1.はじめに
生物多様性条約(The Convention on Biological Diversity: CBD)は 1993 年 12 月 29 日に発効し,現在,
日本を含め 191 カ国が加盟している.191 番目の加盟 国は,この第 9 回締約国会議(COP 9)で承認された ブルネイである.また,米国は,未だ本条約を批准し ていない.
CBD の第 1 条である「目的」には,以下のように 述べられている.
第 1 条 目的
この条約は,生物の多様性の保全,その構成要素の 持続可能な利用及び遺伝資源の利用から生ずる利益 の公正かつ衡平な配分をこの条約の関係規定に従っ て実現することを目的とする.この目的は,特に,
遺伝資源の取得の適当な機会の提供及び関連のある 技術の適当な移転(これらの提供及び移転は,当該 遺伝資源及び当該関連のある技術についての全ての 権利を考慮して行う.)並びに適当な資金供与の方 法により達成する.
即ち,要約すれば,CBD は,以下に示す 3 つの目 的から構成されている.
1)生物多様性の保全
2)その構成要素(生物資源)の持続可能な利用
3) 遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平 な配分
一般に,CBD は地球上の生物の多様性を保全しよ うという趣旨の環境条約として理解されている.しか し,“生物資源の持続可能な利用”および“遺伝資源 の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分”の内容 は,まさに産業経済に関するものであり,CBD は経 済条約の側面を有している.
CBD の COP 9 が 2008 年 5 月 19 日から 30 日まで,
ドイツのボンで開催された.2 週間に渡って様々な議 論がなされたのであるが,本稿は,主に,その中のホッ トイッシューの一つである遺伝資源へのアクセスと利 益配分(Access and Benefit-Sharing: ABS)1の問題 について,COP 9 での議論と結論について紹介する ものである.
2.生物多様性条約・締約国会議
CBD は 1993 年 12 月 29 日に発効したが,その後,
COP 2が定期的に開催されており,COP 1 は,1994 年 11-12 月にバハマのナッソーで開催された.この時,
条約実施のための作業プログラムが採択され,クリア リング-ハウス・メカニズム(CHM)と科学技術助言 補助機関(SBSTTA)が設置された.翌年の 1995 年 11 月にはインドネシアのジャカルタで COP 2 が開催 され,CBD 事務局が決定されると共に,バイオセー 第 3 回
生物多様性条約第 9 回締約国会議
─アクセスと利益配分(ABS)に関する議論を中心として─
安藤勝彦
独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE) バイオテクノロジー本部 生物遺伝資源開発部門
〒292-0818 千葉県木更津市かずさ鎌足 2-5-8
Ninth meeting of the Conference of the Parties to the Convention on Biological Diversity
Katsuhiko Ando
Biotechnology Development Center, Department of Biotechnology, National Institute of Technology and Evaluation (NITE)
2-5-8 Kazusakamatari, Kisarazu, Chiba 292-0818, Japan
E-mail: [email protected]
連載「バイオリソースをめぐる国内・国際動向」
BRC
フティーに関するワーキング・グループが設立された.
COP 3 は 1996 年の 11 月にアルゼンチンのブエノス アイレスで開催され,この時 CBD 第 8 条(j)項(伝統 的知識)に関するワークショップの開催が承認された.
また,COP への非政府組織(NGO)のオブザーバー 参加が承認された.これ以降,CBD-COP は 2 年周期 で開催されるようになり,COP 4 は 1998 年 5 月にス ロバキアのブラティスラバで,COP 5 は 2000 年 5 月 にケニアのナイロビで,COP 6 は 2002 年 4 月にオラ ンダのハーグで,COP 7 は 2004 年 2 月にマレーシア のクアラルンプールで,COP 8 は 2006 年 3 月にブラ ジルのクリチバでそれぞれ開催された.また,2000 年 1 月には,カナダのモントリオールで締約国特別会 議再開会議(ExCOP)が開催され,バイオセーフティー に関するカルタヘナ議定書が採択されている.
3.COP 9での議題
CBD-COP において ABS の問題はホットイッシュー の一つではあるが,それだけを議論しているわけでは ない.COP 9 では,以下に示すような議題が論議さ れた.
1)詳細検討課題
( 1 )農業の生物多様性
( 2 )植物保全世界戦略
( 3 )侵略的外来種
( 4 )森林の生物多様性
( 5 )奨励措置
( 6 )エコシステム・アプローチ
( 7 ) 戦略計画の実施進捗,2010 年目標及び関連 するミレニアム開発目標(MDGs)に向け た進捗
( 8 )資金及び資金供与の制度
2) COP 決定に由来する他の内容に関する課題,進 捗評価のための戦略事項
( 1 )遺伝資源へのアクセスと利益配分(ABS)
( 2 )第 8 条(j)及び関連する条項(伝統的知識)3
( 3 )技術移転及び協力
( 4 )モニタリング,評価,指標
( 5 )生物多様性と気候変動
( 6 )乾燥地及び半湿地の生物多様性
( 7 )保護地域
( 8 )内陸水の生物多様性
( 9 )海洋及び沿岸の生物多様性
(10)島嶼の生物多様性
(11)世界分類学イニシアティブ(GTI)
(12)責任及び救済
(13) 他の条約,国際機関及びイニシアティブと の協力並びにステークホルダーの参加
(14)条約の運営
(15) 科学上及び技術上の協力及びクリアリング ハウスメカニズム(CHM)
(16)資金メカニズムへのガイダンス
(17)広報,教育,国民啓発(CEPA)
この様な広範にわたる議題に関して,2 週間かけて 議論するわけである.日本からは環境省,外務省,経 済産業省,農林水産省,厚生労働省,国土交通省,林 野庁,特許庁などからなる日本政府代表団が組織され,
本会議に臨んでいる.
さて,COP での ABS の議論は,全く進展していな い.資源提供国と利用国の間に横たわる大きな溝は全 く埋まらないままである.資源提供国と利用国と言っ たが,実際の COP の場での発言を聞くと,それは途 上国と先進国との間の溝と言ってもよい.そして,
ABS の議論は永遠に続き何かにまとまるということ はないだろうというのが今までの大方の見方であっ た.しかしながら,今回の COP 9 での議論では,今 までには見られなかった何かをまとめようとする,何 かをまとめたいという意志が感じられた.よって,参 加者の発言も従来にはない理性を持ったものであっ た.以下に,ABS に関する今までの議論の歴史と,
COP 9 での議論について概説する.
4.ABS議論の歴史
CBD の三本柱(三つの目的)は先にも述べたとお りであるが,この柱は地球上の生物の多様性保全のた めの循環するツールであると考える.生物の多様性の 保全は極めて重要な問題である.しかし,保全するた めにはそのための資金が必要である.しかし,特に保
1 遺伝資源へのアクセスと利益配分であるが,より詳細に言うなら,他国の遺伝資源へのアクセスとその遺伝資源の利用か ら生じた利益の遺伝資源提供国への公正かつ衡平な配分である.
2 COP というと地球温暖化防止条約の締約国会議が有名であるが,COP とは Conference of the Parties(締約国会議)であり,
様々な条約に対して締約国会議が開催される.
3 122 ページの脚注を参照されたい.
全すべき地域にはその余裕がないのが現状である.そ こで,生物遺伝資源を利用して,その利用から生み出 された利益を保全の費用に充てながら地球上の生物の 多様性を保全したら良いのではないだろうかという考 え方がある.
1993 年に発効した CBD であるが,遺伝資源の利用 と利益配分の動きは全く見られず,CBD 事務局は,
何とかこの事態を打開しようと,1998 年 5 月にスロ バキアのブラティスラバで開催された COP 4 におい て,ABS に関する専門家パネルを設立し,ABS を促 進させるための知恵を専門家に求めたのである.そし て,1999 年 10 月にコスタリカのサンホセで ABS の 第 1 回専門家パネルが開催され,COP 5 における議 論の基礎を作った.
2000 年 5 月にケニアのナイロビで開催された COP 5 では,国際ガイドラインの策定が合意され,これを
議論するための ABS に関するオープンエンドのワー キング・グループ(Ad Hoc Open-ended Working Group on Access and Benefit-sharing: ABS-WG)の 設置が決定された.そして,ガイドラインの原案を COP 6 に報告することが ABS-WG に要請された.
その後,2001 年 3 月にカナダのモントリオールで ABS の第 2 回専門家パネルが開催され,その 2 回の 専門家パネルでの結論を受けて 2001 年 10 月にドイツ のボンで ABS に関する第 1 回 ABS-WG 会合(国際 ガイドラインの検討)がもたれた.さらに,2002 年 4 月にオランダのハーグで開催された COP 6 で ABS を 促進するための手引き書であるボン・ガイドラインが 採択された.ところが,それもつかの間,ボン・ガイ ドラインの成果を判断できない段階でありながら,同 年 8 月にヨハネスブルクで開催された環境サミット
「持続可能な開発に関する世界サミット(WSSD)」に おいて,G7+ 中国およびメガ多様性同士国家は,当 ガイドラインに法的拘束力がないことから新たな国際 的制度(International Regime: IR)の設立を求めた.
そして,議論の末,「生物多様性条約の枠組みの中で,
ボン・ガイドラインに留意しつつ,遺伝資源の利用か ら生じる利益の公正かつ衡平な配分を推進し保護する ための IR の交渉を始める」ことが決定された.そして,
2003 年 12 月にカナダのモントリオールで開催された 第 2 回 ABS-WG 会合では,(法的拘束力の有る / 無い)
IR に関する議論が開始された.
2004 年 2 月にマレーシアのクアラルンプールで開 催された COP 7 において,ABS に関する IR を具体 的に検討するマンデートが ABS-WG に与えられ,そ の結果を COP 8 に報告することが決定された.これ を受けて,2005 年 2 月にタイのバンコクで,そして,
2006 年 1 月にスペインのグラナダで,それぞれ第 3 回および第 4 回 ABS-WG が開催され,IR 制定へ向け ての議論が開始された.COP 8 は 2006 年 3 月にブラ ジルのクリチバで開催されたが,この時,ABS に関 する IR について COP 10 開催のできるだけ早い時期 までにその作業を完了するようにとの決定がなされ た.その後,2007 年 10 月にモントリオールで,2008 年 1 月にジュネーブで,それぞれ第 5 回および第 6 回 ABS-WG 会合が開かれている.
1)CBD 第 15 条とは
ABS の議論は,特に,CBD の第 15 条に係わるも のである.CBD の第 15 条には「遺伝資源の取得の機 会」の条項があり,表 1 にその全文を示した.読んで 表
1
生物多様性条約 第15
条 遺伝資源の取得の機会1. 各国は,自国の天然資源に対して主権的権利を有 するものと認められ,遺伝資源の取得の機会につ き定める権限は,当該遺伝資源が存する国の政府 に属し,その国の国内法令に従う.
2. 締約国は,他の締約国が遺伝資源を環境上適正に 利用するために取得することを容易にするような 条件を整えるよう努力し,又,この条約の目的に 反するような制限を課さないよう努力する.
3. この条約の適用上,締約国が提供する遺伝資源で この条,次条及び第 19 条に規定するものは,当該 遺伝資源の原産国である締約国又はこの条約の規 定に従って当該遺伝資源を獲得した締約国が提供 するものに限る.
4. 取得の機会を提供する場合には,相互に合意する 条件で,かつ,この条の規定に従ってこれを提供 する.
5. 遺伝資源の取得の機会が与えられるためには,当 該遺伝資源の提供国である締約国が別段の決定を 行う場合を除くほか,事前の情報に基づく当該締 約国の同意を必要とする.
6. 締約国は,他の締約国が提供する遺伝資源を基礎 とする科学的研究について,当該他の締約国の十 分な参加を得て及び可能な場合には当該他の締約 国において,これを準備し及び実施するよう努力 する.
7. 締約国は,遺伝資源の研究及び開発の成果並びに 商業的利用その他の利用から生ずる利益を当該遺 伝資源の提供国である締約国と公正かつ衡平に配 分するため,次条及び第 19 条の規定に従い,必要 な場合には第 20 条及び第 21 条の規定に基づいて 設ける資金供与の制度を通じ,適宜,立法上,行 政上又は政策上の措置をとる.その配分は,相互 に合意する条件で行う.
わかるとおり,ここでは,海外の遺伝資源を利用する 場合の考え方が述べられている.特に重要なのは,そ の第 1 項であり,海外の遺伝資源を取得したい場合は,
その国にその遺伝資源の管轄権があるので,その国の 国内法に従って手続きを取るように規定している.し かしながら,もしもそのような国内法が整備されてい ない場合には,海外の遺伝資源を取得したい場合は,
こちらの事情や情報を相手国に説明して,その国の了 解を得た後に,お互いに合意する条件で,すなわちあ る種の契約を結んで,さらに,この第 15 条の規定に 従って,相手国から提供されると述べている.また,
海外の遺伝資源を利用して研究をするような場合は,
できるだけその国で研究を実施し,その国の研究者と 一緒に行うように求めている.さらに,海外の遺伝資 源を商業的に利用した場合には,その利用から生じた 利益をその遺伝資源提供国と衡平に配分するように求 めている.また,非商業的利用,例えば学術研究利用 などにおいても,遺伝資源提供国への非金銭的な利益 配分(技術移転,制度的な能力構築,共同研究の実施,
など)を求めている.
このように,海外の遺伝資源については,その国に 管轄権があることから,勝手に日本に持ってくること は,バイオパイラシー,すなわち生物資源の海賊行為,
とみなされ,国際的な非難の対象となる.他方,遺伝 資源提供国は,海外からのアクセスに対して環境上適 正に利用するために取得することを容易にするような 条件を整えるよう努力し,また,この条約の目的に反 するような制限を課さないよう努力することが求めら れている.
2)ABS で何が問題なのか?
遺伝資源のアクセスと利益配分に関して,遺伝資源 提供国側の主張は,現状では遺伝資源の海賊行為(バ イオパイラシー)を防ぐことができないという点であ る.バイオパイラシーとは,例えば以下のことを指す.
( 1 )生物多様性条約に違反する行為
( 2 )遺伝資源提供国の国内法に違反する行為
( 3 ) 原産国の遺伝資源を用いて,無断で関連する 特許を出願する行為 等
しかしながら,CBD によれば,遺伝資源へのアク セスと利益配分に関しては,あくまでも利用者と提供 国との二者間の関係であり,両者間の取り決めが基本 と考えるべきである.さらに言うならば,CBD 第 15 条 1 項で述べているように,各国は ABS に関する国 内法を整備すべきなのである.そして,利用者はアク セスしたい国の国内法に則りその国の遺伝資源にアク セスすればよい話である.
他方,提供国側からは,CBD はあくまでも枠組み 条約であり,実際どのように国内法を作ればよいのか,
実際どのように ABS を運営すればよいのか極めて不 明瞭であるという批判もある.また,遺伝資源が国外 に持ち出された後は,資源提供国の国内法は他国に適 用されず,提供国にはその持ち出された遺伝資源の移 動や譲渡ならびにその遺伝・生化学情報の公開や譲渡 等について把握することもできず,また,監視する権 利もない,という懸念がある.これに対しては,COP 6 で採択されたボン・ガイドラインが非常に有用と考 えるのであるが,これに満足しないグループはボン・
ガイドラインは任意のガイドラインであり,法的拘束 力を持たせた議定書でなければバイオパイラシーは取 り締まれないとの主張を繰り返している.
5.COP 9における
ABS
の議論2006 年 3 月にブラジルのクリチバで開催された COP 8 において,ABS に関する IR について COP 10 開催のできるだけ早い時期までにその作業を完了す るようにとの決定がなされていたので,COP 9 では,
そのための作業行程についての議論に集中した.
1)COP 9 での ABS 議論の経緯
2008 年 5 月 19 日午前 9 時からドイツ環境大臣の 議長で開会式(全体会合)があり,2 つのワーキン グ・グループ(WG)に分かれて議論することが決め られ,WG-1 の議長は南アフリカ,WG-2 の議長はタ イが務めることが決定された(図 1).ABS 関連議題 図
1
生物多様性条約・第
9
回締約国会議(CBD-COP
9
)の全体会合会場(ドイツ,ボン)は,WG-2 で議論された.また,この全体会合の中で ABS-WG の共同議長により,COP 8 から現在までの ABS-WG の進捗状況が報告され,COP 10 に向けての 工程表をボン・マンデートとして策定することが提案 された.
ABS の議論は,5 月 21 日 14 時から WG-2 で始まっ た.ABS-WG の共同議長から今までの進捗状況(第 5 回 ABS-WG 会合 , 第 6 回 ABS-WG 会合 , 認証に関 する専門家グループ会合)が報告された後,各国か ら general statement が 18 時まで述べられたが,途 上国の多くは,利益配分が公平になされるためには,
法的拘束力のある IR が必要であると主張した.他 方,先進国側は,COP 9 では COP 10 に至るプロセ スについて議論すべきであり,今後の議論のベース を第 6 回 ABS-WG 会合での付属文書とした.その 後,オープンエンドの非公式協議グループ(Informal Consultation Group: ICG)が設立され,18 時より 20 時まで ICG が開催され,今後の会期間会合について の議論が続いた.
5 月 22 日午前に再開された ICG において ABS-WG の共同議長によりボン工程表の改訂版が提示され,
COP 10 に向けての ABS-WG 会合および専門家グルー プ会合について議論された.午後の会合では,共同議 長よりノン・ペーパーとして専門家グループ会合とそ こでの議論に関する質問リストが配布され議論された が,専門家グループ会合で何を議論するかの点におい て議論が紛糾したため,共同議長から,マレーシア,
ブラジル,コロンビア,ナミビア,EU,カナダ,オー ストラリア,日本からなる小グループ(SG)で議論 し結論を出すように要請される.それを受け,ナミ ビアが議長となり 18 時から SG 会合が開催されたが,
議論は白熱し,午前 1 時まで続いた.
5 月 23 日午前 10 時から ICG が再開され SG の議長 から進捗状況が報告された.また,ニュージーラン ドや中国等から SG に参加したい旨が発言され SG は 参加自由となる.13 時まで SG 会合は続いたが,専 門家グループ会合で議論する内容に関して議論は硬 直した.そして,午後から再開した ICG では第 6 回 ABS-WG 会合の成果物である付属文書に関する議論 に移動した.17 時には COP の全体会合が開催され,
現在までの ABS の議論の進捗について共同議長から 報告された.
5 月 24 日からは COP 9 の決定案の検討が再開さ れた.議論の焦点は,次回の COP 10 までに開催す る ABS-WG の会合で何を議論するのか,それを何回
開催するのか,そして,その開催時期と開催国につ いてであった.最終的には 28 日に ABS-WG の共同 議長によって決定案の最終案(UNEP/CBD/COP/9/
ICG-ABS/CRP.1/Rev.1)が取りまとめられ,若干の 修正の後に ICG において合意された(UNEP/CBD/
COP/9/L.27).以上のように,ABS の問題に関しては,
COP の会期中のほぼ 2 週間に渡って論議されたので あるが,その議論の大半は,COP10 へ向けてのロー ドマップについてであり,IR の実質的審議には入ら なかった.
そして,5 月 30 日に開催された COP の全体会合に おいて,ABS の決定案は採択された.
2)COP 9 での ABS の決定事項
今回の COP 9 の ABS 会合では,次回の COP 10 ま でに ABS-WG の会合を 3 回(第 7, 8, 9 回),専門家 グループ会合を 3 回開催することが決定された.専門 家グループ会合では,下記に示す 3 つのテーマ((1)
遵守,(2) 概念・用語・作業上の定義・セクター別ア プローチ,(3) 遺伝資源に関連する伝統的知識)に関 してそれぞれ以下に示す内容を論議することが決定さ れた.
(1)遵守に関する専門家グループ
① 遵守に関する問題についてさらに検討を進め,
ABS に関する作業部会を支援するため,技術専 門家および法律専門家によるグループを設置す る.専門家グループは,法律的助言および必要に 応じて技術的助言を行う.専門家グループは,以 下の問題を扱う.
a. 国際公法および国際私法の分野でどのような 措置が可能か,またはどのような措置を定め ることができるか.
a) 公正と衡平に特に配慮し,費用と効率を 考慮しつつ,以下のことを促進すること.
(a) 裁判外紛争解決を含む司法制度の利 用
(b)外国の原告による出訴
b) 国の管轄を超えて判決を相互に認め,履 行の執行を支援すること
c) 民事,商事および刑事問題において救済 措置および制裁措置をとること
b. 国外の遺伝資源利用者の遵守を強化するため にどのような任意的措置があるか
c. 国内法を回避して,または相互に合意する条
件を定めずに遺伝資源へのアクセスが行わ れ,または利用された場合に,国際的に合意 された遺伝資源および関連する伝統的知識の 不正使用および目的外使用に関する定義を,
遵守の支援にどのように役立てることができ るかを検討すること
d. 遵守のための措置において,原住民の社会お よび地域社会の慣習法をどのように考慮する ことができるか
e. 非商業目的での研究に対する特別な遵守措置 が必要かどうか,もし必要であれば,これら の措置で目的や利用者が変わった場合に生じ る問題(特に,関係するアクセスと利益配分 に関する法律や相互に合意する条件を遵守し ていない場合に生じる問題を考慮する)にど う対処することができるかを分析すること
② 専門家グループは,地域的なバランスを考慮し,
締約国が指名する専門家 30 名およびオブザー バー 10 名で構成される.オブザーバーは,原住 民の社会および地域社会から 3 名(これら社会が 指名),残りは,国際機関および国際協定,産業界,
研究機関・学界および非政府組織を中心に選定す る.
(2) 概念,用語,作業上の定義およびセクター別ア プローチに関する専門家グループ
① 概念,用語,作業上の定義およびセクター別アプ ローチに関する問題についてさらに検討を進め,
ABS に関する作業部会を支援するため,技術専 門家および法律専門家によるグループを設置す る.専門家グループは,法律的助言および技術的 助言を行う.専門家グループは,以下の問題を扱 う.
(a) 生物資源,遺伝資源,派生物および産物につい ての理解の仕方にはどのようなものがあり,ア クセスと利益配分に関する IR の主な構成要素 を定める上で,それぞれの理解がどのような意 味を持つか(セクターおよびサブセクターごと の活動との関連や,商業目的での研究と非商業 目的での研究との関連を含む)
(b) CBD の第 15 条 7 項に則り,セクターおよびサ ブセクターごとの活動に関連して,遺伝資源 の様々な利用形態を特定すること
(c) セクターに固有のアクセスと利益配分の取り決 めの特徴を特定,説明し,セクターごとのアプ ローチに違いがあれば,それを明らかにするこ と
(d) これら異なる特徴を考慮に入れるための案や アプローチにはどのようなものがあり,また,
それぞれのセクターでのアクセスと利益配分 が関係する慣行と整合しうるのはどのような ものか
② 専門家グループは,地域的なバランスを考慮し,
締約国が指名する専門家 30 名および以下から選 定する全 15 名のオブザーバーで構成される.
(a) 特に,産業界,研究機関・学界,植物園その 他のコレクションなどの異なるセクター
(b)国際機関および国際協定,非政府組織
(c) 原住民の社会および地域社会が指名したそれ ら社会の代表者 3 名を含める.
(3) 遺伝資源に関連する伝統的知識に関する専門家 グループ4
① 遺伝資源に関連する伝統的知識に関する問題につ いてさらに検討を進め,アクセスと利益配分に関 する作業部会を支援するため,技術専門家および
4 ここで突然に伝統的知識という,今まで話してきた ABS とは少々異なるテーマが入ってきたと感じた読者もおられたかと 思うので,若干の解説を加えておきたい.CBD の第 8 条生息域内保全の(j)項に「自国の国内法令に従い,生物の多様性 の保全及び持続可能な利用に関連する伝統的な生活様式を有する原住民の社会及び地域社会の知識,工夫及び慣行を尊重 し,保存し及び維持すること,そのような知識,工夫及び慣行を有する者の承認及び参加を得てそれらの一層広い適用を 促進すること並びにそれらの利用がもたらす利益の衡平な配分を奨励すること.」と述べられている.すなわち,伝統的な 生活様式を有する原住民の社会および地域社会の知識や工夫を利用する場合は(例えば,効能のわかっている伝統的薬用 植物から有用物質を見つける,等),関係する人の承認を得ると共に,利用から生じる利益を配分するように奨励している のである.この問題については,COP においても別のセクションで議論をしているし,この問題を議論する WG も定期的 に開催されている.しかしながら,最近の傾向として,この問題を ABS に絡めて議論するという方向に動いてきており,
COP 9 の ABS でも伝統的知識の議論がこの様に入り込んできている.しかしながら,この問題はあくまでも国内問題で あり,国内で解決すべき問題であるとする意見もある.ABS で議論する伝統的知識の範囲は,あくまでも遺伝資源に関連 する伝統的知識となっているので,伝統的意匠や伝統的民族音楽などは入らない.
法律専門家によるグループを設置する.専門家グ ループは,法律的助言および技術的助言を行う.
専門家グループは,以下の問題を扱う.
a. 遺伝資源へのアクセスおよびその利用と関連 する伝統的知識の間にはどのような関係があ るか.
b. 原住民の社会および地域社会のレベルで遺伝 資源に関連する伝統的知識へのアクセスを規 制するための,それら社会の様々な手続きや 慣習上の制度をもとに,IR の交渉ではどのよ うな実際的な影響を考慮すべきか
c. 社会での様々な手続きを特定し,原住民の社 会および地域社会の慣習法がそれら社会のレ ベルで遺伝資源および関連する伝統的知識へ のアクセスをどの程度規制しているのか,ま た,そのことと IR との関係を明らかにする こと
d. 第 15 条に基づく事前の情報に基づく同意お よび相互に合意する条件の遵守を確保するた めの措置が,どの程度,原住民の社会および 地域社会が保有する関連する伝統的知識の利 用に関するそれら社会の事前の情報に基づく 同意の取得にも役立っているか
e. 遺伝資源に関連する伝統的知識へのアクセス が行われる場合に,関連する伝統的知識の保 有者の事前の情報に基づく同意の要素および 手続き上の問題を特定すること(そうした伝 統的知識が国境を超えて存在する可能性も考 慮し,ベストプラクティスの例を明らかにす る)
f. 遺伝資源に関連する伝統的知識について,原 住民の社会および地域社会に対して事前の情 報に基づく同意を求める根拠は国際法に存在 するか.存在するとすれば,その根拠を IR に どのように反映させることができるか g. 実際上の問題点や実施における明確な課題を
考慮しつつ,遺伝資源に関連する伝統的知識 を,国内の権限有る当局が発行する国際認証 に含めるためのいくつかの案を評価すること
(関連する伝統的知識があるかどうかや,誰 がその伝統的知識の保有者であるかについて 国際認証が行われたことを宣言する可能性も 考慮する)
h. アクセスと利益配分との関連で,遺伝資源に 関連する伝統的知識をどのように定義するか
② 専門家グループは,地域的なバランスを考慮し,
締約国が指名する専門家 30 名およびオブザー バー 15 名で構成される.オブザーバーは,原住 民の社会および地域社会から 7 名(これら社会が 指名),残りは,国際機関および国際協定,産業界,
研究機関・学界および非政府組織を中心に選定す る.
③ 各締約国は,可能な限り,原住民の社会および地 域社会から専門家を指名することが推奨される.
6.2010年の
COP 10
までのロードマップCBD-ABS に関する今後の進め方であるが,最初の 会合は,2008 年 12 月 2 日から 5 日にナミビアで,概 念,用語,作業上の定義およびセクター別アプロー チに関する専門家グループ会合が,さらに,2009 年 1 月下旬に東京で,遵守に関する専門家グループ会合 が予定されている.また,COP 9 での決定によれば,
第 7 回 ABS-WG 会合を 2009 年第 1 四半期に開催し,
IR の目的,適用範囲,遵守,公正かつ衡平な利益配 分,アクセスに関する作業用文書に関する交渉を行う ことになっている.これは,2009 年 6 月にローマで の開催が見込まれている.また,この会合に連結して,
遺伝資源に関連する伝統的知識に関する専門家グルー プ会合も予定されている.第 8 回 ABS-WG 会合は,
2009 年第 3 四半期に開催し,IR の性質,遺伝資源に 表
2
COP 10
までのABS
関連会合の開催予定 2008 年 12 月 2 日~ 5 日 ナミビア・ウィントフック 概念,用語,作業上の定義およびセクター別アプローチに関する専門家グループ会合 2009 年 1 月 27 日~ 30 日 日本・東京 遵守に関する専門家グループ会合 2009 年 4 月 2 日~ 8 日 フランス・パリ
第 7 回 ABS-WG(IR の目的,適用範囲,遵守,公 正かつ衡平な利益配分,アクセスに関する作業用 文書に関する交渉)
2009 年 6 月 16 日~ 19 日 場所未定
遺伝資源に関連する伝統的知識に関する専門家グ ループ会合
2009 年 11 月 9 日~ 15 日 マレーシア・クアラルン プール
第 8 回 ABS-WG(IR の性質,遺伝資源に関連する 伝統的知識,能力構築,遵守,公正かつ衡平な利益 配分,アクセスに関する作業用文書に関する交渉)
2010 年 4 月 1 日~ 7 日 コロンビア・ボゴタ 第 9 回 ABS-WG(ABS-WG の第 7 回および第 8 回
の会合で作成された全ての作業用文書の統合)
2010 年 10 月 18 日~ 29 日 日本・名古屋 生物多様性条約 第 10 回締約国会議
関連する伝統的知識,能力構築,遵守,公正かつ衡平 な利益配分,アクセスに関する作業用文書に関する交 渉を行うように決定されている.この会合は,11 月 にマレーシアでの開催が予定されている.さらに,第 9 回 ABS-WG 会合は,2010 年の第 2 四半期までに開 催することが決定されており,そこではアクセスと利 益配分に関する ABS-WG の第 7 回および第 8 回の会 合で作成された全ての作業用文書の統合が求められて いる.この会合は 2010 年 4 月にコロンビアで開催さ れる予定である.そして,これを受けて,2010 年 10 月の COP 10 での議論となるわけである.
従来,会期間会合は専門家グループ会合を 1 回,
ABS-WG 会合を 2 回開催する程度であり,今回のよ うに 6 回開催するというのは異例であり,開催するた めの予算について,当然ながら予算委員会では非常に 厳しい意見が出された.しかしながら,結局,日本が 遵守に関する専門家グループ会合の日本での開催を承 諾し,スペインとスウェーデンが ABS-WG 会合費と してそれぞれ 1500 万円,3000 万円を拠出し,また,
さらにスウェーデンは遺伝資源に関連する伝統的知識 に関する専門家グループ会合費として 1000 万円を拠 出したことにより,さらには,第 7 回 ABS-WG 会合 ならびに遺伝資源に関連する伝統的知識に関する専門 家グループ会合を FAO が会場を無償で提供すること で,これら 6 回の会期間会合を開催する目途がついた.
その後,2008 年 9 月に CBD 事務局より,上記会合 のスケジュールの変更が連絡されてきており,現時点 においては,表 2 に示したジュールに変更となってい る.
7.おわりに
COP 10 での ABS の議論は,IR 策定に向けてのも
のとなる.IR の目的,範囲,アクセスと利益配分の 主要な構成要素など,遺伝資源提供国と利用者間での 考え方の溝はいまだに深い.また,法的拘束力を持た せるのか,ボランタリーなものとするのか,最近では,
それらが混在する仕分けの案も浮上している.いずれ にしても,今後開催される ABS-WG での議論が重要 となってくるのは確かである.
今回の COP 9 で,次回 CBD-COP 10 が 2010 年 10 月 18 日から 29 日まで,日本の名古屋で開催されるこ とが決定された.また,その直前の 10 月 11 日から 15 日までカルタヘナ議定書会議(COP-MOP5)が開 催される.COP には世界中から数千人規模の政府関 係者,国際機関,産業界,学界,NGO,マスコミな どの人々が参加する.COP 10 においては,日本がホ スト国でもあり,意義のある,有益な会議になること を期待したい.
追 記
CBD に関する情報は,CBD 事務局のホームページ
(http://www.cbd.int/world/)から入手可能である.
謝 辞
本稿の執筆において,貴重なご意見をただいた(財)
バイオインダストリー協会,生物資源総合研究所の炭 田精造所長,渡辺順子主席研究員ならびに(独)製品 評価技術基盤機構(NITE)バイオテクノロジー本部 の奥田慶一郎本部長に感謝いたします.
(担当編集委員:笠井文絵)