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ヒト血清による黄色ブドウ球菌の認識と貪食の誘導機構

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イントロダクション

黄色ブドウ球菌はヒトの鼻腔や皮膚の常在菌である.

健常人の約3割で保菌が観察される一方,免疫が低下し た場合や手術後にヒト病原菌として頻繁に分離され,皮 膚ならびに軟組織の感染症,肺炎,敗血症などを引き起 こす.本菌感染症の問題は,第1には臨床で使われてい るすべての抗生物質に対して薬剤耐性菌が見いだされ,

第2には多剤耐性を示すメチシリン耐性黄色ブドウ球菌

(MRSA)が院内や市中に広く蔓延し,そして第3には 有効なワクチンがない現状にある.国内の200床以上の すべての病院でMRSAは検出されていることから,感 染症対策に掛かるコスト削減をもにらみ,新規抗菌剤 や,安価で有効な新しい予防,治療法,とりわけワクチ ンの開発が期待されている.本稿ではこのようなワクチ ン開発の基盤となる黄色ブドウ球菌に対する宿主免疫の 生体防御の仕組み,特に血清成分による黄色ブドウ球菌 の認識と排除の仕組みについて概説するとともに,細胞 内寄生菌としての黄色ブドウ球菌にも触れたい.

血清成分による病原体認識と補体活性化の概要 1. 獲得免疫系と自然免疫系の微生物センサーによる病 原体の認識

生体防御応答において,病原微生物は異物として認識

され除去される.ヒトの異物認識系は一般に,B細胞とT 細胞の遺伝子組換えに依存する獲得免疫系,それ以外の 自然免疫系に分けられる.獲得免疫系の微生物センサー としては抗体や白血球T細胞受容体が,自然免疫系の微 生物センサーとしてはレクチンやToll様受容体(TLR)

などが挙げられ,後者は特に病原体関連分子パターン

(pathogen-associated molecular patterns; PAMPs)と呼 ばれる微生物に共通な構造体を認識する.両者は渾然一 体となって異物を認識し,その情報は増幅・拡散され,

異物除去系に伝達される.これにより,感染局所に抗体 や補体成分を含む血漿成分が滲出供給され,浸潤白血球 とともに病原微生物の殺傷と除去が行われる.

血清中において異物認識に与る抗体やレクチンは,直 接的には標的となるウイルスや毒素の中和や凝集により 感染力や毒力を低減し,またオプソニンと呼ばれる病原 体の貪食目印として食細胞による標的の貪食を誘起す る.一方,間接的にはその認識シグナルが補体のプロテ アーゼカスケードにより増幅されることを通じ,標的の 細胞膜の破壊や,補体成分をオプソニンとした食細胞に よる貪食を誘導する.

2. 補体活性化の仕組み

補体は約30種の血清タンパク質からなる生体防御シ ステムで,異物認識シグナルの増幅および拡散とそれら の調節,ならびに殺菌作用を有する(1) (図

1

).  補体にお

セミナー室

食作用と生体防御-3

ヒト血清による黄色ブドウ球菌の認識と貪食の誘導機構

黒川健児

長崎国際大学薬学部

(2)

ける異物認識情報の伝達経路は,獲得免疫系と自然免疫 系で共有されている.すなわち,抗原抗体複合体はC1 複合体を活性化し,補体の共通プロテアーゼカスケード を起動する(古典経路).一方,自然免疫系の糖認識レ クチンであるマンナン結合レクチンもしくはタンパク質

(MBL/MBP)とフィコリン類は,これらレクチンに付 随するプロテアーゼであるMBL-associated serine pro- teases(MASPs)を活性化し,同じく補体の共通カス ケードを起動する(レクチン経路).加えて,ペンタラ キ シ ン フ ァ ミ リ ー のC-reactive protein(CRP) やse- rum amyloid P component (SAP), C型レクチンである SIGN-R1は古典経路のC1複合体を活性化し,補体の共 通カスケードを起動する.

C1複合体はC1qと2つのプロテアーゼサブユニット のC1sとC1rからなるが,C1qはMBL,  フィコリンと構 造的にも機能的にも類似しており,進化的起源の共通性 が示唆されている(1).MBL,  フィコリン,C1qはいずれ も3つのサブユニットからなるユニットが3〜 6本集合 した多量体を作り,糖鎖あるいは抗原抗体複合体のFc 領域を多価で認識するときに各々に付随するプロテアー ゼを活性化し,補体共通カスケードを起動する.多価認 識の要求性は病原体依存的な補体の活性化,すなわち微 生物表層にふんだんに存在するPAMPsにMBLやフィ コリン,C1複合体が多価で結合した際に補体が活性さ れる仕組みを可能としている.

3. 補体によるオプソニン化と貪食の促進

C1複合体あるいはMASPsが病原体認識に依存して活 性化されると,C4とC2が限定分解されてC3転換酵素 複合体C4b2aが形成され,生じた転換酵素によりC3が C3bとC3aに分解される.C3の分解は,補体の生体防 御反応を実行に移すうえで最も重要である.C3の分解 に伴ってはC5転換酵素複合体C4b2a3bが形成され,C5 をC5aとC5bに限定分解する.C5bは膜侵襲複合体形成 の起点となる.膜侵襲複合体はナイセリア属の細菌など 一部のグラム陰性菌に対する感染防御として重要である が,厚い細胞壁を有するグラム陽性菌種に対しては一般 に無効である.グラム陽性の黄色ブドウ球菌に対する生 体防御における補体の主な役割は,細菌のオプソニン化 と好中球による貪食の促進にある(表

1

.C3bとC4b は,分子内のチオエステル結合が限定分解に伴って分子 表面に露出することで解離し,病原体上の分子の水酸基 やアミノ基とエステルやアミドの共有結合を作って沈着 することで,オプソニンとして働く.病原体に結合した C3bやC4bは,好中球などに発現する補体受容体CR1 に認識され貪食されるが,貪食にはほかの免疫伝達物質 からの活性化シグナルが必要とされる.C3の血中濃度 は1.2 mg/mL程度と高く維持され,オプソニンとしての 役割を滞りなく実行する準備がなされていると言える.

4. オプソニンとして働くほかの血清成分

オプソニンとして働くのはC3bやC4bばかりではな い.抗原抗体複合体やレクチンは,補体の活性化によら ずオプソニンとしても働く(表1).抗原抗体複合体を オプソニンとして認識するのはIgG抗体受容体である Fc受容体(Fc

γ

Rs)である(2).Fc

γ

Rsは好中球やマクロ ファージに発現しており,抗体でオプソニン化された細 菌を認識し,これを貪食する.CRPやSAPというペン タラキシンファミリー分子にC1qが結合して補体を活 性化することは上述したが,CRPやSAPにはFc

γ

Rsも 結合し細菌貪食を誘導する.CRPの血中濃度は5 

μ

g/mL 未満から急性炎症時には500 

μ

g/mLにまで上昇すること が知られ,日本では急性炎症のマーカーとして利用され ているタンパク質である.MBLやフィコリンもオプソ ニンとして働くことが提案されているが,その受容体な どの詳細や重要性は明らかにはなっていない.

5. 補体と炎症,および補体の調節

感染局所における抗体を含む血漿成分の滲出にはケミ カルメディエーターが必須の役割を担うが,その一翼を アナフィラトキシンとして働くC5aやC3aが担う.C5a 図1補体活性化の仕組みと主な役割

(3)

やC3bはマスト細胞上の各々の受容体に結合してヒス タミンを放出させ,血管透過性を亢進する.C5aはまた ケモカインとして好中球の浸潤も引き起こす.補体系以 外ではマクロファージや樹状細胞,マスト細胞による病 原体認識とサイトカインやケモカインの放出が補体の活 性化と相まって,炎症反応の誘起にかかわっている.補 体が宿主細胞を攻撃・破壊すると生体としては都合が悪 いので,正常な宿主細胞は誤って活性化された補体因子 を不活性化し,自己を保持する仕組みを有している(3). 黄色ブドウ球菌などの病原微生物の一部は補体を不活性 化する仕組みを有しており,免疫系からの逃避に寄与し ていると考えられている(4)

MBLによる黄色ブドウ球菌の認識

つづいて血清成分による黄色ブドウ球菌の認識と貪食 について述べたい.黄色ブドウ球菌はグラム陽性細菌 で,厚いペプチドグリカンに覆われている(図

2

.ペ プチドグリカンは細胞壁タイコ酸(wall teichoic acid; 

WTA)と呼ばれる糖鎖と共有結合し,両者は細胞壁の 主要な構造体をなしている.そのほか,細胞膜に基部構 造をもつ糖鎖であるリポタイコ酸(lipoteichoic acid; 

LTA),細菌に特徴的な脂質修飾を受けた膜タンパク質 群であるリポプロテインが細菌に固有で共通した構造を 含有する.これら表層構造物はマクロファージや樹状細 胞,マスト細胞といった宿主細胞が有する微生物セン 表1黄色ブドウ球菌の貪食にかかわるヒト受容体

貪食受容体 黄色ブドウ球菌認識に 

預かるヒト血清因子 黄色ブドウ球菌の標的分子

オプソニン依存の受容体

FcγRs IgG antibodies WTAのβ-GlcNAc修飾糖,Clumping factor Aなど多数の表層抗原 FcαRI IgA antibodies 細胞表層抗原群

Fcα/μR IgA, IgM antibodies 細胞表層抗原群

FcγRs SAP ペプチドグリカン

CR1 C3b, C4b 菌体表層分子群に非特異的に共有結合

CR3 iC3b 菌体表層分子群に非特異的に共有結合

不明 MBL WTAのGlcNAc修飾糖

不明 L-Ficolin LTA

不明 M-Ficolin GlcNAcなどのアセチル化糖

オプソニン非依存の受容体

SR-As LTA

CLA-1/2 (SR-Bs) LTA

Integrin α5β1 *Fibronectin Fibronectin-binding proteins (FnBPs)

* Fibronectinは血漿や細胞外マトリックスにあり,FnBPsとIntegrinの結合を橋渡しする.FibronectinのFnBPsへの結合がIntegrinとの 結合を引き起こすわけではなく,Fibronectinをオプソニンと呼ぶわけではない.

図2黄色ブドウ球菌表層の主なPAMPs と宿主応答

下段に黄色ブドウ球菌の表層分子を,中段 に宿主側因子を,上段に宿主の生体防御応 答を示す.

(4)

サーによりPAMPsとして認識され,一般には炎症性サ イトカインの腫瘍壊死因子(TNF)-

α

やインターロイキ ン(IL)-6,  ケモカインのIL-8といった分子の分泌を促 し,好中球の遊走や活性化を導く(5).ペプチドグリカン はほ乳動物ではnucleotide binding oligomerization do- main(NOD)分子に,細菌リポプロテインの脂質修飾 部位はTLR-2/1, TLR-2/6ヘテロ受容体に認識される

(図2).ペプチドグリカンやLTAもTLR2リガンドとみ なされてきたが,細菌リポプロテインの脂質修飾酵素 Lgtの欠損株ではTLR2依存の炎症性サイトカインの誘 導はほぼ認められなくなるので,主要なTLR2リガンド はリポプロテインであると考えられる(6).次に述べるよ うにWTAは補体レクチン経路のMBLに認識される.

このほか,ホルミルメチオニンペプチドがパターン認識 受容体を活性化する.

補体を活性化することが知られている血清レクチンと しては,MBLとフィコリンが知られている.フィコリ ンとしてはL-フィコリン,H-フィコリン,M-フィコリ ンの3種が同定されている(1).L-フィコリンはサルモネ ラ菌や大腸菌に結合することが知られ,黄色ブドウ球菌 にも結合するとの報告があるが,その活性がMBLに比 べて弱いことなどからわれわれを含め複数の研究室で再 現できておらず,不明な点が多い.MBLは黄色ブドウ 球菌をはじめ各種の細菌,真菌,ウイルスに結合し,補 体を活性化する.MBLは直接,オプソニンとして働く との報告もなされている(表1).日本人を含むアジア 人種の約3割は,MBL遺伝子の一塩基多型に由来する アミノ酸置換変異によりMBLを遺伝的に欠損してい る.MBL欠損者は獲得免疫発達前の幼児期において黄 色ブドウ球菌をはじめとする病原性細菌に易感染性とな ることが報告されており,黄色ブドウ球菌に対する感染 防御へのMBLの生理的役割が示唆されている.

最近MBLは,黄色ブドウ球菌表層のWTAを認識す ることにより,黄色ブドウ球菌に結合し,補体レクチン 経路を活性化することが報告された(7)(図

3

.WTAを 欠損する黄色ブドウ球菌 欠損変異株にはMBLが結 合できなくなり,補体を活性化できないのである.

MBLのリガンドとして従来からペプチドグリカンが提 案されていたが,実際にはペプチドグリカンに共有結合 しているWTAがリガンドであって,試薬会社から購入 可能なペプチドグリカンの精製度の低さに起因したミス リードであったと推定される.さらにMBLは,WTA のGlcNAc修飾糖を認識することが明らかとなってい る.WTAはリビトールリン酸のポリマーを本体とし,

リビトールのヒドロキシル基にGlcNAcが

α

結合,ある

いは

β

結合で修飾することが従来知られていたが,これ ら修飾糖の転移酵素をコードする ,  遺伝子が近 年同定されており,この両遺伝子の二重欠損変異株と MBLの相互作用解析がなされた結果,修飾糖を欠損す る二重欠損株にはMBLは結合できず,MBLはWTAの GlcNAc修 飾 糖 を 認 識 す る こ と が 明 ら か と な っ た(7)

(図3).WTAのGlcNAc修飾糖では3, 4位のエクアトリ アルなヒドロキシル基がフリーであることから,この結 果はMBLがマンノースや -アセチルグルコサミンの 3, 4位のエクアトリアル位のヒドロキシル基を認識する とされる結果と矛盾しない結果である.

抗黄色ブドウ球菌抗体としての抗WTA抗体の優位 性

ヒト血清中には,黄色ブドウ球菌の表層構造物やタン パク質に対する抗体価の高いものが見いだされる.Pro- tein AやClumping factor Aといった主要な表層タンパ ク質抗原に対する抗体はオプソニン化や補体古典経路の 活性化を介して黄色ブドウ球菌に対する生体防御に寄与 していると考えられることから,ワクチン抗原としての 開発が進められている.肺炎球菌やインフルエンザ菌 type bに対するワクチンに夾膜多糖体抗原が用いられ 図3MBLと抗体によるWTAGlcNAc修飾糖の認識と補体 活性化

WTA直鎖の繰返し単位を白抜きの楕円で,繰返し単位の糖の水 酸基に結合するGlcNAc修飾糖を灰色塗りの楕円で示す.

(5)

ているように,黄色ブドウ球菌の表層糖鎖に対してもヒ ト血清中には高い抗体価が認められる.特にWTAに対 するヒト抗体価は高く,これに一致してヒト血清による 補体活性化能は黄色ブドウ球菌WTA欠損株に対して著 しく低下することが観察されている.さらに,注射用ヒ ト免疫グロブリン製剤からアフィニティー精製された抗 WTA抗体は,WTAの

β

-GlcNAc修飾糖を主要なエピ トープとすることが報告されている(7).したがって WTAのGlcNAc修飾糖は,補体レクチン経路のMBLと 古典経路の抗体という両経路の微生物センサーの標的分 子であり,黄色ブドウ球菌に対する補体活性化の主要な 標的となっているようである(図3).

SAPのペプチドグリカン結合によるオプソニン化 とWTAによる阻害

SAPとCRPは環状五量体構造をとるペンタラキシン ファミリータンパク質で,カルシウム依存のリガンド結 合部位をもつ血清成分である.急性炎症のマーカーとし て使われるCRPは当初,肺炎球菌の莢膜多糖体との反 応性により同定され,のちにC1qと結合して補体経路を 活性化するとともに,Fc

γ

Rsに認識されるオプソニンと しても働くことが見いだされている.一方のSAPは炎 症時に誘導されることはないが,CRPと同様にC1qお よびFc

γ

Rsとの結合能を有し,補体の活性化,およびオ プソニンとして働く.最近,SAPがペプチドグリカン 結合タンパク質として報告された(8).ペプチドグリカン 単量体への結合の D値は60 nM程度と生理的機能を考 慮するうえでも十分に低い.一方のCRPはペプチドグ リカンに結合しない.SAPの黄色ブドウ球菌菌体のペ プチドグリカンへの結合はC1qを介した補体活性化は 誘導しないが,オプソニンとして働くことでFc

γ

Rs依存 の好中球貪食を誘導できる(表1).ただし,SAPのペ プチドグリカンへの結合はWTAを酸性条件で脱穀した りWTA欠損株を用いたりしたペプチドグリカンが露出 した条件で認められたものであり,WTAがあればSAP はペプチドグリカンに結合できないため,SAPの黄色 ブドウ球菌感染に対する役割についてはさらなる検証が 待たれる.

オプソニン非依存の黄色ブドウ球菌の貪食

マクロファージや樹状細胞は,細胞表層受容体が直接 に病原体の表層構造物を認識し,オプソニンを介するこ となく貪食することもできる.代表的な受容体はscav- enger receptor (SR)-AとSR-Bs(CLA-1/2) で,両 者

とも黄色ブドウ球菌のLTAをリガンドとする(表1). 興味深いことに,LTAを欠損する黄色ブドウ球菌変異 株はマウス血液感染モデルにおいて高病原性を示し,血 液中の生菌数の上昇が認められている(9).これは,マク ロファージによるLTAを介した黄色ブドウ球菌の貪食 が,黄色ブドウ球菌に対する生体防御に重要であること を示唆する結果である.驚くべきことに,同様の機構は ショウジョウバエにおいても機能的であるようで,ショ ウジョウバエへの細菌感染モデルにおいても黄色ブドウ 球菌のLTA欠損株は高病原性を示し,その理由はハエ 体液中の食細胞上のDraper受容体によるLTAを標的と した貪食が欠落することによると報告されている(10). ショウジョウバエにおいては食細胞上のIntegrin分子に よるペプチドグリカン認識を介した貪食機構も提示され ており(11),同様のペプチドグリカン‒ペプチドグリカン 認識受容体の組み合わせが哺乳動物においても保存さ れ,生体防御に機能していることは想像に難くない.

好中球細胞外トラップ Neutrophil Extracellular  Traps; NETs による捕獲

本稿のトピックである貪食とは異なるが,NETsは近 年研究が進んできた免疫系による異物除去システムの一 形態で,活性化好中球がクロマチンを細胞外へ放出して 周囲の微生物を蜘蛛の糸で絡めとるように捕らえ,放出 したクロマチンに含まれる抗菌ペプチドにより殺菌する ものである(5).NETsは での観察が先行してい たが,黄色ブドウ球菌感染に依存して生体内でも起きる ことが観察されている(12).また好中球の細胞死と溶解 に伴う現象として捉えられてきたが,TLR2と補体の活 性化に依存して細胞の溶解を伴うことなくNETsが形成 され,しかも脱核した好中球が走化性と貪食能を保持し ていると報告されている(12).これに対して黄色ブドウ 球菌はDNaseを放出することによりNETsから逃避で きるとされる.NETs形成に際しては周囲の自己組織が 傷害されることが想定され,細菌感染による炎症誘起の 要因となるであろうことも興味深い.

非免疫系の細胞への黄色ブドウ球菌の侵入

好中球やマクロファージのような免疫系食細胞に貪食 されるだけでなく,黄色ブドウ球菌が上皮細胞,内皮細 胞,繊維芽細胞,骨芽細胞,角化細胞といった非免疫系 の細胞に接着・侵入し,宿主細胞の中で生存できること が明らかになりつつある(13, 14).黄色ブドウ球菌は細胞 内に潜入することで,抗体による認識や抗菌ペプチドに

(6)

よる攻撃など免疫系から逃避することが可能となり,ま た膜透過性の低い抗菌剤に対して耐性を獲得しうる.結 果として,黄色ブドウ球菌が宿主組織に長くとどまるな どして難治性の感染の原因となると想像できる.これら 一般細胞への侵入に際しては,黄色ブドウ球菌のフィブ ロネクチン結合タンパク質AおよびB(FnBPs)が細胞 外マトリックスのフィブロネクチンへの結合を介して細 胞表層のIntegrin 

α

5

β

1に結合し,細胞骨格を再編成す る仕組みが最も重要であるとされている.細胞内に侵入 直後にはファゴリソソームに運ばれるが,黄色ブドウ球 菌 は 主 に は

α

-toxinやphenol soluble modulins(PSMs)

といったタンパク質の働きで細胞質に脱出するとされ,

菌の細胞質への脱出は細胞死や組織の炎症をしばしば誘 導する.細胞質中の黄色ブドウ球菌がオートファジーに より捕獲され殺菌されるとする報告がある一方,毒素の 発現によりこれに耐性となるメカニズムも報告されてい る.細胞の種類や菌の種類により異なる結果が報告され ており,さらなる検証が待たれる.

従来から黄色ブドウ球菌の慢性感染に付随して,寒天 培地上で小さなコロニーを作るsmall colony variants

(SCVs)と呼ばれる黄色ブドウ球菌の表現型が報告され てきた(14).SCVsの表現型は一般に不安定で,速やかに 元の増殖の速い親株の表現型に戻る.このSCVの表現 型は細胞内への長期間の寄生能にかかわっているとして 着目されている.SCVs型変異株にはFnBPsを高発現 し,高い細胞侵入能を獲得した株が報告されている.ま たSCVsは毒素の低発現により炎症誘起能を低下させて 免疫系から回避していること,また代謝を落とし増殖速 度を落とすことで

β

-ラクタム剤に耐性となることも指摘 されている.黄色ブドウ球菌のSCVsの表現型形成能 は,抗菌治療に抵抗し,またワクチン開発が難航してい る黄色ブドウ球菌感染症を考えるうえで重要であると考 えられる.

おわりに

黄色ブドウ球菌に対するワクチン抗原としてさまざま なタンパク質が試験され,動物実験を経てヒト臨床試験 にも供されているが,これまでに感染防御効果が認めら れた抗原はない.グローバルファーマ各社による単一タ ンパク質抗原を用いたワクチン開発はすべてのケースで 臨床試験において中止に追い込まれており,現在は複数 の抗原の組み合わせの有効性が検討されている状況にあ る.米国国立アレルギー感染研究所(NIAID)により 開催された世界大手製薬企業の研究開発責任者を交えた

2013年6月の報告会によれば,臨床試験においても抗体 は産生され,オプソニン活性の誘導は確認されているに もかかわらず,である.おそらく一つの重要な可能性と しては,黄色ブドウ球菌の一部は好中球に貪食された後 も,好中球の殺菌力や好中球のアポトーシス細胞死とマ クロファージによる貪食に抵抗して生存できること,が 挙げられる.上述したように,黄色ブドウ球菌は古典的 には細胞外病原性細菌と捉えられてきたが,近年では細 胞内でも生存可能な病原性細菌であると見直されてきて いる.実際,黄色ブドウ球菌はマクロファージや顆粒球 などの細胞内で検出されている.今後のワクチン開発に おいては,黄色ブドウ球菌を細胞内に含有する細胞を攻 撃できる,細胞性免疫の賦活化を促す抗原の同定が重要 となるであろう.また,黄色ブドウ球菌感染においては 好中球の遊走を促すIL-17の感染防御における重要性が 提示されている(15, 16).Th17細胞や

γδ

T細胞などにより 産生されるIL-17は顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)

やケモカインの産生を介して好中球の感染局所への遊走 を促す.黄色ブドウ球菌由来の抗原で,IL-17の高発現 応答を導く免疫記憶を可能とする物質は,ワクチン抗原 として有望であると考えられる.黄色ブドウ球菌と宿主 免疫系との相互作用のさらなる理解により,MRSA感 染症の新規な予防・治療法の開発が可能となることが期 待される.

文献

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プロフィル

黒川 健児(Kenji KUROKAWA)

<略 歴>1994年 九 州 大 学 薬 学 部 卒 業/

1998年同大学大学院薬学研究科博士課程 中退/同年長崎大学薬学部助手/2001年 東京大学大学院薬学系研究科助手/2004 年同講師/2008年釜山大学校薬学部研究 教授/2013年長崎国際大学薬学部准教授,

現在に至る<研究テーマと抱負>微生物表 層の科学を基盤にヒトの健康に貢献したい

<趣味>剣道,低山登山,博多山笠 Copyright © 2015 公益社団法人日本農芸化学会

参照

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