が成り立つ(i= 0,1).同様の式はνt(i)とνtの間でも成り立つ(i= 0,1).これらを用いて,
∑
i=0,1
λi
(
Entm(µ(i))−Entm(νt(i))
)−Entm(µ) + Entm(νt)
= ∑
i=0,1
λi (
Entµ(µ(i))−Entνt(νt(i)) )
(7.7) を得る.Entµ(µ(i))を評価するのに,測度の押し出しに関する相対エントロピーの収縮性 [7, Lemma 9.4.5]を(今の設定で)示す.Lemma 3.11を用いて,π(dxdy) = πy(dx)µ(dy), πy ∈
P(X) (y∈X)と分解する.このとき,まず,
dµ(i) dµ (y) =
∫
X
dνt(i) dνt
dπy µ-a.e. y となる.実際,各A∈ B(X)で
µ(i)(A) =π(i)(X×A) =
∫
X×A
dνt(i)
dνt (x)π(dxdy) =
∫
A
(∫
X
dνt(i)
dνt (x)πy(dx) )
µ(dy)
が成り立つことから分かる.これを用いると,Jensenの不等式から,
Entµ(µ(i)) =
∫
X
dµ(i) dµ log
( dµ(i)
dµ )
dµ=
∫
X
(∫
X
dνt(i) dνt
dπy
) log
(∫
X
dνt(i) dνt
dπy
) µ(dy)
≤
∫
X
(∫
X
dνt(i) dνt log
( dνt(i)
dνt )
dπy
)
µ(dy) = Entνt(νt(i))
を得る(i= 0,1).この不等式を(7.7)に適用すれば,(7.6)が従う. □ Theorem6.6の(2)⇒ (1)の証明の議論では,まず(µs)s∈[0,1] ∈Geo(P2(X))を取り,その W2-測地線上でK凸性の式(5.1)が成り立つことを示している.この議論は任意のW2-測地線 で機能するので,今の設定においては強CD条件を導く.このことから次が分かる.
Corollary 7.10 (RCD ⇒ 強凸) RCD(K,∞)空間は強CD(K,∞)条件をみたす.
この文脈では,RCD(K,∞)空間は,熱分布の解析のために導入された空間族として話を進め てきた.一方この節の冒頭で述べたように,空間族は幾何学的な問題意識からの要請に適った ものでもあった.実際,RCD(K,∞)空間は,以前に考えられてきた曲率次元条件よりも様々 な意味で「行儀の良い(奇妙な振る舞いをしない)」空間(族)になっている61.このことの実例 は8.2節で述べることとし,先ずはBakry- ´Emeryの曲率次元条件との関係に話を移していく.
Proposition 7.11 (RCD空間上の熱流の性質) RCD(K,∞)空間上では,Ptは対称な積分 核(熱核密度)ptを持つ.更に(µxt)t≥0をµ0 =δxをみたすEVIの解とすると,各f ∈L2(m) に対して
Ptf(x) =
∫
X
fdµxt m-a.e. x.
更に,f ∈L∞(m)に対して上式の右辺は有界かつ(t, x)∈(0,∞)×X の関数として連続.
Proof. 例によって概略のみ述べる.まずf ∈C0(X)を確率密度とする.fmをDirac測度の 有限線形結合で(W2の意味で)近似し,EVIの線形性を用いると,Theorem7.9とRemark7.8 (ii)より,
Ptf(x)m(dx) = (∫
X
fdµxt )
m(dx)
が得られる(左辺を,初期値fmのEVIの解とみる).従って両辺の密度が一致し,Ptfの表 示を得る(一般のf に対しては近似).EVIの定義よりt >0ならばµxt ∈D(Entm).従ってµxt はmに関する密度を持ち,これが熱核密度ptになる.ptの対称性はPtの対称性から分かる.
なお,連続性の証明は省略する([10, Theorem 6.1]参照;この命題の,ここまでで示した結果
を用いる). □
応用として,以上から,ν0 =νをみたすEVIの解を(νt)t≥0とおくと,
∫
X
fdνt=
∫
X
Ptfdν0
が成り立つ.このことから,νtを以下ではPt∗νと書くことにする.ν=fmであれば,Pt∗ν = Ptfmになる.また,以下断りなく,記号PtfをProposition7.11の式の右辺の意味で用いる.
Theorem 7.12 (RCD⇒ Bakry- ´Emery, N =∞) (X, d,m)をRCD(K,∞)空間とする.こ のとき以下が成立.
(C) (W2-収縮性) 各ν, ν′ ∈P2(X), t >0で,
W2(Pt∗ν, Pt∗ν′)≤e−KtW2(ν, ν′).
(D) (Bakry- ´Emeryの微分評価) 各f ∈W1,2(X), t >0で
|∇Ptf|2∗ ≤e−2KtPt(|∇f|2∗).
(E) (Bakry- ´Emeryの(弱)曲率次元条件(N =∞)) f ∈ D(L)かつLf ∈ W1,2(X)をみ たすf とh ∈D(L)∩L∞(m), h≥0かつLh ∈L∞(m)をみたすhに対して,次が成立 する. 1
2
∫
X
|∇f|2∗Lhdm−
∫
X
⟨∇f,∇Lf⟩∗hdm≥K
∫
X
|∇f|2∗hdm.
条件(E)で弱形式(積分形)でBakry- ´Emeryの曲率次元条件を定式化しているのは,|∇f|2∗ ∈ D(L)62がいつ成り立つか不明であったため.この点は9.1節で掘り下げることになる.なお,
この弱形式の定式化は最初に[74]で与えられ,[10,11]で洗練された.
62正確には,D(L)はL1の意味での定義域.
Proof of Theorem 7.12. (C)はTheorem7.9とTheorem6.4から直ちに従う.以下,(C)
⇒ (D) ⇒(E)の順に示す.
「(C) ⇒ (D)」の証明の概略を述べる.ここでは,f ∈ Lip(X)として,minimal relaxed gradientの代わりに局所Lipschitz定数に対する結果として示す.Minimal relaxed gradientの 場合は,そこからうまく(最適輸送に沿った) 積分の形に持ち込んで近似する.以下の証明は [117]によるが,最適輸送を用いた(もう少し洗練された)証明が[10, Theorem 6.2]で述べられ ている63.t >0を固定し,x, y∈Xとする.また,π ∈Π(Pt∗δx, Pt∗δy)をW2に関する最適 カップリングとする.このとき,
|Ptf(y)−Ptf(x)|= ∫
X
fdPt∗δy−
∫
X
fdPt∗δx
= ∫
X×X
(f(z)−f(w))π(dzdw) を得る.|f(z)−f(w)| ≤ |∇f|(z)d(z, w) + (誤差項) と考えられるので,誤差項を無視すると,
Schwarz不等式と(C)から,
|Ptf(y)−Ptf(x)| ≤
√∫
X×X
|∇f|(z)2π(dzdw)
∫
X×X
d(z, w)2π(dzdw)
≤√
Pt(|∇f|2)(x)W2(Pt∗δx, Pt∗δy)≤e−Kt√
Pt(|∇f|2)(x)d(x, y).
ここまで来れば,あとは容易.
「(D) ⇒ (E)」は,Theorem2.3の議論をN =∞の場合に(積分形で)適用すればよい.□ Theorem7.12より,当初の目標であったSturm, Lott-Villaniの曲率次元条件CD(K,∞)か ら(自然な「無限小Hilbert的」の仮定のもとで) Bakry- ´Emeryの曲率次元条件を導出できた.
ここで,Theorem7.12の応用も含め,Ptが関数をどの程度「よい」関数にうつすのか,という
ことに関連する次の注を述べておく.理論を厳密に展開する上でかなり重要な内容を含むが,
技巧的でやや重い話題と考え注とした.本来は定理として述べるべきものである.
Remark 7.13 (Ptによる関数のregularization)
(i) (E)において,試験関数f,hにはかなり強い制約を課している.このような条件をみたす関 数はちゃんと沢山あることを確認しておこう.まずfについて,f :=Ptf0,f0 ∈L2(m), t > 0 であれば,Lf = Pt/2LPt/2f0 ∈ D(E)であるから,(E)の条件をみたす.hに ついては半群の軟化 (mollification) (例えば [159, Theorem 2.7の証明] 参照)を用い る.θ ∈ Cc∞((0,∞)), θ ≥ 0で
∫
Rθ(x) dx = 1 となるものとh ∈ L2(m)に対して,
Pεh:=ε−1
∫ ∞
0
θ(ε−1r)Prfdr と定める.このとき,
LPεh=−1 ε2
∫ ∞
0
θ′ (r
ε )
Prfdr
となるので,h0∈L2∩L∞(m), ε >0に対してh:=Pεh0であれば,hは所与の条件を みたす.なお,半群の軟化の技法は,この種の解析を進める際に様々な場面で有効な近 似として用いることができる.ε→0でPεh→h in L2(m)となることは容易.
63ただし,後で扱うN <∞の場合の証明は,ここで紹介する考え方(の拡張)によるものしか知られていない と思われる.
(ii) RCD(K,∞)空間上,(D)の不等式で,左辺のminimal relaxed gradientを局所Lipschitz 定数に置き換えた式が成り立つ[10, Theorem 6.2].これは,おおまかにはTheorem 7.5 による.(試験輸送計画に沿った)線積分を,左辺の量をminimal weak upper gradientと みなして評価する.すると,その評価が一様になる(ように関数を近似できる)ことから,
試験輸送計画の極限移行によってLipschitz評価が従う.
よって,f ∈W1,2(X)のときPtf はLipschitz連続になると分かる.特にこのことから
「f ∈W1,2(X)かつ|∇f|∗ ≤1であれば,f ∈Lip(X)かつ各x∈Xで|∇f|(x)≤1」 が示せる [10, Theorem 6.2]64.これを条件(L)と呼ぶことにする.
(iii) RCD(K,∞)空間上,(D)を用いてPtに関するPoincar´e不等式 Pt(f2)−(Ptf)2 ≤ 1−e−2Kt
K Pt(|∇f|2∗) および,逆向きPoincar´e不等式
e2Kt−1
K |∇Ptf|2∗ ≤Pt(f2)−(Ptf)2
が得られる ([11,18, 20, 124]等参照;形式的には,Theorem 2.3(1) ⇒ (2)の証明と類 似の議論をΦ(s)の代わりにPs((Pt−sf)2)に対して行えばよい;(2.4)に相当する性質を 用いる).K >0のとき,このPtに関するPoincar´e不等式においてt→ ∞とすること で,通常のPoincar´e不等式(ただし定数は1/K)が得られる.
(iv) 上の(ii)と同様の考え方を(iii)に適用すると,次の評価が得られる [10, Theorem 6.5]: 各x∈Xで
|∇Ptf|(x)≤
√ K
e2Kt−1∥f∥∞, (7.8)
ここから,f ∈L∞(m)であればt >0でPtf ∈Lipb(X)が従う.
Theorem7.12で導入された(C)(D)(E)は,単にRCD(K,∞)条件から従う,というだけでな く,次に述べる意味でRCD(K,∞)と同値になっている.これを紹介してこの節を終わろう.
Theorem 7.14 (Bakry- ´Emery ⇒RCD, N =∞) (X, d,m)は(V),(L) をみたし,かつ無 限小Hilbert的と仮定する.このとき,Theorem 7.12の(C)(D)(E)いずれかの条件が成り立て ば,(X, d,m)はRCD(K,∞)条件をみたす65.
証明は省略する(易しいからではなく,複雑な上に私には要約し難いからである;4.3節の議論 とは異なり,(D)から(A)に至る).[11]参照.Theorem7.9,7.12,7.14を合わせると,それぞ れの定理で登場した(A)-(E)の条件は(然るべき仮定の下で)全て同値と分かる66.
64正確には,「fの同値類からLip(X)に属するものが取れる」と言うべき.
65(C)から話を始める場合には,正確には,νi≪m,νi=σim,σi∈L1∩L2(m)の場合に限定して,Pt∗νiの代 わりにPtσimとした式をまず考える(i= 0,1).そこからProposition7.11に相当する主張を導くことができる.
66(E)から出発する時はTheorem2.3の議論を通じて(D)をまず示す.