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39 助動詞の定義と Pouvoir 川島浩一郎 0. はじめに ( 1) の peux vous appler における peux,(2) の peux venir における peux,(3) の peut mourir における peut などが 助動詞 (auxiliaire ないしは ver

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(1)

川  島  浩 一 郎

助 動 詞 の 定 義 と Pouvoir

0. はじめに

 (1) の peux vous appler における peux,(2) の peux venir における peux,(3) の peut mourir における peut などが「助動詞 (auxiliaire ないしは verbe auxiliaire)」 と呼ばれることがある.おそらく不定詞と共起している からだと思われる.

(1) Je peux vous appeler Pierre ? (Boileau-Narcejac, Les victimes, Collection J’ai lu, 1964, p.15) (2) Tu peux venir me chercher ? (A. Gavalda, Je

voudrais que quelqu’un m’attende quelque part, Collection J’ai lu, 1999, p.41)

(3) On peut mourir d’aimer. (F. Beigbeder, Au secours pardon, Collection Le Livre de Poche, 2007, p.291)

 ただし次の (4) から (7) に見られるように,peut や peux は不定詞なしに現れることもある.この場合の peut や peux を助動詞と呼ぶ必要はない.

(4) Je ne peux pas. (K. Pancol, Les yeux jaunes des crocodiles, Collection Le Livre de Poche, 2006, p.656)

(5) Je peux tout, maintenant. (A. H. Japp, La saison barbare, Collection J’ai lu, 2003, p.211)

(6) Eh bien, c’est là que Jeloutou peut beaucoup. (A. Girod-de l’Ain, De l’autre côté du lit, Collection J’ai lu, 2003, p.136)

(7) [...], il se peut que tu m’aperçoive... (Les yeux jaunes des crocodiles, p.652)

 以後,不定詞である pouvoir とは区別して (2.3. を参 照),動詞あるいは助動詞としての peux や peut をまと めて,大文字で PEUT と表記する.  本稿の主要な目的は,不定詞をともなう PEUT を助 動詞と見なすべきかどうかを,具体的に検討することで ある.  論述の手順は次の通りである.1. ではまず「従属」 という用語を定義する.2. では,過去分詞,現在分詞 そして不定詞が,記号素ではなく連辞であることを確認 する.3. では,助動詞が一般に,どのような点で動詞 と異なっているのかを観察する.4. では,PEUT を助 動詞と比較する.結論を先取りして言えば,PEUT と 助動詞の間に本質的な共通点はほとんどない.

1. 「従属」の定義

 本稿で用いる「従属」という概念を,統辞的に定義し ておく.  表意単位は発話において,必ずしも互いに同等のステ イタスを持っているわけではない.

(8) L'appartement était plein d'une lumière bleu pâle. (G. Musso, Sauve-moi, Collection Pocket, 2005, p.372)

 (8)の une lumière bleu pâle は あ る 色 合 い の 光 (lumière)を,bleu pâle は薄い青色 (bleu) を意味す る.Une lumière bleu pâle において最も中心的な記号 素は lumière である.そして lumière に比べると,une や bleu pâle は周辺的である.また bleu pâle において は bleu が中心的であるのに対して,pâle は付随的であ る.言語にはこのような中心性と周辺性の区別,つまり 階層性が絶対に必要である.さもなければ,言語の大部 分が表意単位の単なる羅列でしかありえず,たとえば une lumière bleu pâle の4つの記号素の意味関係は「単 一性 + 光 + 青さ + 薄さ」のような概念の平板な並置か ら想像や連想によって組み立てるしかないことになる. このような階層性に欠けた伝達手段に限界があることは 明らかである. a) X の出現が Y の存在に依存する. b) X を付け加えることが,Y の統辞的ステイタス に本質的な影響を与えない.

c) 発話の他の部分 (le reste de l'énoncé) に対して X が持つ統辞関係が,Y のそれとは異なる.

(2)

  一 方 が 中 心 的 で 他 方 が 付 随 的 な 統 辞 関 係 を 従 属 (subordination) あるいは限定 (détermination) と呼ぶ. より明確に定義すれば,上の a),b),c)という三つの 条件が満たされるとき,X は Y に従属する (X は Y を 限定する) と言われる.  たとえば次の (9) において,dîner は restes に従属し ていると言ってよい.

(9) Tu restes dîner ? (M. Levy, Mes amis Mes amours, Collection Pocket, 2006, p.148)

 (9) における dîner の出現は,restes の存在に依存す る.(9) から restes を消去すれば,必然的に dîner も (9) から姿を消す.また dîner の有無は (9) における restes の統辞的なステイタス (述辞) に本質的な影響を与え ない.そして dîner と発話の他の部分との統辞関係が, restes と発話の他の部分との統辞関係と異なることは自 明である.

(10) Pour terminer, je suis allé payer le type. (Ph. Djian, 37 °2 le matin, Collection J’ai lu, 1985, p.242)

(11) Il faut pardonner et oublier. (G. Musso, Et après..., Collection Pocket, 2004, p.126)  (10) において pour と terminer の間にある統辞関係 を,従属とは呼ばない.確かに pour の出現はある程度 terminer の存在に依存しているし,逆に terminer の出 現にも pour に依存している部分がある.しかしこれは 単なる依存関係ではなく,pour の有無は terminer と発 話の他の部分との統辞関係に本質的な影響を生じさせ る.従属という概念は階層性を明確化するためのもので ある.一方が他方のステイタスに本質的に影響するよう な関係を従属に含めるべきではない.  (11) に お い て pardonner と oublier の 間 に あ る 関 係も従属ではない.これらは il faut に対して同じ統 辞関係にある.このように発話の他の部分に対して同 一の統辞関係を持つものは,従属ではなく等位関係 (coordination) にあると言われる.等位関係にある諸要 素は互いに同じ階層にあるのだから,従属と呼ぶべきで はない.

2. 過去分詞記号素・現在分詞記号素・不定詞記

号素

2.0. 記号素か連辞か  (12) の dit は過去分詞,(13) の disant は現在分詞, そして (14) の dire は不定詞と呼ばれる.

(12) Cent fois, je lui ai dit que c’était dangereux.

(T. Benacquista, Saga, Collection Folio, 1997, p.118)

(13) Disant cela je m’aperçois que je ne suis pas sincère. (F. Beigbeder, Windows on the World, Collection Folio, 2003, p.359)

(14) Je n’ai pas bien compris ce qu’il vient de dire. (T. Benacquista, La commedia des ratés, Collection Folio, 1991, p.209)  この3つ (過去分詞の dit,現在分詞の disant,不定 詞の dire) に,同じ動詞記号素 (人称・時制・法・アス ペクト等を含まない,動詞概念のみの記号素) が含まれ ていることは自明である.逆に言えば,過去分詞,現在 分詞,不定詞には共通部分の動詞記号素だけでなく,そ れぞれに固有の要素も含まれているはずである.  以下2.1. から2.3. では,過去分詞,現在分詞,不 定詞が単一の記号素ではなく,連辞であることを確認す る. 2.1. 過去分詞記号素  過去分詞 (participe passé) は,二つの表意単位から 構成される連辞である.

(15) J’ai mangé des croissants. (G. Simenon, Le Petit Saint, Collection Le Livre de Poche, 1964, p.90)

(16) J’ai pris un café. (P. Leconte, Les Femmes aux cheveux courts, Collection Le Livre de Poche, 2009, p.97)

(17) Je suis allé prendre une douche. (37°2 le matin, p.100)  たとえば (15) の mangé と (17) の allé は,それぞれ が個別の動詞記号素を含んでいる.また mangé と allé には,過去分詞であるという共通部分がある.つまり過 去分詞は,動詞という記号素と過去分詞を標示する記号 素との連辞に他ならない.  過去分詞であることを標示する記号素を「過去分詞記 号素」と呼ぶことにしよう.過去分詞は単なる動詞記 号素ではなく (動詞記号素とは統辞的な分布も異なる), 動詞記号素と過去分詞記号素からなる連辞である. 2.2. 現在分詞記号素  現在分詞 (participe présent) は,二つの表意単位か ら構成される連辞である.

(18) Euphorique, telle une Robinsonne rencontrant sa Vendredine, je lui ouvre aussitôt. (A. Abécassis, Chouette, une ride!, Collection Le

(3)

Livre de Poche, 2009, p.97)

(19) Tim était assis, du café dans une main, contemplant la rue par la fenêtre. (M. Chattam, La théorie Gaïa, Collection Pocket, 2008, p.115) (20) Vous faites du bruit en marchant. (F. Vargas, Les jeux de l’amour et de la mort, Édition du Masque, 1986, p.95)  たとえば (18) の rencontrant と (19) の cotemplant は,それぞれが個別の動詞記号素を含んでいる.また rencontrant と contemplant には,現在分詞であるとい う共通部分がある.つまり現在分詞は,動詞という記号 素と現在分詞を標示する記号素との連辞であると言って よい.  現在分詞であることを標示する記号素を「現在分詞記 号素」と呼ぶことにしよう.現在分詞は単なる動詞記 号素ではなく (動詞記号素とは統辞的な分布も異なる), 動詞記号素と現在分詞記号素からなる連辞である. 2.3. 不定詞記号素  不定詞 (infinitif) は,二つの表意単位から構成される 連辞である1)

(21) Penser rend triste ; [...]. (F. Beigbeder, L’amour dure trois ans, Collection Folio, 1997, p.15) (22) Est-ce trop demander ? (S. Fontanel, Fonelle

est amoureuse, Collection J’ai lu, 2004, p.172) (23) Et l’actrice de basser les yeux vers la grosse

topaze ambre qui orne son annulaire. (Elle, 30 mai 2005, p.99)  たとえば (21) の penser と (22) の demander は,そ れぞれが個別の動詞記号素を含んでいる.また penser と demander には,過去分詞であるという共通部分があ る.つまり不定詞は,動詞という記号素と不定詞を標示 する記号素との連辞に他ならない.  不定詞であることを標示する記号素を「不定詞記号素」 と呼ぶことにしよう.不定詞記号素は法として不定法と 呼ばれることもある.不定詞は単なる動詞記号素ではな く (動詞記号素とは統辞的な分布も異なる),動詞記号 素と不定詞記号素からなる連辞である2)

3. 助動詞が動詞と異なる点 (助動詞の定義)

3.0. 助動詞であることの必要条件  他の動詞記号素と結び付いて現れる動詞的な要素であ ることを,助動詞であることの必要条件であるとしよう (十分条件であるとは限らない).そうでなければ,助動 詞と呼ぶ必然性がないからである.

(24) On a quarante minutes. (S. Testud, Gamines, Collection Le Livre de Poche, 2006, p.178) (25) Il a à bosser, et à réfléchir en bossant. (F.

Vargas, Pars vite et reviens tard, Collection J’ai lu, 2001, p.57)  他に動詞がないのだから,(24) の a を助動詞と呼ぶ 必然性はない.それに対して (25) の a à は,bosser や réfléchir と結び付いているのだから (不定詞には動詞記 号素が含まれる),助動詞と考える余地がないわけでは ない.  以下3.1. から3.6. まで,助動詞である可能性のあ る諸要素を概観し (必ずしも網羅的ではない),助動詞 と呼ばれる記号素が一般的に,動詞とどのように異なる のかを検討する. 3.1. 複合過去  不定詞である avoir,être に含まれる動詞記号素を (2.3. を参照),それぞれ大文字で A, EST と表記しよ う.複合過去における A と EST は,助動詞と呼ばれる 記号素としての典型的な事例だと言ってよい.

(26) J’ai commandé un autre café. (Les Femmes aux cheveux courts, p.119)

(27) Tu es tombé amoureux ? (M. Levy, Vous revoir, Collection Pocket, 2005, p.264)

(28) Elle est née le 10 juillet 1956. (S. Japrisot, L’été meurtrier, Collection Folio, 1977, p.148)  複合過去は,動詞記号素と複合過去であることを標 示する記号素からなる連辞である.たとえば (26) の ai commandé には動詞記号素と複合過去記号素が含まれ る.つまり複合過去は「動詞記号素 + 複合過去記号素」 である.そして複合過去記号素は,動詞記号素に対する 従属要素である (2. を参照).  また,複合過去記号素の記号表現は「A あるいは EST + 過去分詞記号素」である (2.1. を参照).これ を「動詞 + 複合過去記号素」に代入すると「動詞記号 素 + A あるいは EST + 過去分詞記号素」となる.「動 詞記号素 + 過去分詞記号素」は過去分詞であるから (2.1. を参照),複合過去のかたちとして「A あるいは EST + 過去分詞」を得る.

(29) Tout d'un coup, j'ai 16 ans. (L’amour dure trois ans, p.110)

(30) J’ai eu 16 ans. (Elle, 18 avril 2005, p.188)  たとえば (29) の j’ai 16 ans に複合過去記号素をつけ 加えると,(30) に見られるような j’ai eu 16 ans になる.

(4)

 以上の観察も踏まえて,複合過去の助動詞である A あるいは EST は,特に次の4点において動詞記号素と 異なると言うことができる.1) 複合過去の助動詞とし ての A ないしは EST は,動詞記号素なしに使用するこ とはできない (過去分詞を省略することも代名詞化す ることもできない).2) 助動詞としての A と EST は, 助動詞でない場合の A や EST とは大きく意味が異なる. 3) 複合過去の助動詞である A あるいは EST は,複合 過去記号素 (A か EST + 過去分詞記号素) の一部分で ある.つまり助動詞の A と EST は,記号素の一部分で あって,記号素そのものではない.4) これらの A と EST は,動詞記号素に対する従属要素である. 3.2. 近接未来  不定詞である aller に含まれる動詞記号素を (2.3. を 参照),大文字で VA と表記しよう.近接未来における VA は,一種の助動詞と考えることが可能である.

(31) Je vais aller prévenir Blanche. (B. Aubert, Funérarium, Collection Points, 2002, p.195) (32) Il va se prendre un râteau, c’est sûr. (G. Musso,

Je reviens te chercher, Collection Pocket, 2008, p.178)

(33) Elle va mentir ! Elle ment tout le temps ! (Funérarium, p.262)  (33) の va mentir のような近接未来は,動詞記号素 と近接未来であることを標示する記号素からなる連辞で ある.つまり (33) の va mentir には動詞記号素と近接 未来記号素が含まれる.要するに近接未来は「動詞記号 素 + 近接未来記号素」である.そして近接未来記号素 は,動詞記号素に対する従属要素であると言ってよい (2. を参照).  また,近接未来記号素の記号表現は「VA + 不定詞記 号素」である (2.3. を参照).これを「動詞記号素 + 近接未来記号素」に代入すると「動詞記号素 + VA + 不定詞記号素」となる.「動詞記号素 + 不定詞記号素」 が不定詞であるから (2.3. を参照),近接未来のかた ちとして (33) の va mentir のような「VA + 不定詞」 を得る.  以上の観察も踏まえて,近接未来における VA は, 特に次の4点において動詞記号素と異なると言うことが できる.1) 近接未来における VA は,他の動詞記号素 なしに使用することはできない (不定詞を省略すること も代名詞化することもできない).2) 近接未来におけ る VA は,近接未来記号素以外の VA とは大きく意味 が異なる.3) 近接未来における VA は,近接過去記号 素 (VA + 不定詞記号素) の一部分である.つまり近接 未来における VA は,記号素の一部分であって,記号 素そのものではない.4) 近接未来における VA は,動 詞記号素に対する従属要素である. 3.3. 近接過去   不 定 詞 で あ る venir に 含 ま れ る 動 詞 記 号 素 を (2.3. を参照),大文字で VIENT と表記しよう.近接 過去における VIENT de は,一種の助動詞と考えるこ とが可能である.

(34) Je viens de croiser son père. (F. Vargas, Ceux qui vont mourir te saluent, Collection J’ai lu, 1994, p.29)

(35) Tu viens de dire que tu était d’accord. (F. Vargas, Debout les morts, Collection J’ai lu, 1995, p.33)

(36) Il vient d’emménager. (B. Aubert, Transfixions, Collection Points, 1998, p.162)  (36) の vient d'emménager のような近接過去は,動 詞記号素と近接過去であることを標示する記号素からな る連辞である.つまり (36) の vient d'emménager には 動詞記号素と近接過去記号素が含まれる.要するに近接 過去は「動詞記号素 + 近接過去記号素」である.そし て近接過去記号素は,動詞記号素に対する従属要素であ ると言ってよい (2. を参照).  また,近接過去記号素の記号表現は「VIENT de + 不定詞記号素」である (2.3. を参照).これを「動詞 記号素 + 近接過去記号素」に代入すると「動詞記号素 + VIENT de + 不定詞記号素」となる.「動詞記号素 + 不定詞記号素」が不定詞であるから (2.3. を参照), 近接過去のかたちとして (36) の vient d'emménager の ような「VIENT de + 不定詞」を得る.  以上の観察も踏まえて,近接過去における VIENT は, 特に次の4点において動詞記号素と異なると言うことが できる.1) 近接過去における VIENT は,他の動詞記 号素なしに使用することはできない (不定詞を省略する ことも代名詞化することもできない).2) 近接過去に おける VIENT は,近接過去記号素以外の VIENT とは 大きく意味が異なる.3) 近接過去における VIENT は, 近接過去記号素 (VIENT de + 不定詞記号素) の一部分 である.つまり近接過去における VIENT は,記号素の 一部分であって,記号素そのものではない.4) 近接過 去における VIENT は,動詞記号素に対する従属要素で ある. 3.4. 使役構文  不定詞である faire に含まれる動詞記号素を (2.3. を 参照),大文字で FAIT と表記しよう.使役構文におけ る FAIT は,一種の助動詞と考えることが可能である.

(5)

(37) Je vous fais perdre votre temps, c’est ça? (Saga, p.204)

(38) Violette fait visiter les lieux au jeune couple, [...]. (A. Hochberg, Mes amies, mes amours, mais encore ?, Collection Pocket, 2005, p.42) (39) Qu’est-ce qui vous fait dire ça ? (M. Chattam,

L’âme du mal, Collection Pocket, 2002, p.194)  (37) の fais perdre のような使役構文は,動詞記号素 と使役構文であることを標示する記号素からなる連辞で ある.つまり (37) の fais perdre には動詞記号素と使 役記号素が含まれる.要するに使役構文は「動詞記号素 + 使役記号素」である.そして使役記号素は,動詞記号 素に対する従属要素であると言ってよい (2. を参照).  また,使役記号素の記号表現は「FAIT + 不定詞記号 素」である (2.3. を参照).これを「動詞記号素 + 使 役記号素」に代入すると「動詞記号素 + FAIT + 不定 詞記号素」となる.「動詞記号素 + 不定詞記号素」が不 定詞であるから (2.3. を参照),使役構文のかたちと して fais perdre のような「FAIT + 不定詞」を得る.  以上の観察も踏まえて,使役構文における FAIT は, 特に次の4点において動詞記号素と異なると言うこと ができる.1) 使役構文における FAIT は,他の動詞記 号素なしに使用することはできない (不定詞を省略する ことも代名詞化することもできない).2) 使役構文に おける FAIT は,使役構文以外での FAIT とは大きく 意味が異なる.3) 使役構文における FAIT は,使役記 号素 (FAIT + 不定詞記号素) の一部分である.つまり 使役構文における FAIT は,記号素の一部分であって, 記号素そのものではない.4) 使役構文における FAIT は,動詞記号素に対する従属要素である. 3.5. 受動構文  受動構文における EST (être に含まれる動詞記号素) は,一種の助動詞と考えることも可能である.

(40) Je suis fascinée par cet acteur. (Elle, 21 février 2005, p.60)

(41) Tu es connu par des inconnus. (F. Beigbeder, L’Égoïste romantique, Collection Folio, 2005, p.324)

(42) Il est rongé par son sentiment de culpabilité, [...]. (T. Jonquet, Mon vieux, Collection Points, 2004, p.65)  (40) の suis fascinée のような受動構文は,動詞記号 素と受動態の存在を標示する記号素からなる連辞であ る.つまり (40) の suis fascinée には動詞記号素と受動 態記号素が含まれる.要するに受動構文は「動詞記号素 + 受動態記号素」である.そして受動態記号素は,動詞 記号素に対する従属要素であると言ってよい (2. を参 照).  また,受動態記号素の記号表現は「EST + 過去分詞 記号素」である (2.1. を参照).これを「動詞記号素 + 受動態号素」に代入すると「動詞記号素 + EST + 過 去分詞記号素」となる.「動詞記号素 + 過去分詞記号素」 が過去分詞であるから (2.1. を参照),受動構文のか たちとして suis fascinée のような「EST + 過去分詞」 を得る.  以上の観察も踏まえて,受動構文における EST は, 特に次の4点において動詞記号素と異なると言うことが できる.1) 受動構文における EST は,他の動詞記号 素なしに使用することはできない (過去分詞を省略する ことはできない).2) 受動構文における EST は,繋辞 としての EST に類似する.3) 受動構文における EST は,受動態記号素 (EST + 過去分詞記号素) の一部分で ある.つまり受動構文における EST は,記号素の一部 分であって,記号素そのものではない.4) 受動構文に おける EST は,動詞記号素に対する従属要素である.

(43) Je suis à Lille. (F. Vargas, L’homme aux cercles bleus, Collection J’ai lu, 1996, p.219) (44) Mais toi ? Toi, tu es ma fille, non ? (F. Sagan,

Bonjour tristesse, Collection Le Livre de Poche, 1954, p.91)

(45) Elle est malade ? (N. de Buron, Qui c’est, ce garçon ?, Collection J’ai lu, 1985, p.33)  ただし繋辞は,助動詞ではない.(43),(44),(45) に見られるように,繋辞は他の動詞記号素と結び付くと は限らないからである (3.0. を参照).受動構文にお ける EST を繋辞と同一視するのであれば,この EST は 助動詞ではないことになる. 3.6. Ne fait que 不定詞  (46),(47),(48) のような Ne fait que 不定詞構文に おける FAIT (faire に含まれる動詞記号素) を,一種の 助動詞と考えることができるかもしれない.

(46) On ne fait que rééquilibrer la balance ! (M. Chattam, Le 5e règne, Collection Pocket, 2003,

p.189)

(47) La Bataille ne fait que commencer. (Windows on the World, p.174)

(48) Non, je fais que passer. (37°2 le matin, p.341) (49) Je ne fais que ça, pleurer ! (M. Levy, Et si

c’était vrai..., Collection Pocket, 2000, p.245) (50) Je ne fais que ça de t’écouter, nom de Dieu !

(6)

(Les jeux de l’amour et de la mort, p.147) (51) Depuis que je te connais, je ne fais que ça. (Les

yeux jaunes des crocodiles, p.510)

 ただし (49),(50),(51) に見られるように,Ne fait que は動詞要素と直接結び付くことなく用いることもで きる.この点を重視するのであれば,Ne fait que 不定 詞構文における FAIT は助動詞と呼ぶべきではないこ とになる (3.0. を参照). 3.7. まとめ  助動詞と呼ばれる記号素は一般的に,特に次の4点に おいて動詞記号素と異なる.1) 助動詞は他の動詞記号 素の存在なしに,単独で用いることができない.2) 助 動詞は,助動詞でない場合の動詞記号素とは意味が大き く異なる.3) 助動詞は,一つの記号素の一部分である. つまり助動詞は記号素ではない.4) 助動詞を含む記号 素は,動詞記号素に従属する.

4. PEUT と助動詞の定義

4.0. 問題設定:PEUT を助動詞と考えることができる だろうか

 (52) の peux comprendre や (53) の peux entrer の ように,PEUT が動詞記号素 (不定詞の中に動詞記号素 が含まれる) と共起して現れることがある (2.3. を参 照).

(52) Je peux comprendre, après tout. (Pars vite et reviens tard, p.48)

(53) Toc, toc, toc. Je peux entrer ? (C. Krug, Demain matin si tout va bien, Collection J’ai lu, 2004, p.140)

(54) Tu peux m’aider ? (Qui c’est, ce garçon ?, p.46)  不定詞と共起する PEUT を,複合過去における A や EST などと同様に助動詞と見なすことは適切であろう か (3.0. を参照).

(55) Je m’en vais ! (M. Dugowson, Mina Tannenbaum, Collection Le Livre de Poche, 1994, p.29) (56) Je peux m’en aller ? (Sauve-moi, p.256)  PEUT を助動詞とする考え方の根底には,たとえば (55) の m’en vais に PEUT をつけ加える (従属させる) と (56) に見られるような peux m’en aller が得られる という発想があるように思われる.この発想そのものが 単なる仮説に過ぎないが,この仮説を受け入れてもなお, PEUT を助動詞とするのは難しい.というのも,peux

m’en aller には m’en vais にはない不定詞記号素がある からである.不定詞記号素の存在が,この仮説に不都合 を生じさせるのである (4.3. と4.4. を参照).  以下4.1. から4.4. まで,上の3. での考察を踏まえ て,PEUT の振る舞いを観察する.実のところ,PEUT と複合過去における A や EST のような助動詞の間に, 本質的な共通点はほとんどない. 4.1. PEUT は単独で使用可能  たとえば次の (57) から (69) に見られるように, PEUT は不定詞なしに,いわば単独で現れることがある. (57) Personne ne peut. (J. Echenoz, Cherokee,

Minuit, 1983/2003, p.103)

(58) Mais Mr. Willy Wonka le peut ! (R. Dahl, Charlie et la chocolaterie, Collection Folio Junior, 1964, p.23)

(59) Il ne peut rien contre elle. (Debout les morts, p.193)

(60) Tu vois, l'argent peut tout... Triste ! (N. de Buron, Chéri, tu m’écoutes?... alors répète ce que je viens de dire..., Collection Pocket, 1998, p.128)

(61) Et que puis-je pour ce monsieur ? (Et après..., p.15)

(62) Je fais ce que je peux. (Pars vite et reviens tard, p.236)

(63) Non, ça je ne peux pas. (A. Gavalda, Ensemble, c’est tout, Collection J’ai lu, 2004, p.183) (64) Là je ne peux pas. (Ensemble, c’est tout, p.364) (65) J’en peux plus de vivre avec toi ! (Les yeux

jaunes des crocodiles, p.380)

(66) Ça se peut. (F. Vargas, Un lieu incertain, Collection J’ai lu, 2008, p.347)

(67) Ça se pourrait... (Ensemble, c’est tout, p.471) (68) Ça se peut pas. (Un lieu incertain, p.347) (69) Se peut-il que je sois devenue jolie ? (Les yeux

jaunes des crocodiles, p.262)

 他の動詞記号素 (不定詞には動詞記号素が含まれる) なしに現れうる点は,複合過去における A と EST のよ うな助動詞とは明確に異なる (3.1. を参照).少なく とも不定詞をともなわないこれらの PEUT は,助動詞 ではありえない (3.0. を参照). 4.2. 不定詞をともなう PEUT とそうでない PEUT の 意味の同一性  不定詞と共起しない PEUT は (4.1. を参照) は,不 定詞と共起する PEUT と,ほとんど同一の意味に対応

(7)

することができる.

(70) Je peux ? (Ensemble, c’est tout, p.206)

(71) Je peux fumer ? (F. Vargas, Dans les bois éternels, Collection J’ai lu, 2006, p.176)

(72) Ça se peut pas ! (37° 2 le matin, p.198) (73) Une chose comme ça ne peut pas arriver... (Et

après..., p.39)  たとえば (70) の peux の意味は (71) の peux の意味 とほとんど同一でありうる.(72) と (73) の peut もま た,ほぼ同一の意味に対応しうる.  不定詞の有無にかかわらず同一の意味に対応しうると いう事実は,これらの PEUT が同一の表意単位である ことを示唆している.少なくとも別の表意単位であると 言えない程度には,同じ表意単位であると言ってよい. (74) [...], il vient ici le vendredi, tous les quinze

jours. (Dans les bois éternels, p.226) (75) L’air vient rafraîchir la pièce. (Saga, p.100)  不定詞の有無によって別の表意単位になるというので あれば,(74) の vient と (75) の vient もまた,別の表 意単位ということになってしまう.  一般には,通常の文脈において二つの表意単位の意味 とかたちが十分に類似する可能性があれば,それらを同 じ表意単位として認定してよいのではないかと思われ る.少なくとも (70) の peux と (71) の peux を別々の 表意単位とするような積極的な論拠はないのではないだ ろうか. 4.3. PEUT は記号素の一部分ではない

 たとえば (76) の peux passer において,peux が動 詞記号素に従属していると仮定してみよう.

(76) Je peux passer un coup de fil ? (Le 5e règne,

p.96)

(77) Est-ce que je peux ? (Ensemble, c’est tout, p.411)  この仮定のもとでは,peux は単独で動詞記号素に従 属しているわけではない.不定詞には動詞記号素だけ でなく不定詞記号素も含まれているのだから (2.3. を 参照),動詞記号素に従属しているのは「PEUT + 不定 詞記号素」だと考えなければならない.つまり (76) に おける PEUT の記号表現は,正確には「PEUT + 不定 詞記号素」であることになる.これを「動詞記号素 + PEUT 記号素」に代入すると「動詞記号素 + PEUT + 不定詞記号素」となる.「動詞記号素 + 不定詞記号素」 が不定詞であるから (2.3. を参照),動詞部分のかた ちとして (76) の peux passer のような「PEUT + 不定 詞」を得ることになる.  ここまでの仮説に,明白な齟齬が見られる.PEUT の記号表現が「PEUT + 不定詞記号素」であるという のは,X は X + Y であるというのに等しい.不定詞記 号素の存在が余分である (不定詞記号素はゼロ記号では ない).したがって,上の仮定・仮説は正しくない.  また,不定詞記号素を伴わない (77) の peux が,(76) の peux とほぼ同一の意味に対応しうることにも注目し よう (4.2. を参照).この事実は「単独の PEUT」が 「PEUT + 不定詞記号素」と同じ表意単位であることを 要請している.しかし,不定詞記号素があってもなくて も同じ表意単位であるというのでは,推論結果に不整合 があると言わざるをえない.  これらの不整合は「PEUT + 不定詞記号素」が動詞 記号素に従属すると仮定したために生じた不整合であ る.したがって「PEUT + 不定詞記号素」が単一の記 号素として,動詞記号素に従属すると言うことはできな い.PEUT は何らかの記号素の一部分ではなく,独立 した記号素である. 4.4. PEUT は動詞記号素に従属しない  PEUT 記号素を「PEUT + 不定詞記号素」だと仮定 しないで (4.3. を参照),「単独の PEUT」が動詞記号 素に従属する場合に,不定詞記号素がいわば統辞上の調 整として現れると仮定してみよう.この仮定のもとでは 結果的に,PEUT が動詞記号素ではなく,不定詞 (動詞 記号素 + 不定詞記号素) に従属していることになって しまう3)

(78) On ne résout rien en donnant des gifles à une enfant. (Les yeux jaunes des crocodiles, p.381)  他の例で考えてみれば,事態が理解しやすいかもしれ ない.たとえば (78) の une enfant において enfant に un ではなく une が従属しているのは,ここでの enfant に女性概念が含まれているからである.このとき une が, 女性概念を除外した enfant だけに従属することはあり えない.(78) において une が従属しているのは「enfant + 女性概念」全体でなければならない (より正確に表現 すれば「enfant + 女性概念」に含まれる女性概念の存 在によって不定冠詞が une という形態をとる).  これと同様に,PEUT が動詞記号素に従属するとき に不定詞記号素の存在が必要不可欠だと仮定するのであ れば,PEUT が従属しているのは「動詞記号素 + 不定 詞記号素」全体に対してだと考えなければならない.し たがって,仮に PEUT が発話の他の部分に従属してい るとしても,PEUT が動詞記号素に従属しているわけ

(8)

ではない.

(79) Je me trompe ? (Les yeux jaunes des crocodiles, p.565)

(80) Mais je peux me tromper. (Les Femmes aux cheveux courts, p.106)  ここでの考察をまとめておこう.(79) の trompe (動 詞記号素) に PEUT をつけ加えることによって, (80) に見られるような peux me tromper を得るというよ うな仮説は (4.0. を参照),PEUT が発話の他の部分 に従属するという仮定のもとでさえ成り立たない.結 局,PEUT が従属するのは動詞記号素ではなく,不定 詞 (tromper) だということになってしまうからである. つまり PEUT を助動詞だと考える前提が,そもそも成 立しないということになる (4.0.を参照).少なくとも, 複合過去における助動詞の A や EST が,動詞記号素に 従属しているのとは明らかに事態が異なる (3.1. の用 例 (29) と (30) を参照).

(81) Je n'ai rien pu manger [...]. (Je voudrais que quelqu’un m’attende quelque part, p.77) (82) Oui, mais il n’a rien pu nous apprendre de

plus. (Funérarium, p.225)

(83) Tu n’as rien pu savoir ? (Les jeux de l’amour et de la mort, p.74)

(84) Mais vous n’avez rien pu faire, [...]. (Les jeux de l’amour et de la mort, p.90)

(85) Ils n’ont vraiment rien pu faire. (Les jeux de l’amour et de la mort, p.122)

(86) Il n’a rien pu obtenir d’elle depuis sa sortie de clinique. (S. Japrisot, Piège pour Cendrillon, Collection Folio, 1965, p.161)

 (81) から (86) に見られるように,rien が「PEUT + 不定詞」の前に現れることがある.この現象は「PEUT + 不定詞」が表意単位として一体化する傾向があること を示していると思われる.

(87) Avec toi j'ai confiance. (Ph. Djian, Zone érogène, Collection J’ai lu, 1984, p.38)

 しかし一体化という傾向は,PEUT が動詞記号素に 従属していることを意味しない.X と Y が一体化する のは,X と Y のステイタスに本質的な影響が生じるか らに他ならない.このような関係を従属とは呼ばない (1. を参照).たとえば (87) において ai confiance が一 体化しているとしても,それは ai が confiance に従属し ていることを意味しているわけではない. 4.5. 動詞としての PEUT  4.4. では PEUT が動詞記号素に従属しているわけ ではないことを確認した.したがって,助動詞は動詞記 号素に対する周辺的な要素であるはずなので (3.7. を 参照),PEUT を助動詞だと考える必然性はないことに なる.この事実は,PEUT が動詞記号素であることを 示唆している.

(88) La pensée humaine peut tout. (B. Werber, L’Encyclopédie du savoir relatif et absolu, Collection Le Livre de Poche, 2000, p.35) (89) Le shérif ne peut rien pour nous aider, [...]. (Le

5e règne, p.397)

(90) Mr. Willy Wonka le peut. (Charlie et la chocolaterie, p.23)

(91) Je fais ce que je peux, tu sais. (Piège pour Cendrillon, p.157)

(92) Je peux remettre mon jean d’il y a 10 ans. (Elle, 18 avril 2005, p.49)

 実際 (88) の tout,(89) の rien,(90) の le,(91) の ce のように,PEUT は目的辞をとることができるのだ から,(92) の remettre mon jean d’il y a 10 ans が動詞 である peux の目的辞であっても不思議ではない.  英語の can の振る舞いには,通常の動詞とは異なる 部分がある.

(93) Can you manage everythig ? (Les yeux jaunes des crocodiles, p.514)

(94) Do you manage your time well ? (Internet) (95) I can’t live without you. (Les yeux jaunes des

crocodiles, p.585)

(96) I don’t live anywhere, the road is my home. (Internet)  たとえば (93) の can は疑問文であることを標示す るために主辞に対して倒置されているが,(94) では manage が倒置されるのではなく do が使用されている. (95) の can は否定標示の not と結び付いているが,(96) の live はそうではない (do が使用されている).このよ うな can の振る舞いは,can を動詞以外のカテゴリに分 類する根拠になるのかもしれない.  一方,疑問文や否定文における PEUT は,通常の動 詞や複合過去の助動詞と同じような振る舞いを見せる. (97) Peut-on se voir ce soir ? (M. Chattam, In

tenebris, Collection Pocket, 2002, p.385) (98) Aimez-vous Paris ? (A. Nothomb, Cosmétique

(9)

2001, p.63)

(99) As-tu lu Marcel Proust ? (E.-E. Schmitt, La rêveuse d’Ostende, Collection Le Livre de Poche, 2007, p.202)

(100) Mais on ne peut pas mentir aux sentiments. (M. Levy, La prochaine fois, Collection Pocket,

2004, p.190)

(101) Mais je ne mens pas ! (T. Jonquet, Du passé faisons table rase, Collection Folio, 2006, pp.144-145)

(102) Ah bon ? Tu n’as pas aimé la soirée ? (Mes amies, mes amours, mais encore ?, p.17)  たとえば,疑問文である (97) において peut が主辞 に対して倒置されているのは,(98) の aimez や (99) の as の場合と同様である.否定文である (100) におい て peut に ne と pas の従属があるのは,(101) の mens や (102) の as の場合と同様である.不定詞をともなう にせよともなわないにせよ,PEUT を動詞ではないと 考えなければならない積極的な根拠は,特に見当たらな いと言ってよい. 4.6. まとめ  以上の考察から,PEUT には次のような性質がある と考えてよい.1) PEUT は他の動詞記号素 (不定詞に は動詞記号素が含まれる) の存在なしに,単独で用いる ことができる.2) 他の動詞記号素なしに現れる PEUT は,他の動詞記号素をともなう PEUT と同一の意味に 対応することができる.3) PEUT は,一つの記号素の 一部分ではない.つまり記号素である.4) PEUT は他 の動詞記号素に従属しない.  この観察を,複合過去における A と EST のような 助動詞の性質 (動詞記号素との相違点) と比べてみると (3.1. および3.7. を参照),PEUT と助動詞の間には 本質的な共通点がほとんどないことが分かる.したがっ て,PEUT を助動詞と考え,複合過去における A や EST などと同じカテゴリに分類する必然性はないとい う結論にならざるをえない4)

(103) Bon, je retourne me coucher. (La rêveuse d’Ostende, p.227)

(104) Jerry revient s’asseoir à notre table. (Chouette, une ride !, p.172)

(105) Rentre te reposer, [...]. (M. Chattam, Maléfices, Collection Pocket, 2004, p.145)  不定詞をともなうというだけで助動詞と考えてよいの であれば,(103) の retourne や (104) の revient,(105) の rentreなどもまた,助動詞だということになりかねない.

5. まとめ

 本稿では,不定詞をともなう PEUT を助動詞と見な すべきかどうかを,具体的に検討した.  複合過去における A や EST のような助動詞は,一般 的に,特に次の4点において動詞記号素と異なる.1) 助動詞は他の動詞記号素の存在なしに,単独で用いるこ とができない.2) 助動詞は,助動詞でない場合の動詞 記号素とは意味が大きく異なる.3) 助動詞は,一つの 記号素の一部分である.つまり助動詞は記号素ではない. 4) 助動詞を含む記号素は,動詞記号素に従属する.  一方,PEUT には次のような性質がある.1) PEUT は他の動詞記号素 (不定詞に動詞記号素が含まれる) の 存在なしに,単独で用いることができる (4.1. を参照). 2) 他の動詞記号素なしに現れる PEUT は,他の動詞 記号素をともなう PEUT と同一の意味に対応すること ができる (4.2. を参照).3) PEUT は,一つの記号素 の一部分ではない.つまり記号素である (4.3.を参照). 4) PEUT は他の動詞記号素に従属しない (4.4. を参 照).  以上のように,助動詞と PEUT のそれぞれの性格を 比較してみれば,両者の間には本質的な共通点がほと んどないことが分かる.したがって,PEUT を助動詞 と考えなければならない必然性はない.むしろ,もし PEUT を助動詞のカテゴリーに無理に分類するとすれ ば,従来の助動詞の概念を根本から考え直さなければな らなくなる.

[註]

1) 連辞 (syntagme) と連辞素 (synthème) を区別して おいたほうがよい.たとえばjugeに対するjugement (動 詞記号素 + 名詞化の標示) は連辞というよりも,連辞 素である.連辞素を構成する諸要素は一体化しているた め,それぞれの構成要素だけに対する個別の従属は原則 的に不可能である.

(106) J’ai confiance en votre jugement. (Au secours pardon, p.137)

 たとえば (106) の votre は,jugement における juge-に対する従属でもなければ,-ment に対する従属でもな い.この votre は jugement という連辞素の全体に対す る従属である.

(107) Tu l’as appris par cœur le texte ? (S. Testud, Il n’y a pas beaucoup d’étoiles ce soir, Collection Le Livre de Poche, 2003, p.72) (108) Je peux vous aider ? (B. Aubert, Rapports

(10)

brefs et étranges avec l’ombre d’un ange, Collection J’ai lu, 2002, p.44)

 一方 (107) における直接目的代名詞の le は,連辞で ある appris (動詞記号素 + 過去分詞記号素) のうち, 動詞記号素のみに従属している (tu l’apprends が可能). 同様に (108) における vous は,連辞である aider (動 詞記号素 + 不定詞記号素) のうち,動詞記号素のみに 従属している (je vous aide が可能).

2) 不定詞に「活用」を加えると動詞になると考えたく なるかもしれない.この考え方は必然的に,動詞を「不 定詞 + 活用」という連辞だと主張していることになら ざるをえない.「活用」という記号素の実態が不明だが, これはひとまず「人称・時制・法・アスペクト」のこと だと理解しておこう.つまり動詞は「不定詞 + 活用 (人 称・時制・法・アスペクト)」という連辞になるらしい.

(109) Dépêchons-nous ! (Charlie et la chocolaterie, p.110)

(110) Dépêchez-vous. (Ceux qui vont mourir te saluent, p.31)

 この考え方は非現実的である.そもそも,動詞が記号 素ではなく連辞であるという発想が倒錯している.また 実際,たとえば (109) の dépêchons の -ons と (110) の dépêchez の -ez は人称の標示であるから,dépêchons や dépêchez において動詞記号素であるのは dépêch- だ けであるが,この dépêch- が人称・時制・法・アスペク トを含んでいないことは明白である.

3) 文中のどんな表意単位に従属するかは,記号素の分 類にとって重要である.

(111) [...], c'est un garçon bien. (L’âme du mal, p.340) (112) Tu tombes bien, [...]. (T. Jonquet, Comedia,

Collection Folio, 2005, p.221)

 たとえば,(111) の garçon に従属する bien は形容詞 的,そして (112) の tombes に従属する bien は副詞的 だと言われる.

4) PEUT と同様に,(113) の dois,(114) の sait,(115) の veux,(116) の faut なども助動詞ではない.

(113) Maintenant je dois y aller. (M. Chattam, Le sang du temps, Collection Pocket, 2005, p.28) (114) Elle sait lire, [...]. (G. Musso, Parce que je

t’aime, Collection Pocket, 2007, p.90)

(115) Je veux dire, tu... sors avec elle ? (Le 5e règne,

p.29)

(116) Pour aller au Paradis, faut d’abord aller à la messe. (Gamines, p.87)

[参考文献]

川島浩一郎 (2005)「フランス語の「現在形」をめぐる 一考察」『福岡大学研究部論集』第5巻第1号 A : 人 文科学編 , 13-28. 川島浩一郎 (2006)「フランス語の複合過去と半過去に 関する一考察 — 時制とアスペクトの間接的対立 — 」 『福岡大学研究部論集』第6巻第3号 A : 人文科学編 , 37-61. 川島浩一郎 (2007a)「フランス語における動詞文と不定 詞文について」『福岡大学人文論叢』第 38 巻第4号 , 1281-1302. 川島浩一郎 (2007b)「分布と統辞機能をめぐる一考察 — フランス語における動詞と不定詞 — 」『福岡大学 研究部論集』第 7 巻第 2 号 A : 人文科学編 , 119-132. Martinet, André (1979), Grammaire fonctionnelle du

français, Didier.

Martinet, André (1985), Syntaxe générale, Armand

Colin.

Wilmet, Marc (2010), Grammaire critique du français,

参照

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