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グルタチオン代謝とチオールケミストリー - J-Stage

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(1)

生 体 内 還 元 物 質 で あ る グ ル タ チ オ ン(GSH) は,活 性 酸 素 種の除去(抗酸化)や,求電子的な化合物,重金属など生体 異 物(毒 物) の 解 毒 の 最 前 線 に 立 つ 極 め て 重 要 な 分 子 で あ り,酸化ストレスを介してがん化学療法から薬剤耐性,生活 習 慣 病 に 至 る ま で,病 態 と 深 く か か わ るGSH生 合 成 は,

律 速 基 質 で あ るCysの 供 給 に 大 き く 依 存 し て お り,近 年,

GSH代謝やCys供給(Cys availability)にかかわる酵素やト ランスポーターが,抗がん剤などの重要な創薬ターゲットと し て 注 目 さ れ て い る.本 稿 で は,GSHの 代 謝 を 概 観 し た あ と,GSHの も つ チ オ ー ル の 化 学 に フ ォ ー カ ス しGSHの 代 謝 異 常 と 病 態 の 複 雑 な 関 係,GSH代 謝 やCys availability かかわるタンパク質とその活性制御が有用な創薬につながる 可能性について解説する.

グルタチオン(

γ

-Glu-Cys-Gly; GSH)は,高等動植物 から微生物まで,生物界に広く分布する天然の抗酸化物 質であり,細胞内には0.5〜10 mMもの高濃度で含まれ,

非タンパク質性のチオールの大部分を占める化合物であ る.GSHは 構 成 ア ミ ノ 酸 で あ るCysの チ オ ー ル の  化学的反応性により,それ自身が活性酸素種(O2

H2O2, ・OH等)を還元的に消去するほか,glutathione  peroxidase(GPx)や glutathione  -transferase(GST)

の補酵素としてH2O2や過酸化脂質,内在性あるいは外 来の求電子的な化合物の解毒代謝に極めて重要な働きを

している(1, 2).GSHは原料アミノ酸であるGlu, Cysおよ

びGlyから,細胞質にある2種類のATP依存性リガーゼ によって2段階で生合成される.すなわち,glutamate- cysteine ligase (GCL)(EC 6.3.2.2)により,GluとCys か ら

γ

-Glu-Cysを 生 成 し た の ち(反 応1),glutathione  synthetase (GS)(EC 6.3.2.3) に よ っ て,

γ

-Glu-Cysと Glyから

γ

-Glu-Cys-GlyすなわちGSHの生合成が完了す る(反応2).

(1) Glu + Cys + ATP→ γ-Glu-Cys + ADP + Pi (2) γ

→ γ

-Glu-Cys + Gly + ATP -Glu-Cys-Gly + ADP + Pi

 

GCLは,最終産物であるGSHによるフィードバック阻 害を受けるため,第1段階目がGSH生合成の律速段階 となっている.また,後述するように,Cysの血中濃度 は10 

μ

M程度と低く,GSHの律速基質である.そのた め,細胞のGSHレベルを決める2大要因は,GCLの活

【解説】

Glutathione Metabolism and Thiol Chemistry

Bunta WATANABE, Jun HIRATAKE, 京都大学化学研究所

グルタチオン代謝とチオールケミストリー

病態との関係創薬標的としての価値

渡辺文太,平竹 潤

(2)

性とCysの供給(Cys availability)にあり,そのいずれ もが,GSH生合成の第1段階にかかわる.さらに,この 段階は,GSHの構造的特徴である

γ

-グルタミル結合を形 成する反応であり,この結合は通常のペプチダーゼやプ ロテアーゼでは切断できず,限られた酵素[

γ

-glutamyl  transpeptidase(GGT)および

γ

-glutamyl cyclotransfer- ase(GGCT)]によってのみ切断を受けることがGSH 代謝の特徴である(後述).

細胞質で合成されたGSHは活性酸素種や求電子的化 合物と反応し,自身は酸化型グルタチオン(GSSG)や グルタチオン包合体(GS-X)となる.GSSGは,NADPH を補酵素としてglutathione reductase(GR)によって GSHへと還元され再利用されるが,同時に,これらす べてのGSH誘導体(GSH, GSSGおよびGS-X)は,ABC トランスポーターの一種であるmultidrug resistant pro- tein-1および2(MRP1およびMRP2)によってATPを 使って細胞外へと能動輸送(排出)され,いったん細胞 外に出たGSHは,再び細胞内に戻ることはない.これ は,GSHが細胞膜を透過しないのと,細胞外からGSH を直接取り込むトランスポーターが通常の細胞にはほと んど存在しないためである.そのかわり,多くの細胞で は,細胞膜の外側にアンカーしたGGTをもち,これが 細胞外GSHの分解と再取り込みの初発段階を担ってい る.すなわち,細胞外のGSHは,GGTによって

γ

-グル タミル結合が切断されGluとCys-Glyに加水分解された のち,dipeptidase(DP)によってさらに加水分解を受 け,いったん,構成アミノ酸(Glu, Cys, Gly)にまで分 解されてから,それぞれアミノ酸トランスポーターを介 して細胞に取り込まれ,再びATPを使ってGSHへと再

合成される.ちなみに,GGTは,GSHの

γ

-グルタミル 基をアミノ酸やジペプチドへと転移させ,

γ

-グルタミル アミノ酸やペプチド(

γ

-Glu-AAs)を生成する転移活性 が強く,その生理的役割にはいまだに議論のあるところ ではある.しかし,いずれにせよ,GSH代謝のポイン トは,細胞内で合成されたGSHは,細胞外へと一方的 に能動輸送され,細胞外のGSHはそのままの形では細 胞に取り込まれず,必ずGGTによる分解を受け,いっ たん,構成アミノ酸になってから取り込まれ,ATPを 使って再合成されること,また,

γ

-グルタミル結合は通 常のペプチダーゼやプロテアーゼでは分解できないた め,GGTが細胞外におけるGSHの分解を一手に担って いる点である.このサイクルは,主として肝臓で合成さ れたGSHが血中をめぐり,末梢へと運ばれ,そこで利 用されるサイクルでもある.

血中のGSH濃度は5〜25 

μ

Mで,細胞内GSH濃度の約 1/400に過ぎない.しかも,腎臓をはじめとする上皮組 織に高発現するGGTのおかげで,GSHの代謝回転速度 は極めて速く,血中GSHの半減期は数分と言われてい る.このように,エネルギーを使って合成しては壊すこ とを高速で繰り返すGSH代謝は,一見すると不経済と も思えるが,高速で代謝回転することにより,限られた 量のCysの時間あたりのモル数を増大させ,酸化ストレ スや生体異物解毒に柔軟に対応する生体の巧妙な仕組み と言えよう.GSH代謝を概観すると図1のようになる.

GSH代謝とチオールケミストリー

さて,GSHが非タンパク性のチオール(Cys)の最大 図1高等動物の細胞におけるグルタチ オン代謝

GSH: glutathione, GSSG: glutathione disul- fide, GS-X: glutathione- -conjugates, GCL: 

glutamate-cysteine ligase, GS: glutathione  synthetase, GPx: glutathione peroxidase,  GST: glutathione  -transferase, GR: gluta- thione  reductase,  MRP:  multidrug  resis- tant protein, GGT: γ-glutamyl transpepti- dase,  DP:  dipeptidase,  ASC:  Na-depen- dent neutral amino acid transporter (ala- nine‒serine‒cysteine transporter), xc: glu- tamate cystine antiporter system xc.

(3)

のストックで,Cysは必須アミノ酸ではないにもかかわ らず,その血中濃度が低く抑えられている(約10 

μ

M)

のはなぜだろうか? その答えの一つは,チオールの p aにある.すなわち,CysのSHのp aは8.45で(3),生 理的条件下(pH 7.4)で比較的容易に解離しチオラート アニオンを生じる.これは,構造上,正に帯電した

α

-ア ミノ基(‒NH3)の存在によるところが大きい.電子豊 富なチオラートアニオンは,Fe3+やCu2+などのレドッ クス活性な金属イオンを介して,酸素(O2)を1電子還 元し,スーパーオキシドO2をはじめとする活性酸素 種を作り出し,自身はチイルラジカルとなってラジカル 反応を誘起するため,毒性が強い.また,還元性の強い チオラートアニオンは,タンパク質のS‒Sを還元的に開 裂することも,Cysが毒性を示す一因である.一方,

GSHはCysのN末がアシル化(

γ

-グルタミル化)され,

正に帯電した

α

-アミノ基がないぶん,SHは解離しにく く(p a=8.93)(4),反応性の低い安全なチオールとなっ ている.そのため,遊離Cysの濃度を低く抑え,代わり にGSHを安全なCysプールおよび輸送形態として利用 し,必要に応じてGSHからCysを切り出し利用してい るのは生体の妙と言える.したがって,GSHからCys を切り出す過程で欠かせない

γ

-グルタミル結合の開裂,

すなわちGGTによるGSHの加水分解は,細胞へのCys 供給の要の一つとなっていることは容易に予想できる.

事実,酸化ストレスが亢進すると,その適応反応として GSHの生合成が亢進するが,生合成酵素のGCLに加え て,GGTが高発現する傾向が見られる(5).これは,前 述したように,細胞のGSHレベルを決める2大要因が,

GCLの活性とCys availabilityにあるからである.その 意味では,GGTは,抗酸化すなわちanti-oxidant酵素と 位置づけられる.

ところで,最も始末の悪いチオールは,GSHがGGT によって加水分解され生じるCys-Glyである.このジペ プチドは,Cys部分のN末が正に帯電したアミノ基であ ることに加え,C末のカルボキシ基がグリシンによって ブロックされ,近傍に負電荷をもたない.したがって,

そのSHは非常に解離しやすく,p aは6.4にまで下が る(6).すなわち,生理的条件下で容易にチオラートに解 離するCys-GlyのSHは,反応性の高いたいへん危険な チオールであり,これがむやみに生じると,O2を発 生させ,それが不均化してH2O2などの活性酸素種を生 じ,これが脂質過酸化など,さまざまな酸化ストレス障 害を引き起こす(7).実は,これこそがGGTによるGSH 代謝と病態との接点の一つである(図2.その意味で,

GGTは,酸化ストレスを亢進させてしまうpro-oxidant

酵素という側面を持ち併せており,このGGTのもつ二 面性とその生理的役割については,改めて議論する.

一方,ジスルフィドであるcystineは,SHの解離がな いため安全なCys源である.通常,cystineの血中濃度 は40〜70 

μ

M程度であり,GSHの血中濃度(5〜25 

μ

M)

より高い.そのため,細胞,特にグリオーマやリンパ腫 などのがん細胞にとってcystineは重要なCys源となっ ており,その取り込みは細胞内のGSHレベルや酸化ス トレス耐性に大きな影響を与える.この機能を担うタン パク質がsystem xcと呼ばれるトランスポーターであ る(図1).

このように,生体の酸化ストレスや異物解毒の最前線 に立つGSHは,独特の代謝経路を有しているうえ,チ オールのもつ高い反応性ゆえに,一歩間違えると諸刃の 剣のように作用する.したがって,その微妙な代謝バラ ンスを支える酵素群やトランスポーターは,GSH代謝 を介して細胞の酸化ストレス状態や解毒代謝機能に多大 な影響を与える.以下,それらGSH代謝にかかわる重 要な酵素やタンパク質について,その創薬的価値を中心 に解説する.

γ

-Glutamyl Transpeptidase GGT)とその生理的 意義

GGTは大小2つのサブユニットからなる糖タンパク質

r 68,000)で,大サブユニット 末端の疎水性領域 を,細胞膜の外側にアンカーする形で発現する膜結合型 の酵素である.したがって,活性中心は細胞の外側にあ

COO H3N

O HN +

SH O

NH COO H3N O

NH COO +

HS

H3N SH O

O +

pKa = 8.93 pKa = 6.4

glutathione Cys-Gly

pKa = 8.45

H3N O

NH COO +

S

pH = ca. 7

H3N O

NH COO +

S Fe3+

Fe2+

O2

O2

ROS lipid

peroxidation Cu2+

Cu+

thiolate

thiyl radical Glu

Cys

GGT

図2チオールのp apro-oxidant効果

生理的条件下でチオラートアニオンを生じやすいp aの低いチ オールほど,Fe3+やCu2+などのレドックス活性な金属イオンを介 して酸素を1電子還元し,活性酸素種を生じる傾向が強い(pro-oxi- dant効果).GSHは最も安全なチオールだが,GGTによって加水 分解を受けて生じるCys-Glyは最も危険なチオールである.

COO H3N

O HN +

SH O

NH COO H3N O

NH COO +

HS

H3N SH O

O +

pKa = 8.93 pKa = 6.4

glutathione Cys-Gly

pKa = 8.45

H3N O

NH COO +

S

pH = ca. 7

H3N O

NH COO +

S Fe3+

Fe2+

O2

O2

ROS lipid

peroxidation Cu2+

Cu+

thiolate

thiyl radical Glu

Cys

GGT

(4)

り,細胞外のGSHを分解する.分泌および吸収機能を もつ上皮細胞に多く発現しており,とりわけ腎臓の近位 尿細管の頂端側に高発現している.酵素活性は小サブユ ニット( r 22,000)にあり, 末端のThr381を求核触 媒残基として,

γ

-グルタミル酵素中間体(

γ

-Glu-O-E)を 経る2段階のピンポン機構で,GSHの分解を行う.この とき,

γ

-グルタミル酵素中間体が加水分解を受けると GluとCys-Glyを生じるが(反応3),アミノ酸やジペプ チド(AAs)などのacceptor基質があると

γ

-グルタミル 基を転移し,

γ

-Glu-AAsを生じる強い転移活性がある

(反応4)(8). 

γ-Glu-Cys-Gly +E-OH→ γ-Glu-O-E+ Cys-Gly (3) γ-Glu-O-E+ H O2 →Glu

(4) γ-Glu-O-E+ AAs→ γ-Glu-AAs

Acceptor基 質 と し て は,Cys-Glyに 類 似 し たL-X-Gly

(X=Met, Gln, Ala, Glyなど)というジペプチドを好む が,cystineは例外的に非常によいacceptor基質である

m=30 

μ

M)(9).こ の 事 実 が,GGTの 生 理 的 役 割 は GSHの加水分解か転移反応かについて議論の余地を残 している.GGTは,細胞外でGSHを分解するほぼ唯一 の酵素で,GSHの加水分解によりGluとCys-Glyを生 成,後者はさらにDPによって加水分解を受け,Cysと Glyを生成,それらアミノ酸は細胞に取り込まれ,再び GSHが再合成される.また,細胞外に排出されたグル タチオン抱合体(GS-X)はGGTによって加水分解を受 け,最終的にmercapturic acid[ -Ac-Cys(X)]として 体外に排出される(図1).そのため,GGTは,血中の GSHからCysを切り出し細胞にCysを供給する酵素で あると同時に,異物代謝にかかわる酵素としても重要 で,その意味で,GGTは抗酸化酵素(anti-oxidant酵 素)と考えることができる.事実,多くのがん細胞で GGTが高発現すること,細胞増殖が旺盛で転移活性の 高いがん細胞ほどGGTを高発現する傾向があり,また,

シスプラチン等の抗がん剤に対する抵抗性を獲得したが ん種でGGT活性が高まることが知られている(10, 11).こ れらの事実は,がん細胞で高発現するGGTが細胞外の GSHを分解,Cysを取り込むサルベージ装置として働い ており,Cys availabilityが向上しGSHレベルが上昇す ることで,がんの悪性度が増すと考えられている.

ところで,GGTは肝機能を調べる鋭敏なマーカー酵 素で,人間ドックでも必須の検査項目である(

γ

-GTP). これは,アルコールや薬物などで肝細胞が傷害を受ける とGGTが血中に漏れ出てくるものであるが,血中に漏 れ出てきたGGTは,果たしてどうなるのであろうか?

疫学的研究によると,血中のGGTレベルは,心筋梗塞 や心不全などの心血管疾患と非常に強い正の相関があ り,独立した危険因子であることが繰り返し報告されて いる(12).この異様に高い相関には,何らかの因果関係 が潜んでいるのではないかと考えるのは当然で,その有 力な仮説の一つに,GSHの分解で生じたCys-Glyによる pro-oxidant効果が提唱されている(7, 13).すなわち,Cys- Glyの活性チオールがFe3+などの金属イオンを介して酸 素を1電子還元し活性酸素種を発生させることで,脂質 の過酸化が進行,アテローム性動脈硬化症を引き起こす というものである(13, 14).事実,動脈の粥腫(アテロー ム,プラーク)にはGGTが高発現しており,そこで脂 質の過酸化が進行している.もともと,GGTは膜結合 性の酵素であり,大サブユニットのN末端には疎水性 領域があるため,血中に漂うGGTは,リポタンパクの LDLなどと容易に結合し(15),その場で血中のGSHを分 解,発生したCys-Glyのpro-oxidant効果によってLDL 脂質の過酸化が引き起こされる.そして,酸化ストレス を受けたプラークでは,その適応反応としてさらなる GGTが発現し,それが悪循環を引き起こす.すなわち,

いったん制御を外れたGGTは,そのpro-oxidant効果と いう負の側面のため酸化ストレスの暴走を引き起こし,

これが動脈のアテロームで起こっているイベントだとい うのである.この酸化ストレス連鎖のシナリオは,Cys を得るためGSHを分解するというGGTの生理的役割 と,GSHの加水分解生成物Cys-Glyのチオールケミスト リーを考えると,かなりの説得力がある.

GGTによるpro-oxidant効果は,意外なところにも関

係している.胃がんを引き起こす の

病原性因子の一つが,実はGGTであり(16),胃壁上皮細 胞の細胞死を引き起こす過程で胃がんを誘発する.その メカニズムの一つが興味深い.  GGTの引き起 こす細胞のアポトーシスやネクローシスは,保護作用を もつはずのGSHの添加により大きく増大し,細胞死に 先立って,細胞外のH2O2濃度が上昇し,脂質過酸化が 見られる.  GGTとGSHが共存するとH2O2レ ベルが上昇するが,後述するGGTの阻害剤acivicinの 添加により,H2O2の上昇が抑えられ,細胞死自体も抑 制される(17).  GGTは,免疫系やサイトカイン の産生,細胞増殖のシグナル伝達などに広く影響を与え ることが指摘されているが,その根底に,GSHの加水 分 解 に よ っ て 生 じ るCys-Glyのpro-oxidant効 果 や,

GSHそのものが分解され減少することで生じる酸化ス トレスという化学的現象がかかわっていると考えるの は,極めて魅力的である.

(5)

GGTがanti-oxidant酵素として抗がん剤耐性やがん悪 性化にかかわる可能性や,全く逆のpro-oxidant効果に よりさまざまな病態に関係するGGTの二面性は,創薬 ターゲットとしての価値を予想させるのに十分である.

1970年代から現在も使い続けられている天然物acivicin は,GGTの活性中心と反応し,酵素を不可逆的に阻害 するため便利なGGT阻害剤ではあるが,その本来の標 的は,Glnを加水分解し,広く生合成の窒素源として使 うglutamine amidotransferaseであるため,毒性が極め て強い.そこで,われわれは,反応機構依存的にGGT を阻害する,ホスホン酸ジエステル型の不可逆的阻害剤 を合成した(18).そのうち,GGsTopと名づけた阻害剤 は,GSHの構造をうまくミミックし,GGTの活性中心 によく適合するため,ヒトGGTに対する阻害活性が acivicinの100倍以上もある(図3.そこで,急性腎不 全のモデルであるラット腎臓の虚血再灌流実験におい て,GGsTopを5分前に静脈内投与しておくと,濃度依 存的に,GGT活性の上昇とO2の発生および脂質過酸 化が抑えられ,腎臓の酸化ストレス障害が大きく軽減さ れた(19).これは,虚血再灌流時の酸化ストレスに応答 して高発現するGGTの活性を抑制することでGSHの分 解を防ぎ,同時に,pro-oxidant効果をもつCys-Glyの発 生が抑えられたためと思われる.さらに,GGsTopは,

喘息モデルマウスにおいて,喘息症状を緩和するのにも 効果を発揮した(20).すなわち,肺上皮被覆液(lung lin- ing fluid; LLF)には多量のGSHが含まれ,酸化ストレ スに曝される肺上皮細胞(粘膜)を保護しているが,

GGsTopを気管内投与しLLF内のGGT活性を抑制する ことでGSHの分解を防ぎ,炎症時に亢進する酸化スト レスに対する保護効果を維持したことが喘息症状の緩和 につながったと考えられる(21).Acivicinとは異なり,

GGsTopには全く毒性がなく,極めて選択性の高い

GGT阻害剤であることが示された.このように,GGT によるグルタチオンの代謝異常は,GSHの枯渇に加え て,Cys-Glyによるpro-oxidant効果というダブルパンチ で酸化ストレスをもたらすと考えられ,その特異的阻害 剤GGsTopは,グルタチオンの代謝亢進による酸化スト レスを軽減する非常に有望な薬剤である.

興味深いことに,GGsTopをヒト皮膚線維芽細胞に与 えると,成熟I型コラーゲンの産生が大きく亢進すると 同時に,弾性線維であるエラスチンの産生も2倍に亢進 した(22).これは,anti-oxidant酵素であるGGTを阻害す ることでCysの供給が滞り,一時的にGSHレベルが減 少,これが引き金となって抗酸化ストレス応答が引き起 こされたものと考えられるが,皮膚のマトリックスタン パク質産生が亢進することは,皮膚美容科学的には極め て好都合なことである.そこで,このGGT阻害剤のヒ トでの効能と安全性を詳細に調べ,2012年,GGsTopを 新しいアンチエイジング化粧品成分「ナールスゲン」と して実用化するに至った(23).現在,ナールスゲンは,

15社あまりの化粧品メーカーの20アイテムを超える製 品に使われている.

シスチングルタミン酸アンチポーターSystem xc

とその生理的役割

Cystineの取り込みは,細胞内のCysレベルを維持し,

GSHの生合成を支える重要なプロセスの一つで,近年,

特にがん細胞の生存や増殖,転移活性などの悪性度や治 療抵抗性との関係で大きく注目されているCys供給ルー トである.System xcと呼ばれるトランスポーターは,

1分子のGlu放出に伴って1分子のcystineを取り込むア ニオン性アミノ酸アンチポーターで,トランスポート活 性を担うxCTと,膜への輸送・局在をつかさどる重鎖 4F2hcがS‒S結合でつながった2量体を形成している

(図4ヒトの健常組織での発現は限られているが

(脳,免疫組織),グリオーマ,リンパ腫,膵臓がんや,

多くのがん幹細胞で高発現し,がん細胞が血中のシスチ ンを取り込み,高レベルの細胞内グルタチオンを維持す ることで酸化ストレスを回避する最も重要なCys供給 ルートとなっている.そのため,system xcは,Cys飢 餓を誘導しGSH枯渇によってがん細胞の生存や増殖,

転移,再発を阻止するための,またとない創薬ターゲッ ト で あ る(24, 25).xCT阻 害 剤 と し て,ibotenate, L- quisqualateや( )-4-carboxyphenylglycineに 代 表 さ れ るGluアナログ(24, 25)が多数報告されているが,いずれも 中枢神経毒性が強い.一方,sulfasalazineという炎症性 大腸炎やリューマチの治療薬として過去に開発された抗

COO H3N

O HN

+ O

NH COO SH

COO

H3N P

O

+ O COO

OMe GGsTop

COO

H3N P

O OMe

+ O GGT

O COO

GGT-OH GSH

COO H3N

N + Cl

acivicinH O

図3GGT阻害剤GGsTopと阻害機構

ホスホン酸ジエステル型阻害剤のGGsTopは,GGTの活性中心 Thr381と反応機構依存的に反応し,ホスホニル化することで GGTを不可逆的に失活させる.ヒトGGTに対する阻害活性は,

従来の阻害剤acivicinの100倍以上である.

COO H3N

O HN

+ O

NH COO SH

COO

H3N P

O

+ O COO

OMe GGsTop

COO

H3N P

O OMe

+ O GGT

O COO

GGT-OH GSH

COO H3N

N + Cl

acivicinH O

(6)

炎症剤が,system xcを阻害し,リンパ腫の生育を阻 害することがスクリーニングにより再発見され(26),現 在,最も広く細胞アッセイに使われている.ところが,

最近になって,RAS変異腫瘍細胞に対して選択毒性の ある化合物をスクリーニングする過程で見つかってきた erastinという化合物が,system xcを強く阻害し,腫 瘍細胞のcystine取り込みを阻止することで酸化ストレ スに対する脆弱性を引き起こし,結果としてFe3+依存 的に細胞死(ferroptosis)を引き起こすことが判明し,

erastinが新しいsystem xc阻害剤のリード化合物にな りうることが示された(27)

System xcをめぐる最も興味深い発見は,がん幹細 胞の表面マーカータンパク質として注目されている CD44のスプライスバリアントCD44v8-10が,消化器が んなどにおいて治療抵抗性の原因となる酸化ストレス回 避機構を強める機能をもつことが明らかになったことで ある(28).もともと,CD44はヒアルロン酸を主なリガン ドとする細胞接着分子であり,がんの浸潤,転移に深く 関与するタンパク質であるが,そのスプライスバリアン トCD44v8-10が発現しているがん細胞では,酸化スト レスが低下している.そのメカニズムとして,細胞膜に あるxCTと相互作用し,その安定性を高めていること が判明した(図4).すなわち,xCTの細胞膜での安定 性を高めることで,cystine取り込みを促進,細胞の

GSH生合成を促進することで,細胞の酸化ストレスを 回避,治療抵抗性や悪性度の増大につながることが示さ れ,cystine取り込みをつかさどるsystem xcががん治 療においていかに重要なファクターであるかを示すもの として注目に値する.したがって,有効なsystem xc

阻害剤は,がん幹細胞を直接叩くことで再発を防ぎ,が んの根本的治療に至る可能性を秘めた,極めて価値のあ る化合物となろう.しかし,スクリーニングで偶然見つ かった化合物をもとに構造活性相関研究が進んでいるの が現状である.これほど創薬的価値の高いターゲットで あるから,確かな分子設計の指針に基づいた論理的な阻 害剤開発が望まれるところである.

γ

-Glutamyl Cyclotransferase GGCT)とその生 理的意義

γ

-グルタミル結合を切断する酵素はGGTだけではな い.1970年代からMeisterらの先駆的研究により,細胞 内で

γ

-グルタミルアミノ酸を分解する

γ

-glutamyl cyclo- transferase(GGC T)という酵素の存在が報告されてい た(1).しかし,GGC Tの真の生理的意義や重要性は長ら くのあいだ不明で,半ば忘れられたような存在だった.

ところが,プロテオーム解析によってがん細胞のマー カータンパクとして見いだされた機能未知のC7orf24(29) が,実 はGGC Tそ の も の で あ り(30),siRNAに よ り GGC Tの発現を抑制すると,がん細胞の増殖や運動性,

浸潤性も抑制される(29, 31)というきわめて興味深い発見 により,俄然,注目に値する酵素となった.しかし,こ のGGC Tという酵素,いったい何を基質として,どん な生理的意義をもった酵素なのか,いまだはっきりとし ない.GGC TのX線結晶構造解析からわかったこと は(30),活性中心には触媒残基であるGlu98が保存されて おり,これが一般塩基・酸触媒として

α

-アミノ基による 分子内求核置換反応を進行させ

γ

-グルタミル結合を切 断,5-oxoprolineを生成すること,また,Arg30が基質 C末端のカルボキシ基を認識していることである(図 5.これを考慮すると,GGC Tは

γ

-グルタミル結合のC 末側直近に

α

-カルボキシ基のないGSHは基質とせず,

GSH生合成の中間体

γ

-Glu-Cysか,一般的なアミノ酸が

γ

-グルタミル化したジペプチド

γ

-Glu-AAということにな る.では,その

γ

-Glu-AAを供給しているものは何かと いう問題に行き当たる.1970年代にMeisterらが,GGT の触媒する

γ

-グルタミル転移活性をもとに,アミノ酸

(特にcystine)を取り込み,それを代謝・活用する回路 として提唱した

γ

-グルタミルサイクルは,現在では,そ の根拠があいまいで反証も多く,あまり信じられていな xCT

CD44v8-10 4F2hc

S-S

cystine

Glu

cystine Cys

GSH

N N COOH

OH

S O O HN

N

sulfasalazine

N N O N O N

O Et

erastin O

Cl

図4シスチングルタミン酸アンチポーターxcおよびその阻 害剤

Cystine‒Glu antiporter xcは,1分子のGluとの交換により細胞外 のcystine1分子を取り込むアンチポーターで,がん細胞へのCys 供 給 ル ー ト と し て 重 要 で あ る.CD44ス プ ラ イ ス バ リ ア ン ト

(CD44v8-10)は,xCTと相互作用し膜に安定化させることでcys- tineの取り込みを促進する.

xCT

CD44v8-10 4F2hc

S-S

cystine

Glu

cystine Cys

GSH

N N COOH

OH

S O O HN

N

sulfasalazine

N N O N O N

O Et

erastin O

Cl

(7)

い学説だが,GGTのacceptor基質としてcystineが極め て良好な基質であること,その転移生成物

γ

-Glu-cystine は

α

-カルボキシ基をもち,十分にGGC Tの基質となる こと,GGC Tの

γ

-Glu-AAに対する基質特異性は,GGT のacceptor基質特異性と類似するという指摘は,GGT の

γ

-グルタミル転移反応によって生じた

γ

-Glu-cystineの 分解にGGC Tがかかわり,cystineを遊離する結果,細 胞 のCys availabilityに 寄 与 す る た め,が ん 細 胞 で GGC Tが高発現し,その発現抑制が増殖の低下につな がるというシナリオを捨て難いものとしている.ちなみ に,GGC Tは,

γ

-グルタミルサイクルを形成する6つの 酵素(GCL, GS, GGT, DP, GGC Tおよび5-oxoprolinase)

のうちで,唯一,遺伝的欠損症が報告されていない酵素 でもある.また,GGC Tには全く未知の機能,たとえ ば,

γ

-グルタミル化されたアシルキャリアタンパク質の 脱

γ

-グルタミル化にかかわる可能性も示唆されてお り(30),GGC Tはがん化学療法の魅力的な創薬ターゲッ トとなる可能性が高い.現在のsiRNAを用いた遺伝子 の発現抑制は,siRNAの体内動態がよくないため,や はり低分子化合物による効果的なGGC T活性阻害技術 の開発が望まれる.

おわりに

GSHのもつ広範な好ましい生理作用には誰しも異論 はないだろう.しかし,その代謝の制御が外れた場合に 何が起こりうるかに目を向け,チオールの化学という切 り口で,病態との関連性を紹介した.Cys-Gly生成によ

るpro-oxidant効果は仮説の段階ではあるが,かなり説 得力のある考え方であり,グルタチオン代謝系酵素の創 薬的価値は高い.また,独特の代謝経路を高速で回転さ せているグルタチオン代謝の要はCys availabilityにあ ると言っても過言ではない.がん細胞はもともと異常な 酸化ストレス状態にあり,それに対処するため,基本代 謝を総動員してでも高レベルのGSHをキープする必要 がある.そのため,system xcをはじめとして,Cys  availabilityを上げるさまざまな「装置」を駆使して生き 残りを賭けているのが実状で,この「装置」を標的にす ることでがんという異常な酸化ストレス状態にある細胞 のみを自滅に追い込む戦略も可能だろう.グルタチオン 代謝とCys availabilityをベースに,副作用の少ない新 たながん治療薬につながることを期待している.

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COO H3N

O HN +

COO

R O

HN

COO R

NH2

OOC H

+

O O

Glu98

NH H2N+ NH2

3 Arg30

NH

OOC N

O

COO R

O O

Glu98

H N

OOC H H3N COO

+ R

O 5-oxoproline

COO H3N

O HN

+ O

NH COO GSH SH

COO H3N

O HN +

COO S S

COO NH+ 3 -Glu-cystine

-Glu-Cys COO H3N

O HN +

COOSH -glutamyl amino acid

(-Glu-AA)

H

図5γ-Glutamyl cyclotransferaseGGCT)の触媒機構と推定基質

GGCTの触媒残基はGlu98であり,これが一般塩基・酸触媒としてγ-グルタミル結合を切断,5-oxoproline生成する.Arg30がγ-グルタミル 結合のC末側直近のカルボキシ基を認識するため,γ-グルタミルアミノ酸,たとえばγ-Glu-Cysやγ-Glu-cystineなどが基質と考えられる.

COO H3N

O HN +

COO

R O

HN

COO R

NH2

OOC H

+

O O

Glu98

NH H2N+ NH2

3 Arg30

NH

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O 5-oxoproline

COO H3N

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NH COO GSH SH

COO H3N

O HN +

COO S S

COO NH+ 3 -Glu-cystine

-Glu-Cys COO H3N

O HN +

COOSH -glutamyl amino acid

(-Glu-AA)

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プロフィル

渡辺 文太(Bunta WATANABE)

<略歴>2004年京都大学大学院農学研究 科博士後期課程修了/同年同大学化学研究 所講師(研究機関研究員)/2005年同大学 大学院農学研究科21世紀COE研究員/同 年相模中央化学研究所研究員/2009年京 都大学化学研究所助教,現在に至る<研究 テーマと抱負>有機合成化学を基盤とした 機能性タンパク質の構造および機能の解明

<趣味>お酒を飲むこと,声楽 平 竹  潤(Jun HIRATAKE)

<略歴>1987年京都大学大学院農学研究 科博士後期課程単位取得後退学/同年同大 学化学研究所助手/1989年同大学博士(農 学)/1989 〜1991年米国イリノイ大学シカ ゴ校博士研究員,京都大学化学研究所准教 授を経て2008年より同大学化学研究所教 授<研究テーマと抱負>酵素化学および生 物有機化学,特に,グルタチオン代謝系を 中心とした特異的酵素阻害剤の開発と生体 のレドックスポテンシャル制御,酸化スト レスの制御を基盤とする生理活性物質の開 発,医薬や機能性化粧品成分への応用<趣 味>サイクリング,山歩き(学部生時代,

ワンダーフォーゲル部所属),クラシック 音楽鑑賞,愛犬の世話(柴犬大好き)

Copyright © 2015 公益社団法人日本農芸化学会

参照

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