう一つの違和感は「がんばる」という動詞の目的語に対してである。「ともに」がんばろうと いうメッセージとして機能するとしても、ただがんばろうと言うだけでは「がんばる」は完結せ ず、「非被災者は『何を』がんばるのか」という行為の内実の問題が生じる。

日本サッカー協会が掲げている「がんばろうニッポン!」を例に考察してみよう。「がんばろう ニッポン!」というフレーズを一つの発語とみなしてみると、それを言語行為論的に解釈するこ とができる。言語行為論とは、言語を規則の体系である記号としてではなく、日常的に私たちが 行っている行為とみなし、言語を説明しようとするオースティン(1978)によって提唱された言 語理論である。オースティンの表現を借用すれば、言語とは「事実確認的(constative)」ではな く「行為遂行的(performative)」である。行為としての言語を概念化するにあたり、オースティ ンはそれぞれの発語を3つの行為として捉える。一つは「発語行為(locutionary act)」であり、

例えば「お腹がすいたね」という発語における「お腹がすいた」という意味、いわゆる文字通り の意味を指す。次に「発語内行為(illocutionary act)であり、それは発語によって成そうとして いる行為である。「お腹がすいたね」を例にとると、その発話によってなそうとしている「一緒に ご飯でも食べにいかない?」という「勧誘」という行為が発語内行為となる。最後に「発語媒介 行為(perlocutionary act)」はその発語の結果として達成しようとしている行為、つまり、先の 例でいえば「ご飯を食べに行く」という行為のことを指す。

以上のような言語行為論を通して「がんばろうニッポン!」という発語を見てみると以下のよ うに考えられる。

発語「がんばろうニッポン!」

発語行為:「日本人として被災者のために共にがんばりましょう」

発語内行為:がんばることの「宣言」「約束」「勧誘」

発語媒介行為:がんばることを「宣言」「約束」「勧誘」し、実際にがんばること(=が んばる行為X)

言うまでもなく、「がんばろう」がキャッチフレーズである限り、その文言の中には具体的な内実 は構造上示されておらず、「何をどうがんばるか」については常に「がんばる行為X」として開か れている。したがって、「がんばる」行為の中身Xは言外から付与されなくてはならない。

14 実際には、ここでは「呼びかけ」である必要はなく、「日本人だからがんばろう」でも「日本人としてがんば ろう」とも考えられる。しかし、ここで焦点を挙げた「日本人としての一体感」という意味ではどれもポイント としては変わらない。

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では、日本代表チームを応援することと「がんばろうニッポン!」は、どのように「がんばろ う」ということによって訴えている貢献を満たしているのだろうか。街角で募金することと同じ ように、サッカースタジアムに設置されている募金箱に観客が募金する行為はその一つであるが、

ここでは直接サッカーの試合との関係に着目する。先に言及した日本サッカー協会のホームペー ジ上にある動画メッセージにあったように、日本代表チームにとって「がんばる」ということは、

日の丸を背にチームとして一致団結し、被災者の方々の困難を胸に最後まであきらめずに闘いぬ き、その姿勢や試合結果を通して被災者の方々に勇気を与えることである。スタジアムに集まっ たサポーターは必死に戦うその日本代表チームを応援することで彼らと「一致団結」する。そう することで、彼らを鼓舞する声援は間接的というよりむしろ被災者の方々への「直接的」な声援 となり、必死に応援すればするほどその声援は真剣さを帯びる。このようにして「日本代表チー ムを応援する行為」は「被災者の方々を応援する行為」という重なりを持った意味になる。

発語がなされ、発語媒介行為として結果が出るまでには、通常は大なり小なり時間があるもの だ。特に被災者支援において支援の効果が発揮されるには、その支援の内容によってその時差は 大きく異なる。例えば被災地に支援物資を送る場合、「送ろう」と思ってから物資が現地に届き、

役立てられるまでには数日かかるのが普通である。しかし、上記のような「がんばろうニッポン!」

というキャッチフレーズは、スタジアム内の観客はもちろんのこと、テレビの前の観客までを含 めたサポーターが一生懸命に日本代表チームに声援を送る行為自体が即時に「励ます」「元気づけ る」という意味で「効果」とみなされる。つまり、「がんばろうニッポン!」という掛け声のもと 日本代表チームを応援する行為においては、「『ニッポン、がんばれ!』と応援する発語内行為→

発語媒介行為」というよりも、「『ニッポン、がんばれ!』と応援する発語内行為=発語媒介行為」

となっていると考えられる。

ここで私にとって違和感として感じられるのは、「発語内行為=発語媒介行為」という行為の達 成の同時性がサッカーの試合で声援を送ることによって被災者支援に貢献した(行為X)という 既成事実となり、一体感となったところで「自己満足」に終わってしまうのではないか、という 懸念があるからだ。震災を意識したキャッチフレーズのもと選手たちは闘っているが、応援して いる側は被災者の方々にとっては直接的に貢献していることはなにもないはずなのに、応援する ことで貢献した気になってしまう、この乖離に対して違和感を抱くのである。

5.継続的な支援に不可欠な「欠如」の感覚

以上、私が「絆」と「がんばろう日本」に対して抱いた違和感を具体的に言葉にしてみた。そ の違和感の根源についてまとめてみると、まず「絆」に対しては、本来であれば既に断絶されて いる人々を新たにつなぐことが必要であるにもかかわらず、絆を訴えることによってつながった 状態を出発点にするか、またはつながった状態へと回帰しようとする欲望がそこに前提とされて おり、それによって断絶していることに対する意識が希薄になるからである。次に「がんばろう 日本」に対しては2点において違和感があり、一点目は「がんばろう」の主語として想定されて いる日本に関しており、先に述べたように、断絶を前提にした発想が必要であるときに「日本」

という言葉をしてあたかも一つに繋がっていることを前提としていることである。二点目は「が んばろう」の内実である支援の内実に関係しており、「がんばろう日本」という掛け声を連呼する

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ことが「応援している」という自己満足によって、被災者の方々に対して実際に役立つ支援へと 繋がる可能性を委縮させているという点である。

これらを総合してみると、私の違和感はつまるところ、「絆」と「がんばろう日本」がともに支 援活動という形をとるコミュニケーションの継続を促進しているというよりも、むしろ阻害する....

ことになる.....

のではないかという懸念につきる。もちろん、これらが直接的にコミュニケーション の継続を拒んでいるのでもなければ、逆に連帯を誘発しているという事実は否定できない。例え ば、「震災で言葉になにができたか」(鈴木、石垣、瀬名、東、2011)というシンポジウムにおい て、瀬名は「がんばろう日本」が「ある種、日本のなかでシンパシーをまとめるには、ひとつ穏 当なスローガン」となり、「被災地の方に対するシンパシーが強烈に発揮された人間性」すなわち

「連帯」(p. 121)を可能にしたために、すぐに多額の義援金が集まる事態も可能になったと指摘 している。それでもなお、否、その効果によってこそ、それぞれにとっての支援活動が自己完結 してしまう条件を作ってしまうことがありうるのではないか。

コミュニケーションの継続を誘発するのは相互理解そのものではなく、むしろあなたのことが 分からないという理解の欠如にある(内田、2005)。コミュニケーションにおいて「君の言うこ とは分かったよ」という言葉が、「私はこれ以上君とコミュニケーションをとりたくない」という コミュニケーションの断絶を宣言する言葉として多用されるのはそのためだ。コミュニケーショ ンを継続するには、理解を志向しつつ、未だそこへ届いていないという「欠如」が存在しなけれ ばならず、その欠如を埋めようとするところに継続への意思が現れる。逆に言うと、欠如が満た されてしまったら、それ以上コミュニケートするものはないということになる。

先に見たように、今回の震災以後「絆」が連呼された背景には、「断絶」されたコミュニケーシ ョンゆえに「連続性」を確認したいという人々の欲望があり、それは自然なことであろう。しか しながら、絆を求める欲望は「情緒」的があるゆえに、絆を結ぶための実際の社会行為と必ずし も重なるわけではない。私たちは新聞記事やテレビ番組を見るだけでそこに「絆」を強く感じ、

ときに涙することができるし(『24時間テレビ』然り)、自分が募金した100円が実際に日本赤十 字社に義援金として寄付されたことを知ると、そこに被災地との絆の「存在」を感じることもで きる。しかし、絆の情緒レベルの議論と社会レベルの議論を混同してしまうと、そのような絆を 感じることで満足してしまい、絆を結ぶために実際に要する社会的レベルにおける行為を一段高 いレベルの支援として自らハードルを押し上げてしまう恐れが出てくる。

同様に、「がんばろう日本」という掛け声を挙げているだけなのに、実際に自分が被災地支援に 貢献しているという虚構としての「充足感」を抱いてしまう恐れもある。特に「日本」が持つ「単 一文化」「単一民族」「単一言語」のイメージを引きずった一体感が、他人の行為を自分の行為と して誤認する要因となったり、「がんばろう日本」と連呼するだけで一つになった気持ちになるき っかけになったり、やはりここでも「がんばろう日本」というキャッチフレーズは、その言内の 意味とは裏腹に、がんばった気にさせることで支援の継続を委縮させるかもしれないのである。

先のシンポジウムで瀬名(鈴木、中垣、瀬名、東、2011)は「がんばろう日本」におけるシン パシーの効用を認めた一方で、シンパシーとエンパシーを区別し、その使い分けを要すると主張 している。瀬名によるとシンパシー(sympathy 共感)とは「誰かの気持ちと自分の気持ちが同 じ状態(state)」で、エンパシー(empathy 感情移入)は「もう少し踏み込んで自分が相手の気

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持ちの中に入って相手の気持ちになる能力(ability, power)」(p. 111)を指す。シンパシーが強 まり、連帯が強まりすぎたときは「あえてシンパシーにならずにエンパシーを使わなくてはいけ ないということもある」(p. 121)と述べている。つまり、単なる連帯感からもう一歩「踏み込ん で自分が相手の気持ちに入って相手の気持ちになる」ぐらいに、被災者に寄り添わなければなら ない。シンパシーのままだと、連帯というつながった(=「絆」の発見)状態に対する充足感に 満足し、そこに「がんばっている日本=私」を確認することで「がんばる」(行為X)が完結して しまうのである。

支援を継続するためには、過剰に「絆」や「日本」、または「がんばろう」を連呼することで自 己満足してはいけない。そうならないためにも、人と人のつながりは「断絶」され、いくら支援 をがんばっても満たされることのない需要と供給の間にある「欠如」の感覚が必要不可欠なので ある。現実問題として、東日本大震災のような未曽有で大規模の震災による損失は、ちょっとや そっとの募金で満足したり、熱いハートで「がんばれ!」と応援したりするだけで埋めることが できるはずがない。被災地とそうでない地域、被災者と被災していない人々、支援を必要として いる人々とそれを満たそうとしている人々の間には、こうした簡単には埋めることのできない深 い溝があるのだ。「絆」や「がんばろう日本」は往々にして支援に対する人々の心のハードルを下 げ、そこには常に「自己満足」という支援を鎮静化する要素が常に入り込む要素がある。「つなが り」が「断絶」しているという「欠如」の感覚なくして、隔たりを埋めようとする大規模な運動 としての支援の波を継続することは難しい。この「欠如」感こそ「まだまだ支援しきれていない」

という「気後れ」を自身の中に見出し、「まだまだやれる」という感覚を誘い出すことを可能にす るのではないか。

6.「社会」の重層性

以上、支援の継続に必要な「欠如感」が、社会の連続よりも社会の断絶を基軸にするときによ り発揮されるのではないか、というのが先の私の主張であった。さて、この「連続ベースから考 えるつながり」対「断絶ベースから考えるつながり」という二つの様相は、「ゲマインシャフト」

対「ゲゼルシャフト」、「家ベース」対「個ベース」、「村的」対「都市的」、「共同体的」対「市民 社会的」、「前近代的」対「近代的」といった、よく知られている社会15に対する相反した考え方 を想起させる。言い換えれば、これまでの社会を編んできたコミュニケーションの前提として想 定されていた「連続ベースから考えるつながり」とは、「ゲマインシャフト的」で「家ベース」で

「村的」で「共同体的」で「前近代的な」社会のあり方であり、「断絶ベースから考えるつながり」

とは、「ゲゼルシャフト的」で「個ベース」で「都市的」で「市民社会的」で「近代的」な社会の あり方を彷彿とさせるのである。

6.1.ゲマインシャフトからゲゼルシャフトへ?

私たちが日常的に「社会」について考える際、以上のような二項対立的に過去の社会と現代社 会をとらえ、過去に回帰する形で「連帯」を求めることがある。現代におけるブームもその一環

15 ここでは「社会」という言葉を用いているが、本来なら広義での「共同体」という言葉を使いたいところであ る。しかしどうしても、狭義での「共同体」が前近代的な意味を、「社会」が市民社会的(近代的)な意味を含蓄 してしまい、また、本稿で言及している見田が「共同体」をそのような狭義の意味で用いていることもあり、本 稿では、前近代的な共同体を含めた、私たちが「日常的」に使う広義の意味での「社会」を用いることにした。

(11)

11

なのかもしれない。文化比較論的にいってみれば、前者はいわゆる「日本的」な社会観、後者は

「西洋的」な社会観との親和性が高い、ということになるだろう。さらには、未来構想図を考え る上で、近代からポスト近代化する世界におけるグローバリゼーションの拡大により、日本の旧 式な社会システムでは対応不能であり、前者から後者への歴史のシフトが社会の趨勢であると捉 えられる傾向にある。ここには「歴史はゲマインシャフトからゲゼルシャフトになっていく」(見 田、大澤、200916、p. 9)という暗黙の前提が存在しているといえる。

これに対し、見田はその前提が間違っていると主張している(見田、大澤、2009)。見田によ ると、通常ゲマインシャフトと考えられている原始社会でも、ある部族にとってほかの部族は動 物と同じように殺すことが可能な存在であり、この場合に部族間の関係はゲゼルシャフトになり うる。反対に、ゲゼルシャフトが支配的になった近代市民社会では核家族が単位になりがちだが、

その核家族の内部はゲマインシャフト的である(子どもの教育費を払う際に領収書を取り、将来 的に返済してもらうようなことはない)。すなわち、

原始社会から近代社会に至るまで、人間社会というものは<ゲマインシャフト・間・ゲゼ ルシャフト>―ユニットとユニット間関係―という二つの水準からなる重層的な形式を持 っていて、ゲマインシャフトからゲゼルシャフトという単純な段階論は成立しない・・・(p.

10)

ということになる。見田の議論に従うならば、社会がゲマインシャフトからゲゼルシャフトに変 革するという主張は理論的には正確ではなく、人間社会そのものが両ユニットの複合体として存 在するということになろう。

6.2.<交響するコミューン・の・自由な連合>という社会構築へ向けて

上記の主張を理解するために、もう少し見田の議論を追ってみる。見田のいう<ゲマインシャ フト・間・ゲゼルシャフト>とは、他者が持つ両義性、すなわち「関係の積極的な実質を創出す る課題」(他者がいるから喜びが生じる)と「関係の消極的な形式を設定する課題」(他者がいる から自由が制限される)を引き受けた上で社会の未来像を設計する際に用いられる理論的枠組み である(見田、2006、p. 173)。それはどちらか一方があればいいというわけではない。例えば、

喜びを与える他者のみを重視しても、同時に互いに縛り合う他者との関係づくりを行うシステム

(ルール)がなければ理想論で終わる。逆に、他者との関係づくりのシステムだけがあっても、

目指すべきユートピアとして喜びの源泉としての他者との関係性がなければ、他者との関係はそ の意味を喪失してしまう。つまり、人間社会は<関係のユートピア・間・関係のルール>の両方 を併せもたなければならない。

その際、見田は図1のような「社会の形式の4つの象限」を提示し、<交響するコミューン・

の・自由な連合>という社会構想を模索する。この図をして見田(2006)は、先に述べた他者が 持つ両義性を社会構想の礎に据えている。

<他者の両義性>の内、生きるということの意味と歓びの源泉である限りの他者と、生き るということの困難と制約の源泉である限りの他者とは、その圏域を異にしている。圏域 を異にしているということの単純な認識が、社会構想の理論にとって、実質上決定的な意.....

16 本稿で言及している見田・大澤(2009)はその後『二千年紀の社会と思想』(見田、大澤、2012)の中にその 他の対談とともに収められている。

(12)

12 味を持つ前提......

である。(p. 174;傍点は引用者)

以上のような前提を据えているからこそ、見田は<交響するコミューン・の・自由な連合>とい う社会構想を模索すべきと主張している。その構想の内実を図1で表すと、「ゲマインシャフトか らゲゼルシャフトへ」というように図の左から右へ向かうのではなく(交響体・共同体)、「共同 体も自由化するし、集列体も自由なルール関係に」すること、つまり「上に行くべき」(見田、大 澤、2009)ということにある(交響体・連合体)。

図1:社会の形式の4つの象限17(見田、2006、見田、大澤、2009を統合して作成)

意思的(<自由な社会>)

共同態 親密圏

(ゲマイン シャフト)

交響体 symphonicity

連合体

association 社会態

社会圏

(ゲゼルシャ

共同体 フト)

community

集列体 seriality

意思以前的

見田による社会構想図をもとに、先の「絆」と「がんばろう日本」の議論をあらためてみると、

私の中にあった違和感の出処をより理論的に解釈することができる。「連続ベースから考えるつな がり」と「断絶ベースから考えるつながり」は、どちらも響きあうコミューンである「交響体」

を志向している。しかし「絆」や「がんばろう日本」という概念が前提としていた「連続ベース から考えるつながり」とは図1でいう「共同体」のイメージを内包しており、もともと日本にあ った「絆」を「回復」するためにがんばろうとする物語となっている。つまり、それはゲマイン シャフト的な社会理解にもとづいたものである(図の左側)。一方、「断絶ベースから考えるつな がり」は多種多様な個人が自らの自由意志で関係を結ぶ「連合体」を構想しており、その意味で、

ここでいう「絆」とは元来ばらばらであった人々が交響体としての新密さを獲得していく過程と

17 象限のそれぞれの説明を見田(2006)から引用しておく。

(1) 共同体 community (=<即自的な共同態>)。伝統的な家族共同体、氏族共同体、村落共同体のように、

個々人がその自由な選択意思による以前に、「宿命的」な存在として、全人格的に結ばれ合っている、と いうかたちで存立する社会。(p. 17-18)

(2) 集列体 seriality(=<即自的な社会態>)。市場における個々人の「私的」な利害の追及にもとづく行為 の競合が、どの当事者の意思からも独立した、客観的な「市場法則」…を貫徹せしめてしまうという場 合のように、個々人の自由な選択意思がたがいにせめぎ合い交渉し合うことの帰結として、どのように 当事者にとっても疎遠な、…「社会法則を、客観的=対象的 objectiveに存立せしめてしまう、という仕 方で存立する社会。(p. 18-19)

(3) 連合体 association( =対自的な社会態)「会社」とか「教会」とか「団体」等々のように、個々人が たがいに自由な意思によって、けれども「愛」による場合のように人格的 personal な結合ではなく、

特定の、限定された利害や関心の共通性、相補性等々によって結ばれた社会。(p. 19)

(4) 交響体symphonicity(=<対自的な共同態>)。さまざまな形の「コミューン」的な関係性のように、

個々人がその自由な意思において、人格的personalに呼応しあうという仕方で共存する社会(p. 20)

(13)

13

その状態を表している。言い換えれば、見田がいう<交響するコミューン・の・自由な連合>を 志向するとき、私の違和感は、「ゲマインシャフト的絆」(と呼んでおこう)が連呼されることに より、本来存在していた断絶を隠したまま「つながった」と自己満足してしまうことから生じて いるといえよう(図の左側)。同じように「交響体」をユートピアにするにしても、「断絶」から のつながりを目指すためには、社会構想(システム)としては「共同体」ではなく「連合体」を 志向することになるのである(図の上側)。

6.3.ナショナリズムとの関係性

先に述べたように、<交響するコミューン・の・自由な連合>のうち「交響するコミューン」

とは他者が喜びの源泉となるという積極性を据えた社会のユートピアを指す。これは本来ゲマイ ンシャフトが持っていた「私たち感」という共同体に関する愛着や感情移入のことを指す。一方、

<自由な連帯>とは、他者が自己の自由を脅かす消極的側面を考慮し、複数の人々が共存するた めに関係を結ぶ際に必要なルールやシステムを指す。つまり、前者は後者の目的またはそれによ って支えられる上位層であり、後者は前者の手段あるいは前者を支える下位層である。これを一 般化したものが<ゲマインシャフト・間・ゲゼルシャフト>ということになる18

こうした社会の重層性について論を進めてきたが、今日の社会の形成が国民国家体制と不可分 であることを鑑み、ここでナショナリズムとの関連性についてみておきたい。ゲルナー(2000)

によると、ナショナリズムとは、「政治的な単位と民族的な単位とが一致しなければならないと主 張する一つの政治原理」(p. 1;萱野、2011、から引用)を指す。異文化コミュニケーション研究 においてもそうだが、ナショナリズム批判の研究に、ネーション(国民)を単位の恣意性を指摘 した上で、その恣意的な枠組みに入らない他者を排除する構造に焦点をあてるものがある。こう いう差別構造を研究することの重要性は変わらないが、萱野(2011)が指摘するように、

[ゲルナーがあげている]ナショナリズムの基本原理は国家とその成員の関係を規定するの みの、エレメンタルなものであって、いわゆる「ナショナリズム」として批判されるよう な排他性や偏狭性がナショナリズムの基本原理ではない。(p. 27)

つまり、ナショナリズムの本質はその恣意性にあるのではなく、国民国家(nation-state)におけ

18 大澤(見田、大澤、2009)は<ゲマインシャフト・間・ゲゼルシャフト>に関して、この社会のあり方がナシ ョナリズムにおいては<ゲゼルシャフト・間・ゲマインシャフト>という形で「逆転」していることを指摘して いる。この指摘に対し、見田は3つの論点を紹介している。

一つは、「外部との緊張関係、つまりほかの国家との国際的な場において、ネーションの共同体性が強調され、

必要とされる」(見田、大澤、2009、p. 11)という点である。確かに、「日本」をゲマインシャフトとしてみると きには、国際関係における緊張関係の中「日本性」が強調され、それが「日本」をゲマインシャフトとして表象 することがある。例えば、World Baseball ClassicSoccer World Cupという国際大会において、「日本」とい う国家は「ニッポン」になる。つまり、「ぷちナショナリズム」(香山、2002)という形でさまざまな個を包括す るゲマインシャフトとして現れるのである。二つ目は、ゲゼルシャフト的関係を「下支えしたり裏打ちするよう なゲマインシャフト的なもの」(見田、大澤、2009、p. 12)というものがありうる。例えば、それはアメリカ合 衆国でいう主としてプロテスタント的価値観や、より広くは西洋におけるキリスト教における神の存在がそうで ある。なお、ここでは直接的には関係ないが、大澤(見田、大澤、2009)は、EU というゲゼルシャフト的な連 合が機能するのは「西洋」という「ある種の下支え的な共同性があった」(p. 15)ためであり、その意味ではEU が「トルコのところにまで超えて行けるか」という課題が、この問題における「ある種の試金石になる」(p. 16)

と論じている。

3点目は後ほどの議論で参照することにする。以上から言えることは、国民国家はそれ自体がゲマインシャフ トかゲゼルシャフトであるというより、他の国家との関係性における「差異のシステム」(ソシュール、1972)と して表象されと考えられ(つまり「実体」ではない)、さらには、社会システム(ルーマン、1993、1995)にお いて上位や下位のシステムとの関係性によると考えられる。つまり、「国民国家」の意味はコミュニケーション学 的にみてダイナミックな関係によると言えよう。

(14)

14

る国家(state)という政治的な制度とその成員である国民(nation)との関係性にあるというこ とだ。国家は国民に運用されなければならないという必然性はなく、そうでありながら国民に主 権を置く思想、これが国民国家体制の背景にあるナショナリズムの問題なのである。

さらに、ネーションとはアンダーソン(2007)がいうように「想像の共同体」ではあるが、必 ずしも恣意的にその成員である国民が編まれるわけではない。萱野(2011)はその「想像の共同 体」としてのネーションが成立する恣意的ではない基盤があるとし、そのポイントとして以下の 2 点をあげている。一つ目は、アンダーソンの指摘にある出版資本主義という言語的な要素がネ ーション形成の原動力になったことを受け、「歴史的には、ある範囲の人びとが共通の言語をもつ 人間集団だと考えられるようになったことが、ネーションが生まれる基盤になったということ」

(p. 69)。もう一つも言語に関連して、「人間の集団的な意思決定が言語の共通性のもとでおこな われるという圧倒的なリアリティがあるということ」(p. 69)。つまり、「ネーションは想像され たものであるとはいえ、何の根拠もないところに想像されるのではない。あくまでも言語の共通 性にもとづいて想像される」(p. 71)のである。

萱野はいわゆる左派と呼ばれる側に立つ論者として知られているが、一方保守思想から同様の 問題を取り上げているのが中島(姜、中島、2011)である。中島は保守思想が本来持っている態 度を次のようにまとめている。

保守思想とは、懐疑的人間観に基づき、人間の理性による合理主義や設計主義を根本的に 疑う。人間の限界や悪を勅旨し、人間の態度に対する過信を諌める。そのため、エリート による国家改造の夢想を退け、歴史の風説に耐えた伝統に依拠しながら斬新的な改革を推 し進める。(p. 18)

保守思想でいう「保守」は何も「日本の伝統」を守るという表面的な保守的態度を表象するもの ではなく、その根幹に人間の理性に対する懐疑主義.............

という哲学が脈々と流れている。その意味で、

「日本の伝統を守るナショナリスト」というのは保守思想とはいいがたい。

そこで中島が重視するのは故郷・源郷としての「パトリ」である。このような中島にとっての ナショナリズムの議論は以下のような主張の形をとる。

近代ナショナリズムよりもパトリのエートスが漏れ出して、アジアに繋がっていくような 構想のほうが、非常に腑に落ちる[が]、ナショナリズムは政治的な手法や方法であって、存 在論的なアイデンティティの中心ではない。アイデンティティの根拠となるものは、やは りパトリ[である]。ナショナリズムは再帰的な存在であって、うまく飼いならす必要がある。

(p. 88)

つまり、ナショナリズムは政治、パトリがアイデンティティの根拠となるという構図をとる。

左派の立ち位置からの萱野(2011)の議論と保守の立ち位置からの中島(姜、中島、2011)の 議論は、その思想的潮流のレッテルの表層的な相反性にもかかわらず、社会の恣意性を強調しす ぎず、その基盤としての前近代的なものを重視するという議論の内実において、驚くほどの類似 を見せる。例えば、中島にとってのパトリとしての根拠地は単に生まれた郷土とは異なり、自分 が生きる地域の人たちと緩やかに繋がったネットワークのことを指す。

[上記のような]ネットワークは生まれ故郷でなくてもいい、もちろん生まれ故郷でもいい。

あるいは特定の空間に規定されなくてもいい…。どこであれ、何であれ人との付き合いが

(15)

15

たとえばサークルであったり、いろんな開かれたコミュニティであればいい…。人々がネ ットワークを持ちながら、豊かに他者を想像しながら生きていける社会。そういうものが 望ましい…(pp. 235-236)。

こうした社会は、左派が主張するような、人々が緩やかに連帯しつつも包摂性を持った社会のイ メージを彷彿させる。

ここでの萱野と中島の違いは、萱野が統治のためには暴力を合法性の装置として認めざるをえ ないというところから主張するのに対し、中島はアイデンティティの根源としてのパトリを強調 するとことにある。以上の違いは、<ゲマインシャフト・間・ゲゼルシャフト>における<交響 するコミューン・の・自由な連合>を志向しつつも、アイデンティティと郷土が結びついた前者 に足場を置くのか、制度としての後者に足場を置くのかという、立ち位置の違いである。つまり、

中島はパトリの土壌となる<ゲマインシャフト>としての「交響するコミューン」側から社会を 論じ、萱野はネーションがコントロールすべき政治的体制としての<ゲゼルシャフト>としての

「自由な連合」の側から論じているということだ。

先に論じた「絆」と「がんばろう日本」に対する違和感の問題は、私たちの社会が現在どのよ うになっているのか、今後どのような方向に進むべきか、といった問題に直結している。それは

「絆」や「日本」が強調されることにナショナリズムのにおいが感じ取れると批判するような問 題に収まりきれない。それは、人と人の<つながり>に関係する問題である。そして私の理解で は、震災以後の未来社会図は<交響するコミューン・の・自由な連合>へと向かっていき、その ためのコミュニケーションの模索が不可欠になっていくということだ。「ポスト 3.11 のコミュニ ケーション」と題する本稿の着地点に向かうにあたり、ここから先はこうした「社会」の捉え方 からコミュニケーション的課題へと話を接続させていきたい。

6.4.コミュニケーションの「内容」と「形式」

以上のような<交響するコミューン・の・自由な連合>における社会の志向性と設計を考える にあたり、コミュニケーション的課題としても2つの側面を考えなければならない。前者(<ゲ マインシャフト>)に関しては、コミュニケーションの「内容」と強く関係する。というのも、

流動性が高く、ゆえに再帰性が高い今日の社会において、ゲゼルシャフト的に連合した人々は必 ずしも必然があって集まった人とは限らないからだ。今日的な生活世界では恣意性が高く、した がってそうした恣意性を引き受けた社会が「私たち」意識を獲得するには、人々がある程度共通 した関心やエロスを共有する必要がある。そのような共通性を媒介に人々は「一体感=共同性」

を獲得することができる。したがって、人々のコミュニケーションする「内容」がどのようなも のであるかが重要な側面の一つとなる。

後者の<ゲゼルシャフト>の部分に関しては、社会において人々が繋がる在り方、例えばコミ ュニケーションにおける自己開示や距離感といったスタイル、メッセージにおけるコンテキスト への依存度など、コミュニケーションの「形式」と深く関係している。こうしたコミュニケーシ ョンの形式が社会を編んでいき、その帰結としてゲマインシャフト的な「一体感」が生まれるか どうかの鍵を握っている。

以上をまとめ、一般化したものが表 1である。こうして<交響するコミューン・の・自由な連 合>という社会のあり方についての議論を、コミュニケーション的課題、特にその「内容」と「形

(16)

16

式」という二つの側面を中心とした課題に変換することができた。ここからは、<交響するコミ ューン・の・自由な連合>という社会観を念頭に置きながら、3.11以後のコミュニケーション的 課題を論じていくことにする19

表1:<ゲマインシャフト・間・ゲゼルシャフト>とコミュニケーション的課題の関係

ゲマインシャフト

・間・

ゲゼルシャフト

震災以後の社会 <交響するコミューン> <自由な連合>

他者との関係 社会の志向性・ユートピア

(他者の積極性=喜びの源泉)

社会の設計・ルール

(他者の消極性=自由の抑圧)

コミュニケーション的

課題 コミュニケーションの「内容」 コミュニケーションの「形式」

7.内と外を媒介するコミュニケーション―課題1―

2012年日本コミュニケーション研究者会議での発表を受諾した際、「絆」や「がんばろう日本」

への違和感とともに、私の心にはいかにして人々を支援活動に巻き込んでいくか20という問題意 識があったことは述べた。つまり、絶対的に異なった体験を持ち、異なった生活を送っている被 災者と非被災者の間に横たわる埋まらない断絶を超えて、両者をどのように連合させ、交響させ るか、さらには、それぞれの価値観を有した個がいかに連合し、交響するか、という問題である。

この問いは前節までに論じてきた問題と同系列の問いとして捉えることができる。つまるところ、

私にとっての問題は、東北と九州の間に<交響するコミューン・の・自由な連合>を打ちたてる ために、どのように本学の中に<交響するコミューン・の・自由な連合>を打ち立てるか、とい う二重の意味での課題を含んでいることになる。こうした二重の課題を常に心のどこかで意識し ながら支援活動を続けてきたが、必ずしも支援活動が思ったように進んだというわけではない。

7.1.「温度差」という壁

先述のように、私が行動を起こしたのは、「ふんばろう東日本支援プロジェクト」を使えば九州 からでも効率的に支援活動ができ、かつ、大学という一組織の中で体系的に取り組むことでより 多くの人を巻き込むことができる、と考えたからだ。私が「何かしなければならない」というも やもやとした気持ちを抱いていたのと同じように、恐らく学内にも多くの方が同じような思いを 抱いているのではないかと考えた。そういう方々にとっては支援したいと考えていても機会がな いだけではないか。逆に言えば、身近に支援の機会があれば協力して抱けるのではないか。つま り、九州と被災地をつなぐために必要なのは、「支援」という共通目的を意識した個からなる集団

19 私自身は未だ被災地に足を踏み入れておらず、被災者間のコミュニケーションについて論じるだけの経験もな ければ知識もないため、ここでは被災者支援という視点から被災者と非被災者をつなぐコミュニケーションを促 進するコミュニケーションについてみていきたい。

20 コミュニケーション研究としてこの点を論じるにあたり、注意を喚起しておきたいのだが、それは、「どうす れば人々を支援活動に巻き込んでいけるか」という問いのたて方は、「どうすれば人々を新興宗教に巻き込んでい けるか」や「どうすればうまく詐欺をすることができるのか」という問いにいとも簡単に転用されてしまう、と いうことだ。というのも、この問いのたて方は技術的な知(テクネ)を志向したものであるからだ。コミュニケ ーションの「技術」の研究は社会にとって有用である。しかし、それが「技術」的であるがゆえに目的次第では 悪用されるということを心のどこかに入れておく必要はあるだろう。したがって、コミュニケーション研究はそ の目的についての考察、もっと言えば哲学までも射程にする必要がある。

参照

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