地方財政運営における歳出と地方交付税の関係
平 井 健 之
Ⅰ.は じ め に 現在,わが国政府の深刻な財政状況において,国(中央政府)だけではなく 地方政府においても効率的な財政運営が求められている。地方政府の財源は, 地方税以外に,地方交付税をはじめとする国から地方への財政移転で確保され ている。とりわけ地方交付税については,地方交付税法の本則に定められた法 定率分に加えて各種の加算など,国の一般会計による負担で地方の財源不足が 補塡されており,そのような国の対応は自らの財政状況を悪化させる要因と なっている。政府間補助金である地方交付税は,地方政府への財源保障や地域 間での財政力格差是正といった重要な役割を果たす一方で,赤井・佐藤・山下 ( )によれば,地方政府の財政規律を弛緩し,モラル・ハザードを助長し てきたという問題点も指摘されている。 赤井・佐藤・山下( )は,地方交付税をはじめとする,国(中央政府) による補助金政策の裁量性が,非効率な財政運営により財政難に陥った地方政 府を事後的に救済しないことにコミットすることを難しくしていることを議論 している。そのため,地方政府は事前に事後的な救済を予見するため,効率的 な財政運営への誘因が歪められることになる。このような問題は,理論的には, Kornai( )によって最初に提示された「ソフトな予算制約」問題として知 られている。 わが国の地方交付税制度についていえば,赤井・佐藤・山下( )では, 補助金政策の裁量性について,次の点が述べられている。まず第 は,政策目 標に関する裁量性である。各地方政府の「財源保障」として保障すべき公共サービスの範囲と水準や,「財政調整」による地域間の所得再分配の程度といっ た政策目標に明確なルールは存在しない。さらに第 は,政策手段に関する裁 量性である。地方交付税の算定において,基準財政需要額の基礎となる単位費 用や補正係数については必ずしも客観的な基準が存在していたわけではなく, しかもそれらは現実の費用をベースとしている。補助金の地域間の配分基準や 給付額を自由に変更する余地が国(中央政府)にあるとすれば,国(中央政府) による事後的な救済が可能となる。したがって,地方政府のソフトな予算制約 問題は,国(中央政府)のコミットメントの欠如(すなわち,補助金政策の裁 量性)に起因するとされている。) この地方政府のソフトな予算制約をめぐっては,これまで理論モデルによる 研究も進められてきた。理論モデルによる分析によれば,とりわけ,ソフトな 予算制約に直面している地方政府は,事後的に支出される中央政府からの補助 金を当てにして,事前に過大に支出し,また過大な借入を行うという歪んだ誘
因をもつ傾向にあることが示されている。Goodspeed( ),Akai and Sato
( , ),井堀( ),Ihori( ),Kalamov( )等を参照さ れ た
い。上記の分析結果に注目すると,ソフトな予算制約の下では,地方政府に関 わらず一般的に,政府は財源不足(財政赤字)の状態にあり,財源不足(財政 赤字)の水準がある閾値に到達すると,政府の政策立案者はそれを埋め合わせ るために収入を増加させて反応するというように,財政の調整過程には何らか
のトリガーがあると考えられる(Bertola and Drazen, )。そのため,最近
において,Paleologou( )は,政府が直面する予算制約がソフトであるか, ハードであるかという文脈で,ドイツ,スウェーデン及びギリシャの カ国の ) 山下・赤井・佐藤( )では,わが国の地方交付税制度に関するソフトな予算制約 問題を検証する実証分析も行われている。山下・赤井・佐藤( )は, 市のクロ スセクションデータを使用し,確率的フロンティア・アプローチを適用することで,効 率的フロンティアを推定し,そのフロンティアからの乖離を,地方交付税による救済へ の期待(過去の地方交付税への依存度)との関係に注目しつつ計測している。これより, 地方政府の費用最小化において,地方交付税への依存度が効率的なフロンティアからの 乖離を引き起こしている要因となり,地方交付税による救済への期待が費用最小化に向 けた努力インセンティブを阻害しているという分析結果が示されている。
政府を分析対象として,政府の収入と支出の因果関係を実証的に検討してい る。 この政府の収入と支出の因果関係の実証研究は,Payne( )に従って, 各国政府の財政運営が因果関係に関する次の つのいずれの仮説に相当するか を分析している。まず第 は,歳入から歳出への因果関係があるという租税− 支出仮説(tax-spend hypothesis)で,歳入の変化が歳出の変化をもたらすとし
ている(Buchanan and Wagner, , Friedman, )。第 は,逆に歳出から
歳入への因果関係が存在するという支出−租税仮説(spend-tax hypothesis)で, 租税の徴収よりも前に歳出の決定が行われるとしている(Peacock and Wiseman,
, Barro, )。そして第 は,歳入と歳出で双方向の因果関係が存在す
るという仮説(fiscal synchronization hypothesis)で,Musgrave( )や Meltzer
and Richard( )の理論に基づいている。最後に,第 は,Baghestani and
McNown( )の実証研究で見られるように,歳入と歳出との間に因果関係
が存在しないという仮説(institutional separation hypohesis)である。
これらの つの仮説を検証する既存研究は,歳入と歳出の時系列データを使 用して,まずこれら 変数が共和分検定により長期的な均衡関係にあるかどう かを検討し,さらにその検定結果に基づいて,ベクトル自己回帰(VAR)モ デル,あるいは誤差修正モデル(ECM)の枠組みで,Granger の因果関係の検 定による実証分析を行っている。)ここで,Paleologou( )によれば,租税 −支出仮説や歳入と歳出で双方向の因果関係が存在するという仮説は,政府が ハードな予算制約に直面している国で成立するのに対して,支出−租税仮説は ソフトな予算制約に直面している国で成立することが議論されている。またさ らに,ハードな予算制約の下では,政府の財政は,つねに予算均衡または余剰 の状態である可能性が存在するとしている。一方,ソフトな予算制約では,上 で述べたように,政府の財政は赤字の状態にあり,財政赤字の水準がある閾値 に到達すると,政府の政策立案者は財政赤字を削減するように反応することか ) 諸外国における政府の収入と支出の因果関係の実証研究の動向は,Payne( )に おいて詳しく概観されている。また,わが国の政府を含めた最近の研究動向については, 瀧本・坂本( )を参照されたい。
ら,財政が赤字と黒字(または,悪化と改善)の状態では,収入と支出の長期 均衡への非対称な調整過程が存在することが指摘されている。
これより,Paleologou( )は,長期均衡への非対称な調整過程を考慮し
て,Enders and Siklos( )によって提案された TAR(Threshold Autoregressive)
モデルと MTAR(Momentum Threshold Autoregressive)モデルによる共和分検 定と誤差修正モデルを適用し,ドイツとスウェーデンでは歳入と歳出で双方向 の因果関係が存在するという仮説が成立し,政府はハードな予算制約に直面す る一方,ギリシャにおいては,長期均衡への非対称な調整を伴う支出−租税仮 説が支持され,政府はソフトな予算制約に直面しているという分析結果を導い ている。 そこで,本稿の目的は,政府の収入と支出の因果関係の実証分析の枠組みの 下で,わが国の都道府県財政を分析対象として,地方交付税制度に内在するソ
フトな予算制約問題を実証的に検討することである。近年,Doi and Ihori( )
は,政府の収入と支出の因果関係の分析の枠組みで,時系列データを使用し, Grangerの因果関係の検定とインパルス反応関数の推定に基づき,わが国の地 方政府が直面するソフトな予算制約問題を検討している。そこでは,地方交付 税,交付税及び譲与税配付金特別会計(交付税特会)借入,地方政府の公共投 資,GDP の 変数の異時点間の関係を分析しており,とりわけ地方政府の財 源不足を交付税特会の借入を通じて調達された地方交付税で賄うことにより, 地方政府の予算制約がソフト化されていることが示されている。これに対し て,本稿では,Paleologou( )と同様に,長期均衡への非対称な調整を考 慮した共和分検定と誤差修正モデルの推定に基づき,地方政府の歳出と地方交 付税の因果関係を分析することでソフトな予算制約が生じているかどうかを検 討する。)
) Ewing, Payne, Thompson and Al-Zoubi( )は,アメリカ合衆国の連邦政府を分析
対象として,政府の歳入と歳出が,財政が悪化する状態においてのみ長期均衡に向けて 反応するという分析結果を示している。政府の収入と支出の因果関係の実証分析におい て,このように,長期均衡への非対称な調整過程を考慮に入れたより一般的な分析方法
を適用した近年の研究として,Zapf and Payne( ),Saunoris and Payne( ),平
本稿の構成は,次の通りである。まず第Ⅱ節では,政府間補助金(地方交付 税)に伴うソフトな予算制約が地方政府の行動にどのような影響を与えるか を,簡単な理論モデルを用いて示すことにする。そして第Ⅲ節では,理論モデ ルの分析結果に基づき,地方政府の歳出と地方交付税の因果関係に関する実証 分析の方法を解説する。さらに第Ⅳ節において,実証分析の結果を提示し,わ が国の地方交付税制度においてソフトな予算制約が生じているかどうかを議論 する。最後に,第Ⅴ節で結論を述べる。 Ⅱ.理論モデル .モデルの枠組み 本稿では,ソフトな予算制約をめぐる地方政府の歳出と地方交付税の関係を 実証的に検討する。そのため,本節においてまず,国と地方の政府間補助金に よるソフトな予算制約が,地方政府の行動にどのような影響をもたらすかを示 すことにする。以下では,わが国の地方交付税制度を前提にして,基本的には, 井堀( )及び Ihori( )に基づき,中央政府(国)と代表的な地方政 府からなる つの政府を想定する 期間の理論モデルを考える。)モデルでは, 第 t 期($""!#)において,地方政府は地方公共財 #$を供給し,中央政府は 全国的な公共財!$を供給する。また,代表的な個人の第 t 期における効用は %##$$!%#!$$で表されるものとし,%'##$$,%'#!$$#!#%''##$$,%''#!$$であ る。さらに,各財の相対価格は とする。 このとき,代表的個人の効用関数に基づき,社会厚生は次式で与えられる。 ""%##"$!$%%###$!%#!#$& ⑴ ここで,!"$""は異時点間の割引要因である。単純化のため,後述するよ
) ソフトな予算制約の下で,地方政府の行動を分析している Goodspeed( ),Akai and
Sato( , ),Kalamov( )等の理論モデルでは,複数の地方政府が存在し,
中央政府は地域間の所得再分配政策を実施すると想定されている。本稿では,次節以降 の実証分析において,わが国の地方政府を都道府県全体として捉えるということもあ
うに,第 期における中央政府の支出!"は外生的に固定されているものとし, ⑴式の社会厚生関数において!"を明示的に考慮しないものとする。さらに, 民間消費も固定されているとして,民間消費からの効用も明示的に考慮しない こととする。また,第 t 期における国内の総税収"&は外生的に所与とし,井堀 ( )及びIhori( )に従って,総税収"&のうち,$$!"$""%の割合 は地方政府に配分され,残りの"!$の割合は中央政府に配分されるとする。 なお,この配分割合$も外生的に所与とし,一定の値をとるものとする。 そこでモデルでは,中央政府と地方政府の予算制約を以下のように定式化す る。はじめに,中央政府の一般会計における第 t 期(&#"!#)の予算制約式 は,
!&"$&#$"!$%"&! &#"!# ⑵
で与えられる。ここで,$&は第 t 期において中央政府から地方政府へ交付さ れる地方交付税額である。)単純化のために,中央政府は借り入れを行わないも のとする。また,地方交付税及び譲与税配付金特別会計における第 期と第 期の予算制約はそれぞれ, $"##$"!$%"" ⑶ $###$"!$%"#"# ⑷ で与えられるとする。ここで,#$"!$%"&は第 t 期の地方交付税のためにあら かじめ配分される原資であり,国税の一定割合#(地方交付税率)とされてい る。さらに,⑷式の第 期における S は,国の一般会計から地方交付税及び 譲与税配付金特別会計への追加的な移転(補助金)を示している。 ⑶式と⑷式をそれぞれ⑵式に代入すると,中央政府の第 期と第 期におけ る予算制約式はそれぞれ次式で表される。 ) 第 t 期の地方交付税$&$&#"!#%については,中央政府が想定する財政需要(基準 財政需要額)を%&,基準財政収入の算定に組み入れられる地方税の比率を%として, 地 方 交 付 税 額 は 基 準 財 政 需 要 額%&と 基 準 財 政 収 入 額%$"&と の 差 額,す な わ ち,
""#$"!"%$"!#%#" ⑸ "##$"!"%$"!#%##!$ ⑹ ここで,地方交付税率"は外生的に所与とすると,第 期の支出 ""も外生的 に所与となる。そのため,上述のように,社会厚生を表す⑴式において,中央 政府の支出""を明示的に考慮しないこととする。 次に,地方政府の第 期と第 期の予算制約式は,それぞれ次式で与えられ る。 &"#!"##""%" ⑺ &#"$""'%!####"%# ⑻ ここで,B は地方政府の第 期における地方債の発行による借り入れを表し ている。地方政府は,第 期に地方公共財への支出&"と地方債の発行 B を選 択し,借入については第 期に元利償還を行うとする。そのため,⑻式の '!!は,外生的に与えられた利子率である。上記の⑺式と⑻式にそれぞれ⑶ 式と⑷式を代入すると,地方政府の第 期と第 期における予算制約式はそれ ぞれ, &"#!"&#""$"!#%'#" ⑼ &#"$""'%!#&#""$"!#%'##"$ ⑽ で表される。 .ソフトな予算制約問題 上記のモデルの枠組みにおいて,ソフトな予算制約が生じる状況を考慮する ために,地方政府が先導者(leader)として,中央政府が追随者(follower)と して行動する場合を分析する。ここでは,最初に地方政府がその支出及び地方 債発行による借入を決定し,その後,中央政府が追加的補助金を決定するとし よう。 そのために,まず第 期における中央政府の最適化行動を考える。中央政府
は,地方政府の予算制約式⑽と自らの予算制約式⑹の下で, 期目の社会厚 生,'$%#%"&$"#%を最大化するように追加的補助金 S(あるいは,支出 "#)の 水準を選択する。これより,最大化の 階の条件として,次の条件式が得られ る。 %' %%## %&%"# ⑾ 条件式⑾より,中央政府は,地方公共財消費の限界効用と全国的な公共財消費 の限界効用を均等化するように追加的な補助金の水準を選択することがわか る。ここで,追加的な補助金の選択を通じて,中央政府は,地方政府の支出 %#と自らの支出"#の配分を選択できることになる。 また,このとき,中央政府は,第 期で地方政府により選択された支出%" を所与として行動するので,中央政府の追加的補助金 S と地方公共財%#の最 適反応関数を%"の関数として,それぞれ次式で表すことができる。 ###$%"% ⑿ %##%#$%"% ⒀ 地方政府の予算制約式⑼より,%"の増加は地方債 B の水準を増加させ,$!# $%"である。これより,上記の関数⑿,⒀について,⑹式と⑽式,条件式⑾を それぞれ全微分することにより,次式が導かれる。 $# $%"#!$" # $%"#$$""&%#! ⒁ $%# $%"#!$"!$%$""&%!! ⒂ ここで,井堀( )及びIhori( )に従って,$#&%#'"%%
##&"'&%#&"%"##&" &%#'"%%
##&(で表すこととし,簡単化の仮定として,!!$!"は一定とする。と
りわけ,⒁式より,地方政府の支出水準%"の増加は,中央政府からの追加的
な補助金の増加をもたらすことがわかる。
は,地方の公共支出のみに関心を持つとする。このとき,地方政府は,中央政 府が供給する公共財!#を所与として,自らの予算制約式⑼,⑽と中央政府の 反応関数⑿,⒀の下で,目的関数, "#%$#"%"$%$##% ⒃ を最大化するように支出#"(あるいは,地方債 B )の水準を選択する。これ より,最大化の 階の条件から,次の条件式が導かれる。 '%"'#" $'%"'###$"!%%$""$%!""$ ⒄ 条件式⒄より,地方政府が第 期に受け取ることを期待する追加的な補助金 は,借り入れのコストを""$よりも低下させることがわかる。地方政府が 期目に多くの地方債を発行して,支出#"が過大になると, 期目の支出##が 減少する。中央政府は,社会的厚生を最大化するための条件⑾を満たすように 追加的な補助金 S を支給して,事後的に##を増加させることになる。) ソフトな予算制約の下では,中央政府は事後的に追加的な補助金を支給しな いことにコミットできない。それゆえ,地方政府は補助金による事後的な補塡 を受けることができるため,地方政府には,第 期に多くの地方債を発行して 支出を増加させる誘因が生じることになる。予算制約のソフト化に関するこの ような分析結果は,井堀( )及び Ihori( )で得られており,Goodspeed ( )をはじめとする他の研究においても同様に示されている。 第Ⅰ節でも述べたように,わが国の現行の地方交付税制度では,地方政府の ) 地方政府の目的関数について,地方政府は全国的な公共財には全く関心を持っていな いことを想定している。もし地方政府が全国的な公共財にも関心を持つとすれば,その 目的関数 V を例えば,次式で示すことができる。 "#%$#"%"$&%$##%"&($!#%' ここで,&#!は地方政府の全国的な公共財に対する関心の程度を表すものとする。こ の場合においても,&!"である限り,地方政府は第 期において中央政府からの追加 的な補助金を当てにして多くの地方債を発行し,過大に支出する行動をとることが同様 に示される。
予算がソフト化されているという問題が指摘されている。地方交付税につい て,本節のモデルでは,交付必要額""と制度的にあらかじめ決められている 交付税の原資!"!!"#!"との差額である財源不足額は,追加的補助金 S に よって賄われるとした。実際,この財源不足を埋め合わせるための地方財政対 策は,次の つの方策によって行われてきた。第 は国(中央政府)の一般会 計からの特別の加算,第 は交付税及び譲与税配付金特別会計における借入, 第 は(財源対策債,臨時財政対策債などの)地方債を増発させるという方策 である。なお,増発された地方債の元利償還費は,後年度の地方交付税の基準 財政需要額に算入されている。 次節以降では,本節の理論モデルによる分析結果を踏まえ,政府の収入と支 出の因果関係の実証研究の枠組みの下で,わが国の地方財政における地方交付 税と歳出の決定構造のあり方を分析することを通して,地方交付税をめぐるソ フトな予算制約の存在を検討する。 Ⅲ.データと実証分析の方法 .データ 本稿では,わが国の都道府県全体の財政を分析対象とし,地方交付税と歳出 (総額)の 年度から 年度までの年度データを使用して,これら 変 数の因果関係を分析する。地方交付税と歳出(総額)のデータ(名目値)は, 『地方財政統計年報』の各年度版より得られる。)ここで,地方交付税について, 交付を受けていない不交付団体の財政運営のあり方は,交付団体のそれとは異 なる可能性が考えられる。前節の理論モデルに基づき,本稿では交付団体のみ を分析の対象とし,これまで不交付団体となったことのある 都府県(東京 都,神奈川県,愛知県,大阪府)については除外することとした。また,沖縄 県のデータは本土復帰により 年度から利用可能となるため,データの一 貫性から沖縄県も除くこととした。これより,使用される つのデータはそれ ) 都道府県の歳入と歳出に関する近年のデータについては,総務省ホームページの地方 財政統計年報から入手できる。また,それ以前の同データは,『地方財政統計年報』(地 方財務協会)より得られる。
ぞれ,各年度における 道府県の決算額の合計額である。なお,都道府県デ ータを用いる理由は,分析期間を通して自治体間の合併による影響について考 慮することを回避できるためである。 以下の実証分析では,上記の地方交付税と歳出(総額)の 変数をそれぞれ 実質値で表して,さらに自然対数をとったデータを用いることとし,各変数を LRLAT,及び LRGEX で表示する。そのため,各変数の実質化には,『国民経 済計算年報』(内閣府経済社会総合研究所)より,GDP デフレーターを使用す る。この GDP デフレーターについて,最近時点までのデータは, 年改訂 の国民経済計算体系( SNA)より得られる。ところが,この SNA のデー タは 及して 年度までしか公表されていない。一方,国民経済計算にお ける SNA では, 年度よりデータを入手することが可能であるが,デー タの終期は 年度となっている。これより,各変数を実質化するための GDP デフレーターについては, SNA の 暦年基準のデータに基づき, SNA における 年度のデータを SNA の当該データの伸び率により延長して 推計することとした。 .分析方法 前節の理論モデルによる分析で示されたように,もし地方政府がソフトな予 算制約に直面していれば,地方政府はそれを事前に予想し,中央政府からの補 助金による事後的な補塡を当てにして,当初より過大な支出と借り入れを行う ことにより財政を悪化させる傾向にあることがわかる。そのため,Paleologou ( )で議論されているように,地方政府の歳出と地方交付税の 変数間の 因果関係について,もし歳出(支出)から地方交付税(収入)への因果関係が 存在するとすれば,地方政府はソフトな予算制約に直面しているといえるであ ろう。さらに,上記のソフトな予算制約問題が発生しているとすれば,とりわ け地方の財政状況の改善よりも悪化に対して,中央政府の地方交付税による調 整がより迅速に行われると考えられる。 そこで,本稿の実証分析では,わが国の地方(都道府県)財政がソフトな予 算制約に直面しているかどうかを探るために,政府の収入と支出の因果関係の
分析の枠組みの下で,次の問題を検討する。まず第 は,地方財政における地 方交付税と歳出が長期的な均衡関係にあるかどうかである。さらに第 は,こ れら 変数が長期的な均衡関係にある場合,長期均衡への調整過程において非 対称性が存在するかどうか,そして第 は,短期と長期において地方交付税と 歳出の 変数間の因果関係はどのようであるかについてである。以下では,わ が国の地方(都道府県)財政を分析対象とし,地方交付税と歳出の 変数間の 長期均衡に向けた非対称な調整過程を考慮に入れて,地方交付税と歳出の因果 関係を分析する。 実証分析ではまず,地方交付税($%$!&*)と歳出($%#"'*)の各変数に ついて単位根検定を行う。そのために,一般的な検定方法として,Dickey and
Fuller( , )による ADF(Augmented Dickey-Fuller)検定を適用する。
さらに,Phillips and Perron( )による PP 検定と,Kwiatkowski,Phillips,
Schmidt and Shin( )の KPSS 検定も実行する。これにより,地方交付税
($%$!&*)と歳出($%#"'*)がともに 次の和分過程に従うと判断されれば,
次に,これら 変数が長期的な均衡関係にあるかどうかを検定する。
共和分検定では,Engle and Granger( )に従って,地方交付税($%$!&*)
と歳出($%#"'*)に関する次式の共和分関係式を推定する。 $%$!&*#""#$%#"'*"$* ⒅ ここで,⒅式における残差$#*は財政の不均衡を意味している。そして第 段 階として,残差$#*に関する次式における%の OLS 推定値に基づいて共和分検 定(Engle-Granger 検定)を行う。 $$#*#%$#*!""! (#" ) "($$#*!("&* ⒆ ここで,$は 階の階差演算子,&*は誤差項である。上記の⒆式において, 帰無仮説は%#!であること,対立仮説は %!!である。これより,もし帰無 仮説を棄却できれば,残差$#*は単位根をもたないと判断でき,$%$!&*と $%#"'*は共和分関係にあるといえる。 しかし,⒆式による Engle-Granger 検定では,対称的な調整過程の枠組みの
下で検定が行われている。既述のように本稿の実証分析では,財政が黒字と赤 字の状態(または,改善する局面と悪化する局面)において,財政の調整過程 に非対称性が存在するかどうかの検定も行う必要がある。そのため,共和分検
定では,Enders and Siklos( )によって提案された TAR モデルと MTAR
モデルを適用する。 いま,共和分回帰式⒅における残差を用いて,⒆式の代わりに,TAR モデル は次の⒇式と 式で,そして,MTAR モデルは⒇式と 式で推定される。 %#$%#!%$"#$%!""&"!!%'$##$%!""" ##" $ "#%#$%!#"&% ⒇ ここで,&%は誤差項であり,!%はそれぞれ次の関数で与えられる。 !%#" #" #$%!"$% ! #" #$%!"!% ! !%#" #" %#$%!"$% ! #" %#$%!"!% ! , 式より,財政の改善や悪化の状況は, つのモデルにおいてそれぞれ 異なった意味で捉えられる。まず,TAR モデルについては, 式より,!%は 期前の財政の不均衡(#$%!")に依存する。これより,⒇式と 式は,財政の 不均衡が閾値%からの正または負の乖離によってどのように反応するかを,そ れぞれ$"#$%!"と$##$%!"で捉えることができる。したがって,TAR モデルは, 財政の不均衡が黒字であるか赤字であるかにより,収入と支出の決定への効果 が異なるかどうかを検討する。一方,MTAR モデルでは, 式より,その調 整は, 期前の財政の不均衡における変化(%#$%!")に依存するとしている。 そのため,MTAR モデルにより,財政の不均衡における変化について正の局 面の場合と負の局面の場合では,収入と支出の決定に対して異なる効果がもた らされるかどうかを検討できる。なお, 式または 式における閾値%は, Chan( )の方法を用いて決定される。すなわち,閾値%は,(%#$%)を小さ い方から大きい方へ並べ替え,その中から大小 %を取り除き,残りの % で残差平方和を最小化するものとして選択される。
上記の TAR モデルと MTAR モデルの つのモデルにおける検定の手続きと して,まず,共和分検定は,F 統計量に基づき%"#%##!の帰無仮説を検定 することにより行われる。さらに,もしこの帰無仮説が棄却されると,標準的 な F 検定を使用して,対称的な調整過程,すなわち%"#%#の帰無仮説の検定 を実行できる。ここで,前節で示されたように,もし地方の財政運営がソフト な予算制約に直面するとすれば,地方の財政状況の悪化に対して地方交付税に よる事後的な補塡が行われるため,とりわけ'%"'!'%#'であることが期待され る。 そして最後に,これらの検定結果より,地方交付税と歳出の因果関係の検定 を行う。もし TAR モデルまたは MTAR モデルによる検定において,地方交付 税(%&%!'+)と歳出(%&#"(+)の 変数間で共和分関係が存在しないとい う帰無仮説は棄却されるが,対称的な調整の帰無仮説,%"#%#は棄却されな いという場合には,多くの既存研究のように,対称的な調整過程を仮定する標 準的な誤差修正モデルを推定する。) 一方,地方交付税(%&%!'+)と歳出(%&#"(+)の 変数が共和分関係に あり,かつ財政の不均衡に対して非対称的調整過程が存在することが判明する と,次式の非対称的誤差修正モデル(asymmetric ECM)を推定することによ り,地方交付税と歳出の因果関係を検定する。 $%&%!'+#"!"! )#" * ")$%&%!'+!)"! )#" * #)$%&#"(+!)"$+%"$$+!""%"!$+&%#$$+!"","+ $%&#"(+#"%!"! )#" * "%)$%&%!'+!)"! )#" * #%)$%&#"(+!)"$+%%"$$+!""%"!$+&%%#$$+!"",#+ ここで,,"+と,#+は誤差項,$$+!"は共和分回帰式⒅における残差の 期前のラ グ付き変数であり,$+は 式または 式で与えられる。これより, 式の%" ) 標準的な誤差修正モデルの推定に基づく因果関係の検定については,平井( )を 参照されたい。なお,もし政府の収入と支出の 変数間で共和分関係が存在しないと判 断される場合には,一般に,各変数の階差変数を用いて VAR モデルを推定し,Granger の因果性検定が行われている。
と$"はそれぞれ誤差修正項,$*##*!!と#!!$*$##*!!に関する係数で,地方交付 税の反応を表している。同様に, 式の$$!と$$"はそれぞれ誤差修正項, $*##*!!と#!!$*$##*!!に関する係数で,歳出の反応を表している。 式と 式において,非対称的な誤差修正項の係数は長期均衡への調整を示 しており,これらの係数の値が t 検定により有意であるかどうかに基づき,地 方交付税と歳出の長期での因果関係を分析する。さらに,地方交付税と歳出の 変数間での短期の因果関係については, 式より,"%&#"(*が"%&%!'* の Granger 因果ではないとする帰無仮説は,"%&#"(*!)の回帰係数")が F 検
定で有意であれば棄却される。同様に,"%&%!'*が"%&#"(*の Granger 因
果ではないとする帰無仮説は, 式より,"%&%!'*!)の回帰係数 !$)が F 検定 で有意であれば棄却される。そのため,とりわけ本稿では, 式と 式の推定 に基づき,まず第 に,歳出(支出)から地方交付税(収入)への因果関係が 存在するかどうか,そして第 に,地方財政の黒字(または改善)よりも赤字 (または悪化)に対して,中央政府の地方交付税による調整がより迅速に行わ れるかどうかを検討する。 Ⅳ.実証分析の結果 実証分析でははじめに,地方交付税(%&%!'*)と歳出(%&#"(*)の各変数 について単位根検定を行う。表 には,ADF 検定,PP 検定及び KPSS 検定に よる単位根検定の結果が示されている。表 より,ADF 検定と PP 検定の結果 は,いずれの変数についても水準変数では単位根の帰無仮説が棄却されないも のの,第 階差変数では %の有意水準で棄却されることを示している。さら に,KPSS 検定の結果からは,すべての変数において水準変数では定常性の帰 無仮説が %の有意水準で棄却され,第 階差変数では棄却されないことがわ かる。そのため,%&%!'*と%&#"(*はいずれも$#!$変数であると判断する。 これより次に,⒅式と⒆式に基づき,%&%!'*と%&#"(*の 変数間で共和 分関係が存在するかどうかについて,Engle-Granger 検定を行う。その検定結 果も表 に報告されている。表 より,共和分関係が存在しないという帰無仮 説は, %の有意水準で棄却される。したがって,地方交付税(%&%!'*)と
歳出($%#"'()の 変数は共和分関係にあると判断できる。しかし,Engle-Granger検定では,その対立仮説は,財政の不均衡の周りで対称的な調整過程 を暗黙に仮定している。前節で述べたように,本稿では,財政の調整過程にお ける非対称性を考慮する必要があるため,さらに,TAR モデルと MTAR モデ ルによる共和分検定を実行する。その TAR モデルと MTAR モデルの推定結果 は,表 に示されている。 まず,表 の 列目には,TAR モデルにおける回帰係数,%"と%#の推定値 が報告されている。この%"と%#の推定値に基づき,帰無仮説,%"#%##!を, F 統計量を用いて検定する。)表 より,F 統計量の値 . は,Enders and ) 残差$'(の定常性のための必要十分条件は,%"#!"%##!"%""%"&%""%#&#"が成立
することである(Enders and Siklos, )。
A.単位根検定 変 数 ADF検定 PP検定 KPSS検定 $%$!&( − . ( ) − . ( ) . ( )*** $$%$!&( − . ( )*** − . ( )*** . ( ) $%#"'( − . ( ) − . ( ) . ( )*** $$%#"'( − . ( )*** − . ( )*** . ( ) B.Engle-Granger 共和分検定 共和分関係式 ADF検定 $%$!&(#!"!%$&""!!"#$%#"'("$'( ( . )*** ( . )*** − . ( )* 表 単位根と共和分の検定 注:パネル A の変数における$は, 階の階差演算子である。ADF 検定,PP 検定及び KPSS 検定は,ともに定数項とトレンド項を含むモデルによる検定である。検定統計量の括弧内 の値は,検定におけるラグ数またはバンド幅を示している。ADF 検定のラグ数は,AIC (Akaike Informatin Criterion)に基づき選択されている。PP 検定と KPSS 検定のバンド幅は,
Bartlet kernelを用いて Newey-West 推定量に基づいている。ADF 検定と PP 検定における臨
界値は,Mackinnon( )より得られる。KPSS 検定における臨界値は,Kwiatkowski, Phillips,
Schmidt and Shin( , Table , p. )より得られる。パネル B の Engle-Granger 検定は,
⒆式に基づいて行われる。共和分関係式における括弧内の数値は,標準誤差を示している。
Siklos( )で与えられる %の有意水準における臨界値 . よりも大き い。そのため,地方交付税(%&%!'))と歳出(%&$"())の 変数間で共和 分関係が存在しないという帰無仮説は %の有意水準で棄却される。これによ り,さらに,財政の調整における対称性の帰無仮説,""!"#についての検定 を行うことができる。その検定結果からは,標準的な F 統計量の値 . に基づき,対称性の帰無仮説は %の有意水準で棄却される。したがって,
TARモデルによる検定結果は,地方交付税(%&%!'))と歳出(%&$"())の
変数間で共和分関係が存在し,かつ財政の調整が非対称性を有していること を示している。ここで, 式における閾値#は負の値で,− . である。 また,""と"#の推定値より,$""$!$"#$であることから, 期前の財政の不均 衡が閾値− . を下回るとき,すなわち,地方政府の財源不足が一定の TARモデル MTARモデル "" − . (− . ) − . (− . ) "# − . (− . )*** − . (− . )*** 検定 #"""!"#!!# . *** . ** #"""!"## . [ . ]*** . [ . ]* 閾値# − . − . ラグ数 p Q統計量 . [ . ] . [ . ] AIC − . − . 表 共和分と対称性の検定 注:TAR モデルは⒇式と 式を用いて推定され,MTAR モデルは⒇式と 式を用いて推定 される。括弧( )内には,""と"#の推定値に関する t 統計量が示されている。ラグ数 p は,⒇式における拡張項の次数である。共和分関係が存在しないという帰無仮説は,回帰 係数の制約,""!"#!!によって検定される。この検定に関する F 統計量の分布の臨界値
は,Enders and Siklos( , Table , p. )より得られる。また,対称的調整の帰無仮
説は,回帰係数の制約,""!"#によって検定される。この検定では,標準的な F 分布が
使用される。Q 統計量は, 次までの自己相関が存在しないという帰無仮説についての
Ljung-Box統計量である。なお,括弧[ ]内の数値は p 値である。
水準を超えると,そうでない状態に比べて,財政の長期均衡に向けての調整が より速く行われる傾向にあることがわかる。
次に,表 の 列目には,MTAR モデルによる回帰係数,""と"#の推定値が
報告されている。上記の TAR モデルと同様に,回帰係数の制約,""!"#!!
に関する F 統計量の値 . を,Enders and Siklos( )で与えられる %
の有意水準における臨界値 . と比較すると,地方交付税($%$!&()と歳出 ($%#"'()の 変数間で共和分関係が存在しないという帰無仮説は %の有 意水準で棄却される。これにより,さらに,財政の調整における対称性の帰無 仮説,""!"#についての検定を行うと,標準的な F 統計量の値 . に基 づき,対称性の帰無仮説は %の有意水準で棄却されることがわかる。した がって,MTAR モデルによる検定結果もまた,地方交付税($%$!&()と歳出 ($%#"'()の 変数間で共和分関係が存在し,かつ財政の調整が非対称性を 有していることを示している。 式における閾値#は負の値で,− . である。ここでも,""と"#の推定値より,""""!""#"であることから, 期前 の財政の不均衡の変化が閾値− . を上回るという意味で財政が改善し ているときには財政の長期均衡に向かう調整は遅くなる傾向にあり,逆に閾値 − . を下回るという意味で財政が悪化しているときにはより速く均衡 へ戻ることもわかる。 上記の表 での検定結果から,TAR モデルと MTAR モデルにおけるそれぞ れ つの意味で財政の改善と悪化の状態を捉えたとき,いずれの場合でも,財 政が悪化しているときの調整速度は,財政が改善しているときのそれよりも速 いといえる。そこで最後に, 式と 式で表される非対称な調整過程を考慮し た誤差修正モデルを推定する。ここでは,TAR モデルと MTAR モデルによる 共和分検定について,ほぼ同様の検定結果が得られているため,これら つの モデルに基づきそれぞれ誤差修正モデルを推定することとする。 まず,TAR モデルに基づく誤差修正モデルの推定結果は,表 に示されて いる。 式における誤差修正項の係数,""と"#の推定値は,t 統計量で判断 してそれぞれ %と %の有意水準で統計的に有意である。したがって,こ れより地方交付税と地方政府の歳出の 変数間において,長期的には支出(歳
出)から収入(地方交付税)への因果関係の存在を確認できる。ただし,%$#% の値は%$"%の値よりもかなり大きいことから,⒅式における 期前の残差 (#$)!")が閾値%を上回るという意味で財政が改善している状態よりも,逆に 下回るという意味で財政が悪化している状態において,地方交付税は財政の不 均衡に対して大きく反応することがわかる。すなわち,長期均衡への非対称な 調整を伴いながら,支出(歳出)から収入(地方交付税)への因果関係が存在 することがわかる。 一方, 式の誤差修正項の係数,$%#の推定値も,t 統計量で判断して % の有意水準で統計的に有意である。したがって,⒅式における 期前の残差 (#$)!")が閾値%を下回るという意味で財政が悪化しているときにおいてのみ, 従属変数"%&%!') 従属変数"%&#"() !! . ( . ) !%! . ( . )** !" . ( . )* !% " . ( . ) !# . ( . ) !%# − . (− . ) "" . ( . ) "%" . ( . )** "# − . (− . ) "%# . ( . )* 誤差修正項 $" − . (− . )* $%" − . (− . ) $# − . (− . )** $%# . ( . )* Q統計量 . [ . ] Q統計量 . [ . ] 短期の因果関係 F統計量 . [ . ] F統計量 . [ . ] 表 TAR モデルに基づく非対称的誤差修正モデルの推定 注:誤差修正モデルは, 式と 式に基づいて推定される。各推定値における括弧( )内 の数値は,t 統計量を示している。$"と$#はそれぞれ, 式における誤差修正項,$)#$)!" と#"!$)$#$)!"に関する係数である。また,$%"と$%#はそれぞれ, 式における誤差修正 項,$)#$)!"と#"!$)$#$)!"に関する係数である。Q 統計量は, 次までの自己相関が存在し ないという帰無仮説についての Ljung-Box 統計量である。さらに,短期の因果関係に関す
る F 統計量は, 式では"%&#"()が"%&%!')の Granger 因果ではないとする帰無仮説,
式では"%&%!')が"%&#"()の Granger 因果ではないとする帰無仮説についての検定統
計量である。なお,括弧[ ]内の数値は p 値である。
地方政府の歳出もまた,財政の不均衡に対して調整されるという結果が導かれ る。しかしここで,#""#の値が "$"の値をかなり上回るという推定結果は,財 政の悪化に対して,地方交付税の反応の度合いの方が歳出のそれよりもかなり 大きいことを意味している。そのため,とりわけ地方の財政が悪化した(赤字 の)状態においては,中央政府の地方交付税による調整がより大きく機能して いると考えられる。 さらに表 では,短期における因果関係の検定結果も示されている。F 統計 量に基づき, 式と 式より,"$%#"'(が"$%$!&(の Granger 因果ではな いとする帰無仮説も,"$%$!&(が"$%#"'(の Granger 因果ではないとする 帰無仮説もともに, %の有意水準では棄却されない。これより,短期におい ては,収入(地方交付税)と支出(歳出)の 変数間で因果関係は存在しない といえる。 次に,MTAR モデルに基づく誤差修正モデルの推定結果は,表 に示され ている。 式における誤差修正項の係数,"$!と"$"の推定値は t 統計量で判断 すると,統計的に有意ではないが, 式の誤差修正項の係数,"!と""の推定 値はそれぞれ %と %の有意水準で統計的に有意である。したがって,こ れより地方交付税と地方政府の歳出の 変数間において,TAR モデルの場合 と同様に,長期的に支出(歳出)から収入(地方交付税)への因果関係が存在 するといえる。ただしここでは,#""#の値が #"!#の値よりもわずかに上回るこ とから,⒅式における 期前の残差の変化("!#(!!)が閾値#を上回るという 意味で財政が改善している状態よりも,逆に下回るという意味で財政が悪化す る状態において,財政の不均衡に対する地方交付税の反応の度合いはわずかに 大きいことがわかる。すなわち,ここでも TAR モデルと同様に,長期均衡へ の非対称な調整を伴いながら,支出(歳出)から収入(地方交付税)への因果 関係が存在するといえる。 また,表 でも,短期における因果関係の検定結果が報告されている。
"$%#"'(が"$%$!&(の Granger 因果ではないとする帰無仮説も,"$%$!&(
が"$%#"'(の Granger 因果ではないとする帰無仮説もともに,F 統計量に基
(地方交付税)と支出(歳出)の 変数間で因果関係はやはり確認できない。 以上より,本節の実証分析の結果は,次のように要約される。まず第 に, 中央政府からの地方交付税と地方政府の歳出の 変数は長期的な均衡関係にあ る。そして第 に,これら 変数間では,長期的な均衡への非対称な調整を伴 いながら,支出(歳出)から収入(地方交付税)への因果関係が存在する。す なわち,歳出に対する財源が不足し財政が悪化する状態において,財政の不均 衡に対する地方交付税の反応の度合いがとくに大きくなるといえる。このよう な結果は,第Ⅱ節の理論モデルで示されたように,地方政府の予算制約がソフ ト化されている状況を反映している。そのため,本稿の実証分析の結果から, わが国の地方交付税制度は,地方政府にソフトな予算制約をもたらす要因と なっていることが示唆されるといえよう。 なお,本稿の実証分析では,地方交付税と歳出の 変数について実質値のデ
ータを用いたが,例えば,Owoye and Onafowora( )でも指摘されている
ように,政府の収入と支出の因果関係の実証分析においては,名目値と実質値 のいずれのデータを使用すべきかについてコンセンサスは得られていない。そ 従属変数!$%$!&( 従属変数!$%#"'( !! . ( . ) !$! . ( . )* !" . ( . )* !$ " . ( . ) !# . ( . ) !$# − . (− . ) "" . ( . ) "$" . ( . )* "# − . (− . ) "$# . ( . ) 誤差修正項 #" − . (− . )* #$" − . (− . ) ## − . (− . )** #$# . ( . ) Q統計量 . [ . ] Q統計量 . [ . ] 短期の因果関係 F統計量 . [ . ] F統計量 . [ . ] 表 MTAR モデルに基づく非対称的誤差修正モデルの推定 注:表 の注を参照されたい。
のため,名目値のデータを使用して改めて同じ検定を行ったが,本節での分析 結果が大きく変更されることはなかった。
Ⅴ.む す び
本稿では,わが国の都道府県財政を分析対象として,Enders and Siklos( )
による長期均衡への非対称な調整を考慮した共和分検定と非対称的誤差修正モ デルの推定に基づき,地方政府の歳出と地方交付税の因果関係を分析すること で,ソフトな予算制約が生じているかどうかを実証的に検討した。理論モデル による分析からは,もし地方政府がソフトな予算制約に直面していれば,地方 政府はそれを事前に予想し,中央政府からの補助金による事後的な補塡を当て にして,過大な支出と借り入れを行うことにより財政を悪化させる傾向にある ことが示された。この分析結果に注目すると,次の点が指摘される。 まず第 に,地方政府の歳出と地方交付税の 変数間の因果関係について, もし歳出(支出)から地方交付税(収入)への因果関係が存在するとすれば, 地方政府はソフトな予算制約に直面しているといえるであろう。さらに第 に,上記のソフトな予算制約問題が発生しているとすれば,とりわけ地方の財 政が黒字(または改善)よりも赤字(または悪化)の状態において,中央政府 の地方交付税による事後的な調整がより迅速に行われると考えられる。そのた め,もし地方政府の歳出と地方交付税の 変数が長期的な均衡関係にある場 合,長期均衡への非対称な調整過程が存在すると考えられる。本稿の実証分析 は,上記の 点を検証するために次の通り行われた。 第 は,地方政府の歳出と地方交付税が長期的な均衡関係にあるかどうかで ある。これ ら 変 数 に つ い て は,Engle-Granger 検 定,及 び Enders and Siklos
( )による TAR モデルと MTAR モデルに基づく共和分検定の結果から, 変数間で共和分関係が存在しないという帰無仮説はすべて棄却された。その ため,これら 変数は長期的な均衡関係にあるとして,さらに第 は,長期均 衡への調整過程において非対称性が存在するかどうかである。TAR モデルと MTARモデルに基づく検定結果からは,財政の調整における対称性の帰無仮 説がともに棄却された。また,TAR モデルと MTAR モデルにおけるそれぞれ
つの意味で財政の改善と悪化の状態を捉えたとき,いずれの場合でも,財政 が悪化しているときの調整速度は,財政が改善しているときのそれよりも速い という結果も得られた。 そして第 は,地方政府の歳出と地方交付税の 変数間での因果関係がどの ようであるかについてである。TAR モデルと MTAR モデルに基づく長期均衡 への非対称な調整過程を考慮した誤差修正モデルの推定結果からは,これら 変数間において,長期的な均衡への非対称な調整を伴う支出(歳出)から収入 (地方交付税)への因果関係の存在を確認した。すなわち,地方政府の歳出に 対する財源が不足し,財政が赤字の(または悪化する)状態において,財政の 不均衡に対する地方交付税の反応の度合いはとくに大きくなることが示され た。以上の結果は,わが国の地方交付税制度が,地方政府の予算制約をソフト 化していることを示唆しているといえよう。 現在,政府の財政運営の健全化を実現するために,まずは国と地方の基礎的 財政収支(プライマリーバランス)を黒字化させることが当面の目標とされて いる。国の債務残高は地方の債務残高よりもはるかに大きく,近年は,国の基 礎的財政収支は大幅な赤字であるのに対して,総体としての地方のそれは黒字 基調にある。このような現状を見ると,地方政府よりも国(中央政府)におい てきわめて厳しい財政状況にあるといえるかもしれない。しかし,地方政府の 財源は,地方交付税をはじめとする国から地方への財政移転に依存しているこ とを考慮する必要がある。ソフトな予算制約は地方政府の非効率な財政運営を もたらし,結果として地方交付税をはじめとする財政移転をさらに増加させ, 国(中央政府)の財政を悪化させる要因となる。政府の財政再建を進める上で も,今後は地方分権を同時に進め,地方政府の予算をハード化する制度設計が 求められるであろう。 参考文献 赤井伸郎・佐藤主光・山下耕治,( ),『地方交付税の経済学−理論・実証に基づく改革』, 有斐閣。
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