糖 尿 病 患 者 数 は 増 加 の 一 途 を た ど っ て お り,Ketogenic diet
(KD) は そ の 独 自 性 や 特 殊 性 か ら 薬 剤 治 療 と 異 な る 治 療 食 としての効果が期待されている.また,癲癇やがんへの効果 も報告されつつあるが,KDの生体にどのように作用し,影 響を与えるかについての生化学的・分子生物学的な報告が少 ないことと相まって,KDの使用には疑問が残らざるをえな いのが現状といえる.また,KDが生体に及ぼす影響につい て も 多 く が 事 象 論 に と ど ま っ て い る が 現 状 で あ る.本 稿 で は,KDの作用メカニズムとして近年の報告を紹介し,その 有効性をエビデンスに基づいて示したい.
はじめに
ケトジェニックダイエット(KD)とは,糖質を制限 し,糖質の代替エネルギー源として脂質を摂取する食事 療法のことを一般的に指し,血中のケトン体(
β
-ヒドロ キシ酪酸,アセト酢酸,アセトンの総称)が増加するの が特徴である.体重減少や糖尿病治療食として世間に知 られているが,もともとは癲癇の治療食として一般的に 知られていた.その起源は古代ギリシアや古代インドにまでさかのぼり,紀元前500年にはすでに癲癇の治療法 として絶食が用いられていたことが記されている.近代 になって1911年にGulep医師,Marie医師らによって癲 癇の治療法として絶食の有効性について発表されてい る.その後,絶食中に
β
-ヒドロキシ酪酸とアセト酢酸の 濃度が上昇することが1921年にWoodyatt博士らにより 明らかになったことから,これらの総称としての血中ケ トン体の量を増加させる食事の有効性についての提案が Wilder博士らによってなされた(1).ここでは,1 gのタ ンパク質,10〜15 gの炭水化物,そして脂肪分でエネル ギーを充足させる食事がベースとなり,KDの基礎的な 概念がここで確立された.その後1920年代から積極的 にこの食事療法を用いて,癲癇治療が広く行われてき た.KDを摂取することにより,体内で炭水化物が不足 するため,それに代替するエネルギー源としてケトン体 の合成が促進され,体内で主要なエネルギー源として使 用されることが知られている(図1).この食事に「Keto- genic」という呼称がついているのは,このケトン体生 合成を伴う食事であることに起因し,この生理的な状態 が絶食時と類似しているため,KDは「擬似絶食」とも 呼ばれている(2, 3).日本農芸化学会
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【解説】
Effect of Ketogenic Diet on Human Health
Yuji YAMAMOTO, 東京農業大学応用生物科学部生物応用化学科
ケトジェニックダイエットがヒト の健康に及ぼす影響について
山本祐司
しかし,その後ジフェニルヒダントイン(diphenylhy- dantoin)が抗癲癇薬として使用されるようになるとKD による治療ではなく薬による治療法にシフトするように なり,KDが薬剤治療に取って代わられることとなる.
2000年になるとダイエットブームや2型糖尿病の治療法 として再び着目され始め,Robert Atkins博士の著書
「アトキンス博士の食事革命:Dr. Atkinsʼ Diet Revolu- tion」により広く社会に再認識されるようになった.ま た,現在では年に100報近い研究論文が発表されてお り,国際学会の年次開催も行われるようになっている.
さらに古典的KDに加えて,medium-chain triglyceride
(MCT) dietや,modified Atkins diet(修正アトキンス 食:MAD),low glycemic index treatment(低グリセ ミック指標食:LGIT)などが提供され,これらは癲癇 や糖尿病治療のほかにアルツハイマー病やパーキンソン 病,心血管疾患,がん,にきびの治療方法としての効果 が期待されている(2).しかし,これらの効果がどのよう
な作用メカニズムで発揮されるのかについてはいまだ統 一的な見解がなされていないのが現状である.
KDとそのほかのダイエット(図2)
KDは,低炭水化物・高脂肪食ダイエットであり,炭 水化物源を極力減らし,その代わりエネルギー源として 脂肪を摂取する食事療法を指す.糖尿病の治療へは一般 的にケトン比が4 : 1または3 : 1の食事がよく使用される.
ケトン比とは(脂質の重量) :(炭水化物+タンパク質の 総重量)で表したものである.ちなみに,この組成の食 事をカロリーで換算すると8%がタンパク質由来,2%
が炭水化物由来で,90%が脂質由来のカロリーとなり,
KDが脂質に富んだ食事であることがわかる.現在,
KDはヒトにおいては1日の炭水化物の摂取量を20〜
40 g程度に制限する食事と定義されている(4).しかし,
写真に示すとおりかなり偏った食事であり(図2),そ の食事療法に合わせた生活スタイルを維持するのは極め て困難である.特に,小児への癲癇治療を目的と食事と しては,長期間に食べなければならないことに加え,後 述の副作用もあり,難しいとされている.そこで,同様 の効果が期待される食事療法の開発が望まれた(図2). MCTは1970年代に提唱され,ココナッツオイルなどに 含まれる中鎖脂肪酸で構成される中性脂肪を脂肪源とし て食事を構成しているのが特徴である.吸収後に肝臓中 で中鎖脂肪酸が中性脂肪に再構成されることなく
β
酸化 を受けて分解され,ケトン体の生合成を活発にする食事 である.このため,炭水化物やタンパク質の含有率を増 やすことが可能となっている.図2■KDについて 図1■KDが肝臓代謝に及ぼす影響
日本農芸化学会
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一方で,2003年に発表されたMADはダイエット効果 よりも癲癇治療に重点をおいた組成であり,特徴として KDよりタンパク質や炭水化物源を多く含有し(成人 20 g/1日),制限を緩和しながらケトン体生成のための 脂肪の摂取量を多くしている.MADはKDより癲癇に 対する効果は高いとの報告もある(5).LGITは,Thiele らによって提唱されたグリセミックインデクス<50に 抑えることで血中グルコース値を維持する食事療法であ る.このダイエットでは,40〜60 gの炭水化物を摂取可 能となり,ほかのダイエットと比較しても遥かに多くの 炭水化物を摂取できるのが特徴である.また,血中ケト ン体量は増加するものの,KDやMADと比較して穏や かであることが特徴である.これらのダイエットのいず れも,癲癇に対して一定の改善効果が見られた(2).
ケトン体生合成メカニズム(図3)
KDでは低炭水化物であるため,血糖値は上昇せず,
インスリン濃度が低下する.グルコースの消費を抑える ために,代替えエネルギー源としてケトン体は主に肝臓 で遊離脂肪酸を基質として生成されるが一部腎皮質でも 生成される.血中のインスリン濃度の低下により脂肪組 織のホルモン感受性リパーゼの抑制が解除され,生じた 遊離脂肪酸は血中を介して肝臓へ送られる(6).その後,
ミトコンドリア内で
β
酸化によりアセチルCoAとなり,細胞内のアセチルCoA量が増加する.増加したアセチ ルCoAはTCAサイクルのクエン酸シンターゼ活性を阻 害し,TCAサイクルが抑制されることでケトン体生合 成が活性化される.ケトン体合成は,まず脂肪酸の
β
酸 化の最終段階の逆反応である2分子のアセチルCoAの縮 合によるアセトアセチルCoAの合成がミトコンドリア マトリックスで行われる.さらに1分子のアセチルCoAがHMG-CoAシンターゼの作用により
β
-ヒドロキシ-β
-メ チルグルタリルCoA (HMG-CoA)を生成する.なお,コレステロール構成にかかわるHMG-CoAシンターゼは 細胞質に存在するため,この反応とは無関係である.そ の後,HMG-CoAリアーゼがHMG-CoAを分解し,アセ チルCoAとアセト酢酸を産生する.アセト酢酸は
β
-D-ヒ ドロキシ酪酸デヒドロゲナーゼによりβ
-ヒドロキシ酪酸 に還元される.この反応過程はミトコンドリア内の[NAD+]/[NADH]比に依存する.したがって,血中 の
β
-ヒドロキシ酪酸のアセト酢酸に対する比率は,肝臓 中のミトコンドリアにおける[NAD+]/[NADH]比を 反映することになる.さらに,絶食時は脂肪酸の酸化が 亢進するためにNADH産生が増大し,β
-ヒドロキシ酪 酸産生に傾くようになる.血中に放出されたβ
-ヒドロキ シ酪酸とアセト酢酸は脳や筋肉で再びアセチルCoAと なり,TCAサイクルを介してエネルギー産生に用いら れるとともに,血中グルコースの消費を抑制する作用を もっている(2).また,アセト酢酸の一部は非酵素的に脱 カルボキシル化を受けてアセトンになる.正常な健康状 態ではβ
-ヒドロキシ酪酸はマイクロオーダーの低濃度に 維持されているが,90分の激しい運動後や,2日の絶食 後には1〜2 mMまで上昇する.この濃度はKD摂取時で も観察されている(7, 8).肝臓以外(筋肉,脳など)でのケトン体の利用(図 3)
肝臓で生成された
β
-ヒドロキシ酪酸とアセト酢酸は,血中に放出されて肝臓以外の臓器(心筋,骨格筋,脳な ど)に送られ,ミトコンドリア内で代謝される.標的組 織ではモノカルボン酸トランスポーターを介して細胞内 取り込まれるが(9),肝臓ではケトン体をアセチルCoA に変換する酵素が発現していないため利用できない.し かし,そのほかの組織,特に筋肉や脳では
β
-ヒドロキシ 酪酸はβ
-ヒドロキシ酪酸デヒドロゲナーゼの作用により NAD+に共役した酸化反応でアセト酢酸となった後,チ オラーゼの作用によりアセトアセチルCoAを経て,再 びアセチルCoAへ変換後TCAサイクルでATP産生に 用いられる.KDの脂質代謝改善およびダイエット効果ついて KDが生体に与える影響の分子基盤を,実験動物など を用いて生化学,分子生物学的に検討している報告は意 外と少ない.また,KDにダイエット効果があることは 明白であるが,そのメカニズムについてはいまだ詳細に 図3■ケトン体生合成メカニズム
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解明されていない.タンパク質摂取量が多いことによる 食欲減退,脂質代謝の亢進,糖原性アミノ酸による糖新 生経路の活性化による代謝変化が,体重の減少に関与す るなど諸説ある.特に,タンパク質を起源とする糖新生 には400から600 kcal/dayのエネルギーを消費されたと 計算されることが,その根拠となっている.また,ケト ン体によるghrelinやleptinのなどのホルモン作用の変 動などの報告もされている(10).
他方で,脂質代謝への変化に着目した研究結果も報告 されており,KennedyらはKDをC57/BL6 miceに7週 間負荷し解析を行った結果では,KDが肝臓でケトン体 合成を亢進し,脂肪酸分解を促進することや,脂肪酸合 成を抑制することを明らかにした(11).これらの結果か ら,KDは脂肪酸合成を抑制し,脂肪分解を促進するこ とで,ダイエット効果をもたらすものと考えられてい る(10).興味深いことに,脂肪酸代謝に関するこれらの 遺伝子発現パターンは絶食(カロリー制限)とは違う挙 動であった(11)ことから,この2つの生理状態は必ずしも 一致していないことが示されたことも興味深い報告であ る.
がんへの効果(図4)
1987年にはTisdaleらが,KDが腫瘍の縮小作用をも つ可能性についてマウスを用いた実験系で報告してい る.そのほか,大腸がん,胃がん,前立腺などに対して も有効性が報告されている(12).がん細胞では,正常細 胞と比較して嫌気的条件下で生存するために代謝を大き く変化させることが知られており,Warburg効果に代 表される嫌気的な解糖によるグルコースの消費に依存し てATPの産生を行うようになる.また,同時にペン トースリン酸経路も活性化され,DNA複製に用いられ るリボース生合成に寄与する.KDではグルコースの利
用が制限されるうえ,ペントースリン酸経路の基質とな るグルコース6-リン酸量も減少するためにこの経路も阻 害されることから,がんが生存するのに必要なエネル ギー確保が難しくなるとされている.また,ケトン体を 基質としてアセチルCoAがミトコンドリア内でTCAサ イクルから電子伝達系を経てATP産生を行うため,活 性酸素種(ROS)の産生が増大する(13).細胞培養実験 系でケトン体を添加した細胞中のグルタチオンの低下お よび過酸化脂質が増大することが報告されていることか らも,がん細胞において,KDが酸化ストレスを介して 細胞の増殖を抑制する可能性が示されている(図4). さらに,多くのがん細胞でミトコンドリア機能障害と個 数の減少が観察されているが,
β
-ヒドロキシ酪酸が上昇 する条件ではミトコンドリア機能の回復が報告されてお り,KDはがん細胞増殖能の低下に寄与しているものと 考えられている(14).KDの癲癇への効果
脳 に お い て,ケ ト ン 体 は ア セ チ ルCoAへ 変 換 後,
TCAサイクルでATPを産生する.この過程で,2-オキ ソグルタル酸からグルタミン酸の生合成が上昇し,
γ
-ア ミノ酪酸(GABA)の産生増大を誘導し抗癲癇効果を有 するのではないかと考えられている(15).一方,ケトン体 生成による血中pHの変化は,acid-sensing ion channel(ASICIa)の変動を介して神経細胞の活動に影響を及ぼ すことも,KDによる癲癇の軽減効果の一要因として考 え ら れ て い る.ま た,N-methyl-D-aspartate (NMDA)
受容体やGABA受容体の作用発現にpHが影響を及ぼす 可能性についても考えられている(16).さらに,癲癇に 対する作用もKDとカロリー制限(絶食)では異なり,
両者で抗けいれん効果は見られたものの,脳波の癲癇性 異常波,およびカイニン酸誘発性癲癇に対する応答は正 反対であった.このことからも,脂質代謝同様, KDと 絶食は必ずしも同様のメカニズムで作用するのではない ことが改めて示された(17).
2型糖尿病への効果ついて
ダイエット効果に加えて近年着目されているのが,糖 尿病改善を目的とした食事療法としてのKDである.イ ンスリン抵抗性を伴う2型糖尿病とはインスリンの作用 不足によって起こる異常な高血糖を主徴とする代謝異常 である.その発病には生活習慣が大きく関連しているこ とから,生活習慣病の一つとされている.糖尿病の治療 図4■がん細胞へのKDの影響
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にKDを用いた例としては多く存在し(18),Yancy, Jr.
らによると,中年の肥満併発型糖尿病患者にKDを摂取 させたところ,16週間後には体重・ウエスト・HbA1c・
Serum TGなどの値が顕著に減少したことが報告されて いる.また,この際には被験者の80%は試験前より試 験後で糖尿病薬の処方量が減少した(19).そのほかにも,
いくつかの論文でKDが空腹時血糖値やHbA1cの減少 に有効であることが報告されている.さらに,West- manらによってKDが低GI食と比較しても空腹時血糖 値やHbA1c・体重の減少に対して効果的であることが 示されている(20).これらは主に,KD摂取により食後血 糖値の上昇が緩和されインスリン分泌が抑えられること で2型糖尿病の改善が起こることが報告されている(10).
副作用について(13)
KDが糖尿病や肥満の改善に有効だという認識が高 まっている一方で,それを否定する論文(21)や,ほかの 既存の糖尿病治療と比較して良好な血糖のコントロール を示さないことを報告する論文(22)も存在している.ま た,KDを摂取することによる弊害も示されており,急 性の副作用については,無気力感やむかつき感,さらに 吐き気などがある.KDはケトン体生成に伴いアシドー シスおよび呼吸機能の低下や意識の低下,脱水症状など を引き起こす原因となる.また,長期の副作用として LDL-コレステロール値の増加,セレニウムや銅,亜鉛 などの微量ミネラル欠乏などが報告されている.さら に,骨のミネラル量の減少なども報告されている.一 方,代表的な症状としてアシドーシスや高尿酸血症,腎 臓結石や尿結石などが挙げられている(23).Jornayvazら は,KDがエネルギー産生を増加させ体重増加を防ぐ一 方で,肝臓インスリン抵抗性を引き起こすことを報告し ている(24).また,この報告では,脂肪肝を引き起こす DGの増加がインスリン受容体の下流因子であるIRSの リン酸化レベルを低下させ,インスリンシグナルの阻害 を行うことも示されている.多くのKDによる動物実験 では,脂質の占めるエネルギーが全体の90%ほどの飼 料が用いられており,この結果はKDの「高脂肪な食 事」による悪影響の存在を露呈したものである.
ケトン体の作用発現機構(図5)
以上述べてきたように,KDは代謝を変動させること でその作用を発揮するものと理解されてきた.しかし,
絶食や低血糖状態を模した実験動物を用いた実験結果か
ら,KDはこれらとは明らかに異なることが示されてき た.このことは,KDなどのケトン体を増加させる食事 を摂取することで生じる
β
-ヒドロキシ酪酸,アセト酢酸 に何らかの特異的作用があるものと考えられてきてい る.特に,代謝の過程で生じる中間産物や,最終産物が シグナル因子に作用し,生体調整に大きく関与する事例 が報告されつつあり,このような考えはメタボリックシ グナルと呼ばれている(22).1. 三量体Gタンパク質共役受容体を介した作用メカニ ズム
三量体Gタンパク質共役受容体であるHCAR2(PU- MA-GやGpr109とも呼ばれる)に
β
-ヒドロキシ酪酸が 結合することでシグナルを活性化し,脂肪細胞での脂肪 分解を阻害することが報告されている.これは,ケトン 体合成のフィードバック阻害としての作用と考えられて いる(25).また,遊離脂肪酸の受容体であるFFAR3と結 合し,その活性を阻害することで脂肪酸分解を阻害する ことも報告されているおり,これら膜受容体に結合する ことでその作用を発揮する(26).2. タンパク質修飾を介した作用メカニズム
ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)は,ヒストンや 非ヒストンタンパク質(p53, c-myc, MyoDなど)のリ ジン残基の脱アセチル化修飾を介して遺伝子発現を抑制 する酵素である.クラス1HDACに
β
-ヒドロキシ酪酸が 結合し,その活性を阻害することで,線虫の寿命にかか わる遺伝子でヒト相同遺伝子 遺伝子の発現量が 上昇することが報告されている.一方で,β
-ヒドロキシ 酪酸は細胞内でアセチルCoAに代謝されることでアセ チルCoAを基質としたタンパク質のアセチル化を促進 する可能性も示されている(22).タンパク質リン酸化もタンパク質の活性化や不活性化 図5■SIRT1を介したKD作用発現メカニズム
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に大きくかかわる修飾の一つである.動物実験系でKD を摂取することで,脳内タンパク質のリン酸化パターン が変化することが報告されており,さまざまなシグナル 因子や代謝関連酵素の活性がKD摂取により変動する可 能性が示された(27).筆者らも,KD摂取で核内受容体で あるSREBPのリン酸化が臓器特異的に変動する結果を 得ており,リン酸化を介して遺伝子発現制御にかかわっ ている可能性を強く支持する結果である(加藤ら,投稿 準備中).
SIRT1を介した作用メカニズム(図5)
( )はカロリー制限をしたときに寿命 が延びることに着目した際に同定された遺伝子である.
その後,SIRT1はNAD+依存性脱アセチル化酵素とし ての機能が明らかとなり,長寿や脂質代謝の制御,アポ トーシスなどのさまざまな生体機能の制御を行うことが 報告されている(28).一方,SIRT1の活性はタンパク質 発現量のみならず,細胞内のNAD+([NAD+]/[NADH]
比)に依存することが報告されている.そこで,筆者ら はラットを用いてSirt1に注目し,KDがSirt1を介して 代謝の制御を行っているのかを検討した結果,Sirt1の ターゲット因子の一つである転写因子PGC-1
α
をはじめ とする下流因子への脱アセチル化が亢進し,遺伝子発現 の制御を介してエネルギー産生の増加や脂肪酸合成の抑 制,コレステロール異化の亢進などが生じる可能性を明 らかにした(図5).これらの結果は,アセト酢酸のβ
-ヒ ドロキシ酪酸への還元反応に多量のNADHが用いられ るため[NAD+]/[NADH]比が減少したことでSirt1を 介した遺伝子発現が変化したものと推察した(志知ら,投稿準備中).今回の発見は,NAD+が酸化還元反応 の 補 酵 素 と し て だ け で は な く,NAD+の 存 在 量 や,
[NAD+]/[NADH]のバランスの変化が生体に大きな 影響を与えることを意味する.特にSIRT1は生体のさ まざまな器官で多種多様な働きをすることが知られてき ており,近年では「[NAD+]/[NADH]の比の変化」
「SIRT1」という概念は遺伝子発現や代謝を考察するう えでの重要なファクターとなりつつある.特に今回の ラットを用いた実験結果からKDを摂取することで骨格 筋では[NAD+]/[NADH]比が有意に変動しなかった のに対して肝臓では劇的に上昇したことから,KD摂取 により肝臓特異的にSirt1が活性化し,脂質代謝やエネ ルギー代謝が変動するモデルとなると考えている.
β
-ヒドロキシ酪酸とアセト酢酸の異なる作用の可能性について
最近の研究結果から,アセト酢酸にROSの産生を阻 害するといった研究結果がある一方で,ROSの産生を 促進するとの報告もある(29, 30).しかし,どちらも
β
-ヒド ロキシ酪酸よりその効果は強いことから,β
-ヒドロキシ 酪酸がアセト酢酸と異なるシグナルに作用する可能性も 考 え ら れ て い る.ま た,melanomaで 多 く 見 ら れ る BRAF V600F変異体のMAPKシグナルがアセト酢酸に より活性化し,細胞増殖を促進する報告もあり,アセト 酢酸固有の機能も明らかになりつつある(31).筆者らは,がん抑制遺伝子TSC2の片アレル変異が認められ1年で 腎 臓 に 腫 瘍 を 形 成 す る 結 節 性 硬 化 症 モ デ ル ラ ッ ト
(Eker rat)を用いた実験結果から,Ekerラットでは血 中のアセト酢酸量が
β
-ヒドロキシ酪酸の産生量を上回 り,通常のケトン体生成と異なっていることを明らかに した.現在,このアセト酢酸がリスク因子として腫瘍形 成に関与する可能性について解析を行っている(32, 33).おわりに(図6)
古代より知られていた絶食が今現在KDという形を変 えて,さまざまな病気に対していまだ有効であるという 事実は驚きに値すると思っている.また,その有効性が 明らかにもかかわらず,その分子メカニズムについて明 確な説明がなされていないことに驚きを隠せない.しか し,さまざまな病気の治療や改善の可能性があるからこ そ,世界中の研究者の注目の的になっていると考える.
これまでは,糖の供給が絶たれたときに,糖の消費を回 避し生命体を維持するための生体防御機構として考えら れていたケトン体生合成である.しかし,最近の実験結 果からケトン体そのものがシグナル因子として肝臓以外 の臓器に作用する可能性が示され,細胞活動を積極的に 図6■Ketogenic dietの効果
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変化させることが明らかとなりつつある.また,肝臓が ケトン体を利用できないにもかかわらず,ケトン体生合 成経路の亢進が細胞内のNADH量を変化させることで SIRT1活性を介した肝臓の遺伝子発現を変える可能性が 示された.すなわち,KDは細胞の代謝を変化させたり,
シグナルとなったりすることで,体全体にさまざまな異 なる効果を及ぼすものと考えられている.今後,KDの 効果の全容を分子生物学的,栄養学的立場から少しずつ 明らかにできれば,食事療法を通じ,その有効性や効果 的な利用方法の確立につながるものと期待される.
謝辞:本実験は大学院博士前期課程の志知雄太氏と加藤延郎氏が精力的 に実験に携わってくれました.この研究が一歩前に進みましたのは,二 人の日々の弛まない努力の結果であります.この場を借りて感謝申し上 げます.
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: , 80, 1513 (2016).
プロフィール
山本 祐司(Yuji YAMAMOTO)
<略歴>1989年東京農業大学農学部農芸 化学科卒業/1991年同大学農学研究科農 芸化学博士前期課程修了/1995年ペンシ ルバニア州立大学ポスドク研究員/1998 年ワシントン大学ポスドク研究員/2000 年同大学応用生物科学部生物応用化学科講 師/2010年同大学教授,現在に至る<研 究テーマと抱負>エンドサイトーシス機構 の解明,結節性硬化症をモデルとした新規 がん抑制メカニズムの解析,食品の新規機 能性の解析,メタボリックシグナルの概念 を今後の研究の展開に組み入れて,面白い 概念を構築してみたい<趣味>歌舞伎鑑 賞,映画鑑賞,自転車(ロードバイク)
Copyright © 2016 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.54.650
日本農芸化学会