14 3. 損害保険 3.1. 損害保険契約総論 損害保険契約とは、保険契約のうち、保険者が一定の偶然な事故によって生ずることの ある損害をてん補することを約束する契約をいう(2 条 6 号)。 損害保険契約とカテゴライズされるものには、多様な種類がある。例としては、火災保 険契約(火災により目的物が滅失した場合に保険金を支払う)、責任保険契約(被保険者が 第三者に対して損害賠償責任を負担した場合に保険金を支払う)、地震保険契約、海上貨物 保険契約、信用保険契約、保証保険契約、費用保険契約、利益保険契約、中止保険契約、 ホールインワン保険契約等、枚挙にいとまがない。 これらの損害保険契約は、契約上特定された保険事故が発生し、損害が生じた場合に保 険金が支払われるが、実際に販売される商品は、複数の保険給付がセットになっているこ とが多い。例えば、いわゆる自動車保険は、自動車自体の損害をカバーするもの(車両保 険=損害保険)と、被保険者の第三者に対する民事責任をカバーするもの(責任保険、こ の中にも任意保険と自賠責保険がある)がセットになっている。 損害保険契約は、一般消費者を対象にするだけではなく、企業を対象にするものも多く、 また、多種多様なものがある。このようなものについては、保険契約者側を保護するため の片面的強行規定が不要である(場合によっては有害である)ことから、海上保険契約(36 条1 号)、航空保険契約(2 号)、原子力保険契約(3 号)、法人その他の団体または事業を 行う個人の事業活動に伴って生ずることのある損害をてん補する損害保険家約(4 号)につ いては、片面的強行規定の適用が排除されている。4 号は、主体が法人であるかどうかでは なく、リスクの性質が事業活動特有のリスクかどうかを基準としている31。 3.2. 損害保険契約の内容 ここでは、損害保険契約の内容を見ていこう。項目としては、契約の関係者、契約の諸 概念、被保険利益、保険価額という保険契約の主要な要素に加え、保険金額と保険価額と の関係から出てくる一部保険・超過保険・重複保険である。 3.2.1. 契約の当事者・関係者 損害保険契約に登場するのは、保険契約者、被保険者、保険者である。 保険契約者と保険者が契約の当事者であり、被保険者は、損害保険契約によっててん補 される損害を受ける者(2 条 4 号イ)=被保険利益(保険の目的)の主体である。保険給付 31 この理由として、一般に、掲げられている保険契約により担保される損害は、巨大な損 害となりうるものなので、保険契約者側に不利な約定を一切認めないことにすると、保険 の引受自体が困難となること、保険料が非常に高額になるなど、保険の利用自体が制限さ れる結果になること、事業活動に特有のリスクであるから、積極的な保険契約者側の協力 がなければ評価が困難であること、が挙げられている(山下ほか・保険法96 頁)。
15 を受けるのは被保険者となる。 3.2.2. 保険契約中の諸概念 保険契約では、保険契約当事者・被保険者のほか、①保険事故、②保険の目的物、③保 険期間、④保険金額、⑤保険料、⑥約定保険価額、⑦保険料と支払方法、⑧契約締結年月 日、⑨書面作成年月日を定める必要がある(6 条 1 項)。このうち、契約の内容に関すると ころを説明する。 3.2.2.1. 保険事故 保険事故とは、損害保険契約によりてん補することとされる損害を生ずることのある偶 然の事故として損害保険契約で定めるものである(5 条 1 項)。たとえば、火災保険契約で あれば火災であり、地震保険契約では地震である。保険事故と損害は別の概念である。 保険事故を定める場合、一般に、①一定性、②偶然性が要求される。 ①一定性(2 条 6 号)は、契約上、保険者の責任範囲を画定するためのものであり、個別 に挙げる場合もあれば、包括的に全ての偶然な保険事故(免責事由に該当するものを除く) と定める場合もある。 ②偶然性(5 条 1 項)は、契約成立時に事故の発生・不発生が確定していないことをいう。 既に発生した事故や発生することが確実である事故32に対して保険をかけることはできな いということであるが、偶然性のない場合、多数の者から給付と反対給付が釣り合う程度 の資金を集めることができないから要求される。 ここにいう偶然であるとは、契約当事者が事故の発生・不発生につき契約締結時に知ら ないという主観的な不確実性で足りる。すなわち、保険契約を締結する前に生じた保険事 故による損害をてん補する旨の遡及保険の締結が可能とされている(5 条)。例えば、船舶 が出航してから、海上貨物保険契約を、出港時から到達時までとして締結することが認め られるのである。このような遡及保険を認めても、事故の発生率に基づいた保険料により 保険制度を適切に運営することができるからである。 なお、偶然性という同一の文言(区別するために偶発性と言われることもある)で、傷 害保険契約においても偶然性は要求されるが、その意味は、故意に事故が招致されたわけ ではないことを意味する33。 32 このように書くと、生命保険契約のうち終身保険の死亡保険契約は、死亡という結果の 発生が確実である、と思われるかもしれない。終身保険契約では、いつ死亡するかが不確 定であるため、いわば早死にのリスクを、加入者に分散することになる。損害保険契約で は、発生するか発生しないかのリスクを加入者に分散することになる点で違いがある。 33 傷害保険契約において、一般に、保険事故の要素は、急激性・偶然性・外来性(【Ⅳ―18 判決】)を要求しているが、平成13 年に、現在で言う傷害疾病定額保険契約における偶然 性を、故意に保険事故が招致されたことではないことを意味するという最高裁判決(【Ⅳ― 17 判決】その規範的な意味は、保険金を請求する場合に傷害疾病が故意によらないことの 立証責任を保険金を請求する者が負うことを意味する)が出てから、損害保険会社には、
16 3.2.2.2. 保険の目的物 損害発生の客体のことを保険の目的物という(6 条 1 項 7 号)。保険者の責任の範囲を画 定するために特定する必要がある。保険の種類により定め方は様々であり、特定の建物と する方法、工場内の建物全てとする方法、倉庫業者が保管する貨物とする方法(入れ替え を前提にする)、貿易業者が将来船積みする貨物について不確定なまま契約を締結し、契約 締結後に特定する方法もある。 3.2.2.3. 保険期間 保険者は、ある期間内に保険事故が発生したときに、保険事故の発生により生じた損害 を塡補する。この期間を保険期間(6 条 1 項 5 号)といい、損害保険契約では通常 1 年であ る。 保険期間も、保険者の責任を画定するため、契約によって定められる。日時による方法 や一定の事実による方法(神戸港からハワイ港までの航海中とする)がある。 3.2.2.4. 保険金額 保険金額とは、保険者が給付すべき金額の最高限度として当事者が約定する金額である (6 条 1 項 6 号)。生命保険契約や傷害疾病定額保険契約では、約定された金額が支払われ るのに対し、損害額は、実際に生じた損害を塡補するものであるから、この保険金額と支 払われる保険金の額が一致するとは限らない(全損でなければ一致しない)。 3.2.2.5. 保険料 保険料は、保険契約者が保険者に対して支払う対価である(2 条 1 号、3 条)。保険料支 払義務を負うのは、被保険者ではなく保険者である。 保険料が収支相等の原則、給付反対給付均等の原則に基づき計算されること、純保険料 と付加保険料からなることについては説明をした。 この最高裁判決を、損害保険契約における偶然性にも援用し、放火等故意の事故招致では ないことの立証を求める動きが顕在化した。筆者を含め、圧倒的多数の研究者は、平成13 年判決に反対であり、あるいは、少なくともその射程は傷害保険契約に限ると主張してい た。 平成16 年に火災保険契約において(【Ⅳ―4 判決】)、平成 18 年に自動車車両保険・テナ ント総合保険において、傷害保険と損害保険の偶然性の意味は異なること(損害保険の偶 然性の意義は伝統的な理解の通りであること)を示す最高裁判例(その規範的な意味は、 保険金の支払いを拒む保険者が、故意の事故招致であることの立証責任を負うことを意味 する)が出て、保険法制定前の最高裁には決着がついた。なお、盗難の保険事故について は、【Ⅳ―5 判決】参照。 保険法において、平成13 年の最高裁判決が維持されるかは、激しい対立があるが、実務 では、維持される前提で動いているようである。
17 3.2.3. 被保険利益 被保険利益とは、損害の発生によって滅失する利益であり、被保険利益があることで、 損害が発生する可能性があることになる。損害保険契約が有効に成立するためには、被保 険利益が存在することが必要である(3 条)。典型的には、所有者利益であり、住宅や自動 車の所有者は、火災・衝突等により損害を被ることになる。他方、赤の他人の住宅に保険 をかけても、火災が起きた場合に滅失する利益がなく、したがって、赤の他人の住宅に保 険を掛けることはできない。被保険利益が存在しない場合、損害保険契約は無効となる。 物保険の場合、理解は容易であるが、責任保険の被保険利益には解釈上の問題がある。 責任保険に入るためには、所有者利益のような意味での被保険利益は要求されておらず、 一文無しに近い学生も、保険金額が5000 万円の対人賠償責任保険に加入することはできる。 この場合の被保険利益は、例えば5000 万円の債務を負担するという損害が発生する可能性 があることに求められる。 被保険利益が必要とされる理由は、利得禁止の原則から説明できる。 被保険利益は、金銭に見積もることができる経済的利益でなければならない(3 条)。権 利性のないもの34でも、被保険利益になりうる。 被保険利益は、一つの物に一つだけ成立するとは限らない。例えば、担保権の設定され ていない火災保険契約では、被保険利益は所有者利益だけであるが、担保権が設定されて いる場合、所有者利益と担保権者としての利益の双方が被保険利益になり得る。 判例で争われた問題として、譲渡担保の設定者と権利者のどちらが所有者利益を被保険 利益とする保険契約を締結できるかが問題となったが、判例は、両者とも締結できるもの とした(【Ⅳ―2判決】)。争いはあるが、この結論は正当で、あとは、担保権が設定された ときに保険金を受け取るのが誰かという問題になる。この点につき、判例(【Ⅳ―2判決】) は、各保険者の支払うべき保険金の額は保険金額の割合によるものとしたが、学説ではむ しろ、目的物の価値を優先的に把握しているのが担保権者であり、債権保全のために自衛 手段をとった担保権者を設定者よりも保護することができ説であるとして、担保権者の保 険者は独立責任額(後述)全額を負担し、設定者の保険者は残った損害額相当分を負担す るという見解が有力であると思われる。 3.2.4. 保険価額 保険価額は保険金額とは異なる概念であり、保険の目的物の価額を意味する(9 条)。従 来は、被保険利益の評価額とされていた。 保険事故が発生すると損害が填補されるが、この填補されるべき損害額は、損害発生時 の保険価額により算定される(18 条 1 項)。また、保険価額は、超過保険の場合に契約を取 34 営業できないことにより得られるはずの利益を失った損害を塡補する利益保険がこの例 である。
18 り消せる部分の基準となる(9 条)となり、保険金支払いの場面では、一部保険かどうかの 判断基準となる(19 条)。 費用保険や責任保険は、物の損害を填補するものでなく、保険価額は存在しないため、 保険価額の存在を前提とする規定は適用されない。ただし、責任保険における被保険利益 は、将来債務を負担する可能性という形で存在している。 保険価額は、例えば火災保険では時価によるが、時価の算定方法は、建物や家財であれ ば、再調達価額から減価控除額を差し引く方式である。この再調達価額は新築比で計算さ れる。 保険価額が時価で評価されるということは、物価の変動を受けて保険価額が評価するこ とを意味する。 この保険価額は、契約締結時に当事者間で約定することができる。このような保険を評 価済保険という。評価済保険では、契約当事者は約定保険価額に拘束される(9 条、10 条、 18 条 2 項、19 条、24 条)ため、支払われる保険金の額は約定した額となるのが原則であ るが、約定保険価額が損害発生時の保険価額を著しく超えるときは、保険者は約定額では なく損害発生時の保険価額によって保険金を支払うことになる(18 条 2 項但書)。評価済み 保険は、保険価額の変動による問題を避けるために用いられ、特に海上保険で利用される。 評価済保険は被保険利益の額を事前に約定するものであるが、填補される額は減価控除 額を引いたものになる。これに対し、再調達価額そのものを損害額として保険金を支払う ものを新価保険という。 3.2.5. 保険金額と保険価額の関係より生じる問題 保険金額と保険価額が一致する場合を全部保険といい、この場合の保険金の支払には難 しい問題はない。たとえば、6000 万円の物(保険価額 6000 万円)に 6000 万円の保険金を かけた(保険金額6000 万円)のであれば、全損(損害額 6000 万円)だろうが分損(例え ば損害額2000 万円)だろうが、控除等の条項がなければ損害額全額が支払われることにな る。 面倒なのは、この保険金額と保険価額が一致していない場合である。たとえば、①6000 万円の物に2000 万円の保険をかけた、②6000 万円の物に 9000 万円の保険をかけた、③ 6000 万円の物に 3000 万円と 5000 万円の保険をかけた、という場合、保険金の支払額はど うなり、それはなぜだろうか。考えていこう。 3.2.5.1 一部保険 一部保険とは、保険金額が保険価額に満たない保険のことをいう。これに対し、保険金 額=保険価額の保険は全部保険という。例えば、1 億円の建物に 6000 万円の保険をかけた という場合、一部保険となる。 一部保険では、保険者が支払う保険金の額は、保険金額の保険価額に対する割合によっ
19 て決まる(19 条)。たとえば、上記の例で、火災により 5000 万円の損害が発生した場合、 6000 万円の火災保険がかかっているからといって 6000 万円支払われるわけではなく、損 害額の60%である 3000 万円が支払われる。これを比例填補方式という。考え方としては、 保険金額が保険価額に至っていない部分は、被保険者自身が保険を引き受けている、とい うことになり、損害を割合的に負担するということになる35。 これに対して、保険金額の範囲内で損害額相当の保険金を支払う方式を実損填補方式と いう。 一部保険において重要な問題は、保険価額が物価の変動を受けることにある。上記の例 で、建築当時は建物の価額が6000 万円で、これが物価上昇で 1 億円になったとしよう36。 全部保険をかけたつもりであっても一部保険になっていることになり、1 億円となった時点 で3000 万円の損害が発生したとすると、当初 3000 万円支払われたはずが、1800 万円しか 支払われないことになり、保険事故が起きたときに支払われる保険金の額が減ってしまう ことになる。これに対する対策としては、たとえば付保割合条件付実損填補特約がある。 これは、保険金額が損害発生時の保険価額に一定の付保割合を乗じた額以上であるとき(多 くは8 割以上)、実損填補方式をとるというものである。また、比例填補方式となる場合で あっても、保険価額に付保割合を乗じた額に対する保険金額の割合で支払うべき保険金の 額を算定することとされており、通常採用される比例填補方式の弱点を緩和している。 もう一つの例が、価額協定保険特約であり、契約締結時に保険価額を協定し、その額に 付保割合を乗じた額を保険金額としたうえで、保険金額を限度として実損填補方式をとる ものである。 3.2.5.2. 超過保険 超過保険とは、損害保険契約の締結時に、保険金額が保険価額を超える保険をいう(9 条)。 例えば、3000 万円の物に 5000 万円の保険をかけた、という場合である。この場合であっ ても、損害発生時に支払われる保険金の額は保険価額である。超過保険を締結する理由は、 将来の保険価額の上昇(物価の値上がり)を見込んで超過保険にしておく、というもので ある。 保険契約者・被保険者が超過保険であることにつき善意・無重過失であったとき、保険 契約者は、超過部分について保険契約を取り消すことができる(9 条)。 超過保険は、保険契約者・被保険者が不法に利得する目的で締結されることもありうる。 このような場合、公序良俗違反により契約全体が無効とされる例がある。 35 多くの場合、全損ではなく、損害は一部であり、損害額の分布が偏っている。そのため、 実損填補方式を採用すると、比例填補方式に比べて、相当に高額の保険料率が必要になる。 36 建物では考えにくいかもしれないが、商品によってはこのような事態は珍しいことでは ない。
20 3.2.5.3. 重複保険 重複保険とは、同一の目的物につき、保険期間・保険事故が重なる複数の損害保険契約 が存在し、保険金額の合計が保険価額を超える場合である。例えば、1000 万円の自動車に つき、A 社と保険金額 500 万円の、B 社と保険金額 1000 万円の自動車保険契約を締結した 場合である。利得禁止原則から考えればわかるように、この場合に1500 万円の保険金を取 得することはできない。 重複保険の場合、各保険者はそれぞれ独立責任額を支払う義務を負う(20 条 1 項)。独立 責任額とは、他の保険契約がないものとして算定した、各保険者が支払うべき保険金の額 である。上記の例で、自動車が全損となった場合、A 社の独立責任額は 500 万円であり、B 社の独立責任額は1000 万円である。 重複保険の状態で、各保険者はそれぞれ独立責任額につき保険金支払義務を負うが、各 保険者の支払義務の関係については理解が分かれる。ここでは、それぞれの保険者が独立 した責任という前提で説明する37。 各保険者は、独立責任額まで保険金支払義務を負っているが、ある保険者が保険金を支 払った場合、他の保険者は、それぞれの独立責任額が残損害額を超える程度において共同 の免責を得る。例えば、A が 500 万円を支払った場合、B は 500 万円の限度で責任を免れ る。利得禁止の原則からの帰結である。 このとき、A が先に支払うか、B が先に支払うかで、両者が負担する金額が変わるのは適 切ではない。そこで、各保険者には負担部分があり、負担部分を超えて支払った保険者は、 免責を得た他の保険者に対し、負担部分を超えた額について求償することができる(20 条 2 項)。これは、保険者間の公平をはかるための調整規定である。 20 条 2 項は、負担部分を独立責任額の割合によっててん補損害額を案分した額としてい る。上記の例では、損害額が1000 万円、A の独立責任額が 500 万円、B の独立責任額が 1000 万円であるから、A の負担部分は 333 万円、B の負担部分は 666 万円である。従って、 被保険者が先にA に請求して A が 500 万円支払った場合、被保険者は B に対して 500 万 円請求できるし、A の負担部分は 333 万円であるから、A は自らが支払った後は、B が被 保険者に支払う前であるか後であるかを問わず167 万円の求償をすることができる。他方、 被保険者が先にB に請求して B が 1000 万円を支払った場合、被保険者は A に請求するこ とはできない。また、B は、自己の自己部分を超えた 333 万円につき A に求償することが できる。 37 異なる考え方は、不真正連帯債務と見る考え方である。考え方の違いは、保険者の求償 における負担部分の理解に影響する。