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所得と購買力平価からの乖離(1)-香川大学学術情報リポジトリ

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(1)

所得と購買力平価からの弔離

(

1

)

宮 田

E

I 若干の購買力平価説の検証例とドノレの過大評価 II 一人当たり所得と購買力平価 III L. Hオフィサーによる購買力平価説擁護(以下次号) IV L Hオフィサーによるその他の検証 われわれは,第

I

節において

F H.

パンティングの購買力平価説批判と

L

B

イーガーのそれに対する反論を中心に若干の購買力平価説の検証例を考察 し,1960年代中頃以前のドル通貨の過大評価に関する諸説を検討する。そし て,購買力平価からの議離問題は,結局のところ二国聞における貿易財と非貿 易財の国内価格比率と一般物価導出の際の取引量のウエイトの差異の問題に要 約しうることを指摘する。次いで,第II節において,主として一人当たり国民 所得の変動が購買力平価からの霜離の原因とみる

B

ノミラッサの見解を考察す る。そして,一人当たり国民所得の変動が貿易財と非貿易財の国内価格比率の ニ国間差異に影響を与える点が強調され,取引量ウエイトの変化の問題が軽視 されている点を指摘する。第

I

I

I

節と第

I

V

節は,次稿にゆずられるが,

B

.

パラッ サの購買力平価批判に対する L..Hれオフィサーの擁護論とその他彼が行った 各種検証を検討し購買力平価説の理論的問題点をさぐるためにあてられる。 I 若干の購買力平価説の検証例とドルの過大評価 本節においてわれわれは,1960年代中頃以前の購買力平価説の検証を否定 的立場のF.Hパンティングと肯定的立場の L..Bゎイーガーのニ者を中心に

(2)

概観し,他方で当時存在したドルの過大評価に関する論説を考察する。 F.. H パンティングの購買力平価説の検証は,実際の為替相場の時系列デー タと計算された購買力平価の時系列を単純に重ね合わせると言う手法でなされ ている。まず,彼はカッセルの購買力平価説の次のような要約から始める。 G.. カッセルによれば,外国の通貨を需要する主な理由はそれによって外国で生産 される財を購入し得るからであり, したがって外国通貨はその通貨の相対的購 買力に依存し評価されてくるのである。そこで,為替相場は二国聞に正常な貿 易が維持されておりそれら各国の通貨の圏内購買力に変化が生じない限り変動 しないが,ひとたびインフレが発生しその購買力に変化が生じるならばそのイ ンフレの程度に応じて変動する。そして,そのような正常な為替相場が実際の 為替相場から霜離するのは, (1)国内の相対価格の変動, (2)基準年度以降の関税 や輸送費の変化, (3)その他の貿易障害の発生, (4)通貨切り下げ後の未調整期間, (5)投機による撹乱, (6)公的対外債務弁済のため行うコスト無視の政府による大 量の為替購入, (7)基準年度の選択,などによるのである。 購買力平価説をこのように要約してのち,パンティングは,価格水準と因果 関係のニ点について次のように批判を行う。価格水準に関する批判は,基準年 度選択の問題と使用する物価指数の問題にわけられる。前者の基準年度選択の 問題とは,カッセルが第一次大戦後の

1913

年を正常な貿易が行われかっ対外 取引が均衡であったとの理由で選択したことへの批判で-ある。パンティングに よると,

1913

年のアメリカは,関税法が成立した年であり,決して正常な貿易 を行っていた年とは言い難い状況にあった。そのうえに,基準となる年度を

1

9

1

3

年にとるとき,その基準年度は,それをもとに比較しようとする当該年 (1

935

年〉と余りにもかけ離れており,その聞にカッセル自身も認めるような平 価からの需離要因が有効に働いてくることを考えねばならない。したがって, 彼は,カッセルのように

1913

年を基準にとるのは危険で誤りであり,むしろ

(1) Bunting, F H.,The Purchasing Power Parity Theory Reexamined, Southern E].,

Vol.5, No.3, Jan 1939

Yeager, L B., A Rehabilitation of Purchasing-Power-Parity,

1

P E, Vol 6.6,

(3)

3 所得と購買力平価からのま花離(1) 3-1913年に代わって 1935年により近い 1926年を基準年度として選ぶべきで あると主張する。他方,後者の問題すなわちどのような物価指数を購買力平価 の導出に使用すべきかの問題については,パンティングは,一般物価指数より も卸売物価指数が貿易財価格に高いウエイトを置くので望ましいと考える。と ころで,カッセルはこの問題について一般物価指数を強く主張した。しかしな がら,パンティングは, これをカッセノレ自身の外貨を需要する理由すなわち外 国で生産された財を購入できるからとする理由と矛盾するとみる。なぜならパ ンティングによると,一般物価指数を用いるならば,必ずその一般物価指数の 中に外国人の購入できない圏内財の価格を含めなければならないからである。 パンティングは, カッセルが卸売物価指数より一般物価指数を主張したのは貨 幣数量説に対する強い信頼があったためであると言う。すなわちパンティング によると,カッセルは貨幣数量の増減が長期においてすべての価格を比例的に 変動させると信じそのためそれを長期為替理論に適用したのである。ところが, 実際の為替相場と購買力平価とは,圏内相対価格が変化するならば議離するも のである。したがって,一般物価指数の使用は拒否されるべきものであると。 パンティングの批判する第二の点すなわち因果関係は次のようなものであ る。パンティングによるとカッセノレは,概して物価から為替相場への因果を強 調しその逆を看過し,ただ投機や誤った政策的な為替相場設定のような場合の み為替相場から圏内物価への逆因果関係を容認した。そこで,パンティングは, このような逆因果を生じるケースを詳しく考察し,それがカッセノレの挙げた投 機や政策的為替相場決定だけでなく数多くの原因で生じることを見出す。パン ティングによると,このような逆因果は, (1)政府の貨幣金融政策(公定歩合の 変更,安定基金による操作,政府間貸借など), (2)民間の対外貸借, (3)旅行者や 移民の為替購入, (4)その他特殊事情,などによっても生じうるものである。例 えば,政府の貨幣政策での利子率変更は,資本移動を誘発し為替相場の変動を 生じ国内物価に影響を与える。また,政府の安定基金の発動は,変動すべき為 替相場を阻止し購買力平価の実現を妨げる。さらに,大規模な政府間借款や民 間の借款は,為替相場の変動を経由し物価に作用する。勿論,借入国や貸付閤

(4)

i

l

l

u

-でこの借款が民間支出に与える影響如何によって物価への影響の程度も異なる ことは,言うまでもない。他方,資本逃避や旅行者の支出,移民の送金など収 益を無視した資金の移動もすべてまず為替相場に作用してのちに圏内物価(作 用を及ぼす目。かくして,パンティングはこれらの逆の因果関係が例えば

1929

年 の連銀の金利操作の場合のように実際にしばしば起こっていることを考えると き,余りにも多い例外からして購買力平価説に賛成できないと結論するに至る のである。 以上の理論的考察ののち,パンティングは,

1919

-1936

年のフランスと イギリスの対米相場について購買力平価説の実証的検討に入る。第1図は, ン テ ィ ン グ の 描 い た グ ラ フ の う ち で フ ラ ン ス の 対 米 相 場

(

1

9

1

9

年 -

1

9

2

4

年〉についてのみ例示として再掲したものである。実線は購買力平価であり, 破線は実際の為替相場である。後者は,外国の買手が圏内の物価水準の変化に 直ちに反応すると仮定したラグのない場合 (no lag)と,一カ月遅れて反応す セ ン ト 2 1 1 1 11 l 第1図 フランスの対米相場と購買力平価

一-j 同一

-

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降雪滋

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a4An ぺ υ 内 J U 噌 E ム ハ H V ハ切リ町内 x u n , a p 内 vphdaa-qtυnf “ 噌 E A A H V 1 A 司止市よ Tiτi 1920 一一 no..lag 1921 1922 1923 • 1 mo. lag _.--2 mo.. lag 1924 坤 噌3mo..lag 1919 -ppp

(5)

5 所得と購買力平価からの議離ol -5-る場合(1mo..lag)二カ月遅れて反応する場合 (2mo..lag),三カ月遅れて反応 する場合(3mo均 ) の そ れ ぞ れ に つ い て 描 い て い 仁 パ ン テ ィ ン グ は , こ の ようなグラフを全期間(1

919

-1936

年〉に亘って描く。そして,フランス の対米相場が

1919

年 -

1920

年の第一次大戦後の平時移行期を除けばおしな べて過大評価であり,それも

1

9

2

1

-1922

年の不況時と

1933

年のアメリカ の金本位離脱後に集中していることを指摘する。また,

1927

1

月から

1933

年1月までの 6カ年間には比較的小さな購買力平価からの為替相場の霜離が 連続的に生じている。そこで,パンティングは,それらの議離をまとめ第l表 第1欄を作る。そして彼は,議離が最も少ない一カ月遅れのケース(1mo..lag) でも

39

ヵ月も存在することをのべるのである。 パンティングは,同じような分析をイギリスの対米相場についても行う。ポ ンドは,

1920

年から

1927

年頃まで主として過大評価であった。しかしそれ は,

1927

8

月以降

1933

年の間lで、は逆に過小評価の傾向となった。このこと は,パンティングによると遅れを含むか否かに関係なく妥当するものである。 そしてこのような為替相場と購買力平価の大きな議離 (10%以上)は,大部分

1

9

3

1

9

月のイギリスの金本位離脱後に集中しており,残りは

1

9

2

1

年 の 不 況時にあるにすぎなし、。したがって,大部分の大きな話離は,ポンドの過少評 価期に集中しており,しかも 10%を越える大きな議離を

9

カ年も続けている。 遅 れ の な い 場 合 一ヵ月の遅れの場合 ニヵ月の遅れの場合 三ヵ月の遅れの場合 第l表 購買力平価からの議離 フラン対米相場, 1セント以上, I ポンド対米相場, 10%以上, 1920年 1月-1937年 1月 1920年 1月-1926年3月 49ヵ月 39ヵ月 52ヵ月 56ヵ月 33ヵ月 38ヵ月 40ヵ月 40ヵ月 (2) ポンドが過小評価された1927年以降は,フランは過大評価されたことになる。このこ とからパンティングは,同じドノレがポンドとフランで異なった評価を示したことになる として,その原因を購買力平価による判定方法が充分なものでない証拠とみる。そして, これを購買力平価説への反対理由のーっとする。

(6)

この9カ年を除き 1920年から 1926年までをとってみても,第l表第2欄の ようにかなり多くの議離を見出すuことができる。かくしてパンティングは,イ ギリスにおいて 10%以上の大きな議離が,最も少ない遅れのないケース (ηo lag)をとってさえ, 33カ月も存在すると主張するのである。 以上の考察の上にパンティングは,フランスとイギリスの両国の対米相場が 過大評価と過小評価を繰り返しながら購買力平価をめぐって変動するかどうか についての検討を付加する。すなわち,彼は,各グラフを詳細に検討して 1927 年以降のフランとポンドが購買力平価から大きく話離し,しかも何カ年にも 亘って離れたまま決して平価に収散して行く傾向を示していないことを見出 す。そして,彼は,購買力平価説の妥当性について疑いを持ち,その原因を上 で列挙したような各種の議離要因によるものであるとするのである。 さて,以上のパンティングの批判に対してL..B.イーガーは,おおむね購買 力平価が妥当するとして肯定的立場で反論を行う。まず,彼は上記のパンティ ングの列挙した購買力平価からの希離要因(各種の人為的干渉や贈与,賠償, さらに資本の国際的移動や投機など〉に所得変動と経済構造の変化を加えそれ らを否定できないものとして認める。しかしながら,肯定的立場に立つイーガー は,購買力平価説が比較的自由な市場での理論を展開したものであり,したがっ てそれが現実の人為的干渉のある市場で妥当しないとしても当然であると弁護 する。すなわち,購買力平価説は,それが現実に妥当しないことそれだけで根 本的に批判され得なし、。なぜなら,このような需離は,平価説固有の欠陥では なく経済理論一般の宿命と言えるからである。確かに,国際的資本移動や賠償 などは,一時的に為替市場でのシフトを引き起こし撹乱を生じる。しかし,そ れが輸出入の刺激や阻止をまねき最終的に平価への動きを引き起こすならば, 何等問題とならない筈である。また,投機的動きもそれが均衡化的である限り (3) 所得変動や経済構造変化を議離要因に挙げたのは,イーガーが初めてではない。例え ば,所得に関しては, Stolper, W.. F, Prurchasing Power Parity and the Pound Ster -1 ing from1919-1925, l(yklos, Vol 2, Fasc3, 1948では,相対価格を不変として所得変 化による為替需要の変動を外国貿易乗数効果と名付けて論じている。

(7)

7 所得と購買力平価からのま花離(1) -7-当然問題にならない。かくして,イーガーは,購買力平価説への通常の批判す なわち諦離要因の列挙やその事実の指摘に対して反対するのである。そして, 問題は為替相場が平価へ収散するか否かであると主張する。 次いで, イーガーは,為替相場の購買力平価からの議離に関してそのヲ距離要 因として新たに付加した所得変動や経済構造変化について,所得変化が景気変 動や経済成長の過程において価格水準の変化と矛盾する形で生じたり,為替相 場の変動がそのラン夕、ム撹乱項を越えるような経済構造変化の影響を受けたり することはあり得ないとして軽視する。すなわち,たとえそのようなことが起 こったとしても,それは価格の作用によって去勢され結局購買力平価へ収数さ せられてくるとみるのである。他方,イーガーは,為替相場と購買力平価との 関係で,物価から為替相場への一方的因果だけでなく為替相場から物価への逆 の因果の存在を指摘する購買力平価説への批判に関し購買力平価説を弁護し て,逆の因果を認め得るとしても為替相場に与える物価の影響の方をより強い として反論する。すなわち,彼は,国際的に取り引きされる商品が全商品の一 部を占めるに過ぎず,したがって為替相場のすべての園内商品価格への影響可 能性が物価の為替相場への影響可能性と比べて遁かに小さいとみるからであ る。例えば,イーガーによると通貨の供給量を一定に保つ場合,為替相場の変 化から生じる輸入価格の騰貴は個人の現金残高の実質価値を減じ商品購入量の 補正的減退とそれによる価格下落と失業を招来し,したがってその国の通貨の 購買力は一時的調整期を除き為替相場によって支配されることがないのであ る。そして彼は,たとえ統計的な検証結果が一方的因果関係を有意としないと しても,そのことで平価の妥当性を否定しうるものではないとまで言う。なぜ なら,そうなった原因が購買力平価の導出において為替相場の影響を受け易い 物価指数(貿易品の価格を多く含むもの〉を使用したためであるならば,当然、 のことであるからである。そこで彼は,購買力平価の計算には入手しうる限り (4) イーガーの言う購買力平価への収数傾向とは,金平価が金の輸出入点を持ったように, 紙 幣 本 位 に お い て も 個 々 の 商 品 の 運 送 費 か ら な る 輸 出 入 点の 平 均 値 と し て の 商 品 点 (commodity points)への収数を意味している。

(8)

包括的な物価指数を使用すべきであり,卸売物価指数に限定されるべきではな いと言うのである。 イ ー ガ -

v

t

, 上記のような反論ののち, Gパーバラー,

w

.

.

F.ストノレバー, F.. D..グレーアム,

l

M..ケインズなどの実証例を引用し,それにスペイン, J ¥ 。 ノレー, メキシコ, タイ等の諸国の購買力平価の検証を加えて次のように言う。 まず, ハーノミラーの実証とは, 西部で金本位制をとり東部でグリーン・バッグ 紙幣を使用したアメリカの南北戦争時代を取り扱い, 1860年から 1864年の 四カ年間に物価がほぼ二倍に騰貴した東部と一定を維持した西部の両地域の間 で,労働者が金とグリーン・パック紙幣の両通貨によってほぼ同額の財を購入 し, 明らかに購買力平価が成立していたことを指し, またストノレノミーの実証と は1919年から 1925年の対米ポンド相場が貿易財価格のウエイトの少ない生 しかもその一致の程度が卸 計費指数で測ってほぼ購買力平価と一致しており, 売物価指数で測る場合より良好であったことを指す。 さらにグレーアムの実証 とは,悪性インフレに悩むドイツを除き, ヨーロッパ 11カ国の 1919年 1923年の購買力平価が, 1913年の鋳造平価を基準とし卸売物価指数を使用すU る時,その 972%が実際の対米相場の上下 35%以内に落ち,また 9L7%が上 下25%以内に, より狭くとっても 272%が上下5%以内に落ちていたこと, すなわち不換紙幣時代のヨーロッパの購買力平価が為替相場と密接に連動して いたことを指す。同様のことは, ケインズの 1919年-1923年6月までにつ いてのポンド, フラン, リラの対米相場にもみられる。 次にイーガー自身が行った検証は, 以下のようである。まずスペインについ て1920年から1929年まで120ヵ月の変動対米相場を, 1913年を基準にと り卸売物価指数を用い計算した購買力平価と比較し,為替相場の月別データの (5) Haberle,r G, The Theory of Internafωnal Trade, 1950.

Stolper, W. F.., Purchasing Power Parity and the Pound Sterling from 1919-1925

l(yklos, VoL 2, Fasc, 3, 1948

Graham, F D., Exchange, Prias, and Production in H:ゆer-in

tion 1920-1923, 1930

Keynes, J M, A Tract on Monetary Reform, 1923

(9)

9 所得と購買力平価からの議離(1) -9

825%

がその平価の上下

125%

以内に落ちることを見出す。ついで,カナダに ついて第二次大戦後の

1950

10

月から

1957

6

月までの対米相場を期間 平均相場を基準にし卸売物価指数を用い計算した購買力平価と比較し,四半期 データによるとき為替相場とその平価との相関係数が

083

,また一期前との相 関係数が0.64となること,さらに同期間の月別データを用いるとき

8

1

カ月の すべての為替相場が卸売物価指数を用いた平価の上

554%

と下

324%

以内 に,為替相場の

96%

がその平価の上下

35%

以内に,また為替相場の6.

3%

が その平価の上下

L5%

以内に落ちることをそれぞれ見出す。同じことを生計費 指数を用いた購買力平価で行い(月別データで),

8

1

カ月のすべての為替相場が その平価の上

364%

と下 8.

07%

以内に,為替相場の

88%

がその平価の上下 4.

5%

以内に,また為替相場の

44%

がその平価の上下

L5%

以内にそれぞれ落 ちることを見出し,そして当期間のほぼ

2/3

の為替相場がその平価の上

35%

と下

05%

以内にあることを述べる。 さらに,イーガーはベルー, メキシコ,タイの三国についても検証を行う。

1948

-1956

年の間,これら諸国の為替相場は,部分的とはし、え変動してい た。例えばベノレーは

1949

1

1

月から中央銀行の安定操作へ移行する

1

9

5

4

10

月まで,またメキシコも

1948

7

月から

1949

6

月まで変動相場制で あり,さらにタイも第二次大戦後から複数相場とはいえ変動していた(1

955

年 に単一相場へ移行〉。そこで,これら諸国の為替相場を

1937

年を基準にし卸売 物価または生計費の指数を用い計算した購買力平価と比較し,その平価の百分 比を求める。その結果は,ペノレーの対米相場で(卸売物価指数を使用)

1948

年 第

l

四半期の

57%

から

1949

年第

4

四半期の

94%

へと変化しその後は

87%

-111%

の聞を変動し結果平均して

1025%

となること,またメキシコの相場 で(生計費指数を使用)

1948

年第

1

四半期の

165%

からその年の第3四半期 の変動相場移行時の

116%

へ変化しその後は一時的に

120%

となるが釘付け される

1949

年 第2四半期には

103%

となりそれ以降

1956

年 第

4

四半期ま で

100%

を上下すること,さらにタイの相場も(生計費指数を使用)

1948

年 から

1956

年まで

66%-116%

を変動し

36

の四半期のうち

26

の四半期で

(10)

第2表 第 三 次 大 戦 前 を 基 準 に 使 用 し た 購 買 力 平 価 の 百 分 比 で 表 わ し た 各 国 対 米 相 場 ( 1957年7月現在) フ ィ リ ピ ン 196 9 イラン 100 7 スイス 85 1 ビルマ 152 6 カナダ 100 4 ボ ル ト カ ル 81 9 ガテ7 ラ 142 1 ル ク セ ン ブ ル ク 95 2 オ ー ス ト リ ア 80 5 アィンラント 141 6 インド 94.7 ボリヒア 79 4 エ ル サ ル バ ト ル l30 1 エジフ。ト 92 7 ニュージーランド 78 1 日 本 127 4 イギリス 92 6 デンマーク 78.0 コスタリカ 121 7 パ ナ マ 92.4 ペ lレー 77.3 チ 118 7 ス ウ ェ ー テ ン 91 1 アイルランド 75 4 ベ ル ギ ー 116 5 イタリア 90 1 オ ラ ン ダ 74 6 タ イ 112 4 アイスラント 89 1 ノ ル ウ ェ ー 727 フランス 109..9 メキンコ 87 5 南 ア フ リ カ 635 コロンヒア 103 9 オ ー ス ト ラ リ ア 87 5 た だ い 価 格 指 数 と し て , 卸 売 物 価 や 生 産 費 が 用 い ら れ た が , 両 者 と も に 使 用 し う る と き に は , 両 方 の 平 均 を 用 い て 平 価 を 算 出 し た 。 な お 7ィンラントとフランスは, 1957 年7月 の 時 有 に 平 価 の 変 更 が 行 わ れ た 。 そ れ を 考 慮 す る と 上 表 の 備 は , より改善されて くる。

85%-115%

以内にとどまること〔単一相場移行の

1955

年 に

96%

となる が,その翌年第

4

四半期には108%となる)等を見出すのである。イーガーは, これら三国以外にも第

2

表に掲げるような

32

ヵ国に関し同様の検証を試み る。すなわち彼は,

1935

年を基準とし入手可能な物価指数を使用して

1957

年 現在の購買力平価に対する為替相場の百分比を求めた。そして彼は,

35

ヵ国の うち

3/4

の国の為替相場が購買力平価の

75%-125%

の範囲内にあること, また平価からの霜離が

1935

年 -

1957

年の

20

年間にも及ぶ長期にもかかわ らず非常に小さいことを見出すのである。 以上の各種実証例からイーガーは,購買力平価と為替相場が密接に連動して おりしたがって両者聞の需離が極めて小さいこと,そしてそれに加えて彼は, その需離がたとえ存在するとしても購買力平価へ収数するような安定的性質を もつものであることを結論する。それは,次のような理由からである。すなわ ち,通常の経済理論の教えるところによれば,市場はある価格の近傍で不安定 的であるとしても必ずその近くに別の安定的均衡点があるものである。なぜ、な

(11)

11 所得と購買力平価からの議離(1) -11-ら,不安定な点から離れるにつれて非弾力的需要が価格騰貴とそれに伴う支出 増加のために予算枠に阻まれてその需要を減じ結果として弾力的にさせられて くるからである。ところが,イーガーは,このような予算制約の有効な働き(非 弾力的輸入需要の弾力的輸入需要への変換〉を,為替市場では期待することが できないとする。すなわち,彼によると,たとえ為替相場の話離が購買力平価 の半分または二倍の大きさになったとしても,その聞に為替相場変動とそれに 伴う輸入価格騰貴だけによってこのような予算制約が起こるとはとても考えら れなし、からである。そこで彼は,為替市場を元来安定的なものであると考え,た とえ為替相場が平価から霜離するとしてもその原因を為替市場の不安定性では なく購買力平価導出の計算方法に求めるべきものであると結論するのである。 通常購買力平価の導出方法には,絶対的接近 (αbsoluteapproach)と比較的接 近(comparativeajう'proach)がある。前者は標準的財・サービスによって二国開 通貨の購買力を直接比較する方法であり,後者は適当な価格指数を使用して基 準年からの変化を求め二国開通貨の購買力を比較する方法である。大ていの場 合の購買力平価計算には後者が使用されている。そこで,後者をとってみると 問題点として,基準時点としてとった為替相場が均衡相場で町なかったと言う基 準年選択の失敗や,その基準年以後に行った公的干渉による為替相場の不均衡 点、への釘付けおよび関税とか割当制や価格統制などの障害の発生,国内の所得 や相対価格変化と経済構造変化,加えて使用する価格指数の不正確さや粗雑さ などの理由で諦離の生じることが考えられる。しかしながら,イーガーによる と,これらはあくまでもその比較的接近が単なる一時の間に合わせの便法にす ぎないことからくる当然のことであり,したがってそのような原因から生じる 講離をもって購買力平価説自体の欠陥とすることは早計であるとみる。そして, (6) Balassa, B, The Parchasing-Power-Parity Doctrine: A Reappraisal,] P E, V 01 72, Dec.. 1964において,この二種の接近は,absolute inteゆretationとretativeinter -pretationと名付けられ, Officer L M., The Productivity Bias in Purchasing Power Parity: An Economic Investigation, IMF Staff Papers, V 01. 23, N 0.. 3, N ov 1976で はabsoluteversionとretativeversionと呼ばれている。なお,両者の区分はPigou,A

(12)

むしろそれらは,その霜離原因を分析し価格指数を修正することによって補わ なければならないとするのである。 以上,購買力平価説への賛否両論を

1960

年代中頃までの代表としてパン ティングとイーガーをとりあげながら考察してきた。両者は次の点で意見を具 にする。第一に基準年の選択を異にする。パンティングは1926年を,イーガー は1913年または1935年をとる。これは,両者が問題とした観察時点の違いに もよるが,為替相場が基準として選んだ年に均衡であったかどうかの判断と比 較される当該年に比べて基準年が余り遠く離れずそのためその聞に需離原因が 十分に働かないこととする判断の違いによるものである。第二に話離の大きさ の評価に関する差異がある。パンティングは

10%

を越える議離を購買力平価 説否定に使用し,これに対しイーガーは

10%

をこえ

50%

や二倍にも達する話 離を小さなものとして軽視す町る。この差異は,客観的判断基準をもたなかった こと,および為替相場が平価に収散するか否かに関する科学的実証を行わな かったこと,さらに安定均衡相場に関する考え方の違いからくるものと言える。 第三に両者は使用すべき価格指数に関し見解を異にする。パンティングは初期 のカッセルの説明から卸売物価指数を使用し,これに対しイーガーは卸売物価 指数よりも一般物価指数を望ましいとする。周知のように卸売物価指数はケイ ンズによって自明の理として批判されている。また,かつてわれわれは,カッ セルが均衡相場を二国の貨幣価値の比で捉えようと試みたことをみた。した がって,これらを考慮する限りわれわれは,一般物価指数を卸売物価指数より も好ましいものとしなければならないことになる。 さて,以上考察したパンティングとイーガーの議論以外に,

1960

年代には, カナダの変動相場 (1

950

10

月 -1962年5月〉とアメリカ・ドルの高評 価についての議論がされている。それらは,いずれも多少とも購買力平価に関 わりを持っている。そこで,以下これらを順次考察することとする。まず,カ ナ夕、、の変動相場に関するものは,

lC

イングラムと

W

引プールおよびA.

A

.

( 7) Keynes, J M., A Tract on Monetary Refo門n,1923 (8) 拙稿「購買力平価説と均衡為替相場」香川大学経済論叢 第58巻 2号1985年9月

(13)

13 所得と購買力平価からの訴離(l) -13ー ファラジと

D

.

l

オットなどの研究である。それらは, ¥,、ずれもいわゆる均衡相 場への需給による接近に立脚し,極めて短期の分析である。例えば,イングラ ムの研究は, 1951年 -1957年のカナダの四半期別対米相場を, 1四半期前を 基準とした移動ベースで測った諸変数(卸売物価,消費者物価,輸出入比率, 長期および短期資本移動等のニ国間比)に依存するものとし,それら変数聞の 相関係数を求める。そして,為替相場と卸売物価また為替相場と輸出入比率の 聞の単純相関係数が大きく,他方で為替相場と消費物価や所得の変化の聞の単 純相関係数が小さいことを見出すと共に,上記諸変数についての回帰係数を導 出し有意、テストを行うことによってカナダとアメリカの卸売物価指数の比

P

w

とカナダの輸出入比率

T

aがともに有意となること,すなわち為替相場の指数

R

が R = 2淫847十

.

o

S62Pw-0. 112Ta,

R

=

川812.0 (1) で表し得ることを述べる。さらに,彼は,為替市場において短期資本移動や輸 出入および価格等が正常な反応をし安定的に作用しているか否かのテストを行 う〈各変数の回帰係数の符号を用いてなされる〉。そして,彼は,価格との聞 を除き満足すべき結果を得るのである。他方,プールによってなされたカナダ の研究は,1950.年-1962年までの月別データを用いることにより投機の安定 性を検証する。そしてそれが政治的な資本のフローを除き安定的であること, また不安定的な政治的資本フローも少額であることを見出す。そしてさらに彼 は,価格,所得,利子率などの諸変数がカナダの為替相場の重要な決定因であ ることを変数聞の相関係数を用いて検証し,最後にカナダとアメリカの両経済 の平行関係にこれらの原因があるとする示唆を与えるのである。以上の両者に 対し,ファラジとオットの研究は,上記の変動相場下のカナダのほかに, 1862

(9) Ingram, J C, The Canadian Exchange Rate, 1950-57, The Southern E J, Vo126,

N o. 3, Jan 1960

Poole, W, The Stability of the Canadian Flexible Exchange Rate, 1950-62, Canadian Journal ofEconomics and Political Science, V 01 33, N o. 2, May 1967

Farage, A A, and D.J Ott, Exchange Rate Determination under Fluctuating Exchange Rate: Some Empirical Evidence, Mo四?IYin the Inte押zationalOrde冗ed

(14)

-1872

年のアメリカと両大戦闘のイギリスおよびフランスさらに1950年 -1954年のベノレーを加え,需給による接近に立ちながら為替市場での需給を, 商品の輸出入や長期および短期の資本移動と投機並びに公的期間による外貨の 売買に依存するものとする。すなわち,彼等は,

t

期 の 為 替 相 場 九 を

R

t

=

f

(

P

r

.

t

-

l

'

#

.

t

1

P

r

.

1

,il

R

t

, il

E

t

Z

t

)

(

2

)

のように規定する。ただし ,

P

r

.

t

-

l

1

P

r

.

t

-

1

は,一期のラグのあるこ国間の物 価指数の比と工業生産指数の比(所得を測るものとして)であり主として輸出 入に関わる変数である。また,

i

f

,t-lは二国の相対的短期利子率(相対的長期利 子率

t

l

,t-1は,価格変動

P

r

.

t

の効果の中に含まれ区別し難い)であり ,il

R

t

Z

t

は投機的資本移動に関する為替相場変動の期待と短期利子率をこえる直先 相場聞の差である。他方 ,ilEtは,外生的に決定される公的機関の為替介入で ある。ファラジとオットは,この(2)式を用いて四半期別データ(アメリカ〉あ るいは月別データ(その他諸国〕での回帰係数を推定する。そして彼等は,誤 差項の自己相関や変数聞のマルチコを取り除色結局いずれの国においても二 国の相対的な物価指数の比

P

r

.

ト1が有意、となること, またニ国の相対的な生産 指数の比

1

P

r

.

ト 1やその他の変数も時により有意、となり為替相場の説明要因と なり得ること等を見出す。 以上考察の諸研究は,購買力平価説の検証という観点からみるならば十分と は言い難いものである。すなわち,彼等すべての購買力平価は,基準年を一期 前とする移動ベースでとらえられており,したがってその検証は極めて短期の ものに限られている。しかもその上に,彼等の使用した物価指数は卸売物価で あり,それがカッセルの言うこ閣の貨幣価値を測定するものとして妥当か否か の配慮も全くする必要のないものである。したがって, これらのことを考える とき,われわれは,たとえ上記のようにファラジとオットの研究が物価指数の 比を為替相場決定因として最も有力であるとしたとしても,それによって彼等 の検証を本来のカッセル的意味で、の購買力平価説の検証で町あるとなすには満足 (10) 彼等はこの(2)式以外にX,=f(,Pγ ト1.,

:

i

,t,

i

a

t, IP:γ ト 1,!iX"ムE"Z,)での検証も行 う。ただし,添字dは利子差を表す。

(15)

15 所得と購買力平価からの議離(1) -15-し難いものが残るのである。 次に,同時代になされたアメリカ・ドルの過大評価に関する議論を考察する。 第二次大戦後IMF平価が設定され,各国はその下で財政・金融政策を行い経済 の復興と成長を達成した。その結果,1960年代に入るとアメリカのドノレは,相 対 的 に 過 大 評 価 さ れ そ の た め 国 際 収 支 の 悪 化 を み た と の 疑 問 を 生 じ る に 至 っ た。そこで,この点の判断は,理論的になされる必要があった。ここに,かつ て述べたカッセノレ的接近と需給による接近が再び登場してくることになる。ま ず,カッセル的接近としての

H

S

.

.

ハウタッカーの例は次のようである。彼は, 変動相場制の採用を,国際的な通貨の結合と安定に反し圏内の政策目標の達成 を困難にしさらに先物市場に重い負担を課すとの理由によって反対し,それに 代わって IMF体制を支持すると共にその平価を各国の生産要素コストの比に 一致させるべきであるとする。そして,それにもとづき各国通貨の過大(過小〉 評価の程度を計算する。ハウタッカーによれば,国際収支を長期において規定 するものは,各国の輸出能力と輸入性向および資本フローの状況である。しか 第3表 マルクに対する各国通貨の過大評価(ー)と過小評価(+)[1962年3月〕 オーストリア ベ ル ギ ー カ ナ ダ デンマーク フランス イタリア 十212

+

4 8 -23..1 +17 3

+

4 2 - 2 2 オランタ ノルウエー スウェーデン スイス イギリス アメリカ +29.2

+

3 9 - 8 8 -11 7 十 39 -22..2

(11) Houthakker, H. S, Exchange Rate Adjustment, Joint Economic Committee Com. pilation of Studies: 87 th Congress, 2nd Session, Dec 14, 1962, pp 289-304

この考えは, P Aサミュエノレソンによって批判され, J Mホノレムスによって弁護され ている。

Samuelson, P A, Theoretical Notes on Trade Problem, R.. E Studies, Vo.l46; May 1964

Holmes, l M , The Purchasing-Power-Parity Theory: In Defence of Gustav Cassel as a Modem Theorist, J P E, VuL 75, No 5, Oct..1967

なお, IMF平価設定当時のアメリカ・ド、ノレの過小評価とドノレ不足状態については, Samuelson, P A, Disparity in Postwar Exchange Rates, Foreign Exchange Policy for the United Stat,es.ed by S. Harris, 1948, pp..397-412

(16)

しながら,それらは,いずれも商品を生産するコストに依存して変動している。 すなわlち,簡単のために労働のみに限ってみる。単位労働コストの低いことは 輸出に有利となり,またその逆は輸入に有利となる。さらに,資本フローに関 してさえ,海外での生産コストの低いことが考慮に入れられる。したがって, 彼は,長期を考える限り,各国の為替相場は二国の単位労働コストが等しくな るように落ち着かなければならないとみる。さて,賃金は労働の限界生産力に 等しくなり,その限界生産力は各国の消費された財によって測定されうるもの である。そこで彼は,消費パターンで加重された消費財の価格によって単位労 働コスト(広く言えば単位要素コスト)を推計しようと試みる。その結果は第 3表である。それによると, 1962年におけるアメリカ・ドルはマルクに対して 22%の過大評価である。このときのマルクは,イギリス,フランス,イタリア, ベルギー, ノーノレウェ一等主要なヨーロッパ通貨に対しほぼ平価にあり,過大 過小のいずれの評価にもなっていないものとされている。なお,ハウタッカー は,この第3表の結果の上に当時アメリカの収支赤字が小額であった事実を加 えて考え,アメリカ・ドルの切り下げ率をより少なく見積もり,最終的にほぼ 15% (金1オンス 41ドル〉であると結論するのである。 このハウタッカーに対し,アメリカ・ドノレの過大評価に関する需給による接 近は,例えば

J

E

.

フロイドがある。彼は為替相場切り下げ、の収支への効果モデ ルを作りそのパラメータを推計することによってアメリカ・ドルの過大評価に 言及する。すなわち,為替切り下げの効果は,彼によると資本フローの効果と 貿易収支の効果に二分しうるものである。前者は期待を含めた利子率に依存し, 後者はこ国聞の相対的価格比と実質所得に依存する。いま,アメリカは,財政 および貨幣政策を行うことで価格変化から生じる貨幣残高効果を相殺し利子率 を一定に維持するものとする。他方,外国も,同様の政策を行うことで利子率 の一定を維持する。しかしながら外国は,その上にさらに総需要の変化をも相 殺し,国民所得を不変に保っと仮定される。この場合は,ニ国の利子率はとも (12) Floyd, J E, The Overvaluation of the Dollar: A N ote on the International Price Mechanism, A..E R.. V 0155, Mar 1965

(17)

17 所得と購買力平価からの議離(1) -17ー に不変となり, 二国聞の資本フローは起こりえなくなる。かくして, アメリカ は,資本移動を考慮することなく為替の切り下げによって完全雇用の目標を達 成しうる。そこでフロイドは,輸出函数を

X =ん(

ρ

χ

/

R

):

輸入函数を

M =1

m(九

/R

,y)とし,貿易収支

B

=

Xt

-R

M

j

んに与える効果のみを考慮するこ とで, dR

R

-dB , 1十Om

E

巧戸十万芋瓦

ω

S

n

J

-

-

-

.

l

}ιημ

ι}

'IX¥ηx十δχ )'リX¥ηm+OmJ (3) を導出する。ただし,

ρ"ρm

は生産国の通貨で表した輸出品と輸入品の価格で あり ,yは一人当たり実質産出高,

R

は外国貨幣のドノレ価格, ηx;,仰は絶対値 での輸出と輸入の需要弾力性, εmは輸入需要の所得弾力性,

S

はドル表示の輸 入額に対する輸出額の割合, O,:xOmは輸出と輸入の供給弾力性, μは自国の完 全雇用に必要な産出高の引き上げ率である。輸出入の弾力性

(

0

"

om,ηx, 17m) は,国内における需要!と供給の弾力性(ゑ δ)より求められる。 また, 1958年 またμ =6 %,εm = 1 -1962年の聞の平均的輸出入額から

S

=

1.2であり, と想定される。かくして, この

(

3

)

式から第

4

表のような結果を得る。 フロイド t士, このうちで当時のアメリカの証拠から最もありそうな需要と供給の弾力性 をη

=

0.3, 0

=

0.5であるとする。そこで,彼の求めるアメリカ・ド、ルの過大 第4表 弾力性の推計と過大評価の程度 国 内 弾 力 性 各 蝉 力 性 の 推 計 結 果 過大評価 供 中合 需 要 -:;>-O/.tル・ 需 要 手 供 給δ 輸 出δx 輸 入δm 輸出平x 輸 入 h ラーナーのi の 税 皮 %

o

01

o

2 1 25 1 67 2..53

o

64 1 56 17..2

o

1 0..2 1 70 2 30 3 70 1 00 2.22 11 7

o

2

o

3 2 80 3 80 6.20 1 70 3 59 7 0

o

3

o

5 4 50 6..10 9.90 2 70 5 70 4 4 資本フローは通貨の対外価値に無関係とし,初期の赤字を3,500万}ルとしている。 ( l+o'x ¥, (l+o'm ¥ マーン守ル 1 ラーナーの係数は, S17xl.~

1

7

x

¥

,'v; )

+

17ml~) 一 1 の形で求められてい 平

x+

o'

x

J

m

¥

m+

o'

m

J

る。

(18)

評価の程度は,ハウタッカーの言うような 15%ではなく,大きく見積もっても 10%以内でなければならないことになる。 なお, この同時代にハウタッカーやフロイドと多少異なるがカッセノレ的接近 に疑問を持ちながらもそれを利用し, 1948年-1967年の 19年間の 109カ 国特に発展途上国の為替相場(変動相場を含みIMF平価や公定相場など)の 減価について言及したものはド・ヴライの論文である。それは,各国通貨の対 外価値と購買力で表される対外価値を比べる形をとっている。すなわち, まず その19ヵ年に亘る各国の為替相場(複数レートのとき中心点を求めて使用〉 の減価率を10グループに分け,グループとしてみたときの先進諸国に比べ発 展途上国の減価率が大きいことまた世界輸出市場で大きなウエイトを占める国 の減価率が一般に小さいことを見出し,続いて次にこれら対外価値(為替相場〉 の減価が対内価値の変化とどのように関係したかにつき 1948年または 1955 年を基準とした購買力平価を求め(生計費指数を使用)それを

P

R

t

el _ D

P

t/

P

O / D

R

t

-

" 0

P

t/

P

o

/

μ t

(

4

)

のように実際の為替相場(1967年〉と比較する。ただし,*印はアメリカであ る。この(4)式の値は,もし lとなれば当該国の対外価値と対内価値の減価の程 度が等しいことを示し,もし1より小となれば当該国の対外価値の減価が対内 価値のそれより大であることを示している。なお ,

R

はアメリカ・ドノレの当該 国通貨表示価格である。その結果を 1948年 を 基 準 と し た ケ ー ス の み に つ い て示せば,第

5

表である。このうち地域別分類をみると,発展途上国の通貨は, (13) フロイドは,商品の多様化のケースについても類似の方法で過大評価の程度を見積 もっている。そのときでも,それは67%であり ,10%以内である。 (14) ドノレの過大評価については,この外にカッセノレ的接近に近いものとしてH.Sハリヌが あり,また需給による接近としてH S.エリスがある。 Harris, S. E, Measures of Currency Overva1uation and Stabilization, Explorat -iOns in Economics, Not,ιsand Essays Contributed in Honor

0

/

F W Taussi.ι1967,

pp 35-45

Ellis, H S, The Equilibrium Rate ojExchange, ibid,妙 26-34

(15) de Vries, M.. G, Exchange Depreαation in Developing Countries, IMF S向

f

l

Papers,

V 0115, N ov 1968

(19)

19 所得と購買力平価からの議離(1) -19-第5表 購買力平価と実│努相場との比 (1948年 を 基 準 と し た と き の1967年 に つ いτ) 地域による分類 インフレ率による分類 国の数 比率X100 国 の 数 比率X100 先 進 諸 国 20 96 9 先 進 諸 国 並 み の イ ン フ レ 9 93 1 途 上 国 かなりのインフレ 11 100 0 ア フ カ 5 80 9 途 上 国 ア ン ア 9 67 9 低 い イ ン フ レ 12 74 3 ヨ ー ー ロ ソ ノマ 5 69 0 並 み の イ ン フ レ 10 88 0 ラテン。アメリカ 20 88 3 かなりのインフレ 8 78 6 中 束 5 45 1 t<¥主 性 的 イ ン フ レ 14 73 6 各 地 域 グ ル ー プ に 入 る 国 名 は 省 略 す る 。 た だ し , 日 本 は 先 進 諸 国 で か な り の イ ン ア レ の グ ルーフに分類されている。インアレの程度は, 1948年を基準に14倍以下と14倍-20倍, 2 0倍-30倍, 3..0倍以上の四段階にわけられている。 先進諸国に比べてその対外価値を対内価値以上に減価しており特に中東におい てそれが著しいことがわかる。同じことは, インフレ率による分類においても 見出しうる。すなわち,途上国のうちインフレの最も強い慢性的インフレ・グ ループの諸国で, その対外価値減価の顕著なことが見出される。以上の諸結果 カミらド・ヴライは, 一般に発展途上国において圏内インフレ率を越えるような 対外価値の減少を経験したこと,換言すれば輸出市場に占めるその国の輸出品 の割合の小さな途上国においてしばしば政策手段として為替相場切り下げが用 いられ輸出志向的政策の採用される傾向があったこと, これに対し先進諸国に おいては財政・貨幣政策に訴えることにより事態を回避し為替相場の変更を小 さく維持したこと等を結論するのである。 以上, われわれは若干の購買力平価説の検証例とアメリカ・ド、ノレの過大評価 問題を,1960年中頃までについて考察してきた。かつて,メッラーは,IMF平 価設定時における各国の為替相場がアメリカ・ドルに対して過大評価(ドノレの (17) ここに変動(複数〉相場制にある諸国をも包含している。ただし,この場合にも,その 相場は,購買力平価に比べてより以上減価している。

(20)

過小評価〕気味であったことを指摘した。メッラーによれば,それは,第二次 大戦後の各国が破壊された生産能力の回復と国内に生じたインフレを鎮静化す る目的で輸入の増大と多額の復興資金を求め他方で資源と生産の破壊から当分 の間輸出増大を期待し得ないという状況の下で生じたものである。ところが, その後二十年を経て日本やヨーロッパ諸国の復興がなされ当時存在した世界的 なドル不足の問題が解消されると,逆にアメリカ・ドノレの過大評価(他の諸国 通貨の過小評価〉の問題が指摘されることとなった。そして,このドルの過大 評価は,上記のカッセル的接近と需給による接近のいずれをとろうとも共通し て真でありド・ヴライの発展途上国の分析においても暗に示されているところ である。 しかしながら,この過大評価の大きさとなると両接近の意見は異なってくる。 すなわち,ハウタッカーではアメリカ・ドルの過大評価は22%であり少く見 積っても 15%以上でありしかもそれらをそれほど大きくないとし,他方フロ イドではそれは10%以下でなければならないとする。この考えの違いは,当然 パンティングとイーガーの相対立する考えにまで遡りうる。すなわち,前者は 購買力平価説を信じ変動相場下での平価からの諦離を究極的には均衡、への収赦 過程として捕らえ軽視する。これに対し,後者は平価からの議離を購買力平価 の妥当性を疑うに足るものと重大視し,平価説に代わって各種弾力性を他の要 因と共に計測し評価する。いま,購買力平価を絶対的接近による表現

PP

仰 と 比較的接近による表現

p

p

r

e

l

にわけ〔前者を絶対的形式,後者を相対的形式と 呼ぶ),ハーパラーの

h

を用いて平価からの議離を表すものとする。為替相場を

R

とすれば,

R

と購買力平価は次の関係にある。

Rt

=

(

P

P

t

abS )

=

k

ι

(絶対的形式) (5)

(18) Metzler, L A, Exchange Rates and the Intemational Monetary Fund, in Inter -national Monetary Policies, Postωar Economic Studies, No..7, 1947 ed.. by L A Metzler, R Triffin, G..Haberler, (reprinted in Collected Papers, 1973, pp 112-158)

(19) Haberler, ,.G op. cit, p..36ただし,ハーパラーの議離は,正確にはここのkの逆数に

(21)

21 所得と購買力平価からの議離(1) -21ー

Pd

,P

R

t

=

J

C

t

R

o

(

P

P

/

e

l

)

=

J

C

t

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o

一 十 う

P/

/

P;

~

J

"".0

C

t

k

o

Pt

~一 ただし ,

Ro

=

k

o

この両式は, (6)式での基準時点の固定を除いて,表面上全く同じ形式すなわち

PdP

t

*

の一定倍数として表されてくることになる。ただし ,

P

は一般物価であ (相対的形式)

(

6

)

り * 印 は 外 国 を ,

R

。は基準時点における為替相場を表す。基準時点を動かさ ない限り

Ro

=

k

a

P

o

/

P

o

*

は所与である。また ,

J

C

t

=

k

t

/

んを意味する。一般物価 を簡単に貿易財価格針と非貿易財価格必の加重平均であるとする (α+β= 1,ただし tは省略〉。

P =

αρr+βrtN=

RpH

α+β/π)

P*=

α*舛 +β

*

p

j{

=

ρt(α*+β*/π:*) (7) (8) ただし71:, 71:*は両国の相対価格であり71:

ρ

r

/

P

N

,71:* =月/凶で定義され る。貿易財の価格は,対外取引を通じて両国で等しくなる。 ρr =

R

ρ

t

(9)

(

7

)

-

(

9

)

式の関係を考慮し

(

5

)

式と

(

6

)

式の変化をとり平価からの議離のパーセン ト変化を求めると,

~k( =~叫ニ盟主dz-24df 一 mf主同ぬ

k

¥

~

J

C

}

~

P

71:2 w .

1

* α

d

) 一 * ﹄ π

J / / 一 74 一 * 7 i 一 ( 一 * T

ハ 刊 ) U l ( を得る。この式の右辺において,初めのこ項は両国における相対価格変化の影 響を表し,他方残る二項は構造パラメータ(貿易財の取引量〉変化の影響を表 している。したがって, (10)式は,購買力平価からの議離がこの両変化のいずれ かによって表現され,それ以外で表現されいないことを意味している。そして それは, (5)式の絶対的形式のみならず(6)式の相対的形式においても同様に妥当 する(ただし,相対的形式は,基準時点を固定しそれ以降の変化を考えている 点では異なっている〉。ゆえに,パンティングが要約した購買力平価からの議離 要因すなわち関税や輸送費の変化,貿易障害の発生,通貨切り下げ後の未調整

(22)

投機による撹乱,公的対外債務弁済のための政府による大量の為替購入などの 一時的かつ偶発的な話離および人為的自然障害は,上記の相対価格の変化ある いは構造パラメータの変化のいずれかによって表示されねばならないことにな る。そして,このことは, イーガーが付加した所得や経済構造の変化による話 離についても同じで、ある。ちなみにストルパーの言う外国貿易議離効ぷ

2

よる 訴離をとってみても,それは相対価格を不変とする場合の所得変化が(10)式の構 造パラメータ (α,♂)の変化を通じて生じるものと解釈されうるものである。 さらに,われわれは, これらの相対価格変化と構造パラメータ変化の両者が, 7 l , 7l*.>1の場合には,互..It、に相殺的な効果をもっている(正負の符号が逆〕こ とに注意すべきである。したがって,購買力平価からの荊離の状況は, この両 変化の一方のみによって判断されるべきものではないのである。パンティング が平価からの話離を重大視し,他方イーガーがそれを軽視し長期で購買力平価 の妥当性を信じたのは,パンティングがこの両変化の相殺的効果を無視し,逆 にイーガーがそれを期待したためであると言えよう。 いま,単純化のために外国におけるすべての変化がないものとする。このと き(10)式は,

(

=

)

=

F

d

π

一 期 乍 同 ぬ

l ( -) となる。第2図は,これを相対的形式につき描いたものである。その第2図の

L

イ)は

π>1

のケースであり, (ロ)は

π<1

のケースである。両ケースについて,

dx/x

=

0

直 線 の 上 方 は

dx/x>0

の領域を示し ,

dx/x

=

0

直 線 の 下 方 は

dx/x< 0

の領域を示している。購買力平価は,相対的形式で表す場合,基準時 点の選択如何によって初期の霜離を含みうる(んヰ

1

)

。そこで,為替相場と購買 力平価が一致する点、を求めるとき,その軌跡は,

dx/x

=

0

直線上にあるとは限 らずむしろ別のところにありうることになる。すなわち,それは,もしん

>0

(20) なお,購買力平価からの議離について,拙稿「カッセノレの購買力平価説」香川大学経済 論 叢 第57巻3号 1984年12月を参照。 (21) Stolper, W. F.., 0戸cit

(23)

23 所得と購買力平価からの議離(1) -23ー 第2図 ( イ)π>1のケース (ロ)π<1のケース d π dx-o --u dπ M.員I或 ,b } A争責I戎

4

〉O,過小評価)

I

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2

1

B4iJjIJlJG

(

0,過大評価) B領 域

(

0,過大評価〉

b 、α であるならdxjx

=

0直線の下方の ω 線上にあり,またもしん< 0であるな らdxjx

=

0直線の上方の bb線上にある。それは,初期の諦離を解消するため にhの変動を必要とするからに外ならない。かくして,われわれは,

k

。,ミOに よるω 線またはbb線の上方を dxjx>0すなわち dRjR>d(PP叫 )jPprelと なり当該国通貨が過小評価される領域

(A

領域)であるとし,またその下方を dxjx

<

0すなわち dRjR

<

d(pprel)jPprelとなり当該国通貨が過大評価され る領域

(B

領域)であるとすることができる。 既述のようにメッラーは,IMF平価の設定時において,アメリカ・ドノレが過 小評価され,他の諸国の通貨が過大評価されていたことを言う。もしこれが正 当であるなら,その時点、において,アメリカは

A

領域にあり,他の諸国は

B

領 域にあったことを示している。他方,その後1960年代に入りこの傾向は逆転す る。すなわち,上記のようにアメリカ・ドノレは過大評価され他の諸国の通貨は 過小評価される。これは,第二次大戦後の日本およびヨーロッパ諸国の復興に よって各国の貿易財の取引量に係わる αが増大し,他方でアメリカにおいては 戦後の輸出増加とそれに伴う一人当たり所得の増大および賃金水準の上昇と非 貿易財価格の騰貴によって zの減少を導いたことから容易に理解しうる。すな わち,アメリカではπ<1すなわち ,

P

T

くんの可能性が大である。したがって,

(24)

アメリカは初めに第2図(ロ)A領域にありその後そこからB 領域へzとαの 減少を通じて移動し,他方日本およびヨーロッパは第2図(ロ)の B 領域にあり そこからA領域、へπの減少と αの増大を通じて移動したものと推測しうる。 また,発展途上国では,非貿易財の価格は比較的安価であり7l>1と考えうる。 したがって,発展途上国は,第2図(イ)のB 領域から輸出入不振によるαの減少 を通じて A領域、へ移動したもののようである。なお,これらの結論は,暫定的 で単なる推測の域を出ないものである。したがって,それは実証によって確か めると共に外国における αや zの変化の状況を加味しより一般的に(10)式を用 いた分析によって再吟味される必要がある。ただ,ここでわれわれの言い得る ことは,為替相場が購買力平価から議離する場合に,単純にzとαの変化のう ち一方のみによって生じたものとし ,A, B両域聞の移動を説明してはならな いことである。さらに,われわれは,相対価格や所得の変化が生じた場合にお いても, 71とαの変化を通じる効果が互いに相殺され,第 2図の ω 線や bb線 の上にとどまることで購買力王子価説の妥当するケースのあることを認識せねば ならない。

I

I

一人当たり所得と購買力平価 1960年代中頃以後における購買力平価説に対する反対論は,

1

9

6

4

年の

B

パラッサをその代表例として挙げることができ訂彼の主張は,一人当たり国 民所得との関係で、購買力平価からの霜離を説明しようとするものである。この ように国民所得を購買力平価からの話離要因として指摘するものは,8.パラッ サだけでなく,古くは

JM

ケインズにまで遡りう£しかしながら,ここでは パラッサ以前に類似の考えを持ったK ロスチャイルドと E..Eパーゲンにつ き簡単に考察し,それに続いてパラッサの議論を検討することにする。 (22) Balassa, B, The Purchasing-Power-Parity Doctrine: A Reappraisal,] P E, Vol 72, Dec.1964 (23) Keynes,

J

M , 0ρ, じit

(25)

25 所得と購買力平価からの栽離(1) -25

K

ロスチャイルドは1)現行為替相場(公定)を用いて実質賃金や生活水準 および国民生産物の国際比較を行う場合に,しばしば富める国の製品(圏内品〉 価格を高く見積もり,各国通貨の購買力比によって見出される平価に比べて当 該国通貨を高評価する結果になることを指摘し,その原因を, (1)一人当たり所 得の増大につれて消費が第三次部門〔サービス業や非製造業)の生産物へ向か うが, (2)その部門の大部分の生産物が技術進歩のおそい非貿易財からなり国際 市場の影響をほとんど受けないにも関わらず, (3)その価格形成過程では貿易財 と同じ生産コスト(賃金)に左右されている点に求める。いま,一人当たり産 出高をy,その中に占める賃金の割合を

ω

とし,二国A,Bを仮定すると,両 国貿易財の賃金比率は, 仇 一 仇 h 一 山 w 山 一 市 川 (12) で表し得る。

A

国は,富める国(例アメリカ〉であり他の諸国に比べて機械化 による効率的生産を行っているものとする。このとき,生産に占める賃金の割 合 ω は,より効率的な機械の使用を前提とする場合,他国に比べアメリカにお いてより小さくなることが考えられる。しかしながら, ロスチャイルドによれ ば,この ω は実際はアメリカとイギリスにみるようにそれほど顕著な差を示す ものではなく,むしろ両国の一人当たり産出高が,国際的な比較優位にしたがっ て富める国において明らかに大であり .Y

a>

仰となることがみられるのである と言う。かくして,この.Ya>Ybを通じて

ω

式の左辺

W

α

/W

bは,富める国アメ リカにおいて他国より高くなる傾向を示すこととなる。このような富国アメリ カにおける高賃金

W

α > W

bは,労働市場を通じてその国の第三次産業にも等し く作用する。したがって,それはその国の第三次産業の生産物の価格を騰貴さ せる。かくして, ロスチャイノレドは,富める国において仔)第三次産業における 技術進歩が他の産業よりもおそくかっその生産物が民間消費や国民所得のより 重要な部分を占める傾向にあり,また(ロ)他国に比べ一人当たり所得が高くサー

(24) Rothschild, K, Actual and Implied Exchange Rates, SωtishI P E, Vol.5, Oct 1958

(26)

第6表 トルの過大評価(1950年) 粗国民生産物 衣 安買 耐 久 生 産 財 公 共 運 送 雑 サ ー ヒ ス デン7ーク 1 60 1 11 1 11 1 49 2 02 イ ギ リ ス 1 63 1 18 1 18 2 35 1 42 ノ ル ウ ェ ー 1 74 1 23 1 01 1 59 L56 ベ ル ギ ー L36 1 09 1 02 1 90 1 46 プ ラ ン ス 1 57

o

95 1 04 1 96 1 68 オ ラ ン ダ L94 1 07 1 11 2 18 2.04 イ ソ、 1 65

o

95

o

96 1 97 1..62 イ タ リ ア 1 89

o

96

o

77 2 56 2 21 各数値は,為替相場/購買力等価を求めたものである。 1より小さい値は, いLの過小評 価を示している。 ピス業やそれに類する生産物がより高価となることの二点よりして,為替相場 の購買力平価からの議離を説明しうるとするのである。そして彼は,このこと をヨーロッパ 8カ国の粗国民生産物と他の四つの商品グループについて検証 を行い,第

6

表を得る。この表において各国は,一人当たり実質国民生産物の 大きい順に並べられている。したがって,われわれは一人当たり実質国民生産 物が小さく下方に記されている国へ行くほど購買力平価からの霜離が大となる こと,すなわちドノレへの過大評価が大きいことをみることができる。そして, それは特に粗国民生産物グループと雑サービス・グループの下方部分で著しい。 一方,

K E

ハーゲンは,為替相場による換算によって国民所得の国際比較を 行うに際し上記のような過大評価問題を生じることを考えその修正を試みる。 第7表は,ハーゲンが導いた結果を簡単な表にまとめたものである。この場合 修正は,上方の最低所得から順に

3

倍,

2

.

5

倍,

2

倍,

1

.

.

5

倍,

1

倍?とすること によってなされている。これらの倍数は, ロスチャイルドも参照したM..ギノレ ミート等の研究にもとづいている。その結果は修正前の為替相場によって換算 (25) ロスチャイノレドは,資料をGilbert,M. and Associates, Comparative National Pro -ducts and Price Level, 1958, p. 28 and p.. 80より得ている。

(26) Hagen, E. E, Some Facts about Income Levels and Economic Growth, R. E.Sta,.t

(27)

27 所得と購買力平価からの議離(1) -27ー 第7表一人当り粗国民生産物 (1957年) 一人当り国民所得類 人口(千人) GNP 一人当り 修i正GNP に よ る 分 (百万ドル) 平均GNP (十ル) $ 0一$ 100 1,43987 7%) ,581 1(87%) 00,597 73 (31061 4%) ,791 $101一$ 300 (1477 1%) 7,344 (82%) 94,588 198 2(28%) 36,470 $301ー$ 600 50(18%) 1,641 (2241 3%) 5,446 489 (266%) 490,892 $601ー$1,200 210,247 (75%) (21074 7%) ,177 971 (3106 6%) 6,266 $1,200以上 2(71 7%) 3,578 (4504 2%) 9,819 2.387 (276%) 509.819 世 界(計) 2,7(100%) 90,133 1,1(100%) 54,628 414 l,8(4100%) 50,238 ハーゲン第1表より作製 された

GNP

を低所得の国ほど大きく訂正することになってくる。なお,同様 の修正は

B

パラッサによってもなされている。それは,為替相場によって換算 する場合に,既述のような各国聞における貿易財の生産性差異が大でありこれ に対し十比較的非効率的な非貿易財の各国聞の生産性差異がないことまた貿易財 部門での賃金の上昇によって第三次部門(非貿易財〉での賃金が騰貴すること 等のために,低所得国の所得水準と高所得国の工業における分け前の過小評価 を生じる傾向があることを考えその修正の必要を認め, しかしチェナリーのな (28) した修正には満足ぜず,その訂正を行ったものである。 以上,K.ロスチャイノレドやハーゲンまた上記のBバラッサなどの研究は,い ずれも各国通貨の過大(過小〉評価すなわち為替相場の購買力平価からの話離 を問題としている。しかしながら,反面それらはいずれも購買力平価を参考に しそれに近づける形での修正を試みたものであると言うこともできる。そして, それらの背後には,一人当たり国民所得の増大に伴った製造業と第三次産業の

(27) Balassa, B., Pattern of lndustrial Growth: Comment, A E R, VoL 51.J une 1961

参照

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