19 th IUFoST World Congress of Food Science and Technology 2018 に参加して
8. 第72回国際会議出席費補助金報告書
第 72 回国際会議出席費補助金報告書
シアノヒドリンクリプトラセメートの合成と絶対配置決定:
固体状態におけるエナンチオ選択的ストレッカー反応
東京理科大学理学部応用化学科 川﨑常臣
研究の背景と目的
アミノ酸に代表される生体関連化合物の多くは,二つの 可能な鏡像異性体のうち一方のみから成り立っている.こ のホモキラリティーは,あらゆる生命に共通で,その起源 は未解決の謎である.
一方,ストレッカー型反応は,前生物的環境下でのアミ ノ酸生成プロセスの一つと考えられてきた.この反応では,
カルボニル化合物とアミンが縮合して得られるイミンにシ アン化水素が付加することによりα-アミノニトリル(アミ
ノ酸前駆体)が生成し,カルボニル化合物にシアン化水素 が直接付加した場合には,シアノヒドリン(ヒドロキシ酸 前駆体)が生成する(図1).
これまでに,コングロメレート形成するα-アミノニトリ ルの固体状態における不斉発生・増幅を報告した1).本研 究では,クリプトラセメートを形成するシアノヒドリンを 見出し,その絶対配置を決定したので報告する.さらに,
アミンとシアノヒドリンとのエナンチオ選択的な固固反 応,引き続く不斉増幅2)によって高鏡像体過剰率のアミ ノニトリルを合成した3).シアノヒドリンの固体状態にお けるキラリティーと,アミノニトリル(アミノ酸)のキラ リティーとを関連づけることに成功した(図2).
実験方法
アキラルな芳香族アルデヒドとシアン化ナトリウムを,
酢酸存在下で反応し,自発的結晶化によりシアノヒドリン のラセミ化合物結晶を得た.得られた結晶は,ラセミ化合 物結晶でありながらキラル空間群P212121に属するクリプ トラセメートであった.単結晶X線構造解析によって結晶 の絶対配置を決定することができ,シアノヒドリンは,ヒ ドロキシ基とシアノ基との間で水素結合を形成し,二分子 で一周期のらせん状であった.すなわち,P もしくは M 体の鏡像結晶を確認した.さらに,KBr法による固体CD
図3. ストレッカー型固固反応.
図2. エナンチオ選択的ストレッカー反応(固固反応).
図1. ストレッカー型反応機構.
— — スペクトルを測定し,235 nm付近に正もしくは負のコッ トン効果が観測され,シアノヒドリンラセミ化合物結晶の 絶対配置(らせん方向)との相関を明らかにした.
シアノヒドリンが形成するキラルな(P/M)-ラセミ化合 物結晶(クリプトラセメート)とアキラルアミン酢酸塩と を乳鉢で混合しつつ細かく摺りつぶした.それを密閉容器 に静置することによって,固体同士のストレッカー型反応 を経て,アミノニトリルを合成した(図3).引き続き,溶 液中にエナンチオマー間の平衡を導入したアミノニトリル 懸濁液を温度サイクルに付すことによって,顕著な不斉増 幅を行い,高鏡像体過剰率のアミノニトリルを合成した2).
結果と考察
ストレッカー型固固反応は,室温付近では約20日で 8 割程度の進行率であった.(M)-シアノヒドリンのストレッ カー型反応,引き続く不斉増幅2)によってL-アミノニト リルが,(P)-シアノヒドリンを反応に用いるとD-アミノニ トリルが再現性を持って生成した.シアノヒドリンが形成 するキラルラセミ化合物結晶の不斉と,それを基質とする ストレッカー型反応によって生成するアミノニトリル(ア ミノ酸)に立体相関性を見出した.本結果は我々の知る限 り,結晶中の分子配向4)に基づくエナンチオ選択的(ス トレッカー型)固固反応の初の例である.
シアノヒドリンとアミノニトリルは,ストレッカー型機 構でイミンおよびカルボニル化合物を経る平衡にあり(図 1),双方の分子不斉は関連しないものと考えられてきた.
本結果は,両者に立体相関性を初めて見出したものであり,
キラルアミノ酸やヒドロキシ酸の(前生物的)合成に関連 する興味深い結果と言える.
未発表の成果であるため,具体的な化合物構造の掲載を 差し控えさせていただいた.公表後に改めて報告させてい ただきたい.
謝辞
本研究の遂行にあたり,ご支援を賜りました公益財団法 人農芸化学研究奨励会に深く感謝いたします.
参考文献
1) Kawasaki, T., Takamatsu, N., Aiba, S., Tokunaga, Y.:
Chem. Commun. 2015, 51, 14377‒14380.
2) Aiba, S., Takamatsu, N., Sasai, T., Tokunaga, Y., Kawasaki, T.: Chem. Commun. 2016, 52, 10834‒10837.
3) Miyagawa, S., Aiba, S., Kawamoto, H., Tokunaga, Y., Kawasaki, T.: Org. Biomol. Chem. 2019, 17, 1238‒1244.
4) Miyagawa, S., Yoshimura, K., Yamazaki, Y., Takamatsu, N., Kuraishi, T., Aiba, S., Tokunaga, Y., Kawasaki, T.:
Angew. Chem. Int. Ed. 2017, 56, 1055‒1058.
ガン抑制タンパク質 TSC2 の新規メチル化修飾は,
TSC2 安定化に寄与する
東京農業大学大学院 農学研究科 農芸化学専攻 玄 成秀
背景・目的
細胞内シグナルタンパク質は,細胞外からのホルモンや 栄養素などの様々な情報を標的機関へと適切に伝達する.
その際,その機能制御は,シグナルタンパク質がリン酸化 やメチル化などの化学修飾を受けることで行われる.一方 で,こうした化学修飾の不全はがんなどの疾病と深く関わ ることが多く,こうした疾患における治療標的とされてき た.
ガンの一種で,てんかんや過誤腫の形成などを呈する疾 患に,国指定難病である結節性硬化症がある.TSC2 はそ の原因タンパク質として同定されており,インスリンシグ ナルにおいて,Rheb を介して細胞増殖を司る mTORC1
を抑制する.一方で,この TSC2 の機能は,化学修飾の一 種であるリン酸化を介したインスリンや成長因子,エネル ギー代謝などによって解除され,mTORC1 の活性化を通 じて細胞増殖が促進する [1, 2].そのため,TSC2 タンパク 質の安定化メカニズム解明は重要である.これまで TSC2 の化学修飾には,リン酸化をはじめとして,アセチル化や ユビキチン化が知られており,このような修飾によって TSC2 の多様な機能は制御される.一方で,ヒストンなど で知られるメチル化修飾に関して TSC2 のメチル化は実験 的に確認された報告はない.
タンパク質をメチル化する酵素に PRMTs がある.PRMTs は,ヒストンメチル化をはじめとして,メチル基供与体
SAM から基質中のアルギニン残基にメチル基を転移する 酵素である.生体において 9種類(PRMT1~PRMT11)
存在し,その機能や局在によって分けられる [3, 4].興味 深いことに,メチル化予想サイトにより,TSC2 のアミノ 酸配列を解析したところ,TSC2 がメチル化される可能性 のある部位が散見された.
そこで,本研究は,TSC2 の新規翻訳後修飾としてメチ ル化修飾に着目し,「TSC2 のメチル化修飾の解析ならび にその機能」の解析を目的とした.
結果・考察
TSC2 のメチル化予想サイトにより予測された部位(図1)
を含む TSC2 ペプチドを作製し,これらが主要なメチル化 酵素PRMT1 に修飾されるか in vitro methylation assay に供して解析した.その結果,Arg1457 を含むアミノ酸 配列1432-1460 のペプチドにおいてのみメチル化が確認さ れた.次に,同様に TSC2 ペプチドのどの Arg部位が PRMT1 によってメチル化されるか解析した.その結果,
TSC2 の Arg1457 と Arg1459 をそれぞれ変異させたペプ チドにおいて PRMT1 によるメチル化が減少した.これら の結果は,TSC2 が PRMT1 によって新規メチル化修飾を 受 け る こ と を 示 し, そ の 部 位 が TSC2 の Arg1457 と Arg1459 であることを初めて確認した.
本 研 究 で 明 ら か に し た TSC2 の メ チ ル 化 部 位
(Arg1457/59)は,AKT によるリン酸化部位(Thr1462)
に近接する.そのため,TSC2 メチル化は AKT によるリ ン酸化を妨害するのではないかと考えた.これを in vitro kinase assay にて検証したところ,メチル化TSC2 ペプチ ド(アミノ酸配列1455-1469 の Arg1457 と Arg1459 をメ チル化した)は AKT によるリン酸化を妨害した.さらに,
これを細胞内で解析すべく,PRMT1阻害剤AMI-5 および SAM合成酵素MAT2a阻害剤シクロロイシンを 293T細胞 に添加し,TSC2 の Thr1462 のリン酸化レベルを解析し た.結果,それぞれの阻害剤添加によって TSC2 のリン酸
化レベルが上昇した.本結果は,TSC2 のメチル化レベル の変動は AKT によるリン酸化レベルに影響することを示 した.
TSC2 メチル化が TSC2 の機能にどのように影響するか 検証した.興味深いことに,AKT による TSC2 のリン酸 化は TSC2 の分解を促進する [5].その上で,TSC2 のメチ ル化レベルの変動は AKT によるリン酸化に影響を及ぼ す.そこで,PRMT1 による TSC2 のメチル化が TSC2 の 安定化に関与するか,PRMT1KD細胞・PRMT1阻害剤を 用いて解析した.その結果,PRMT1KD細胞・PRMT1阻 害剤において TSC2 タンパク質の減少が確認された.メチ ル基供与体SAM は SAM合成酵素MAT2a によって必須 アミノ酸メチオニン(Met)から代謝される.本解析は,
細胞に MAT2a阻害剤を添加し,TSC2 のタンパク質量を 解析した.その結果,MAT2阻害剤の添加においても TSC2 タンパク質発現量が低下した.本結果より,TSC2 の安定化に PRMT1 によるメチル化が関与することが示さ れた.
TSC2 は細胞増殖を司る mTORC1 を制御し,またその 欠損は mTORC1 の活性を介して細胞増殖を促進する.そ こで,本解析では,TSC2 メチル化阻害時のリン酸化S6K
(mTORC1 の活性指標)を解析した.その結果,PRMT1 阻害時に,TSC2 タンパク質が減少すると共に,リン酸化 S6K が上昇した.本結果は,TSC2 メチル化の抑制がその 不安定化を介して mTORC1 を活性化することを示した.
本研究は結節性硬化症の課題である TSC2 の安定化メカ ニズムの一端を明らかにした.特に,TSC2 の安定化にお いて PRMT1 によるメチル化修飾が,その安定化に寄与し,
さらに下流因子である mTORC1活性の制御にも影響する 可能性を示した(図2).
謝辞
本研究は,公益社団法人日本農芸化学会学術活動強化委 員会のご支援に深謝します.
図2 本研究の概要図.
図1. TSC2 メチル化の予想サイト.