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本語教育に関する調査を行ってきた シリアでは 日本語の社会的需要が小さく 日本語を学んだからといって 必ずしも就職や進学につながるわけではない ま た 内戦状況下において 日本語が生活に直接的に与える影響はほとんどない 経 済的なウェルフェア ウェルビーングはほとんど期待できない それにも関わら ず

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Academic year: 2021

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海外の日本語学習者の言語選択とアイデンティティ

―シリアの日本語学習者の語りから―

市嶋 典子 秋田大学 要旨 本稿では、シリアの4 名の日本語学習者の語りから、彼女/彼らの言語選択、言語 意識とアイデンティティの関係について考察した。学習者達の日本語選択は偶然に よってなされた。その後、日本語への興味を増していくことになるが、そこには、 日本語を通して出会った人々との関係が大きく影響していた。内戦後、学習者達 は、日本語学習を平和な時から継続してきた「普通のこと」と意味づけ、内戦状況 にある今も、日本語学習環境を維持しようとしていた。また、日本語学習を続ける ことの根底には、「好きなことを続けるのが生活だから」という思いがあった。さら に、学習者達にとって、日本語は、内戦という困難な状況を乗り越えるための生き がい、未来へとつながる希望、自身のアイデンティティの一部であることが明らか になった。 【キーワード】内戦、アイデンティティ、偶然性、平和時からの連続性、 希望としての日本語

Keywords: Civil conflict, identity,contingency,continuity from peacetime, Japanese language as a hope of the life

1 国策としての日本語教育 国際交流基金『2012 年度日本語教育機関調査結果概要』(2012)の調査によると、 海外の日本語教育機関数、教師数、学習者数は年々増加している。一方で、アラブ 諸国の治安が悪化したこともあり、中東地域の日本語教育の動向は等閑視されてき た。中でも本稿で取り上げるシリアの日本語教育について言及した論考はほとんど なく、当地で学ぶ日本語学習者の実態は明らかにされてこなかった。 日本国内に目を向けてみると、文部科学省(2015)は、外国人留学生の受入れに 関する諸施策を拡大・強化することを前提に検討を進め始めた。文部科学省は、留 学生受け入れの重点地域として、主に資源確保の観点から関係を強化することが重 要な地域を挙げている。中東地域もその一つとして挙げられているが、主なターゲ ットは資源国であり、シリアのような情勢不安定な国からの留学生受け入れは困難 とされてきた。一方で、日本政府は中東の難民支援策の一環として、内戦が続くシ リアの難民のうち、留学生として 2017 年から 5 年間で最大 150 人の若者を受け入れ ることを決定した。主な支援制度としては、文部科学省の国費外国人留学生制度、 国際協力機構(JICA)の技術協力制度が挙げられる。本制度によって、シリアの日 本語学習者にも日本留学のチャンスが生まれるが、春日(2016)によって、「留学機 会を与えることと、難民受け入れをいっしょにしないでほしい。私たちは日本で勉 強したい。けれど、難民としては行きたくない。」という日本語学習者の声も報告さ れており、シリアの問題は簡単には解決しえないことがうかがい知れる。 筆者は、2000 年 9 月から 3 年間、中東・シリアのダマスカス大学付属言語研究所・

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本語教育に関する調査を行ってきた。シリアでは、日本語の社会的需要が小さく、 日本語を学んだからといって、必ずしも就職や進学につながるわけではない。ま た、内戦状況下において、日本語が生活に直接的に与える影響はほとんどない。経 済的なウェルフェア・ウェルビーングはほとんど期待できない。それにも関わら ず、現在も、学習者達は、日本語を学び続けることを望んでいることが報告されて いる(たとえば、春日2013、市嶋2016)。内戦という困難な状況下、彼女/彼らは、 なぜ、日本語を学び続けることを望むのか。筆者の問題意識はここにある。そこ で、本稿では、シリアの日本語学習者が、なぜ日本語を学ぶことを選択したのか、 日本語にまつわるどのような経験をし、どのような言語意識を持つようになったの か、そして、その言語意識がアイデンティティ構築にどのように関わっているのか を考察する。 2 アイデンティティのとらえ方 ことばとアイデンティティの関係を論じた小野原(2004)は、言語には二つの大 きな機能、伝達機能とアイデンティティ機能があるとし、後者には、特定の言語や 表現を選択・使用して自己のアイデンティティを形成したり、確認したり、表出す る機能があるとする。 また、ことばは、使い手の多様な「想い」や「意識」、「感情」が表れたものであ り、ことばを使用することには、自分の存在を主張したり、自分の価値を証明した りするアイデンティティ機能があると述べている。そして、アイデンティティにつ いては、自分に対するイメージ、信念、感情、評価の総体として、「自分とは何か」 を説明する言葉であるとする。本稿では、言語とアイデンティティを上記のように とらえた上で、シリアの日本語学習者の語りから、彼女/彼らの言語選択、言語意 識とアイデンティティの関係を考察する。 3 調査概要 3.1 調査対象データ 2014 年 9 月~2016 年 2 月までにシリアに住む日本語学習者を対象に行ったインタ ビューデータを分析した。調査に先立ち、データの取り扱いと目的を調査対象者に 説明し、了承を得た。 インタビューについては、事前にいくつかの質問事項は準備していたが、基本的 には調査対象者の自由な語りが促されるように配慮した。音声は、IC レコーダーに 録音し、トランスクリプトを作成した。インタビューは、全て筆者が行った。ま た、インタビューは、主に日本語で行われ、英語、アラビア語を用いることもあっ た。 3.2 調査対象者 シリア在住の日本語学習者に行ったインタビューのうち、以下の4名の語りに注目 した。この4名に注目した理由は、紛争下における日本語学習状況や日本語への思い が詳細に語られていたためである。また、彼女/彼らが自身の語りを日本に発信す ることを強く望んだこともある。なお、年齢はインタビュー当時のものであり、4 名 の日本語レベルは、おおよそ中上級レベルである。

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・マハ(仮名) 20 代女性、教員、2006 年からシリア国内の大学付属の言語センターで日本語を学 ぶ。専門は英文学。言語教育に興味を持っている。 ・アリ(仮名) 20 代男性、大学院生、2008 年からシリア国内の大学付属の言語センターで日本語 を学ぶ。専門は医学だが、日本語に興味を持ち、現在も日本語学習を続けている。 ・ラマ(仮名) 30 代女性、会社員、2006 年からシリア国内の大学付属の言語センターで日本語を 学ぶ。現在は独学で日本語学習を続けている。 ・アフマド(仮名) 30 代男性、大学院生、2001 年からシリア国内の大学付属の言語センターで日本語 を学ぶ。専門は経営学。現在は独学で日本語学習を続けている。 3.3 調査方法 インタビューは全てスカイプで行った。インタビューの日程と時間は以下のとお りである。1人1 時間から 1 時間半程度のインタビューを 2 回程度行った。 ・マハ 1) 2016 年 2 月 2 日:1 時間 9 分 ・アリ 1) 2016 年 1 月 20 日:1 時間 30 分 2) 2016 年 1 月 29 日:1 時間 15 分 ・ラマ 1) 2014 年 9 月 25 日:1 時間 3 分 2) 2014 年 10 月 14 日:1 時間 8 分 ・アフマド 1) 2015 年 8 月 23 日:43 分 2) 2015 年 9 月 1 日:50 分 なお、本研究では、ライフストーリー研究法を用いた。ライフストーリーとは、 「語り手の経験や見方を探究するもの」(桜井2005:51)である。具体的な分析枠組 みとしては、市嶋(2016)で用いられている「日本語の経験に関する語り」「日本語 の経験の意味付けを持つ語り」「日本語の意味について直接表現する語り」に焦点を 当てた。なお、このカテゴリーは、太田(2010)の分類基準を参考に生成したもの である。 3.4 分析の手順 分析の手順は、まず、インタビューデータについては、インタビューデータの中 に登場する人物の人生の特徴となる言葉(キーワード)を見つけ出し、コーディン グ(分類・整理)していった。その後、登場人物の人生を第三者に理解しやすいよ うに配列した。エピソードなどは、小さなまとまりにし、小見出しをつけて整理し ていった。1 つの意味を表現するために語られた、1 つまたは複数の語りのまとまり を、1 つのストーリーと捉え、分節化した。そして、分節化した語りをカテゴリーに 分類し、ストーリーを構成した(太田 2010、市嶋 2016)。また、調査対象者の語り の中で共通する内容のものに注目し、分類した。なお、本稿では、紙幅の都合上、 学習者の発話した内容の中で、代表的な一部のみを抜粋して提示する。 4 日本語学習者の語り 4.1 日本語の経験に関する語り―言語選択の偶然性 【マハの語り:2016 年 2 月 2 日】

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ったりして、もっともっと好きになってきました。 【アリの語り:2016 年 1 月 20 日】 私はたぶん専門のため日本語勉強始めました。でも、日本語でいろいろな人と会っ たり、経験すると、専門のためだけじゃなく興味が出ました。 【ラマの語り:2014 年 9 月 25 日】 新しい言語を何か勉強したかったんです。勉強すればするほど、いろいろなことが 分かるようになりました。(中略)教科書からだけじゃなくて、たくさん人たちと会 って、とても面白かった。 【アフマドの語り:2015 年 8 月 23 日】 私は偶然日本語を始めました。友達が始めたから。(中略)でも、日本語の先生、日 本人と会って、日本語勉強して、漢字とか、もっとはっきり好きになりました。 上記では、学習者達が日本語を学ぶことを選択したのは、偶然によるものであっ たことが語られている。また、例えば、ラマが、「始めたのは、はっきりしません が、たまたま友達と日本語を勉強したり、日本に行ったりして、もっともっと好き になってきました」と語っているように、偶然によって選択した日本語ではある が、その後、日本語を学ぶことで出会った様々な人々との関係性や経験が、彼女/ 彼らの日本語への興味を高めていったことがうかがえる。 4.2 日本語の経験の意味づけを持つ語り-平和時からの連続性 【マハの語り:2016 年 2 月 2 日】 日本語は平和な時から、勉強していました。そのことを続けたい。日本語を勉強し ていた時は、何も心配がなかった。その経験はとても大切なんです。 【アリの語り:2016 年 1 月 29 日】 日本語を勉強しているときは、戦争を忘れます。あと、将棋クラブを作って、そこ で集まって、みんなで話します。折り紙クラブもあります。明日、どうなるか誰も 分かりません。でも、日本語の場所は、楽しい気持ち、それだけです。みんな人々 は好きなことしたいです。例えば、日本語とか、アルギーレとかスポーツとか、こ れは生活です。戦争があっても好きなこと、生活は続けたいです。 【ラマの語り:2014 年 9 月 25 日】 日本語の勉強、たくさん、面白い経験でした。平和のイメージです。今は普通じゃ ない。 【アフマドの語り:2015 年 8 月 23 日】 普通のことです。日本語は、前からしていたことだからやめません。生活ですか ら。 上記の語りからは、学習者達が、日本語を平和時からの連続性でとらえているこ とがうかがえる。また、学習者達は、日本語を学ぶという営為を内戦前から続けて いる、「普通の生活」と意味づけている。そして、内戦という困難な状況になって も、なお、彼女/彼らは、日本語を学ぶことを望んでいる。アリが、好きなものと して、アルギーレ(水たばこ)、スポーツ、そして日本語を挙げ、いかなる状況にあ っても好きなことを続けていくことこそが生活であると語っているように、彼女/ 彼らは、日本語を学び続けるということを、好きなことを続けるという、生きてい く上での当然のこととしてとらえていることが分かる。

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4.3 日本語について直接表現する語り-希望としての日本語 【マハの語り:2016 年 2 月 2 日】 将来、日本語勉強して、日本に留学できるようになったら、そういうチャンスは学 生にとって、とても希望になると思います。 【アリの語り:2016 年 1 月 29 日】 私は日本語が好きですから、あと日本センターは本当に私の大事なところですか ら、日本センターの続いているところにボランティアしました。シリアが平和にな った時、日本語は新しい国を作るために役に立つと思います。 【ラマの語り:2014 年 10 月 14 日】 私たちは自分の未来を? 日本語から見えます、でしょ? そういうこと。一人の ことではない。そういう、私は人生を考えます。 【アフマドの語り:2015 年 9 月 1 日】 今は仕方ないです。仕方ない。でも、将来、だれも分かりません。また、ただ日本 語好きですから、何かもできるかもしれません。 上記の語りからは、学習者達が、日本語を未来へとつながる希望、可能性ととら えていることが分かる。また、日本語が好きであるという強い思いが伝わってく る。このように、彼女/彼らは、日本語を自身にとってかけがいのないもの、自身 のアイデンティティの一部としてとらえていることがうかがえる。 学習者達にとり、内戦という困難な状況を生き抜くためには、未来への展望や夢 を持ち続けることが欠かせない。日本語は学習者達の未来や夢につながるものであ り、かけがえのないものであることが分かる。シリアで絶望することなく生き抜く ために、夢や希望につながる日本語を学び続けていると言える。 5 まとめ 本稿では、シリアの4 名の日本語学習者の語りから、彼女/彼らの言語選択、言語 意識とアイデンティティの関係について考察した。マハが「たまたま友達と日本語 を勉強した」と語り、アフマドが「私は偶然日本語を始めました」と語っているよ うに、彼女/彼らの日本語選択は、主に偶然によってなされた。そして、日本語を 学ぶうちに、徐々に関心を深めていくことになる。そこには、日本語を学ぶことに よって出会った人々との関係性や経験が大きく影響していた。その後、内戦によ り、日本語学習が困難な状況に置かれることになるが、学習者達は、決して学ぶこ とをやめようとはしない。彼女/彼らは、日本語学習を平和な時から学んでいた 「普通のこと」と意味づけ、内戦状況にある今も、「普通の生活」としての日本語学 習を維持しようとしている。このように、学習者達は、日本語を平和時から連続す るものとしてとらえていた。そして、現在もなお、日本語を続けることの根底に は、「好きだから」という非常にシンプルな思いがあった。好きなことを続けてい く、いわば、人間としての当然の権利を行使しているにすぎない。金子(2003) は、『ウェルビーングの発達学』の中で、困難な現実を乗り越えるために必要なもの は、「希望・生きがい」であると指摘している。学習者達にとって、日本語は、内戦 という困難な状況を乗り越えるための生きがい、未来へとつながる希望、つまり自 身のアイデンティティの一部であるといえるだろう。それゆえに、現在も自ら日本 語学習環境を維持しようとしていると考えられる。だからこそ、彼女/彼らの人生

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戦を生き抜くための希望としての日本語学習環境が必要なのだ。 シリアの学習者達は内戦の陰に追いやられている。筆者は、困難な状況である今 こそ、日本語学習者達に対する支援、「人間の生の充実とそれを支えるための言葉の 創造という日本語教育学的な知」(市嶋 2014:p259)の構築が必要であると考える。 彼女/彼らの語りからは、なぜ言葉を学ぶのかという根本的な問いに対する答えが 含まれている。シリアの「忘却された日本語学習者」(市嶋2016)や日本語教師の声 を拾い上げ、その存在を浮かび上がらせること、彼女/彼らへの支援の方法を構築 していくことが今後の課題となる。 付記:本研究は,科学研究費補助金(基盤 C)「中東地域の日本語教師と学習者の言 語意識の把握と相互理解を目指した実践モデルの構築」(2015 年-2018 年度, 課題番号:15K02628,研究代表者:市嶋典子)の研究助成による成果の一部 である。 <参考文献> 市嶋典子(2014)『日本語教育における評価と実践研究―対話的アセスメント:価値 の衝突と共有のプロセス―』ココ出版. 市嶋典子(2016)「平和構築への市民性形成-シリアの日本語教師、日本語学習者の 語りをてがかりに-」細川英雄・尾辻恵美・Marcella MariaMariotti (編),『市民 性形成とことばの教育-母語・第二言語・外国語を超えて-』第7 章,pp.151-188, くろしお出版. 太田裕子(2010)『日本語教師の「意味世界」-オーストラリアの子どもに教える教 師たちのライフストーリー』ココ出版. 小野原信善(2004)「はじめに」,『ことばとアイデンティティ-ことばの選択と使 用を通して見る現代人の自分探し-』小野原信善・大原始子(編), pp.3-7, 三元 社. 春日芳晃(2013/12/5)「砲撃下の日本語授業-大学に着弾、15 人犠牲シリア内戦 -」, 朝日新聞(朝刊),12 面. 春日芳晃(2016/6/21)「留学するなら難民に?」, 朝日新聞(朝刊), 15 面. 金子龍太郎(2003)「希望・生きがい」, 祐宗省三(編)『ウェルビーングの発達学』 第 10 章,第一節,pp.61-63, 北大路書房. 国際交流基金(2012)『2012 年度日本語教育機関調査結果概要』国際交流基金. 桜井厚(2005)「ライフストーリー・インタビューをはじめる」桜井厚・小林多寿子 (編),『ライフストーリー・インタビュー-質的研究入門-』第 1 章,pp.11-70, せりか書房. 文部科学省(2015)『世界の成長を取り込むための外国人留学生の受入れ戦略(報告 書)』http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/ryugaku/1342726.htm (2016 年 9 月 15 日 取得).

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